百四十九話 ルビアとヴィーネ

「……ヴィーネ、今日は昔の知り合いを探しに、初心の酒場へ向かおうと思う」

「ではレベッカ様とエヴァ様以外にパーティメンバーをお集めになるのですか?」


 確かに、パーティメンバーは増やしてもいいが。


「いや、そうじゃない。知り合いはここの都市に暮らしているはずなんだ。だから、一度は挨拶しときたいと思ってな」

「そうですか、ご主人様の昔の知り合い……」


 ヴィーネは少し考えるように呟く。


「なあに、皆、いい奴らだ。ドワーフの兄弟であるザガとボン。ハーフエルフのルビアと人族の名前を変えている女、合わせて四人だ」


 指を四本立てながら、話す。


「四人も……どういった方々なのです?」

「ドワーフの兄弟は優秀な鍛冶屋だ。俺の装備を作ってくれた。ルビアは女冒険者。名前を変えたミアも冒険者に成っているはず。ドワーフの兄弟とルビアについてはある程度目処が立っているから、すぐ会えると思う……しかし、ミアには会えそうもない。向こうから俺を見つけると言っていたが……ま、ここは広いし、仕方がない。違う生活を始めているのかもしれない」


 俺の言葉を聞いたヴィーネは顔を一瞬、曇らせる。

 そのまま静かに頭を下げて頷いた。


 少し間を置いてから、顔を上げて、俺を見つめながら口を開く。


「……そうですか。ご主人様は前々からその方々をお探しに?」

「探していたというより、この都市に来れば、いずれは会えると高を括っていたんだ」

「なるほど、この都市は巨大ですからね……わたしも来たばかりの頃は道を覚えるだけで精一杯でした」

「だよなぁ、ほんと……」


 ヘカトレイルよりも巨大で中身が詰まっているからなぁ。

 市場だけでも、大小合わせて数十あるし、舐めていたよ。


 この都市は広いから、ミアも色々と経験するはず……。

 負の螺旋は忘れて、元気に過ごしてくれているなら嬉しい。


「その初心の酒場の名は聞いた事はあるのですが、何処にあるのです?」


 ヴィーネは行ったことがないのか。


「場所は近い。第一の円卓通りにある。ギルドの近くだ」


 ヴィーネは視線を斜めに向け、


「そうですか。あそこら辺ですね……」


 と呟く。


「酒場は行ったことがない?」

「いえ、あります。最初はキャネラスの指示を受けて、迷宮へ向かう人材集めと交渉を学ぶために通っていました。名は〝英雄たちの酒場〟です」


 英雄たちの酒場とは名前通りに優秀な人材が集まるのかな。

 まぁ、あの大商人が無駄なことはさせないだろうし、たぶん有能な冒険者たちが集まるところなのだろう。


「そこで学ぶ事はあった?」

「はい。六大トップクランの人員の多くが、そこの酒場を利用していましたので、交渉だけでなく、迷宮内の貴重な情報を得られました。しかし、スカウト待ちの荒者な冒険者も多いので煩かったですね」


 優秀な人は一癖ありそうだもんな。そんな人たちが集まっている酒場か。


「そっか。いつか見てみるかもしれない」

「はい。場所は覚えていますので、言ってくだされば、ご案内致します」


 ヴィーネは笑顔で話す。


「うん、その時はよろしく頼むよ。それで、今日の予定だけど、まだ続きがあるんだ」

「何ですか?」

「地図、魔宝地図の解読ができる人物も酒場で探してみるつもりだ。酒場に居なかった場合は【魔宝地図発掘協会】の建物へ向かおうかと考えている……上手く地図を読める人材が見付かれば、その人に俺の地図を解読してもらう予定だ。そうすれば、地図のお宝を目指せるようになる」


 てきぱきと説明。

 ヴィーネは何回か相槌を打つと口を開く。


「了解です……魔宝地図。この間、手に入れた地図ですね。解読スキル持ちの方が素直に見付かればいいのですが……地図読みスキルの人材を探す場合、注意が必要です。解読詐欺には気を付けてください」


 ん、なんだそれは。

 オレオレ詐欺の新手か?


「そんな詐欺があるのか」

「はい。商取引、特に冒険者同士のやり取りは入念に覚えさせられましたから……」


 なるほどねぇ。

 キャネラスも教育熱心だな。

 あれやこれやと詰め込み過ぎな気もするが、ダークエルフのヴィーネを高く売ろうと、真剣に情熱を注いでいたらしい。


 ヴィーネもヴィーネで、理由はどうあれ、それを巧みに利用し自らの糧にして成長していったのだから凄い女性だよ。


 尊敬する。

 ヴィーネを買って大正解だ。


「……ご主人様? わたしの顔に何かついていますか?」

「あぁ、そうじゃなく、ヴィーネは綺麗で聡明だ。本当に買ってよかったと考えてたのさ」

「あ……ありがとうございます。わ、わたしも優しく強い雄であるご主人様に出会えて幸せです……」


 うぐ、可愛い。頬が少し紅くなっていた。

 冷徹をイメージする銀仮面越しから、変わるギャップがいい。


「へへ。それじゃ外へいくか」

「はいっ」


 月見の宿を出て、ギルドのある第一の円卓通りに向かう。


 ギルド前を通り初心の酒場に入った。

 酒や煙草の香りが鼻につく。


 冒険者の団体客が丸いテーブル席に座り賑わっている。

 昼前だというのに、どんちゃん騒ぎだ。


 まずはルビアが居るかな。

 視線を巡らす。


 ……ん~、居ないか?


 ざっと見て、四、五十人は居るからな。

 手っ取り早く、中央のカウンターでブロンコスに聞くか。

 中央のカウンター席に座り、調理をしているブロンコスに、


「――よっ、ブロンコス」

「お、シュウヤじゃねぇか。ん、……綺麗な女を連れてるな」


 ブロンコスは息を飲むようにじっくりと青白い肌を持つヴィーネの姿を見る。

 美人のダークエルフだからな。


「ブロンコス、彼女の名はヴィーネ。俺の従者だ」

「ブロンコスさん。よろしくお願い致します」


 ヴィーネは頭を下げ、銀色の髪が靡く。

 丁寧な挨拶だ。 

 ブロンコスは頭を下げたヴィーネを見て、豊麗線の皺をピクッと動かす。

 嫌がるような照れているような表情を浮かべた。


「……よせやい。見た目通り、俺に〝さん〟付けは似合わない。気軽にブロンコスと呼んでくれ」


 お堅いのは嫌いなようだ。

 ま、ここは酒場だ。

 職業柄、上下関係なくフランクに活動したいのだろう。


「了解した。ブロンコス、何か飲み物をご主人様に頼む」


 ヴィーネは銀仮面越しに笑顔を見せて、了承。


「おうさ、お前さんも席に座れ。で、シュウヤさんよ、前と同じ物を用意しようか? そこの黒猫もどうせ何か食べるんだろ?」


 前回、俺が頼んでいた物を覚えていたらしい。


「にゃ。ンッンンンン」


 黒猫ロロはブロンコスの声に返事していた。

 〝当然だにゃ〟的に喉声を響かせて鳴くと、肩からジャンプ。

 カウンターの机に着地。

 その場で、肉球を見せる挨拶をしてから、人形のようにエジプト座りでお座りをする。


 しかし、むくっと上半身を起こす。

 後脚で器用に立った。

 クララが立った。違うか。

 両前足を上げて下げて、上下に足を動かしている。


 クレクレポーズ。


 ブロンコスに向けて、おつまみをくれ、と可愛いアピールをしていた。


 お前は朝飯を食っただろうに。

 でも、可愛い……。


「ぶっ、それはクレクレか! はははは。お前ェ! 可愛いなァ――よし。ちゃんと用意してやろう。 それで、ヴィーの姉ちゃんはどうするんだ?」


 テンションの高いブロンコスは〝ヴィー〟とヴィーネを略して、気軽に呼んでいた。


「……わたしもご主人様と同じ物をくれ」


 ヴィーネは渾名を聞いて眉間を震わせる。

 が、眉を震わせながらも表情を整えつつ無難に反応していた。

 

 が、そのことには触れずに、注文していく。


「おう、分かった。今用意するから待っとけ――」


 ブロンコスはカウンター越しにそう言うと、背後の棚の奥へと移動。

 棚からゴブレットを取り出し、酒を注いでいた。


 ナッツ類のお摘まみもボウルの入れ物に盛っていく。


「ほらよ――。ゆっくりしていきな」


 カウンター机の上に酒と御摘まみを置いていく。


「ありがと、代金はここに」


 二人と一匹分の金をカウンターの上に置く。


「おう、まいど」


 んじゃ、一口飲むかな。

 俺とヴィーネは置かれた蜂蜜酒を口にする。


 黒猫ロロはボール状の入れ物に顔を突っ込んで、ナッツをむしゃむしゃと食べていた。


 飲み食いしてると、ブロンコスが、


「……それで、今日もクラン【蒼い風】の連中目当てか?」


 と、聞いてきた。

 ブロンコスは黒猫ロロラブの目線だが、指摘しない。


「そうだ。そいつらは順調なのか?」

「あぁ。相変わらず【蒼い風】は調子が良いクランの一つだな。迷宮から帰る度に、良い装備に変わっているぞ。こないだは鉄の宝箱が出現したとかで、クランの連中が喜んでいたのは覚えている」


 へぇ、ブロンコスの親父は記憶力がいい。


「今日はその連中、ここにいる?」

「いや、見てないな。んだが、そろそろ迷宮から帰ってくる頃かもしれん」

「おぉ、なら、まったりと待たせてもらうよ」

「分かった。他に何か注文があったら言ってくれ」

「了解」


 ブロンコスは黒猫ロロに向けた視線を止めて、材料の仕込みを開始していく。


 酒入りのゴブレットを片手に酒場を見回した。


 お、あそこでダーツをやってる。

 賭け事か。ダーツというより投げナイフの競技かな。


「ご主人様、ここで待つのですか?」


 隣に座るヴィーネもゴブレットを手に持ちながら、そんなことを聞いてきた。


「そうだ。少し待ってから地図のことを聞く」

「分かりました」


 ヴィーネは少し不満顔か?

 じっと、酒を飲んで待機は性に合わないようだ。


 すぐに来てくれると助かるんだがな。


 そんな期待を持ちながら、数分待つ。


 ……先に地図のことを聞いてみよ。


「ブロンコス。ここにいる冒険者で魔宝地図を解読できる奴はいるか?」


 ブロンコスは玉葱のような野菜を切るのを止めて、反応してくれた。


「……魔宝地図か。昔は数人居たんだが、今は無理だな。それにここは迷宮の浅い階に向かうパーティやクランが常連だ。英雄の酒場、円卓の酒場辺りになら、多数居ると思うが、まぁ、冒険者ギルドの隣にある【魔宝地図発掘協会】に向かうのが一番手っ取り早いだろうよ」

「そっか。ありがと」

「おう。しかし、シュウヤは魔宝地図持ちかよ。懐に気を付けろよ?」


 ブロンコスはニヤッと、やらしく笑いながら俺にそう忠告すると、また野菜を切るのに集中していく。


 ブロンコスがそう言った途端、近くで話を聞いていた冒険者たちから視線が集まる。


 方々で、あいつ魔宝地図持ちか。

 と、短く呟かれてしまった。


 魔宝地図は狙われやすいのか。


 移動する際にはスリとかに気を付けないとな。

 だけど、地図はアイテムボックスの中だし、大丈夫か。


 と、一安心していると、ヴィーネの声が響く。


「ご主人様どうしますか? まだ待ちますか?」


 ヴィーネは早口で語る。

 酒場で待っているより、魔宝地図の方を優先したいのかな?


 だが、今は待つ。


「後回しだな。【魔宝地図発掘協会】にはまだ行かない。もう少しだけ知り合いが来るのを、待つ」

「……はぃ」


 ヴィーネは俺の選択に、元気なく返事している。

 つまみを食べては、ゴブレットに入った酒を豪快に一飲みしていた。


 そうして、入り口の方を見ながら、少し待つ……と。


 新しく入ってきた冒険者たちの中に見知った顔がいた。


 ラッキー。来た来た。


 少し髪も伸びていて、二つの三つ編みが背中側に流れた髪型になっているルビアを発見。

 彼女は仲間たちと一緒にテーブル席に座っている。


「お、今の連中が【蒼の風】だぞ」


 ブロンコスが背中越しに知らせてきた。


「分かっている。ヴィーネ、済まんが、地図探しは後だ。行くぞ」

「はい、ご主人様」


 表情が厳しくなったヴィーネを伴って、円テーブルに近付いていく。


 クラン【蒼い風】の面々たち。

 男女比率は男のが若干、多いようだ。


 彼らはテーブルを囲んでそれぞれに談笑している。


 その中で……右端の席にルビアが座っていた。

 金髪、横に長い耳。瞳もルビアだ。

 両肩と胸元が少し露出しているだけのネックウォーマー風の布服を軽装鎧の上から着ている。


 魔力が帯びたネックレスも首から下げて装着していた。

 まだ、俺の視線に気付いてない。

 クランの集まりの最中だが、そんな彼女の背中側へと回ってみた。


 ルビアの背中から腰元を見る。

 腰に巻かれたベルトから鎖で繋がった剣帯が太股にかけてぶら下がっていた。


 お、ちゃんと使ってくれているようだ。


 魔竜王バルドークの牙から作られた長剣。

 俺がプレゼントしてあげた物。


 背中を見せているルビアに、


「ルビア?」


 と、話しかけた。

 ルビアは疑問顔で振り向く。


「はっ――はい?」


と、俺を見た途端、

 

「あっ――シュ、シュウヤさまぁぁぁぁっ!」


 かーっと頬を赤く染めあげてから口も広げて抱きついてきた。

 うひょっと――女の子としての柔らかい身体に。

 いい匂いが……っというか全員から注目を浴びてしまった。


 小柄なルビアの両肩を持ち、身体を離してから、


「――よっ、久しぶり。元気してた?」

「はっ、はいっ」


 ルビアはまだ信じられない。という表情を浮かべている。

 その代わり、テーブル席の談笑は完全にストップ。


 何だ、何だ?

 

 というように【蒼い風】の冒険者たちの面々から、俺たちへ視線が集まる。

 その視線を無視してルビアに話を続けた。


「……それはよかった。ザガにボンは無事に店をやっているのかな?」

「はいっ。ザガさんも、ボン君も元気です。シュウヤ様のことをいつも話しているんですよ」


 ルビアは顔を赤くしたままドワーフ兄弟のことを話してくれた。

 ザガとボンは元気か……そりゃよかった。


「ン、にゃ? にゃ」


 肩に居座っている黒猫ロロも、ボンの言葉に反応。

 小さい顔を俺とルビアへ向けていた。


 黒猫ロロもボンに会いたいらしい。


「……その店の場所はどこなんだろ」

「はいっ、それで――」


 ルビアは立ち上がろうとしたが、同じテーブルに座る男が突然に立ち上がり、


「――待てよ」


 と、彼女の動きを止められてしまった。


「何ですか?」


 俺はその男の冒険者を見ながら、普通に尋ねる。


「お前こそ、何なんだよ。いきなり現れたくせに馴れ馴れしい奴だ……女を侍らせているくせに、うちの団員をナンパしてんじゃねぇぞ?」


 いきなり、喧嘩ごしに凄まれてしまった。

 緑髪の碧眼を持つイケメン戦士君だ。


「――ご主人様?」


 後ろにいたヴィーネが〝殺りますか?〟的に尋ねている。


 目付きがヤバイ。

 緑髪の男を凍るような目付きで睨んでいる。

 ヴィーネを見て、僅かに顔を横に振る。


『閣下、コイツを殺るなら、わたしを使ってください』


 左目に住まう精霊ヘルメも怒った形相で、視界に登場。


『大丈夫だから、見ておけ』


 ……まったく、ヴィーネとヘルメは俺のことに関すると、沸点が低すぎるんだよ。

 剣呑な雰囲気を感じ取ったルビアが口を開く。


「……リャインさん、この人は――」


 ルビアが仲を取りまとめようとするが……。


「ルビアッ、こいつはお前の男なのか?」


 名はリャインか。

 彼は俺とルビアの仲が気になるみたいだ。

 酔っているのか、このイケメンのリャインはルビアのことが好きなのか。


「あ、い、いえ、そこまで……」


 ルビアはチラッと俺を見て気不味そうに顔を逸らしては、ぼそぼそと小声で呟いていく。

 面倒なことになりそうなので、笑顔を交えて説明しとくか。


「俺はルビアと知り合いなだけだよ。少し尋ねたいことがあっただけさ」

「――ウルセェ、お前には聞いてねぇんだよっ! ヤッチマウゾ」


 リャインは俺を睨む。


 彼はあくまでも、俺と絡みたいようだ。

 せっかく笑顔な紳士キャラで通そうと思ったのに。


 少し、声を大きくして言うか。


「……【蒼い風】とやらは、メンバーに話しかけるのにも〝お前〟の許可がいるのか?」

「――いや、そんなことはない。リャインが声を荒らげて済まなかった」


 お? 謝る声に猛々しい渋ボイス。

 テーブルに同席している違う男が立ち上がって、そういってきた。


「カシム団長っ」

「いいから、お前は黙れ。酒が入ってるからといって喧嘩沙汰は起こすな」


 団長の名はカシムか。

 声と同様に精悍な顔付き。

 顎髭を生やしている。


「……チッ」


 リャインは団長に叱られて、舌打ち。

 不満そうな顔を浮かべながら、席にどすんと座り、テーブルの上に置かれたゴブレットを乱暴に掴むと口に運ぶ。


 一気に、酒を飲み干していた。

 団長はそんなリャインの行動に溜め息を吐きながら、話していく。


「……俺の名はカシム・ベイルローク。この【蒼い風】を率いている者だ。リャインが軽率な態度を取って申し訳ない」


 団長はリーダーらしい態度で、もう一度、俺に対してちゃんと謝ってきた。


 いやぁ、清々しい。

 リャインの人物像とは、百八十度違うな。

 俺も謝っておこう。


「いえいえ。こちらこそ、突然クランの集いを邪魔してすみませんでした。ルビアと会いたかったものですから」

「はい。わたしも、わたしも凄く会いたかったです……」


 ルビアが俺の言葉に重ねるように同意してくる。


 すぐに周りのメンバーからぴゅーっと口笛が吹かれた。

 おぃおぃ、勘違いされちゃうだろうに。


 すると、カシム団長が空気を読んだように喋り出す。


「……そうでしたか。別に大丈夫ですよ。クランの集いというわけでもないですし、これは迷宮帰りの一杯という奴ですから。気にしないでください。ルビアも楽しんでこい。ただ、いつもの集合時間には遅れるなよ?」

「は、はいっ」


 ルビアは団長へ元気よく返事をすると、俺の側に歩いてきた。

 そして、反対側で見守っていたヴィーネが俺を守るように立つ。


「ヴィーネ。大丈夫だぞ」

「はい。でも立ち位置は重要です」


 ヴィーネ? 立ち位置? 

 何か、冷然とした口調で、意味不明なことを。


「あ、あの、家に案内します」


 そのやり取りを見ていたルビアが思案気に言ってくる。


「チッ」


 ルビアの言葉を聞いていたテーブル席に座るリャインが、また舌打ちして、俺のことを睨んできた。


 彼との余計な軋轢は勘弁。

 早いとこ移動しよ。


「ルビア、案内頼む」

「はい。行きましょう。あ、団長さん、ありがとうございました。皆さんも、またです」


 ぺこり、と頭を下げたルビアは酒場の出口に向かっていく。


「おう」

「じゃあねぇ」

「また回復頼むぜぇ」

「彼氏を取られるなよぉ?」


 一人、変な冷やかしが混ざっているが、その場で頭を下げる。

 俺とヴィーネは【蒼い風】のメンバーが集結しているテーブル席から離れた。

 ルビアと共に酒場の外へ出た。


「少し、距離がありますが、こっちです。ついてきてください」

「分かった。よろしく」


 ルビアと共に第一の円卓通りを南に進む。

 その間も、ヴィーネが俺とルビアの間に入るように無理をして歩いていく。


「ンン」


 そんなヴィーネの行動に、俺の肩にいる黒猫ロロが反応。

 ヴィーネに対して、どうしたニャ? 的に鳴くぐらい、おかしな行動だった。


 こりゃ完全に嫉妬か?

 俺の勘違いかなぁ。


 ヴィーネは完全に、ルビアをライバル視するように冷たく見ている。

 嫉妬なら可愛いところもあるけどさ。


 ルビアは少し萎縮しちゃってるし。


 だけど、エヴァとレベッカに対しては、こんなあからさまな行動はしなかったのに……。


 彼女たちとは迷宮で一緒に戦っているからかな?


 当たり前か。迷宮という場所で不自然な行動を取るわけがない。

 ましてや、当時のヴィーネの立場は奴隷だった。

 単に、戦闘奴隷としてパーティの動きに忠実だったに過ぎない。

 それに、俺に対しての気持ちも今のように定まってなかった可能性も大だ。


 つい先日、ヴィーネと話し合い、復讐劇を終わらせたばかりだからな……。


 今は奴隷ではなく、従者のヴィーネだ。

 そんな彼女に<眷族の宗主>のことを話してみたいが……。


 チラッと隣を歩くヴィーネを見たが……。

 まだ、彼女は気が立っているようだ。

 

 ルビアのことを睨んでいた。


 ルビアと余計な喧嘩が起きないように、自己紹介を兼ねて少し話し合うか。


「ルビア、止まってくれ」

「はい」


 少し先を歩くルビアを呼び止める。


「ルビア、まだちゃんと紹介してなかったので、紹介しとく。こっちのダークエルフは俺の従者で、名はヴィーネだ」

「はい。珍しい種族のヴィーネさん。シュウヤ様の従者様なのですね。わたしの名はルビア。昔、シュウヤ様に助けて頂いた者です」


 ルビアはぴょこっと小さい頭を下げて、ちゃんと挨拶していた。


「……了解した。ご主人様が仰ったように、従者のヴィーネです。宜しくお見知り置きを」


 ヴィーネも素直に頭を下げるルビアに対して、警戒を解くように頭を下げて挨拶していた。


「良かったぁ。わたしはハーフエルフなので、嫌われちゃったのかと思いました」


 ルビアは嬉しそうに胸に両手を置いて、おどけて話す。


「好き嫌いは関係無い。種族で言ったらわたしもダークエルフだ。さっきの態度で誤解を与えたのならば、謝る。だが、わたしは女として引くつもりはないぞ」


 ヴィーネは毅然として語る。

 ルビアより背が高いので、何か説教しているようにも見えてきた。


「……女として?」


 ルビアはきょとんとした顔を浮かべて、ヴィーネを見る。


「そうだ。わたしは従者ではあるが、強き雄であるご主人様をお慕いしている女でもある」


 どへ、いきなり告白ですかい?

 二回ぐらい一緒に風呂に入っているけど、何にも言わなかったぞ。


 いや、すげぇ、嬉しいけどさ。

 ヴィーネも場所を考えようよ。


 ルビアは面食らったように、驚いている。


「ご主人様と言うと……シュウヤ様をですか?」

「無論だ」


 ルビアは俺をチラッと見て、目が合うと、彼女は恥ずかしそうに俯いてしまった。

 そして、震えるような小さい声が聞こえてくる。


「……ずるいです。わたし、助けられた時から……ずっと、離れ離れになっていても、いつも、いつも想っていたんです――わたしだって、シュウヤ様の事をお慕いしていますっ」


 ルビアは急に顔を上げて、勢いつけての告白。

 ぽっと赤く染めた頬。

 熱を帯びた視線で俺を見つめていた。


 うひゃ、こりゃどういう日だ。

 告白デーか?


「やはりな。……初めから警戒していたのだ。ご主人様を渡しはせぬぞ」

「たとえ従者様でもヴィーネさんには、この気持ちは負けません。せっかく、シュウヤ様とまた会えたのですから、もう、わたしは、シュウヤ様と離れ離れになりたくないっ!」


 やべぇ、やべぇよ。

 喧嘩するなよって思いからの行動だったが、火に油を注いじまったァァァ。


 ……こういう場合、どうしたらいいんだ。

 俺の母神、水神アクレシス様。おせーて。


 …………。

 当たり前だが、何も返事はなし。


『閣下、生意気な女たちが争ってますね。ここは一度キツク尻教育を行いますか?』


 代わりに常闇の水精霊ヘルメ様の天の声が響いた。


『……ヘルメ、尻教育は駄目だ』 

『そうですか……』


 ヘルメは残念そうに声を出す。

 とりあえず、浮かれるのは止して。


 少し怒ったように、低い、シリアスな口調を意識。


「……どちらも好いてくれるのは凄く嬉しい。いつか、二人ともにその気持ちには応えてやろうと思う。だが、今は移動中だ。余計なことで〝煩わせるな〟」

「はっ、はい」

「――はいっ」


 二人とも俺の突然キレたような低音口調の声にびっくりしたようで、キリッと音がするぐらいに背筋を伸ばしては、怯えたように返事をしていた。


 ようは喧嘩するんじゃねぇよ。と、言いたかったんだけど。

 すぐに、ルビアとヴィーネは面と向かい合った状態で話し合うと、互いに深く頷いて冷たい笑顔を浮かべている。


 冷戦、犬猿の仲、といえる雰囲気だが、一安心。


 すげぇ強引な手法だが、まぁいいだろ。

 とりあえずは修羅場を往なしたぞ。


『閣下、お見事な叱りです、痺れました』

『お、おう』


 ……そこからはぎこちない笑顔と無言が増えていた。

 完全に俺のせいだけど、あえて触れずにルビアの案内通りに南へ進む。


 幾つか細かい路地を通り、武術街近くを歩いた後。


「彼処です――」


 あれが、ルビアとドワーフ兄弟たちが住んでいる家か。


「へぇ……」


 場所はペルネーテの南西、第二の円卓通り沿いで、解放市場とコロシアムの闘技場が比較的近く、武術街にも近い。


 外観は二階建ての工房が付いた立派な家だ。

 大通りに沿うように建てられてある。

 他の通りに立ち並ぶ店より、同規模か、少し大きいぐらいだ。


 ザガは良い物件を手入れたなぁ。


「にゃ? ンンン、にゃ――」


 黒猫ロロが先に走っていってしまった。

 一階左手前にある工房の中へ消えていく。


「あ、ロロちゃん。先にいっちゃいました。ここが私たちが住んでいる家です。ではどうぞ、中へ」

「分かった」


 車が数台入りそうな巨大ガレージ工房の中を覗いていく。


 鍛冶屋と作業場が一体化した素晴らしい工房だ。


 中央にある大きな樫机の上においた紙に何かを描いて仕事をしているザガの姿があった。

 ボンも居たがやはり黒猫ロロと一緒に、いつものエンチャント喋りを繰り返しながら必死にダンスを行い遊んでいる。


 ダンスと言っても、黒猫ロロはジャンプを繰り返しているだけだが。


 あそこだけ、真のメルヘンファンタジー世界だ。

 ボンとロロディーヌの秘密の扉。

 知られざるボンの生い立ち。

 自らの過去を知ろうとするボンに迫る魔の手。

 使い魔である黒猫ロロディーヌと共に立ち向かうのであった。


 ふと、そんな物語のタイトルを想像してしまった。


 そんなことを思いながら、ザガに挨拶しようと歩み寄る。


 ヴィーネとルビアも黒猫ロロの何とも言えない踊り姿を見て、笑っていた。

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