百九話 スロザの古魔術屋

 

「ここに入ると広間よ」

「了解、行こうか」


 広間に入っていくと、休憩中と思われる冒険者パーティがいた。


「……おい? あいつ、疫病神のレベッカじゃねぇか?」

「珍しいな。ソロばっかりな奴が、一人新しいのを連れてパーティを組んでやがる」


 何だこいつら……。


「おぃおぃ、レア狩りにきたのかよ。アイツ、顔は良いんだがなぁ、迷宮内で会えば死者を出すといわれている……あの木車の死神、死車のエヴァと同類だろ? 運気が下がって宝箱が出にくくなっちまうぞ」


 蔑む視線に、レベッカのことを中傷してやがる。

 〝木車の死神〟は知らないが、美人の悪口をいわれたままじゃ、しゃくなのでいい返してやる。


「――シュウヤ、いいの」


 ありゃ?

 一歩前に出た俺の腕を掴み、レベッカは行動を止めてきた。


「あんなこといわれて平気なのか?」

「自由にいわせとけばいい」


 本人がそういうなら仕方ないか。


「そうか、それじゃ無視してモンスター部屋に入るか」

「うん」


 ふざけた冒険者パーティを無視して、部屋に入ろうとした。


「――ちょっと待てよ。挨拶もしねぇで、何、割り込もうとしてるんだ?」


 無視していた冒険者の一人が走り寄ってきた。

 立ち塞がるようだ。

 大柄で屈強そうな戦士、革服の上下にクロースアーマー系の胸鎧を身に着け腰には手斧ハンドアックスを差している。


「……お前らが休んでいたから、入ろうとしただけなんだが……」


 目を細めながら俺は話す。


「ケッ、俺らは少し休憩してただけだ。他を当たりな」


 大柄男は、足もとへ唾を吐いてから俺のことを睨み、腕を泳がせてくる。


 気にせずに、


「それじゃ、一回待たせてもらう」


 俺の言葉を聞くと、大柄な男はニヤニヤと顔を歪めては馬鹿にしきった表情を浮かべ、太い唇を動かした。


「へへヘァ~、そいつは駄目だなァ。次も、そのまた次も、俺たちの番だ」


 胴間声でそんなことを喋ってきた。

 ふざけた表情を浮かべやがって……。


「なんだそりゃ。お前はジャイアンなのか?」

「ジャイアント? コイツ何言ってんだ?」


 そりゃ猫型ロボットの話をしても分からないよな。

 欲張りな態度が板についていたので、つい口が滑った。


「あなたたちにそんな独占する権利はないわよ?」


 レベッカも反論している。


「ふははは、迷宮で権利を乞うのか? お前は馬鹿か? この人数を見ろよ。オレたちに歯向かう気なのか? ここは俺らのパーティ青凧盾の団ブルーカイトが占拠しているんだ。この部屋に入るつもりなら、俺らが力ずく、いや、〝殺して〟でも排除するぞ」


 力ずくで殺してもか。

 八人に対して、こっちは二人と一匹。

 人数が多いから、彼らは調子に乗っている。


 だが、俺を脅すとは愚の骨頂。

 レベッカの件といい、後悔させてやろう。


「レベッカ、この場合こいつらを殺っても問題はないのか?」

「何怖いこと言ってんの! 問題あるわよ。殺した場合、だれかに見られて衛兵隊にでも密告されたら捕まって裁判になるわ。ここは一階で目立つし、向こうは人数が多い。役人にコネがあったら裁判で有利になるのは向こう側よ……ここは退きましょう」


 彼女は我慢しているようだが、中傷したままにするのは納得いかねぇな。


 だからといって一人でも殺せば、全員を殺らなきゃだめか。

 魔察眼で確認してるが、この中心にいる大柄男以外は魔闘術も大したことがない。


 全員十秒も掛からず処分可能だろう。

 だが、別に殺人が楽しいわけじゃないので、殺さずに痛め付ける方向でいくか。


 間違って殺しちゃったらその時はその時だ。

 抑えているレベッカには悪いが、多少は脅しを兼ねて……。


「……全員殺れば目撃者は消えるよな?」

「何だと?」


 大柄男は俺の言葉に驚く。


「ちょっと、シュウヤ」


 レベッカも不安そうに腕を引っ張ってくる。


「おぃおぃ、俺らと殺り合う気なのか?」


 話を聞いていた大柄男と同じ冒険者パーティのメンバーがぞろぞろと、大柄男の周りに集まってきた。


 腕を掴むレベッカの顔を見つめて、


「まぁ、ここは俺に任せろ。レベッカは後ろに下がって見てな。ロロ、殺さずに行くぞ」

「う、うん」

「にゃ」


 彼女が退くのを確認すると、即座に動く。

 相手に武器を構える暇を与えずに魔脚で間合いを詰め、大柄男の足を石突側で軽く薙ぎ払う。


「――ぬあっ」


 大柄の男は足に竜魔石の一撃を喰らい、その足が横にひしゃげる。

 痛そうな声を発して転けた。

 さらに薙ぎ払いの動作である回転運動を止めずに、前方へ移動しながら女戦士へ回転足払いを喰らわせる。


「きゃっ――」


 女は勢い良く地面に転倒。

 床を噛むように頭を打つと気絶した。


 黒猫ロロも黒豹サイズへ姿を大きくする。


 首回りから伸ばした六本の触手を冒険者たちの足へ絡ませる。

 そのまま彼らを宙高く持ち上げ振り回し遊んでいた。


「なんだこりゃぁ」

「離せぇぇ」

「ひぃぃぃ」


 触手によって、宙にぶら下がり遊ばれているが、まだ、彼らは強気な態度。

 それに、煩い悲鳴だ。


 脅してやる。


「――お前らぴーちくぱーちく煩いんだよっ! 黙らねぇと、首を飛ばすぞ?」


 俺は宙にぶら下がっている冒険者たちへ、凄みを増して声高に恫喝。

 多少は効いたらしく……。

 冒険者たちは口を一文字に閉じて、黙る。


 ぶら下がってる一人に話しかけた。


「このままお前ら全員を〝殺れる〟わけだけど……、何か話すことはあるか?」

「ま、まってくれ。殺さないでくだしゃい……」


 吊るされた男は怯えたのか、尿を漏らし自分の胸や顔を濡らしていた。


「……ここから素直に退くなら見逃してやってもいい」

「ほ、ほんとうですか?」

「あぁ」

「ひ、退きますっ、退きますから、お願いします」

「――お前たちも、それでいいな?」

「「はいぃぃ」」


 逆さま状態の冒険者たちは了承の返事を出している。


「よし、ロロ、離してやれ」


 冒険者たちは触手から解放され頭から地面に落ちていた。


「お前ら、そこで気を失ってる奴と、足を怪我してる奴を連れていけよ」

「は、はい」


 地面から起き上がった冒険者たちは、そそくさと俺に対して頭を下げながら、怪我をしている大柄男と地面に頭を打って気を失った女の介抱をしていく。


「あ、それとだな。今後、レベッカのことを誹謗中傷した奴を見かけたら、それ相応の痛みを味わってもらうからな? 気を付けて生活を送るように」

「……」

「――返事はどうしたんだ?」

「「はっ、はいぃぃ――」」


 レベッカが見てる中……。

 悲鳴に似た情けない声を出して逃げていく冒険者たち。

 部屋の前に残るのは、俺と黒猫ロロとレベッカのみとなった。


「さすがね。魔法がなくても呆れるほど強いし、Cランクとは思えない実力。でも、正直嬉しかった。わたしのために怒ってくれて、ありがと」


 レベッカは笑顔を浮かべて礼をいってきた。

 頬も少し紅く染めている。

 だけど、あれはレベッカのためというより、俺が我慢できなかっただけだ。

 謝っておこう。


「はは、当然だ。と、カッコつけたいところだが、勘違いしないでくれ。あいつらは俺にも脅しを加えてきただろう? 実力を伴っていない脅しはどうなるかを身をもって教えてやったんだよ。それよりもレベッカは気持ちを抑えていたのに、俺が我慢できなくて済まなかった」


 彼女はかぶりを振って答える。


「そ、そんなことない。謝らないでよ。わたしは嬉しかったし、久しぶりにスカッとしたわ」

「ならよかった。……だが、一時的なパーティとはいえ、俺の身勝手な振る舞いでレベッカに迷惑をかけてしまったことには変わりない……」


 俺は素直な心情を話す。

 レベッカは眉をピクッと反応させる。


「そんなこと言わないで。わたしは〝嬉しかった〟と、言っているじゃない……」


 語尾にいくにしたがって、声は小さく、レベッカの顔は全体的に紅くなり、伏し目がちになる。


「あぁ、そうだな。しかし、あいつらの顔を見たか?」


 気まずくなるのも嫌なので、少し笑みを含みながら話す。


「――うんっ、おかしかった。図体に似合わず、オシッコを漏らしていたし、ふふっ」


 レベッカはパッと顔を上げ、金髪を揺らしながら笑顔で話す。

 顔は紅くなった状態だが、その蒼い瞳はしっかりと、俺を捉えていた。

 純粋な希望に溢れた蒼い眼差し。


「……というか、顔が少し紅いぞ?」

「――えぇ? さ、さぁ、そんなことより、すぐそこのレアモンスター部屋へ入るわよ」


 レベッカは顔を赤く染めプイッと横へ逸らし、誤魔化した。

 はは、可愛げがある行動をしちゃって。

 そんなことは言わずに、モンスター部屋のことを聞いておく。


「……それで、その部屋に出るモンスターは、どんなのが出るんだ?」

「えっと、中型ゴブリン。ゴブリンソルジャーと呼ばれている、長剣のような棍棒武器を持ち、銅製の大鎧を身に付けているゴブリンよ。倒せば、中型の魔石が心臓の位置から手に入る。あと、前にも話していたようにこの部屋で倒すと宝箱が出現する場合があるの」


 ゴブリンソルジャー、戦士系か。


「へぇ。それじゃ、俺とロロが前衛で、一撃、二撃、加えてから一旦退いたところに、レベッカの魔法で止め。という感じでやるか?」

「う、うん。わかったわ」


 レベッカはどこか、遠慮がちに答えている。


「どうした?」

「ううん。シュウヤとロロちゃんだけでも余裕だと思ったから……」

「確かに倒せるだろう。だが、戦い方なんてのはいかようにも変化する。今はパーティなんだ、臨機応変に戦うさ。レベッカの魔法も頼りにしてるから、最初はそんな隊列感じで行こう」

「ンン、にゃ」


 黒猫ロロも『了解したニャ』的に鳴く。


「分かった。詠唱のタイミングは任せて」


 そこで、ヘルメが視界に登場。


『閣下、わたしは……』

『ヘルメは見学だ』

『はい……』


 明らかに肩を落としガッカリしているヘルメ。


『済まんな』

『いえ、閣下のご勇姿を拝見し、魔力操作は日々向上し、新しいポーズを開発していますので』


 常闇の水精霊ヘルメは体をくるりと捻る。

 見たことのない新しい独特なポーズを作った。


 お尻が見事にぷるるるんと揺れている。

 ヘルメ立ちと名付けたほうがいいんだろうか。


『おうよ、精霊の目を借りるかも知れない』

『はい』


 そこでヘルメとの念話をきりあげる。


「……それじゃ、いくぞ」


 鎖もなしで純粋な強襲前衛アサルトバンガードをこなしますか。

 師匠から譲り受けた槍の技術をもっと高みに、槍の技術を磨く。

 魔槍杖バルドークを携えレアモンスター部屋へ突入した。


 四隅が壁に囲まれた部屋。

 中央部の窪んだ場所に、中型サイズのゴブリンが居座っていた。

 ゴブリンの彫りの深い歪な形相。

 真緑の皮膚には青白い血管が多数、浮き出ている。

 首には銅製のアヴェンテイルを装着し銅の糸を繋ぎ合わせたような大鎧を着こむ。

 右手にはボコボコの太い金属棍棒を持っていた。


 一応それらしい雰囲気は持っている。

 ゴブリンにしては強そうに見えた。


 俺たちが侵入すると、注目していたゴブリンが叫び声を上げ襲い掛かってくる。

 中型ゴブリンの身長は俺と同じぐらい。

 動きは遅い。棍棒を振り上げながら突進してきた。


 猪突猛進なので、頭は悪そうだ。


「レベッカ、ロロ、行くぞ」

「わかってるっ」

「にゃ」


 黒猫ロロは駆けた。

 レベッカは詠唱を開始。


 黒猫ロロの触手が中型ゴブリンの太い足に向かう。

 中型ゴブリンの太い足にカウンター気味に触手から出た骨剣が刺さると、その触手を絡めていた。

 中型ゴブリンは動きが止められ、前のめりに転びそうになる。


 そのタイミングで仕掛けた。


 魔脚を使い、前傾姿勢で前進。

 黒猫ロロを越え中型ゴブリンとの間合いを詰めた。

 

 棍棒を持つ右腕を狙う。

 

 俺は腰を捻りつつ魔槍杖バルドークを持つ右腕に力を伝える。

 前方へその魔槍杖バルドークを突き出した。

 螺旋する紅矛の<刺突>がゴブリンの太い右腕を貫き、一気にその右腕を引き千切る。

 さらには、螺旋した紅斧刃がゴブリンの脇腹の金属鎧を大きく引き裂く。

 一瞬で、複数の芸術作品のような、金属の切れ目を作り上げる。


 その引き裂かれた鎧の切れ目から勢い良く鮮血が迸った。


「グギャァァ」


 腕を失い腹を切り裂かれた中型ゴブリンは血を撒き散らしながら叫び声を発していた。


 そんな弱り目に祟り目状態である中型ゴブリンにさらなる不幸が訪れる。

 太い足に黒猫ロロの黒触手が完全に絡まり、棒倒しを受けたように、床へ勢い良く転倒していた。

 中型ゴブリンは地面に転がりながら引き千切られた腕を押さえて、悶え苦しんでいる。


 そのタイミングで、俺と黒猫ロロは追撃ができた。

 が、敢えて、その場から離れ横へ退く。


「レベッカッ、魔法いいぞ!」


 しかし、その俺の言葉を打ち消すように、もう後方からは、火球魔法が撃ち放たれていた。


 ゴォッとした音を立てながら火球が、地面に転がる中型ゴブリンの頭部に向かう。

 頭蓋に火球は直撃――。

 一瞬で、頭部が飴が溶けるように燃えていく。

 

 炎は全身へ燃え広がった。


「ウボォァァ」


 断末魔の悲鳴が空しく消えると、動かなくなる。


 黒く変色した金属製の鎧と胴体の内臓の一部が燃えずに残っていた。

 焼けカスの死骸から、一回り大きい魔石が床に転がっていく。


 ――そこに急な魔素の反応。


 新手か? と思ったら、突然にパンッと音を立て、宝箱が出現していた。


「――やったぁっ! こんなに早く倒せるなんて。しかも、宝箱よ。すごいすごい!」


 魔石と宝箱を見て、両足を跳ね上げて喜ぶレベッカ。


「宝箱が出現したな……」


 まるで、ゲームのようだ。

 リアルな木製の箱がそこにある。


「一階層のレアモンスター部屋だから〝木製〟の宝箱かぁ。でも、久々の当たりだから嬉しいなぁ。一階層だから罠も無いし。開けてみるわね」


 〝木製〟の宝箱。

 彼女の言い方だと、他にも宝箱の種類があるようだ。


 レベッカは木製の宝箱の上蓋を開ける。


 中身は小さい腕輪のみ……。


「わぁ、鋼鉄製の腕輪よ」


 この宝箱の大きさだと、どっさりとした金貨の姿を期待していたが……。

 少しガッカリしたとは言わなかった。


「……腕輪か、どんな性能なんだろ」


 レベッカは拾った腕輪を目元に引き寄せて、その環の内側を覗き込む。

 その観察の仕方と必死さが可愛らしい。

 俺もレベッカの見ている腕輪を魔察眼で確認。


 腕輪には魔力が感じられた。


『微量ながら、魔力を感じます』


 ヘルメも同じだ。


「……分からない。だから、第一の円卓通りにある、鑑定屋を兼ねた【スロザの古魔術屋】というアンティーク系の店に持っていくわ。そこの店主の鑑定スキルは凄いのよ。迷宮都市で数少ないマジックアイテムに鑑定証が付けられる人物なの! 裏では大商会とのコネクションを複数持つとか、陰の支配者とか、色々な噂を持つ店主なんだから」

「へぇ……」


 鑑定スキル。

 ということは、人とかも鑑定できるのだろうか。


「それじゃ、魔石を回収して部屋を出ましょ。ここで一回倒したら部屋の外に出ないと、次が湧かないし」

「部屋の外に出たら、また、すぐに復活というか、湧くのか?」

「すぐの場合もある。ランダムね……」


 ランダム、いきなり湧くこともあるのか。


「なるほど」


 落ちている魔石を回収。

 部屋の外に出ると、違うパーティが広間に集まっていた。


 どこか達観した表情を浮かべているレベッカが話しかけてくる。


「シュウヤ、依頼は達成しているし、もう帰ろう? 誰もいなかったらここで連続で狩りをするのも良いと思ったけど、ここは第一層だからね、混むわ」

「了解、戻ろう」


 俺たちはお互いに笑顔で頷く。

 レアモンスター部屋前にある広場を退出した。


 歩いて進んできた通路や部屋を通り過ぎては、パーティや個人で狩りをする冒険者とすれ違う。


 一部の冒険者からの視線は厳しいものが多かったが、レベッカは気にせずに笑顔を振りまきウキウキしながらステップを踏んで歩いていた。

 今回の宝箱出現が本当に嬉しいらしい。


 そんな帰りの通路には他の冒険者たち以外にも、相変わらずモンスターが湧いていたので、全て倒し魔石は四十個ほどになった。


 そして、水晶体がある八角形の部屋に到着。


「帰る時も変わらない。この水晶体に触るか、水晶体へ触れている仲間の身体を触りながら〝帰還〟〝帰る〟と言えば、地上へテレポートされるわ。さぁ、触って」

「おう」

「ンン、にゃ」


 黒猫ロロ定位置に乗っている。

 俺はレベッカの隣に立ち、腕を推奨通りに水晶体へ伸ばし掌を冷たい宝石のような水晶体の表面に当てた。


「――帰還」


 レベッカがそう喋った瞬間。

 地上に戻ってきた。


 八角形の形に、吹き抜けのある円筒の建物だ。

 俺たちは大きい水晶体の近くにテレポートしていた。


「さっきも言ったけど、ギルドに行く前に鑑定してもらうから【スロザの古魔術屋アンティーク】に向かうからね」

「あぁ、けど、ギルドで鑑定とかはしてくれないの?」

「してくれるけど、専門家の方が良いし、鑑定スキルにも差があるのよ? ギルドにケチをつけるわけじゃないけど〝個人の店〟を持てるだけの理由はあるんだから」


 そんなことも知らないの? 的な顔を向けてくるレベッカは衛兵が守る出入り口から、さっさと外へ出ていく。


「シュウヤ~、早く来なさい。店は近いからね」

「おう、今行く」


 壁向こうからレベッカの声が聞こえてきた。


 俺も衛兵が守る迷宮の出入り口から外へ出る。


 レベッカはすぐ横で、背中に杖を回し持った魔法使いらしい可愛い体勢で待っていてくれた。

 そんな彼女とデート気分で円卓通りを一緒に歩いていく。


 目的の店は本当に近かった。

 迷宮の出入り口である円筒の短い塔的建物から、円卓通りの右上辺りだろうか。

 鍛冶屋と雑貨屋に挟まれた一階建ての狭い立地の場所にそれはあった。


 狭そうだが、店の外観はアンティークと名乗るだけはある。

 煉瓦と鋼材を使った壁には小さい星が三つ付いた冠型のレリーフが飾られてあった。


 レベッカはドアノッカーには触れずに、赤茶色の木製扉を押し開く。


 カランカランとドアベルの音が鳴る。

 扉の内側にはブラケットで真鍮製の鈴が付いていた。


「いらっしゃい。スロザの古魔術屋アンティークにようこそ」


 店主の渋い声が響く。

 店内は扉から小さい階段を下りる形の縦に長い作りだ。

 右手にカフェのようなカウンターバーがあり、そのカウンター奥には片眼鏡バンドを頭に備えた店主が存在感を示していた。


「――店主、これの鑑定をしてほしいの」


 レベッカは早口で喋りながら、階段を素早く駆け下りる。

 素早い動作で鋼鉄製の腕輪を店主に渡している。


「ほぅ、腕輪ですか。少々、お待ちを……」


 店主の頭は、若干禿げ気味。

 白髪がポツポツと生えた五分刈りな髪型だ。


 禿げだが、渋カッコいい。

 ビルや空港でテロリストと戦ったあの有名ハリウッド俳優と似ている。


 渋い店主は頭に付いていた片眼鏡を目元に下ろし、片目に装着していた。


 持った鋼鉄の腕輪を片眼鏡へ近付け、覗き出した瞬間。

 店主が魔力を操作したのが解った。


 スムーズな魔力操作。

 一瞬で、手練な予感を感じさせるほど。


 全身から集められた魔力が片目から片眼鏡へ運ばれると、眼鏡の表面に亀裂のような青白い跡が走り、突然片眼鏡の先端が伸びる。


 見た目は歪な暗視スコープのような片眼鏡へ変化。

 ズームアップしているのか眼鏡の先端が更に細く成り、そこから小さい緑色の魔力光が発生していた。


 レーザーポインターのような小さい緑の光は腕輪をスキャンするように小刻みに揺れながら動いていく。

 ……この店主、鑑定スキルがあるとか、レベッカは話していた。


 時計職人のような鑑定作業だが、内実はスキルを駆使した膨大な処理を脳で行っているに違いない。


 さて、店主が鑑定を行っている、その間に……。


 この店内を見回していく。


 長い受付台であるカウンターの天井には冬虫夏草とか漢方薬みたいな干し野菜が並んで吊り下がっている。

 店主の背後には検品済みマークが貼られた珈琲豆を潰すような木製の機械か魔道具と思われる物が置いてあった。


 珈琲、ここで飲めるんだろうか……。

 他にも棚の中には、白い宝石が輝くネックレス、眩い青の光を放つブレスレット、神々しい旗、魔法書と思われる書物、スクロールの束、和弓、鏃が黄色い矢束、柄に赤い魔宝石が埋め込まれてある歪な形の沿った赤いナイフ、先端に骸骨の彫刻が施されている巨大メイス、パイルバンカー系の拳武器、手裏剣の円型武器、緑色に輝く刀、防具だと思う生きた眼球が付いている不思議盾、雷文模様の魔法札、紺碧水晶、鉱物、金塊、銀塊、インゴット、粉末状のきらきらしたもの、黒々とした枝、緑の炎を灯す油、多数の見たことのない珍品道具や高級そうな魔道具のような商品が陳列されていた。木札で検品マークが貼られてあるのが多い。


 様々なマジックアイテムを目に留めていると、店主が反応。

 鑑定していた鋼鉄の腕輪を眺めながら渋い表情を作り、口を開く。


「このアイテムは……物理防御弱上昇ブレッシュアップ魔法威力弱上昇メイジアップの効果が望める魔法が掛かってます。普通のマジックアイテムですが、〝鉄魔の腕輪〟という名が付いていますね」

「凄い。ユニーク級じゃないけど、一階の〝木箱〟から二つの魔法効果が付くマジックアイテムが手に入るなんて」


 レベッカは店主が鑑定している腕輪を覗くように身を乗り出していた。


「ほぅ、この品を一階の木箱からですか。それは運に恵まれましたね」

「うんっ、そうみたい。こういう品は普通……地下二階層辺りから出現する〝鉄箱〟クラスの品だと思うし」


 鉄箱? やはり宝箱にも種類があるようだ。


「確かにそうですね。ではこれを」


 店主は静かに同意しながら、鑑定した魔法の腕輪を返していた。

 レベッカは対照的に蒼い目を輝かせては、腕輪を受け取っている。


「うん、ありがと。ふふ、やっと……わたしにも運が巡ってきたようね――」


 腕輪を掲げて、店主に自慢するように語るレベッカさん。

 嬉しそうな惚けた顔を浮かべている。


 蒼い目を細くしては店主をジロッと睨みながら喋りだした。


「店主っ! 今度は鉄箱、銀箱を超えて、憧れの〝金箱〟から、マジックアイテム、ユニークアイテム、を超えて、伝説レジェンド級、ううん、神話ミソロジー級のマジックアイテムをゲットしてみせるわ」


 レベッカはテンションの高い口調で話す。

 だが、店主は至って冷静に見ているだけ。


「ですか。それはいつになることやら……それでは、鑑定の代金、大銅貨五枚を頂きます」


 店主はスルースキルが高い。

 一言多い気がするが、冷静な態度だ。


 渋い親父的な雰囲気を醸し出し、静かに金を請求していた。

 しかも、鑑定料が安いときたもんだ。

 モノによって値段が変わるのかな?


「はい。大銅貨五枚」


 レベッカは店主の冷静な態度に興が醒めたような顔を浮かべてから、お金を払っていた。


「確かに」

「店主の〝鑑定〟はいつも早くて便利」


 レベッカの誉め言葉に店主はピクッと眉を動かして反応。

 あれほど渋かった店主の表情が一転。

 額に皺を寄せて渋さと嬉しさを併せ持つ親父顔。

 が、どこか愛嬌さを持つ顔色へ変化させていた。

 鑑定に使った片眼鏡を触りながら、頬をほころばせて、

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