百四十八話 先んずれば人を制す

 レムロナに挨拶してから帰るか。

 当初の約束通りに、王子と会わせてくれたからな。


「レムロナさん。俺たちは帰りますね」


 赤髪のレムロナへ向けて、笑顔を浮かべて話す。


「では、玄関口まで送ろう」


 レムロナも笑顔で反応してくれた。

 彼女は律儀にも、送ってくれる。


「……では、わたしもサリルの出迎えがあるので、外までご一緒させて頂こう」


 胸幅の広い、筋骨たくましいガルキエフも付いてくるらしい。


「はい」


 と、ガルキエフに頭を軽く下げて了承。

 ガルキエフとレムロナは互いに頷くと、廊下に向かって歩いていく。


 サリルは、空の見回りを終えたら直でここに来るのかな?

 あいつは俺が牢屋に捕らえていると思っているだろうし、サリルが用心深い性格なら牢屋にいる俺を確認して、居ないことに気付くかもしれない……。


 サリルの行動予測をしながら二人の大騎士と共に豪華な部屋から外に出た。


 その時。


 幅広の通路先から背の高い男が歩いてくるのが見えた。


 おっ、サリルじゃん。


 サリル大騎士がこっちの方に歩いてくる。


 タイミングが良い。

 あいつは用心深くは無かったようだ。


 彼は裏帳簿を握っていると思われる俺を牢屋にぶちこんで安心したのかもしれない。


 すると、此方に近付くサリルの姿に気付いた大騎士ガルキエフが、すぐに行動に出る。


 ガルキエフは太い筋肉質が目立つ腕を、大扉の近くに立て掛けてあった青龍戟に勢い良く伸ばし、その槍を掴み取ると素早く反転。


 もう前進している。

 大柄のくせに動きが速い。


 レムロナも先に動いたガルキエフをフォローするように横後ろから前へ駆けていく。


 彼らの動きを確認しながら、<隠身ハイド>を発動。

 そのままスキルを維持した状態で、廊下の左手前にある壁柱の溝に移動し溝陰に隠れた。


 ヴィーネも俺の後ろにぴったりと付いた状態だ。


「にゃ?」


 肩にいた黒猫ロロが隠れるのかニャ? 的な反応。


 ――今は静かに。

 その黒猫ロロへ向けて、自分の唇上に人差し指を縦に置く。


 シーっと黙れとジャスチャーポーズ。


 黒猫ロロは俺の意思が伝わったのか、肩から床に降りて、自らも隠れるように体勢を低くして耳を少し凹ませる。


 その可愛い仕草に思わず抱き締めたくなるが、今は我慢して大騎士たちの様子を探る。


 壁溝からちょこっと頭を表に出して、先を覗いた。

 ついでに、右目の横、カレイドスコープのアタッチメントを触り起動。


 右の視界にフレーム表示が加わっていく。


 大騎士たちの姿をチェック。

 まずは、ガルキエフのカーソルを拡大。

 足元からレーザー照射していくようにスキャン。

 魔法の甲冑だろうが透けていった。


 このスコープで視る生命体は魔法の品を身に着けていようが関係無くスキャンは進むようだ。


 ガチムチの肉体と内臓がまるわかり。

 結構鍛えてあると分かる。


 ――――――――――――――――

 炭素系ナパーム生命体rc-###2

 脳波:安定

 身体:正常

 性別:男

 総筋力値:20

 エレニウム総合値:357

 武器:あり

 ――――――――――――――――


 スキャンは一瞬で終わり、表示される。

 見た目通り、筋肉が凄い。


 次にレムロナもチェック。


 ――――――――――――――――

 炭素系ナパーム生命体qα-d###4

 脳波:安定

 身体:正常

 性別:女

 総筋力値:10

 エレニウム総合値:421

 武器:あり

 ――――――――――――――――


 炭素系ナパーム生命体の後の数字はどんな具合で決められているんだろ、遺伝子的な物をこの文明レベルの機械が分析して表示をしているのかな?


 エレニウム値が多いけど、筋肉が少ない。

 彼女は背が小さいからね、スマートだし。


 最後はサリル。


 ――――――――――――――――

 炭素系ナパーム生命体ga###1

 脳波:安定

 身体:正常

 性別:男

 総筋力値:13

 エレニウム総合値:341

 武器:あり

 ――――――――――――――――


 やはり、皆、大騎士か。エレニウム総合値が高い。


 カレイドスコープで大騎士たちの数値を確認していると、その大騎士たちに動きがあった。

 武器を持って近寄るガルキエフの姿を見て、サリルが不審に思ったのか、怪訝そうな顔を浮かべながら話し掛けている。


「……これはこれは、ガルキエフ殿。厳しい顔を浮かべてどうされたのです?」


 細い肩を竦めながら語る言葉。

 今となっては白々しい。


「サリル、後ろに手を回し背をこちらに見せろ――」


 ガルキエフは威厳を保った口調で、サリルへ向けて言い放つ。

 言葉の最後には青龍戟の穂先をサリルへ向けていた。


 槍の構えは正眼。基本に忠実。

 柄の根元にある纓の紐束と猫の絵が描かれた布が揺れていた。


「抵抗すると容赦はしない」


 レムロナも戦闘態勢を取る。

 ガルキエフの行動に続いて、少し遅れてから腰下にある長剣を鞘から抜いていた。

 右手に長剣、左手に短剣を持つ。

 レムロナは二剣流の構えを見せる。


「……ふぅ、ガルキエフ殿に、レムロナも武器を抜くとは……物騒ですね。わたしが何かしましたかな?」


 サリルは細息を吐き仏頂面で誤魔化す言葉を話しているが、腰を沈め少し重心を下げていた。


 そして、右手が腰にある長剣の柄に手を当てている。


 目も笑ってない。

 いつでも武器を引き抜けるという体勢だ。


「王子殿下からの命令だ。大人しくついてこい。その武器を抜いたのなら、命令違反とみなし強制的に拘束する」

「……何っ、王子殿下が……」


 ガルキエフの厳しい言葉を聞いたサリルは息を飲む。


 初めて、動揺した顔を見せていた。


 ここで俺が混ざりに行ったら、更に、驚くかも?

 咄嗟に隠れちゃったけど、サリルには聞いておきたいこともあるし、<隠身ハイド>を解除して出ようかな。


「ヴィーネ、あいつを驚かせてみるか」

「傍観せずに出るのですか?」

「そうだ。どうせ、サリルは捕まるだろうし、あいつは俺を捕まえた奴だ。その意趣返し……と言うのは冗談半分として、聞きたいこともあるからな」

「はい、分かりました」


 ヴィーネは頷く。


 同時に<隠身ハイド>を解除。

 右目の側面アタッチメントを指でタッチ。カレイドスコープも解除した。


「行こうか」

「にゃ」

「はい」


 ヴィーネと黒猫ロロを連れて、隠れていた場所から出た。

 大騎士同士が対峙する場に駆けていく。


「あっ、お、お前は――」


 サリルは廊下の奥から急に現れた俺の姿を見ると、目を見開いて、驚愕した表情を浮かべていた。

 そんなサリルの驚く顔を見ながら、ガルキエフの横に立って軽く挨拶をする。


「――やぁ」

「シュウヤ殿……ここは我らに」


 ガルキエフは少し困惑気味にそう言うと、俺を止めようとする。


「……クソッ、そういうことか」


 サリルは俺とレムロナの顔を交互に見て話していた。

 “裏帳簿”が王子の手に渡ったことを察したらしい。


「先んずれば人を制す。という奴だよ」

「……糞が、お前は第二王子を味方につけたようだが、誰を敵に回したか分かってないようだな、後悔することになるぞ……」

「何の話だ?」


 眉をひそめながら聞いていた。


「ふん、大騎士二人相手は分が悪いが、諦めんっ――」


 サリルは狼狽した焦る表情を浮かべていたが、それは見せ掛けだった。

 瞳に強い力が彩ると、素早く猫背の身を縮ませながら魔力を纏った両腕を胸前で十字を作るようにクロスさせてから、両腕を左右へ一気に広げる。

 両腕に装備している茶色のグローブの色合いから深浅を感じさせた瞬間、大量の石礫が発生していた。


 石礫は勢い良く周りに散らばった。


 両腕に嵌めているグローブは魔法の品か。

 腰の長剣を引き抜こうとしていたのは、フェイク。


 ――チッ。


 俺は後方に下がりながら右手に魔槍杖を召喚。

 迫る石礫を魔槍杖で弾いていく。

 足元にいた黒猫ロロも六本の触手で石礫を迎撃していた。ヴィーネも自分の目の前に迫る石礫を黒蛇で斬っている。


 まるで、マシンガンだな。

 廊下は石礫により、蜂の巣の穴だらけになってく。


 一方で正面にいた大柄男の大騎士ガルキエフは面積がデカイので、石礫を大量に喰らっていた。

 槍で完全に防ぐことはできずに、太い腕で顔面を防ぎながら、弾丸のような石礫を耐えている。


 急遽、頭を防いだせいか、筋肉アピールしていた両腕には石礫が大量に突き刺さっていた。


 うへ、血塗れだ。


 胴体の白甲冑にも石礫は大量に衝突しているが、傷はついてない。

 さすがに魔法の品だ。だが、石礫を防いでいる腕から流れた大量の血が、銀に近い白色甲冑を赤く汚していく。


 レムロナにも石礫は向かっていたが、背が低い彼女は器用に小さい構えを取りながら後退。


 両手に持った剣で石礫を叩き落として防いでいる。

 そんな石礫を撒き散らす魔法攻撃を繰り出してきたサリルは素早く反転。


 背を向けて逃げ出していた。


 あの野郎。


「――ロロっ」

「ンン、にゃ――」


 俺の指示を待ってましたっと言わんばかりに、嬉々溢れる喉声を発しながら黒豹へ姿を変えたロロ。


 サリルの背中を追いかけて走る華麗なる四肢の躍動は、サバンナでガゼルを追い殺す黒豹の姿を思い起こす。


 黒豹ロロは首元から六本の触手を伸ばし放つ。

 六本の触手たちはあっという間にサリルの足に絡み付いていた。


「――げっ!?」


 サリルは間抜けな声をあげながら、見事な転倒。

 床へ、頭を勢い良くぶつけていた。


 床は硬そうな大理石の部分だ。あれは痛い。


 更にはサリルの足に絡み付いた触手を収斂させながら走り戻ってくる。

 サリルは引き摺られる形でみっともない格好を晒しながら俺の足元に運ばれてきた。


 ロロは黒豹から黒猫の姿へ戻すと、サリルの顔へ自らの肉球を押し付けて踏みつけると、狼の遠吠えを行うように顔を上向かせた。


「にゃお~ん」


 一仕事を終えてのドヤ顔だ。

 捕まえて満足してそう。


「なんと羨ましい使い魔かっ! 素晴らしい、未知なる黒猫だ。ありがとう――」


 ガルキエフは興奮して叫ぶ。

 俺たち、特に黒猫ロロへ礼を述べながら床に転がっているサリルの背中上に乗っかり重そうな体重を生かして拘束。


「ぐえぅ」


 サリルの両腕を背中に回して拘束していた。

 ガルキエフは腕に怪我を負っているけど、大丈夫なのか?


 タフだねぇ……。

 腕には血が溢れている傷穴がついた状態だ。


 ガルキエフは怪我のことは気にせずに、血塗れの両手を難なく動かしていた。

 百円ショップで売っていそうな真っ黒い結束バンドをサリルの両手首に巻き付けている。


 あんな小道具的なアイテムがあるのかよ。

 結束バンドを魔察眼で確認すると、魔力が宿っている。


 まぁ、あるよね。


 俺が覚えている拘束する枷を作り出す闇魔法もあるし、あれの簡易的なアイテムバージョンかもしれない。


 と、そんなことはどうでもいい。

 ガルキエフは脳震盪気味のサリルを運ぼうとしている。


「少し待ってください。こいつに聞きたいことがある」


 ガルキエフはその言葉を発した俺ではなく、黒猫ロロの方へ視線を移す。


 黒猫ロロは毛繕いタイム。

 どてっと尻を床につけて座り、バレリーナのように足を上げて自分の足を舐めている黒猫ロロさん。


「……む、可愛すぎる……手短にな」


 黒猫ロロの行動にガルキエフは目を輝せながらそう言うと、サリルの身柄を俺に渡して、許可してくれた。


「サリル。エリボルとは何処で知り合ったんだ?」

「……っ」


 サリルは憔悴顔を浮かべていたが、顔を逸らす。


「婚約者のことは気にならないのか?」

「……あんな娘の事なぞ知るか、あれは無理矢理……」


 顔を横に向けながら彼は呟いた。


「では、さっき、後悔すると言っていたが何を後悔するんだ?」

「公爵、侯爵、裏にどれだけの……」


 そこからはもうサリルは何も話そうとはしなかった。

 悔しいのか憎いのか判らない顔色。

 こいつは俺が第二王子の家臣にでもなったと思っているのかもしれない。

 王子と権力闘争をしている色々な貴族同士のしがらみという虎の威を借りる事で、強がり、脅そうとしているようだが、柵がない俺に言ったところでな?


 それに、公爵、侯爵、なら裏の情報だって手に入れるだろうし、個人で【梟の牙】を潰したとされる俺に対して搦め手を使った喧嘩を売るようなアホなことは絶対にしないはずだ。

 接触はしてくるかもしれないが。


 仮に、俺や仲間に手を出してきたら……。 


 さて、妄想はここまでだ。

 もう喋る気が無いようだし、引き渡すか。


 そこで、ガルキエフにサリルの身柄を渡した。


「……もういいのか?」

「いいよ。それじゃ」

「うむ」


 ガルキエフは頷くと、サリルの背中を乱暴に掴む。

 王子が居る部屋へ誘導していくようだ。


「シュウヤ殿、わたしもここまでです。では」


 レムロナも俺にそう言って頭を下げてから、ガルキエフの後ろを歩いて戻っていく。

 その視線は厳しく項垂れるサリルへ向けられていた。

 サリルはこれから尋問地獄かな。

 少し、彼の今後の成り行きを同情した。


「んじゃ、俺たちは行くか」

「はい」

「ンンン、にゃ」


 黒猫ロロはピョンっと軽い調子で跳躍し肩へ戻ってくる。

 ヴィーネと共に王子が住む豪華な屋敷を後にした。



 ◇◇◇◇



 もうすっかり深夜。

 取り返した指輪は嵌めずに光球を出す。

 道を照らしながら歩いていた。


 ふと、さっきのことを思い出したので聞いてみる。


「そういや、ヴィーネとロロはどうやってあの九大騎士の駐屯屋敷に潜り込めたの?」

「はい。ロロ様と別行動でご主人様を追い掛けていましたが、途中からロロ様が背中に乗れと、強引に乗らされまして……気付いたら九大騎士たちが駐屯する屋敷の屋根上でした」


 はは、黒猫ロロならやりそうだ。

 ヴィーネが怖がるぐらいに、また速度を出して一気に翔けたのだろう。


「わたしは気を取り直し<隠身ハイド>を使い屋敷の天窓から侵入。そこから、ご主人様を探そうとしましたが、ロロ様はご主人様の位置を特定できるらしく、ついてこい。と言うように触手でわたしを誘導してくれたのです。後は自然とロロ様について行き、牢番を倒し、簡単に見つけることができました」

「にゃ」


 黒猫ロロが『そうだにゃ』と言わんばかりに鳴く。

 尻尾でポンっと肩を叩いてきた。


「さすがはロロだ。ヴィーネも良く来てくれた」


  小さい黒猫ロロの頭を優しく撫でてやり、耳を伸ばすマッサージをしてやった。


 すぐにゴロゴロと喉を鳴らす黒猫ロロ


「はい……」


 彼女は黒猫ロロへ熱を帯びた尊敬の眼差しを送っている。

 その後は宿で食事後に話していた続きの会話をするようにヴィーネと色々話しながら歩いて宿に帰った。


 部屋に戻ると彼女の綺麗な裸を鑑賞しながら桶に入る。


 その風呂の最中。


 ヴィーネは一瞬身体に魔力を纏い顔を真っ赤に染めながらぶつぶつと小声で呟いていた。


 少し、彼女の目と表情が怖かったので先に風呂から上がる。


 ヴィーネは俺が先に上がると、つまらなそうに俺を見つめてから、風呂から出て身体を拭いて服を着始めていた。

 そして、ベッドに腰掛けながら濡れた銀髪を生活魔法の風魔法で乾かして整えると横になり寝入っていく。


 さすがに疲れていたのか、すぐに寝ていた。

 まぁ、色々とぶっ続けだったからな。

 彼女は俺のぺースで起きていられるわけが無いし。

 黒猫ロロもヴィーネの足元で丸くなって寝ていた。


 暇なので、部屋から出て宿の一階に向かう。


 一階の食堂には誰も居ない。

 さすがに今の時間帯はいないか。


 飲み物、酒でもあったらいいなと、軽い気持ちでカウンター席の奥を覗こうとした時。


「ちょっと、シュウヤさん!」

「あれ、連れていかれたと言っていたけれど、居るじゃない?」


 女将のメルとヴェロニカが宿の入り口から現れた。


「あっ、メルにヴェロニカ。さっき戻ったよ」

「戻ったよ、じゃないわよ! 連れていかれて、わたしは心配したんだからね。どうにかしようと、急遽、新しい縄張りの守りについていたヴェロニカを呼び戻したんだから」


 メルは両手で蟹を作るようなジェスチャーで怒っている。


「あぁ、済まん……」


 心配させるつもりは無いのだけど……。

 とは、心配してくれたメルに悪いので、口には出さなかった。


「もうっ、わたしが気を急ぎ過ぎたわね……ヴェロニカ。ご覧の通り、大丈夫だったみたい。わざわざ来てもらったけど……ごめんね」


 メルはヴェロニカに謝ってる。


「いいよー。べネ姉が代わりに行っているし、それに縄張りの兵士たちの側には角付き骨傀儡兵も守らせてあるから、たぶん大丈夫。例の狂騎士か、惨殺姉妹とかの強い相手が攻めてきたら、さすがに壊されちゃうかも知れないけど」


 何か忙しいとこ、迷惑かけてしまったらしい。

 だけど、丁度良い。

 ヴェロニカには聞きたいことがあったんだ。


 その前に仕事の邪魔をした件は謝っとこう。


「ヴェロニカ、俺のせいで色々と済まん」

「いいのよ。わたし、シュウヤに会いたかったんだもん」


 彼女は嬉しそうに笑顔を見せる。


「おっ、そうか、実は――」

「――それで【白の九大騎士】とのやり取りはどうなったの? なんで無傷で解放されたの?」


 俺の言葉上から重ねてメルは話してくる。

 質問攻めだ。


 話せないことも多いし、ここは躱しとこう。


「……俺にもコネ・・があるのさ」

「もう、また皮肉ぅ?」


 メルは呆れた。という顔を浮かべて、胸上に腕を組む。

 おっぱいの膨らみが腕の圧力で凹むので、エロい。


「……知らない方が良いこともあるだろう。と、いうことだよ。それより、ヴェロニカに聞きたいことがあるんだが……」

「なになに?」


 ヴェロニカは小顔を勢い良く寄せてくる。

 まるでキスでもせがむかのように。 


「ヴェロニカには直ぐにでも【食味街】へ戻ってほしいのだけど……」

「えぇぇ、――ひさしぶりにシュウヤの匂いを嗅げたのにぃ、少しぐらい良いじゃない」


 闇ギルド【月の残骸】の総長としてのメルの言葉だが、ヴェロニカは俺の腕を掴んで離さないという風に駄々をこねる。


「……もう、少しだけよ?」

「わーい。メル大好き。――ってことでぇ、シュウヤん」


 うっ、また顔を寄せてくる……。

 可愛い顔なので嬉しいが、小鼻をふがふがと動かしているし。


「分かったから、少し離れろっ」


 腕に抱きつくヴェロニカを強引に退かす。


「――うぐぅ、痛い。何よっ、もっと匂いを嗅ぎたいのにっ!」


 シツコイから、冷たくしよ。


「それじゃ、もういいや。メル、連れていっていいぞ」

「うっ、分かったわよ。もう抱きつかないから、ね? お話があるんでしょ?」


 ヴェロニカはシマッタなぁ、的な、ひきつった顔を浮かべると、急に大人しくなって顔を斜めにしながら、俺に取り入るように聞いてくる。


 そうやってると、普通の甘えている少女にしか見えないんだがな。


「……そうだよ。<従者>について聞いておこうと思って」

「<従者>ね、だれかお気に入りの子がいるの?」


 ヴェロニカはムッとした表情を浮かべていた。

 嫉妬か? まぁ多少ふざけて言っておこう。


「あぁ、沢山いるな」


 その刹那、ヴェロニカは双眸を血に染めて目尻の横から皮膚の血管が浮き出ていた。爪が刃物のように伸びているし。


 怖い。


「……ま、それは冗談として<従者>にできるのは本当に一人だけなのか?」


 ヴェロニカが舌でペロッと上唇を舐めながら話していく。


「なんだ、冗談か。沢山、殺さないでヨカッタァ――」


 怖いこと然り気無く言っているんだが……。


「……質問に答えてくれ」

「……ウフッ、ゾクッとしちゃう目ね?」

「答えてくれないなら――」


 メルへ話を振ろうとしたら、


「分かったから……話すわよ。高祖十二氏族ヴァンパイアロードヴァルマスク家でも普通は一人。でも、ヴァルマスク家の頂点、女帝から連なる始祖系の直系オリジナルズたちは違う。オリジナルは<従者>を三人作れる。その直系<従者>たちも勿論三人作れる。でも、多大な魔力と精神力が失われるから滅多に<従者>は作らないわね。それに世代が落ちる度にオリジナルの力も落ちちゃうから作る事はあまり無いとも言える。時が経てば力は強くなるけど。後、彼らにはルールがあるから……」


 ヴェロニカは顔に翳を落す。


「そっか。ポルセンは一人だけと言っていた」

「うん、わたしと違いポルセンはヴァルマスク家から枝分かれしたと言っても普通のヴァンパイアからの分家だからね」

「ん、前にヴェロニカも分家と言ってたよな?」

「そ、そうよ。あんな本家と敵対しているのは、分家、分派とも言われているのよ……」


 少し焦った顔を浮かべて、機嫌を悪くするヴェロニカ。

 前にポルセンより古い分家の出と語っていたが、あれは嘘か? 

 高祖と同じとも語っていた……他人には言うなと、俺のことを父と同じ匂いとも……。


 そのことから推察するに、彼女は始祖系オリジナルのメンバーなのかもしれない。

 過去の父を殺したヴァルマスク家の連中とは一緒にされたくないのかもしれない。縁を切りたいとか? だから機嫌が悪くなったのかも。


 ま、彼女が話す気になったら話すだろう。

 とにかく、始祖の直系は三人。

 普通はポルセンが言ってたように一人だけか。

 俺は真祖だから始祖と同じように三人が可能なのか。


「……そっか。それと、血を受け継ぐとして、俺の場合、光属性も受け継ぐと思うか?」

「どうだろう。普通のヴァンパイアじゃないからどんなことになるのかも予想がつかないわ。でも、シュウヤの従者に成れる子が羨ましい……」


 ヴェロニカは悲しげに語る。


「すまんな」

「ううん。しょうがないわ。悲しいけど、わたし……生粋のヴァンパイアなのよね。でも、先輩の立場だし平気よっ」


 彼女は強がってはいる。


「おう、可愛い先輩さん、知りたかったことは聞けたよ。ありがと」

「どういたしまして、それで、他には? 一緒に寝台へ行く?」

「なんでそうなるんだ……もう話は無い。メルが待っているし、仕事を頑張ってこいよ」

「そうよ。ヴェロニカ、今は重要な時期だから、ね?」


 メルは語尾終わりに、顔を斜めに動かしながら笑顔を浮かべる。


「――冗談よ。メル。分かっているわ」


 ヴェロニカは微笑を浮かべると、ゆらぁっと揺れるように俺から離れた。


「シュウヤ、それじゃまったねー」


 ヴェロニカの周りに赤血が舞い足下に血の剣のようなモノが集結した途端、素早く走り去っていく。


「はやっ」

「今ここに誰もいないからね。スキルを使った移動でしょう」


 メルが補足してくれた。

 血魔法を用いた独自スキルか?


「それじゃ、わたしも用があるので失礼しますよ。お休みなさいね」

「あ、はい」


 メルも地下に続く扉を開けて、食堂から離れていく。

 暇だ。どうするか。

 屋上にでも上がって、ヴィーネが起きるまで一通りの訓練をしちゃうか。


『ヘルメ、訓練をやる』

『はい。お付き合いします』

『分かった、上でやるよ』

『はい』


 二階の部屋へ戻り寝ているヴィーネを起こさないように<隠身ハイド>を使う。慎重に歩きながら出窓から外へ出た。


 真夜中過ぎて屋根上を歩いていく。

 前と同じに、天辺近くの斜め三角形になっている足場が悪いところで訓練を開始した。


『ヘルメ、目から出ていいぞ』

『はっ』


 左目からにゅるりと放射されて出てくるヘルメ。


 放出直後から女性の人型として現れていた。

 蒼と黝葉の皮膚がざわめくように動いている。

 彼女は片足一本で、微動だにせず。

 バランス良く立っていた。


「まずは、俺の分身体を使った訓練やるから」

「はい」


 足場が悪いと【修練道】で訓練していた頃を思い出す。


 仙魔術から――発動。

 辺り一面、霧となる。


「……フフ、気持ちイイ、素晴らしい霧です」


 新体操の競技のように霧の中を踊り出すヘルメ。

 その顔はうっとりとしていた。

 次に霧の蜃気楼フォグミラージュの指輪を使い、分身体を作る。


「これが、分身体。姿はそっくりですが、さすがに閣下本来の魔力の再現は不可能なんですね」


 あ、そうか。

 あまりにそっくりで、そこまで気が回らなかった。

 敵対相手に魔察眼か観察力の高いスキルの持ち主がいたら、バレるか。

 この分身を使う場合は予め魔力操作で内包している魔力を抑えとかないとダメだな。

 本体の魔力を分身体と同質量の魔力に抑えれば、完璧な分身となる。


「……ヘルメ、ありがとな。単純なことに気が付いてなかった」

「はいっ。閣下の役に立てて嬉しいです」

「それじゃ、分身を交えての軽い模擬戦をやろうか。あまり派手なのは無し。下に響かせないようにな。この狭い足場限定の訓練だ――来いっ」

「はい――」


 言った側から、ヘルメは左手の形を氷剣に、右手の形を黒剣に変えると、斬りかかってきた。


 今までと少し違う。腕先を剣の形に変えていた。


 ヘルメの氷剣が俺の右肩口を斬ろうと迫る。

 身を捻って氷剣を躱すと、今度は闇剣が右胸を突き刺そうと伸びてきた。


 その伸ばされた闇突剣を逆手に取る。

 魔槍を円弧させ紅矛の表面で闇剣を絡め巻き取ると、同時に、彼女に近付きながら足を引っ掛けるように払う。


「きゃっ」


 その体勢を崩したヘルメの胸元をえぐるように紅斧刃でざっくりと薙ぐ。

 ヘルメはじゅあっと蒸発音を立てると液体化。


 その液体化からすぐに女体化して姿を戻す。


「――さすがは閣下です、こんな間合いが近いのにあっさり往なされてしまいました」

「そりゃ槍組手があるからな、さぁ掛かってこい」

「はいっ」


 そこからはフェイクに分身体を混ぜるように魔槍杖を使う。

 結局、足場が悪いのは俺だけに作用している。


 ヘルメは音を立てないように浮いて戦い出した。

 ずるいとは言わない。

 しかし、ヘルメのマジックソードな両手がカッコイイ。

 途中で彼女の真似をするように、初級:水属性魔法|氷刃《フリーズソード》を念じて、ライトセイバーをイメージさせながら放ち、近距離で使う。


 ――こうして、俺はヘルメと朝日が昇るまで訓練を続けていた。

 そろそろ止めるか。


「ヘルメ、そろそろ終了だ」

「……ハ、ハイッ」

「目に戻っていいぞ」

「すぐに戻ります――」


 常闇の水精霊ヘルメは疲れきった顔を見せていたが、すぐに豹変。

 俺の目へ飛び込んでくる。


 目の中に納まったヘルメは視界にも現れず。

 休んでいるようだ。


『ヘルメ、どうした?』

『閣下っ』


 視界に現れたヘルメは床にお尻をつけるように、ぐったり休んでいる。


『魔力を使いすぎました……閣下を相手にするのは非常に魔力を消費します』

『済まんな、すぐに身体を再生するから、大丈夫なのかと』

『数回なら平気ですが、何百と毎回、抉られてましたのデ……』


 ヘルメはそう言って、乙女座りをしながら泣くように顔を沈ませていく。

 うぐ、可哀想なことをしたな。

 直ぐにご褒美の魔力を注入してやった。


 ヘルメは姿を消すが、


「アゥッ――アンッ!」

「これで回復したか?」

「アアァン……、はぃ。充分です。ありがとうございます……」


 悩ましい声が響くが、まぁ、たまには許すか。


 良し――風がぶぅんっと音が鳴るぐらい勢い良く魔槍杖を一回転させてから消失させる。


 その場で、明るい空を見上げた。

 今日は良い天気になりそうだ。

 空には雲が無く、澄んだ青が広がっていた。


 良いねぇ。手を翳し~フンフンフーン。

 エルフの歌声を思い出しながら鼻歌を行う。


 さぁて、鼻歌は止めて訓練の汗でも流すか。 

 軽く湯でも浴びよう。


 出窓から部屋に戻ると、革服を脱ぎながら皮布を用意。

 寝台上に脱いだ服を投げてから、皮布を近くに置き、素っ裸の状態で桶の中に入った。


 生活魔法の湯を頭上に発生させて、頭から湯を掛けていく。

 シャワー的に湯を浴びていると、ヴィーネと黒猫ロロが起きてきた。


「ご主人様、おはようございます」

「おう。おはよ」

「にゃにゃぁ――」


 起きたばっかりの黒猫ロロが空中から出ている湯水にじゃれようと飛び上がっている。


「そんなことしてると、お湯を掛けちゃうぞ」

「にゃおん」


 いいよ~的に黒猫ロロは気軽そうに鳴くと、湯が少し溜まっている桶の中へと跳躍してきた。


 自ら入るとは。


「よーし。洗ってやろうではないか――」


 そう笑いながら、足元のお湯をバチャバチャ叩いてる黒猫ロロの首上を掴み持ち上げた。


 首を軸にぶらぶら~っと四肢を左右に揺らしている黒猫ロロさん。

 そこから耳にお湯が入らないように丁寧に洗ってあげた。


「ンンン」


 洗われている黒猫ロロはなんとも言えない喉声を発している。

 気持ち良いのか目を瞑って、脱力していた。


「ロロ、お前最近は本当に水や湯に慣れたなぁ。マッサージがそんなに気持ち良いのか?」

「ンン、にゃぁぁ」


 『気持ち良いニャァ』的な感じだ。


「ふふ」


 側で見ていたヴィーネが微笑している。


「ヴィーネ、可笑しかったか?」

「はい。いつ見ても微笑ましいので」

「ははは、まぁそうだろうな。ヴィーネも入るか?」

「いえ、大丈夫です――」


 その時、キュルキュゥゥっと、腹の音が響いた。


「あ……ハハ」


 ヴィーネは青白い顔を真っ赤に染めてお腹を押さえている。

 腹音か。お腹が減ったらしい。

 そろそろ朝飯にするか。


「俺も腹減ったし、食堂に行こっか」

「はい。すみません」


 まったりとしたシャワータイムを終えると、皆で食堂に向かう。


 ヴィーネと席に座り、宿のお手伝いさんに食事を頼む。

 メルは居ないようだ。


 出された朝食は典型的な物だった。

 卵焼きとソーセージパンとミルクだけ。


 ヴィーネと一緒に食っていく。

 黒猫ロロにもたっぷりとソーセージを出してもらった。

 豚肉の腸を使った技術があるなら、ハンバーグとかもありそうだな。


 味は香辛料とハーブ系が利いて、まぁまぁ旨い。肉質もいい。

 香りが強い気もするがこんなもんだろう。


 朝食を終えると、二階の部屋に戻り冒険者の身支度を整えていく。

 ヴィーネも銀仮面をかぶり直しては最後に少し銀髪を梳かして整えていた。


 そんな美人のヴィーネに今日の予定を説明していく。

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