百十六話 魔法の実験場

「相変わらずの熱気だ」


 声が周りに響き渡る布告場を通って露店商が無秩序に並ぶ場所を進んでいった。

 売り子に冒険者たちが群がり、カオスな状況だ。


 ――アイテムボックスを持ってない方、ポーター、荷運び人をやりますよ。誰か雇ってくださいっ!

 ――大盾持ちだ。俺を雇えば、モンスターなぞ怖くないぞ!

 ――第一階層から第二階層の罠を表記した地図売ります。


 一応、地図売り場を見ていくか。

 地図の売り子が集まるところへと向かった。


 近寄った途端、ローブを着込む鱗人が、


「兄ちゃん、地図が欲しいのかい?」

「買うかは分からないが、どんなのがあるんだ?」


 この商人の見た目は、確か、カラムニアンとかいう種族。


「これなんかどうだ? 罠表記、モンスター部屋、一階から二階までの転移の間まで、幾つかあるルートが書かれてある」

「それは幾らだ?」

「金貨三十五枚といったところだ」


 相場的に少し高いような気がするが、商人が見せている皮布には地図がしっかりと書かれてある。

 この値段は覚えておこう。


「なるほど、とりあえず、今はいいや。今度買うかもな、じゃ」

「そうですかい?」


 ローブ頭巾から残念そうな顔を覗かせるカラムニアン商人から離れて、他の露店商を見ながら歩く。

 そこで、食い物の良い匂いが漂ってくる。

 そういや、朝飯をここで済ませる予定だった。


「にゃ、にゃ~ん」


 肩にいた黒猫ロロが、鼻をくんくんっと動かし、その匂いに反応。


「あそこで食ってから、迷宮に潜るか?」

「にゃお」


 力強く鳴き、ペロッと頬を舐めてきた。


「――ひゃぁ、ロロ、わかったから、連続で舐めるのは止せ、くすぐったいっ。俺は食いもんじゃないぞ?」


 食事を催促してるのかふざけてるのか分からないが、そんな興奮状態の黒猫ロロを肩に乗せた状態で、香ばしい匂いを漂わせている店に急いだ。


 匂いの元である肉を焼いている店の前に到着。


 調理パフォーマンスをしている店なのか。

 網に吊るされたこんがりと焼けた大きい肉から見事に透明な汁が滴り落ちている。

 その大きい肉をプロレスラーもとい、マッチョな色黒店主が縦長のギザギザ刃を肉の表面に当て、上から下へ刃を落とし、肉を薄く削り取っていた。


 切られた箇所からは、沢山の、肉汁が垂れていく。

 やべぇ、すげぇ旨そう……。


 黒猫ロロじゃないが、思わず、唾を飲み込み喉がなる。


 まるで、ブラジル料理のシュラスコのような肉料理。


「……旨そう」


 自然と口から唾が溢れ出ては、そんな言葉を呟いていた。


「にゃ~」


 黒猫ロロも俺に賛成のようだ。


 店の前の地面に置かれた小さな看板には、大草原育ちの大鹿カセブ専門トトラの肉屋出張店と、名前が刻まれてあった。


 カセブか。その名前の肉なら聞いたことがある。

 ヘカトレイルで売っていた串焼きだ。

 あれはあれで美味しかったが、こっちのが食欲をそそる匂い。


 値段表には、大肉、大銅貨一枚、中肉、小銅貨五枚、小肉、小銅貨一枚と書かれてある。

 安いし、大肉と中肉を頼むか。

 早速、色黒の店主に声をかけた。


「焼いた大肉一つ、中肉を一つくれ」

「はいよ、大銅貨一枚に小銅貨五枚だ」


 アイテムボックスから、銅貨を取り金を渡す。


「――毎度あり、今、タレを掛けるからな」


 マッチョな店主は、切った肉をスムーズに皿へ盛り、側にあった壺から小さなお玉でタレを掬っては、ささっと掬ったタレを肉へ掛けていく。


 最後に長葱のような野菜と鷹の爪のような赤い香辛料をまぶしていた。


「完成だ。はいよ」


 店主は肉料理を出してくれた。


「ありがと」


 やや紫を帯びた焼き色の肉からは湯気が立ち、黒いタレと葱野菜に香辛料が混ざったシンプルな料理。


 黒猫ロロにも大肉をあげると、勢いよくむしゃぶりついていた。


 俺も食おう。

 フォークはないので、柔らかそうな肉へ短剣を刺しては、口へ運ぶ。


 最初はさくっと、ほどよい歯応え十分。

 肉を奥歯へ運び、その奥歯で柔らかい肉を噛み切ると、肉の中から、じゅあっと大量の肉汁が口に溢れてきた。


 一噛み、二噛みで、肉は無くなっていく。

 ヘカトレイルの串焼きより、こっちのほうが美味しい。

 ルンガ牛のサイコロステーキも美味しかったが、このカセブ肉も負けていない。


 染み込んだ下味、熟成の仕方か、この黒いタレか。


 タレは『ブルドック』の中濃ソースの味に近い。

 赤い香辛料のピリ辛味が、俺の舌を刺激する。


 これ、唐辛子に似ている。

 香辛料といえば、セリュの粉はまだ少しあったはず。

 師匠やラグレンがよく肉に掛けていた。


 アイテムボックスの中にはヘカトレイルで買った香辛料が入っているから、それを掛けたらもっと美味しいかも知れない。


 そんなことを思いだしながら、旨い肉を食べていく。

 他の冒険者の客たちも、短剣を肉に刺すか手掴みで焼肉を頬張っていた。


 黒猫ロロもガツガツと旨そうに肉を食べている。

 途中で、姿を豹並みに大きくしては、唸り声を出しながら食いだしていた。誰も肉は取らないのに……。


 その特徴ある唸り声に、なんだ? なんだ? と、他の客から注目を浴びてしまった。


 今は黒豹に近いからね……。


 俺は好奇の視線に耐えながらも、残り少なくなった旨い焼き肉を胃の中に運ぶ。


 黒猫ロロは食い終わると、姿を小さい黒猫に戻す。

 満足そうに顔を洗う動作を繰り返していた。


 この旨い肉をアイテムボックスにストックするか悩む。

 まだ【ヘカトレイル】で仕入れた食料があるから、今度でいいか。


 よし、食ったし迷宮へ挑む。

 迷宮の出入り口建物である短い塔へ歩もうとしたとき、短い塔の出入り口付近から、


「薬草は要りませんか~」


 この間見かけた白目少女だ。貧相だが、小さい手で大きい篭を持ち、健気に薬草の束を大量に持ち歩く姿は変わらない。あの子、また売っているのか。


「ロロ、行くぞ」


 黒猫ロロを肩に乗せ、その薬草売りの少女のもとへと近寄って話し掛けた。


「やぁ、薬草を売ってくれるかな」

「あ、ありがとう――、あ、こないだの?」


 少しは目が見えてる?

 声で判断しているのか。


「覚えているのか。そうだよ。また売ってくれると助かるんだが」

「はいっ、喜んで、どうぞ。小銅貨、五枚になります」


 薬草を貰い、アイテムボックスから大銅貨を出して手渡す。


「……また、大銅貨。これだと二つ分です」


 ん、この子、小さい掌で銅貨の表面を何回も触って確かめている。

 指先でも確認していた。

 実は見えているようで見えていないのかも知れない。


 耳が良いだけかな?

 ま、こんな推察をしたところで、意味はないんだが。


「気にせず受け取っておいてよ。またね」

「あ――」


 有無を言わせず、軽く腕を上げて別れの挨拶。

 俺は迷宮の出入り口へ急いだ。


 あの子が持っている篭、いつも薬草で満杯だ……売れてないんだろう。

 これから薬草がもっと沢山売れると良いんだが。


 同情しながら衛兵にスパッと冒険者カードを見せての顔パス気分で、迷宮の入口である建物の中へ入る。


 中心の水晶体には、集合している冒険者の団体さんがいた。

 リーダーの人が謎の合言葉をいうと、その全員が消える。


 さぁ、俺も行こうか。

 水晶前に立ち、水晶に触りながら「ワープ」と唱える。


 一階層の水晶体へワープが完了。

 天井には明るい光源になっている魔法陣のような幾何学模様がある。


 この間のように、天井の高さは変わらない。

 八角形の部屋、前後左右にはアーチ状の出入り口があるのも同じだ。

 だが、壁や天井の色合いが少し黒ずんでいる?


 ま、気にせず適当に進むか。


「ロロ、行くぞ」

「にゃ」


 前方の通路を選択。通路を進むと、先に部屋が見えてきた。

 そして、魔素を感知、戦う音も響いてくる。

 中でパーティが戦っているようだ。


 お邪魔しよ、小さい岩が散乱する部屋に入った。


 大鼠の群れと戦っていたのは、冒険者三人のパーティ。

 他にも小型のゴブリン、ブランデルもいた。

 囲まれてるが、戦いは冒険者たちのほうが優勢。


 三人の冒険者は巧みな連携を見せて、大鼠を倒していた。


 彼らの邪魔にならないように壁際の端を通り、四隅にある右の通路から部屋の外へ出た。


 暫く誰もいない通路を歩いていくと……。

 通路の高さが十メートル前後に変わって横幅も狭くなってきた。


 そこで階段を発見。

 小走りで階段を下りていくと、気温が下がり冷たい風が全身を駆け抜けていく。

 前に来たときと同じだな。

 風を感じながら階段を降りると、左右に分かれた通路に出た。


 どっちにしよ?

 マーフィーの法則、フレミングの左手の法則、力、磁界、電流、を習ったことが脳裏に過る。


 意味は無いが、分かれ道は左手に因んで、左を選択。


 左を真っ直ぐ進むと、狭まった左右の壁にある幾何学模様の光源に目がついた。

 この光る模様は、この迷宮で統一されたデザインなのだろうか? 

 水晶のような塊が鎮座している特殊空間の天井にも似たようなデザインがあった。


 そんなことを考えていると、先から魔素の反応。

 小さい魔素、大鼠。三匹。


 ――殺るか、と思ったら、黒猫ロロが既に前へ駆けている。


 走りながら黒豹型へ変身。

 エリマキトカゲじゃないが、首の周りから伸びた触手たちが、黒い傘を広げたように見える。

 あれ? いつもと違う。

 傘を窄めるように触手たちが一か所に集中していく。

 やがて、一本の太い黒触手となっていた。

 一本の太い黒触手からニュルリと出た銀象牙の骨剣も、太く、段ビラサイズの大きい骨剣となり螺旋回転しながら宙を突き進んでいた。


 ありゃ……大鼠が、可哀想に見えてくる。

 案の定、太い骨剣が直撃した大鼠の腹は一瞬で両断され肉塊となり四散した。


 すご、オーバーキル。


 更に黒豹ロロは、何事もなく触手を元の大きさに変えて首元に収斂させると、獲物を捕らえようとする黒豹らしい動きを見せる。

 前足に生えている鋭い両爪で、大鼠へ覆いかぶさるように轢き倒しながら首にしゃぶりつき、喰い裂き、噛み付きを何回も繰り返していた。


「――ロロ、ナイス」

「ンン、にゃお」


 口から血を滴らせながらもドヤ顔なロロさん。

 よくやった。と、頭を撫でておく。


 大鼠が持っている小魔石も一応、回収しとこう。


「ロロ、一応、周りを警戒な?」


 掌握察があるので、心配はしていないが、念のため黒猫ロロに警戒を任せる。


 その間に鼠の死骸から魔石を剥ぎ取っていった。


 この作業も慣れないと。

 魔石を魔法袋に入れ回収を終えてから、通路を進み出す。


 また、前後左右にアーチ状の出入り口がある部屋に到着。

 部屋には複数の魔素反応があった。

 モンスターの反応だけかと思ったら、冒険者の姿もある。


 パーティ戦闘の邪魔にならないよう、右の通路を選択。


 右の通路を進むと、また大鼠が現れる。

 が、すぐに黒猫ロロがささっと片付けてくれた。

 死骸から魔石を回収し、通路を進んでいく。


 今度は、Y字が二つ重なるような通路に出る。

 斜めに四つの通路。

 今まで通ってきた道順からして、奥へ向かうのは左と仮定。


 一番手前の左通路を行く。


 すると、高さと幅が狭まってきた。

 ジグザグの通路になって分岐はなく一直線。

 十分ぐらいして、魔素の反応。


 先に小型ゴブリンが見えてきた。

 ブランデルの群れだ。五匹纏まっている。


「ロロ、今度は俺が殺るぞ」

「――ンンッ」


 先に走り出そうとしていた黒猫ロロは俺の言葉を聞いてストップ。


 周りには誰もいない。

 この辺りの雑魚には、魔法の実験だ。


 紋章魔法を試す。


 小型ゴブのブランデルたちへと走り寄りながら――。

 《凍刃乱網フリーズ・スプラッシュ》を唱える。


 その瞬間。

 綺麗な水色の魔法陣が目の前に展開。


 宙に浮かぶ魔法陣から身の丈ほどの氷線刃が無数に現れた。

 その氷線刃は横回転しながら重なり合い網目を作りつつ狙った個所へ飛翔していく。


 ブランデルたちは魚が網に掛かったように網目氷刃に捕まった。

 全身に網目の傷を作っては一瞬でバラバラになって小さな肉片と化す。

 《凍刃乱網フリーズ・スプラッシュ》は、モンスターを平らげつつ勢いを失わず迷宮の床に衝突。


 衝突した床に線状の網目傷が渓谷のように出来ている。

 これも凄い威力だな。

 まさか、迷宮自体に傷をつけるとは……。

 ブランデルが居た方向だけに傷がある。

 ある程度の指向性はあるが、この魔法は仲間がいる場合だと使うのは怖すぎる。


 何回か試していけば慣れるのだろうけど。


 次は違う魔法を試すか……。


 そんなことを考えながら、魔石を探していく。

 多数の肉片が散らばっている辺りに魔石は落ちていた。


 生活魔法の水で手を洗い、魔石の血も洗い流す。


 落ちていた小魔石は、形がどれも違うけど菱形が多い。

 魔石の色は緑色と黄色だった。

 ゴブリン系はこんな色合いなのか? 大鼠の魔石の色は無色だったはず。


 魔石を手に取り覗き込む。

 これ、石というより、宝石にも見えてくる。


 菱形の石かぁ……仕舞うか、ん、あ、これ、もしかしたら……ふと、閃いたので、アイテムボックスの◆菱形マークを思い出す。


 エレニウムストーンを納める。

 もしかして、魔石で流用できたりして……。


 試そう。


 アイテムボックスの腕輪の表面にある太陽マークに触れ「オープン」と発して、アイテムボックスを操作。


 ウィンドウが開き、いつものメニュー画面が表示される。


 そのメニューの中に並ぶ◆菱形のマークを人差し指でポチッとな。タッチ。


 こないだと同じくウィンドウが変化。


 ◆:エレニウム総蓄量:0

 ―――――――――――――――――――――――――――


 必要なエレニウムストーン:50:未完了。

 報酬:格納庫15+:記録庫解放。

 必要なエレニウムストーン:100:未完了。

 報酬:格納庫20+:カレウドスコープ解放。

 必要なエレニウムストーン:200:未完了。

 報酬:格納庫25+:ディメンションスキャン機能搭載。


 ??????

 ??????

 ??????


 ―――――――――――――――――――――――――――



 左側の大きい菱形マークへ緑色の小魔石を落とす。

 すると、ウィンドウに表示されている菱形マークの下に文字が表示された。



 ―――――――――――――――――――――――――――

 未知のストーンを検出……魔素適合率50%

 80%以下は弾かれます。

 ―――――――――――――――――――――――――――



 表示が終わると、入れた緑の小魔石がウィンドウの下から落ちてきた。


 落ちた魔石を拾う。

 この小さい緑魔石で五十パーセントと表示された。

 ということは、中魔石なら八十パーセントを超えるかもしれない。


 依頼分の中魔石を集めないと駄目だが……。

 次に中魔石を手に入れたら、また菱形マークへ魔石を落として、どんな反応を示すか確認してみたい。


 もし落とした中魔石がエレニウムストーンと認識されたら嬉しい。

 もし、認識され都合良くいけば、報酬が貰えアイテムボックスの強化に繋がる。


 ついでだ、一応、他の小魔石も試すか。


 他の四つある緑の小魔石はどれも五十パーセントだった。

 一方で、大鼠が出した無色の小魔石は六十パーセントと少し高いパーセントを出す。


 魔石の色が無色透明だからか?


 だが、いずれにしても、八十パーセントには届かない。

 次は中魔石を手に入れてからだな。


 ということで、思考を切り替える。

 表示されているウィンドウを消し、迷宮を進み出す。


 ジグザグな通路を進むと、T字の路に出た。

 今度は右へ進む。曲線を描くように曲がった通路が多くなってくる。

 歩いてると、曲線通路が真っ直ぐになり、通路の先から明るさが消えているのが確認できた。


 壁や天井の光源が消えている。

 前方は真っ暗だ。罠とかあるのか?


 <夜目>を発動。


『ヘルメ、一応視野を貸せ』

『ハイッ』


 視界に現れた精霊ヘルメを視線で掴むイメージを行う。

 精霊の目を発動させた。


『ァッ』


 ヘルメの小さい声を無視して、通路を見ていく。


 <鎖>も放出し、――遠くの床をチェック。

 魔槍杖で近場の床や壁を叩いて、慎重に歩いていく。


 すると、暗闇の先から複数の小さい魔素反応が感じられた。


 魔素を凝視して、確認。

 精霊の目であるサーモグラフィーにも熱反応。

 コウモリの姿がくっきりと赤く映っている。


 小さな反応は蝙蝠モンスターたちか。

 精霊の目を外し、魔察眼のみでも確認。


 天井に魔素の光が分布しているようにも見えた。


 数十匹は群がっている。

 数が多いが、俺には気付いていない。


「ロロ、俺がやるから下がってろ」

「にゃ」


 黒猫ロロは指示通り、後退。

 よし、先制しちゃお。


 初級:水属性の《氷弾フリーズブレッド

 初級:水属性の《氷刃フリーズソード

 中級:水属性の《氷矢フリーズアロー


 次はこの三つを順番に試し撃ちだ。


 まずは、《氷弾フリーズ・ブレッド》。


 氷の弾丸は天井に止まっていた蝙蝠モンスターの頭へ直撃。

 対象は頭に穴を空けて、床へ落下してゆく。


 すると、他の止まっていた蝙蝠モンスターが一斉に飛び立ち、俺へ襲いかかってきた。


 こりゃ、撃つ魔法を間違えたな。

 範囲魔法を試しとけば、一瞬で殲滅だったのに。


 真っ暗闇の中、少し、悔し気に眉を細めてみた。

 そんな俺には一切構わずに、口から鋭そうな牙を見せ飛び掛かってくる蝙蝠たち。


 暗闇でも超音波で位置を正確に捉えているのか、迫ってくる。


 だが、そう簡単に近付かせるつもりはない。


 左手を振り下げるように動かし<鎖>を射出。

 鎖を鞭のように扱い、勢いよくしなるように動かしては、飛んでいる蝙蝠を複数同時に撃ち落とす。


 同時に魔法を試そ。


 中級:水属性魔法。

 《氷矢フリーズ・アロー》を、発動させる。


 この魔法は《氷弾》とは違い、人間の腕ぐらいある太い氷矢が生成された。


 先端に白く輝く鏃の大きさから見ても、槍のようにも見える。

 輝く鏃は、暗闇を切り裂くように飛翔した。

 宙を素早く飛ぶ蝙蝠モンスターたちだが、氷矢は、難なく蝙蝠モンスターを捉える。

 最初の一匹は腹を貫き、次は頭をぶち抜かれ、三匹目は鏃が羽に当たり、数匹を巻き込みながら天井へ突き刺さっていた。


 これも中々、使える。


 だけど、まだまだ、蝙蝠モンスターは多い。

 魔法の攻撃が止んだと思ったのか、回りで飛んでいた蝙蝠モンスターたちが一気に急降下してきた。

 俺はその場で、くるりと爪先を軸とした横回転を行い、噛みつくように口を出している蝙蝠の急降下攻撃を避ける。


 同時に、初級:水属性魔法|氷刃《フリーズソード》を念じた。


 手刀で斬るように腕を振るいながら発動。

 飛んできた蝙蝠へカウンター気味に長剣サイズの氷刃が正面衝突し、紙を両断するように胴体を真っ二つにした。


 続けて《氷弾フリーズブレッド》を唱える。

 すぐに<光条の鎖槍シャインチェーンランス>も発動。


 続けて<光条の鎖槍>を、二度放つ。


 氷の弾丸が蝙蝠の腹を捉えて撃ち落としたところに、光の一閃たる<光条の鎖槍シャインチェーンランス>が、宙に弧を描き追跡ホーミングしながら他の蝙蝠モンスターたちの腹や羽を貫いていた。


 魔法とスキルの連続技が成功。

 <鎖>も使い、次々と蝙蝠モンスターを撃ち落とす。

 息絶えた死骸たちが地に落ちる音が、しばらく続いてから通路は静かになっていく。


 やがて、暗闇に似合う完全に静謐なる空気が満ちていた。


 最後に魔法とスキルの使用を連続で試してみたが、案外いけるもんだ。

 無詠唱が使えるからこその、連続技。


 スキル<光条の鎖槍>は魔法に見える。

 魔法ではないスキルだからこその凶悪性能。


 スキル<光条の鎖槍>の見た目は“光槍”だし、初見は絶対魔法だと勘違いする。


 ん? スキルだが、そういう魔法なんだよ。で、通じそうだ。


 さて、魔石の回収をしちゃおっと。

 短剣で解体。蝙蝠の死骸をほじくるように魔石を取り出し綺麗にして回収していく。


 黒い色合いと赤い色合いの小魔石。

 大鼠とブランデルを合わせると全部で三十個集まった。

 小魔石も金にはなる。

 けど、微々たる物だから、無視できるなら無視しちゃっても、良いかもな。


「ロロ、もう戻っていいぞ」

「ンンン、にゃ」


 少し不満気な喉声を出しながら先を歩むロロさん。


 先はまだ暗い通路が続くので<夜目>と精霊の目を使う。

 床に罠があるか確認を行いながら進んでいく。


 通路に湧いている小型ゴブや大鼠などのモンスターを倒しながら進むこと数時間。


 通路に罠のようなモノを発見。

 もう罠が発動した後なのか、床の半分以上が崩落していた。


 ――落とし穴かぁ。


 下を覗くと、底には無数の剣山が見える。

 剣山には誰も罠に掛かった兆しが見えないので、これに引っ掛かった人物は居ないらしい。


 黒猫ロロはいつものサイズに戻り、俺の定位置に収まってくる。


 罠の横には僅かな空きスペースがある。

 その僅かなスペースの壁沿いで足を揃えつつ、じりじりと、ゆっくり、前に進む。


 無事に、横から渡ることができた。

 落とし穴は無事に越えたが、また、落とし穴の罠があるかもしれない。


 なので、壁沿いから真ん中の床をチェック。


 何も反応はなし。大丈夫そうだ。

 恐る恐る足を進めて、真ん中へ移動。

 そこから少し前を歩いていく。

 念のために、前方の床へ鎖を伸ばしてチェック。


 ――そこに反応があった。

 床がパカッと両開きで御開帳。


 こわっ、またすぐ先が罠だった。


 深さは二十メートルぐらいあるか?

 底に、剣山や杭刃が見えているよ。けど、穴の縦幅は十メートルもない。

 跳躍で飛び越えられそうだ。


 だけど、止めとこ。

 越えた先も罠だったら嫌だし。


 壁沿いには、先ほどと同じく僅かな空間があるから、その狭い側を進む。

 渡っている最中、横壁から槍が飛び出す? と、嫌な想像をするが、大丈夫だった。


 慎重に渡り、また暗闇通路の真ん中へ戻る。

 罠を確認しながら進む。

 そんな暗闇通路を少し進むと、先に明かりが見えてきた。

 光源付きの部屋。<夜目>と精霊の目を解除。

 時間が掛かったが、罠があった暗闇通路を無事に抜けることに成功したようだ。


 明るさが漏れる部屋へ足早に向かう。

 部屋を確認。同時にモンスターの魔素反応もあった。

 前後左右にアーチ状の通路口がある、いつもの、モン部屋だ。


 部屋に群れていた小型ゴブリンたちを槍無双で倒し、魔石を回収してから前の通路を三十分ほど進むと、そこは行き止まりだった。


 迷宮だ。こういうこともある。

 何も出ない行き止まりから、走ってモンスター部屋に戻り、今度は左を選択。

 左はジグザグの通路が続いた。

 暫く進むと、幅広な下りの階段が目に入ってくる。


 ん? 階段周りにある壁の明るさが増した。

 何か、雰囲気があるね。


 幅広の階段は下へと長く続いていた。

 スタタタタッと忍者気分の駆け足で、階段を降りていく。


 視界の先、階段終わりの先から空間が広がっていた。

 この階段からして他と違うから特別な部屋だろう。

 その部屋に足を踏み入れた。八角形の部屋だった。

 微風、湿ってもなく乾いてもない。


 中央には特徴ある太い水晶体が鎮座していた。

 この空間の前後左右にはアーチ状の出入口がある。

 俺が進んできた通路と同じように違う通路か部屋に続いているんだろう。

 だが、ここで一階は終了か? もう二階なのだろうか。

 水晶体から地上へ戻れるとして……。

 レベッカのいう通りならば、この水晶に触って、二層とか二階と言えば、迷宮の違う第二層へランダムにワープさせられるはず。

 ダンジョンの壁に分かりやすく、ここは二階とかが刻まれていると楽なんだが、そんな便利な標識はあるわけないし。


 しかし、水晶体が鎮座している特殊部屋は天井が二十メートルぐらいあるのと、八角形の空間なのは、どこも変わらないのかな?


 そんな些細な疑問を考えながら、中央に居座る水晶体へ近寄り手を伸ばす。

 水晶に指が触れると表面から文字が浮かんだ。


 “二層エリア”の青色と紫色の文字。

 点滅しながら表示されている。


 やはりここは二階。

 早速。やってみるか。


「二階」


 視界がぶれるとかは一切無く――ワープが完了。


 水晶体の表面には、俺が唱えた二階の文字が点滅している。


 あれ? 形が違う? 水晶体の形が違うか。

 ワープする前は結構、ずんぐりむっくりな形だったのが、目の前で触れている水晶体は縦に高く長方形でスリムと化していた。


 オベリスクとはいかないけど、意外に形は整っている。

 凹凸があるので完全な長方形じゃないけど。


 そんな水晶体から視線を外し……新しくワープしてきた部屋の内部を見ていく。


 八角形の空間なのは変わらない。

 天井の高さは少し低くなり、光源の幾何学模様の線が増えた? ような気もする。


 床は無垢なクリーム色。

 先ほどまでは灰色だったが、光源のせいか明るく感じる。

 壁もクリーム色に近い。灰色と混ざっていた。

 そんな部屋の出入り口は、左と後ろの二ヶ所のみ。

 今までのように、前後左右にアーチ状の出入口は存在しなかった。


「にゃあ」

『ロロ様が指示していますっ』


 たまたまだと思うが、黒猫ロロは触手と尻尾を左へ向けているね。


『ロロに従うか』

『はい』


 ヘルメと念話しながら左の通路を選択。

 通路の幅は二十メートル前後。

 正確に測れるわけではないので、完全に目測だが……。


 きょろきょろ頭部を動かして周囲を確認しつつ歩いていると――。

 黒猫ロロが肩から降りた。

 

 黒豹の姿となって歩いていった。

 相棒は、戦う気配を感じているのかな。

 

 それとも野生の勘、狩りタイムか。


 乳白色に近い二階層の通路。

 モンスター討伐の依頼のモンスターは、その殆どが、この二階層以降に出現する。

 俺が受けた依頼も二階層。 


 だから、ここからが迷宮の本番と言える。


 依頼のモンスターは、どれくらいの頻度で出没するのだろうか……。

 少しの緊張とワクワクした気持ちを抱きつつ――。


 通路を歩いていった。

 

 ――掌握察、魔察眼を使う。

 

 魔槍杖バルドークで床を叩いた。

 この床と前の床も安全だ。


 <鎖>も遠くに出して――。

 床が反応するかチェックを行いつつ進んだ。


 罠は無いようだ。


 ――と、思った瞬間、いきなり槍が横から飛び出してきた。

 ――急ぎ爪先半回転で実行し、避けた。

 黒猫ロロは跳躍して器用に槍を躱している。


 しかし、安心していたら、いきなりコレかよ――。

 驚いたお返しに――。

 左右の壁の穴から飛び出た赤茶の錆び槍を殴って、へし折って壊してやった。


 しかし、罠の兆候はどこにもなかったような……。 

 と、足元をよくみたら、右足が凹んだ地面を踏んでいた。


 これ、重さのセンサー?


 鎖の重さじゃ反応しなかったようだ。

 魔槍杖での確認も床全部を確認しているわけじゃないからな。


 不注意といえばそれまでだが、一人で罠を全部見破りながら進むのは多少億劫だ……。


 まぁ、罠に掛かっても強引に脱出してやるけどさ。

 痛いのは嫌だが。

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