百十五話 血魔力覚醒

「怪我しても知らないからな?」


 睨みを利かせながら魔剣ビートゥを左手へ召喚。


 抜き身の赤黒い剣刃が光る。


 左手に握る魔剣の鋒を、右前腕部の表面に当て、スッと手首近くまで表面を切っていく。

 赤線が作られた切り口からは血が滴り落ちていた。

 寝台上にポタポタと血痕が付く。


「にゃぉ、にゃ~ぉ」


 俺の腕から滴る血を見て、黒猫ロロが心配そうに鳴いてくれた。

 魔剣を消失させ笑顔を作り、


「――はは、ロロ。大丈夫だから、そこで寝とけ」


 心配顔で見つめる可愛い黒猫ロロの頭を、左の掌で撫でてやる。


「それよりヴェロニカ、――ほら、血だ。念のため、最初は〝指〟で触ってからにしとけ」


 ニコニコ顔から一転させての厳しい顔を作りながら、血が滴る前腕をヴェロニカへ差し出した。


「ふふ、もうっ、そんな怖い顔してぇ、寝台が汚れちゃうじゃない。――それじゃさっそく~」


 ヴェロニカは余裕顔。

 白細の腕を伸ばし、俺の血へ彼女の指先が触れた。


 瞬間、ジュワッと蒸発音。


「ヒュアァァッ、――痛いぃぃ」


 腕を上げて、ヴェロニカは痛みの声を上げる。

 指先が爛れ火傷を負ってしまった。


 うひゃっ、やはり……。

 俺の血は光属性も混ざった状態だ。


 聖水効果? 分からないが、ヴァンパイアには強烈な劇薬となるようだ。

 ヴェロニカは慌てふためく。

 バタバタと手を振り回し、後退。

 急いで生活魔法の水をピンポイントで火傷を負った部位へ放出してあげた。

 ヴェロニカの腕ごと指を洗い流してやる。


「これで、わかっただろう? 俺はヴァンパイア系だが、君たちの天敵にもなりえる存在なんだ。因みに、この件を知っている奴は誰もいない。本来ならば隠したい情報だ。ヴェロニカのような綺麗な子が、親愛や友情といった意思を示したお返しと思って欲しい」


 俺の言葉を聞いたヴェロニカは眉間に皺を寄せてヴァンパイアらしい充血させた赤目で見つめてくる。


「痛っ、とんだお返しだこと……」


 そんなこと言ってもな、そっちが血を求めた結果だろうに……。

 だが、謝っとこ。


「済まん。まだ痛いか?」

「そりゃ痛いわよっ、痛いけど、正直……驚愕だわ……」


 ヴェロニカの指先は火傷の跡のように赤く腫れている。


「あぁ、一応、警告したつもりだった」

「――うん。まさか、本当に聖水を超える血とはねぇ~、想像もしなかった。でも、その血へ、わたしが触る前にちゃんと忠告をしてくれて、ありがと。もう少しで飲むとこだった……」


 ヴェロニカは痛がる指をフーフー息を吹き掛けながら、俺を見て感謝を述べてきた。

 確かに飲んでたら、死ぬか大怪我だったろう。


「大丈夫だよ。ヴェロニカが俺の血へ口を近付けていたら、手を離していた」

「そう? でも、わたしの<血解>スキルが間違えるのも驚きよ。シュウヤの血の匂いがスロトお父さんの匂いにそっくりだったから、つい混同しちゃったのかも」


 ヴェロニカの父と混同か。

 彼女はヴァンパイアだ。その彼女が間違えるぐらいに、俺の血はヴァンパイアのスロト父とやらに似ているのだろう。


 新種族だが、ヴァンパイア系でもある。

 勘違いするのも頷ける。


「……あぁ、それでさ、こんな状態だけど、俺に血魔力とやらは教えてくれるのか?」

「うん。教えてあげる。貴方とは絶対に敵対したくないし」


 彼女の双眸は相変わらず血で染まった目だけど、眉間の皺は消えて、どこか怯えた顔だ。


「俺もだよ。ということで、早速、教えてくれ」

「良いけど、血魔力の全てをいきなりは覚えられないと思うわよ? 〝第一関門〟は経験者がアドバイスさえしてれば、すぐに覚えられると思うけれど。後、ダンピールだと〝第二関門〟と〝第三関門〟も覚えられないかもしれない」


 ハーフは覚えられない可能性もあるのか。


「構わんさ」

「わかった。それじゃ、……これを嵌めて」


 ヴェロニカは腰にぶら下げていた、二の腕に嵌められるぐらいの大きさがある特殊そうな腕輪を渡してきた。


 腕輪の内側に刃がある。


「これ、内側に刃?」

「うん、表側に引くスイッチがあるでしょ、そのスイッチを動かすと、輪の内側から仕込まれた多重刃が飛び出す仕掛けになっているの」


 皮布の表面にあるスイッチを下に引っ張ると刃が戻った。

 上に戻すと、刃が飛び出す。


 意外に構造は複雑のようだ。

 細かく飛び出した内刃は大小合わせて複雑に絡み合い、それぞれが巻き爪状に枝分かれている。


 刺さったらかなり食い込みそうだ……。

 これを腕に巻いて傷付けろか。


「出血させるとして、これ、どんな名前の道具なんだ?」

「その道具は〝血魔力〟を常に意識させることを目的とする訓練道具。名前は初めてのヴァンパイアたちが使う道具だから〝処女刃〟と言うの」


 もっともらしい名だ。

 アイアンメイデンを想像する。

 だが、ドM訓練機という名前がぴったりだ。


「その腕輪を装着し訓練を続けていけば、基本の血流操作〝第一関門〟を自由自在に使いこなせるようになるはずよ」


 痛い思いをしなきゃいけないのか。

 いやだなぁ、と思いながら、俺はすぐに素っ裸になり右手に腕輪を装着。


「そんな嫌な顔しないでよ。昔は酷かったんだから」

「へぇ、昔は違う道具だったりしたのか?」

「そそ、全身を貫く鉄人形とかだったのよ。それに比べたら楽でしょ」


 うへ、まさにアイアンメイデンじゃないか。


「あ、待って、ここだと床が血で汚れちゃうわよ?」

「そうだな、桶の上でやるよ」


 腕に処女刃を巻いて装着した状態で、出窓側にあるベランダ側へと向かった。


 板床には風呂用の桶が置いてあるので、その桶の中に入る。


「あら、立派な一物イチモツに、良いお尻ちゃんね。キュートだわ~」

「コラッ、ふざけるな。それで、この腕輪を使い、腕から出血させればいいんだな?」


『閣下のお尻を褒めるとは、中々に見所があるヴァンパイアのロリババアです』


 ヘルメが褒めていた。


「ふふ、そうよ」


 そのロリババアは、俺の股間と尻を見て、笑っているし……。

 エロい視線が少し気になるが、〝処女刃〟の腕輪を触り、スイッチを上に押す。


 腕輪から刃が伸び、腕の皮膚を貫き食い込んだ。

 ――痛っ、腕輪周りから血が一気に溢れてくる。

 即座に傷口が塞がろうとするが、腕に深々と刃が食い込んでいるので痛みが持続した。


 痛ぇ……。


「その状態で血の道、血魔力を意識するの。痛いでしょうけど我慢よ。徐々に傷口から出血している感覚を得られるはず。その感覚をどんどんと強めていってね」


 ヴェロニカの笑顔が皮肉顔に見えてくる。


「わかった」


 何回も何回もスイッチを押していく。

 しかし、すぐに傷口が再生。腕の中へ喰い込んでいる刃が押し戻されて腕輪の内側に刃が自動的に戻ってしまう。

 その度に、数百回、腕輪のスイッチを入れ続けて、刃を肉に食い込ませ続けていた。

 大量に出血をしていく。

 傷口から流れ落ちた血が桶の中に溜まっていた。


 痛いのは嫌すぎる、だが、我慢だ……。


「……うん。その調子。刃は細かく鋭いから深く刺さるけど、結局はすぐに身体が回復しちゃうから、最初は誰もが嫌がるわね……」


 痛みで感覚なんて得られそうもないが……。


「そんな顔しないで、残念ながら感覚を得るまで、繰り返し痛みを味わうことになるわ」

「しょうがない……」


 そんなこんなで、ドM訓練機の訓練を続けて数時間後。

 朝方にやっとこさ、意識することに成功した、瞬間。


 ピコーン※<血道第一・開門>※恒久スキル獲得。

 ピコーン※<血道第二・開門>※恒久スキル獲得。


 恒久スキルを得ることができた。

 スキルを得て血道を意識した途端にスキル<血魔力>のことが解る。


 更には、俺自身のことが解った。


 これは凄い。

 確かに、この〝処女刃〟の腕輪を使った痛い思いを連続で味わう訓練をしなきゃ微妙な血に関する<血魔力>の完全習得は無理だった。


 全身を巡る血液の流れが解る。

 心臓に繋がった動脈たちがリアルタイムで把握できた。

 血管がまるで小さな弓のようにカーブして捻れていること。

 血管内部の細かな流線が血液の流れを助長していること。


 それらが自然と〝理解〟できた。


 不思議だ。


 全身を流れる血流が、自然に栄養や酸素を全身へ運び身体を循環させているのが分かる。

 血に含まれたあらゆるモノも、普通ではないと感覚で理解できた。


 血が生きている、これが不死か。

 血が濃密?


 この辺が人間、人族と完全に違うところか。

 俺の中身が新種族だということがよく分かる。

 特別な血が全てを凌駕しているんだな。


 血はまさに特別なジュース。


 幹細胞、白血球、赤血球が普通と違うんだろう。

 顕微鏡でじっくりと調べたい気分だ。

 ナチュラルキラー細胞をもっと進化させたナノマシンを超えたモノが発見できるかも知れない。


 俺はこの特別な血を操作できる。

 意識すれば、全身のあらゆる箇所から〝血の放出&吸収〟ができるようになった。


 これが〝第一関門〟の肝。

 血の放出と回収が自由自在だ。


「成功だ」

「え、もう、……成功したの?」


 ヴェロニカが驚いた顔を見せる。


「そのようだ……」


 俺は風呂桶にたっぷりと溜まった真っ赤な自分の血を見ながら呟く。


 そして、両足からその血を直接的に吸収、回収していく。

 足の皮膚から直接、血を吸い上げていった。


「……信じられないけど、本当のようね。〝第二関門〟もすぐかしら」


 桶から血が無くなっていく様子を見ていたヴェロニカがそう言ってきた。

 第二関門も開門しちゃったんだけどね。


「えっと、もう第二関門も覚えた」


 俺は何気なく言うと、彼女は小さい身体を折り曲げるようなリアクションを取り驚いていた。


「――ええぇ? もうなの? 普通は長期間、血を吸い、成長を経てから取得するのに、あ、もしかして、血魔法ブラッドマジックの血を使う何かの特異なるスキルを既に取得していたということ? やはり、始祖系のピュアな高祖ヴァンパイアなのでは? あ、でも、順番があべこべか……解らない……」


 ヴェロニカは驚きながらも、俺のアソコを凝視してくる。

 というか、俺のアソコにそんなスキルなんて無いからな?


 決して、マジカルチンポではないぞ。

 そんな下ネタじゃなく、本当の足元からの血の吸収は微妙な感覚と言える。


 少し、ムズムズする感じ。


 しかし、この第一関門を意識して使う<血魔力>は別のスキルである<魔闘術>にも通じるところがある。


 血流と血管の細部をコントロール。

 体に流れている血管に魔力を纏わせるような感覚に近い。

 ま、それはさておき……大事なことがある。

 俺にとって最大最強火力の<血鎖の饗宴>が痛い思いをせずとも、いつでも、使えるということ。これはデカイ。


 フ、フフッ、フッハハハッー。

 ヴァンパイアらしく、高らかに心の中で嗤う。


 速さの<脳脊魔速>。

 破壊の<血鎖の饗宴>。


 生身の状態で使える必殺技系が二つになった。

 槍のスキルである<闇穿・魔壊槍>を合わせれば三つだ。


 だが、血鎖に見合う強敵に会うまでは、使うのは止す。

 今まで通り封印。まずは師匠から譲り受けた槍の技術を伸ばす。

 もっと武の高みへ、武の極みへ、天下無双の槍使いへ……。

 だが、覚えた魔法の実験はやるし、偽鎖槍もやる。魔闘術、導魔術、仙魔術……剣、手裏剣とかもあったら使いたいな……。


 まぁ、少し浮気をするが、良いだろう。


 ゴルディーバの家族から学んだラ・ケラーダの精神と、師匠から教わった武術家の心は決して忘れない。


『閣下、おめでとうございます』


 俺が喜んでいると、デフォルメ状態のヘルメが視界に登場。

 可愛いヘルメと念話を開始する。


『おうよ。ヘルメはずっと見ていたのか?』

『はいっ』

『そうか、ご苦労。血の摂取が楽になったぞ』

『はい。さすがは閣下です。ですが、わたしの回収した血もお吸いになってくださいね』

『わかっているさ――』


 俺は機嫌が良いので、ヘルメを掴んで魔力を注いでやった。


『ァンッ、か、閣下?』


 姿を消したヘルメは喜びの声と困惑した声を出した。


『いや、気にするな。ヘルメは誉め上手だからな。褒美だ』

『はぅぅ』


 必殺技が増えたのは非常に嬉しい。

 つい、テンション高くなっちまった。

 さて、裸も何か嫌なので、皮服を着ていく。


「……なんか、ニヤついた顔が変だけど、大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だ。問題ない」


 革ズボンを穿いたとこで、ヴェロニカに顔を向けキリッとドヤ顔を浮かべて、親指を立て答えていた。


「全く、驚いているこっちが馬鹿みたいじゃない。だけど、第一関門と第二関門のマスター、おめでと」


 俺のドヤ顔には一切反応せず……。

 ヴェロニカはさっきの血を求める濃艶な態度とは打って変わり、気だるそうに、素っ気なく答えていた。


「おうよ」

「後、略して第一関門と言ってるけど<血道第一・関門>だからね」

「分かってる」

「あっそ。で、<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>の匂いも進化しているはず、今までは分からなかったと思うけど、使用すれば、ヴァンパイアの縄張りが分かるからね」


 血の争いとかあるのだろうか。


「縄張りか、ヴェロニカがこの辺を縄張りにしているの?」

「勿論よ。頻繁に使うとその縄張りを貰うと宣言と同じだから、注意が必要。と、言っても、この都市には高祖十二支族はいない。ヴァルマスク本家は王都。昔は、もっと分家も存在したのだけど、今は、わたしとポルセンだけ。流れのヴァンパイアが来る時もあるけど、この都市には天敵の教会崩れ狂騎士がいるからね……」


 あいつか、生きているか死んでいるか分からないが。


「そっか、覚えておくよ」

「うん。経験済みでしょうけど、ヴァンパイアハンターに追われるリスクが跳ね上がるし、特殊な魔道具で追跡されることもある」


 色々と親切に教えてくれる。

 ヴェロっ子は、ヴァンパイアの先輩だな。


 礼を言っとこ。


「……色々とありがとう。ヴェロニカ先輩」

「ふふっ、どういたしまして、後輩君」


 ヴェロニカはその場でくるりと横回転しながら踊り出す。


「それと、この腕輪、もう二、三個あるか?」

「――ある。欲しいの?」


 踊りを止めて、疑問顔のヴェロニカ。


「うん、面白い作りだからね」

「そう……変な趣味に目覚めちゃったのかしらァ?」


 少し、馬鹿にしたかんじに笑っているヴェロニカ先輩。


「違うんだなぁ、俺は攻めるほうだ」

「ふーん、そのご立派な一物イチモツさんは、伊達じゃないのね……じゅる」


 革ズボン越しに透かすように見てくる、彼女の視線がヤヴァイ。


「いいから、くれよ」

「はいはい、少し待ってね」


 ヴェロニカはネックレスを取り出す。

 そこからにゅるっとアイテムを取り出していた。


 へぇ、あんなタイプのアイテムボックスもあるのか。


「アイテムボックスか」

「そうよ。簡易型といえる安物だけどね、大規模型だと大白金貨モノになっちゃうし。アイテムボックスはこのぐらいでいいのよ」


 なんか色々と種類があるようだ。

 処女刃の腕輪を二つ投げてきたので、受け取り、俺もアイテムボックスへ入れておく。


「シュウヤのそれは小さい腕輪だけど、優秀な大規模型タイプのアイテムボックス?」

「いや、どうだろ、これでも容量は限られているよ」

「そうなんだ。それじゃ中型規模ぐらいかしら、大したことないのね」


 そんなこと言われても分からないので適当に頷いてから、


「……それで、次の第三関門は?」

「第三関門は固有な独自スキルのことを指すから、第二関門も獲得した今、もう教えることは無いわぁぁ――。それに、ほら、もう朝だし、わたし、眠い……」


 ヴェロニカは大あくびをしている。

 俺も釣られて、大あくびをしてしまった。


 確かに、窓はもう明るい。

 外から一番鶏が鳴り響いていた。


 蝉の音も聞こえる。

 もしかして、ゼッタが飼ってる蝉か?

 そこに、窓から差した朝日の陽光が人形のようなヴェロニカの顔を明るく照らす。


 朝日が照しているヴェロニカの顔から美しい銀色の粉が発生。

 反射して綺麗だけど、あれ?


「というかさ、朝日の光を浴びても平気なの?」

「あら、ふふ、そんなことも知らないのね。――この指輪とわたしが持つ<スキル>のお陰よ」


 眠そうな顔付きだったヴェロニカは一転。

 指に嵌めている赤い宝石が付いた指輪を見せびらかし、自慢の笑みを浮かべる。


 スキルか。


わたしたちヴァンパイアは歳を重ねると、成長するの。太陽の光なんて百年ぐらい生きたヴァンパイアなら平気よ。消耗はそれなりにするでしょうけど」


 なるほど。

 魔道具、スキル、成長も重ねると、完全に太陽の光も効かなくなると……。


「知らなかった。その指輪、高級そうで綺麗な指輪だ」

「うんうん。さすがはお父さんと同じ匂いを持つシュウヤね。見る目がある。これはね、わたしをヴァンパイアにしてくれたスロトお父さんの形見なの」


 形見だったのか、気不味いことを聞いちゃった。


「そうか、ごめん」

「ううん。気にしないわ。当時、死にかけていたわたしを救ってくれた、スロト父さんの形見だもん、その大切な指輪を褒めてくれて嬉しいわ。……だけど、そんな父さんを殺した〝憎い相手〟も同時に思い出したけどね」


 一瞬で憎しみが籠った血眼に変わる。

 しかし、殺されたとか、もっと気不味いじゃんか。


「そ、そうか、話を振っといてアレだが、話したくなければ話さなくてもいいぞ?」

「ぷぷ、変な顔しちゃってぇ、別に大丈夫よぉ、シュウヤは変に気を使うのね? ついでだから、教えてあげるわ。父さんを殺した相手はね、ヴァルマスク本家のヴァンパイアロードの一人、ルンス・ラヴァレ・ヴァルマスク。通称、血法のルンス。本家【血法院】に所属するルンス卿よ」


 本家ねぇ、【血法院】とか、いまいち分からんけど。

 身内同士でいがみあい?


「ヴァンパイア同士で争いなんてあるの?」

「あるわよ。種として数が少なく敵も多いから馬鹿みたいな話なんだけど、本家の高祖十二氏族はヴァンパイアとして気高く規律に厳しい。それとは違い、分家は基本、自由だからね。そこに軋轢が生まれて、醜い身内同士で争うことがあるの、それに……わたしは盗んだし……」


 そういうことね。まぁ、想像できる。


「あ、そうだ。そのシュウヤの血なら、王都グロムハイムに棲む、その本家ヴァルマスクたちを、〝根絶やし〟にできそうっ」


 ヴェロニカは嬉々として語る。


「何言ってんだ。種族をデストロイとか、危険すぎる。確かに、仲間のために虐殺者になることには躊躇しないが、現時点で、そんなことをする理由も無いし、わざわざそんな危険なことはしないよ……と言うか、眠いんじゃなかったのか?」


 ヴェロニカは瞼を重そうにして頷く。


「う、うん。ふあぁぁ、それもそうね。地下で寝んねしてくる……またねぇ」


 また、眠そうに大あくび。

 俺もまたまた釣られてしまった。


 ヴァンパイアとはいえ眠くなるらしい。

 その辺りも俺とは違う。

 あ、もしかして、棺桶とかに寝ているのかな?


「……またな」


 余計なことは聞かずに、ヴェロニカへ言葉を送った。


 彼女は、寝惚け眼で頷く。

 ゆったりとした動作で、踵を返し扉を開け、俺の部屋から出ていった。


 ふぅ……ある種、濃密な夜を過ごしたワケだが。


 さっき仕舞った〝処女刃〟は、いつか役に立つ時がくるだろう。

 俺に<筆頭従者長>が誕生した際に、必要になるはずだ。

 なので、それまでアイテムボックスに封印。


 さて、眠くないし、起きていよう。

 今日……何しようか。


 一、この辺をぶらっと散策。


 二、第一の円卓通りにある店々を巡るか、市場らしきとこを探して、旨い物探し&珍品探しのウィンドウショッピング。


 三、当初の目的通り幾らするか分からない(家&土地)のため、シンプルに依頼を受けて、迷宮に挑み、金を得る。


 四、闇ギルド【梟の牙】の本拠地に乗り込み、エリボル&幹部を皆殺し。又は縄張り支部を潰す。


 五、ザガ&ボンのドワーフ兄弟を探し、ルビアと会う。名前を変えていると思われるミアを探す?


 六、ゲート魔法と鏡を使い、ペルネーテ以外の知らない土地を散歩&冒険。


 七、怠惰に過ごし黒猫ロロと猫じゃらしで遊ぶ。


 三、四、五、七で悩むが、ここは基本に忠実。

 三を選択しよう。


 迷宮に行くとして、地図はいらないな。

 迷宮で迷子になっても鏡をここに置いとけば、ゲート魔法でいつでも戻ってこられるだろうし。


 魔造家マジックハウスもあるが、他の冒険者が使っていたら使うか。

 使っていなかったら無難に封印しとこ。


 良し、ある程度考えを纏めたところで、ヘルメに意識を向けて念話を開始。


『ヘルメ、迷宮へ向かう』

『わかりました』


 くるくるっと回りながら擬人化ヘルメが視界に登場。


『ヘルメにも俺の目から出て、戦ってもらうかも? ま、俺とロロがいれば大丈夫だと思うが。それに沸騎士たちもいるし』

『そ、そんなぁ……』


 ガガーンっと文字が出てそうに項垂れるヘルメちゃん。


『だったら最初から外に出ているか?』

『大丈夫です。最近は、ここの方が良いポーズを開発しやすいんです』


 ヘルメはコミカルに腕と尻を動かして、可愛い反応を示しながら、そんなことを言っていた。


『そっか。だが、ヘルメの精霊の目は便利だから、その時が来たら力を貸してもらうぞ』

『はい。ご指示をお待ちしています』

『おう』


 ヘルメと簡単な念話を終えると、アイテムボックスから〝パレデスの鏡〟を取りだし、寝台横のスペースに鏡を置く。


 二十四面体トラペゾヘドロンの一面記号を親指でなぞり、ゲートを発動させた。


 鏡が光るのを確認。

 いつか迷宮の中でも発動させる予定だが、一応ここでも確かめよう。


 発動させたゲートに入り、鏡から出ることができた。


 鏡にはゲートの元だった球体が嵌め込まれている。

 そして、いつものように球体が外れ、トラペゾヘドロンが俺の頭の周囲を回りだした。


 これで迷宮から直接ここに戻ってこられる。


 その場で、キュイスを取り付けては、紫鎧を身に着けていく。

 うっすらと紫光を放つ灰色外套を着込み、胸ベルトを装着した。


「――準備完了。ロロ、依頼を受けてから迷宮へ行くぞ」


 頭の周りを回る球体を掴みんでから、ロロへ話しかけた。


「ン、にゃ」


 二十四面球体を胸ベルトに仕舞う。


 黒猫ロロが肩に乗ってくる。


 俺の頬に挨拶するように擦りつけてきた。


 そんな可愛い黒猫ロロの頭を撫でてあげてから、部屋を出る。


 鍵を閉め、宿屋二階の渡り廊下を歩きながら手摺から下の一階の食堂を覗く。

 食堂には朝飯を食う客が何人かいた。


 テーブルに顔を突っ伏している酔っ払いもいる。


 俺らも食うかなと思ったが、迷宮前には食事処もあるだろうし、宿の料理はいいや、と考えながら、手摺を伝い階段を降り、何事もなく玄関を開け宿の外へ出た。


 第一の円卓通りへ続く路地を走っていく。

 走りながら、横を見ると、もう黒猫ロロが馬型サイズへ変わっていた。


 その馬獅子型黒猫ロロディーヌへ走り寄り、軽く跳躍、黒い胴体を跨いで騎乗。

 乗った瞬間に触手がピタっと俺の首筋に吸い付き、二つの触手が手綱となって目の前に現れていた。


 手綱を掴んで、勢い良く路地を駆け抜けていく。


「ロロッ、まずはギルドだぞ?」

「にゃ~」


 黒猫は〝わかってるにゃあ〟的な間延びで鳴きながら進む。


 この速度が並みじゃないのが、また凄い。


 人々がそれなりに行き交っているのに、その間をすいすいとすり抜け、ぶつからずに移動しているのだから。


 あっという間に路地を抜け円卓通りに入り、ギルド前に到着。

 そこで降りると、馬獅子型から黒猫姿に縮小。


 黒猫ロロはいつものように肩へジャンプ。

 右肩から背中の頭巾と胸ベルトの一部へ体重をかけてゆったりと座った。


 俺は混雑しているギルドの中へ入っていく。


 ボード前を通り、レベッカは居るかなぁ~っと見て回った。

 背が低い女魔法使いの姿を探す……が、居ないようだ。

 挨拶でもしとこうと思ったけど、居ないんじゃしょうがない。


 そのまま、ボード前へ進む。

 ボードに貼り出されている依頼紙の一覧を見ていった。


 迷宮内の依頼を探していく。

 魔石の依頼は当然受けるとして、今回はモンスター討伐依頼も入念に探していこう。階層別にピックアップだ。


 まずは、二階層の依頼。


 二階層


 〝蝙蝠蟻〟バットアント。バットアント系の全身素材。

 〝樹魔〟トレントの全身素材。

 〝甲殻回虫〟ロールキルギンの全身素材。

 〝火狼獣〟ガルソルの全身素材。

 〝大火狼獣〟ビッグ・ガルソルの全身素材。

 〝速鬼〟ホブゴブリン。ホブゴブリン系の全身素材。

 〝首無し戦士〟デッドマンソルジャーの全身素材。

 〝銀牙鬼〟ヴォルク。通称、銀ヴォルクの全身素材。


 次は三階層の依頼。


 〝化け大茸〟ビッグマッシュルームの全身素材

 〝大蟇〟ジャイアントトードの全身素材

 〝樹魔〟トレントの全身素材。

 〝甲殻回虫〟ロールキルギンの全身素材。

 〝首無し戦士〟デッドマンソルジャーの全身素材。

 〝腐肉騎士〟ゾンビナイトの全身素材。

 〝銀牙鬼〟ヴォルク。通称、銀ヴォルクの全身素材。

 〝黒種百足〟ブラックムカデの全身素材。

 〝金鋼恐竜〟ゴールドタイラントの全身素材。

 〝南瓜頭〟パンプキンヘッドの全身素材。

 〝黒飴水蛇〟シュガースネークの全身素材。

 〝青蜜胃無〟スライムの全身素材。

 〝黒苔虎〟ラーバープッコタイガーの全身素材。

 〝緑黒鋼虎〟ゼラードタイガーの全身素材。


 複数の階層に跨って出現するモンスターも多いようだ。


 四階層の依頼。


 〝大蟇〟ジャイアントトードの全身素材

 〝蟷螂鋼獣〟マンティスゴルガンの全身素材。

 〝巨蛇〟ジャイアントスネークの全身素材。

 〝毒矢頭巾〟ヴィゾームの全身素材。

 〝剣黒鰐〟ブラッククロコダイルソードの全身素材。

 〝酸骨剣士〟クラッシュソードマンの全身素材。

 〝黒苔虎〟ラーバープッコタイガーの全身素材。

 〝猛牛蜘蛛〟タイタンスパイダーの全身素材。

 〝虚影沼手〟シャドーハンド全身素材。

 〝沼蜥蜴獣〟グルゾングの全身素材。


 と、いった具合に階層別に様々な依頼があり、まだまだピックアップしてないモンスター類の依頼は多い。

 五階層目もあるが、今回はさすがにそこまで潜ることはないと思うので省いておいた。


 更に、注意書きでボス級の名前を発見。

 レベッカがちょくちょく名前を出していた奴だ。


 名前は〝バルバロイの使者〟


 □■□■


 二階層以降、ランダムに出現。

 特殊守護者級・ユニークモンスター。

 見た目は腐肉騎士に近いリッチ系モンスターである。


 そして、現れる時は必ず、おどろおどろしい低音の鐘音がなり、床に冷たい水の流れが発生することで有名だ。

 これら現象を確認したら逃げることをお奨めする。


 特定の出現エリアは無く、迷宮内を幽鬼のように彷徨っている。

 百年間に討伐報告なし、百年前に一度討伐され、極大スタチュ型の魔石を確認されているが、その数日後に復活が確認されている。



 □■□■



 と、書かれてあった。


 BGM付きとか、俺も出会ったら逃げるか。

 だが、戦ってみたい気もする。


 倒しても報酬がないようだし、魔石ぐらいなのかな?

 このバルバロイのことは覚えておく。


 さっき見つけた依頼の中から選ぶとして、どの依頼紙にも階層が書いてあるだけで詳しい出現場所などは書いてない。


 二階層に出現するモンスターから適当に選び、受けておくか。


 依頼主:サービエント商会

 依頼内容:Cランク蝙蝠蟻バットアントの全身素材。

 応募期間:無期限

 討伐対象:〝蝙蝠蟻〟

 生息地域:迷宮二階層

 報酬:五体、金貨一枚。

 討伐証拠:全身素材。魔石は除外。傷が多いほどマイナス査定。

 注意事項:二階層の一帯に多数出現報告あり。

 備考:蝙蝠蟻には複数種確認されている。


 この依頼木札を五枚。


 依頼主:ゴテツ&ローズ武具店

 依頼内容:Bランク速鬼ホブゴブリンの全身素材。

 応募期間:無期限

 討伐対象:〝速鬼〟

 生息地域:迷宮二階層

 報酬:一体、金貨十五枚。

 討伐証拠:全身素材。魔石は除外。傷が多いほどマイナス査定。

 注意事項:二階層鉱山地帯で出現報告あり。武具を使った素早い攻撃に注意。

 備考:二階層の中での強さはトップクラス。


 この依頼木札一枚。

 合計、六枚の依頼木札を持つ。


 速鬼は金貨十五枚と高い。


 魔石の依頼は一つしか受けられないので、小魔石の依頼よりも報酬の多い、中魔石の依頼にしよ。


 依頼主:プリミエル大商会

 依頼内容:Bランク中魔石。品質問わず〝十個〟

 応募期間:無期限

 討伐対象:問わず

 生息地域:迷宮第一層~

 報酬:銀貨五十枚。

 討伐証拠:魔石

 注意事項:各種、モンスター。

 備考:主に第二階層から出現するモンスターが持っている。


 この魔石の依頼を受けることにする。


 討伐六つと魔石の依頼木札を持ち、受付嬢に持っていく。

 少し混んでいるので、列に並び少し待った。


 やっと俺の番になり、


「この依頼を受けたい」


 木札と冒険者カードを提出。


「はい。えっと、お仲間は?」

「個人で受けたいのだけど」

「……大平原ならいざ知らず、個人で迷宮の二階層、しかも、この量の依頼をこなすんですか? 死にますよ?」

「ンン、にゃお、にゃおんにゃ」


 そう警告してくる人族の受付嬢は真剣な顔だ。

 肩にいる黒猫ロロが受付嬢に文句を言うように、宙へ猫パンチを打っている。


「……大丈夫ですよ。自信がありますから」

「ふふ、カワイイ猫ちゃんですっ、肉球がみえちゃってますよー」

「ごほんッ」


 わざと喉を詰まらせるようにセキをした。


「……あ、はい、称号持ちな方なので、自信はあるのでしょうが……」


 受付嬢は仕事に戻り、冒険者カードを見て、心配気に俺を見てくる。

 心配してくれるのは嬉しいが、早く許可してくれんかな。


「まだ、ですか?」


 少し目を細めて、アルカイックスマイルを発動。


「う、わ、わかりました」


 お、効果音でも、鳴ったかのように笑顔が成功。

 俺の冷えた笑顔も武器になったか?


 水晶に手を置き、依頼は受理された。

 冒険者カードを返してもらう。

 ちらっとカードを確認。


 称号:竜の殲滅者たち

 種族:人族

 職業:冒険者Cランク

 所属:なし

 戦闘職業:槍武奏:鎖使い

 達成依頼:十九


 適当に流し目で見たカードを胸ベルトに仕舞いながら踵を返し、そのままギルドを出た。

 都市の中心地帯である第一の円卓通りを進む。

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