百七十二話 エヴァとレベッカの進化

 

 ん、顔にざらついた感触が、それに、汁? 魚の匂いも……。


「にゃ、にゃんおおお」


 黒猫ロロだ。


「閣下ァァ」

「ご主人様、ご主人様っ!」

「まだ起きないのっ! シュウヤッ」

「ん、シュウヤッ、寝るのやめて、起きてっ」


 ……皆の声だ。

 目を開けよっと。


「ああ、ご主人様っ! 気付かれましたかっ」

「アァ、閣下が目を開かれたっ!」

「よかったぁ」

「ん――シュウヤ、大丈夫?」

「にゃ、にゃぁぁ」


 皆、顔色を悪くしているが……。

 美猫と美女たちから起こされるという経験は中々いいものだな。

 普段寝てないから、こんな機会は二度とないかもしれない……。


 だが、次眷属化を行うとしたら一人ずつ行おう……。


 記念として彼女たちの顔を目に焼き付けておく……。

 さて、と起き上がり、皆を見ながら、


「――大丈夫だよ。心配させたみたいだな」

「もうっ、心配かけてっ! わたしたちも起きたらシュウヤが倒れてて、ヴィーネが物凄い剣幕で、こんなことは知らない! 知らぬぞ! と、大声で泣きながら叫んで、あたふたしていたから、焦っちゃったわよ。精霊様も驚愕したような表情を浮かべて、おっぱいから水を出し始めるし……」


 ヴィーネ、驚かせてしまったな。

 ヘルメ、気が動転しておっぱいから水を……。


「……レベッカ。ご主人様が倒れて気絶するのは初めてだったのだ。取り乱してしまった。謝罪する。しかし、ご主人様がご無事で本当に、よかった……」


 ヴィーネはそこでお尻を地べたにつけて、また泣き出してしまった。

 仮面を外しているから頬の銀色の蝶に涙の粒が付着して眩く反射している。


「ん、泣かないで、ヴィーネ。シュウヤは元気」


 エヴァは天使の微笑。

 寝台に腰掛けながらヴィーネの背中をさする。


 慰め方が優しい。


「はい……エヴァ、姉者のような顔だ。嬉しいぞ、ありがとう」

「ん、分かってる。元気だして」

「エヴァ……」


 心を読んだか。

 ヴィーネも優しく微笑んでエヴァを見ていた。


「閣下、わたしも怖かった……閣下の身体に入っても声が聞こえなかったのですっ。気が動転してしまい、水を漏らしてしまいました」


 ヘルメも珍しく声が上擦ったままだ。


「皆、済まない……魔力、精神、血を大量に消費したせいだ。二人同時の眷属化はさすがに負担が大き過ぎた」

「そうみたいね」

「ん、次からは一人ずつ」


 エヴァは紫色の瞳をきゅっと細めて語る。


「あぁ、そうだな。それで、エヴァとレベッカ、眷属になったんだよな?」

「ん、<筆頭従者長>になった。色んなスキルも覚えて統廃合された。だけど、一日に少しだけ血が必要」


 エヴァは紫色の魔力を全身から放出しながら嬉々として語る。


「血はヴィーネと同じか。レベッカは?」

「<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>を覚えて、<血魔力>、<真祖の系譜>、<筆頭従者長>の恒久スキルを獲得。そして、スキルも変化して、戦闘職業も変化したの」


 レベッカは嬉しそうだが、少し混乱しているようでもあった。


「ほぅ、どんなのに変化したのか教えて」

「うん。<炎の加護>と<蒼炎の瞳>が融合、<蒼炎の加護>に変化、戦闘職業が<蒼炎絵師>から<蒼炎闘想武>という聞いたことのない職業に。それでね、蒼炎がかなり自由にいじれるようになったの、こんな風に……」


 レベッカは右腕を伸ばし拳を作る。

 その小さい拳は彼女の瞳の色に近い蒼炎を纏っていた。

 <魔闘術>や<導魔術>に近いのか?


「にゃ~、にゃお」


 黒猫ロロも小柄なレベッカの腕に突然蒼炎が発生したのに驚いている。


「凄いじゃないか」

「ん、レベッカ、熱くないの?」

「大丈夫」


 レベッカは笑顔を作る。

 拳を覆っていた蒼炎を消した。

 すると、ヴィーネが、


「蒼炎……ご主人様の光魔ルシヴァルの系譜が、元々のレベッカのハイエルフの身体能力、魔力、精神などの潜在能力の成長を促した結果か! ……<魔闘術>、<導魔術>、或いは……<秘術>に近い能力。遠距離も近接戦も可能な戦闘職業とお見受けしました」


 と語る。

 ヴィーネは興奮していたが、途中から恥ずかしそうに冷静な口調に戻しつつ、レベッカのことを説明していた。


「エヴァ、レベッカは、ヴィーネと同じく魔力操作の技術も格段に上がっていますね。この選ばれし眷属たちならば、軍勢を率いる軍団長に相応しき強さです」


 ヘルメも嬉々として語る。


「精霊様、ありがとうー。蒼炎弾も作れるし、この拳も武器になるのねっ」


 レベッカは素早い身のこなしで腕を伸ばし、空中にパンチを放っている。

 その蒼炎を纏った拳でのツッコミは受けたくないな……。


「素晴らしい蒼炎拳……ですが、それでわたしの皮膚に触れないでくださいね? 燃えちゃいそうです……」


 ヘルメが長い睫毛を微妙に動かし、蒼炎を見ながら語る。

 水の精霊だからな、蒼炎といえど炎だ、怖いのかもしれない。


「う、うん、気を付けます」


 レベッカは精霊ヘルメの怖がる顔を見て、パンチを打つのを止めていた。


「それで、エヴァは?」

「ん、<金属精錬>を覚えて足につく金属が増えた。あと、<念導力>も力が増して範囲が広がって、触って分かるのも強くなった!」


 出来し顔のエヴァも可愛い。

 心を読む力も増したんなら、納得だ。


「よかった。二人とも色々と強くなった。ということで……」


 そこで、アイテムボックスから〝処女刃〟を取り出す。

 彼女たちへ手渡した。


「腕輪?」

「これを装着?」

「それは処女刃です。<血魔力>を発展させるための道具。<血魔力>に必須な最初の訓練ですね。まずは二階へ行きましょう」


 俺が言う前にヴィーネが軽く説明していた。


「詳しくは二階の陶器の桶があるところで説明する」

「ん、分かった」

「ふーん」

「閣下、わたしは一階にて<瞑想>をしてきます。ロロ様、行きましょう」

「にゃお~」


 黒猫ロロは珍しくヘルメの肩に乗る。

 ぺろぺろと彼女の頬を舐めていた。

 

 ヘルメは笑顔で、


「ロロ様、後で特製の水をさしあげますからね?」


 微笑ましいやりとりをしながら離れていく。


 特製の水?

 と疑問に思ったが、何も言わない。

 俺はレベッカとエヴァを連れて、二階のベランダに移動。


 小さい塔の中にある、お風呂場へ向かった。


「ここで、その腕輪を使いヴァンパイア系としての<血魔力>の第一段階を覚えてもらう」

「第一段階……この腕輪はスイッチがあるようだけど」

「そうだ。スイッチを押すと中から刃が飛び出す仕組みだ。それで自らの体に傷をつけて血を流す感覚を覚えてもらう」


 裸にならないと彼女たちはやりにくいだろうし、俺は外に出てヴィーネに見ててもらうか。


「えぇ……痛いのは、いや……」

「ん、わかった、裸になったほうがいい?」

「ちょっ、裸……ええぇぇ、いやよぉ、恥ずかしい」


 レベッカは嫌がるが、エヴァは大胆な発言だ。


「分かってるよ。俺は外に出てる」

「ん、まって、わたしはシュウヤにすべてを見ていてほしい。この血の儀式は、特別な人と一緒に分かち合いたい……」


 エヴァは真っ直ぐ俺を見る。

 その紫色の瞳には深い愛情が感じられた。


「了解した。エヴァはしっかりと俺が見よう」

「……待って。やっぱり、わたしも恥ずかしいけど、同じ光魔ルシヴァルに連なる一族として、シュウヤに見てほしい」


 エヴァに負けじと、レベッカも決意を固めた顔を見せて話している。

 二人は真剣な瞳だ。


 その思いを感じ取りながら、


「……おうよ。しっかりと見届けてやるさ」


 身を引き締める思いで、大きく頷いて答えていた。


「ん」


 エヴァは魔導車椅子を変化させた。

 そして、微笑を浮かべながら薄紫色のネグリジェを脱いでいた。


 ……おぉぉぉ……素晴らしい裸体だ。


 白い双丘の頂上には、小さく甘そうなピンクの蕾様が生えている。

 くびれた細いウエスト、ほど良い大きさの太ももは柔らかそうで、ムチムチマンボウ。


 と、興奮しちゃう。


 黒猫ロロが気にいるわけだ。

 あのふとももで、膝枕されたいかも。


「裸に……おっぱい、大きい……」


 レベッカは自分の胸とエヴァの豊満な双丘を見比べて……意気消沈。

 

「シュウヤ……バスタブの中に入れて欲しい」


 エヴァの声は少し震えている。

 だが、綺麗な鈴の音が小さく鳴ったようにも聞こえた。


「あぁ……」


 巨乳を胸板に感じながら、裸になったエヴァを抱きしめ、お姫様抱っこを行い、バスタブの中にゆっくりと下ろして座らせてあげた。


 綺麗なおっぱいをずっと見ていたいが、我慢。

 立ち上がりながらバスタブから出る。


「……羨ましい」


 ヴィーネが一言ボソッとそんなことを呟く。

 お姫様抱っこか?


「さぁ、次はレベッカだ」

「あんな、あんな大きさだったなんて……」


 彼女は蒼い瞳を大きく揺らしながら話す。

 隠れ巨乳だったエヴァのおっぱいが、よほど重たい、いや、ショックだったようだ。


「レベッカはやめとくか?」

「……ううん、やるわよっ! こんなことするのは、シュウヤ……だけなんだからねっ」


 レベッカは細い人差し指でポーズを決める。

 そして、彼女の心にある炎の感情を表に出したような表情を浮かべた。

 憎しみの籠もっていない蒼い瞳で俺をキッと睨む。

 可愛らしく白い薄絹の寝巻きを脱いでいった。


 悩ましい仕草で、手で胸を隠して、もう一つの手で股間を隠す。

 

「……」

「もう! スケベシュウヤッ! そんなにジロジロ見ないでよっ!」


 俺は真面目な顔を意識しつつ、


「すまんな、だが、これはしょうがない。それじゃ、レベッカもお姫様抱っこをしようか?」


 と、いじらしいレベッカに一歩近づく。


「い、いや――」


 彼女は体を隠していた手を体から離して、蒼炎を灯した手をあげた。


「いやなら」

「……ううん」


 レベッカは顔を真っ赤に染めて、その顔を左右に振る。

 そして、あきらめたように腕を下げると、俯きながら「……お願い」と小声で話す。


「わかった――」


 裸のレベッカを抱きしめる。

 そのままお姫様抱っこだ。

 

 小柄だから軽い。

 

「きゃっ……シュウ……ヤ」


 レベッカは顔をぽうっとさせていた。

 潤んだ瞳。

 なんか、照れるな……。

 バスタブまで、わずか数歩の距離だが……。

 お姫様抱っこでレベッカをバスタブまで運ぶ。


「ここに降ろすぞ」

「うん……」


 レベッカを支えながらバスタブから離れた。

 バスタブの中にいるエヴァはレベッカの手を握って頷く。


「……さぁ、二人とも、腕輪のスイッチを押せ。最初は痛いが、がんばれ」

「……やるわっ」

「ん」


 二人はスイッチを入れた。

 血を流し始めた。


 ◇◇◇◇


 血の儀式を始めて……数時間が経った。


 まだ、彼女たちは感覚を掴めない。

 ヴィーネの時よりも時間が掛かった。


 処女刃を使った血の儀式は、夜まで続く。


 すると、


「――覚えた。<血道第一・開門>、血の操作、ん、凄い、<戦鋼血紫師>に戦闘職業が変化した」


 エヴァは恍惚の表情を浮かべながら語った。

 全身から紫色の魔力を発しながら、下に溜まった血を吸い上げていた。


 血を吸い込む時、不思議と魔力が紫色とその血が混ざったような色合いに変化している。


「あっ、わたしも<血道第一・開門>を獲得した。戦闘職業も<蒼炎血闘師>にかわっちゃった……」


 続いてレベッカも獲得した。

 バスタブに溜まった血は二人に吸われてあっという間に無くなった。


「二人ともおめでとう。第一段階完了だ」

「ん、ありがとう」

「ありがとう。恥ずかしかったけど、シュウヤが見ていてくれて嬉しい」


 二人は血まみれな体だったが、もう綺麗さっぱりな体だ。

 血の跡はなにも残っていない。


 これで二人は完全に俺の一族となった。

 嬉しいな。最後まで一緒に見ていたヴィーネも笑顔だ、喜んでくれている。


 次は鏡の件か。だが、もうそんなことは些細なことだ。

 と、鏡のことをいう前に……。


 俺は着ていた服を脱いでいく。


「……二人とも、準備はいいな?」

「ん」

「……はい」


 エヴァは天使の笑顔。

 レベッカはこれでもかというように蒼い目を見開いて、俺の裸を凝視している。

 彼女たちの神聖な乙女を、穢す時がきた。


 ゆっくりとバスタブの中にいる彼女たちへ近付いていく。


 最初はエヴァへ天使の笑顔を崩すような、強引なキス。

 唾を引きながら離れ、続いて、隣にいるレベッカの小柄な体を持ち上げるように抱きしめて、レベッカの小さい唇を奪った。


 そこからは、黒猫ロロディーヌが呆れるか分からないが、朝方まで二人との激しい情事の時間となる。



 ◇◇◇◇



 もう朝だ。


 エヴァ、レベッカ、ヴィーネの三人は寝室であられもない姿で寝ている。

 三人同時にやることをやった訳ではなく、ちゃんと個別にやったんだが……。

 エヴァを昇天させ、レベッカも昇天させて、我慢していたヴィーネが獰猛な笑顔を浮かべて俺に襲い掛かってきたからな……。


 賢者タイムという訳じゃないが、二階のベランダへ向かう。


 暖炉の板の間からアーチを潜りベランダに到着。

 こないだと同じく、椅子に座り、いつものようにモーニングコーヒー、もとい、モーニング黒い甘露水を飲みながら、朝日が差す中庭を見ていった。


 精霊のヘルメがまた、中庭の隅に生えている大きな木へ水を撒いているのが見える。


 彼女と視線が合うと、水飛沫を発生させながら、俺がまったりと休んでいる二階のベランダへ跳躍してきた。


「――閣下、おはようございます」

「おはよ。ヘルメはいつも、あの木に水を撒いているな」

「はい。魔力を少し分けています。木の精霊ちゃんも喜ぶので」


 デボンチッチの子精霊的なものは見えないが、彼女には見えているらしい。


「そっか。ヘルメもこれを飲む?」


 黒い甘露水が入った水差しを勧めてみる。


「はい」

「飲んでいいよ」

「では」


 ごくごくっと喉越しの良い音を立てて黝色の葉っぱの皮膚をウェーブさせては飲んでいく。


「美味しいっ、甘いのに爽やかな気分にさせてくれます」

「だろう? それ全部あげるから飲んじゃって」

「はいっ」


 精霊の彼女だが、千年植物サウザンドプラントの青い実といい、甘いのが大好きか。

 喜んで全部の黒い甘露水を飲んでいた。


「おーい、総長っ、ここに住んでいるんだろうっ!」

「シュウヤァァ、総長になったんでしょ~、どこぉ~」


 おっ? 中庭から見知った女性たちの声が響く。


「ヘルメ、挨拶してくる」

「はい」


 ベランダから中庭へ向けて跳躍。

 <導想魔手>を足場に使い、爽快に降り立った。


「えっ、飛んで現れた」

「シュウヤッ、久しぶりっ」


 ベネットとヴェロニカだ。

 【月の残骸】のメンバー。


「よっ、ベネット。ヴェロニカも、その様子だと大丈夫そうだな」

「そうなの、シュウヤが狂騎士を倒してくれたと聞いた――ありがとう。光系の攻撃はわたしの弱点だからね……そんなことより、いつの間にかわたしたちの総長になってるし! メルから聞いて吃驚したんだからっ」


 ヴェロニカはゴシックドレスの端を持ち、可愛らしくお辞儀して、その場でくるくる回りながら語る。

 ベネットは黙ってヴェロニカを見つめていた。


「まぁ、流れでな。これからはお前も俺の指示に従ってもらうぞ」

「いやん、カッコイイ……なんか、前より、濃いピュアな雄の匂いが増して強大になってない? 今の言葉だけで、きゅんっと芯が疼いてきちゃったわよぉ――」


 彼女は楽し気な雰囲気で近寄ってきたが、俺は華麗にスルー。

 伊達に爪先半回転は磨いていない。


「――もぅっ、総長のばかっ、可憐な乙女が抱きつこうとしてるんだから、そこは腕を広げて抱きしめるべきでしょう? ふんっ」

「ヴェロニカ、調子に乗ると血を浴びせるぞ」

「ひぃん、その目つき、また感じちゃった……」


 だめだこりゃ……。

 俺の闇属性がかなり増したせいか、ヴェロニカは俺に対してメロメロになってしまっている。


「……ヴェロっ子、総長を困らせちゃいけないよ。だが、この子がここまで嵌まるとはねぇ」


 ベネットはヴェロニカの変顔を見せての奇怪な行動に、目を細めながら語る。


「だってだって、シュウヤがわたしたちの仲間になってくれたんだよ? 前にも何回も話していたよね? シュウヤが仲間になるのなら、傀儡兵の改良を頑張るって」

「……あぁ、それならあたいもちゃんと聞いているさ。メルが約束したんだろ」

「うんっ、メルは約束を守ってくれた」


 そんな約束をしていたのか。

 メルめ、となると俺を引き込むために……わざと助けてくださいとか言ってきた可能性があるな。

 あの女……へーこらへーこら頭を下げていたが、裏じゃ笑っていやがったか……皮肉屋でくえねぇ女だ。


 だが、何度も思うが面白い。元闇ギルドの総長なだけはある。

 裏がある女だが、俺を操作する機知に富んだ女。

 相当使える……望めばだが、選ばれし眷属の<筆頭従者長>、<従者長>の話をしてもいいかもしれない。


「……総長? 顔がニヤついて、ヴェロニカの病気が移っちまったかい?」

「大丈夫だ。それよりベネット、ここに来たということは、情報はもう集めたんだよな?」


 ベネットは俺の言葉を聞いて、エラが張った四角い顎を縦に動かして頷く。


「そうさ、パクス・ラグレドアの情報はすぐに集まった」


 ベネットは密偵としてかなり優れている。

 彼女も望めば、眷属化はありか。


「……聞かせてくれ」

「あいよ。あたいも驚いた。六大トップクランに迫るぐらいに勢いのある【死のゆりかごデッド・クレイドル】を率いている団長の名だったのさ」

「デッド・クレイドルか」


 蟲をゆりかごで育てるという意味もある?


「……で、黒雷のパクスという二つ名がある。メイン武器は魔槍、魔剣を持ち、黒スカルをかぶる素顔は誰も見たことがないらしい。不気味な大柄男。迷宮に長いこと籠もり、毎回の如く奴隷を盾にして使い潰していることで有名とか。正式な団員数は奴隷が増減するから不明。背後では【黒の手袋】、【大鳥の鼻】という闇ギルドと関係を持つという噂もあった。迷宮は第六階層を踏破したらしい」


 黒スカルで槍と剣か、同じ槍使いが相手の可能性があるのか。

 それに、闇ギルドと関係を持っているうえに、第六階層を踏破しているとなると、かなり強い冒険者であり、対人戦もこなしている存在か。

 さすがは邪神に選ばれるだけのことはあるようだ。


「……迷宮に長いこと篭もるとなると、そいつの家とかは分からなかったのか?」

「ふふん、わたしの能力を舐めてもらっては困る。標的の屋敷は、ペルネーテ東、第二の円卓通りの右下、倉庫街の端だよ。結構大きい茶色い屋根の家だ。隣に赤屋根の娼婦館がある」


 おぉ、凄い。家が分かるなら楽だ。


「さすがだ、ベネット」

「……あたいは仕事をしたまで。メルがくれると約束した弓の件があるから頑張ったのさ」

「因みに、べネ姉が鼻を膨らまして顔を逸らしたのは、照れて嬉しがってる証拠だからね、総長」


 ヴェロニカが教えてくれた。


「ヴェロっ子っ、余計なことを」

「ふふーん」

「ありがと、ヴェロニカ。ベネットはツンが多いからそういう情報は助かる」

「ほーら、べネ姉っ、総長は笑顔で答えてくれたよ」

「あ、う、うん。総長――あたいの顔をそんなにじっと見ないでくれよっ」


 ベネットの顔、特に鷲鼻の辺りを注目していたら、彼女は照れたのか、顔を逸らしていた。

 ヴェロニカの言葉通り、鷲鼻の穴が少し膨れている。


 何か、可愛く見えてきたぞ。

 はっきりいって顔はブサイクだが、可愛いかも……。


「……可愛い鼻だな」

「ちょっ、あたいのことを言っているのかい!?」

「あぁぁぁーー、わたしよりも先にべネ姉が褒められてる……」


 ベネットは顔を真っ赤に染めて、目を見開く。

 ヴェロニカはぷんすかと、頬を膨らませて怒っていた。


「そうだぞ。ベネット、そんな驚くなよ」

「……あたい、あたいのことを褒めてくれるなんて……」


 ベネットはいじいじと両手の指先を合わせて、チラッと俺を見ては、視線を斜めに逸らす。


「ヴェロニカも、そうすねるな。お前だって小顔で綺麗だぞ」

「んんっ、もっともっと、総長、ほめてほめてーーー、総長ぉぉ~」


 ヴェロニカは……跳躍するように俺の腕に抱きついてきた。


 躱すとうるさそうだから、抱きしめさせてやる。


「あれ、あそこにいるのは?」


 ヴェロニカがヘルメの姿を背中越しに見たらしい。


「おはようございます。常闇の水精霊ヘルメです。閣下の永遠なる僕、閣下の水、閣下の闇、閣下のお尻愛、閣下――」

「――ヘルメ、自己紹介はその辺でいい」


 長くなりそうだから俺が遮った。

 ヘルメの言葉を聞いた途端、エルフのベネットは膝を地面に突けて頭を下げていた。


 ヴァンパイアのヴェロニカは驚いて俺から離れ、一歩、二歩、後ろに下がる。


「閣下の偉大さを……」

「いいから」

「はい……」

「……総長、その方は本当に精霊様なのですか?」


 顔をあげたベネットは聞いてきた。


「しょうがないですね――」


 ヘルメは一瞬で液体状に変化。


 空中を飛ぶようにスパイラル移動を行った。

 そして石畳に着地しては、水飛沫を出しつつのスライム化。


 にゅるにゅると、中庭の石畳の上を這うように、移動を繰り返す。

 あっという間に人型へ変身。


 俺に抱きつきながら、綺麗な蒼い葉と黝い葉の皮膚を持つ顔をベネット、ヴェロニカへ向ける。


「ははっ――お許しを、精霊様っ」

「……精霊様」


 ベネットは土下座に変わる。

 ヴェロニカも片膝を地面に突けていた。


「分かればよいのです」


 微笑むヘルメは水飛沫をあげるように素早く移動。

 本館の中へ戻っていった。


「……総長、あたい、精霊様を生まれて初めて見ました……総長とは、いったい……」


 ベネットは顔が完全に強張っている。


「わたしもびっくり。使い魔の類ではないわ。魔道具もなしに精霊を使役するなんて、それも完全な意識を持つ精霊……永らく生きてきたけど知らない。どんな契約呪文を組んだらそんなことが可能なのかしら。紋章魔法、<古代魔法>、狭間ヴェイルを越え、理を越え……精神力、魔力は、膨大な量が必要なはずよ。正に、神の域を超えた未知の世界。精霊様から微かにシュウヤと同じ匂いを感じられるし、全く違う方法で使役したのかしら……」


 ヴェロニカは三百年近く生きたヴァンパイアだからそれなりに魔法には詳しいようだな。


「お前たちは、俺が普通じゃないことは知っているだろう? 血を好む、闇側の生物でもある。光も好きだがな……」

「……あたいは難しいことは分からない。総長とだけ考えて、忠誠を誓います……」


 ベネットは彼女なりに言葉遣いを考えて話しているようだ。


「……わたしも、シュウヤに忠誠を誓うわ。守ってほしい……本家ヴァルマスクだって、シュウヤなら……」


 あれほど陽気なおどける態度だったヴェロニカも顔を上げてから、また、頭を下げてきた。


 ヴァルマスク家か。

 俺がルシヴァルとして勢力図を広げたことはいずれ分かるかな?

 吸血神ルグナド様も気付くか。


 メルとも話をしていたが、まぁ、相手も馬鹿じゃないだろうし、喧嘩を売ってくる可能性は低いかもな。


「……二人とも忠誠は嬉しい。楽にしていいぞ。それと、俺の仲間たちにつけていた護衛はいらなくなった。彼女たちは俺の屋敷で一緒に住むようになったからだと、メルに伝えておいて。後はお前たちと連絡を取りたい場合もあるから、ここに連絡員を常駐させる話をしておいてくれないか?」

「あたいに任せなっ、メルに話しておくよ」


 ベネットは元気よく頷いてくれた。


「総長であるシュウヤの側にいたいから、わたしが……」

「ヴェロっ子、それはメルが反対するよ? それに、ヴェロっ子には、まだやることがあっただろう」

「ううう、角付き傀儡兵ならもう三体作ったのに……」

「そんなことはあたいは知らない、メルにいうんだね」

「ふんっ、メルにちゃんとお話をして、許可を貰うもん……」


 ヴェロニカは独りぶつぶつ言い出す。


「それじゃ、あたいは戻るよ」

「おう」

「あっ、まって、シュウヤッ――」


 ヴェロニカは小さい体をめいっぱい大きくするように腕を広げて、また俺に抱きついてきた。しょうがないので、足を抱きしめさせてやる。


「ふふっ、ありがとっ――」


 彼女はヴァンパイアらしく、高く跳躍して、俺の頬にキスしてきた。

 ヴェロニカは回転するように着地した後、照れるように頬を紅く染めると、踵を返して、ベネットの背中を追いかけていく。


 はは、可愛い顔しちゃって。


 さぁて、そろそろ、皆が起きる頃合いかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る