百七十三話 紅茶の誓い

 

 リビングで紅茶を飲む。

 くつろぎながら美女たちと千年植物サウザンドプラントと邪神について話し合いを行った。

 ターゲットの蟲に洗脳を受けているだろう冒険者の件もだ。


 パレデスの鏡と二十四面体トラペゾヘドロンのことも告げる。

 ゲート魔法か転移のアイテム。

 それが二十四面体トラペゾヘドロンだと。


 二十四のパレデスの鏡についても長々と説明。

 黒猫ロロさんは喋りに飽きたらしい。


 俺の足の甲の上で、腹をぐでーんとだらしなく晒して、横になって寝ている。

 ムカつくほど可愛い腹だ。ピンクの乳首ちゃんが可愛い

 

 ……触っていじりたくなったが、我慢だ。


「神々の戦いにはあまり実感が湧かない。邪神同士の争いに介入して、一つの邪神に手を貸すシュウヤが強いとだけ納得しておく。でも、鏡のゲート? そんな秘宝的な……秘密の部屋にありそうなお宝を……持っていたのね」


 レベッカはお宝が好きだからな。

 そして、気になるのか、足下でヌードを晒しているような黒猫ロロさんをチラチラと見やる。


「ん、知らなかった」


 エヴァは位置的に黒猫ロロに気付いていない。


「わたしは知っています」

「閣下とは付き合いが長いので、当然、わたしが一番知っているでしょう」


 常闇の水精霊ヘルメは偉そうに語る。

 だが、事実だ。彼女とは随分と前からの尻合いしりあいだからな。


「……精霊様はシュウヤと何処で知り合ったのですか?」


 恐縮したレベッカがヘルメに聞いていた。


「とある小さい湖ですよ。そこで愛を育み、閣下に救われたのです」

「愛を育み……付き合いの長さでは精霊様にかないませんね……」

「ん、シュウヤ、精霊様を助けた。偉いっ」

「助けたというか、まぁ偶然だよ」


 尻に住み着いていた事は知らなかったし……。


「でも、ゲート魔法の事はもっと早く知りたかったな……」

「ん、確かに、でも、わたしならもっと早く気づけた」


 エヴァは含みを持たせて語る。

 彼女はまだ自分の能力を俺以外には話していない。


 このメンバーならもう話しても大丈夫だと思うのだけど。

 ヘルメとは少し違うが、同じ一族、血の系譜で繋がった者同士なのだから。


「わたしは知っていましたが」

「ヴィーネに少し嫉妬」

「ん、わたしも」

「先に知っていようが、知っていまいが、そんなことはどうでもいい。今のお前たちは、俺の恋人であり妻。そして、家族であり、選ばれし眷属なんだからな。下らんことで喧嘩はするなよ」

「うん、家族か……何か、嬉しい言葉ね。両親を亡くして、家族はベティさんだけだったから……これからは、エヴァ、ヴィーネとも姉妹であるということ?」


 レベッカは微笑みながら、皆に向けて話していた。


「はい。わたしたちはエヴァも併せて永遠の姉妹。血の一族。ご主人様をお慕いしている同士で仲間の眷属です」


 ヴィーネもレベッカの言葉に大きく頷いて話す。


「ん、新しい家族! 姉妹! シュウヤの恋人。皆で彼を支える。わたし、頑張る! しゅしゅしゅーも上手くなる!」


 エヴァはまた腕を動かして、槍か<鎖>の動きを再現しようとしている。


「しゅしゅしゅーが解らないけど、頑張りましょうね」

「はいっ、頑張りましょう」


 ヴィーネが二人の間へ腕を伸ばす。

 エヴァも魔導車椅子を変化させた。

 ヴィーネの側に寄り、「ん」と、微かに声を漏らしつつヴィーネの手に、自らの細い手を重ねる。


 少し遅れて小柄なレベッカも細い白魚のような手を出して、三人の手が合わさった。


 三人寄れば文殊の知恵。

 彼女たちはこれから様々な知恵だけでなく力を貸してくれるだろう。


 あの合わさった三人の手からは、何も光は発生はしていない。

 だが、文殊の知恵だけではなく、三国志、桃園の誓い、劉備、関羽、張飛、のことを思い出す。


 これは後の世で、紅茶の誓い。と伝えられるかもしれない。


 なんちゃって。


「……まとまったな」

「さすがは閣下。説明の途中で眷属たちの絆を深めさせ、やる気を引き出させるとは、その手腕に感服致します」

「ヘルメ、あまり持ち上げるな」

「はいっ」


 精霊ヘルメは気をつけをするように背筋を伸ばす。


「よし、それじゃ、ゲート魔法を実際に試す。今から見せるから」

「うん」

「はいっ」


 二十四面体トラペゾヘドロンを取りだして、一の記号をなぞり、ゲート魔法を発動させた。


「……わぁ、凄い凄い。本当にゲートなんだ。見えているのはシュウヤの寝室にある鏡ね。向こうからはこっちは見えないの?」

「見えないよ。ただ光っているだけ」

「へぇ……」


 レベッカは席を立ち、光るゲートの端から端を見て手で触れてゆく。


「丁度良い。皆、レベッカのとこへ集まってくれ、実験をしよう。触れずとも、俺の近くにいれば一緒にゲートには潜れると思うが、一応最初は触れてもらう」

「はい」

「畏まりました」

「ん」


 レベッカ、ヴィーネ、エヴァ、ヘルメが集合。


「それじゃ、全員、俺の体を触ってくれ。どこでもいいから、触りながらこのゲートを一緒に潜る」


 ところが、彼女たちは俺の手の奪い合いに発展。


「精霊様は手を握る必要はないはずですが?」

「閣下の手は、わたしが握るのが一番です」


 ヴィーネとヘルメが右手を奪い合い。


「ちょっと、エヴァ、離してよっ、わたしが握るのっ」

「ん、早い者勝ち」


 左手は車椅子に乗ったエヴァが握ってレベッカがその手を叩いている。

 ……微笑ましい光景だが、ちゃんというか。


「あのさ、今は手を握るのはなし――どこでもいいから触れ」


 そう話しながら両手を振り、彼女たちの手を振りほどいた。


「ん、分かった」


 ――ハゥアッ。

 エヴァはにっこりと天使の笑顔を浮かべながら、股間をタッチしてきた。


「……」


 皆、これには驚く。

 あの常闇の水精霊ヘルメも黝色の瞳で、俺の股間とエヴァの手を見つめていた。


「ちょっ、わたしだって」

「では、ご主人様の……」

「閣下の一物はわたしが守ります」


 こいつら絶対遊んでやがる……。

 四人で触られたらオッキしちゃうだろうが……。

 ヴィーネは擦ろうとしているし。


「こらっ、ふざけてないで、違うとこを触れ」

「ん、ふざけてないけど……腕に触る」

「分かったわ、素直に腕ね」

「閣下の腕に触ります」

「ふふ、わたしも、ご主人様の腕に変えますね」


 ヴィーネめ、笑っているから、やはりふざけていたな。

 だが、可愛いので許す。そして、皆、腕や肩に手が触れているのを確認。


「よし、そのまま触れながら、一緒にゲートへ潜るぞ」

「「――はい」」

「んっ」

「成功するかしら――」


 無事に全員でゲートを抜ける。

 エヴァの車椅子も大丈夫だった。

 鏡から出て寝室に到着。


 いつものように二十四面体トラペゾヘドロンが鏡から外れて俺の頭に近付く。


 ぐるぐると頭の周りを回り出した。


「本当に寝室にきちゃったっ、成功ね――」


 レベッカはくるりと身体を回転させながら寝台上に勢いよく腰掛けて、ぐぐっと背筋を伸ばすと、寝台上に背中をつけて寝そべっていた。


 俺は二十四面体トラペゾヘドロンを取りながら


「あぁ、成功だ。これでいつでもゲートを使えば、ここの鏡に戻ってこれる」

「ん、出てきた鏡は地味だけど、凄い鏡ね。そのシュウヤが持っている、面の球体がキーになるの?」


 エヴァは俺の手の中にある二十四面体トラペゾヘドロンに興味がでたのか聞いてきた。


「そうだ。当初から話していたように、これでこの世界に散らばる二十四の鏡へ移動できる」


 また、軽く現時点で分かっている、移動できる鏡のある場所を話していく。


 一面:迷宮都市ペルネーテにある俺の屋敷の部屋に設置してある鏡。

 二面:何処かの浅い海底にある鏡。

 三面:【ヘスリファート国】の【ベルトザム】村の教会地下にある鏡。

 四面:遠き北西、荒野が広がる【サーディア荒野】の魔女の住み処にある鏡。

 五面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 六面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 七面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 八面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 九面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 十面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 十一面:ヴィーネの故郷、地下都市ダウメザランの倉庫にある鏡。

 十二面:空島にある鏡。

 十三面:何処かの大貴族か、大商人か、商人の家に設置された鏡。

 十四面:雪が降る地域の何処かの鏡。

 十五面:大きな瀑布的な滝がある崖上か岩山にある鏡。

 十六面:浅い海。船の残骸が近くにある鏡。

 十七面:不気味な心臓、内臓が収められた黒い額縁がある、時が止まっているような部屋にある鏡。

 十八面:暗い倉庫、宝物庫のようなとこにある鏡。

 十九面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十一面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十二面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十三面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十四面:鏡が無いのか、あるいは条件があるのか、ゲート魔法が起動せず。


 説明を終えると、レベッカが口を動かした。


「わたし、ヴィーネの故郷が気になる。ダークエルフの都市、地下都市を見てみたいかも」

「お勧めはしません……ダークエルフ社会は、蓋上の世界を毛嫌いしていますから。特に人族をマグルと呼び、揶揄していますので……ドワーフ、ノームなら大丈夫ですが、エルフも人族同様に地下にはいませんので、見つかったら吊るし上げか殺し合いに発展しそうです」

「……そう、なんだ。やっぱり空島か海の方がいいよね? あはは……」


 ヴィーネの冷然とした口調からくる冷たい内容地下社会の話にレベッカは顔色を悪くして、乾いた笑い声を発しては、自ら話した言葉はなかったように違う鏡のことを喋っていた。


「ん、わたしは滝の方が気になる」


 エヴァは大瀑布がありそうな崖の鏡に一票を投じる。


「閣下にお任せします」


 ヘルメはぷかぷか浮きながら、俺に一任した。


「わたしはご主人様が前におっしゃられていた、貝殻の水着を着たいので海が良いです」


 偉い。ヴィーネはさすがだ。

 一番最初に<筆頭従者長>になっただけはある。

 俺の好みを理解している。


「あっ、そんなこと言ってたわね」

「ん、なら、海にいく」

「いいねぇ。貝殻の水着を渡しておくけど、着てくれるんだよな」

「うん、着てあげる。シュウヤがスケベなのは身をもって味わったからね、ふふ」


 レベッカはキラリと蒼い目を光らせて小さい唇の端をあげていた。


「ん、向こうにいったら着替えるから早く頂戴」

「閣下、わたしにも渡してくださいね」

「ご主人様、わたしもです」


 アイテムボックスから素早く貝殻の水着を取り出しては彼女たちに配った。


「よし、それじゃ、二面と十六面、どっちも海だと思うけど、どっちに行く?」

「二面は少し泳がないと分からないんでしょ? だったら、十六面の鏡、船の残骸が近くにある方のがいいかも」

「ん、賛成。でも二面にある海の中でも、わたしの<念動力>で皆の周りを囲えば、最初は濡れないと思う」

「おぉ、そんなことが可能か」

「たぶん。まだやったことがないから分からないけど……こんな風に……」


 エヴァはそう言うと紫色の瞳を輝かせた。

 全身から紫魔力を発して、隣にいたレベッカ、ヴィーネ、ヘルメ、俺の体を覆った。


 少し体が浮く。


「魔力消費は大丈夫か?」

「……わたしも成長したけど、四人となると、消費が高いっ」

「エヴァ、無理はするな」

「ん」


 エヴァは渋面となると紫魔力の展開を止めた。

 レベッカは小さい尻を寝台につけて、ヴィーネとヘルメは床に着地。


「……閣下、わたしが全員を水で覆えば楽にいけると思いますが……」


 常闇の水精霊ヘルメが言いにくそうに語る。


「あ、そりゃそうか。常闇の水精霊だからな」

「はい、閣下の全身をお掃除するときの要領で、彼女たちを水で包み囲えば、数分は息継ぎなしで水の抵抗をあまり感じることなくスムーズに泳げると思います」

「なるほど」

「……凄い、精霊様の御業を見れるのね」

「そのようなことが……」

「ん、水に包まれるの気持ち良さそう」


 レベッカ、ヴィーネ、エヴァはヘルメの話す顔を見て感心している。

 ヘルメの黝色ゆうしょくの葉っぱのような皮膚が風に揺れて漣が立つようなウェーブを繰り返していた。


 水の抵抗を感じなくなるのか、ずっと前にも考えてはいたが……。

 聞いてみるか。


「ヘルメ、俺を水で囲った場合、土の圧力には耐えられるか?」

「どうでしょうか。やったことがないので、分かりませんが、あまりに深いと耐えられないかもしれません」


 そうなると……土の鏡へ直接向かうのはリスクが大きいな。

 どっかに穴を掘り、ヘルメを身に纏いながら穴に入り、土で埋めてもらい、這い上がれるか実験するか? いや、待てよ……<鎖>、血鎖を操作して、全身を血鎖で囲みながらゲートに潜り、周囲の土を削りながら一斉に血鎖を操作して大量の土を上方へ運べば……いけるかもしれない。


 血を操作して<血道第一・開門>で、両腕から血を出し<血鎖の饗宴>。

 血鎖を数十本両腕から放出する。


「閣下?」

「――きゃっ」

「――ん、シュウヤ、紅い鎖……」


 エヴァは興奮したのか真似をしようとしている。


「ご主人様、敵がどこかに?」


 いきなり血鎖を発動したから彼女たちが驚いてしまった。


「いや、敵じゃない、自分なりの研究だ。驚かせてすまん――」


 奴隷のフーに取り憑いた頭の蟲対策にやろうとしていたことを、更に改良して自分に試す。

 ――<血道第一・開門>をより強く意識。

 血鎖の縮小を促し、両腕から放出していた全ての血鎖を小さく小さく縮小させていく。


 おぉぉ……成功だ。

 自ら操作しておいて驚くという不思議現象。


 そこで、全身から血を出し<血鎖の饗宴>を発動、血鎖へ変質させる。


 <血道第一・開門>を意識しながら全身から生き物のように放出している血鎖を縮小させアイテムボックス、胸のネックレスを壊さないように意識……。

 身体全体に薄い血鎖を纏い、インナーの服、鎧、様々なコスチューム、一念岩をも通す思いでイメージしながら血鎖を操作。


 一瞬で、絹製の上着とスマート系のズボンが破れ散ってしまうが、そこには裸ではなく。

 俺の全身、あらゆる個所へフィットしている血鎖の鎧が完成していた。


 アイテムボックスの小さい腕輪の周りも血鎧が囲い流線形の形になっている。


「あわわ……シュウヤが鬼のような姿に……変身しちゃった」

「ご、ご主人様ですよね……」

「不思議、紅の血鎖服? 鎧?」

「閣下、素晴らしい発想です。ですが、閣下の顔が……」


 お? 顔を触ると……確かに表面がざらざらしている。

 目の部分はさすがに覆ってないので見えているが、仮面をかぶったような状態だ。


 全身を意識したからな。

 血鎖のコスチューム。


 鏡に近付き――全身を拝見。


 うひゃ、こりゃ、悪の化身、血色の甲冑の怪物だ。

 完全なる狂戦士じゃないか。段平があったら百人斬りは余裕だろう。

 顔もところどころに尖りがある鬼系、凶戦士の兜。

 肩は<鎖>の先端のように尖り、上半身は尖りがあるがジャケットの服にも見える。


 下半身は<鎖>の尖りがあちこちにある段々のキュイスが両足の先まで続いていた。


 胸の師匠がくれたネックレス鍵が血鎖鎧の中心部にあり独特のマークのような感じになっている。


 これなら全身を特攻武器として使えそう。

 そして、これならば、土をえぐり、土に埋まっているであろう鏡の回収用に使えるかもしれない。


 だが、あくまで“できるかも”の話。

 暇だったら、この鎧を身に纏い、直接土へダイブする実験を行おうかな。


「さて……」


 そこで血を操作してストップ。

 <血鎖の饗宴>を消して、裸に戻った。


「……それじゃ、ゲートを試すとして、最初は十六面、次に二面の海に小旅行と行こうか」

「ぷっ、裸でいうとなんかおかしい」


 レベッカが笑う。


「確かに、間抜けか」

「うん。それじゃ、少し準備してくるっ――」

「ん、楽しみ、わたしも準備――」

「閣下、わたしはいつでもいけます」

「わたしもです」


 レベッカとエヴァは素早く寝室から退出し、自分たちの部屋に戻っていく。

 ヴィーネとヘルメは部屋に残り、裸の俺に体を寄せてきた。


「……ご主人様、船の残骸があるとのことですが、もしかすると無人島か、他からは隔離された入り江かもしれませんね」

「たぶんな。だが、鏡の見た目は豪華ではないから、人族、例えば探索にきた海賊たちも重い鏡は置いていったのかもしれない。船の外は、海賊たちの拠点とかだったりするかもしれないから、一応は装備を整えておけ」

「はっ、畏まりました」


 ヴィーネは頭を下げると、すぐに胸ベルトのアイテム類を確認しながら翡翠の蛇弓バジュラを背に回し持ち、腰の黒蛇を黒鱗の鞘から抜いては、緑に輝く剣先を確認していく。


「閣下に敵対行動を取る相手がいたならば、問答無用で水に埋めてやります」


 常闇らしいヘルメの言葉だ。


「それは、時と場合による」


 ヘルメは長い睫毛を微妙に動かしながら、黝と蒼のグラデーションが綺麗な瞳の笑顔で話している。


「はい……最初は尻に氷を突き刺すだけにします」


 ……あまり変わらない気がするんだけど。


「まぁ、ほどほどに」


 ヴィーネは俺とヘルメのいつものやり取り冗談を見て、少し微笑んでいた。


「にゃおーん、にゃおー」


 黒猫ロロが珍しく寂し気に声を上げながら、俺の部屋に飛び込んでくる。


「にゃ」


 触手を俺の頬へ伸ばし気持ちを伝えてくる。


『不安』『消えた』『いた』『遊ぶ』『好き』


「はは、悪いな、ロロは寝ていたから起こすのも悪いと思ったのさ」

「ンン、にゃあ」


 黒猫ロロは肩に上ってくると、俺の頬を一生懸命に舐めてくる。


「ははっ、くすぐったい。お前を置いてはいかないよ」

「ロロ様は寂しがりやなのですね」

「にゃお――」


 黒猫ロロは俺の肩から離れて寝台に降り立つと、今度はヴィーネの頬へ触手を伸ばし気持ちを伝えていた。


「まぁ……ありがとうございます」


 ヴィーネは頬を少し紅く染めている。


「ロロはどんなことを伝えた?」

「は、はい、おっぱい、銀毛、匂い、良い匂い、好き、と……」

「へぇー、ロロもヴィーネのおっぱいと銀髪に匂いがお好みか。俺と同じだな」


 たぶん、ヴァニラ系の匂いかな。


「ご主人様、わたしには……匂いが?」

「ある。皆、特有の匂いがあるな。自分じゃ分かりづらいが、お前もルシヴァルの力で嗅覚が増しているはずだ。<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>じゃないが、ある程度は、嗅ぎ取れるはず」

「確かに……ご主人様の匂いは大好きです……」


 ヴィーネが珍しく鼻を動かすと、恥ずかしそうにそう言ってくれた。


「何、裸のままで、見つめ合っていちゃついて、いるのかなぁ?」

「ん、ヴィーネは油断できない」


 二人が部屋の入り口に現れた。


「おっ、やけに軽快な服装だな」


 レベッカはフィレットの帽子をかぶりデコルテを晒す姿。

 小さい両肩を晒して肌着一枚にスラッシュ入りの薄絹の緩い脚衣ブラゲッセという、完全に夏のお散歩ルック。

 腰にアイテムボックスを備えグーフォンの魔杖を差しているだけ。


 手には手下げの藁バッグを持っていた。


 エヴァは革帽子に迷宮で手に入れた銀糸のワンピースと丈が短いショートスカート。

 腕には金属武具の黒トンファーが巻き付くように装着され、腰の細い白ベルトにはアイテムボックスの小さい銀製の筒容器が付けられている。

 足元からは緑色に輝く鋼鉄足が見えていた。


「ふふっ、こないだ買った服よー。シュウヤ、どう?」


 カワイイな。


「うん、両手を広げてみようか?」

「両手? こう?」


 おぉ……つるつるの腋が素晴らしい……。


「いいね、デコルテからの腋が特に素晴らしいよ。得点はかなり高い。似合っているし、可愛らしい」

「あっ、ありがとう」


 レベッカは褒められて嬉しいのか、金色の眉で幸せ感を描きながらお礼を言ってきた。


「……ん、シュウヤ、わたしは?」


 エヴァの紫色の瞳は少し揺れていた。

 俺の言葉に期待しているらしい。


「革帽子についている小さい紫色の花が可愛らしくて、紫色の瞳を持つエヴァにとても似合っている。銀糸のワンピースが胸の強調を抑えて、丈の短いスカートが清楚なイメージを思わせる。素晴らしい。全体的に評価点は高くなる。今回のシュウヤズファッション委員会の審査は君が勝つかもしれない」


 どこかの審査員になった気分で語る。


「ふふふ、ありがとう、裸で審査をしているの?」

「裸の審査員のせいで、負けた!」


 レベッカはそう言ってるが笑っている。

 彼女たちは褒めたら、本当に良い笑顔を浮かべるなぁ。

 俺も自然と笑顔になっちゃう。


「それじゃ、裸はあれなんで、俺も着替えてくる」


 裸の男が廊下を走り、金玉を揺らしながらリビングへ駆けていく。


 使用人、メイドたちが一物を見て、「きゃぁ」と声を響かせるが構わない。


 マネキンにある紫色の鎧セットを着込み、外套、胸ベルトを装着。

 外套を左右に開き紫色の鎧を晒したところで、皆が集まっている寝室に戻った。


「……それじゃ十六番目のゲートを起動するぞ、こい」


 黒猫ロロを肩に乗せて、一応、皆を抱き寄せる。


「にゃぁ」


 肩にいる黒猫ロロも『出発するニャ』というように、肉球を見せながら肩をぽんぽん叩く。


「ん」

「うん」

「はい、ご主人様っ」

「閣下、準備は完了しています」


 二十四面体トラペゾヘドロンの十六面の記号の溝をなぞりゲートを起動。


 目の前に昔にみた船の残骸から見える景色が広がった。


「わぁ、船に浅瀬が少し見える」

「レベッカ、感想は向こうへ行ってからだ」

「あ、うん」


 彼女は、皆に遅れて抱きついてくる。

 そのまま皆で鏡を潜った。

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