百四十話 地下都市ダウメザラン

 

「渡す物ですか?」

「おう。これ、あげとくの忘れてた」


 笑みを意識。

 アイテムボックスを操作した。

 目的の品を取り出して彼女に手渡す。


 それは迷宮の銀色宝箱から手に入れたアイテムの一つ。

 俺には小さい銀色の半袖服。

 肌触りもいいシンプルなキャミソールだ。


「あ、銀魔糸のこれをわたしに?」

「そうだ」


 ヴィーネは下着のような銀魔服を受け取った。


「……」


 素早く黒ワンピースを脱ぐヴィーネ。

 裸になって銀色の半袖服を着ていく。


 本当に薄い服で、防御力が不安だが、魔力は宿している。

 そして、防御力云々より……。

 銀髪に青白い肌でスタイルの良いヴィーネに似合う。

 ヴィーネさんと呼びたくなる最高の美女にプレゼント。


「ありがとうございます。ご主人様」


 頷いた直後、突然、視界にドロンッと音を立てるような小さな煙雲が出現。その煙が消えると、左目に棲まう小さいヘルメが登場。


『……閣下、ずるい』


 ヘルメが嫉妬してしまった。


『いつも、魔力をあげているだろう?』

『はい。そうですが……』

『しょうがないな、ほれっ』


 左目に宿るヘルメに濃密な魔力を注いでやった。


『アッ、アアァァァァンッ、急に、ムフゥ……』

『声が煩いぞ……これで満足しただろう』


 視界から消えたヘルメ。

 想像だが、きっと顔から湯気を放出させては、ヘナヘナと乙女座りでナヨっていることだろう。


『アンッ! ァゥ、ハィ』


 ……ヘルメの声は気にせずに、ヴィーネを見つめた。


「凄く似合っている。その薄さだと、革服鎧の下に着られるか?」

「はい。大切にします……」


 ヴィーネは本当に嬉しそうだ。

 彼女は自らの体を抱くような仕草を取る。

 長耳が赤く染まり左の頬と首の皮膚も赤いから分かりやすい。


 本当に嬉しそうだ、何かこっちまで照れてくる。


 そんな照れる気持ちを誤魔化すように、視線を逸らしてからさり気無く寝台へダイブ。


「にゃっ」


 寝台で寝ていた黒猫ロロがびっくりして猫パンチを打ってきた。


「やるかぁ?」

「にゃおあ」


 またボクサー映画の曲が脳内で流れる。

 黒猫ロロさんは肉球ボクサーと化して、俺の腕に猫パンチを当ててくる。

 そんな可愛い黒猫ロロには必殺の猫じゃらしで対抗。


「ンンンッ――」


 黒猫ロロは喉声で鳴かせて猫じゃらしに超反応。

 間抜けな姿で飛び上がっては、俺の動かす猫じゃらしを追いかけてくる。


 前のように黒猫ロロの目を回しすぎない程度に、途中で紐を捕まえさせてあげた。

 黒猫ロロは紐の繊維を噛み噛みしながら猫じゃらしの事を抱え込み、激しい猫キックを浴びせていた。

 もう持ち手の木材がボロボロだ。

 また、新しい猫じゃらしを作らないとな。


「ふふっ」


 ヴィーネも微笑みを浮かべていた。


 黒猫ロロの方は良い運動になったのか、猫じゃらしを胸に抱きながらゴロゴロ喉音を鳴らし、瞼を閉じ眠り出す。

 眠り出した黒猫ロロを見ながらまったりと過ごす。



 ◇◇◇◇



 外から鶏の鳴き声が鳴り出した。

 もう朝か。


 出窓へと移動しながら、今日は何をしようか考えていく。


 候補としてはドワーフ兄弟探しか、魔法地図の解読か。


 マイ箸を回収。

 箸の出来栄えを確認しながら出窓を開けて、外を見た。


 鴉が数羽……空を飛んでいる。

 飛んでいる鴉の目が赤く光ったような気がするが気のせいだろう。


 空は夏晴れ。今日も暑くなりそうだ。


 二階の高さから細かい路地や他の建物を見ていく。

 当たり前だが、この都市は【オセベリア王国】。


 そんな街並みを見ていると、昨日のメルの話が頭を過る。


 この国の安全保障を担う組織【白い九大騎士ホワイトナイン】が、貴族街にあった【梟の牙】の本拠地で起きた殺人事件を調べている……と。


 少なくとも普通の衛兵たちより、ホワイトナインの兵士たちの方が捜査能力は上回っていると予想はできる。

 さすがに科学捜査班CSI的な高度な科学捜査を用いての捜査は無いだろうとは思うが、ここは魔法やスキルのある異世界だ。


 俺の想像を超えた捜査方法があるかも知れない。

 だとしたら俺に食いつくのは時間の問題か?


 メルさんは仲間だ裏切らないと話していたが、闇ギルド【月の残骸ムーンレムナント】とて、ここペルネーテの権力者である国の機関には逆らえないだろうし。


 今日はルビアがいるかも知れない酒場へ行くか。

 魔宝地図の解読が可能な人物を探そうと思っていたが。

 どちらも止めて、ゲートで退避するか?

 まぁ退避は大袈裟だ。たまには違う未知なる体験をするか。

 ゲートを使い気分転換をしよう。

 ヴィーネにパレデスの鏡について説明できるし。


 退避ではなく、あくまでも一時的なバカンス。

 ここには、すぐに戻る予定だ。ホワイトナインに絡まれたら絡んでやろうじゃないか、大騎士とやらの実力も興味あるし。

 よし、そんなどうでも良い考えを持ちながら、背後を振り向き寝台へ戻る。


 床に置いてある胸ベルトのポケットの中へ持っていたマイ箸を入れてから、長い銀髪を梳かしていた美しいヴィーネに話しかけた。


「……今日は未知なる外に出掛けるか」

「外ですか?」


 俺は真剣な顔付きを作る。


「そうだ。ヴィーネ……俺のことで、まだ説明してないことが“沢山ある”ということは、何となく解るな?」

「……はい」


 ヴィーネは用心したように顔を引き締めていた。


「まずは、これを見てくれ」


 持っていた胸ベルトのポケットから二十四面体トラペゾヘドロンを取り出す。


 その二十四面体トラペゾヘドロンを握った右手を自慢気に、じゃーんっと、ヴィーネの方へ伸ばす。


 気分は角さんだ。

 二十四面体を印籠に見立てて、三つ葵紋は無いが、見せびらかす。


『……鏡を説明なさるおつもりなのですね』


 ヘルメが反応を示した。小さい指を球体に差している。


『そうだ』


「……コレ、ですか?」


 ヴィーネは至って冷静だった。


 ま、見た目は大きいサイコロみたいだからな。

 ふふふ、驚かせてやろう。


「そうだ。この多面体とそこにある鏡をよく見ておけ」


 得意気に一面の記号をなぞり、ゲートを起動。


 瞬時に球体がいつものように光のゲートへ変質した。

 鏡も光を放出している。


「こ、これは……」


 ヴィーネは光を放つ鏡に驚き、ゲート先に映っている“この部屋の光景”に驚いていた。


「転移魔法と似たようなもんだ。ゲート魔法という。入ると、――この通り」


 その場に浮かぶ光るゲートに入り、鏡から出てきた。


「……ヒィィィ、ほ、本当に、転移をしている? ゲート、魔法? す、すごい、すごすぎるぞっ、神から啓示を受ける司祭様でもこのような事はできなかった。はっ――もしや、ご主人様は神に愛されるどころか、神なる存在なのですか?」


 うへ、神なる存在……。

 ヴィーネの顔の右上半分が銀仮面で覆われていても、今、彼女の表情が酷く狼狽しているのが分かる。

 語尾の最後の方には身体を震わせていた。


『……先ほどは怒ってしまいましたが、彼女は中々……素晴らしい。閣下を神と崇めるとは……慧眼の持ち主と判断できます。お尻も良い形をしていますし、閣下、彼女を眷属に加えましょう』


 ヘルメはコロコロ変わるな。


『まぁ、そうなるかもな』


「……落ち着け、俺は神じゃないから、この二十四面体(トラペゾヘドロン)の魔道具が、俺には使えるだけだよ」

「……そうなのですか、あっ」 


 ヴィーネは鏡から自動的に排出された二十四面体トラペゾヘドロンの動きに、驚きの反応を示す。

 二十四面体トラペゾヘドロンはいつものように宙を漂いながら俺の傍に来ると、頭の周りを回り出していた。


 はは、冷静な顔が特徴的だったヴィーネが唖然としている。

 銀眉がピクピクと動きピンクを帯びた紫の唇が少し震えていた。

 そんな彼女の顔を見て、笑みを浮かべながら、その浮かんで回っている面球体を掴んだ。


「――そうだ。このトラペゾヘドロンは全部で二十四面体。“この球体”を使えば世界各地にある“二十四個の鏡”へ移動できる。今のとこ“鏡が置かれている場所”が分かっているのは三つだけ。この部屋にある鏡が一つと、北の【ヘスリファート】に一つ。ずっと北西の【サーディア荒野】に一つ。後は地名の分からない場所ばかり、海の底、土に埋まっている鏡もある」


 ヴィーネは呆然としながらも、頷いていく。


「では、それを使い“未知なる外”へ出掛けるのですね」

「そういうこと。今から次々とゲートを起動していくから、好きなところ、行きたいとこを見付けたら言ってくれ、今日はそこを探索しよう」

「わたしが選んでいいのですか?」


 彼女はきょとんとした顔を浮かべて、瞬きを繰り返しながら聞いてくる。


「あぁ、いいよ。一応俺的にはバカンス的なノリで海水浴ができる浅い海を候補にあげとくけど、ヴィーネの好きなところでいい」

「ばかんす? 海水浴? 海というのは伝説で聞いたことがありますが、今まで一度も見たことがありません。巨大地底湖アドバーンなら知っています」


 海が伝説? 地下で育ったダークエルフならば当たり前か。


「見たことないなら、海が第一候補かな。ま、行くとこは、見るだけ見て決めよう。それじゃ、連続で起動していくから」

「はい」


 使えるゲートは以下の通りだ。


 一面:部屋に設置してある鏡。

 二面:何処かの浅い海底にある鏡。

 三面:【ヘスリファート国】の【ベルトザム】村教会地下にある鏡。

 四面:遠き北西、荒野が広がる【サーディア荒野】魔女の住処。

 五面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 六面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 七面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 八面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 九面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 十面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 十一面:暗い倉庫、何かの印がついた家具が見えた鏡。

 十二面:空島にある鏡。

 十三面:何処かの大貴族か、大商人か、商人の家に設置された鏡。

 十四面:雪が降る地域の何処かの鏡。

 一五面:何処かの崖か、景色の良い岩山にある鏡。

 十六面:浅い海。船の残骸が近くにある鏡。

 十七面:不気味な心臓、内臓が収められた黒い額縁があり、剣、防具、時が止まっているような部屋にある鏡。

 十八面:暗い倉庫、宝物庫のようなとこにある鏡。

 十九面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十一面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十二面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十三面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十四面:鏡が無いのか、ゲート魔法が起動せず。


「これがっ、海っ、青い」


 二面のゲートを起動させて、浅い海を見せてあげた。


「そうだよ。次々と起動するから気になったら言ってね」

「はい。ありがとうございます」 


 土の真っ黒画面以外のゲートを起動していく。 

 そして、十一面を起動してゲート先に映る光景をヴィーネが見た時、彼女は転ぶように前のめりの体勢になって、ゲートに近付く。


「え!? ええっ? こ、これは……故郷?」


 まじか。この薄暗い部屋倉庫がそうなのか? 

 古びた家具類があるだけに見えるが……。


「本当に?」

「はいっ、“ここ”を見てください。“緑薔薇の蛇模様”家印です。これは魔毒の女神ミセア様を称える家印。【地下都市ダウメザラン】だけの魔導貴族が全員持つ、基本的な印ですっ」 


 あっ、本当だ。


「良かったじゃないか、ヴィーネ、故郷へ戻れるぞ」

「……も、も、戻れるの、あ、あ”あ”あ”あ”あぁぁ――」


 突然の発狂、泣いて、俺に抱き付いてきた。

 ヴィーネさん壊れちゃった? 

 でも、おっぱい、当たっているよ? 


 俺、まだ鎧着てないから薄皮服の直ですよ? 

 柔らかいメロンのダイナマイティーですよ? 

 桃源郷が見えてきますよ?


 ええい、むぎゅっと抱き締めちゃうか? 

 はっ、いかんいかん。

 ヴィーネはひさしぶりに故郷らしきものを見たんだ、混乱するのは当然と言える。 


 幾ら、おっぱいのキャパシティが高いからといって安易に俺がエロに染まるわけにはいかない。 

 今は理性を保たなくては……。 

 抱き付くヴィーネの背中を優しく撫でてやる。

 暫くして、俺の胸で泣いていたヴィーネが泣き止み、顔を上げてきた。

 銀彩の瞳はまだ潤んでいる。


「落ち着いたか?」

「は、はい」

「それで故郷に戻るか?」

「……はい。一度戻ってみたいです」


 よし、行ってみるか。 

 ヴィーネが仇を討つ為に地下都市に留まりたいと言ったら自由にさせてやろう。


「ゲートはこのまま出しておく。入るのは準備してからだ。この“鏡の場所”が【地下都市ダウメザラン】の何処にあるのか確認しないと、そして、その周りが安全かどうか把握しないとな」

「はい」


 ヴィーネは頷く。


「俺は人族の見た目で男。そのマグルである俺が突然現れたら、他のダークエルフたちは驚愕するだろうし、戦うことになるかもしれない」

「……そうですね。ご主人様は顔は伏せた方が良いでしょう」

「分かっている。着替えるぞ」 


 そうして、鎧を着込み準備をしていく。 

 部屋の木窓を閉めて、持っていた胸ベルトを装着。


 寝台上で待機していた黒猫ロロを見る。


「ロロ、準備いいか?」

「にゃお」


 黒猫ロロはすぐに、俺の肩に上り待機した。


『ヘルメも準備はいいか?』 


 呼び掛けると、視界に精霊ヘルメが登場。


『はい、初めから外に姿を現しますか?』

『いや、向こうについて様子を見てからだ』

『はっ』


 ヘルメは片膝を地につけるポーズを取り、瞬時に視界から消えていく。


「ご主人様、準備が調いました」 


 ヴィーネはいつもの銀フェイスガードを着けた状態で、頭を軽く下げてから顔を上げてくる。 

 その表情は“準備万全”といった感じの笑顔だ。

 上着はノースリーブ型の朱色厚革服。

 その下に銀魔服を着ているので両肩と鎖骨からは青白い肌が透けて見えている。 

 腰には金糸で彩られた黒ベルト。

 そのベルトには道具袋が付きサイドには紐剣帯に覆われた黒鱗の鞘が目立つ黒刀の“黒蛇”と銀剣がぶら下がっている。 

 太股近くまである黒インナーとフィット感のある赤黒革ロングなグラディエーターサンダルもカッコいい。 


 良いね。美人は最高だよ。

 まだ三日経ってないけど、美人は三日で飽きるという言葉は嘘だと思う。 


 手練れの冒険者と思わせる格好のヴィーネを見ていると……。


 背中に弓と矢筒を背負っている以外に、何も背負ってないのが見てとれた。 

 背曩は置いていくようだ。


「……背曩は良いのか?」

「はい。そこのゲートは行き来が可能なのでしょう?」 


 どうやら、故郷に行っても留まる気はさらさら無いらしい。 

 復讐したいと話していたはずだが……。


「そうだけどさ、故郷に留まらなくて良いのか? 復讐相手がいるのだろう?」

「はい。復讐は完遂したい望みはあります。しかし、ご主人様に付いていくと決めましたので……」 


 おぉ、そこまで俺のことを優先する気なのか。 

 少し感動。ここはヴィーネの志に応えてやる。


「分かった。この先を探索して情報を得ることから始めようか」

「そうですね。現時点では故郷の情報が足らな過ぎますし」 


 冷静だ。しかし、ゲート向こうを探索するとして、ヴィーネの復讐を手伝うことになる。

 俺が手伝っても大丈夫だろうか。 

 ミアのこともあるし、聞いておこう。


「……情報は確かに大事だ。それと、今さらだが、俺もヴィーネの復讐を手伝ってもいいのか?」


 少し間が空き、


「……ご主人様らしくない。当然に――不躾ですが、お願いしたいぐらいです」


 彼女は真剣な顔を浮かべて話し、一回、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべてから顔を下げて片膝を床につける。 


 “ご主人様らしくない”か。 


 お前は俺に何を期待しているんだ? 

 と、言いたくなるが、彼女なりの、


 “無粋なことは聞くな”“当たり前のことです”


 という意味かな。


「……おう。任せろ。ヴィーネが納得するまで手伝うさ」

「……ありがたき幸せ。不思議ですが、少し前から“ご主人様ならば全てを解決してくれる”そんな予感があったのです。……でも、まさか、こんなに早く故郷へ戻れる可能性を得られるとは露程にも思いませんでした……」 


 ヴィーネは感慨深き表情を表に現しながら、語る。 

 潤んでいた目からは一滴の涙が溢れた。 


 その涙を親指で拭き取ってあげながら、


「――それは買い被りだよ。今回はヴィーネの運が良いということだ。それじゃ、最初は偵察&情報を得る作戦で行くとしてある程度情報を得たら、次の作戦に移るか、一旦こっちに帰って休憩するか、向こうで決めるか」

「はい。賛成です」 


 彼女は力強く語る。

 涙に溢れていた目だが、その瞳は楽し気であり活力にみなぎっていた。


「それじゃ、手を出せ」

「はっ」


 彼女の手を握る。 

 欲に言う恋人握りという奴だ。

 へへ、ちょいと嬉しい。 


 互いに目を合わせて、頷く。 


 よし、光り輝く、ウェディングゲートに入るか。


「行くぞ――」

「はいっ」 


 ゲートの中に入った。 

 鏡から脱した薄暗い部屋に入った途端に、煙のような埃が空中に舞う。 


 乾燥して、薄暗く広い空間だ。


「ゴホッゴホ」 


 ヴィーネが喉をつまらせるように咳をした。


「大丈夫か?」

「……っ、はい」

「ンン、にゃ」 


 黒猫ロロが肩から床に降りていく。 

 だが、あまり先には進まずに、俺とヴィーネの傍から離れなかった。 


 足元にいる黒猫ロロを見ながら掌握察で魔素をチェック。 


 範囲内にはヴィーネと黒猫ロロ以外に反応はない。

 少し、この部屋を散策するか。


「周りを調べるぞ」

「はい」 


 古びた高級家具しかない。


 机の引き出しや箪笥を開けるが鉄製のスプーンセットがあったぐらいで何も目立った物は無し。

 並び置かれた家具たちの確認をしていると、背後にあった鏡の光が消えた。


 真っ暗だ。


『閣下、わたしの視界を使いますか?』

『いや、ここは普通に夜目を使う』

『はい』 


 視界に期待顔で現れたヘルメ。すぐに残念そうに消えていく。 


 <夜目>を発動。


「……光をつけると目立つか?」

「はい……ご主人様、暗闇に慣れていらっしゃる?」 


 ヴィーネの目、銀彩の周りにある赤が目立っていた。

 暗闇だとそうなるのかな?


「そうだな。ヴィーネの地上滞在よりかは浅いけどね」

「……まさか、地下世界で生活を?」

「はは、鋭いな。一時期だよ……」

「驚かされてばかりです」 


 そんなことは序の口なのだがな。

 すると、鏡の頂点部位にある丸飾りに嵌まっていた二十四面体の球体が外れた。 


 自立回転しながら、いつものように俺目掛けて飛んでくると頭上周りを漂い、回り始めている。 

 その二十四面体を掴み、胸ポケットに入れておく。


「……ここは一つの倉庫か。向こう側へ行こう」 


 距離があるが、指差す方向に部屋の扉がある。 

 そのタイミングで、目の横にある十字金属をタッチして“カレウドスコープ”を起動。 


 視界が薄青に包まれるが、フレーム表示されるので部屋の大きさがハッキリと分かった。

 四角形で、左前方の奥に扉があることが分かる。


「……そのようです。一族の名前は予想できませんが、ここは高位魔導貴族の所有する倉庫で間違いないでしょう」 


 魔導貴族か。


 もし遭遇する魔導貴族とやらがヴィーネの仇の一族だと、いきなり戦いになるのか? 

 仇ではない他のダークエルフと遭遇したら、俺はヴィーネの奴隷ということにしてもらうか。


「ヴィーネ、他のダークエルフと遭遇して戦わない場合、俺はお前の奴隷として扱え」

「それはっ……」 


 彼女は躊躇するように俺を見やる。


「あれ、その目は?」 


 彼女は俺の右目に注目している。 

 さすがに気付くか。 

 俺の右目には青硝子のような物が装着されてるからな。


「……これはアイテムボックスからの魔石を納めた報酬で、手に入れた特殊な魔道具だ。偵察用の道具と思えばいい」

「……魔石の報酬ですか? そのような不思議なアイテムもお持ちになっておられるのですね」 


 ヴィーネは青いガラス繊維と合体している特殊な右目に興味を持ったのか、俺の顔に近付き右目を凝視してくる。 

 少しふざけて壁ドンをするわけじゃないが、そのヴィーネにキスする勢いで顔を近付けて、話し掛けた。


「――奴隷の件だが、どっちにしろ、ここでマグルの男なんて見たら、仰天、神を叫ぶような感じなんだろ?」


 彼女はドキッとしたように目を見開き、唇を動かす。


「は、はぃ、――確かに。問答無用で斬り捨てられる可能性が高いかと思われます」


 彼女は動揺を示し銀彩の瞳で俺の唇を見つめては、頬を赤く染めている。

 キスしたいのかもしれない。そんな可愛い反応を示す。


 しかし“いきなり斬り捨て”かよ。

 俺も用心しないと。

 予想通りだが、探索スイッチがゲンナリだ。


「……こわこわだ。フードを深々と被って、顔を晒さないように気を付けるよ。無言を通すから交渉や聞き込みが必要な場合はヴィーネの判断に任せる。それと、もし、はぐれた場合はこの倉庫に隠れているから覚えておいて」 


 両手を使いイリアスの外套の背中上に付属したフードを頭に掛けた。


「そのようなことは起きません、わたしは離れませんから」

「“もし”あくまで、可能性の話だ」

「はっ」 


 そんな調子で“仲良く”話し合いながら扉前に到着。 


 三角形の大きな扉だ。 

 扉の向こうからは魔素は感じない。

 ヴィーネが取手を捻り扉を開けようとするが、ガチャッと堅い音がなり閉まった状態だ。鍵がかかっているらしい。


「少々……お待ちを」

「おう、任せた」


 ヴィーネはこないだ迷宮で宝箱を開けていたように、黒ベルトに付く小さい袋から針金のような金属片を取り出していた。 


 その針金を使い、鍵穴へ差して弄っていく。 

 すぐにカチャッと軽い音がなる。 


 金属製の三角系扉が上下左右に分裂しながらブシュっとした音を立て開いた。 

 湿った空気の風が部屋内に入り込んでくるのが分かる。 

 扉が開かれた先に黒猫ロロが走っていく。

 注意しようと思ったけど黒猫ロロはすぐに動きを止めていた。 

 先は短い通路、廊下的な小さい玄関口。


「あそこを出たら外のようです」 


 ヴィーネが左右を確認しながらそう述べる。


「進もう」

「はい」


 玄関の扉に手を当て押すと、あっさりと扉は開いた。 

 鍵が無いのかよ。あっさりだなぁ……。

 まぁ、奥の扉は頑丈な特殊扉だったから必要はないと判断したのだろう。


 外を確認していく。当然に部屋より明るい。

 だが、湿った空気が強かった。 

 目の前には違う倉庫の扉がある。左右には土の道が続く。 


 ――天井、蓋上を見るが、暗くて分からない。


 星なんてもんは当然に見えないのでやはり地下世界だと分かる。 


 右目の視界でも天井のフレーム表示は確認できなかった。 

 相当に奥行きがある空洞なのだろう。 

 そこで、目の前にある倉庫の扉を見た。


 表面にはエンブレムがあり緑の薔薇と蛇頭の女性がセットで刻まれてある。 


 その扉から少し右に歩き、倉庫群を眺めていく。 

 何か隠し通路的なもんはないかと、フレーム表示されている倉庫を見ていった。 


 フレーム表示と重なり、碁盤の目のように規則正しく倉庫小屋が並んでいるように思えた。 

 だが、何にも無し。 


 倉庫扉の表面に必ず魔導貴族の証拠である家印マークが付いているだけ。 


 そろそろ普通の視界に戻すかな。 

 右目横に付いている卍字型のアタッチメントをタッチ。 


 視界を元に戻す。

 周囲の観察を続けていると、


「……ここは【地下都市ダウメザラン】の西部にあった倉庫群と思われます。当時は【第八位魔導貴族サーメイヤー】が所有していたはず」 


 俺には薄暗い倉庫群としか判別がつかないが、彼女はこの倉庫群の一角を覚えていたようだ。


「よく覚えているね」

「はい。わたしは幼き頃から密偵の訓練を行い、あちこちと歩き回っていましたから【第八位魔導貴族サーメイヤー】は優秀な女司祭と魔術師軍団を有し、大富豪で、中々の勢力を誇る一族として有名でした」


 褒めると、彼女は嬉しそうに純粋な笑顔を浮かべる。


「中々の勢力か」

「はい。他の地下都市との密貿易で得た資金を使い豊富な財産を築いていました。本家の地下には魔導貴族の上位を狙える特殊な“小さく大きい木”“生きて喋る植物”を持っているとか……西部地域にはそれら財産の一部を退蔵する為と思われる多くの土地を所有しています」


 財産が豊富。だから、パレデスの鏡を持っていたのか。


「なるほど。それほどの規模なら、ここに番人とか居そうだな?」

「はい。ここは下民たちが住む地域に近いので手練れの門番が必ず居るかと。それと、四方の壁には見張り小屋付きの出入り口があるはずです」

「分かった。少し見てみよう」

「はっ」


 そんな会話後……建物の脇を通り、角から先を覗く。


 角先から見えた壁の先には見張り小屋と隣接している出入口があった。

 ……確かにヴィーネが言っていた通りだ。 


 門番が二人立っている。

 見張り小屋にも複数のダークエルフたちが屯していた。


 あれが、ダークエルフたち。 

 ヴィーネ以外では初めて見るダークエルフの姿。

 門番は黒と灰色鎧に身を包む戦士風の格好だ。 

 銀髪の長髪に細面。青白い肌に胸が膨らんでいる。

 門番は二人とも女性か。 


 やはり女性上位の社会なのだろう。


 あそこを突破するのは止めとこ。 

 標的じゃないし、無理はしない。


「……ここからあの門番に近付けば、確実に怪しまれる。だからそこにある壁を越えた方が、外へ出るには確実だ」

「はい」


 この倉庫群を囲う壁の高さは目測だが、五メートルも無い。

 コンクリのようなブロック壁だ。 

 この高さなら鎖と<導想魔手>で一発越えだ。

 彼女の脇を抱えて飛ぶのもあれなので、黒猫ロロに乗せて越える。


「ロロ」


 足元にいた黒猫ロロは壁を見ていたが、俺の考えを読んだようだ。


「ンン、にゃおんにゃ」


 “まかせろニャっ”とでも言うかのように軽く返事をすると、すぐに馬獅子型クラスへ巨大化。

 太い触手を俺とヴィーネの腰に絡ませて背中の上に乗せてくれた。


「ロロ、壁を越えるだけでいいからな。すぐに止まるんだぞ。高さはあると思うが、ここは地下世界だということを忘れるな」

「にゃお」


 黒猫ロロは一声鳴くと、触手を使わずに四肢のグンッとした脚力のみで一気に壁を越えて路地の一角に着地した。


 道幅が狭いが小さい家々が並ぶ通り。

 淡緑の光を放っている変な形の電灯のようなものが、各家の前に設置されていた。


 歩いているダークエルフは見かけない。


「ヴィーネ、降りるぞ」

「はっ」


 俺たちが降りるとロロはいつもの黒猫サイズに戻る。

 視線は感じないが、路地の隅に移動。

 そこで上下左右へ視線を巡らさせた。

 改めて、誰もいないことを確認。


「ヴィーネ、ここからどうするんだ?」

「はい。ここが西部だとすると、下民たちが住む地域が近くにあると思われます。そこには当時から有名な【泥沼蛇の花亭】という酒場があるはずですので、まずはそこで情報を得ましょう」


 名前的にゴロツキ宿なイメージ。


「泥沼蛇の花亭? どんなところなんだ?」

「雰囲気は良く言えばマグルたちでいう酒場です。しかし、悪く言えば、地下世界の【闇ギルド】と言えば良いでしょうか」


 予想が的中。まさに、凹いところに水溜まる。 

 闇ギルド的なとこで情報収集か。

 詳しく聞いてみよ。


「その闇ギルド的な物について詳しく」

「はい。目的の場所には【毒蛇の負】という隠れた組織があり、主に魔導貴族の戦争に雇われ派兵をしたり、密偵、護衛、暗殺、強盗、墓荒し屋、等、この近辺で汚れ仕事を引き受けている集団の一つです。わたしが知る当時ですと、人員にはダークエルフ以外にも、はぐれドワーフ、はぐれノームなどの荒くれ者が多数所属していました」


 まさに闇ギルドの内容だ。


「そこの場所は近いの?」

「少し距離があります」


 少し歩くのか。


「了解、そこに行こうか」

「はい」

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