百二十話 仲間

 魔石は金にするか。

 また潜ればすぐ集まりそうだし。


 第二層の水晶体に触れ「帰還」と言葉を発して、地上の水晶体へワープ。


 俺たちは無事に地上へ戻ってきた。


 ……戻ってきた途端に迷宮へ向かう冒険者たちから視線が集まってくる。

 俺や肩に休んでいる黒猫ロロへ視線を向けてきた。

 その視線は、好意、好奇心、不審、と様々。


 まぁ、肩に動物を乗せている冒険者はあんまり見かけないからな……。

 けど……傍にいる車椅子に乗るエヴァを見た途端、冒険者たちは眉間に皺を寄せては、嫌悪、蔑み、胡乱のような顔色に変わっていた。

 そんな視線を向けられているエヴァは無表情。

 車椅子を動かし衛兵が立つ迷宮出入り口から外へ出ていた。


 俺も遅れて外へ出る。

 太陽の光が眩しい時間は朝、露店の数は少ないが、パーティー募集や地図売りますと言った冒険者たちの掛け声は変わらず行われている。


 太陽の陽射しを掌に感じていると、エヴァはさっさと先に行ってしまう。

 車椅子は人混みに紛れて見えなくなった。


 ありゃ、もうここから別行動でいいのかな。


 まぁいいや、俺もギルドに行こう。


 ギルド内部は相変わらずの混雑具合。

 朝の通勤ラッシュではないが、やはり朝一番に迷宮に入って依頼をこなす冒険者は多いらしい。


 込み合うボード前を抜けて、受付前へ進む。

 受付前にも列ができていた。


 まぁ、ここも混むよな。

 空いてるとこはないので並ぶか。

 並んだ先の方にはエヴァの車椅子が見えた。


 順番を終えたエヴァは精算を終えたのか、車椅子で素早く回転し振り向くと、並んでる俺の方を一瞥してからギルドの外へ車椅子を進めていく。


 もう帰るのかな?

 なんの挨拶もなしに、お別れか。

 ……なんか寂しいような気もする。


 少し空虚な気持ちになりながら順番を待っていた。


 俺の番になり、冒険者カード、依頼素材のモンスターと、魔石依頼に依頼超過分の魔石、依頼外だが回収しておいた恐竜型モンスターの頭を提出。


「これは銀ヴォルクっ!」


 受付嬢は驚いた反応を示す。


「はい」

「まさか、銀ヴォルクをお一人で倒されたのですか?」

「厳密に言えば、二人ですが、俺が一人で倒したような感じですかね」


 その言葉に、彼女は手に持っていた羽根ペンを落とす。


「そ、そうですか、凄い冒険者です。浅い階に出現した銀ヴォルクは討伐依頼が出されていて、長らく放置されていたのですが、一人で、倒された……と。……銀ヴォルクの討伐依頼は受けていないのですよね?」


 受付嬢の碧眼が、チラチラと下へ行く。

 提出してある俺のカードの情報を流し読みしていた。

 限定された依頼があったのか。


「受けてないです」

「そうですか……ですと、報酬は無しですね」

「分かりました。倒した素材としての金を貰えれば十分です」

「はい。それと、銀ヴォルクの粘液は回収されましたか?」


 粘液? あぁ、あの口から吐いてた物か。


「いや、していません」

「そうでしたか、あれは特殊銀糸になるので高価買い取りなんですが、残念です。ですが、その他の依頼素材は全て揃っていますね。……凄いです」


 受付嬢は素材の確認を行いながら、熱が籠った視線で俺を見つめてきた。

 おっ? この子、俺に好意をもったのかな?

 と、自意識過剰な考え、“君の碧眼、綺麗だねっ”とか、歯が浮きそうなナンパ台詞を考えていく。


「――それでは魔石も確認次第、報酬を用意いたします」


 ありゃ。受付嬢は冷静な口調で話す。

 視線を俺から逸らし、仕事モードに戻っていた。

 ……ナンパ言葉は脳内だけに留めておいて正解だった。


「……よろしく」


 魔石と依頼の精算を終わらせた受付嬢から報酬を貰う。


 金貨と銀貨が入った袋を持ち上げた。

 この、報酬という感じの良い重さ。

 ザックザクと金貨が擦れる音。

 依頼分と魔石超過分を合わせて、金貨四十五枚、銀貨百十枚か。


 気持ちが良いもんだなぁ、と、満足。

 戦国武将の岡左内じゃないけど、金貨の上で寝たいのは、分かる気がする。

 だが、敷き詰めるまで金貨を貯めるのも大変そうだ。

 にんまりと笑顔を浮かべながら、アイテムボックスに金貨袋を入れていく。


 そして、冒険者カードを確認。


 名前:シュウヤ・カガリ

 年齢:22

 称号:竜の殲滅者たち

 種族:人族

 職業:冒険者Cランク

 所属:なし

 戦闘職業:槍武奏:鎖使い

 達成依頼:25


 ……カードを胸ベルトに仕舞う。

 俺は受付から離れて冒険者で混雑するボード前を進む。


 とりあえず、宿に戻るか。

 と、ギルドを出た直後。


 お? エヴァだ。

 待っていてくれたらしい。

 入り口の端でちょこんと待機していてくれた。


「よっ、待っていたのか?」

「ん、そう……来て」


 エヴァは頬を赤く染めていた。

 来て。と小さく呟くと、車椅子を走らせ先を行くエヴァ。

 俺は少し遅れて、小走り状態でエヴァを追った。

 車椅子の背後にある手押しハンドルを押して、一緒に歩いていく。


 そのまま、数十分後。


「エヴァ、どこに連れてく気だ?」

「ん、あっちよ」


 エヴァは指を通りの先に向けるが、その先には商店が建ち並んでいる。

 言葉も少ないので、よく分からない。

 エヴァは指を向けた直後、手押しハンドルから離れて先に進み出していた。


「にゃあ」


 黒猫ロロもエヴァの車椅子を追い掛けていく。

 いったいどこに連れていくのやら……。

 まぁ、たまにはこういうのも良いか。


 ついていこ。


 数時間は通りや路地を歩いただろうか……。

 車椅子の速度は速いので、若干走るペースだ。


 遠いが、彼女には苦になってないようだ。

 そんな調子で大きな坂下を降りていくと、ハイム川が見えてきた。


 多数の船が停まり、遠くに大きな橋があるのが見える。

 港の近くらしい。

 ハイム川沿いか、ここはペルネーテの東南か?

 黒猫ロロは歩くのに飽きて頭巾の中で寝ている。


 そこで、エヴァは車椅子の歩みを止めた。


「ここ、来て」


 港近くにある商店街の通り。

 エヴァが指を差す店は、二階建ての木造作りの家屋。

 古びた印象だが、軒下には綺麗な花壇があり、撫子のような紫花が可憐に咲いている。


 エヴァの瞳は紫だし、髪も黒いから、大和撫子だな。


 屋根の近くには“迷宮名物料理屋リグナ・ディ”と書かれた看板があった。

 エヴァはその店の木製扉を横に開けて入っていく。


「いらっしゃ――ああ、お嬢様っ! 迷宮からお帰りになられたのですね! お食事にしますか? お風呂にしますか?」


 店員、給仕姿の犬耳獣人女が車椅子のエヴァに駆け寄ってきた。


 エヴァをお嬢様? とか言っているが……。


「食事。リリィ、お嬢様は止めて」

「は、はいですぅ。こちらの方は?」


 リリィと呼ばれた獣人ちゃん。

 茶色の頭髪に頭からは犬耳が生えていた。

 口からは犬歯らしき牙が二本。


「命の恩人、だから、料理は特別」

「ひっ、ひぁ、そうでありますかっ、急いで料理をお持ちします」


 リリィは犬耳を揺らしながら、厨房に駆けていく。

 店内は広くもなく狭くもない。


 手前の右には二階に上がる階段がある。

 中央には奥行きのある長方形の空間があり、床は板の間、そこには無垢な四角い机と椅子が並ぶ。

 左奥には受付を兼ねた長細いカウンター席もあった。


「……席、座って」


 エヴァは車椅子を机の側に移動させ、俺を向かいの席に座るように促していた。


「これは奢ってくれると思っていいのかな?」


 そう言って、席に座る。


「ん」


 エヴァは当然っといった感じに首を縦に頷く。


「そっか。ありがと。なら、一応、ロロの分もお願いね。まだ背中で寝てるけど」

「ん――リリィ、料理もう一人分」

「は、はいですぅ」


 リリィは可愛らしく慌てた様子で、また、厨房へ走っていく。

 しかし、魔力を足に溜めているので戦闘力もあるようだ。


「……ここの店は、エヴァの店?」

「……違う。居候」


 彼女はかぶりを振ってから答えていた。

 居候ね。なにやら理由がありそうだ。

 少し、突っついてみるか。


「さっき、お嬢様と呼ばれてたような」

「ん……今は違う」


 紫色の瞳が泳いでる。

 あまり話したくないようだ。

 この話は後に回すか……。


「そか……」

「……ん」


 頬を赤くして小さく俯いてしまった。

 そこからは、無言の間が続く。

 えーと、エヴァはお礼のつもりなんだろうけど。


 微妙な空気だなぁ、うずうずしてくる。

 パァンッとクラッカーを弾けさせたい。


 そこで、変な緊張を誤魔化すように回りを見渡す。

 他の客は少なく一人だけだ。酒と魚料理を食べている老人。

 朝っぱらから、酒とはな……。


「――シュウヤ。来てくれてありがと。助けてくれたお礼をしたかった」


 そんな酔っぱらいの客を見ていると、エヴァが礼を述べていた。


「おう、俺も食事は嬉しいよ。ありがとな」


 そこに料理が運ばれてくる。


「お待たせしましたぁ~“リグナのほっこり煮”と“ジグアのブルーソース和え”に“リグナの焼き魚”と“特製プッコ”です」


 給仕の女獣人リリィは持っていた料理の名前を元気よくいうと、机に並べていく。

 その料理に注目していった。


 最初は“リグナのほっこり煮”


 これは四角形な陶器製の深い器に入ったグラタンのような料理だ。


 次は“ジグアのブルーソース和え”


 ジグア? 今まで見たことがない食材だ。

 薄茶色で牛蒡のように細長い。長細い器に乗せられている。

 細長い枝周りには、最初から皮を剥いてある葡萄のような大きな白身玉が、沢山ついていた。

 透明感のある白身玉には青いタレが和えてある。


 味は想像できない。


 次は“リグナの焼き魚”


 これは、鯛のような焼き魚かな?

 ロロの分だ。


 後は“特製プッコ”


 小さい四角い器に黒っぽいモノが入ってる食品。

 最後に黒パンと蜂蜜酒が置かれた。

 エヴァの方も同じ料理が並べられていく。


「ンン、にゃあ」


 食事の匂いに釣られたのか、黒猫ロロが起きてきた。


「起きたか、ロロの分もあるからな。食っていいよ。あ、行儀よく食うんだぞ」

「にゃぁ~ん」


 嬉しそうに甘い声を伸ばす。

 肩から机に降りて、マナー違反かもしれないが、机の上で魚料理を食べはじめていた。


「……ロロちゃん、元気いい、シュウヤも食べて」


 エヴァは笑顔で俺に言ってくる。


「了解――頂きます」


 手を合わせる。


 リグナのほっこり煮、グラタンから食べよ。

 表面からして熱いと分かる。乳白色の膜に茶色に焦げ目がついていた。

 木製のスプーンも備えてあったので、スプーンで焦げ目を裂いて、中身のトロッとした粘り気があるモノをスプーンで掬う。


 あつあつのまま、口へ運ぶ。

 粘り気はチーズの膜か。ほくほくで、熱いけど、うまうま。

 とろりとした感触が口一杯に広がる。

 お、さく、ぱりっとした感触もあった。


 とろりとした中に鱗の焦がしたものが入ってるのか。これ、鱗だけど、ポテトチップスを細かくまぶした感じ。


 パリッとサクッと美味しいグラターン、という感じだ。うめぇ。


 それだけでなく、他にも白身の魚や肉厚なキノコが入ってる。

 キノコが、また旨い。デカイ上に味が濃厚ときたもんだ。

 お、やっこい感触。いいねぇ。

 磨り潰したジャガイモみたいのも入っているようだ。

 隠し味の香辛料も良い。

 これ、マカロニとか入っていたらもっと旨かったろうに。

 そんなことを思いながら、堅いパンにつけても合うので、パンもグラタンと一緒に一気に食べていく。


「エヴァ、ありがとな。これ旨いよ」

「ん」


 エヴァは食べながらも、笑顔を向けてくれた。


 俺は蜂蜜酒をごくっと飲み、笑顔を返す。

 そのまま、また、ごくごくっと喉越し音が響くように飲んでいく。


 結局、パンとグラタンを先に全部食ってしまった。


 次は……。

 この不思議なジグアとやらのを食ってみよう。

 見た目は牛蒡であり葡萄の不思議食材。


「これ、全部食える?」

「ん」


 エヴァは満面の笑みで頷く。


 茶色の牛蒡部分も食えるようだ。

 だが、まずは、この透明感のある白玉からだろう。

 甘いのかなぁっと、白玉へナイフの先っぽを突き刺して、身を口へ運んだ。


 え!? 肉? だと!?

 しかも――旨い。

 な、なんだこれ、フルーツじゃない?

 最初は肉の感触。レバーのような肉感触といえばいいか。

 だからといって臭みなんて無いんだ。噛めば噛むほど、ほどよい塩加減が口の中で広がり温かさを感じさせ、仄かに甘辛さが口の中を漂流する。


 最後は溶けるようになくなってしまった……。


 これ、完全たる未知なる食材じゃんか。

 ぱくぱくと、口へ運ぶ。うめぇぇぇ。


 くちゃくちゃと白身玉を咀嚼しながら、牛蒡部分も試そうとナイフで切って、口へ運ぶ。

 おぅふっ、これまた、す、すげぇ。

 しゃきっとする野菜を食べる感触に、白玉の肉感触が合わさりコーン汁のような甘さへと変化していく。


 あっという間に半分が無くなった。


 あれ、なんか、魔力が身体の内側から溢れてくる……。

 もしかして、この食材の効果?

 凄いね、胃の中に入れた途端これかよ。速効性ありか。

 ま、食事効果は置いておく。

 まだ、謎なブルーソースを食べてないからな。


 その謎なブルーソースへ、ナイフの先っちょでツンツクツンっとアラレちゃんをやってみる。


 表面はプリっとしてるが、中身はとろりとしてる。

 ゼラチン、ゼリー状に近いのか?

 ええい、ままよ。食ってみよう。

 ソースが掛かった白玉を口へ運ぶ。


「うひょぉっ」


 甘味が増しただと? うめぇし、驚いた。

 これ、ソースの中に粒が入っている?

 しかも、白身玉とブルーの粒が混ざり噛むと舌の上で白身玉が弾けて消えていくよ? 何処に行くんだよぉ、あ、炭酸っぽい味に変化したぁ。


 白玉肉がまた違う味わいになる。

 不思議。甘いトロピカル系な味?

 一気に口の中が爽やかになり、最後はまろやかになった。


「ん」


 エヴァが俺の奇天烈な顔を見て、何か言いたそうだ。


「いやぁ、この料理、凄い旨いなっと」

「良かった」


 微笑んだ。

 エヴァ……言葉は少ないけど、表情は豊かだな。

 そんな美しいエヴァの顔を見ながら、未知の食材ジグアのブルーソース和えを食べ終わる。


 最後は小さい器にある名前は特製プッコとかいう黒い粘っ気がありそうな料理だ。

 鼻を近付け、嗅ぐと……匂いは完全に海苔佃煮。

 所謂、ゴハンです○だ。


 ナイフの先端に黒いにょろっとしたモノを乗せて食べてみた。

 色といい、粘り気といい、完全にそうだろう。

 一口食べてみた、すると、懐かしい海苔の味わいが口の中で広がった。

 海、それは母のように深い愛……海岸線に打ち寄せる波の情景が頭に浮かぶ。


 ご飯があったらな……。


 なんで、これで米がないんだっ! と、声を大にして言いたくなる。


「……嫌いだった?」


 様子を見ていたエヴァは、急に不安そうな顔を浮かべていた。


「い、いや、凄く美味しいから」


 そう言って、故郷を思い出す。

 俺は目元を潤ませながら、少ない特製プッコをたいらげた。

 エヴァは俺の食べる姿を見ると、笑顔を浮かべ満足気。


「ん、……良かった」


 エヴァは一言、小さく俯いて呟く。

 こうして、全部の料理を食い終わった。

 黒猫ロロも特製プッコ以外は全部食べ終わり、顔を足で洗ってペロペロしている。


 意外だ。好き嫌いがあるのか。

 あの海苔の佃煮っぽい料理は旨いのにな。

 さて、話をしてから帰るか。


「……エヴァごちそうさま。ここの料理、正直驚いたよ。高級料理に負けてないし、美味しかった。そして、未知なる体験だった」

「ん、コックが優秀。それに素材」


 コックが優秀なのは分かるが、やはり素材か。


「素材というと?」

「迷宮で育っている食品や、モンスター。……キノコ、スライム、プッコ、ジグア、全部、迷宮産」


 うへ、まじか。


「食べても大丈夫だよね?」


 あ、失礼なこといっちまった。


「ん、勿論」


 迷宮産か。

 どうりで摩訶不思議な味わいがあったわけだ。


「素材提供はエヴァが?」

「ん、そう」

「迷宮で育つ食品もあれば、モンスターも食い物に変わるのか」

「貴重な物もある」


 へぇ、迷宮は色々な副産物があるんだな。

 すると、俺が食べさせてもらったのは……。


「今の食材は貴重な品だったり?」

「ん、全部じゃないけど、正解」


 エヴァはその通り。というように頷き答えていた。


「そ、そうだったか」


 やはり、貴重な素材の料理を食べさせてくれたのか。

 あちゃぁ、参ったな。

 いくら助けた礼の返しと言っても気軽に食べていた……。

 すると、エヴァが車椅子を移動させ近寄ってくる。

 隣に寄り、俺の手の上にエヴァ自身の手を乗せてきた。


 エヴァの掌、温かい。

 けど、少し硬い。


「気にしない。素材まだ残っている」


 おぉ、凄い。

 俺の心を読んだように、気にしてることを当ててきた。

 その勘の良さに感心しながら、


「そう?」


 と、無難に言葉を返す。


「ん」


 エヴァはなんとも言えない優しい笑顔を浮かべてくれた。


 俺は恥ずかしくなったので、手を引っ込め離す。

 誤魔化して、取って付けたかのように、言葉を出す。


「……エヴァが冒険者をしている理由は、この店があるからなのかな?」

「んっ、でも、わたしが強くなるため、生きるためでもある」


 彼女は長い黒髪を揺らしながら、首を縦に振る。

 店も守るためでもあり、自分も強くなり、生きるためか。

 その時、エヴァの後ろで待機していた給仕のリリィが嬉しそうな表情を浮かべて俺とエヴァの様子を窺うのが見てとれた。


 あのリリィという女子はエヴァのことを凄く慕っているようだ。

 ま、お嬢様と言っていたしな。


「エヴァ、後ろにいる可愛い給仕の女性、リリィは、元部下とか?」

「ん、……そう。昔、男爵家で、雇っていた」


 昔は男爵家だったのか。

 ナイトレイ男爵家か。


「だから、お嬢様と呼んでいたのか」

「ん」


 エヴァは笑顔は見せずに、無表情で頷く。


「ま、嫌なら深くは聞かないよ」

「済まない……」


 エヴァは紫の瞳を下げて、顔を沈める。

 ありゃ、この話題はやはりNGだったようだ。

 フォローしとくか。


「……いや、構わんさ。そんなことより俺たちの出会いに感謝だな?」

「感謝?」

「そうさ。俺たちは、あの迷宮でたまたま出会った。だが、今はこうして食事を奢ってもらう関係だ」


 しかも、すげぇ旨かったし。


「ん」


 小さく頷く、エヴァ。


「同じ冒険者であり、一時的とはいえ一緒に戦った仲間」

「な、なかま……」


 エヴァは小さく呟きながら、双眸の瞼をぱちぱちと閉じたり開いたりして、瞬きしながら、仲間の言葉を繰り返していた。


「駄目か?」

「――んっ」


 エヴァは頭を強く左右に振って否定。


「よし。――これからもよろしく頼むよ」


 立ち上がり、車椅子に座るエヴァへ片腕を差し出す。

 君と握手っ。


「? ……ん、よろしく」


 エヴァは頬を赤く染めて話している。

 だが、俺の手を見て、ハテナ顔。


 俺の手は無視された。


 デスヨネー。ここは異世界。

 握手が挨拶の共通理解とは限らないよな。

 しかし、エヴァは何回も首を縦に頷き、小さい声で返事してくれている。

 俺は誤魔化すように、腕を引っ込めて頭をぽりぽりしておいた。


「それじゃ、腹も満たしたし、そろそろ帰るよ」

「ん」


 俺がそう言って帰る素振りを見せると、今までエヴァの背後でにこやかに様子を窺っていた給仕のリリィがささっと素早くエヴァに近寄り、耳元に顔を寄せて何やらコソコソと話している。


 エヴァはうんうんと頷き、リリィはもう一度大きな声で


「ここはチャンスです。お嬢様、パーティ申請を申し込むべきかと」


 エヴァは一瞬、目を見開き驚いていたが、ゆっくりと頷き覚悟を決めた顔付きをみせた。


 彼女の紫な瞳孔と黒みを帯びた光彩が俺を捉える。


 パーティね。一回こっきりなら大丈夫だと思うが……。

 俺の場合少し、厳しい。

 闇ギルドとの因縁があるし、ずっと組むとなると彼女たちに迷惑がかかる。

 エヴァには悪いと思いながら、断ろうと考えた俺は帰ろうと動いた。


「シュウヤ、待って」

「何だ?」


 エヴァは姿勢を正すように、車椅子も変形させる。

 迷宮内で一度見せていたように、背もたれの部分が繰り上がり変形。

 座っていた部分が足を支えるようになった。


 また、セグウェイタイプだ。

 エヴァは立ったように見える体勢で小さい口を開く。


「わたしとずっとパーティを組んで欲しい」

「パーティか……」

「んっ」


 エヴァは必死なのか強く首を縦に振る。


「俺たち、まだ知り合って間もないだろう?」

「構わない」


 紫の双眸は力強い。


「俺は奴隷を買うつもりでいるぞ?」

「ん、当然」


 この世界じゃ当たり前のことか。


「それに、女好きでかなりのスケベな嗜好を持つ」


 スケベなことも告げておく。


「ん、シュウヤは男。えっちぃなの当たり前」


 おぉ、理解ある女だ。

 だけど……。


「……そうか、だが、無理だ。エヴァに迷惑がかかる」


 断った。

 給仕の女獣人はどこか安心したそぶりをみせ、エヴァは肩を落とし、ショックを受けた顔を見せる。

 そのまま、エヴァが乗っている車椅子が萎むように変形。


 いつもの座った体勢に戻っていた。

 エヴァは俺を睨むように、見上げる。


「……なぜ? わたしが奇形の骨足を持つから? それとも、死の車椅子と呼ばれているから?」


 強い口調で問いただしてきた。

 どっかで聞いたような渾名。

 だが、そんな渾名なんてどうでもいい。

 誠意には誠意を。


「そうじゃない。俺に問題がある。俺は闇ギルドと敵対しているんだ。その他にも色々と火種を抱えた身。だから、俺とパーティを組めば、自ずとエヴァにも危険が及ぶ可能性が高い」

「……知らなかった」

「そりゃ当然だ。今話したからな」


 そこのタイミングで、また、リリィ、女獣人がエヴァの耳元で囁く。

 顔を見合わせコソコソと話すが、段々と大きな声になり、次第に喧嘩じみた声色へ変わり始めていた。


「……危険です」

「わたしは組みたい」

「彼の話が本当なら、ここの店も狙われる危険性があるということですよ?」

「ん、……シュウヤしかいない」

「もうっ、お嬢様っ」

「――騒がしいが、どうしたのですか?」


 すると、厨房まで聞こえていたのか、コック姿の大柄な渋い老人が現れた。


「あ、ディーさんっ、お嬢様を止めてください。危険な方とパーティを組みたいと止まらないのです」

「む、リリィ、最初と違う」

「あぅ、確かに最初は、わたしも悪のりで、お嬢様に彼を誘うように促したのは謝ります。ですが、闇ギルドが相手では危険すぎますっ」


 リリィと呼ばれた女獣人はコック姿の老人をディーと呼び、今までの経緯を説明していく。


 あの気の良さそうな老人がコックか。

 腕の良い料理人。

 うん、尊敬するよ。ディーさんとやら。


「闇ギルドと敵対ですか……確かに、厄介ですが、エヴァお嬢様が気に入った相手なのでしょう?」


 コック姿の老人ディーは顎髭に手を当て、俺を見る。

 そして、逡巡。

 少し間を空けて、エヴァの方を向き話していた。


「――ん」


 エヴァはコックのディーへ向けて、車椅子を回転させ振り向くと、首を大きく元気良く縦に頷く。


「それならば、仕方ありませんな。この店はわたしとリリィでしっかり守ります故、わたしはエヴァ様を応援します」

「えぇっ、ディーさんまで?」


 犬耳を凹ませるリリィ。


「それじゃ、わたしが悪者みたいじゃないですかぁ、もう、お嬢様を止めませんよ~だ」


 リリィはプイッと体ごと逸らす。

 それを見ていたエヴァが、給仕のリリィに車椅子を動かし近寄っていく。

 いじけるリリィを慰めるように、その手を取った。


「心配性なリリィ。でも、ありがとう」

「お、お嬢様……」


 話が纏まった?

 しかし、エヴァは俺とそんなにパーティを組みたいのかねぇ?


 ま、エヴァは強いし、紫の瞳に透き通るような肌を持つ美貌の持ち主だ。

 パーティを組むのはぜんぜん、良いんだけどさ……。

 もし、闇ギルドの争いで、この店の人たちが巻き添えになったとしたら、後味悪すぎなんだよなぁ。


 まぁ、これについては悲観的な未来を予想する、俺が悪いのだけど。


「シュウヤ――」


 俺の悲観的な妄想を止めるように、エヴァは力強く俺の名前を呼んだ。

 車椅子を動かし、俺の傍に来る。


「うん?」

「わたしと……ずっと、パーティを組んでください」


 声のトーンが高くなり、エヴァの顔は真っ赤で真剣だ。

 俺に告白をしているような、そんな恥じらいを感じさせた。

 黒袖から伸びる白細い両手を大袈裟に動かしている。


 く、可愛い。

 しょうがない。パーティを組むとして被害が出る前に……。

 さっさと【梟の牙】をぶっ潰すか。


「危険だけど、いい?」


 心の中じゃもう決まってるが、もう一度、警告だけはしとく。


「ん」


 エヴァは可愛らしく頷く。


「わかった。条件付きでいいなら組もう」

「――んっ」


 エヴァはよほど嬉しいのか、その場で車椅子をくるりと回転。

 そのまま座っていた車椅子から体が前に飛び出して、俺に抱きつくような感じになってしまう。

 おぉ、エヴァのおっぱい感触だ。

 革鎧の硬い感触の裏に“ぷにょん”っとした柔らかい感触が確かに伝わってきた。


 紫の鎧越しからの微かな感触だが、間違いない。

 意外に大きいとか?

 俺のおっぱいセンサーは高レベルだからな。


 おっぱいぷりんさん、ありがとう。

 むらむらとおっぱいの形を想像しながら、抱き付いているエヴァの顔を見る。


 頬や口元には彼女の長髪が絡み付いていた。

 汗で絡み付いたっぽい。ちょいとエロい。


「っと、――はは、そんなに嬉しいのか?」


 想像してたら鼻血が出そうなので、エロ心は封印。

 俺は笑顔を浮かべて繕うと、彼女の頬に絡み付いている長髪を解してあげてから背中を支えて、車椅子へと優しく戻してあげた。


「……ずっと独りだった」


 エヴァは車椅子に深く座りながら、頷き、俺を見上げると、その紫の瞳から涙が一滴、頬を伝っている。

 レベッカと性格は違うが、同じようにパーティを組めなくて本人は悩んでいたのか?

 死の車椅子とかの渾名がついてるからしょうがないんだろうけど。


「……まてまて、泣くなぁ」


 なんか、美人に泣かれると調子が狂う。

 給仕の女獣人も目に涙を溜めて、もらい泣き。

 嬉しがっていた。コックの老人も嬉しそうに頷いてる。

 ここはわざと話題を変えて……。


「……俺は条件付きと言っただろ?」

「何?」


 エヴァは瞬きして俺を見る。


「俺は自由気ままに生活したいのが、本音なんだ。我儘かもしれんが、パーティに縛られたくはない」

「至極当然。プライベート大事」

「そこでだが、迷宮に挑むときに互いに暇だったら、誘う感じでパーティを組むというのはどうだ? 俺が普段泊まっている宿屋を教えとくから」

「それでいい。もう“仲間”シュウヤの自由」


 仲間か。

 さっき俺が何気なく喋った言葉だけど、何気にグサッと響き心に沈み込んでくる。

 出会って短い。けど、エヴァは真率なる態度だ。

 何事も信じることから始まることがある。


 彼女を信じてみよう。

 そのエヴァが口を開く。


「……わたしもこの店が大事。まだ話していない秘密もある。プライベートなことが多い。だから、気軽に誘える仲間はすごく大事」


 そうだよな。エヴァのいう通りだ。

 俺は難しく考えすぎていた。


「よし、エヴァ。改めて、よろしく頼む」

「ん、わたしこそ」


 ドキッとするぐらい優しい微笑みだ。


「俺の泊まっている宿屋のことだけど、場所は第一の円卓通りの左上路地を進んだ先にある。名前は【迷宮の宿り月】女将さんはメルという人だ」

「了解。【迷宮の宿り月】覚えた」

「おし、それじゃ、いきなりだけど、明日の昼過ぎ、暇だったら迷宮に行く?」

「行くっ!」


 エヴァは強く縦に頷く。


「よし、きまりだ。へへ」

「ん」


 互いに笑顔で見つめ合う。


「んじゃ、殺ること殺って用事を済ませてくる。明日の昼過ぎ、冒険者ギルドの中で待ち合わせよう――ロロ帰るぞ」

「にゃ」


 黒猫ロロがタイミングよく、肩に上ってくる。


「それじゃ、明日」

「ん、明日」


 エヴァの天使的な笑顔を見てから、俺も笑顔で頷く。

 そのまま軽く手を挙げてから踵を返し、店を後にした。

 

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