百二十一話 捕まったロロ星人

 さて【梟の牙】を潰す前に、まずは宿屋に戻りますか。


 あ、食事効果について聞くの忘れていた。

 まぁいいか。忘れてなきゃ、明日にでも聞こう。

 板張りの地面を踏みしめながら、見上げた。

 風が体を抜けていく、時間はまだ昼前ぐらいか?

 曇り出してきた。雨でも降りそうな感じだ。

 ここはハイム川に近い。港のある商店街。

 海辺で漂うような香りが懐かしさを感じさせる。


 すると、本当に雨がぽつりぽつりと降り出した、瞬間――。

 ヘルメが視界に登場。


 雨を喜ぶように踊る小さい姿のヘルメちゃんだ。


『――閣下、エヴァが部下になるのですね』

『部下ではない。が、いずれは、俺の血を受け継ぐかもしれない』

『本当ですかっ、嬉しいです。ついに眷属をお増やしに……』


 ヘルメは本当に嬉しそうだ。

 全身の微かな皮膚の表面が上向く、その上向いた皮膚は煌びやかな蒼色の葉のようなモノだ。

 風を感じたように靡くと一気にウェーブしていく。


『ヘルメは眷属が増えると嬉しいのか?』

『はいっ、わたしにとって親戚が増えるのと同じ、わたしは閣下の血を受け継ぐことはできませんが、閣下の魔素と融合本契約を果たし、水と闇を分け合った眷属精霊。血と水の違いではありますが〝わたしにとって〟は親戚と同じことなのです』


 なるほど。


 その時、背後から俺に近付いてくる魔素があった。


 振り返り確認。

 腕を振って可愛らしく走ってくる……。

 え? リリィさんか?

 その両足には魔力が備わっている。力強く地面を蹴っていた。

 走るポーズもさまになる。素早い。脚力がある。

 元は男爵家に仕えていただけはあるようだ。


 そのリリィさんは、目の前で両足をストッパーのように扱い急停止。


「――シュウヤ様っ! お話があります」


 息も乱してない。


「やぁ、さっきぶり。それで、何の話?」

「はい。お嬢様についてです」

「エヴァについてね……」


 俺の言葉のあと、リリィさんは雰囲気が一転。

 目付きが鋭くなった。


「はい。お嬢様を助けて頂きありがとうございます。ですが、シュウヤ様は敵対している闇ギルドがあると……その話は本当ですか?」

「本当だ」

「そうですか。残念です。このままではお嬢様に危害が及ぶ可能性がありますので、シュウヤ様、お嬢様の前から消えて頂けないでしょうか」


 いきなり消えろか。


『……生意気な口ですね、寛大な閣下に対する不遜なる態度……説教を兼ねて、尻教育を施しますか?』

『尻教育はしないでいい、俺がやるから』

『分かりました』


 これ、エヴァには話さずに来てるな。


「リリィさん。さっき泣いて喜んでたよね?」

「それはそれ、これはこれ、です」


 ジェスチャーが可愛いぞ。

 だけど、なんだかなぁ。


「今、独断専行でしょ?」

「……はい、いけませんか?」

「今の話を聞いていたら、エヴァが怒りそうだけど……」

「構いません。それで手を引いてくださいますか?」


 給仕のリリィは戦う素振りを見せる。


「にゃ?」


 黒猫ロロは戦うのか? というように、肩から地面に降りて黒豹に変身。


「ロロ、待て。後ろに下がってていいぞ」


 さすがに素手の相手に大怪我はさせられない。


「にゃお」


 黒猫ロロは俺に振り向いて『わかったにゃ』的な返事をすると、背後へ走っていった。


「リリィさん。俺はそんな指図は受けんよ」

「……」


 黙ったままのリリィさん。


 だが、突然魔力を伴った足で地面を蹴り、ダッシュしてくる。

 素手で殴りかかってきた。


 魔察眼は使えないようだ。

 彼女には意図があるんだろうけど、このまま素直に殴られるつもりはない。

 俺も武器は使わず、素手で応対。


 右拳をスウェーで躱す。

 左拳を右手で軽く往なした直後――。

 そのパンチを放つリリィさんの左手を掴み、距離を僅かにつめつつ出足払いをするイメージで、リリィさんの足を引っ掻け転倒させた。


「グホッ――」


 リリィさんは受け身が取れず、背中から転倒。


「このことは黙っといてやる。しかし、殴りかかってくるとはな……」


 分かっていないようなので、おしおきだ。

 倒れている彼女の上に、


「こ、このままでは、グヘッ――」


 乗っかりマウントポジションへ移行――。

 腕を押さえてリリィの双眸を凝視。


「あのさ、お嬢様を守りたいのは分かる。けどね、信用してないとはいえ、お嬢様の恩人を攻撃しちゃだめだろう? 後、実力も測れない程度で殴って融通を利かせようとしちゃだめだ」

「ぐぉ、離せっ、説教する気かっ!」


 犬歯をみせて、かわいいけど、強情だな。

 胸の大きさも、まだまだ小さい。

 幼い女の子か?

 だが、少し、凄みを出すか。


「いい加減にしろっ!」


 若干魔力を表に出し、声を荒らげて、睨みつけた。


「……」


 リリィは表情が強張り、犬耳が分かりやすく凹む。


「よし、リリィ。君の望みだが、無理とわかってくれたかな?」

「……わ、わかった」

「よかった、わかってくれたか。もしかしてだけど、君はこうやって、いつも、エヴァの周りを掃除していたのか?」

「……その時々だ」


 他にも殴って制裁していたと……。

 エヴァが余計にパーティを組めなくなるわけだ。


「どうしてそんなことをしているんだ?」

「お嬢様のために決まってるだろうっ」

「おい、独り善がりはよせ。さっき、お前だって、そのお嬢様が涙を流していたのを見ただろう?」

「……はぃ」


 おっ、急にしおらしくなった。

 そろそろ、起こしても大丈夫かな。


 俺は立ち上がり、リリィを起こしてあげた。


「――リリィ、君がそうせざるを得ない理由があったんだな?」

「はい、そうです。昔、お嬢様が冒険者に成り立ての頃、仲間と思ってた冒険者たちに裏切られ殺されかけたのです」


 それでか、だがなぁ……。


「だからといって、殴りかかるのはどうかと思うぞ? 俺はそんな裏切るつもりなんて、さらさらないし」

「はぃ、わたし言葉足らずで、シュウヤ様を試すような真似をして、すみませんでした」


 やはり、彼女は彼女なりに俺を試していたか。


 リリィは深く頭を下げていた。

 本当は闇ギルドのことが心配なんだろうけどね……。

 少し、今後の予定を話しておくか。


「リリィ。君が心配してる闇ギルドは大丈夫だと思う。俺が近いうちに潰す予定だから」

「えっ?」


 リリィは犬耳がピンッと立ち、目を見開き、驚いている。

 念の為、もう一度いうか。


「闇ギルドの本拠地を潰す予定だ」

「シュウヤ様には、それができると?」

「そうなればいいな? ぐらいだよ。だが、少しでも、その片鱗は味わえたはずだ」


 リリィは小さく頷いてる。


「確かに、あんな簡単に地面へ倒されたことは、今まで一度もありませんでした」

「だろ? だけど、闇ギルドを潰したとしても、その余波で被害が広がるかもしれない。だから、あのお店を守り、お嬢様も守ることだな。エヴァは嫌がりそうだけど」

「そうなんです。わたしが一緒に迷宮に行きますといっても、お嬢様は絶対にゆるしてくれません」


 この子、冒険者の資格もあるのか。


「エヴァは強いからな。許さんだろうよ。ま、そんなことはリリィ、君とエヴァの問題だ。俺には関係ない。それじゃ帰る。ロロも暇そうに待っているし」


 黒猫ロロは俺とリリィの周りをうろうろしている。


「あ、はいです。シュウヤ様、本当にすみませんでした」

「……いいって、どうやらリリィも俺のことを信用してくれたようだし? んじゃ、エヴァによろしく」


 笑顔を見せてから、リリィと別れ黒猫ロロのとこへ歩いていく。

 黒猫ロロは俺の側に来ると、馬獅子型へ変化。


 いつもの馬型より、少し大きいタイプだ。

 姿は微妙に変化させることが可能なのか。

 触手を腰に絡ませて来なかったので、“乗るならご自由に”といった感じかな?


 流線形の黒獅子顔はどこか大人びている。

 このサイズだと、鼻筋が少し伸びて見えた。


 可愛らしく言えば、大人びた黒猫という感じだろうか。

 そんな大人びた賢そうな黒猫ロロの上に跨がると、触手を二本、いつものように俺の目の前に用意してくれた。

 その手綱を掴むと速度を出して路地を駆けていく。


 ここはペルネーテの東南エリアだと思うから、西南へ向かって都市の見学をしながら行くか。


 坂を上ったり降りたりしながら進む。

 すると、視界に巨大な闘技場らしき施設が見えてきた。


 まさしく古代ローマを彷彿とさせる素晴らしい建物。

 そのコロッセオのような闘技場に近付くほど、奴隷商人や戦奴隷らしき者が増えてくる。

 周りにある店も奴隷商館が増えた。


 だが、反対側の建物に奴隷商館は少なく、代わりに王槍流、豪槍流、風槍流、飛剣流、絶剣流、王剣流、と書かれたり彫られたりした看板を掲げた門が沢山あった。


 王槍流と王剣流の数が一番多い。

 きっと、あっち側の通りは武術街的なところなんだろう。


 一方、近くの道では、奴隷たちが連れられていく。


 足に鎖が繋がれたゴツイ、デストロイヤーな人族。

 手首を鎖で繋がれた蛇女らしき種族。

 豹顔のタンクトップな筋肉マン。


 確か、セバーカという豹人種族だったはず。


 その奴隷たちの胸の上には共通して黒環の入れ墨みたいなマークがある。

 ひょっとして、あの奴隷たちを闘技場で戦わせるのかな?


 大通りにはそんな奴隷を連れた商人たちより、闘技場へ向かう一般人のほうが数は段違いに多い。

 闘技場の周りが混雑してきた。今も会場からは歓声が上がり、地響きのような声の連鎖が外にまで響いてくる。


 少し興味が湧いてきた。

 スパルタクスとかの剣闘士がいたりするんだろうか。

 古代と同様の反乱が起きたり?


 ま、反乱や下剋上は奴隷のシステムが出来上がってる以上は無理だろうけど。

 興行師的な奴隷商人が所有する剣闘士団があるのだろうか。武術街が近くにあるようだし、剣闘士養成所もあるんだろうな。

 剣闘士同士の命を削る戦いは見てみたい。

 剣術指南役がいたり、ルディアリウス的に認められた剣闘士とか、筆頭剣闘士の位があったり、追撃闘士、グラディエーター独自の剣術、槍術があるかもしれない。そんな戦う姿を想像しながら闘技場の周りをゆっくり進んでいく。


「ロロ、もういいぞ。宿まで直行しよう」

「にゃ」


 一声鳴いた神獣ロロディーヌは速度を上げた。

 混雑してるとこを避けつつ迂回。


 路地や大通りを越えて抜けていく。


 早々と第二円卓通りを越えて、第一の円卓通りに戻ってくることができた。


 歩きで数時間の距離を数十分ぐらいだろうか。


 相変わらず、ギガ速い。

 素早く駆けるのは当たり前だが、家の壁を上ったり跳躍して進むのには驚いた。


 ま、相棒にとって、巨大な姿で空も飛べるのだから簡単なんだと思うが。


 そんな思考をしていると、俺が借りてる宿屋、

 満月の形を思わせる卵型宿に到着。


 宿の入り口扉を開けて、中へ入った。


 食事の匂いと共に客の声が聞こえてくる。

 どうやら、ランチ時らしい。


 ヘカトレイルのランチ時は人は疎らだったが、ここはそれなりに客が多い。

 その食堂を横目に階段を上がり二階の渡り廊下を進み奥にある部屋に向かった。

 

 月の形をしているオブジェの扉を開け部屋に入る。

 さて、風呂に入ってさっぱりするか。


「ロロ、風呂に入るぞ~」

「ンンッ」


 相棒は喉声のみの返事。

 風呂嫌いってわけではない、寝台で跳躍を楽しみたいようだ。

 

 ぽんぽんと跳ねて遊びだしている。


 そんな跳躍して遊ぶ黒猫ロロをよそに胸ベルトを外し寝台横に置いて、外套を脱ぎ、古竜鎧の金具を外し、バルドークの防具を脱いでいく。


 石鹸を持ち、素っ裸で、ベランダ近くにある桶へ移動。

 木製の出窓を開け、屋根と空が見えるようにしてから、生活魔法のお湯を発生させる。


 桶に湯を注いでいった。


 ついでに体も洗っていく。

 俺が体を洗ってると、黒猫ロロが桶の縁に手をかけて揺れているお湯の水面を覗き込みだしていた。


 はは、遊びにきたな。

 丁度いいっ。


「――ロロ、洗うぞ」

「ンンン、にゃっ」


 頭を引っ込め逃げようとするが、俺のほうが速い。

 黒猫ロロの首根っこを捕まえ、猫らしく四肢がぶら下がった。


 はは、でれーんっとしちゃって、可愛い。

 捕まった宇宙人でちゅか~っと、小さい後頭部にキスしながら両前足の裏、ピンクと黒が混ざった柔らかい肉球の爪の間を親指で穿るように、もみもみ、を楽しむ。


 更には、一緒に下半身を左右へぶらぶらさせて遊んだ。


 その可愛い黒猫ロロの腹から背中にかけて石鹸水をつけてやり、丁寧に洗ってやった。

 互いにキレイキレイになり、たっぷりと入ったお湯に浸かっていく。


「ふぃ~、いいお湯」


 ふんふんふんーんっと鼻息と共に変な音を出した。


「ンン、にゃ、にゃ、にゃお」


 黒猫ロロも俺の変な鼻音に合わせて鳴いてる。


 俺が鼻唄を止めると、相棒は鳴き疲れたのか桶の縁に顎を乗せて首を伸ばす。

 ゆったりと気持ち良さそうに、ゆっくり瞼を閉じたり開いたりしている。


 横顔だが、リラックスメッセージのアイコンタクトだと分かる。

 俺もお返しに、瞼を閉じたり開いたりしてあげた。


「ンン」


 俺のメッセージが通じたのか、微かな喉声を発した。

 相棒は横目のまま、濡れている耳をパタパタと揺らす。

 

 俺と黒猫ロロは暫し……。

 風呂で何とも言えない空気感でまったりと過ごした。

 んだが、魔素の反応だ。


 ――外からか?

 え? 開いた窓から、エルフの逆さ顔が……。


 怪奇現象か!? 

 あ、よく見たら、その顔は特徴的な顎を持つべネットだった。


「よっ、風呂に入ってたのか」


 べネットが俺の裸を見ながらそんなことを言ってくる。


「あぁ、見ての通りだ」


 俺は桶の縁に背中を預けたまま、応対した。


「部屋に入っていい?」


 彼女は出窓の上からぶらさがっているので、逆さま視点のはず。


 そのまま俺の部屋の中を見渡すように視線をきょろきょろ動かしていた。

 細長い首下からネックレスのチェーンが垂れた状態だ。そして、適度な大きさの柔らかそうな胸元を覗かせている。


「……いいよ」

「了解――」


 べネットは出窓の上から華麗にくるっと一回転しながら部屋に着地。

 そのまま、すたすたと部屋の中を歩いていく。


「身軽だな」

「まぁね。それで、今回、あたいがここに来た理由なんだけど……」


 べネットは俺の方に振り向く。


「何だ?」

「シュウヤ、アンタは敵を作り過ぎ。この間、ここの地下で皆を紹介した時、アンタを追いかけてる複数の追跡者が外周りにいたのは知っていたの?」


 あの時か。確かに感じていたが無視して宿に入っていた。ここは嘘をついても仕方ない。


「知っていたよ」

「そう。知っていたんだ。それなら早い。シュウヤは、あたいたちと協力関係を結ぶと、信用していいのね?」

「協力か。俺のスタンスはこの前説明した通りと思ってくれていい。だが、刃物を向けられたらやり返すよ?」

「わかったわ。それを踏まえての話なんだけど、情報交換しない?」


 情報交換をしようか。


 よーするに俺の知っている情報をよこせということかな。

 べネットは俺のことをあまり信じてないようだ。

 ま、それも当然といえる、そして、ベネットの希望通り、情報を出すとしよう。


 変わりにこの都市の情報を得る。


 この都市の盗賊ギルドとはまだ知り合えてない。

 協力しようと言っている側のべネットなら嘘はないだろうし、今目の前の彼女に話を聞くほうが手っ取り早い。ということで、色々と聞いてみようか。


「……いいよ。それで何の情報を交換するんだ?」

「あんたを追っていた連中」


 ほぅ、【梟の牙】以外にも尾行はいたのか?


「俺は何を提供したらいい?」

「信用。――ううん、これは冗談。まずはホルカーバムの一件は全部本当のことかどうかと、シュウヤが知っている【梟の牙】についての情報なら何でも」


 ホルカーバムの件か。ある程度は聞いているはず。

 まぁ、直接本人に聞くことを筋としているんだろう。


 本当のことを告げるか。

 だが【梟の牙】の合言葉や本拠地が貴族街のどこかにあるとかは言わない。

 知っているかもしれないが、黙っとこう。


 【梟の牙】を潰すのは俺だからな。

 余計な邪魔はいらない。


 となると……仇を討ちたいだろうミアにも連絡は取っておきたいが、これは無理か。

 あ、べネットにその件を聞いてみるのも手か。


 まずは、


「……俺について、どの程度の情報が出回っているかは知らないが、【ホルカーバム】の一件は本当だ。俺が【梟の牙】の幹部と兵士たちと戦いすべてを潰した。で、【梟の牙】の情報は、会長や幹部の名。この都市を本拠地にしている、ぐらいか」

「……ふーん。本当だったのね」


 訝しむベネット。

 なぜか、俺の股間を見てくる。

 棹が好みか? 微妙に恥ずかしい。

 

 そんなフザケタ調子で、ベネットを睨みつけつつ、


「何なら、一発、試すか?」


 と腰を動かしながら、分かりやすく、素の魔力を放出。


「――ひっ、なによ! あ、あたいは美味しくはないぞっ」


 べネットは素早く後退。

 部屋の出口、扉付近に移動していた。

 美味しくないぞ、か。血でも吸われると思われたのだろうか。


「はは、冗談だ」


 そこで、笑いながら魔力の放出を止める。


「なっ、ふんっ。【梟の牙】についての情報は本当にそれだけなのか?」

「そうだ」

「そう、なのね」


 べネットは頷き、納得したような顔を浮かべていた。


「にゃお」


 その時、黒猫ロロが窓に向かって声を出す。


「にゃあ」


 ん、窓際から違う猫の声だ。

 そこには白猫がいた。屋根上から覗きに来たらしい。


 確かあの猫、名前はマギットだっけ。


 そこで、黒猫ロロは風呂から飛び出し、白猫がいる出窓の縁へジャンプ。

 屋根上に渡り、挨拶のつもりなのか犬のように濡れた全身を震わせては、水分を周りに飛ばしていた。


 水が掛かった白猫マギットは、怒ったのか前足で黒猫ロロを叩いている。

 お返しに黒猫ロロは同様の猫パンチを返していた。


 白猫マギットも右ストレート。

 黒猫ロロはパンチを頬にもろに喰らうが、お返しに左フックを白猫マギットの頬に当てている。

 互いに後ろ脚を生かしたフットワークを見せてのじゃれ合う姿に、グローブをつけたボクサー、もとい、カンガルーボクサーにも見えてきた。


 ロッ○ーの試合、あのテーマソングが脳裏に流れてくる。


 そんな戯れる猫たちから視線を外し、べネットに戻す。


 ……さて、【梟の牙】は潰すとして、ミアの情報を少し探るか。

 名前を変えているだろうけど、念のため。


「――べネット。俺を追いかけてきた連中の情報より、人探しをして欲しいんだが、出来るか?」

「人探し?」

「名前はミアか、それっぽい名前で黒髪ロング。魔法使い系、冒険者に成り立てのはず」

「冒険者だったら、あたいより冒険者ギルドへ行きなさいよ。受付で対応してくれる」


 あ、なるほど。それはそうだな。

 ミアだけじゃなく、ルビアも冒険者になってるだろうし、となると、冒険者ギルドで聞けばルビアを世話してるドワーフ兄弟も芋づる式に情報が分かるか。


「……ギルドか。受付に聞けば冒険者の所在情報を教えてくれると?」


 随分と簡単だな?


「そうよ」

「簡単に情報が渡るのか、盗賊ギルドの仕事は楽そうだな」

「そりゃ冒険者のクランやパーティ情報を大雑把に得るには楽でしょ。でも、盗賊ギルドじゃないと手に入れられない情報があるのは事実。個人の詳しい容姿やら、趣味嗜好、得意武器、何属性持ちか、背景の力関係、等々、たくさん探るべき情報はあるからねぇ」


 確かに、情報を得るためにメリッサは大変そうだった。


「それはそうだな。んじゃもういいや」

「ちょ、ちょっと、追跡者の情報は要らないの?」


 べネットは慌てて質問してきた。

 確かにべネットが相対して接触してるなら、聞いておくか。


「ん、あぁ、どんな奴等だった?」

「狐仮面を被った連中と【梟の牙】に盗賊ギルドの偵察員」


 狐仮面? そんな奴等知り合いにいないぞ。


「仮面だと? 知らない連中だ。【梟の牙】や盗賊ギルドは想像がつくが」


 俺はハッキリと知らないと言い切った。


「連中を知らないのね。どうして、あんたを追跡していたんだろ?」


 仮面といえば、ユイのいた連中も白仮面を被っていた。

 だが、さすがに違う連中だろう。


「さあな。【梟の牙】以外で闇ギルドとの接点といえば……あぁ、思い出した。【夕闇の目】の“狂騎士”と、会ったことがあるよ」


 “狂騎士”と毛むくじゃら獣人の戦いを思い出す。


「な、なんですって? あんた【夕闇の目】にも接点があったの? あ、でも、あそこは教会崩れの巣窟……あぁ、なるほど。あんた吸血鬼の場合は【夕闇の目】とも、敵対している訳ね?」


 べネットは一人で納得してから口を尖らせて聞いてきた。


 狂騎士の言動や態度からして、もし生きてたら、俺に絡んできそうだ。

 あの魔族探知機みたいな魔道具で俺を探してくる可能性が大か。


「……ま、そうなるかな。追跡者はそいつらかもしれない」


 他には……あの占い師カザネのとこか。

 あの不思議な部屋内で、一瞬だが、複数の魔素を検知した。

 それに、占いとか言っていたが、あの魔力を放出していた不思議な魔道具類。


 レジストしたが、精神系の魔法だった。


 帰り際も態度が怪しかったし、カザネ婆が言っていた【アシュラー教団】がちょっかいをだしてきたのかもしれない。


「……はぁ。仕事が増える……まぁ、あたいらも【夕闇の目】とは争っている仲だけどね。ただ、ヴェロっ子の天敵だ。あの子が唯一、傷をつけられた相手。その“狂騎士”の名を聞いたら嫌がるだろうね」


 ヴェロニカは狂騎士と戦ったことがあると。

 ヴァンパイアVS元教会騎士か?

 相性最悪だろうに、よく生きていたなヴェロニカは……。


「……そりゃそうだろうよ」

「シュウヤ、あんたも苦手じゃないのかい? ヴァンパイアだろう? 違うのかい?」

「似たようなもんだ。それじゃ、そろそろ風呂から上がるから出ていってくれるか?」

「……はいはい。わかったよ。じゃあね」


 べネットはニヤッと口の端を上げて喜ぶ。

 色々情報を聞けたからか機嫌よく扉を開けて出ていった。


 それにしても【梟の牙】か。


 この都市に来た当初、レベッカとパーティを組んで店とか案内してもらったけど、レベッカの存在を【梟の牙】に知られている可能性はありか?


 だが、あの時は背後に尾行の気配は感じなかった。


 やはり、迷惑が掛かる可能性がある以上、早々に潰さないと駄目だな。

 冒険者ギルドでルビアとミアの情報を少し探ってから【梟の牙】の本拠地に乗り込み、頭を潰すか。


 今は装備を調え冒険者ギルドに向かうことにする。

 桶から出よっと。


 屋根上では、まだ、マギットとロロがじゃれて遊んでいた。

 

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