百五十話 懐かしい面々
「よっ、ボンとザガッ」
ザガは俺の声が聞こえると、仕事を止めて振り向く。
あの快活な表情はザガそのものだ!
「お、おぉぉ――っ、シュウヤじゃないか!」
あはは、皺だらけの顔が綻ぶと、おっさんドワーフだが、可愛い小人にしか見えない。
ザガは、トコトコと、走り近寄ってきた。
ボンも
その顔色は必死。がむしゃらな感じだ。
ボンは俺の目の前に来ると、俺に飛び付くようにジャンプを繰り返し、
「エンチャ、エンチャ、エンチャントットッ」
エンチャと言う度に腕を伸ばす。
小さくジャンプを繰り返して、独特の踊りを披露。
はは、変わらねぇ。
「シュウヤ、元気にしてたか?」
「エンチャントッ」
ドワーフ兄弟の衣服は前と違う。
少し豪華になっていた。
んだが、髪型と体型は昔と変わらない。
俺は、友だちにあったというより、懐かしい家族と再会した気分で、
「おうよ。元気さ――この魔槍杖もな」
挨拶しながら、右手に魔槍杖バルドークを召喚。
「おっ……どれどれ、軸もずれていないし、傷もなし。しかし、素晴らしい逸品だな」
ザガは職業病なのか、魔槍杖をチェック。
冗談なのか自画自賛している。
「……ザガの作品だろうに」
「分かっとるわ。少し冗談をだな……うむ」
ザガは少し恥ずかしいのか顔を赤くしていた。
「はは、まぁ冗談ではなく、この魔槍杖は最高の武器であり、俺のメイン武器だ」
「おうおう、嬉しいなぁ! 職人冥利に尽きる言葉だ」
ザガは満面の笑みだ。
「エンチャ!」
ボンも純粋な心が溢れる笑顔を繰り出す。
「ボンもあの時は大量に魔力を消費して頑張っていたからな」
ザガが頷きながら、ボンを褒める。
すると、
「エンチャッント!」
大声バージョンのエンチャント。
ボンは腰に両手を置いて胸を張っている。
まさに“俺が作ったんだぞ”みたいな態度とドヤ顔だ。
直前に見せていた純粋な笑顔はどこにいった?
そんな行動を少し可笑しく思いながら見ていると、ザガが俺の後ろに控えていたヴィーネに視線を移しながら口を開いた。
「……ところで、そこのエルフの女は、もしや……」
ヴィーネの顔色や皮膚の色を見て、呟く。
そういや、紹介がまだだった。
「彼女の名はヴィーネ。見ての通りダークエルフで、俺の従者だ」
「はい。従者のヴィーネです。宜しくお願いします」
俺の言葉に素早く対応するヴィーネ。
丁寧に頭を下げている。
サラサラしてそうな銀髪をじっと見ていたザガは彼女に興味が湧いたようで近付いていった。
「こちらこそ宜しく頼む。しかし……ダークエルフとは珍しい。地上ではソサリー種族よりも出会うのが珍しい種族とも言われていたはずだ。……と、すまんな。挨拶が遅れた、わしはザガだ。こいつは弟のボン。ルビアはわしたちの娘みたいなもんだ。見ての通り、一緒に鍛冶屋を経営している。わしは鍛冶師でもあり商人の端くれ、ボンはこの店専属の<賢者技師>でもある。ルビアは冒険者なので、素材の仕入れ担当だ」
ヴィーネはその戦闘職業の名を聞くと、目を見開く。
「……それは凄い。付与魔法の最高峰とは……確かに、ご主人様が使用している武器が作成できるわけ……ですね。あのような武器を作れるザガ様とボン様を尊敬いたします」
すっかり感心しきったヴィーネはドワーフたちに対して、姿勢を正し、丁寧に話していた。
その言葉通り、目線や態度からも、尊敬の色がありありと見て取れた。
ルビアの時とは百八十度、態度が違う。
これにはルビアも頬を少し膨らませて少し怒ったそぶりを見せる。
しかし、直接的には文句を言えないようだ。
気持ちは分かる。でも、勘違いしないでほしいところだ。
ヴィーネの場合……個が持つ才に対して率直に評価をしているだけなんだよな。そこに、俺という判断基準が混ざるのでルビアは勘違いしているようだ。
「エンチャッ、エンチャッント♪」
褒められたボンは独特の笑みを浮かべると、何回もエンチャント語を連呼。
そのまま楽しそうに、ヴィーネに向かってグーグーグー的に親指を突き立てながら近付いていく。
あの親指を突き出す動きは前世で一時有名になった女芸人の動きに似ている。
思わず、古すぎて苦笑いを浮かべた。
「……えっ、ご、ご主人様」
ヴィーネはいきなり奇怪な行動を取るボンに、どう対応していいのか、解らないような困惑顔を作る。
俺に助けを求めるような視線を送ってきた。
「ははは、ヴィーネ。笑顔で頷いとけばいいんだよ。ボンは美人に誉められて嬉しいのさ」
「は、はい、ハハ……」
表情を少し堅くしたまま笑うヴィーネ。
すると、隣でその様子をおもしろくなさそうに見ていたルビアの声が響く。
「ボン君も美人には弱いんですねっ」
ルビアの声は不満そうだ。
「エンチャ? エンチャッント!」
ボンはルビアに対して振り向くと、“そんなことはないお”的に踊りながらルビアの近くに寄っていく。
「あ、ボン君~? 誤魔化そうとしても、わたしには分かるんだからねっ、鼻の下伸びてるしっ」
「エンチャッ? エンチャンットット」
ボンはルビアを馬鹿にするように、変な顔を浮かべると、ルビアから逃げるように背中を見せて走り出す。
「あっ、何その顔っ、ムカつくう! まてぇ」
ルビアはボンを追い掛けて工房の外に走り出す。
「あはは、ルビアのあんな顔初めて見た」
前は敬虔な少女というイメージだったけど、これが本来の顔なのかも。
ボンとは仲が良いらしい。
ここでの生活にも馴染んでいるんだな。
……さて、静かになったところで、ザガの工房内部でも見ていくか。
工房の中に残っているザガにこの家のことを聞いていく。
「ところで、ここの家……いや、店か……。大通りに面したいい場所だな。広いし……」
そう話し掛けながら、建物探訪をするおっさんになったかのように、この工房部屋がある内装を見学。
奥にはザガがメインに使用していると思われる大きい炉が複数あり、金床も置かれてある。
その近くには鉄屑と凹んだ金槌が積み重ねてあった。
「……そうだろう。そこの炉の一つは、最新式の魔力複合炉だ。ま、その代わりにシュウヤとの仕事で儲けた金貨はすべて消えたがな?」
ザガはニカッと歯を剥き出して笑う。
「全て……」
そう呟きながら、まだ見学を続けた。
部屋の壁には銃でも飾るかのように魔力を伴った武具が少数だけど置かれてある。
何体か並ぶマネキンには質の良さそうなセットの防具が飾られてあった。
ショールーム的な意味合いもあるんだろう。
魔力を伴っていない普通の武具を合わせれば、前の店より確実に品物が増えている。
壁に面した床には矢の束や、道具箱も沢山置かれてあるし、鍛冶製品の素材と思われる銀色と金色のインゴットが大きな棚の中に大量に積み重なった状態で保存されているのが見えていた。
……確かに、土地、家、鍛冶道具、素材、内装、諸経費を含めると、金は一気に消えちゃうな。
「……なるほどなぁ、仕事は順調?」
「まぁまぁだな。わしの知り合いのクランから少し武器の修理を頼まれたのと、ルビアの紹介で【蒼の風】クランのメンバーからの仕事が増えたぐらいか、個人の冒険者客もかなり増えてきた」
「そっか。その中にザガの目からして優秀そうな冒険者の客はいた?」
「何人か居るな。こないだの、姿を消す呪文を唱えていた子供の二人組、あいつらは俺が引越しした初日にこの店に来ていたぞ。その時はたまげたな。また突然現れたからな」
うへ、あの不思議な少年と少女かよ。
冒険者Sランク。
クラン名は【蒼海の氷廟】。
「あの子供たちか、なんか注文していったの?」
「いんや、わしがくり抜いてやった魔竜王の蒼眼を大切に使い……“迷宮での冒険探索にすごい役に立っています”と、“古竜並みの素材を狩ることができたら、また加工をお願いします”と、丁寧に報告をしにきただけだった。六階層や七階層の迷宮の話をしていたから、相当な冒険者だと思われる。見た目は子供だが、内実は違うのかもしれん」
あの不思議少年少女、そんなとこまで到達しているのかよ。
「確かにな」
「そんなことより、シュウヤたちもパーティーかクランを組んでいるのだろう? 迷宮はどこまで探索したんだ?」
ザガは俺とヴィーネを見ながら、質問してきた。
「組んでいるよ。このヴィーネの他に二名と。階層は三階層の一部を探索した。だから俺たちは新米さ。まだまだこれから、というところだよな?」
ヴィーネに話を振る。
「いえ、新米はそうですが、ご主人様なら御一人だけでも迷宮深部、或いは、前人未踏の階層を踏破することも可能でありましょう。ましてや偉大なるロロ様もいるのです。わたしは足手まといにならないように、雑用をお手伝いするだけです」
「……ほぅ、さすがは古竜を屠った冒険者が持つ従者だ。シュウヤの実力を知っているのだな」
ザガは自らの顎鬚を触りながら、俺を褒めてくる。
「……ご主人様は古竜を屠った一人?」
ヴィーネが古竜の件に反応して呟いている。
銀色の虹彩の瞳が、俺を真っ直ぐ捉えて視線が合うと、慌てるように片膝をついて頭を下げてきた。
ヴィーネ……そんなに畏まることじゃないのに。
「お、美人な従者は知らなかったのか。シュウヤがいつも使っている、わしが作った魔槍杖は魔竜王バルドークの素材から作った物だぞ。それに、シュウヤ、侯爵様から貰った指輪もあるだろう、仕舞っているなら見せてやれ」
ザガは首をくいっと上向きに動かして指示してきた。
そういえば、指輪はヴィーネに見せてなかったな。
前に外して魔竜王の蒼眼と同じポケットに入れっぱなしだ。
ポケットから魔竜王の臍から作られた指輪を彼女に見せて、渡す。
立ち上がりながら指輪を受け取ったヴィーネ。
銀彩の瞳で、指輪を凝視していく。
「……素晴らしい芸術品です。裏にも侯爵家の紋章と竜の殺戮者たちへと彫られてあります。さすがは我が主。敬服します――」
ヴィーネは賞状を受け取るように頭を下げながら指輪を返してきた。
「――ただいまー。あっ、シュウヤ様、わたしもソレが見たいです」
「エンチャッント」
ルビアとボンも帰ってきた。
「いいぞ。これだ」
指輪を印籠のように翳してから、ルビアに渡してあげた。
「これが、ザガさんが話していた指輪……カッコイイです。オセベリアの侯爵家に認められて、りゅうの殺戮者……。シュウヤ様はやはり、偉大な冒険者様なのですね。わたしはそんな方に……」
ルビアは顔を赤くして語尾は小さい声になっていた。
「エンチャ、エンチャント」
ボンもルビアの隣で指輪を見ると、真ん丸な目を輝かせながらつぶやく。
「お返しいたします」
「おう」
指輪を受けとり、ポケットに入れておく。
「ザガさんから聞いてた以上の指輪でした」
「そっか、ザガがね?」
「はい。シュウヤが嵌めている指輪は芸術品だった。と、侯爵家が抱えている魔金細工師に会ってみたいとか言ってましたよ。ねー?」
ザガはルビアの話を聞くと、眉間に皺を増やしながら、
「ルビアッ、余計なことは言わんでいい。んで、シュウヤよ。お前は大事な客である前に、友でもある。もし暇なら、久々に会ったのだから新しい家の中に上がっていかないか? ゆっくりと寛ぎながら色々と話そうじゃないか」
「エンチャント!」
ボンも友と言ってくれているようだ。
友か。嬉しいな。
……俺も初めて会った時から不思議な縁を感じていた。
ザガとボンのことは、友であり親戚、家族のような親しみの感覚。
だが、今は魔宝地図を読める人も探したい。
「……シュウヤ様、わたしからもお願いします。夕食作り、わたし、がんばりますからっ。それと、二階にはわたしの部屋もあるんですよ。良かったら見ていってほしいです」
ルビアも目を輝かせながら、そんなことを話してくる。
夕食は食べないが、少しだけ団欒をするかな。
「それじゃ、用があるんで夕食はいらないが、少しだけお邪魔するよ」
「おお、こいこい」
「やった。シュウヤ様、こっちです」
「エンチャッエンチャッ」
「にゃっにゃにゃ~」
ボンが踊り出すと
作業場から移動してリビングにある巨大掘りコタツの場所に案内された。
なぜに巨大掘りコタツがあるのかは、聞かなかった。
そのコタツテーブルには、ミカン、もといサイカが数個乗った皿がある。
こ、これはやばいな。
これは確実に冬はここから一歩も動きたくねぇ、とかになる場所だぞ。
「シュウヤ、何を机を見て茫然としている。タンダール式机、或いは、群島国家の机を知らんのか?」
タンダールは師匠が暮らしていた都市か。
群島国家はやはりアジア風なのだろうか。
「……知らないです」
「まぁいい、座れ、そこの美人な従者ヴィーネもな」
「はい」
俺が座ると素早く隣に座るヴィーネ。
ルビアが一瞬ビクッと身体を反応させるが、視線の争いは起きず。
全員でコタツに座り、一家団欒的に今までの出来事を軽く話し合っていく。
この都市に来る際にボンが釣りに熱中しすぎて、ハイム川に落ちそうになってルビアに助けられたこと、ザガが投げ斧でゴブリンを屠ったこと、ルビアとボンだけで馬型モンスターを追い払ったこと……。
俺もホルカーバムに行ったこと、
これにはヴィーネも興奮して鼻息を荒くしながら聞いていた。
「凄いな。物凄い経験をしておったか」
「あぁ、神様と会話だからな」
「やはり、偉大なる冒険者様ですね」
「ご主人様は凄い……」
「エンチャントッ」
「にゃおおん」
ボンは俺じゃなくコタツの上で目の前にいる
そんな調子でサイカとお茶を飲んで一時を過ごした後、
「それじゃ、そろそろ出かけるよ。魔宝地図を読める人材を探しているところだし、また、いつか」
「……魔宝地図に挑むのですね、納得です。でも残念です……」
ルビアは目に優しさを持っていたが、しゅうび筋に力が入り、肩を落とし、唇を少し尖らせては顔をやや前方に下げる。
まさに、しょぼーん顔を披露。
「がはは、ルビア、また今度と、シュウヤは話しているではないか。そんな顔はするもんでない。こうして会えただけでも嬉しいもんだ」
ザガがフォローしていた。
何か、種族は違えど本当に親子みたい。
「そうですよね」
少し気まずいので、挨拶も済んだことだし、ここらで退散しとこ。
「んじゃ」
「おうよ、良い素材を手に入れたら、また持ってこいよ」
「エンチャッ!」
「にゃにゃ!」
「了解、また気軽に来るよ」
立ち上がり名残惜しいコタツから出ると、ザガとボンにそう言ってから腕を軽く振る。
ヴィーネを連れて作業場の出入り口に出た。
ルビアも送りたいのかついてくる。
「それではシュウヤ様、また来て下さいね。普段はここの家か、闘技場の東の、宗教通りの一角にある神聖教会に居ますのでっ」
教会か。
光神ルロディスにお祈りを捧げているんだな。偉い子だ。
「おう」
そう返事をすると、ルビアは行かないでほしい。
と考えていることが顔に出る。
その瞬間、ルビアの少女らしくない鋭い視線がヴィーネを捉える。
脹れ面とはいえないし、少し怖い。
そしてルビアの背中から……ゆらりと黒いオーラを纏った威厳のある女性が出現。
額に第三の目を持つ女性の幻影だ……。
女性は魔界の女神か?
第三の目は充血したような魔眼。
その女神は、ルビアを見て満足そうに嗤うと消失。
ヴィーネは驚愕。
女神のような存在だということか。
たじろぐように一歩、二歩と後退。
ルビアの背後から俺たちを見送りにきたボンは、笑顔満面。
ボンはボンなりに、目に魔力を溜めている。
が、ボンは気にせず、にこにこ顔。
ボンは知っているようだな。ルビアの秘密を。
ヴィーネは睨むルビアに負けないように、冷然としつつ鋼の刃のような視線を返す。
『何という……一瞬ですが、強烈な魔の神気が出ていました! 神のような幻を見せるとは……彼女はどれほどの存在なのでしょうか』
視界に現れた小型ヘルメは驚いてルビアのことを見ている。
『確実に普通じゃない。魔界の女神と
『はい、閣下と話していた魔毒の女神ミセアは、あれほどの犠牲を払ってやっと現れたのに対して、彼女は感情の高ぶりだけで、一瞬だけですが、女神らしき幻影を生み出したのですから』
ヘルメは感心した表情を浮かべながら話す。
『前にも無詠唱の回復魔法を使用していた時に見た。あの姿からして、魔界セブドラの神絵巻にも載っていた〝魔命を司るメリアディ〟だろう。ハーフエルフだと思っていたが、内実はメリアディに連なる血筋を引いた先祖帰りの可能性は高いな。そして、女神は彼女の負の感情を美味しく食べているんだろう……』
ヘルメは俺の念話に嬉しそうに口角を上げた。
『素晴らしい。あれが魔界の女神メリアディですか。では、ルビアはメリアディが産み落とした神子と言えましょう』
……神の子。
だが、ルビアは光神ルロディスを信じている……皮肉すぎるだろう。
いや、信仰が深いからこそ、心の葛藤が生み出す感情が、あの女神には旨いのかもしれないな……。
『とにかく、稀なことは確かです。閣下がルビアをお助けになった理由ですね。部下にするのですか?』
『助けたのは偶然だが、ヘルメは気が早いな……部下というか、仲間にはできないだろ。違うグループに入っているんだし』
『そうですね。まぁ、魔界の神子ならば……勝手に強く成長を遂げるでしょう。成長したところで、数十年、数百年後に閣下の新しい下僕にすればよいのです』
『数百年後か。ただでさえ、この惑星は夜が長いのに気が遠くなりそう』
『わくせいの意味がわかりませんが、閣下の傍にはわたしがついていますっ』
『そうだな』
と、ヘルメとの念話の一瞬の間に、ヴィーネとルビアは、まだ目と顔で戦争をしていた。
彼女たちの深淵に触れるほど、ガッツはない。
怖いしな。
敢えて触れずに外套をはためかせながら踵を返し店の外へ出て歩いていく。
ヴィーネも遅れてついてきた。
一応、言っとくか。
「ヴィーネ、ルビアと喧嘩をするなよ?」
「はい、煩わせるつもりはないです。しかし、驚きました。ルビアは特異な力を持つようですね。尊敬に値する素晴らしい魔素を一瞬ですが感じました」
ヴィーネは真剣だ。
素直にそのことを話せば、次に会う時には彼女たちの喧嘩はなくなりそうだ。
「そうだな。だが、睨み合うのはよくないな」
「ですが……ご主人様への想いは別なので」
銀仮面の穴から覗く銀色の虹彩は力強い。
と同時に、熱というか、俺の全身を捕らえる勢いの視線だ。
そのヴィーネの青白い皮膚の表面はうっすらと赤くなっている?
いや、ただ赤くなっただけではなく、女特有の妖艶なフェロモンを感じた。
その顔色を見た時、少し、ぶるっと武者震いが起きたのは内緒だ。
『閣下、彼女は中々の忠誠を示すようになってきましたね。素晴らしい』
『あぁ、中々というか突き抜けてきているような気がするが……』
左目に宿るヘルメと念話を行ってからヴィーネに、
「……このままギルドで地図関係の依頼を探すのも手だが、前から言ってた通り、直接【魔宝地図発掘協会】とやらに向かう」
「はい」
「――ンン、にゃ」
そう話すと、
地面に着地した瞬間、いつものように姿をむくむくっと大きくさせた。
馬と獅子に近い姿に変身。
触手を俺とヴィーネに伸ばして、触手を絡ませてくると、優しく背中の上に運んで乗せてくれた。
「さんきゅ、ロロ」
細長い手綱の触手は、いつものように俺の首に付く。
その触手を掴んだ。
「ロロ様、ありがとうございます」
ヴィーネの言葉を聞くと、神獣ロロディーヌは四肢の重心を下げて、
「ン、にゃ?」
と、準備はいい? 的に鳴く。
すぐにヴィーネは俺の腰に手を回す。
背中を抱くように密着してきた!
一応、彼女なりの爆速対策なんだろう。
んだが、おっぱい、もとい、銀髪からヴィーネの魅力的な匂いがした。
「いいぞ、GO!」
にやりとしながら相棒に指示を出す。
ダンッ!
と、鈍い音速の壁を突き破るような?
音を響かせつつ地面を駆けた――。
「きゃっ――」
ヴィーネの声が響いたが神獣ロロディーヌは止まらない。
そう。有名なバイクのように。
だが相棒は盗んだ物じゃない――。
ロロディーヌは現在の位置を把握しているらしく、スムーズに爆速移動。
壁を飛び越え屋根を踏み台にしては、空を飛ぶように跳躍。
建物群を一気に越えていく。
あっという間に第一の円卓通りに到着した。
「――速いな。ヴィーネ、起きているか?」
「……は、はぃ」
今回は耐えたのか?
と思ったが、
そんなヴィーネを支えてあげた。
姿を小さくした
小さい前足を胸元に納めるように肩で休んで待機。
香箱座りだ。
俺とヴィーネは第一の円卓通りを歩いていく。
「ギルドの隣か、あそこだな」
「大きい建物です」
【魔宝地図発掘協会】の入口を発見。
「入ろう」
「はい」
出っ張りのような屋根の下にある玄関口を潜る。
扉の外枠に刻まれた凝った地図のマークに鑑定家気分で感心しながら、魔宝地図発掘協会に足を踏み入れた。
大きな空間が中央にある。
待ち合い用の長椅子が規則正しく並ぶ。
奥には受付の窓口カウンターが見えた。
右端の壁側からカウンターへと向かった。
その壁にはタペストリーの絵画と地図模様の旗が並ぶ。
少し紙と脂の匂いがする。
活版印刷機械でもあるのだろうか。
この世界に流通している紙は意外に多い。
ま、俺が知るのは都市で見たものばかり、高級品に入るのだろう。
ヘカトレイルに来るまで、ほとんどが竹とか木片だったし。
奥には羊皮紙でも積んであるようだ。
それか、魔宝地図が大量にあるとか?
ま、紙の匂いは好きだ。
このまま前へいこう。
混雑していない。
あっさりとカウンター前のスペースに到着。
ギルドのような横に長いカウンター受付ではなく、小さい窓口が二つだけというシンプルな物。
受付窓口の向こう側は地図や本が収められた書類棚が図書館のように並んでいる。
窓口付近にいる冒険者の数は少ない。
魔宝地図を持つ者は少ないようだ。
……んでも、冒険者とは限らないのかな。
商人は少なからず存在していた。
「――ふざけるなっ! この地図は四レベルと話していたから買ったんだぞっ!」
うへ、いきなりの怒声。
その声は近くだったので、驚きながら、その人物を見た。
怒っている人物は大柄。
肩にポールショルダー付きの鉄鎧を着込む、彫りが深い厳つい顔のモヒカン男だった。
モヒカンかよ。
その怒っている横顔を見ると、頬に刺青のようなマークもある。
……どこからどうみても……。
北斗の○、マッドマッ○ス系、フォールア○ト系のヒャッハーな人物である。
周りにいた商人たちは、この発狂した人物と関わりたくないのか……。
三猿主義でもあるような面で、そそくさと離れていた。
「そんなことは当方は知りません。これは一レベルの魔宝地図ですから、さっさとお引き取りをお願いします」
人族の受付嬢は強気だ。
世紀末のサイコ野郎が叫んでいても、態度を崩さない。
彼はバットに針金をくっつけた武器が似合う。
「何だとぉっ、俺の鑑定料金を返せよっ! 四レベルだから金を出したんだぞっ!」
声が大きいし、煩いな。
毛を逆立てて反応。
だが、唸り声は上げなかった。
レア声の『にゃごぁ』か『ガルルゥ』を期待したが、
ヴィーネは平然と世紀末野郎を見ていたが、腰の剣鞘に手を当てている。
指示してくだされば、いつでも一刀両断にできますよ。
という感じだろうか。
「いえ、無理です。もう鑑定は済みましたし返金はできません。こちらも商売ですので、納得頂いてもらうしかないですね。尚、これ以上、騒ぎ立てると他のお客様のご迷惑になるので、用心棒がお相手になると思いますが……宜しいですか?」
「チッ、うるせぇんだよっ! 用心棒がなんだってんだ。金をだせ――」
世紀末野郎は鉄パイプを振り上げていたので、俺は咄嗟に反応していた。
鉄パイプ、いい武器じゃないか!
だが、その野郎の腕を握り潰すように掴む!
足を引っ掛けて転倒させた。
同時に
ダイブ・エルボーもとい、エルボースイシーダの流れで――肘鉄落としを喰らわせてあげた。
くの字に倒れたモヒカン。
鉄板鎧の胴体部位が大きく凹む。
肘の跡がくっきりと残り、陥没していた。
「グォ……」
世紀末野郎はくぐもった息を漏らして、白目を剥く。
気を失った。
「「おぉぉ」」
周りから驚きの声が響く。
緑のタイツが似合うレスラー気分となった。
そこに、歓声を消すように精悍な声が聞こえた。
「――良くやってくれたっ、倒れたこいつを外に放り出しておけっ」
「はいっ」
指示を受けた冒険者風の男たちが集まると、床で気絶しているモヒカン男を外へ運んでいく。
「やるなぁ、アンタ」
「ん?」
そう話し掛けてきたのは冒険者風の獣人。
今指示を出していた獣人だ。
何処かで見た覚えがある。
「俺はここの雇われ用心棒の代表者だ。俺たちが対処しようとしたら、あんたが素早く倒していたからな。ありがとう」
この
額と両目の三つの目に、四つの腕。
各腕に付いた小さい丸円盾。
モンスターの厚い革で拵えた高級鎧の腰には四つの長剣。
「……いえ、仕事を奪ってしまったようで、余計なことをしたかも」
「そんなことはないさ。受付のエイミィだって嬉しがってるはずだ」
ふっくらしてそうな灰色の毛に包まれた獣顔の持ち主はそう言って笑う。
「その通りですよ。わたし、怪我を負っていたかもしれません。名前は知りませんが、助けてくれてありがとう」
殴られそうになっていた受付の女性からも感謝の言葉をかけられた。
「はい。上手く倒せて良かった」
無難に返答しておく。
それより、この
死んだ【ガイアの天秤】の
「……貴方は手練の冒険者とお見受けするが」
あ、あの獣人か。
俺がこの都市に来てすぐに、道を尋ねた獣人だ。
第一の円卓通りとか説明してくれたことを思い出した。
でも、さすがに俺のことは忘れてるかもなぁ。
まずは聞かれたことに答えるか。
「……そうですね。槍には自信があります」
「あの動きで、槍使いか。なるほど……」
見定めるように三つの目が俺の顔に集中。
この際だ。覚えているか聞いてみよう。
「少し話が変わりますが、俺の顔に見覚えはありませんか?」
「うん? 俺を知っているのか?」
やっぱ覚えてないか。
「ええ、まぁ。……俺がこの都市に来た頃、貴方に道を尋ねていたんですよ。冒険者ギルドは何処か? とね」
「あ、あぁ……思い出した、あの時の同業者か。いやはや、偶然とは面白いものだ」
「えぇ、全く」
笑顔を浮かべて答えていた。
「良かったら、名前を教えてくれないか? 俺の名はダフィ・モルドレン。冒険者B級だ。気軽にダフィと呼んでくれ」
ダフィか。俺も名乗っておこう。
「ダフィか、よろしく。俺はシュウヤ・カガリ。冒険者C級だ。シュウヤと呼んでくれ。隣に居るのが従者のヴィーネだ」
「……」
ヴィーネは何も言わず、頭を下げる。
「従者とは驚きだ。シュウヤは何処かの流派に所属する師範代かお偉いさんか?」
「いやいや、師範代でも偉い人でもない。槍を学んではいたがね……」
その時、ヴィーネがまた俺の顔を見つめてくる。
彼女にはアキレス師匠のことはまだ話していないからな。
というか、ヴィーネの生い立ちは聞いたのに、俺の過去話をちゃんと彼女に話していなかった。
今度話さないとなぁ。
……転生うんぬんは抜きにしても、槍を学んだことは話しておこうか、ついでに<眷属の宗主>で血を分けることも話してみるかな。
「……ほぅ。なにやら事情がありそうな顔だな。まぁいい。ところで、ここの【魔宝地図発掘協会】に居たんだ、シュウヤも魔宝地図の解読が目当てなんだろう?」
「うん。ちょうど受付窓口にきたところで、今の騒ぎが起こってね」
「そうか、では同業者の誼として、協会に登録されている、最高の解読師の一人である地図解読師を紹介しよう。少し待っていてくれ」
ラッキー。しかも、最高の解読師かよ。
「おぉ、待ってるよ」
俺の声に、猫獣人のダフィは笑顔を見せると、協会の窓口を越えて奥に消えていく。
探してきてくれるらしい。
「ご主人様、良かったですね」
「あぁ、偶然だけどついている」
そうして、数分待った。
ダフィが連れてきたのは、三角帽子を被り無精髭を生やしている中年男性。
黄土色のローブを着ていて、変な顔を浮かべて背中を掻くと、めんどくさそうに、大欠伸を繰り返しながらこっちに歩いてくる。
「こいつが【魔宝地図発掘協会】で五指に入る地図解読師、ハンニバル・ソルター。通称サボリのハンニバル。間抜けな面構えだが、俺の飲み友達でもあるし、信頼できる男だ」
えっと……。
その名前と面が全く似合わない。
前世でハンニバルといえば、映画で有名なシリアルキラーのキャラクター。
いや、歴史上最高の戦術家と云われていたハンニバル・バルカの方が有名か。
カンナエの戦いでの包囲殲滅戦は凄すぎる。
「……ハンニバルさん。よろしくお願いします。俺はシュウヤ。隣が俺の従者ヴィーネです」
「あいよ。俺に“さん”はいらねぇよ、それと、そこの“剣猫ダフィ”が余計なことを言っていたのは忘れてくれ」
ハンニバルは気軽に話す。
語尾の終わりに、ダフィを指差して半笑いしていた。
「はは、はい」
釣られて笑顔を浮かべて答える。
「ふっ、それじゃ俺は用心棒としての仕事に戻るよ。ソルター、こないだの賭けの代金が“まだ”だからな。忘れるなよー」
ダフィはハンニバルを小馬鹿にしているのか、少し笑みを含んだ顔を浮かべながら話して、離れていく。
「あぁ、分かったよ。……んで、シュウヤ、早速仕事に取り掛かりたい。中に入ってこっちの椅子にでも座ってくれ」
「了解」
受付の中へと入り、椅子に座る。
ハンニバルも向かい机の対面にある空き椅子に座った。
「それで、肝心の魔宝地図はどこだ?」
ハンニバルは無精髭をぽりぽりと掻きながら、眼光を鋭くして話してくる。
これは彼なりの仕事モードかな。
「はい、少々待ってください」
アイテムボックスから魔宝地図を出して、机の上に提出。
「お、これか。それじゃ、あっといけね。触る前に料金の確認をしないとな。鑑定は一律で銀貨五枚、前払いだ」
「五枚か、分かった」
アイテムボックスから銀貨を出して地図の隣に提出した。
「――確かに、契約完了だ」
ハンニバルはローブを開くと、両手で銀貨を拾う。
懐に銀貨を入れていた。
その両手には指貫きグローブを装着している。
「では、鑑定を開始する」
ハンニバルは両腕の長袖を捲り、魔宝地図の真上に両手を翳す。
翳した瞬間、手が光り出した。
独特の光が手から放出されると、その光は羽根ペンのような物に変形。
羽根ペンは魔宝地図が置かれた机に降りていく。
光の羽根ペンが魔宝地図に触れた途端、魔宝地図の中に線が描かれた。
更に、幾筋もの光の軌跡を宙に作り出しては、光の羽根ペンが独特のダンスを踊るように動いていく。
羽根ペンが魔宝地図に触れる度に、幾何学模様が魔宝地図に現れて、詳細な地図が魔宝地図上に描かれていた。
不思議な光景だ。
やがて、光の羽根ペンが消えると、その光景が止まる。
魔宝地図にはびっしりと迷宮内部の構造と宝の位置が描かれてあった。
「できたぞ」
ハンニバルは少しだけ汗を掻いたような顔を浮かべている。
解読するのに疲労するらしい。
「……解読は完了?」
「そうだ。……これはレベル四の魔宝地図だな。場所も五階層の死霊塔がある墓場エリアのようだ。いったい、どこの階層でこの地図を手に入れたんだ?」
おぉ、レベル四。場所は五階層か。
死霊塔がある墓場エリアは知らないが。
「三階層のレアモンスター部屋だよ。銀の宝箱から手に入れた地図だ」
「三階というと、
ハンニバルは感心したように俺とヴィーネを見ていく。
最後にはヴィーネの全身を舐めるようにエロイおっさんの目で眺めていた。
気持ちは物凄い分かる。だが、駄目だ。
「――それでハンニバルッ、この地図の使い方なのですが」
わざと手を横に伸ばして、ハンニバルがヴィーネに向けているエロイ視線を防いでから、地図に関して質問をしていく。
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