百四十二話 Need not to know

 

 高度を低く保ち飛んでいるから建物がよく見えた。

 手前の大きな建物の庭は日本庭園を彷彿とさせる。

 紫陽花や胡蝶蘭の花壇が並ぶ。


 庭の世話をする数人のダークエルフたちを見かけた。

 全員が綺麗な出で立ちの女性たち。


 兵士風の鎧を着込むダークエルフは少なかった。

 そのダークエルフたちは飛行する俺たちを驚きながら見ていたが……。

 特に何もせず見上げているだけだ。

 中には気にしていないダークエルフもいた。

 地下にも空を飛ぶモンスターは居ると思うが、幻影だと思っているのかもしれない。

 俺たちも気にせず飛翔を続けた。


 平和そうな屋敷。

 ヴィーネの目的地はここではないだろう。


 幾つか建物を過ぎると、大きな建物が見えてきた。

 ここの建物の周りには大きな堀がある。


 刑務所風の四角形。

 上下左右に出入り口らしき橋がある。


 堀が深く壁も高い。

 塔が四隅に存在する。

 石落とし用の物見やぐらだ。


 幅のある壁の上を歩くダークエルフの兵士たち。

 人数は少ない。

 だが、砦の内部を巡回する兵士は多いと分かる。


 ここか?


「ここで間違いないです。あの防御塔、堀、戦闘員の数、どれも尋常ではない」

「分かった。一旦、外へ向かう」

「はい」

「ロロ、西の外側へ向かえ。適当なとこで降りる」

「――にゃお」


  黒豹と黒獅子を合わせたようなグリフォン型の相棒は高度を上げて真っ直ぐ西へ向かう。

  大屋敷を囲む堀の外に出る。


 民家外れの空き地に風を受けつつ降り立った。


「さて、あそこが本当にランギバード家の屋敷か地上から侵入して確認しないとな。屋敷というより大きな砦だが」

「はい。では、わたしが直接、櫓の門番を捕まえ尋問しましょう」

「後ろからついていく」

「はっ」

「ロロは上空から俺たちについてこい。俺が知らせたらその場に降りてくるんだ」

「にゃぉっ、にゃ」


 神獣ロロディーヌは了承。

 触手を左右の地面に伸ばして突き刺し固定。

 その固定した触手をぐるぐると根元に巻きつけながら、四肢に力を入れ体を後ろに引っ張る。

 その巻いて引っ張った触手を一気に解放。

 弾性を持つバネの如くパチンコ玉でも飛ばすように、自身の身体を宙へ飛ばした。


 にしても、相棒のこの空へと飛翔する動作は洗練されてきた気がする。


 その飛翔する神獣の相棒ロロは旋回。

 漆黒色のメラリズムは純粋に美しい。


 目を細めながら眺めた。

 俺とヴィーネは小走りで大屋敷へと向かった。

 民家から飛び出る俺たち。


 視界に入るランギバードの屋敷は本当に砦のようだ。

 外堀も深そうだし、壁も五メートル以上はある。


 出入り口は真ん中。

 左、上、右、下、の四つある内の、左側にある出入り口。


 吊り橋が堀の上に掛けてある。

 橋の上は誰もいないから渡れそうだ。


 出入り口の橋へ向かう。

 その際に壁の上を歩いて巡回している数人のダークエルフの姿を確認できた。


 下の俺たちに気付いていない。

 ここから大声をあげて、堂々と名乗り合う。といった行動で情報を聞くわけにはいかない。

 とりあえず、橋を渡る。内部へと侵入だ。

 門の一つとしか繋がっていない橋を旅人気分で走る。


 ついでに無人の吊り橋の端から堀を覗いた。

 堀……底に刃が鋭そうな素槍が無数に設置されてある。

 落ちたら串刺しか。水はない。


 上空では、ちゃんと神獣ロロディーヌが飛んでいた。


 頭部はやや黒豹に近い。

 胸元は獅子かグリフォン。

 旋回時に後頭部の馬風のたてがみが少し見えた。


 今、空を飛ぶ相棒に合図をしたら奇襲できる位置だ。

 だが必要ない。俺たちが歩く場所は誰もいない。

 妨害は特にないし、その場で呼び止められることもなく、吊り橋を難なく渡る。


 門に到着した。


 しかし、アーチ状の壁内の門の先にあった大きな門扉は閉じられている。

 そう易々と侵入できるわけがないか。

 だが、アーチ状の両横には小さい扉があった。


 正面の大きな門は通れないが……。

 この小さい扉なら開けることができるかも知れない。


 あの先は門番が駐屯する部屋に通じてるはず。

 扉をチェック。がちゃっと鍵が掛かった音を響かせる。

 ヴィーネは何も言わずに銀彩の瞳を向けてくる。


『わたしにお任せを』といった調子で、軽く頷く。


 俺も頷いた。

 彼女は腰の袋から針金のような小道具を扉にさして難なく鍵を開ける。


「さすがだ。それで、ここから入るとして出会い頭に戦闘になった場合は、即、対応して殺る。ま、ヴィーネが先導してくれれば、そんなことはおきないか」

「そうですね。まずは話を聞いて、仇の一族か、確認します」


 彼女は冷静に頷き語ると、堂々と扉の中へ入っていく。

 俺は<隠身ハイド>を発動。


 少し遅れて足を踏み入れる。


 天井が低く横幅も狭い石作りの廊下が俺を出迎えた。

 掌握察を行いながら廊下を進むと、左に通路、右に階段がある場所に出る。


 ヴィーネは右上に続く螺旋した階段を上がっていく。

 樹板を踏みつつぐるりぐるりと円の筒の内部を回るような階段を上り終わる。


 と、目の前に真っ直ぐな通路と右側に続く通路があった。


 彼女は右の通路を選択した。

 先に魔素の反応がある。

 通路先に兵士の詰め所があるようだ。

 人数は五名、もっとか。こっちに歩いてくる反応が一つ。


 俺は立ち止まり、左にある壁に隠れた。

 ヴィーネも右に隠れる。


「一人がこっちに来る。正面から話すか?」

「はい。お任せを」

「……分かった」


 ヴィーネは頷くと、隠れるのを止めて壁から出た。

 廊下の奥から兵士が来るのを待っている。


 大丈夫だろうか。

 少し不安に思ったが、任せてみた。


 一応、隠れながら胸ベルトから短剣を抜いて右手に用意。

 左手の<鎖>も意識。魔法も、いつでも先制攻撃できる体勢でヴィーネの横顔を見つめた。


 足音が近い。兵士が来る。

 ――来たっ。


「ん、お前は誰だ?」


 兵士は女声。


「聞いてないのか?」


 ヴィーネは然り気無く、そんな風に兵士へ尋ねていた。

 勿論、地下エルフ語。


「何をだ? 門番長は新入りが来るとは言ってなかったが……」

「その門番長に、フェレミン様が直々に用があるとのことだ」

「フェレミン様からだとっ!? ……お前のその姿、もしや、縁遠兵なのか?」

「ふ、分かればよろしい。そこを退けっ」


 横顔しか分からないが、ヴィーネは絶妙な演技をしているらしい。

 銀仮面の効果か知らないが、確かにお偉いさんに見えてくる。


 だが、縁遠兵とは何だろう。

 過去話にもチラッと出てきていたが、近衛兵みたいな感じなのだろうか。

 ま、良いか、関係者と思わせることに成功したようだし。


「――はっ、はぁ……これは失礼を……しかし、何故に、あの門番長を……」

「お前が知る必要などないのだよ」


 Need not to knowという奴か?

 上司たる仕草をしているだろうヴィーネは前へ進んでいく。

 兵士はぶつぶつ言いながらこっちに歩いてくると、途中で、バタッと倒れる音が響く。


 隠れてるとこから頭を少し出して覗いた。

 石床に女兵士は俯けの状態で倒れて首から血が流れていた。


 ヴィーネが女兵士を後ろから刺して殺したようだ。


「ヴィーネ、やるな」

「はいっ、上手くいきました。やはり、ここが当たりのようです」

「良し。一旦外へ戻る。その兵士を運ぶぞ」

「え? はい」


 ヴィーネに死んだ兵士を運ぶのを手伝わせ階段を降りる。

 入ってきた所から外堀へ死体を放った。


「……ご主人様、この門は制圧しないのですか?」

「制圧してもいいけど、ここは雑魚ばかりだろう? てっとり早く、家長司祭のフェレミン、長女の鬼才トメリア、次女の魔人ガミリ、三女の剣才ハリアンたちを炙り出してやろうかと思ってな」

「はぁ……」


 ヴィーネは納得せずに不満顔。

 〝なに言ってんだこの男は〟という顔だ。


 この反応も頷ける。

 ま、最初は見ていてもらうか。


「いいから見ておけ」

「はい」


 そこで、吊り橋に出ると口笛を吹く。


 大獅子型黒猫ロロディーヌが降りてきた。


 さすがに大きいグリフォン型が降りてくると違う場所の壁の上で警戒していた兵士たちも気付いて騒がしくなる。


「乗るぞ」

「はっ」


 俺とヴィーネは吊り橋から跳躍。

 低空飛行状態の大きい獅子のようなロロディーヌへと飛び乗った。

 俺は地底の空へと舞い上がる。

 風を受けた、ヴィーネのおでこちゃんを見ることができたから、よしとしよう。


 昔、魔竜王戦で活躍したグリフォン部隊長のセシリーを思い出した。

 この飛んでいる状態を見たら彼女たちも驚くに違いない。


 しかし、ここは洞穴の地下都市だ。

 天井の蓋が高くて本当によかった。


 ランギバード家の屋敷を俯瞰できる。


「もう少し高度を下げろ」

「にゃ」


 ロロディーヌは指示通りにホバリングを行いながら、高度を下げた。


 丁度いい俯瞰場所だ。

 下の大屋敷が見える。


 何百といるダークエルフの兵士たちが俺たちに気付いたのか、頭上を見上げて、叫んでいる。


 弓矢を撃ってくるが届かない。


「ヴィーネ。驚くなよ。指示するまでロロと見学しとけ――」

「えっと……」


 彼女の返事を聞かずに、飛び降りた。


 真下に<導想魔手>を発動。

 俺は落ちることなく<導想魔手>の上に着地。


「……え!? 浮いて……いや、立っているのですか?」


 ヴィーネは案の定、驚いていた。

 大獅子型黒猫ロロディーヌに掴まりながら、俺に質問してくる。


 笑顔で頷くが、その問いには黙っていた。

 眼下の砦のような大屋敷を見据える。


 今は行動で“示す時”だ。


 丹田から集めた魔力を腕から指先へ送り、その魔力を指先に込めて、魔法陣を描く――。


 定石通り魔力消費は抑える。

 が、威力は大きくした。


 しかし、消費を抑えても大量に魔力は失われる……。


 集中型、規模は中規模、日本語で書く。

 魔竜王戦で基本的な古代魔法の力は分かった。

 路地で、闇ギルド相手に使った古代魔法で少し扱いに慣れた。


 今回は違う。

 基本中の基本は終わりだ。拡散、爆発、収束を促す。


 成長した魔力をふんだんに魔法陣へ込めて構築……組み上げていく。

 中規模型、闇の竜に縁取られたかのような大魔法陣が、空中に浮かんでいた。


 ふぅ、維持するのも精神力を使うな……。

 後はトリガーを決めるだけ、完成の一歩手前だ。


 これは中々の威力だと考えられる。

 二度連続して撃つことは不可能。


「おぉぉぉ……なんという……素晴らしき魔力量、凄まじい規模、研ぎ澄まされた集中力……そして、見たことのない紋章系の魔法でしょうか……」


 ヴィーネは驚き感動したような面を浮かべていた。


『閣下、これは神級を超える神大魔法ですか?』

『いや、単なる、自己流・改良型の古代魔法だ』


 常闇の水精霊であるヘルメも驚きを顔に浮かべながら視界に現れる。


『お前も見たことが無いのか』

『はい。上級、もしくは特殊な魔法は、閣下、ヴィーネ、レベッカ、エヴァ、ロロ様以外には、見たことがありません。一度だけ、魔法ではない水神様のお力を感じただけですので』


 そりゃそうか。

 ヘルメはずっと尻で生活していたからな。

 ましてや、俺と出会う前は一日しか生きられない泉の小さい精霊だったのだから当たり前か。


『俺もこの規模を放つのは初だ』

『はい。楽しみです』


 よし、屋敷のド真ん中へぶち込むか。

 作成した魔法陣を地面、大屋敷がある斜め下へ向ける。


 名前のトリガーは少し変えるか。

 闇弾の規模じゃないからな。


 決めた。


 《種族殺しの闇隕石ダークデストロイヤーメテオ


 現時点で――俺なりに極めた古代魔法を発動させる。

 同時に……背筋がゾクッとするほど魔力を持ってかれた。

 久々に胃が締まり、胆汁が口の中で暴れるように染み渡る。


 同時に、中規模魔法陣から現れたのは、一つの巨大石。

 凸凹な表面を持つ闇色の靄を放つ隕石。

 洞穴の岩盤が崩れたように巨大石が落ちていく。


 俺なりに工夫した魔法だが、凄い魔法だ。


 下の大屋敷にいる沢山のダークエルフの兵士たちは驚愕を顔に浮かべながら叫んでいるが、虚しい遠吠えだ。


 大屋敷の上層部へ巨大石が飲み込まれる。


 ドドドドォォォォォォォンッと、大音響と共に大屋敷が質量に見合う形で大きく窪む。

 窪んだように建物が湾曲した箇所から大きく崩れていく。

 その直後、巨大石が割れた。

 中から黒い閃光が迸った瞬間――大爆発を引き起こす。


 大屋敷だった建物が粉々に吹き飛んだ。

 粉塵が混ざった闇色の爆発は円形に広がる。

 四方の壁を越える? いや、ちゃんと爆発は収束。

 周囲を囲む壁は無傷で残った。

 大屋敷が存在していた中心部の真ん中の場所だけが……。


 見るも無惨に破壊されている。

 うはぁ……。

 俺が撃ち放っといてアレだが、強力すぎる威力だな。


「ご、ご主人様……わ、わたしは……」


 ヴィーネは身体を震わせて泣いていた。


 あの威力を見たらこうなる。

 驚かせるどころか、怖がらせてしまった。


 すると、屋敷の残骸が広がる地上に生き残りのダークエルフたちが集結しているのが目に入ってきた。


 四隅の壁は何事もなく残り防御棟も無事だし、それなりに兵士は残っているか。

 集合しているあの兵士たちは、まだ戦う気のようだ。


「ヴィーネ、泣いている暇はないぞ。下を見ろ、あいつらはまだ諦めてないようだ」

「……はっはい」

「――戦えるか?」


 俺がそう聞くと、ヴィーネは神獣ロロディーヌの背中に片膝を突けた。


「当然です。このヴィーネ・ダオ・アズマイル、一族、最後の生き残りでありますが、今日からは唯のヴィーネと成りご主人様に〝一生の忠節〟をここに誓います」

「一生……」


 頭を下げているヴィーネ。

 彼女は俺の呟いた声に反応して「はい」と短く答えて、顔を上げる。


 その目に流れていた涙は消え、俺を真っ直ぐ捉えていた。


 何か、魔力を放ったわけじゃないが……。

 その視線は俺の心ピュアハートを貫く。

 身体中に彼女の想いが伝搬したような気がした。


 不思議だが、力強い気持ちが、俺の心を包む。 

 気分を高揚させるモノを感じることができた。


「……分かった。よろしく頼む」

「はいっ」

「下へ突っ込むぞ」


 そう言って跳躍。


「にゃお」


 ヴィーネを背に乗せた神獣ロロディーヌも急降下。


 ヴィーネはロロディーヌの触手に身体が押さえられているから落ちる心配はない。

 彼女は銀髪を靡かせながら怖がらず背中から弓と矢を取る。


 下へ視線を向けながらロロディーヌと共に急降下していく。

 俺は<導想魔手>を使用しながら下りていく。


 同時に、


『ヘルメ、出ていいぞ』

『はいっ、やっとです――』


 空中で目から出る常闇の水精霊ヘルメ。


 ヘルメはその場で浮くように両手を広げた。

 いきなり左右の手から魔法を発動。


 華麗なヘルメは地面に降り立ちながら――。

 弓から矢を射出したダークエルフたちへと、闇雲と氷礫の魔法を次々に衝突させていく。


 躍動しているヘルメに満足しながら空中を駆けるように移動。

 狙いをつけたダークエルフ集団へと接近戦をしかける。


「あそこだ。下りてきたぞ!」

「一族の仇だっ」

「殺せっ、コロセェェェェ!!」


 ダークエルフたちは空中を移動している俺を狙う。

 口々に罵声を叫びながら矢や魔法を撃ち放ってきた。


 <導想魔手>を足場に利用している俺だ。

 空中を駆けるように移動しているので矢と魔法は当たらない。


 走り、避けながら槍持ちダークエルフへ狙いを付けた。

 そのダークエルフとの間合いを宙空から間合いを詰めた。


 即座に、その頭部目掛けて魔槍杖を振り下ろす。

 ダークエルフは鉄槍を上部に掲げて紅斧刃を防ごうとした。


 だが、そんな鉄槍に魔槍杖の紅斧刃が防げるわけがなく。

 鉄槍をバターでも切るように切断。

 そのままダークエルフの頭部も真っ二つにした。


 ――その勢いは衰えず。

 ダークエルフの身体をも両断。

 着地と同時に魔槍杖を引き抜きながら――。

 ゼロコンマ何秒の間に、全身の筋肉、特に、脊柱起立筋を意識。

 腰を軋ませるほどに右手を引いて、一気に前に押し出す<豪閃>を発動した。


 火炎旋風なる、獄一閃。

 火炎を伴う軌跡が空中に残ると、攻撃しようと近付いていたダークエルフたちの胴体が焦げながら二つに分かれていた。


 これで間合いを確保。

 だが、一定の範囲の間合いが保たれたのは一瞬だった。


 矢や魔法が、次々と飛んでくる。


 ――ちっ、多いな。


 それらの飛び道具を、片手に持った魔槍杖を回転させてしのいでいく。

 矢と魔法を弾きながら、指輪を触り念じた。


 〝沸騎士たちよ、来い〟と。


 久々に指環魔道具、闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトを使用する。


 指輪から黒と赤の魔糸が発生。

 宙へと弧を描いて伸びていった。

 俺を囲うダークエルフたちは、その光を放つ糸に警戒したのか少し後退。


 糸が付着した地面から黒煙と赤煙が立ち昇る。


「沸騎士ゼメタス、ここに見参」

「沸騎士アドモス、ここに見参」


 二体の沸騎士は方盾と長剣を持ちながら、片膝を地面に突けて登場した。


「――よっ、久しぶり。お前らにも少しは頑張ってもらおう。命令だ。周りにいるダークエルフ共を殲滅せよ」

「ははっ」

「――お任せを」


 沸騎士たちは重低音の声を響かせながら立ち上がる。

 全身の骨を軋ませるように方盾と長剣を構えてダークエルフの集団へ突撃していく。


「――閣下ァァッ私の魔界での修行の成果をお見せ致しますぞっ」


 黒沸騎士ゼメタスが叫ぶ。

 方盾で向かってくる矢を防ぎながら前進。

 そこに黒鎧を着こむダークエルフがゼメタスの胸を突き刺すように剣突を伸ばしてきた。

 鋭い剣突を、ゼメタスは方盾で軽く左へ往なすと、「ふん、甘いわっ!」と、決め台詞を放ちながらダークエルフの右肩甲ごと斬り落とすように袈裟斬りを行い、ダークエルフを切り伏せていた。


 切り伏せたタイミングで、小剣持ちダークエルフが黒沸騎士ゼメタスに迫る。


「同じく、赤沸たる所以を、ご披露仕るっ」


 赤沸騎士アドモスが叫びながら、袈裟斬りを行った黒沸騎士ゼメタスの右側面に回りフォローを行う。

 小剣持ちのダークエルフの素早い突きの連撃を片手に持った方盾で器用に弾き、反対の手に持った長剣をダークエルフの腿下へ伸ばし突き刺す。


「ぎゃぁ」


 ダークエルフは叫び、動きを止める。

 チャンスと見た赤沸騎士アドモスは右手に持った方盾をアッパーカットを行うように上方へ持ち上げ、ダークエルフの顎へ方盾を直撃させた。


 やるねぇ。 


 ダークエルフは顎が完全に破壊された。

 血を噴き出しながら仰け反り倒れていく。


 そこに、沸騎士たちが突撃した逆方向から大獅子型黒猫ロロディーヌが吠えながら突っ込んできた。


 神獣のロロディーヌ。


 六本の触手と鉤爪を生やした前足を縦横無尽に振るいながら、次々と迫り来るダークエルフたちを塵のように薙ぎ倒し俺の側へ戻ってきた。

 黒毛の身体には矢が複数刺さっていたが、動じていない。自然と刺さった矢は落ちているし。


 ヴィーネはそんな神獣ロロディーヌの背中に乗っていた。

 騎乗は手慣れているのか、立ちながら弓矢を射出していく。


 神獣こと大獅子型黒猫ロロディーヌは激しく動いて戦っているが、彼女はそんな激しく揺れ動く背中に乗りながらも、弓を扱い、矢を番えて、連射して“正確”に標的に矢を当てている。


 凄い。ロデオの大会で優勝できるんじゃないか?


 カウボーイという職があったら似合うかもしれない。


 ヴィーネはバランス感覚も優れた、超がつく弓術の腕か。

 剣も凄腕だし、素晴らしい。あの揺れ靡く長い銀髪と巧みな巨乳を持つ、超がつく美人さんだし。


 しかも、ロロと互いに息が合っている。

 いつの間に意気投合したんだよ。

 っと――大獅子型黒猫ロロディーヌと美しいヴィーネに見蕩れていたら、矢が飛んできた。


 連続で飛来してくる矢。


 その矢をくるっと回転避けしながら右手で掴む。

 逆に射ってきたダークエルフの射手へ矢を<投擲>してやった。

 連続で同じように俺に放たれた矢を手で掴んで、射手たちへ弓矢を返してあげていく。


 射手たちの胸に俺が<投擲>した矢が突き刺さり倒れていった。

 その中のダークエルフの射手の一人が、地面に膝をつけながら俺を見上げ、驚愕、怯えた表情を浮かべていた。


「……ぐぁっ、マ、マグル、なのかぁぁぁ?」


 フードが脱げていたので、顔が人族だとバレてしまう。

 まぁ良い。どうせここは戦場の最中だ。


「そうだよ……」


 小さく呟きながら、射手たちの他に俺を囲っていた朱色の防護服を着たダークエルフの集団を見た。


 こいつらは他と違う?

 全員が女性なのは黒装束を着た者たちと同じだけど、左右の手に長さの違う刀系の武器を持ち独特の構えを取りながら、俺を囲うように動いている。


 違うと言っても……時間をかけるわけにはいかない。

 俺は魔力を脚に溜めて、前屈みの体勢で前進。


 手前にいたダークエルフへ狙いをつける。


 あれ? この朱色、似ている。

 こいつらの服、ヴィーネの着てる防具服に似ているや。


 そんな疑問を感じながら、前屈みの姿勢で、右手に握った魔槍杖を捻り伸ばし<刺突>を撃ち放つ。


 ダークエルフは長刀剣で俺の<刺突>の魔槍杖の紅矛を防ごうとする。

 <刺突>の紅矛は簡単にダークエルフの直刀剣を弾く。

 更には、回転する紅斧刃が無防備となった防護服を切り裂いて進み、ぶれずに伸びている魔槍杖の紅矛がダークエルフの腰元を穿ち、脊椎を貫いた。

 直刀剣持ちの女ダークエルフは何もできずに壊れた人形のようにひしゃげ倒れた。


 直ぐに他のダークエルフたちが首薙ぎ剣閃を走らせるように斬りに来るが、動きは遅い。


 魔槍杖を素早く引き抜きながら、地面を蹴り、後退。


 俺が居た空間に二人が扱う白刃が舞っていた。

 しかし、俺の動きに付いてこれるダークエルフが一人、いる。


「舐めるなっ――」


 金切り声、銀髪を靡かせながらの吶喊だ。


 右から剣で薙ぎを振るいながら間合いを詰めてくる。屈むように避けながら後退するが、このダークエルフは素早い。

 細かくステップを踏みながら横から薙ぐように剣身を見せるフェイント斬りを繰り出してからの、跳躍を行いながら振り上げていた長剣を上段の位置から振り下げてきた。

 俺はフェイントに少し掛かったが、瞬時に、その上から迫る回転斬撃を魔槍杖を斜めに持ち上げ、防ぐ。

 回転斬りの長剣と魔槍杖の金属が衝突してキィ、キィンィンっと二回、三回と、斑な火花が散る硬質音が響いた。


 火花によって髪の毛が少し焦げたが、回転の勢いを止めることに成功。

 ダークエルフは着地際も力を込めた刀剣で、俺の胸元にある魔槍杖を押し込めようとしてくる。


 鍔迫り合いに移行。

 その際にダークエルフの顔を見る。


 紫と桃色の唇を持ち息が荒いが、こいつも綺麗な女。

 長い銀髪がパサッと揺れ落ちる微かな音も聞こえた。


 銀の太い眉に銀彩の瞳はヴィーネよりも大きいか?

 敵さんも俺の顔を確認すると、その瞳が揺れて驚愕の表情を浮かべている。


「ハァハァハァ、――お、お前、マグルなのか?」


 呼吸を整えようとしている敵さんは、下半身がお留守。


 ここは戦場だぞ?


「――そうだよ」


 肯定しながら、相手の足を掬うように下段蹴りを放つ。

 ――だが、女ダークエルフは素早く跳躍して、俺の蹴りを躱すと、その跳躍を生かすように左手に握る長剣を、さっきと同様に俺の頭上へ振り下ろしてきた。


 今度のは――速いし高い。

 咄嗟に魔槍杖を掲げて反応した。

 振り下ろされた長剣の刃を紅斧刃で受け持つ。


 魔槍杖の上部にある紅斧刃と長剣の刃が衝突。

 またも、火花が散る金属の不協和音が響く。


 相手の長剣は魔力が篭った名剣らしい。

 紅斧刃と衝突しても、溶けずに刃こぼれもしていない。


 一瞬、謙信と信玄の川中島の戦いが脳裏に過る。


 だが、相手はまだ空中。

 体重を乗せていた自慢の名剣による一撃をまたも防がれたことが意外だったのか。

 女は驚いている。

 ――そこに隙ありだ。

 長剣の刃を受け持っていた魔槍杖バルドークを右下にずらす。

 同時に爪先半回転を実行――。

 身体を右回転させながら――上段回し蹴りを放つ。


 驚いている女ダークエルフの胸に強烈な回し蹴りをお見舞いしてあげた。

 蹴りをまともに喰らった女ダークエルフ――。


「がぁっ――」


 と、鈍い音を響かせながら一回転。

 顔を地面に強打しながら後ろへ転がっていく。


「「姉者様――」」


 お? 姉だって?


 蹴りを喰らい転がる女ダークエルフを〝姉者〟と叫ぶダークエルフたちが戦闘を中断。

 それぞれに剣を持ち朱色防護服を着ている親衛隊っぽい方々だ。


 その方々は俺を無視して、その倒れた女に走り寄って介抱し始めている。


 ヴィーネも走ってきた。

 やはり、着ている服がソックリだ。


「――ご主人様、今、倒れた女はランギバード家の三女。剣才と言われたハリアンかとっ」

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