百十四話 闇ギルド【月の残骸】※

 メルやイリーの他にも、闇ギルドのメンバーと見られる怪しげな人物たちがそれぞれ出口が違う個所から現れた。


 豹の頭を持つ大柄なコック姿の者。

 ローブ姿で頭巾を被り鱗の皮膚顔を見せている者。

 特殊そうな弓を持つ金髪耳長な女軽戦士。


 更に、遅れて白猫が現れ、黒猫も……。

 あれ? と言うか、「ロロ?」 俺がそう言うと、黒猫ロロは、


「ンン、にゃお」


 と、鳴いては、空を飛ぶように岩棚の階段上から跳躍。

 円形会議机へ着地していた。


 机をとことこ歩きながら俺の肩へ戻ってくる。


「ロロ、お前もここに来ていたのか」


 黒猫ロロはそうだぞ? と言うように、足でポンッと肩を一回叩く。


「マギット、こっちにいらっしゃい」


 呼ばれた白猫は優雅に歩きながら名前を呼んでいたイリーのもとへ近寄っていく。

 黒猫ロロの新しい友達なのかな。

 白猫は飼い猫のようだ。

 猫の首には丸い緑色の宝石らしき物が付いた首輪があった。


『閣下、あの首輪にある緑宝石から膨大な魔力を感じます』


 視界に現れたヘルメがいち早く感づいていた。


『本当だ、猫の可愛さで気付かなかった。偉いぞヘルメ』

『お役に立てて嬉しいですっ、わたしの新しい喜びポーズをご覧になりますか?』


 精霊な彼女は、もう既に、蒼葉をプリプリさせた小さい尻をアピールしながらの独特ポーズ新ジョジョ立ちを取っているが……ツッコミは入れない。


『……いや、それはまた今度』

『はい』


 ヘルメと変なやり取りをしていると、


「……マギット、あの黒猫ちゃんと知り合ったの?」

「……」


 イリーは白猫を両手で持ち上げ話しかけていたが、白猫は機嫌が悪いわけじゃないだろうけど、ブスっとした態度でイリーの顔を見つめていた。

 そして、持ち上げられるのを嫌がったのか、顔を逸らし、彼女から四肢をくねらせ離れて、机の上にジャンプ。

 黒猫ロロへ視線を送りながら離れていく。


「もうっ、マギットのバカ」

「――総長。俺らが呼び出された理由は?」


 イリーと白猫マギットの戯れを無視するかのように、エプロン姿の豹頭の者がメルに向かって、疑問形に聞いていた。


 メルが総長?

 それじゃ、彼女は宿の女将であり【月の残骸】のリーダーなのか。

 メルはリーダーらしく、皆を見据えて口を動かしていく。


「カズン、仕事中にごめんなさいね。皆を呼び出した理由は、この方を紹介しようと思って――」


 メルはそう喋りながら物腰柔らかく、ゆったりと腕を伸ばし、視線を向けてくる。


「この方は、少し前に闇社会で噂になっていた、あの“槍使い”シュウヤさんです」


 槍使いを強調した言い方で、ここにいるメンバー全員から俺に対しての視線が集まった。


 闇社会で噂か。


「ほぅ……」


 鱗皮膚を持つ者がギロリと、俺を見つめ、呟く。

 あのフード下から来る視線は不気味。

 まるで値踏みでもするかのような視線だ。


「こいつが……」


 豹頭のコックも短く呟きながら、俺を観察している。


 何だかな……。

 自然と変な集団に紹介されたけど、コイツらは何が目的なんだろ、月の残骸とやらに勧誘?


「それで、君たちは俺に何か用があるのかな?」

「わたしは皆に紹介したかっただけよ。ただ、ヴェロニカがね……」


 ヴェロニカ?

 メルは窺うように少女イリーを見た。

 このお手伝いさん、イリーが名前ではなく、ヴェロニカが本名なのか。


「うん、わたしが貴方に用があるの。初めはポルセンたちに任せていたのだけど……影で貴方たちの会話を聞いてたら、貴方に凄く凄く興味が湧いちゃってね、だから、もっと、お話をしたいなぁって、メルに止められたんだけど、衝動が抑えられなくて――」


 っと、血が溢れて、いきなり変身?

 語尾終わりの突然に、ヴェロニカが姿を変身させていた。

 少女のまま薔薇の髪飾りが特徴的な髪型へ変化。

 姿も、給仕服のクラシカルロリータからゴシック風のベルベット製のような黒ミニドレスを纏う姿へとチェンジしている。

 睫毛も長く成長し、頬は赤みが増し、ルージュな唇には程よいグロスの光沢がキラリと光る。

 妖艶さを醸し出していた。

 履いてる靴も、薔薇の髪飾りや唇と同じ、小さい真っ赤なヒール靴だ。


 少女は机の上に立ち、恍惚そうな顔を浮かべている。


 早業だ。赤い血を放出した瞬間だった。

 そんな少女が机を歩きコツコツと靴底を響かせながら、近寄ってきた。


『閣下、攻撃しますか?』


 ヘルメは相変わらずだ。


『いや、殺気は無いから大丈夫だろう。様子見だ』

『はい』


 周りの面子も黙って見守っているし。


 ヴェロニカは俺の目の前まで来ると、顔を突き出しては小さい鼻穴をくんくんと動かし、匂いを嗅ぎ出す。


「ふぃぃ、濃ぃわ……雄の血。しかも高祖より、濃い。始祖系ピュアな。良い匂い」


 濃い……変態気味だな。

 とりあえず、名前でも聞いておこう。


「君の名前はイリーではないのか? さっきヴェロニカと呼ばれていたが」

「うん。わたしの本当の名はヴェロニカ。イリーは宿のお手伝いさんとしての名前なの。改めて、よろしくね、シュウヤ」


 ヴェロニカはそう名乗ると、俺から少し離れ、ニコっと少女らしい笑顔を見せる。

 そのまま、机の上で黒ドレスの端を手で摘まみ、淑女らしい丁寧なお辞儀をしていた。


 無難に挨拶しとくか。


「あぁ、よろしく」

「ふふ、それでね、さっき血魔力を知らない。と、話していたけど、本当なの?」


 何だか、馬鹿にした感じだな。


「そうだよ」

「本当なんだぁ、それじゃそれじゃ、わたしが“血魔力”を教えてあげるから、その代わり、わたしたちの闇ギルド【月の残骸】に入らない~?」


 教えてあげる? この子もヴァンパイアなのか。

 さっきの衣服を変える魔法といい、やはり、そうなのだろう。


 確かに血魔力を教えてもらえば、俺はもっと強くなれると思う。しかし、闇ギルドに入り行動を制限されたくはないな。

 だから、入るか入らないかの、是が非かは、まだ保留して、ポルセンに話を振っておこう。


「ポルセンもその予定で俺と話していたのかな?」

「いや、わたしは勧誘というより協力をお願いしようとして、会話をしていたつもりだったのだが……」


 カールしている口髭を微妙に動かしながらポルセンは語り、女将であり総長のメルの顔を気まずそうに見つめていた。

 メルはポルセンの視線に気付き、心情を察したのか、苦笑いしながら口を開く。


「……そうね。ポルセンとアンジェは面識があったので、交渉のお願いをしていました」

「わたしは勧誘どころか協力も反対していたのだけどね」


 アンジェは目を細めて俺を見ている。

 その目の色には、はっきりと怒りの意思が込められているのは感じとれた。


「ちょっとぉ? 今は、わたしが直接交渉してるの!」


 机の上でヴェロニカは少女らしく、地団駄を踏む。

 しかし、この幼げな少女が血魔力を本当に教えられるのか?


「そもそも血魔力とは、教えられるもんなのか?」

「ふふ~ん。そんなことも知らないのね。シュウヤは良い匂いだから特別に教えてあげる。血魔力は昔からヴァンパイアの親族たちが教えるのが基本なのよ? 第一関門、第二関門、第三関門、の血流操作から、独自のスキル化までの面倒を見るのがね」


 血流操作か。へぇ、なるほど。

 やはり、この子はヴァンパイアのようだ。


「あ、その目、疑ってる? だめよぉ? わたしを見た目で侮っては、だぁめ。これでも、わたしはポルセンより古いヴァルマスクの分家の出だからね? あんまり歳は言いたくないけど……三百年以上経っているんだから! 高祖と同等と思っていいわ」


 うひゃ、驚き、ロリババアか。

 それにしてはコミカルな演技だ。

 言いたくないと言っておいて、自分から歳を話してるじゃないですか。


 とは言えないので、


「……そうだったのか、驚いた」

「そうでしょう? でも、他の人たちには言わないでね。内緒よ?」


 ヴェロニカはウィンクしている。


「……あぁ、わかった」


 ヴェロニカは頷くと、机の上で小さく跳躍しながら細い足を交差させタップダンスを踊り、


「――フフっ、それでっそれで」


 小さい肢体をしなやかに動かし、仰け反った腰の曲線を見せびらかすようなポーズを取る。


 そんな悩ましい特徴ある姿勢から、小顔を俺へ向け、


「――わたしたちの【月の残骸】に、入るぅ?」


 甘い口調で聞いてきた。


「正直言えば血魔力は教わりたい。だが、俺は冒険者。闇のギルドには入りたくはないな。ポルセンの言う協力なら考えてもいいが」


 俺の言葉を聞くと、ヴェロニカは、ピタっと踊りを止める。

 そのまま、腕を組み、


「ふ~ん」


 と、表情を不満気に頬を膨らませては、俺を見据えていた。


「わたしはそれでいいわ。ヴェロニカ、構わないわね? 誘う機会はこれから幾らでも有るでしょう?」


 メルはヴェロニカを優しく諭し、母のような顔を浮かべて語る。


「うん。メルがそう言うなら、そうする」


 ヴェロニカは素直に了承していた。

 見た目は少女なヴェロニカだが、メルとは親子関係なのか?

 ヴェロニカは三百歳……すると、メルもヴァンパイアか? それともただの知り合いか? いまいち関係性が分からない。


 メルが指示を出しているようだが、ヴェロニカの方が発言権は上のようにも感じる時もあった。


「……ヴェロニカは良い子ね。では、シュウヤさん、我々月の残骸に協力してくれると判断して良いのですね?」


 考えると言ったつもりだったんだが、


「待った。“協力”といっても、君らに指図されるのは御免被りたい。俺の噂を知っていると思うが【梟の牙】とは因縁がある。彼らとはこれからも争うことになるだろう。この争いが【月の残骸】にとっての“協力”という形になるのであれば、での話だ」


 メルは俺の言葉を聞いて、神妙に頷く。


「なるほど、勿論、わたしたちは指図なんてしない。貴方の言う“協力”という形で構わないわ。ギブアンドテイクと言いたいとこだけど、むしろ、わたしたちは貴方の因縁を手伝いたいぐらいよ? 【梟の牙】とは食味街を巡り争いが起きているし、他の都市でも争った相手だからね」


 メルは確信めいた言葉と笑顔でそう語る。

 縄張り争いか。


「わかった。それじゃこれからも普通に、ここの宿を使わせてもらうよ」

「そんなこと当たり前じゃない。シュウヤさんからはお金を貰っているんだし、闇ギルドではあるけれど、ここは宿屋よ? あ、それから、ここのメンバーを紹介してなかったから、紹介しとくわね。そこの大柄な豹人セバーカがうちの料理人よ。名はカズン。一流の戦士であり、料理の腕も一流」


 メルから自慢気に紹介された。

 この大柄な豹人、セバーカという種族らしい。

 カズンという名の獣豹人は立ち上がり獣口を開く。


「客人。よろしく頼む、俺はいつも厨房にいるから、何か用があったら厨房に来い。暇だったら相手をしてやる」


 この厳つい獣人が料理人か。

 料理は確かに旨かった。

 無難に挨拶しとこう。


「その際にはよろしくお願いします」

「次は、隣のローブを着ているのが、鱗人カラムニアンの錬金術師であり、蠱使い。名前はゼッタ」


 メルが次に紹介したのは、鱗皮膚を持つ人物。

 カラムニアンという種族らしい。

 蜥蜴人とかのリザードマンとかではないようだ。


「どうも、ご紹介に与りました。ゼッタでございます。いつも、この本部地下の一室にて、蠱を飼い、ヴェロニカさんの骨子飼を利用させて頂き、薬の薬剤実験を繰り返しています。ポーション系がご利用ならお安くお売りしますよ」


 ゼッタは蠱使いというだけあって、蝉らしきものがローブの肩に留まっていた。


「ゼッタさん、ですね。わかりました」

「その向こうに座るのが、エルフで盗賊、軽戦士。“影弓”の二つ名持ち。主に斥候担当で名前はべネット」

「変なの。新入りってわけじゃないんでしょ? 挨拶すんの?」


 ベネットと呼ばれたエルフ女性は横柄な態度を取る。

 めんどくさそうに対応してきた。


「べネット?」


 メルは怒ったように半眼でエルフな彼女を見やる。


「わかったわよ。あたいは総長が言った通り、軽戦士系。隠密や斥候、弓に鍵開けや罠発見は得意。それから、軽度な物鑑定もできる」


 へぇ、弓が使える軽戦士系か、名前はべネットね。

 ぼさぼさな髪型で、ボーイッシュなブロンド。

 鷲鼻で傾斜ぎみの目、顔は四角く、エラがあるけど、まぁまぁ整った顔だな。

 身軽そうな格好で投げナイフを装備したジャケットを着ている。


 器用そうな女性。

 一応、紳士にお辞儀して挨拶しとこ。


「べネットさん、よろしくです。器用な女性なのですね」

「ブフッ、べネット“さん”だって……」


 ヴェロニカがそう言って、べネットを指差して笑っていた。


「ヴェロッ子? あたいの名が可笑しいってのかい?」

「ううん、ごめんねぇ。ただ、べネ姉ぇが、そんな呼ばれ方したの、初めて見たからさ、何か可笑しくなっちゃって」

「ふん、あたいだって、びっくりだ。あたいみたいな女に、貴族女みたいな応対して……馬鹿みたいだ。……それじゃ、もう紹介も終わったし“外の糞”掃除を兼ねて、あたいは帰るぞ」


 彼女は何故か怒ってしまい、素早い立ち居振舞いで、その場から居なくなってしまった。


「すみませんね。べネットはいつもあの調子なので……」


 メルはそんな言葉通りに困惑した顔を浮かべていた。

 さて、これ以上困らせるのも何だし、俺も部屋に帰らせてもらうかな。


「いえいえ、気にしてませんから、俺もそろそろ戻りたいですし」

「そうですか? それじゃ、入ってきたとこから、戻れますので」


 あっさりと許可してくれた。

 もう戻っていいらしい。

 んじゃお言葉に甘えて、お先に失礼しますかな。


「はい。お先に」


 皆へ向けて、軽く頭を下げ挨拶してから踵を返し部屋を後にする。

 黒猫ロロを肩に乗せた状態で、短い通路を進み、降りてきた螺旋階段を上がる。


 宿の食堂へ戻ってきた。

 食堂の客は少なくなり静かだ。

 カードゲームに興じている客が複数人居るだけ。


 そのカードの手札を覗きながら食堂を通り、玄関口近くにある階段を上って部屋まで急いだ。


 部屋に戻るなり、黒猫ロロが寝台へ跳躍。

 いつものようにジャンプして遊んでいた。

 お前も相変わらず、好きだな。


 必死に可愛く跳び跳ねている黒猫ロロの姿を、微笑しながら見つめては、外套を脱ぎ、防具も外していく。


 結局、流れで【月の残骸】と協力関係を結んでしまったが、良かったのだろうか。

 ま、なるようになるか。


 皮服に着替え終え、そのまま寝台へ寝転がる。


 能力でも見て、休もっと。


 ステータス。


 名前:シュウヤ・カガリ

 年齢:22

 称号:水神ノ超仗者

 種族:光魔ルシヴァル

 戦闘職業:魔槍闇士:鎖使い

 筋力21.1敏捷22.1体力20.1魔力25.9器用20.0精神26.9運11.2

 状態:平穏


 運を抜かせば、平均二十を超えた。


 そこで、目を瞑り……。

 寝入り端に魔素の気配で起こされた。


 ん、扉をそっと開けている?


「おぃ、誰だ?」

「あ、バレちゃった? へへ~」


 わざとらしい。ヴェロニカだ。


「何か用か?」

「うん。さっきはどうして勧誘を断ったの?」


 はぁ、コイツ、知っている癖にわざと聞いているな?

 あ、扉、閉めやがった。

 全く、変なのに絡まれた……。


「……さっきも言ったが、聞こえてなかったのか? 指図されるのは嫌なんだよ。イ・ヤ・な・の。Do you understand《したか》?」


 しつこいから、思わず英語で強調。


「ふふ、何か変な言葉で言っているけど、そんなイライラしないでよぉ。でもね、わたしの真意をちゃんと解ってほしいなぁ……ま、これはポルセンのことも言えるのだけど……」


 ヴェロニカは思わせぶりに語りながら、近寄ってくる。


「ん? どういうことだ?」


 そう言って起き上がる。


「ヴァンパイアとして、血魔力を教えるということは、家族、親愛、友情、愛、そういった意味合いもあるのよ。だから、ポルセンの従者、アンジェがイライラしてた理由が分かるでしょう?」


 あ、そういう……嫉妬か。

 だから、アンジェはイライラな対応を俺に向けていたわけか。

 でも、男からの愛は要らないな。美人な女限定だ。


「それは知らなかった。愛以外の感情なら素直に嬉しいし、ありがたいけど、君の場合、闇ギルドに入れ? とかの条件を言っていたからね」

「さっきはそう言ったけど、もういいわ。今はわたしたち“ふたり”だけ。【月の残骸】は関係なく個人として、お話がしたいの」


 あらま、改まっちゃて。

 別に構わないけどさ。


「それなら、一向に構わないさ。それで、何を話すんだ?」

「うん。疑問なんだけど、どうして、ヴァンパイアのシュウヤが冒険者なんてしているの? 迷宮都市で聞くのも何だけど、わたしたちからすれば、ヴァンパイアハンターと同じ天敵の相手よね?」


 確かに冒険者の依頼には、そういうのがある。

 だけど、俺、ヴァンパイアじゃないんだよね、と、本当の事を言っても信じてくれるかな……。


 ま、説明をするか。


「……そうだな。言い辛いんだが、俺、正確にはヴァンパイアじゃないんだ」

「な、なんですって?」


 それを聞くと、ヴェロニカの双眸が赤く充血し、目尻には血管が浮き出ていた。

 口から牙が生えている。

 ヴァンパイアらしい表情だが、動揺も感じ取れる。


「嘘、嘘よっ、騙されないわ。この濃い匂い、始祖系の純血種を思い起こさせる、この匂いがヴァンパイアじゃないなんて、絶対にありえない!」


 ヴェロニカは俺の言葉を強く否定。


「いや、そんなこといってもな」

「だって、この匂いは……わたし、わたしの“スロトお父さん”に似ている匂いなんだもん……」


 そのお父さんと混同しているのか?


「……本当に俺はヴァンパイアじゃない。ただ、ヴェロニカたちと同じように血は定期的に摂取しているがな? ヴァンパイアハーフといえば、分かりやすいか?」

「そう……ダンピールなのね?」


 いや、本当は違うのだが、種族ルシヴァルと言っちまうか。


「正確に言うと違う。種族はルシヴァルだ」

「ふ~ん。なにそれ、信じられない」


 そりゃそうだろうよ。


「信用しないなら、ここまでだな。出ていってくれ」

「待って、その濃い血、シュウヤの血を飲ませてくれたら、……そしたら信じる」


 うへ、ヴァンパイアだけにそう来るか。

 飲ませても良いけど、俺、光属性もあるんだよな。


 闇のヴァンパイアに血を飲ませたら大変なことになるんじゃ……。


 相手は闇ギルドの幹部。

 怪我となったら、この闇ギルド全員と戦うはめになっちゃうかも?

 それに、俺のアドバンテージである光属性を持つことを明かすことにもなるんだよなぁ……嫌だな。


「駄目だ」

「何でよっ、別にいいじゃない――」


 ヴェロニカはそう言って、俺の腕に掴み掛かってきやがったっ。急ぎ、寝台の上で足を「――待て待て」と、ブレイクダンスをするように回転させつつ回避する。


「ヴェロニカ、怪我するぞ?」

「怪我? わたし、ヴァンパイアよ? そこまで嫌がるなんて、不思議ぃ、何を隠してるの?」


 はぁ、しょうがない……。



 ◇◆◇◆



 その頃、同じ宿の地下室にて。


 仕事を終えたべネットがぬっと闇から現れる。

 同時に、机に置かれてある燭台のマジックキャンドルが反応し、揺れ輝き【月の残骸】の総長メルが顔を綺麗に輝かせていた。


 メルは口を動かす。


「べネット、おかえり。それで、彼は、何処の組織につけられていたの?」


 べネットは血濡れた短剣を皮布で拭いながら答える。


「……珍しい連中だったよ。“狐の白仮面”を被っていた。奴らが、あたいらの縄張りに侵入するのは初めてじゃないかな?」

「狐の白仮面というと、【アシュラー教団】の配下にいる“戦狐”たちかしら?」


 べネットは胸ベルトにナイフを仕舞いながら、机の上にひょいっと身軽に腰を乗せると、身を捻りながらメルに話しかけた。


「――そうなるね。周知の通り【八頭輝】の護衛集団たちだ。普段はこんな争いに介入しないグループであり、仲裁する側だ。メル、ちょっとキナ臭くなってきたよ?」


 べネットは片眉を上げて話している。

 その問いにメルは腕を組み、考える素振りを見せて口を開く。


「……そうね。【アシュラー教団】の占い師カザネ。その背後にいるのが【八頭輝】の一人である【星の集い】を率いるアドリアンヌ。でも、手練れとはいえ一介の冒険者である彼に手を出すのは分からないわね。アドリアンヌの闇ギルド【星の集い】は西の帝国領【象神都市レジーピック】が本拠地。いくら【八頭輝】の名目と言えど、所詮は地下オークション絡みな二日のみの称号組織でしかない。まさか、本格的にこの【迷宮都市ペルネーテ】に進出? 縄張りでも新たに作るつもりなのかしら……」


 メルは闇ギルドを率いる総長らしく、戦狐の背後関係から、その行動原理を探ろうとしていた。


「どうだろうね。それと、戦狐の他にも槍使いを追っていたと思われる追跡者たちを、ちらほらと見かけたからね? 【梟の牙】、盗賊ギルドの手練れそうな諜報員【幽魔の門】この辺りだと思うけど。こいつらはあたいらの縄張りには直接侵入はしなかったけどさ……」


 メルはべネットの報告に頷き、スラリと伸びた悩ましい長足を組み直しては、唇を動かす。


「……打撃を受けてガタガタな【梟の牙】は当たり前として【幽魔の門】も気になるんでしょうね。彼らも大手の盗賊ギルドなのだから、彼の情報を得ようと必死なのでしょう」

「メル。その彼、ううん。あの槍使いと黒猫を本当にあたいらの仲間へ加えるつもりなの?」


 総長メルはべネットの問いに意外ね? という風に眉を僅かに動かす。


「そうよ。べネットは反対なの?」

「いや、強い奴は大歓迎さ、だけど、個人の冒険者のくせに敵を作りすぎている。【梟の牙】だけじゃなく【アシュラー教団】と【星の集い】まで関係しているとは、ひょっとすると他にも敵が沢山存在するのかもしれない。あの槍使いには深い闇があるかもしれないよ?」


 べネットは言葉終わりに、メルへ向けてしっかりとした四角い顎を強調するように突き出している。


「わかっているわ。でも、闇と言っても、その本人がヴェロニカが惚れ込むほどの深い闇の住人でしょう? ふふ」


 メルは組んでいた腕を離し、口の端を吊り上げて、にこやかに笑う。


「メルッ、あたいは冗談で言ったんじゃないんだよ?」


 べネットの目は怒っていた。

 首に力が入ったのか筋ができている。


「分かっているわよ。大丈夫。【梟の牙】だけじゃなく、【星の集い】の【アシュラー教団】他の闇ギルド、たとえ、全部が敵になったとしても【月の残骸】のあたしたちには鮮血の死神と言われたヴェロニカと、特別なマギットがいる」

「マギットはともかく、フン、ヴェロっ子が、かい? あの子は確かに、無敵に近いけど、弱点があるからねぇ、そこは、あたいの目の前にいる閃脚のメルも含めるべきだろう?」

「影弓のべネットもね?」


 メルの言葉に、べネットは照れるような仕草をして、視線を逸らす。


「あ、あたいはっ、そんなたいそうなもんじゃないよ。それじゃ、外回りしてくる――」


 べネットは一瞬で消える。


「あ――もうっ、素早いんだから……閃脚の二つ名はべネットだと思うわ」



 ◇◆◇◆

 

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