百十話 闇社会の争い
「はい。わたしにはアイテムを鑑定する特殊スキルがあるうえに、この特別な〝片眼鏡〟もあるのでね。マジックアイテムの鑑定なら特に自信があります」
「ふふ、相変わらず、自信満々の顔ね?」
「そうですとも。この迷宮都市で〝三ツ星の鑑定証〟を発行できる、数少ない店の一つなのですから」
店主は顎を突き出して、自慢げに語る。
あの片眼鏡も特別な魔道具か。
レベッカは店主の態度の変化に引いたのか、少し身を退く。
「そ、そうね。いつか、その〝鑑定証〟が付いちゃうぐらいのお宝を手に入れてみせるからね」
レベッカはお宝が大好きらしい。
「はい。それでは、その腕輪の買い取りを致しますか?」
「ううん。まだ、売るか決めてないの、後でこの店にくるかもしれないし、ギルドで買い取りをしてもらうかもしれない」
「分かりました」
彼女と店主はそんな会話をしているが、俺は店主が持つ鑑定スキルの方が気になっていた。
鑑定スキルとやらが人のことを鑑定できるのかどうか。
ステータスとか、能力表記を見れたりするのだろうか。
スキルが存在する世の中だ。
きっと見れちゃったりするんだろう……。
気になるので質問してみよ。
俺はレベッカの前に出て、店主に聞いてみる。
「――店主、その鑑定スキルについて聞きたいことがあるのですが」
「はい、なんでしょうか?」
「そのスキルは〝人を鑑定〟できますか?」
店主は薄毛の白眉をピクリと動かしてから、見つめてきた。
あの眉尻が微妙に動くのは店主の癖か。
「〝わたしには〟無理ですね」
〝わたしには〟か。
やっぱり、ずっと前に師匠が話していた通り……。
人を鑑定できる人物が居るのか。
「それは〝できる人〟が存在する。ということですか?」
「はい。確証はありませんが……」
興味がある。
「その人の名前は分かりますか?」
「えぇ、その人の名は運命占師カザネ。マダム・カザネと呼ばれております。運命神アシュラーを信奉し【アシュラー教団】を代表する方らしいです」
運命占師カザネ。
その名前からイメージするに……。
銀座のママ? 占い師だけに新宿の母とか、婆さん的な占い師なんだろうか。
それに、運命神アシュラーを信奉する教団か。
もしかして、教団だから教祖様とかじゃないだろうな?
新興宗教的なノリだったら嫌な予感がするけど……。
「……質問ばかりですみませんが、そのマダム・カザネさんには、どこに行けば会えますか?」
「〝賭博街〟に行けば会えますよ。第二から第三の円卓通りの東南側にある〝賭博街〟の一角にカザネさんが所有する【アシュラーの導き、カザネの占館】という小さい店があります」
都市東南側の賭博街か。
「なるほど。ありがとうございます」
「あ、〝賭博街〟に行かれるのでしたら、一部の地域には、ご注意を。ごろつき、薬物中毒者も多いですし……なにより、今は闇ギルド同士の争いが激しくなっているらしいですから危険ですよ」
「――ちょっとシュウヤ。〝賭博街〟なんて近寄っちゃ駄目よ? 店主の言う通り、いつもなにかしらの争いがあるし、殺し合いなんて毎日起きている危険な場所なんだからっ」
店主の忠告に続いて、レベッカも必死な表情を浮かべて止めてきた。
ごろつきに薬物に闇ギルドか。
そりゃ絡まれるのは、ごめんこうむりたいが……。
でも気になるんだよなぁ。
後で一人になったら行ってみるか。
「……まぁ、覚えておくよ。忠告ありがと」
「覚えておく? 理解してないようね。一見、綺麗な酒場や店屋敷があっても、歓楽街から続く娼館街やスラムと隣り合わせな地区なんだから本当に危険なのよ?」
「はいはい、分かったから。それじゃ、外行くか? 店主、情報ありがとうございました。また、来ます」
「いえいえ。またのお越しを」
俺は店主へ丁寧に挨拶をしてから、店の外に出る。
「あ、うん。シュウヤ待ってよ。――店主、またね」
レベッカも少し遅れて店から出てきた。
彼女は、まだ忠告してきそうな顔を浮かべているので、先に話題を提供する。
「それじゃ、その鑑定してもらった腕輪でも確認しながら、ギルドに戻って魔石を提出しようか?」
「あ、うん。それもそうね。行きましょ」
「にゃ」
肩で暇そうにしてる
そのまま、第一の円卓通りを歩き冒険者ギルドへ向かう。
レベッカは通りを歩きながら、鑑定してもらった魔法の腕輪を食い入るように見る。
掲げて、陽射しを腕輪に当てる。
腕輪の角度を変えて、照り具合でも確かめるように眺めていた。
笑みも浮かべている。
そんなに嬉しいのかねぇ?
まるで、子供が玩具を得て嬉しがっている表情だ。
レベッカはそのまま俺に視線を合わせてきた。
蒼い瞳を輝かせて……う、俺に訴えかけてくるかのような可愛い視線だ。
「……いいよ。やるよ。それが欲しいんだろ?」
「えぇ、でも、パーティとして分けないと……」
俺は軽い口調で言ってやる。
「必要ない、レベッカにお似合いだ」
「え、本当にいいの?」
レベッカは嬉しそうな顔で反応。
「いいよ。そんな分かりやすい〝玩具〟を得たような顔を向けられちゃあな?」
彼女は俺の軽口を聞くと、ぷくっと可愛らしく頬を膨らませる。
「が、玩具ですって? 失礼しちゃうわねっ、もう、シュウヤがこの腕輪を欲しいと言ってもあげないんだからっ、この魔法の腕輪、売れば金貨十枚~十五枚ぐらいするのよー? ふーんだ」
レベッカの態度からして図星だったようだ。
ま、腕輪なんていらないし、レベッカにあげよ。
でも、金貨十五枚とは、結構な値段だ。
「……それ、そんな値段がつくのか。一階で距離も近い場所からそういう品が出るなら、あの部屋が混むのは当たり前か」
「うん。宝箱は一階のあの部屋から必ず出るわけじゃないけどね。店主も話していたけど、今回は運が良かった。
運か。俺の運の数値は高い方なのかも知れない。
ま、たまたまだろうけど。
「レベッカは今まで一階で出現した宝箱からは同じような宝は取ったことがないんだろ?」
「そうね」
「ということは、だ。……俺とロロは幸運を呼び寄せるナイスな男とイカス猫?」
「え~、自分で言っちゃうの? シュウヤはともかく、ロロちゃんでしょ、ねっ、幸運の猫ちゃん!」
猫だけに、招き猫?
レベッカはウィンクしながら、俺の肩に座っている
「ンン、にゃお――」
触手はレベッカが握る魔法の腕輪に絡むと奪う。
「ンンン」
まるで『わたしのモノニャ』と言わんばかりの顔を出す。
その仕草は、イタズラ心満載な、ドヤ顔だ。
「ああぁ、ロロちゃんひどいいいい」
「ン、にゃお」
レベッカが取り返そうと
しかし、
「あはは、まさに
思わず、笑ってしまう。
「むかつくーーー、シュウヤがロロちゃんに指示したんでしょ~、シュウヤのばかぁぁぁ」
レベッカは俺が笑うのを見て、怒りながらも
そんな調子でふざけながら、冒険者ギルドの前に到着。
冒険者ギルドの建物前で、
触手の先に嵌めていた腕輪は没収されている。
レベッカはイタズラされたお返しと言わんばかりに
やはり、あの柔らかい感触の虜になっていたか……。
「うふぅ、柔らかいわぁ~」
レベッカは口調も変だ。
マタタビを与えた猫かという顔色。
さっきから頬でスリスリを繰り返している。
「ン、にゃにゃ」
お、さすがに飽きたか。
体をしなやかに動かしての、跳躍。
尻尾を俺の顔にぶつけつつ、肩の上に戻ってきた。
その
飽きたと言うより、眠くなっただけか。
レベッカは
「レベッカ、そんな残念そうな顔をしても、ロロはこのままだぞ」
「う、うん。わかっているわよ。ささ、ギルドはこっちよ、中へ入りましょ」
彼女は取り繕いながらも、強がっては、先を歩く。
「あぁ」
そのまま冒険者ギルドの中へ入った。
受付前は珍しく空いている。
混んでないので、受付にそのまま回収してきた魔石とカードを提出。
「小さい魔石、それにゴブリンソルジャーが出す中型の魔石ですね。それでは少々お待ちを……」
「はい」
受付嬢は魔石を見るなり、すぐにモンスターの名前を口に出す。
魔石の形からある程度推測できるようだ。
確かに小さい魔石に比べたら大きいし形が違うからな。
しかも、置かれている魔石……色や形が少しゴブリンのよう?
造形から顔に近いのか?
「……お待たせしました。それではこれが、お二人の報酬となります。カードをどうぞ」
魔石収集依頼、余分な魔石の二十個を含めての銀貨が沢山入った報酬袋を得る。
報酬とカードを受け取った俺とレベッカは受付から離れた。
「報酬を分けようか」
「ううん。わたしは、この腕輪を貰ったでしょう? その銀貨は全部、シュウヤの物よ」
「いいのか?」
「はぁ……お人好しね。今、わたしのほうが得をしている立場なんだけど?」
「そっか」
「うん。本来なら、この魔法腕輪を売り、金貨にして報酬を分け合うのがパーティの基本なんだからね。今後は気を付けなさいよ~。ま、シュウヤは初めてだからしょうがないんだけど」
ギルド内を歩きながら説教ぎみに語るレベッカ先輩。
そういうことを教えてくれるレベッカも、また、お人好しだと思う。
が、余計なことは言わなかった。
レベッカはカードを細い腰に巻かれた小袋の中へ仕舞っている。
アイテムボックスは持ってないようだ。
仕舞い終わるのを待ってから話しかける。
「レベッカ、これからどうする?」
「わたしは一旦、家に帰ろうかな。シュウヤは?」
そうか。レベッカは宿じゃなく家。
この都市で生活しているんだった。
「俺は少し都市の見学をしながら宿へ帰る」
レベッカは頭を傾け、一瞬考える素振りをして話しかけてくる。
「……そう。なら、……お試しのパーティはここまでね」
「そうだな」
「うん。また今度組めたら嬉しいわ」
レベッカは後腐れのないサバサバした対応だ。
そうだな。今度、ギルドで彼女の姿を見かけたら話しかけてみるか。
「あぁ、そうだな。また今度頼むよ」
「……わかった。じゃあね」
レベッカは俺の言葉を聞くと笑顔を見せてギルドから出ていった。
少し寂しい気もするが、冒険者とはこんなものなのだろう。
さて、宿に戻る前に、さっき聞いた占い師の店にでも行ってみるか。
確か東南側にある〝賭博街〟。
禿げ店主は闇ギルドの争いがあるから、危ない。
とかなんとか言っていたけど、俺に火の粉が掛かってきたら逆に討ち払えばいい。
向かうか。
その前に、アイテムボックスの中へ報酬を入れておく。
ギルドの前にある第一の円卓通りを歩き、出発。
東南方向を目指す。
だんだんと太陽が陰ってきた。
――夕闇か。ま、夜になろうと構わない。
第二の円卓通りを歩き、大通りを抜けて路地を歩いていく。
方角がいまいち分からない。なので、屋上から行こっと。
路地に入り――頭上にある建物の上部へ<鎖>を伸ばす。
鎖を使い、屋根上へ引っ掻けてから、鎖をラぺリングロープを使うように左手へ収斂させる。
窓の縁を蹴るように上り歩き、とんとんっと、軽い調子で屋上へ登った。
屋根上から空を確認。
徐々に薄暗くなってるが、曇り空から太陽の陰りは見えていた。
綺麗な夕日。何気ない綺麗な空だが、改めて異世界の夕日を噛み締める。
さて、あっちだ。東南方向を目指す。
パルクールを行うように障害物を上手く利用しながら、屋上を走って移動していく。
良い感じに進んでいたが、暫くすると――掌握察に反応があった。
しかも、複数の魔素反応。
背後と側面から迫ってくる。
ここは屋根上。俺は移動速度もそれなりに出している。
明らかに、この俺を追う、追跡術は素人の動きじゃない。
少しずつ、速度を落とす。
来るなら来い。わざと、かち合ってやろう。
そのタイミングでヘルメに語りかけた。
『ヘルメ、水溜まりになって隠れていろ。俺を追ってきた奴らが襲ってきたら、逆に奇襲するんだ』
『はい』
水状態のヘルメが左目から放出された。
屋根上に不自然な水溜まりが誕生しその精霊ヘルメがスライムのように蠢き移動している。
魔素の反応が近寄ってきた。
夕闇が、屋根上から消えようとしていた時。
側面の位置から、暗がりと共に黒装束を身に着けた見知らぬ者が現れた。
その黒装束の後ろからも大柄の毛むくじゃらな獣人も遅れて現れる。
「反応があったから追いかけたが……お前、
随分と、がらがら声だな?
この痩躯な者、口元が闇色のベールで隠れている。
忍者のような奴で渋い。
風魔小太郎、服部半蔵、猿飛佐助、百地三太夫、加藤段蔵、様々な忍者たちの名前が脳裏に浮かぶ。
鋭い赤目に真っ黒な髪。
口元を黒ベールで隠しているので表情が分かりづらい。
「……おい、モラビ、屋根上を利用する奴は素人じゃねぇ。こいつは縄張りに侵入してきた怪しい奴だから、俺らで殺っちまおうぜ」
毛むくじゃらの大柄な男が俺を脅しながら忍者男の前に出る。
こいつは前に見たことがある典型的な獣人系の種族。肩に太い幅広の刀を担いでいる。
まさに牛刀と言えた。
「そりゃそうだが、ピーリ、お前は黙ってろ。俺が調べているんだ」
「あ"ァァ? おめぇは、いつから俺に命令できる立場になったんだァ?」
「うるせぇなァ。また癇癪かよ。これだからセンシバルは嫌なんだよ」
「ふ、ふざけんなっ、いつもそうやって、俺を馬鹿にしやがって、このモヤシ野郎が!」
なんだ、なんだ。
いきなり仲間内で喧嘩ですか?
水状態のヘルメはその間にも音を立てずスイスイと喧嘩を始めた男たちの足下へと移動していく。
「ンン、にゃ」
『わたしも動くニャ』的な感じに
俺の肩から降りて、大型の黒豹の姿へと大きくなっていた。
「あ――黒猫が、黒い獣だと? ……まさかな?」
「んん? おいおいマジか。獣だ。モラビ、こいつは槍を持っていないが、もしかして、総長やセーヴァが話していた奴か?」
この二人……。
俺たちのことを知っているような口振り。
その混沌とした現場に乱入するかのように、もう一つ、背後に感じた魔素の気配が近付いてきた。
「――おやおや……【梟の牙】の闇のモラビを追いかけたつもりでしたが、見知らぬ方もいますね?」
新しく現れたのは銀色の短髪で中年の男。
首を通す古びた神官系の衣を身に着けている。
所々に擦り切れ端があり、今にも擦り減ったところから破れ散りそうな衣だが、胸の一部に黄色い十字のシンボルが僅かに確認できる。
その格好から推察するに、ヘスリファートの神官か騎士だと判断できた。
「――てめぇは〝狂騎士〟か……ピーリ、俺はあいつと相性が悪い。相手を頼むぞ」
モラビとピーリは【梟の牙】か。
忍者マンのモラビは一瞬で表情が険しくなり、左右の腕を背中へ伸ばして背中に装着していた剣を取り出す。
ん、あれ、剣じゃないな。短鎌か?
モラビは背中から掴んだ黒鎌の感触を得るためか、左右の手に持つ短鎌を掌の上で転がすようにくるくると器用に回して独特の構えから演武を見せつけてくる。
更に、両手に持っていた鎌の両端部位の柄同士を、胸前で一つに合わせると、鎌の両端にあった柄同士がカチャッと音を立てながら繋がった。
一本の棒状の鎌槍となる。
まだ仕掛けがありそうな、ギミック付きの武器か。
鎌槍流とかあるのだろうか。
「……モヤシなモラビの指示には従わないが、しょうがねぇな。狂騎士さんよ、お前の相手は俺様がしてやろう」
大柄な毛むくじゃらマンこと、ピーリは肩に担いだ牛刀に手をかけながら、凶騎士に歩いて近寄っていく。
「〝牛刀ピーリ〟が相手ですか? わたしの目的は〝闇のモラビ〟を狩ることだったのですが……モラビ、闇の化け物は逃がさないからな?」
〝狂騎士〟と呼ばれた男は、大柄な毛むくじゃら男ではなく、闇のモラビを睨みつけていた。
狂騎士は古めかしい格好だが、やはり【宗教国家ヘスリファート】の出身なのだろうか?
「よそ見するんじゃねぇよ、馬鹿騎士がっ。俺の牛刀で挽き肉にしてやる――」
ピーリは笑みを浮かべながら語ると、大柄に似合わない動きを見せた。
肩口にあった牛刀を振り抜きながら前進。
――狂騎士の頭へ太い刃を振り下ろす。
狂騎士は、その素早い斬撃を予想していたようにバックステップを行う――。
牛刀斬撃を鼻先で躱し、更に一歩、二歩と後ろへ下がりながら素早く放たれた牛刀の斬撃を予見するように躱し続けていた。
そんなピーリの牛刀斬撃により、戦っている屋根上が弾けとぶ。
斬撃が躱されるたびに屋根上に穴ができていた。
「……おい、お前、武器を見せずに、余所見かよ? 余裕こいてんじゃねぇぞっ!」
闇のモラビが威勢良く叫び両手に持つ鎌槍で、俺に攻撃しようとするが、
「――んなっ!?」
闇のモラビは動けない。
モラビの両足には二本の水手が絡み、押さえられていた。
水溜まりとなった常闇の水精霊ヘルメの手だ。
モラビはその水溜まりがある地面に、両手に持っていた黒鎌棒の端で屋根の上を突き刺すが、水状態のヘルメは動じない。
チャンス。そのタイミングで動いた。
右手に魔槍杖を出現させて、前屈みに吶喊する。
動けないモラビの正面から、胸へ向けて――<刺突>を撃ち放った。
モラビは屋根上に刺していた黒鎌から両手を離す。
素早く腰から魔法文字が輝く〝闇色の布〟を取り出し、放った。
闇布は風呂敷のように前方向に展開され――斜めに広がりながら俺の魔槍杖ごと<刺突>を包み込む。
闇布の風呂敷により<刺突>の衝撃を殺されたが、その包んだ闇布ごと紅斧刃が切り裂く。
魔槍杖の紅矛は闇布の風呂敷を突き抜け、モラビの胸に直進。
「――ぐぉっ」
魔槍杖の紅矛が勢い良くモラビの胸に突き刺さる。
だが、威力はかなり減退した。
急遽、反撃をさせないために、即興の
蹴りの衝撃でモラビを押さえつけていたヘルメの手が離れた。
仰け反るように後方へ吹っ飛ぶモラビ。
そのまま、身体がすり減るように屋根上から転げ落ちて地面へ落下していく。
「――追いかけるぞ」
「はいっ」
「にゃ」
モラビがいた地面には闇色の靄が発生していた。
俺たちが近付くと、ゆらりと闇の靄が揺れ、中からモラビが血の滴る腹を手で押さえながら現れる。
「……グハッ、クホ、グソ、クソが、闇の念鋼布を用いた、障壁をいとも簡単に撃ち抜きやがって……しかし、その〝豪勢な斧槍〟は、やはり……お前がホルカーバムでの【
モラビの右頬にできている〝蹴り痕〟はエグイ傷になっていた。
だが、腹の傷は円状には広がっていない。
矛は深々と刺さったようだが、紅斧刃は風呂敷を切り裂いただけか。
やはり<刺突>の威力は、あの闇布風呂敷の防御系マジックアイテムに吸収されたようだ。
「……そうだとして、それがどうかしたか?」
俺は平然と語る。
「――グッ、やはりそうか。お前は俺が殺って――」
モラビが喋っている途中、口を隠していた闇色のベールが切り裂かれ血が舞った。
更に、ヘルメの放った氷槍の群れが、モラビの胴体に幾つも突き刺さっていた。
モラビは何を言う間も無く、その場で絶命。
周りに発生していた闇色の靄はそこで消え失せた。
何か闇技的なモノを繰り出そうとしていたけど、残念。
これは映画やアニメじゃないんだよ。
だが、少し、闇の技を見たかったとは言えない。
と、油断した、その瞬間――古びた神官衣を着る狂騎士が屋根上から着地してきた。
「――おやおや……あの闇のモラビをあっさり倒すとは、貴方たちは何者ですか?」
それはこっちの言葉だっての。
この狂騎士、毛むくじゃらの強そうな牛刀ピーリをもう倒したらしい。
狂騎士の手には血が滴る〝特殊な長剣〟と分かるモノを握っていた。
「……そういう貴方こそ。何者なんですか? さっき狂騎士と、呼ばれていたようですけど」
狂騎士は俺の言葉を聞き、じっと俺の顔を見据える。
「……確かに、わたしは狂騎士とか言われていますね……元は【宗教国家ヘスリファート】の教会騎士であり、教皇庁八課の直属部隊、
丁寧に説明してくれた。
やはり、その格好からして教会騎士だった男か。
もう一度、顔を確認した。
白髪の短髪にギラついた青目。
片方の白眉には斜めの傷があり、太い鼻梁にも斬り傷がある。
渋い奴だが、この男も何処かの闇ギルドの一員なのか。
「その教会騎士さんが、何で闇ギルドに?」
「教皇庁には追放されたんですよ。任務に忠実だったわたしをね。全くふざけた話です。常日頃から
なるほど。教会から追放されるような
仕事については大体、想像がつく……。
「追放か。それでペルネーテにね」
「えぇ、砂漠を越え、魔を滅する殺戮の旅の末に辿りついた、
教会崩れ、ようするにゴロツキだろう?
「教会崩れ、か。人数は多いのか?」
「そんなことより、貴方と使い魔の黒き獣に女性ですか? 見かけない顔ですが……」
狂騎士は、俺、姿を戻していた精霊ヘルメ、
そして、自らの腰に装着、持っていた魔道具を触り出す。
あの魔道具の形、前に見たことがある。
ああ、思い出した……。
【聖王国】から【魔境の大森林】へと向かう時、俺を追ってきた教会騎士たちが持っていた魔道具だ。
狂騎士は魔道具の反応を見た途端、目を見開き、動きを止めた。
突然、腹で笑い、不敵な笑みを顔に浮かべている。
「……この反応。吃驚仰天ですよ!」
「何がだ?」
「お前たちが、あの闇のモラビと同様に〝魔族〟の出身だったとはなっ」
また、俺を魔族か。
やはり、俺を追い掛けてきたクルード含め騎士たちが持っていたのと、同じ魔道具。
魔族と言うより、濃い闇属性に反応しているだけのようだが。
「……魔族? 勘違いするな。俺はあらゆる意味で違う種族だ」
「いやはや、屑な魔族が人の姿と言葉を操り〝洗脳〟ですか?」
はぁ、人の話を聞いてないし……。
「モラビは討てませんでしたが、代わりの標的が、こんなすぐ近くに見付かるとはっ、わたしにとって僥倖です。神はやはり、わたしを見ておいでなのだ」
「いや、だから、俺は魔族じゃないぞ?」
「煩い、屑の魔族がァ――お前、お前を〝カテゴリーB〟の魔族と認定するっ!」
何だ? 指さして、カテゴリーB?
「わたしは魔族を逃さない。魔に連なる者よ、光神ルロディス様の名のもとで裁きを受けるがよい! 世に蔓延(はびこ)る魔の種は抹殺せねばならないのであるっ!」
「薬でも決めたか? 目が逝っているぞ? 頭、大丈夫か?」
「ふはははは、無駄だ。無駄なのだよ、魔族っ! 魔族の雑魚魔法で、わたしの霊装は破れまいて!!」
ヤヴァイ、ヤヴァイぞ。
面白いが、こいつ、頭のネジが飛んで光の国へ逝っている。
「今、ここに、
狂騎士は鷹揚に語り、嗤い、豹変。
目が血走り、青筋を顔に幾つも生やす。
血が滴る長剣を左右に勢いよく振るい血を飛ばし、その長剣を振り上げながら襲いかかってきた。
「おい――異端とか止めてくれ、因みに、俺は闇ギルドでもない。只の冒険者だ――」
そう言いながら魔察眼での観察を続け、狂騎士の袈裟斬りな斬撃を躱す。
俺の言葉には反応しない狂騎士。
こいつ、狂ったように見えるが体内魔素の流動はスムーズ。
長剣を握る右手と両足に魔力が集中していた。
しかも、あの長剣、普通じゃない。
魔力が内包され刀身の刃が二重になっている特殊なモノ。
魔法剣か魔剣か?
特殊な長剣は刀身が震え不気味な振動音を響かせながら、俺の首、胴体を斬ろうと向かってくる。
俺は片足の爪先を軸とした半身を残すゆるやかな回転を行う。
狂騎士が振るう斬撃を躱し続けていった。
だが、いい加減に鬱陶しい――。
魔槍杖を左から振るい、二つの剣を打ち返す。
二つの剣先を持つ長剣を弾いてやった。
狂騎士は長剣が弾かれると、目を見開き大きくさせながらバックステップで距離を取る。
「――これはこれは、驚きました。わたしが認識を誤るとは、カテゴリーBではないですね。カテゴリーAに分類する。上級悪魔系ですか?」
あれ、先程の取り乱し気味の狂った調子は何処?
至って冷静にそんな言葉を語る狂騎士さんの、鋼のような鋭い視線はどんよりと粘着性を感じさせる気色悪い視線へ変化している。
そんな余裕顔の彼に対して、ヘルメと
だが、俺の勘違いで、単にタイミングを計っているだけかもしれないので、
「……ヘルメにロロ、ここは俺がやるから、見といて」
「おやおや、随分と余裕ですねぇ――ゴフォッ!?」
「ギオォォ!」
んお?
突然咆哮が屋根上から轟き、丸い黒の塊が狂騎士の脇腹に当たり、身体を横へ回転させながら吹き飛んでいた。
そして、ドシンッと重そうな音と共に降り立ったのは、牛刀ピーリ。
生きていたらしい。
全身の毛を血色に染めながらの再登場。
狂騎士に衝突させていた黒い塊は、こいつの飛び道具か?
スキルでも使ったようだ。
「グオォォオゥッ! 狂騎士ィィィッ」
ピーリは怒り狂い叫ぶ。
そのまま狂騎士が吹き飛んだ路地の奥へドタドタと重そうな足を動かし走っていった。
そして、暗がりでも分かるほど血の大きい足跡がその場に残る。
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