百十三話 旧友ごっこの真実

 口髭が目立つ男は食事を口へ運び世間話を繰り返す。

 隣に座る青髪の女は机に置かれた食事には手をつけず、半眼な眼差しで俺を睨んでいる状態だ。この女、なんでそんなにイライラしている?

 ヒステリック気味か? 怖い視線には合わせず、癖になる生姜系の味がついたモヤシのような美味しい野菜料理を食べながら、適当に返事をしていた。こんな世間話はいい加減にして、早く本題に入ってほしいもんだ。先に言っておくか。


「……なぁ、そろそろ、この都市に居る理由を話してくれてもいいんじゃないか?」


 俺は不機嫌気味に話す。


「そうですね。まずは、わたしの名前を名乗っておきましょう」


 それもそうか。この人たちの渾名や二つ名は何となく覚えているが本名をまだ知らない。


「わたしは、ポルセン・ヴァルマスクと申します」


 ヴァルマスク……。

 怪しいフレーズ、どっかで聞いた覚えがあるぞ。

 まぁ、後々、思い出すだろ……。


「パパが名乗ったなら、わたしも名乗らなきゃね。わたしはアンジェ・エーグバイン。言っとくけど、こないだのようにパパの面子を潰したら、ただじゃおかないんだから」


 キャンキャン吠えている。が、その声質はトテモカワイイ。

 いつの間にか、このパパとやらの面子を潰したことになっていたらしい。だから、この女は俺を睨んでいるのか。

 姓もエーグバインだし、本当の親子ではないらしい。


「……それじゃ、俺も名乗っておく。シュウヤ・カガリ。気軽にシュウヤと呼んでくれ」

「わかりました。シュウヤさんですね。では、この都市に来た理由を最初から順を追ってお話しいたします。【ヘカトレイル】でシュウヤさんと出会ってから間もなくのことです。もう知っていると思いますが、わたし共は【宵闇の鈴】という闇ギルドに所属していました。ですが、今はもう……わたしとアンジェの二人だけに……こうなってしまったのも【白鯨の血長耳】との抗争結果なのです」


 戦争で人員を減らしたのか。


「そうよ。住んでいたとこも燃えちゃったし……」

「アンジェ? 今は、わたしが説明をしている」


 連れの青髪女はポルセンに冷たく注意され、泣きそうな顔を浮かべる。


「パパ……わかった」


 このアンジェとかいう女、パパとポルセンのことを呼んでいるが、勝手にこの女がパパと呼んでいるだけか? それとも何かのプレイか?


「アンジェの言う通り。わたしたちの事務所、まぁ、普通の賭博を生業にしている普通の酒場だったのですが、それが【白鯨の血長耳】の襲撃を受け焼失してしまったのです」


 闇ギルド同士も忙しいこった。


「それはお気の毒に、と言った方がいいのか?」

「何よっ、その態度は――」


 青髪アンジェのツンが炸裂。

 この娘は俺の素っ気ない態度が気に入らないらしい。


「アンジェ、いいから静かに」

「あ、うん……」


 パパにはえらく従順だねぇ。

 そんなことより闇ギルド同士の争いでも聞くか。


「それで、攻撃されて、お前たちは反撃とかしなかったのか?」

「勿論、すぐに反撃にでました。切っ掛けを作った不思議なドワーフと共に我らを襲ってきた【血長耳】のメンバーを殺し、幾つかの拠点を襲撃しました。しかし、こっちは少人数。相手は巨大組織。おのずと結果は明らかでした。多数の仲間が死ぬことになり、逆に追い詰められてしまいまして……その際に一緒に戦っていたドワーフとは別れ、わたしたちは昔の知り合いを通じて、都市を移ることに……今は、その通じた知り合いが所属する闇ギルド【月の残骸ムーン・レムナント】に加勢するという形で、この【迷宮都市ペルネーテ】にある宿にいるのです」


 そういうことか、納得。【月の残骸】へ加わったのか。

 しかし、切っ掛けを作った不思議なドワーフが気になる。


「……切っ掛けを作ったというドワーフとは?」

「えぇ、確か名前はハンカイと名乗っていました」


 な、なんだと!?


「そもそも、そのドワーフが血だらけの格好で、わたしたちの酒場へ逃げ込んできたことから、大規模な争いが始まったんですよ」


 ハンカイ……。


「そして、そのドワーフの追っ手が【血長耳】でして、ソイツらがわたしたちの酒場へ問答無用に魔法を撃ち込んできたのです。そこからはもう……派手に争いが発展。酒場は完全に破壊され、焼失してしまったというわけで」


 まさかね……。


「そのドワーフの特徴を、もう少し教えてくれないか?」

「えぇ、良いですよ。彼は【血長耳】に対すると言うより、エルフに対して恨みを持っている感じでした。あまり闇ギルドには詳しくないようでしたね。『俺が知っている奴らに会った』と、強烈な笑みを浮かべて語っていました。『また、エルフ相手に戦争ができる』とも、嬉しそうに吠えていましたよ。とにかく、威勢が良かったです。それに、威勢や吠えるだけでなく、実際にめちゃくちゃ強かった。手斧を投げたと思ったら手甲が黄色く光り、その投げた手斧が掌に戻ってくるというマジックアイテムの特殊手斧を持っていたのです。斧の扱いが素晴らしく、手練れの【血長耳】の構成員を一人で何人も屠っていました……」


 そうか……。

 それはもう確実に、俺が助けたハンカイドワーフだ。


「なるほど……」

「そのドワーフを知っているのですか?」


 ポルセンは興味あり気に聞いてきた。

 そうだ。知っている。まぁ、ここは素直に話しておくか。


「うん。知り合いだと思う」

「へぇ、あの玉葱のような髪形を知っているんだ?」


 青髪アンジェは冷たい口調でぞんざいに特徴を語る。

 確かにハンカイは玉葱頭だった。


「……ドワーフがその特徴的な頭だったのなら、確実に俺が知っている奴だ」

「そうですか。どうりで、強いわけです。まさか知り合いだったとは」


 確かに、世界は広いようで狭い。


「だが、そこまでは深くは知らないぞ? お前たち闇ギルドと出会った時には、もうドワーフとは離れていたしな」

「ふ~ん。どうだか、実はわたしたちをハメるためにどっかのギルドと繋がっていたりして?」


 ツンな青髪アンジェは眉を細めて、腹立ち気にそう語る。


「……憧れはあるが、そんな細かい権謀術なんてことはしねぇよ。……俺は肉体派なんでね」


 孫武、黒田官兵衛、真田昌幸、ウェゲティウス、マキャベリ、etc、前世で好きだった有名な知将、軍事思想家たちの話を思い出す。

 ここの世界にもそんな知将たちが渦を巻いているのだろうか。


「……確かに、そういうタイプには見えませんね」


 ポルさんは、俺の顔をじっくりと見ては……。

 淡白に答えてくれた。

 褒められているのか貶されているのか、どちらだろう。


「パパ、こいつのことを信じるの?」

「そうだ。アンジェ。お前は未熟なので、解らないと思うが、お前よりはシュウヤさんのほうが、血を知っているはず」


 ぬ? 血を知っているだと!?

 もしや、俺を吸血鬼ヴァンパイア系と知っている?

 吸血のことを指して、言っているのか?

 それとも殺しが得意とかの隠語か?


「え、パパ、それはパパの一族と?」


 アンジェは驚きの表情を浮かべている。

 ポルセンと俺の顔を見比べるように視線を動かしていた。

 ポルセンの一族? ポルセンはヴァルマスクと名乗っていた。


「……いや、わたしの一族ではない。だからこそ、シュウヤさんが、どうして血の匂いを持っているのか。その理由を知りたいと思っていたのだよ」


 ポルセンはアンジェだけでなく俺に問いかけてくる

 あ、あぁっ……思い出した。

 あの美人な吸血鬼ヴァンパイアハンターの言葉を思い出したよ。

 アイツ、名前なんだっけ、とにかく、吸血鬼ヴァンパイアハンターが追っていたのがヴァルマスク家とかの筈だ。

 その、ハンターの名前は……。

 ノーラ。ノーラ・エーグバインだ。青髪のアンジェと同じ、エーグバイン。ということは……この青髪娘とたまたま姓が同じ?

 だが、アンジェとノーラは髪の色が違う。否、やはり偶然にもほどがある。ノーラは妹のことを言っていた。

 もしかして、ノーラの妹がアンジェ? だからあの時、近くにいたのか……周囲を見渡し、さりげなく掌握察を行う。周りはいたって普通。

 ここで、あの吸血鬼ヴァンパイアハンターのノーラが飛び出してくるとか? そんなドラマのような……熱い展開は無いようだ。

 食事を取り、楽しく談笑を繰り返している客ばかり。


 火に油を注ぐように<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>を行うか? 止めておこう。今は彼らの話を聞いておく。


『閣下、――この二人は全身に魔力を纏い魔力量も豊富です。女の方はいつでも戦闘できる態勢かと、気を付けてください』


 常闇の水精霊ヘルメが視界の片隅で躍りながら解説してくれた。


『分かってるよ。ヘルメ、いつもありがと』

『はい。ありがとうございます』


 ヘルメは視界から消える。改めて、ポルセンを見た。

 彼は、俺が長らく沈黙を続け間を空けても冷静な態度は崩さない。

 青髪アンジェとは違い、ポルセンは俺と敵対関係には成りたくないようだ。


「……血の匂い?」


 間を空け過ぎたので、わざと惚けて聞いてみた。


「シュウヤさん。あまり、我々を舐めないでもらいたい」


 うへ、前言撤回。

 ポルセンのそんな挑発めいた言葉と共に宿の気配も変わった。

 研ぎ澄まされた殺気が、目の前の二人以外から、一人、二人、いや、もっとか……はは、やるねぇ……周囲に闇ギルドの面々が隠れていたらしい。楽しそうに飯を食っている客の合間に、ちらほらと殺気を漂わせている奴らが混ざってやがる。

 ひょっとして、こいつらが【月の残骸】ムーンレムナントか?

 宿には他の一般客が大勢いるのに……が、そちらが殺る気なら受けて立つ。


「……別に舐めてねぇよ。そっちが殺る気なら、――俺は構わんぞ?」


 そんな殺気を込めた言葉と共に、殺気や掌握察とは違う、ワザと大きな魔力を放出してやった。黒猫ロロは、今散歩中だ。

 だから俺から仕掛けるとしても一人で殺らなきゃな。

 初手に<鎖>、魔法、<光条の鎖槍シャインチェーンランス>、<導想魔手>、魔槍杖バルドーク、<投擲>といつでも、使えるように心構えをした。


「な、何だと?」

「――きゃ、パパ、こいつ殺る気よ!」


 魔力を直に感じたアンジェは身を反らしながら言っている。

 ポルセンも驚いていた。何も変てつもない魔力のはずだが?

 ポルセンの余裕顔だった表情が崩れていた。

 彼らの様子を窺いながら口を動かし、


「いや? ただ、――座っているだけだが?」


 両腕を上げてのバンザイポーズ。


「――クッ」


 アンジェは、俺のさりげない腕を上げる動作でも、過敏に反応。

 席から飛ぶように離れた。


「先に殺気を放ってきたのは、ソッチ側だろう?」


 腕を下ろしながら、鷹揚に語る。

 ポルセンはひきつった表情を浮かべているが、まだ座った状態だ。


「それで、旧友ごっこはお仕舞いか?」

「……済まない。こちらの手違いだ。我々は争いたくはない」


 ポルセンの先ほどの態度はフェイクだったらしい。


「――そこの娘は違うようだけど?」


 アンジェは腰に差していた青い長剣を抜き、構えている。

 抜いた特殊な長剣は、前にも見たことがある。青い刀身が揺れてキィィーンと気持ちの良い高音を響かせていた。


「アンジェ、武器を仕舞いなさい」

「パパ、こいつは危険よ。さっきの魔力を感じたでしょ?」


 そこに激怒したヘルメが視界に登場。


『閣下、この、こうるさい青蠅を水に埋めますか?』


 うひゃ、こわっ。


『い、いや、放っておけ』

『分かりました……』


 残念そうに消えるヘルメ。

 だが、今、さっき、一瞬見せたヘルメの目がヤバカッタ……黝(あおぐろ)い瞳がギロリと動き、血が流れるほどに血走っていた。

 正直、背筋が凍った。


「……いいから、仕舞えと言っている」

「あ、はい……」


 アンジェはポルセンの厳しめな言葉に従い、武器を鞘に収めた。

 さて、答えは想像できるが、本人に言わせるか。


「それで、血の匂いとかの意味をハッキリと言ってくれるかな?」

「……えぇ、では、シュウヤさんは〝ヴァンパイア〟ですね?」


 随分なストレートパンチ。周りの視線は気にならんのか?

 冒険者には討伐対象だろうに……と、周りを見渡すが、こっちを見てる客や聞き耳を立ててる客はいないようだった。客と思っているが、実は全員が闇ギルド関係者か? しかし、俺の種族は光魔ルシヴァル。

 正確には吸血鬼ヴァンパイアではないが。

 まぁ、そのテイに乗っかり話を進めますか……。


「……何故、そう思った?」

「わたしが始祖の流れを組む高祖十二氏族ヴァンパイアロードの一つヴァルマスク家から直接に枝分かれした分家の一族だからですよ。ですから、血の匂いはすぐに分かるのです。シュウヤさんが血入りの何かをいつも持ち歩いているのはずっと前から知っていました。それに、あの都市で何回、何十回、何百回と<分泌吸の匂手フェロモンズ・タッチ>を使っていたでしょう?」


 うひょ、やはり吸血鬼ヴァンパイアかよ。

 ヴァルマスク家、吸血鬼ヴァンパイアの総本山らしきところの出身か。スキル<分泌吸の匂手>を知っているし……。


「そこまで知っていたか。俺は確かにそのスキルは使っていたよ」

「えぇ、あのスキルは云わば、ヴァンパイアの縄張りを示すマーキング。他の血吸いな種族たちへ、自らの力を誇示するのと同じことですから……」


 あちゃぁぁ、そうだったのか。

 だが、そんな吸血鬼ヴァンパイアのルールなんて分かるわけがない。


「ですから、シュウヤさん。貴方の、本当の名前を教えて頂きたい。今、この南マハハイム地方でヴァルマスク本家や分家以外にヴァンパイアを産み出すことなど出来る筈が無いのですから」


 ポルセンの目からは冷淡さを感じさせているが、行儀よく紳士らしい真面目な口調だ。正直に話しても良いが、彼に正確なことを話しても、信じないだろうし、適当に誤魔化す。


「……俺の名前は昔から、この名前だ。正直、何々家とかまったく知らない。天敵のヴァンパイアハンターに襲われた時、そのヴァンパイアハンターからヴァルマスク家の名前なら聞いたことがあるだけだ」

「ヴァルマスク家を知るヴァンパイアハンター……」


 ポルセンは恐怖を滲ませるように呟く。


「……よく、生きて帰ってこられたわね?」


 青髪アンジェは喉をごくっと鳴らし動揺を示す。


 ん? 冒険者な吸血鬼ヴァンパイアハンターは腐るほどいるはずだ。ということは、専門的な吸血鬼ヴァンパイアハンターはポルセンに恐怖を覚えさせるほど厄介な存在で、普通の冒険者はあまり大したことはないのか。俺を間違えて攻撃してきたノーラ・エーグバインは吸血鬼ヴァンパイアハンターとしては一流処だったのかもしれない。


「……上手く往なしたのさ、それで、家系の話だが、そもそも、父や母は、俺が幼い時に死んでしまったからな。歴史などしらんよ。もしかしたら、あんたの言う通り、俺は違う地方の出なのかも知れない」


 だいたいは、でっちあげの架空話だが、俺の両親が亡くなっているのは本当の話。だからあまり間違ってはいない。


「……そうですか。なら、ヴァルマスク家の遠い分家、または、それ以外の家系なのでしょう。ですと……本家ではなく、遥か南の大国セブンフォリアの高祖パイロン家ぐらいしか思い浮かびませんが……」


 南の大国セブンフォリア? 初耳だ。かなり遠方の国なんだろうか。

 そんなことよりツンな青髪アンジェに関する、ささいな疑問を聞いておく。


「さぁな? 家系がなんたらと講釈たれても、俺には分からないよ。それより、アンジェはポルセンの<従者>なんだよな」

「そうだけど、何、気軽に呼び捨てで呼んでいるのよ」


 アンジェは小さな声で文句を言っている。


「――その通りです。アンジェは、わたしの血を分けた、ただ一人の<従者>」


 紳士な態度のポルセンが冷静な口調で語ると、アンジェは今までの態度とは打って変わり、何とも言えないあふれんばかりの笑顔のアンジェは、うっとりとした表情に移行して渋顔ポルセンを愛しそうに見つめていた。


 悔しいが、可愛い。


「……<従者>は一人だけ?」

「おかしなことを聞きますね。当たり前ですよ」


 あれ、俺と違う。俺の<眷族の宗主>は三人の<従者>を作ることが可能。吸血鬼ヴァンパイア系でも違うようだ。


「済まないな。身近に親しいヴァンパイアが居なかったもんで……」


 何気ない言葉のつもりだったが、俺の言葉を聞いたポルセンは、急に哀れみの視線で見つめてきた。母親の、いや、父親か、変な視線だ。


「……なるほど、貴方はヴァンパイアとしての教えを受けていないと……血魔力の血魔法ブラッドマジックの本質をスキルとして理解していないのですね?」


 血魔力はスキルとして覚えてはいるが、確かに、まだちゃんと理解していない。


「――ちょっと待って、その話は本当なの?」


 アンジェの声ではない。

 声が聞こえたところへ視線を向ける。


 そこには、あれ、お手伝いのイリー?


「ヴェ、い、いや、イリーさん、ここでの接触はわたしに任せてくれるはずでは?」


 ポルセンはお手伝いのイリーさんを見て、珍しく動揺。

 名前を間違えそうになっていた。


「ごめんなさいね。だけど、わたし、彼にすっごく、興味があるの……」


 イリーが舌舐めずりしながら、そう喋ると、俺に近寄ってくる。


「イリー、止まりなさい。ここでは駄目と言ったでしょう?」


 少女イリーを止めたのは女将のメルだった。

 メルは少女の背後へ素早く移動。その少女の肩を掴み、動きを止めている。女将のスラリと伸びた足には濃密な魔力を纏っているだけあって、素早い。


「――シュウヤさん、こんばんは。そして、ポルセン、アンジェ、悪いんだけど、ここからは【月の残骸】が本格介入するわ。それと、ここじゃ都合が悪いから、三人共――、奥へ来てくれるかしら?」


 女将のメルは冷静な口調で話し、流し目な視線で食堂の右奥にある扉を見ている。そこへ行けと言っているようだ。


「わたしも~?」


 イリーは子供らしい表現を行い、メルに聞いている。


「当たり前でしょうが、さ、ついてきなさい」

「は~い。うふ」


 イリーは俺を見て、嗤うと、扉へ歩いていく。

 子供だが、その焦げた視線は少し怖かった。

 宿の女将メルと少女イリーは【月の残骸】のメンバーということか。


 あぁ、だから、俺がこの宿に決めた時、イリーは意味深なこと言ってきたのだな……。


『閣下、ついていくのですか?』

『そのつもりだ。戦いになったら、隙を見て目から飛び出していいぞ』

『はい、お任せください』


 ヘルメと念話を行いながら、女将メルに誘導され、付いていく。

 食堂の奥にあった扉を開けると、下へ降りる螺旋階段が出迎えた。


 ポルセンとアンジェは先にその階段を下りていく。


「この下へ行くのか?」

「そうよ。何もするつもりはないから、さ、入って」


 宿の女将メルはそう言うが……。

 ま、進むか。階段を下りていく。

 降りた先には狭い通路があり、大きな扉が待ち受ける。


 ポルセンとアンジェはそこで待っていた。

 メルとイリーは、その扉前まで進むと扉の飾りであった二つの月オブジェをカチャカチャと時計を回すように弄くり出す。ダイヤル鍵なのか。

 最後に二つの月オブジェの内、大きな月オブジェが崩れて残骸の月オブジェに変化した瞬間、ガチャンと鍵が外れる音を響かせると銀行の金庫扉のような扉が開く。その先には地下空間が広がっていた。


「さぁ、中へ入って」


 メルの言葉が広場に木霊する。頷きながら、扉を潜り地下空間に入った。風はなく、乾いた空気、広くもなく狭くもない。

 中央部には僅かに窪み、会議が行えそうな円卓机と椅子が置かれてある。奥行きのある天井には白猫を象どった像があり、肉球の片足に包まれる形で丸い魔法の光源があった。


 円形の地下部屋を独特な照明が照らしている。


 窪んだ中央を囲うように左の岩壁には鍛冶道具が置かれ、錬金術に使いそうな薬草、薬瓶が嵩張るように積まれて大きな棚が壁に沿って並ぶ。

 中央の奥の岩壁には、浮き彫り状のキリストのような茨の冠をかぶった女神像があり、二つの月石を両手に持ち天へ掲げている作り。女神像の左右には地下へと続く暗闇の穴がある。右の外縁には、岩棚の上り階段がある。見晴らしのよさそうな出っ張りの空間へと続いてた。あの先にも、まだまだ通路がありそうに見えた。

 しかし、宿屋の地下にこんな秘密基地みたいな場所が存在するとは……。


「……座ってくれるかしら」


 ポルセンとアンジェはメルの言葉に従い、中央のテーブル横にある椅子に座る。俺も言われた通り緑のテーブルクロスが綺麗な机に近寄り、木彫りされた背もたれ付きの椅子へ座った。

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