百四十一話 泥沼蛇の花亭
路地を進むと、ダークエルフたちを見かけた。
彼らは会話しながら歩いている。
俺と
ヴィーネにも見向きもしなかった。
その一人はフードを深々と被っている。
俺と同じで顔の判別がつかない。
あれなら他のダークエルフがフードをかぶる俺の姿を見ても……。
不自然とは思わないだろう。
少し、安心。
通りを行き交うダークエルフたちの数は増えてきた。
その通りを肩に
他のダークエルフたちは俺がマグルだと気付かない。
これなら大丈夫そうだ。
そこでヴィーネが通り掛かりの人物へ近寄っていく。
彼女が話し掛けた者は……。
みすぼらしい格好の男の老人ダークエルフだ。
その老人は、相手のヴィーネが女性だと察すると卑屈な態度になっていた。
小声だから所々聞こえない。
が、エルフ語のニュアンスだと理解できる。
しかし、地上で聞いたことのあるエルフ語とは少し違っていた。
彼女が話している言語はこの地下都市で主に使われているダークエルフの言語なのだろう。
俺は後ろに下がり老人をカレウドスコープで覗く。
リアルタイムでCTスキャン。
身体を透過、人体の構造は人と似ていると思う。
――――――――――――――――
炭素系ナパーム生命体B-f###72
脳波:安定
身体:正常
性別:男
総筋力値:5
エレニウム総合値:92
武器:あり
――――――――――――――――
基本的にナパーム生命体なのは変わらないようだ。
すぐに目の横をタッチして、視界を元に戻した。
ヴィーネと老人はまだ話している。
一、二分経過して、ヴィーネは老人との話を終えると神妙な顔付きで俺のところに戻ってきた。
「ご主人様……【泥沼蛇の花亭】はこっちです」
「その顔、銀仮面の上からでも分かるぞ。何か重要なことが聞けたんだな?」
「……はい」
ん、やけに元気が無いな。
「何だ? 言ってみろ」
「……下民の情報ですので、確実ではないと思いますが、【第十一魔導貴族スクワード家】が、もう存在しないとのことです。ですが【第五魔導貴族ランギバード家】は成長を続けている有望な一族として、情報を得ました。そして、わたしが育った場所は廃墟になり屋敷は打ち壊されて、もう何もないと……」
あぁ……そういうことか。
仇の魔導貴族の一つが消えて、自分の家があった場所がなくなったのか。
そりゃ、ショックだよな。
「……大丈夫か? 家があった場所を見るか? それとも何もせずに帰る?」
フードを少し上げて、彼女の顔を覗き込む。
「いえ、帰りません。実家にも行きません。ですが、正直言うと悲しい。同時に悔しいです……【泥沼蛇の花亭】にて、もっと正確な情報を集めましょう」
その表情には、悲しみというより怒りが滲んで見えていた。
「わかった。案内してくれ」
「はい」
ヴィーネに先導され地下の都市を進む。
曲がりくねった路地を迷いなく数時間掛けて歩く。
目当ての屋敷が見えてきた。
あれが酒場的な店の【泥沼蛇の花亭】。
外観は他の建物とさほど変わらないが入口の両脇にある大きい薔薇を象った魔道具の照明が標識のように目立っていた。
遠くからだが、薔薇の形と明滅する照明で華やかな印象を受けた。
薔薇の魔道具は提灯的な淡い緑の光からLEDライトを思わせる強い緑の光に変わる。
またすぐに提灯の淡い緑の光へと変化した。
そんな特徴的な照明の扉の前の空きスペースでは酔っぱらったダークエルフの男たちが騒いでいた。
拳闘試合か。
二人の男同士が拳で殴り合う様子を、周りの男たちは金を賭けているのか口々に必死に叫び、怒鳴って、笑っている。
やることは地上の人族たちと変わらないな。
ヴィーネと共に、それらの酔っぱらい集団を避けて店屋敷へ向かう。
扉の前に到着。扉は鉄製で縦長。
表面には紫と緑の髑髏系の意匠が施されてある。
その扉の両隣には、花を象った明るい魔導具があった。
内部から緑の光を放ち、凄く綺麗な光を周囲に発している。
眩しいけど、ひさびさのまともな灯り。
しかし、こんな綺麗な灯りを発している魔導具が、この場所で、盗まれずに、設置されてあるということは、この店を経営している者たちは、中々の実力者揃いだとも考えられるか。
でも、酔っぱらいのダークエルフたちを見ると……。
そんなに下民というイメージは湧かない。
一般市民の格好に見える。
そんな周りの様子を窺っているとヴィーネはわざとらしい咳をして、俺の視線を呼ぶ。
ヴィーネは小さく頷いた。
無言で軽く頷き『分かってる、行け』とアイコンタクトで答える。
肩でじっとしていた
ヴィーネは店の扉を押し開き、【泥沼蛇の花亭】の中へ入った。
彼女の後ろ姿、綺麗な銀髪と背中に装着されている朱色の矢筒を見ながら付いていく。
【泥沼蛇の花亭】の中は明るい。
入り口にあった灯りを発している魔導具と同系統の照明魔導具で溢れていた。
明るさに目を奪われていると、喧騒と共に食事の匂いや酒の香りが漂ってくる。
店内には酒を飲むダークエルフだけでなく腕相撲しているドワーフや小さい楽器を弾いては踊る背が小さい種族もいた。
彼らがノームか?
中央ホールから右辺にテーブル席が並び、そこにいるダークエルフたちが酒をくれ~と口々に叫び、どんちゃん騒ぎを起こしている。
端には長細い貝のような長筒を口に当て、そこから煙を吸っているダークエルフの集団もいた。
煙を吸ってるダークエルフたちの顔はアヘ顔だ。
やばいのを吸ってるらしい。
彼女はその中央ホールへと歩き出し、飲み踊っている客の合間を縫うように進む。
俺もヴィーネの後ろにピタリと付いて歩き視線を上げすぎないように注意しながら周りを見ていく。
演奏している背が小さい種族もいるので、バレるんじゃないかとヒヤヒヤもんだ。
ヴィーネはカウンター席で止まる。
そのカウンター向こうには店のマスターらしき厳つい顔に、銀色のコンロウ髪型の筋肉質ダークエルフ男が立っていた。
「情報を聞きたいのだが……」
ヴィーネは魔女が呪文を唱えるかのような、底冷えする口調で、その厳つい男に問いかけている。
「おや、おや……いきなりですかい? 貴女様はどこぞの魔導貴族の婢女さんで?」
ヴィーネの口調には動じずに厳つい顔を醜く崩すように嗤うダークエルフの男。
「ほぅ、ここはいつからそんな態度を取るようになったんだ?」
ヴィーネも負けじと冷然たる態度で突き放すと、醜い顔を浮かべていた男は、急に顔を引きつらせる。
「……ハ、ハハハ、ほんの冗談ですよ。高位魔導貴族の方がこんな下民の街に、何か用ですかい?」
ヴィーネの目力すげぇ。
あっさりと筋肉達磨ダークエルフの強気な態度は失せてしまっていた。
「【魔導貴族ランギバード家】の詳細が知りたい」
「……ランギバード家、一桁様、第四位の魔導貴族様ですか? わたしどものような下民風情が上位一桁様である魔導貴族様の情報など、得られませんよ」
第四位? ヴィーネが言ってた時は第五位だったはず。
一つ位を上げたようだ。
「まだ、しらばっくれる気か? ここは【毒蛇の負】のアジトだろう?」
その言葉を述べた瞬間――空気が凍りつく。
周囲で楽し気に酒を飲んでいた客たちも、言葉が少なくなり順繰りに俺たちへと視線を集めてくる。
「……その名をご存知とは、ではこちらへ来てください」
筋肉質のダークエルフは客を一瞥すると、ヴィーネをカウンターから続く奥の通路へと誘導した。
当然、俺も後ろから付いていく。
狭い暗き廊下を通されて部屋に案内される。
その部屋は明るく、内装は紫色と緑色に統一されていた。
魔道具の光源は緑色が強く輝いているので、紫模様の壁の色は緑色と混ざり気持ち悪い色合いになっている。
俺が言うのも何だけど、センスがいまいちだ。
この落ち着かない部屋の中央には紫色の政務机がある。
その机の奥に初老のダークエルフが座っていた。
左右の机の手前には部下と思われる湾曲した刀を腰に差し黒鎧を身に着けたダークエルフ男たちが立ち、確りと、こっちを見張っている。
中央奥の背凭れ椅子に座っているのが、ボスか。
ヴィーネと俺は、そのボスがいるところへ近付いていく。
この部屋はダンスレッスンを行えるぐらいに広い。
最低、二十畳ぐらいはあると思う。
俺たちが初老男が座っている紫の机の近くに近寄ると、
「そこまでだ。止まるように」
手前にいた部下らしき奴から指示が来た。
ヴィーネと俺は指示通りに足を止める。
そこで、座っている初老ダークエルフの顔をはっきりと視認した。
目は細長い形。黒い瞳は確りと俺たちを見据えている。
青白い皮膚で皺が多い頬はゲッソリと痩けていて、骨格は骸骨に近く、東南アジア風の人種を思わせる顔だ。
髪型が三つ編みで、長髪を真ん中へ集合させている変な髪型。
変なポーズで歩くダンスの先生のようだ。
上半身は肩に出っ張りがある真っ黒い鎖帷子系の防具を身に着けているが、明らかに痩駆な細い身体を持つと判断できた。
その痩駆な男の口が開く。
「……貴女様が、魔導貴族の情報が欲しいとか?」
「そうだ」
魔察眼で、確認。
痩駆な男と部下二人はそれなりに強いと見た。
全員、体内に魔力を溜めて操作している。
『閣下、相手は中々の魔力操作を行っています』
『分かっている。視界はまだ使わないぞ?』
『はぃ……』
俺の念話に残念そうに答える精霊ヘルメ。
カレウドスコープも起動しない。
「……【断罪の雷王】ではなく【
痩駆な男はヴィーネだけでなく、俺と
その目には魔力を宿している。
この痩駆な男は魔察眼が使えて、分析ができるということだ。
女尊男卑のダークエルフ社会において、男のコイツが組織を率いているだけのことはあるらしい。
なら、少し魔力を表に出して、この男の反応を楽しむか。
「そんなことは貴様が知る必要はない。【第四位魔導貴族ランギバード家】の情報を出せ。と言っている」
ヴィーネは強気な態度を崩さない。
痩駆の男は、ヴィーネと俺を見比べるように見つめてくる。
更には、俺が魔力を放出して遊ぶのに驚いたのか、細い目を見開いて、怯えるような顔付きに変化していた。
「……はぁ。なんてこった。相手はお得意様なんですがね……分かりました。ですが“此方は一切関係ない”、今日は貴女様たちとは出会いもしなかった。ということでよろしいですね?」
痩駆な男は冷や汗を顔に浮かべながら溜め息を吐くと、条件を述べてくる。
「それでいい」
ヴィーネは首を僅かに頷けて、シンプルに答えていた。
邪悪な笑みを浮かべているのかもしれない。
「……はぃ。では、【第四位魔導貴族ランギバード家】は司祭家長の母フェレミン・ダオ・ランギバード、長女の鬼才トメリア、次女の魔人ガミリ、三女の剣才ハリアンの家族が中心です。三人の娘たちの親族が一族内で上位役職に就き、母の司祭家長であるフェレミンを支えている強固な一族と言えましょう。……少し前に第五位から第四位に位を上げた魔導貴族として有名ですね」
家長一人と三人の家族は強そうだ。
「兵は、どれぐらいいる?」
ヴィーネの短い言葉だが、その声質から冷徹な怒りを感じさせる。
「直属の配下には親族を含めた兵が約七百。傭兵を含めるともっといるかと」
「……本拠にか?」
七百を超える兵士がいるのか。
「はい。中央貴族街の南方に要塞と化した大屋敷を構えています」
「なるほど、中央貴族街か」
ヴィーネはそう言って頷く。
仇の居場所は中央貴族街にある要塞化した場所か。
「同盟関係には【第三位魔導貴族エンパール家】、【第二位魔導貴族ベルハドラ家】、両家と良好な同盟関係を維持していると噂があります」
「敵対する魔導貴族は?」
「現時点では【筆頭第一位魔導貴族サーフェン家】、【第八位魔導貴族サーメイヤー家】、【第七位魔導貴族リジェ家】、【第十位魔導貴族グマチュツイ家】が敵対関係にあると噂があるだけですね。それと、戦争では、必ず勝利に近い形で終わらすことで有名です。過去に潰された魔導貴族は数知れず……」
その話題になると、ヴィーネは“聞きたくない”と言うように顔を横に振る。
「……わかった。もういい。聞きたいことは以上だ」
「……そう、ですか。……では、すぐに退去してください」
ヴィーネの反応に少し驚く痩駆の男。
少し遅れて、気だるさそうに腕を泳がせると早く帰れ。と、アピールしてきた。
「わかった」
ヴィーネは踵を返し部屋の出入り口に向かう。
俺も付いていった。
その瞬間、
「……ところで、貴女の後ろにいる方は何者なんです?」
ヴィーネはビクッと背中を動かして、その言葉に反応。
俺はゆっくりと振り返って、口元を綻ばせて話す。
……ついでに殺気を散りばめておく。
「……知りたいなら、それなりに後悔することになると思うが?」
フードを被っているので痩駆な男からは、俺の口元しか見えないはず。
「――ゴホッゴホ、い、いえ、忘れてください」
痩駆な男は急にゴクッと生唾を飲み込むような音をさせると、息を詰まらせてから、焦燥を顏に浮かべている。
ヴィーネも振り返り痩駆な男と俺を見ていたが、何事もなく前へ向き直して歩く。
痩駆な男が居た部屋から退出。
廊下を戻りカウンター近くから【泥沼蛇の花亭】の出入口へ向かう。
騒がしい客は俺たちが戻ってくると静かになっていたが、何事も無く【蛇沼蛇の花亭】から脱することができた。
「無事に情報が得られましたね」
外の路地を歩きながら、笑顔でヴィーネが話してきた。
「あぁ、そうだな」
少し、緊張感あったけど。
「あの痩駆な男、かなりの切れ者か実力者かもな」
「……そうでしょうか?」
ヴィーネは首を傾げ、疑問顔だ。
「俺とヴィーネを魔察眼で視て、その実力を彼なりに“判断”していた。【毒蛇の負】だっけか。それを率いるだけの“目”は持っていると思う。見ず知らずの俺たちへと、あっさりと情報を渡してきた。二人の部下たちも、交渉時には一切動かず言葉も発しなかった。ある程度は訓練されている証拠だ」
ただのゴロツキなら、ちょっかい出してくるだろうからな。
「そうかもしれませんが……」
ヴィーネは俺の意見に納得してないようだ。
慎重な考えを臆病に感じ取ったか、それか単純に相手が“男”だからか。
ま、そんなことはどうでもいい。
話を切り替える。
「それでヴィーネ。【第四位魔導貴族ランギバード家】の情報はある程度得られたぞ。何か案はあるか?」
「そうですね、復讐するにもさすがに数が五百を超える相手ではキツイです。ここで兵を募っても、名誉も金もないわたしでは集まるわけも無く。他の敵対している魔導貴族を扇動し、ランギバード家と戦争を起こさせれば、チャンスが生まれるかもしれないですが……」
第一位と第四位を争わせて、二虎競食の計か?
別にそんなまどろっこしいことはせずに、俺が強引に“力”でねじ伏せてやれば早く終わらせられるかもしれない。
「ヴィーネ。そんなことは必要ない。お前が頼むならば俺がねじ伏せてやるが、どうする?」
彼女は、その問いを聞くとまた驚く。
銀彩の瞳孔が散大し収縮を繰り返していた。
「……はぁ!? できる……のですか?」
少し、素が出ている。
「あぁ、できるさ。それからヴィーネ。そんなことでイチイチ驚いていると、これから大変だぞ? 俺についてこられるか?」
ドヤ顔で言い切っちゃった。
「にゃ」
肩にいた
紅い目を輝かせて、ドヤ顔を繰り出している。
「――はっ、ついていきます。お願いします。ご主人様とロロ様」
「にゃおん」
「……おぅ」
気持ちを伝えてるようだ。
「……こ、これは……」
ヴィーネは不思議そうに、頬にある触手に触ると
「ロロの気持ちが伝わったろ?」
「ハ、ハィ。狩り、狩り、楽しい、来い、見本、遊ぶ、良い匂い……と繰り返し伝わってきました」
ヴィーネは少し頬を赤く染めていた。
嬉しかったようだ。
「はは、先輩風を吹かせてるんだな。狩りをしたいらしい。これから暴れるから見ておけということだろう」
「は、はい。拝見させてもらいます」
ヴィーネは少し動揺しているのか、冷然とは程遠い態度を取り
「……それは駄目だな。ヴィーネにも働いてもらう。目的のランギバード家の大屋敷を探さないといけないし」
「はい。中央貴族街で要塞化。と言ってましたからね。数ヶ所、候補地があると思います」
今度は地下都市の貴族街か……。
「それじゃ、ささっとそこに行くか。ロロ」
「にゃ――」
俺の指示を聞いた
姿は毛がふさふさないつもの馬獅子型を超えて巨大獅子のように変化した。
俺とヴィーネに触手を絡ませて、背中に乗せてくれる。
「――ヒィッ」
ヴィーネは俺に抱き付きながら、小さく悲鳴をあげる。
青白い長耳を萎ませていた。
まだこのタイプへの変化には慣れてないようだ。
力強さをみせつけながら屋根の上に飛び乗ると、触手を両サイドへ伸ばして壁や屋根に突き刺していた。
伸ばして壁に突き刺した触手を螺旋回転させて、引いていく。
空を飛ぶらしい。
「ロロ、あまり高く飛ぶなよ。天井の高さがどれくらいか分からないんだから」
「にゃおん」
「……」
ヴィーネは俺に抱き付いた状態で沈黙している。
「ヴィーネ。目を開けておけ。空から中央貴族街を見つけるんだ。目的の場所を教えてくれないと困る」
「ハッ、ハィ」
彼女は薄目を開けて、小声で喋っている。
今まで聞いたことの無い弱気な声だ。
しかも、エルフ語だし。フランス語のようなニュアンスなので、少し可愛かった。
あ、もしや……空が、ヴィーネの弱点か?
少し笑っていると
黒い天井と、太い柱が幾つか遠くに見える。
空洞だけじゃないんだな、太い岩の柱があちこちにあった。
「キャァァァ、ふ、ふたぁ、うえがぁぁ」
ヴィーネは白目になり混乱。
俺の着ている外套を破る勢いで、両腕に力が入り締め上げながら抱き締めてくる。
当たり前だが蓋の天井に近付くのは初めてだったらしい。
「……おぃ、大丈夫だから落ち着け」
「――ハィィ」
彼女の目がヤヴァイ。
銀仮面を装着してない左目しか判別できないが、白目の次は、充血したように血走っていた。
宙を飛ぶのが怖いのか、涙を流している。
だが、頑張って目を開け続けているようだ。
「下は見えるか?」
「……はぃ――」
怯えた顔で俺を見て、少し、逡巡するが我慢して下を覗くヴィーネ。
「ヒッ――、た、たかい」
怖がっているが、ちゃんと下を見ている。
そして、宙を飛び続けること数十分。
おしっこちびってそうだ。
高所恐怖症か?
「あ、ありました。あそこにある建物群が中央貴族街です」
ヴィーネが怖々と腕を伸ばした先に、大きな建物群がある。
「あれか。どれも似たような形だな……」
上空からだと、大きい建物が連なって見えるだけなので、ランギバード家の屋敷が何処か分からない。
この地下都市がかなりの大きい都市なのだと分かる。
ペルネーテ、ヘカトレイルを超えているのは確実だ。
「――ランギバード家の屋敷はどこかわかるか?」
「――何ヶ所か候補はありますが、ここからでは、ランギバード家の屋敷の判別は無理です」
しょうがない。
もっと低く飛んで、兵士が沢山いるとこを探すか。
「ロロ、高度を下げられるか? 低い位置で兵士の数が多いとこを探そう」
「にゃ――」
巨大獅子のグリフォン型となっている黒猫は翼の角度を変えて高度を低くして飛んでいく。
「ヒィ――」
ヴィーネがまた悲鳴を上げて抱き締めを強くしてきた。
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