百八話 レベッカの実力

 

「……そういえば、それらしきことを言っていたような」

「そっ、ま、今はわたしたちもコレに触って、さっさと迷宮の内部へ飛ぶわよ」

「おう」


 俺は水晶体に触りレベッカも水晶体に触る。

 彼女が“飛ぶ”と喋った瞬間――俺たちはワープした。


 飛ばされた場所は飛ぶ前と同じような八角形の空間。


 意外に明るい。高さは二十メートル前後?

 部屋の四方にはアーチ状の扉がない出入口があり、先には通路が続いている。

 天井や壁からは魔法陣の形をした幾何学模様の光源から眩しい光が発せられていた。


 そんな八角部屋空間の中心には、俺たちが触っている水晶体が聳え立っている。


「今日は、ここか……」


 レベッカは短く呟く。

 転送されてきた部屋の周りを見回していた。


 彼女はやはり何回も潜っているのか、見知った感じベテラン顔だ。

 落ち着いた表情を浮かべ触れていた水晶体から手を離し長杖を胸前に持っていきながら歩き出す。


「転送直後にモンスターに襲われたりすることはある?」


 彼女の金髪を視線に捉えながら、そんなことを聞いてみる。


「ある。けど、この水晶体がある部屋からモンスターが出現したという報告は今まで一度も聞いたことがないわ。でもね、モンスターキラーは別」


 モンスターキラー?


「モンスターキラー?」

「悪意のある人物がモンスターを大量に引き連れながら逃げてきて、違う冒険者に擦り付けること」

「そりゃ嫌だな」

「えぇ、パーティならいざ知らず、個人で活動してる冒険者には恐怖そのモノよ……」


 レベッカは顔が青ざめていた。

 経験があるようだ。


「でも、そういうことをする冒険者は、真面目な冒険者たちによって、いつか吊し上げを食うだろ?」

「そうだと良いのだけど、でも、あまり聞いたことがない。モンスターキラーは深い階層に潜れるほどの冒険者たちでも、引き起こしてしまうことがあるから」


 ビデオカメラがあるわけでもないし、ここじゃ難しいか。


「それじゃ被害者は堪らんな。転移した直後とかだと、もっと嫌だ」

「うん。危険だけど、その場合は水晶体に触れていればすぐに転移して逃げられるからね、転移直後のモンスターキラーの被害はあまり無いの。問題は水晶体から離れ奥へ進んで、通路から繋がるモンスター部屋で起きた場合よ。……悪意に満ちた行動を取る<隠身ハイド>を超える隠蔽スキル持ちの“屑冒険者”は何処にでも居るから……気を付けないと。迷宮では何が起こるか分からない」


 蒼い目を尖らせるように真剣な顔付きで説明してくれた。

 警告で嫌な話だが、少し心がほっこりする。レベッカは良い奴だ。

 迷宮に初挑戦の俺には、この出会いは幸先良いかもしれない。


「……そうなると、少しレベッカも話していたが、悪意が無くてもモンスターから逃げただけで、モンスターキラーになる確率は高くなるな」

「うん。六、七、八、九階層のワープ先が特にその事故が多いと聞く。悪意が無くモンスターの集団から逃げ続けて、結局はモンスターの大軍を作ることになってしまうクランたちも多いとか」

「……覚えとこう」


 そう言いながら、周りを見ていく。


 床や壁の素材は大きな石か。

 それが隙間なく敷き詰められ空間を形成しているようだ。

 コンクリートやブロック材にも見え、人工的な空間部屋にも見えた。

 いかにも迷宮という感じはする。


 上方向にあるアーチ型の入り口を潜り、通路をレベッカは歩いていく。

 通路の幅は十メートル以上はありそう。


 十分な広さだ。


「……暴走湧きスタンピードのことも教えとく。時々だけど、モンスターが大量に通路、部屋、空間から出現し続ける場合のことを指すの」

「うへ、そんな現象もあるのか」

「ま、暴走湧きスタンピードは滅多に無いから大丈夫」


 レベッカは笑顔で語る。


「さ、こっちの通路へ進むわ。階段があるから、そこを降りたらモンスターと戦っている冒険者たちが居ると思う」

「了解」


 彼女が言った通りに下へ続く階段があった。

 階段の横幅は同じ。

 軽快なリズムで階段を降りていくと、薄暗くなり寒くなった。


「温度は下がったけど、迷宮は明るさは保たれている?」

「そう。気温差があり、こういう短い階段があちこちにあるけど、基本は壁や天井が明るいから照明は要らないわ。でも、特殊な部屋、空間、罠、通路があるし、寒気を催すほどの真っ暗な場合もあるから身を温める暖具、光源の用意は必要」


 説明を聞きながら低い気温が肌を刺す。

 だが、この寒さが未知のダンジョンに潜っていると、実感させてくれる。

 ワクワクと共に武者震い、鳥肌も立つ。


 たぎる想いを胸に抱きながら階段を降りると、また部屋に出た。

 あれ? 不思議だが、風を感じて急に暖かくなる。


 それに魔素の気配だ。

 ――獣を発見。牙を生やす大鼠、三匹の群れが居た。

 まだ、こっちには気付いていない。


 このモンスターが居る部屋は四角形。

 右と上に、奥へ続く通路がある。

 部屋の印象は灰色石畳の殺風景。


「――いたいた。一階層の雑魚モンスター。大鼠ザンビッシュよ」


 モンスターの姿に気付いたレベッカは語る。

 美しい金髪を靡かせ揺らしながら、白魚の手が動いていた。

 先端に小さい赤宝石が付いた長杖を胸前に掲げ持つ。


 杖を構えては、横目の視線で標的を捉えながら、笑みを浮かべると、口を動かす。


「――わたしがさっさと狩っちゃうわね」


 鈴のような声が響く。


「火精霊イルネスよ。我が魔力を糧に、炎の精霊たる礎の力を示し、炎玉を現したまえ――」


 彼女は言語魔法の詠唱を開始していた。

 言葉と魔力が紡ぎ合う。


 黒猫ロロと一緒にレベッカの言語魔法を観察。


 魔察眼で魔力の動きを追う。

 レベッカの魔力操作は速い。

 魔法に自信があると話していた通りだ。

 魔力操作がスムーズな感じは分かってはいたが……。

 実際に魔法を発動している現場だと一味違う。


『閣下、彼女は特筆すべき魔力の使い手です。火精霊が嬉しそうに集まっていきますよ。詠唱は下級と思われますが普通とは“明らかに”違う、美しい炎玉ができていきます』


 そうなのか。その精霊とやらは一切、俺には見えないけど、常闇と水の精霊であるヘルメには見えているらしい。


 レベッカは貧乏だが、内実は魔術師級、達人級の魔力操作の腕を持つようだ。

 詠唱の韻律と魔力が重なるように消えては、炎へ昇華。

 炎玉が大きく形成され、一つの大きな火球が出来上がった。


「《火球ファイヤーボール》」


 レベッカは厳しい表情だ。

 魔法名を唱えて、魔法を放っていた。

 大鼠の群れへ向けて、その練り上げられた火球が唸りを上げて飛翔していく。


 火球は大鼠の群れに衝突。


 真ん中にいた大鼠はもろに火球を喰らい、一瞬で黒焦げになりながら身体が吹き飛び四散していた。

 火球の勢いは収まらず、迷宮の床にぶつかり擦り減りながら炎が扇状に広がってく。

 周りの大鼠にも炎が燃え移り、大鼠の身体が炎に包まれると、動かなくなった。


 少々、オーバーキルの威力。


 魔石は? と思ったら、四散した死骸に付着している小さな魔石が見える。


 レベッカは燃えかすの死骸から魔石を素早く回収していた。

 燃えても魔石は残っているもんなのか?

 ま、たまたまだろうけど、火と接触して爆発とかしないようだ。


「幸先良く、小さい魔石三つゲットね」

「火球で一発か、やるじゃん」


 レベッカは機嫌よく、魔石を袋へ仕舞っていく。


「うん。序盤に出現する大鼠ザンビッシュなら“先制攻撃”さえできれば、わたしの魔法で反撃させずに倒せるわ。でも、少しでも先に進むと、モンスターの種類が増えて出現する数が多くなるから前衛がいないとキツくなるの。シュウヤなら魔法もあるから、わたしと一緒に先制攻撃すれば、反撃させずに倒せそうだけどね」

「そうだな。魔法も試すつもりだが、俺とロロは基本“前衛”だ。次は俺たちが“前に出て”先制する。気配察知も任せてくれ」

「わかったわ、どんなものか期待しとく」


 レベッカは先輩気分なのか、ふふんと、鼻歌を歌う。

 左、右と二つに分かれた通路の内、右の通路を彼女は選択して進む。


 方形な通路を歩いていると、また、魔素の反応がある。

 小さい魔素が複数。同じ鼠だな。


『閣下、レベッカに負けませんっ、わたしが魔法で一掃してみせますっ』


 小さいヘルメは独特なポーズジョジョ立ちを取りながら小さい手を鼠たちへ伸ばしていた。


『いや、俺がやる。ヘルメは見ててね』

『はい……』


 ヘルメは残念そうに視界から消える。

 同時に、俺は右手に魔槍杖を出現させた。


「レベッカ、前方に敵だ。大鼠ザンビッシュと思う。俺とロロで突っ込む」

「うん。後ろで見てる」


 レベッカに前衛の技を少し見せてやろう。

 ということで走る――。

 黒猫ロロも肩から離れ、俺の先を走った。

 むくむくっと、走りながら姿を中型サイズの黒豹へ変身してゆく。


 大きなストライドフォームで走っている姿はいつみても綺麗だ。


 魔素の反応があった位置に、大鼠ザンビッシュを確認。


 五匹の群れ。

 手前にいた大鼠ザンビッシュが近寄る俺に気付くが、構わない。

 狙いを付けた大鼠へ右上から左下へ斜めに魔槍を振り下げ、大鼠を両断。

 斜めに斬った断面は真っ黒く、炭化している。

 二つの肉塊死骸が床に転がると、死骸の中にあった小さい魔石が床の上に零れ落ちていた。


 右端にいた黒猫ロロは大鼠へ触手骨剣を突き刺し、簡単に倒すと、死骸を使ったアイスホッケー的な転がし遊びをやり出してしまう。


 俺はそんな遊びに苦笑しながらも左に残っている大鼠へ狙いを付けた。


 撃ち降ろした魔槍杖の持ち手を逆手に変え、変則ゴルフスイング。

 テニスで言えばバックハンドでドライブ回転を起こすように弧線を描かせた魔槍杖を大鼠の頭へ衝突させる。

 擦るように衝突させた竜魔石には、大鼠の脳漿が大量にこびりついていた。


 ――まだ、左後方に二匹。


 そんな血糊なぞ関係ないように掬い上げていた魔槍杖の回転を利用。

 身体を前傾姿勢で前進させながら、少し前の有名サッカー選手ジダ○ばりに横回転マルセイユルーレットを行う。


 回転の力を乗せた魔槍杖を大鼠へ振り下ろし、頭蓋を潰した。

 そのまま紅斧刃は迷宮の床面にも衝突、紅刃がめり込み、炎を纏った衝撃波が飛ぶ。


 一瞬だが、俺の古代魔法をあっさりと両断せしめた、魔竜王の紅鶏冠が脳裏に浮かんだ。 

 ここで一旦、魔槍杖を消失させる。


 ――ラスト。

 最後に残っていた大鼠のもとへ走り寄り、鼠の腹底をインステップキックの魔脚で掬うように、思いっきり、蹴りあげた。


 鈍い音が響き、ひしゃげた大鼠は頭上へ舞い上がる。

 大鼠は内腹が大きく凹んでいた。

 魔竜王で作られた甲の痕がしっかりと残っている。大鼠は空中でブシュッと更なる潰れる異音を立て圧死していた。


 潰れた死骸が地面に落ちていく。


「す、すご」


 一連の動作を見ていたレベッカは驚きの顔を浮かべていた。

 蒼い瞳を散大させている。


 そんなことは構わずに魔石を回収していると、頭蓋の潰れた部分が魔石も潰れていたらしく、燃えたように炭に……。


 あちゃぁ、一個潰しちゃった。

 呆け顔のレベッカにそのことを謝っておく。


「レベッカ、済まん、魔石を一個潰しちゃった」

「え? あ、まぁ、そうなるわよね。でも、そんなことはどうでも良いわ。一流処はそういうこともあると、聞いたことあるし」

「そか。なら良かった。この調子で倒せれば、依頼分の魔石は楽に集まりそうだな」


 俺の問いにレベッカは目をぱちくりさせて答えた。


「そ、それもそうね。正直、シュウヤがこれほどの戦士だと思わなかった。何ならもっと難しい依頼を選んどけば良かったわ……」

「まぁ、いいじゃん。依頼受けてなくても、魔石の買取りはしてくれるんだろ?」

「それはそうだけど、沢山の依頼受けた方が依頼達成数が増えるじゃない。でも、この際だからC級クラスのモンスターが出る“レアモンスター部屋”に挑戦してみる?」


 おぉ、いかにも迷宮らしい部屋名。


「レアモンスター部屋?」

「うん。レアモンスター部屋に到達する前にも、モンスターが湧く部屋を幾つか通り過ぎなきゃいけないけど、各階層ごとに幾つか固有な強いモンスターが出現する特別な部屋があるの。その強いモンスターを倒すと“宝箱”が出現する時があるんだけど、その宝箱の中にレアなアイテムが入っている可能性があるのよ」


 でました。迷宮の定番。宝箱。

 レア物とは、どんなアイテムだろ。


「おぉ~良いね。そのレアアイテムとは、どんなの出るの?」

「例えば、アクセサリー系ね。見た目は一見普通でも、鑑定してみたら驚きの品とかよくあるわ」


 鑑定か。そういうスキル欲しいかも。


「へぇ、高級なアイテムの場合もあると?」

「うん。でも、所詮は一階だから、それに見合った代物しかでないわ。でもね、その部屋を巡って、冒険者同士で争いも起きたりしているの、だから部屋に向かうなら用心しないとね。大概はパーティごとで順番を守って安全に狩りを行うけど」


 争いね。得意だ、そういう展開。


「なるほど。俺はいいぞ。レベッカがいいなら挑戦してみたいな」

「……わかった。それじゃ行きましょ。このまま右の通路を進んだ先にある広場部屋を三つ過ぎた、その次の部屋がレアモンスター部屋よ」


 へぇ、ちゃんと道順を覚えてるらしい。

 レベッカはこの迷宮へ何回も通ってるだけはある。


「この辺の地図は頭に入っているんだな?」

「うん。自慢じゃないけどある程度は、“ここに”詰まってるわ」


 彼女は微笑を浮かべながら細い白魚の指を使い、自身の頭を軽く叩いている。


「さすがだ、レベッカ“先輩”」


 俺の軽いジョークにレベッカは、はにかむ。


「ふふっ、ありがと。ここは一階層の三番目のエリア。一階層には十個以上のテレポートされる水晶部屋が確認されているんだけど、一~三番目に飛ばされることが多いの。わたしが覚えてるのは、この三番目ぐらいまで、四番目以降はわたしでも地図とか迷わないための道具が必要ね。<地図制作者ラビリンスマッパー>とかの、スキルを持っていたら楽なんだけど」


 一番から三番の迷路のような地図をちゃんと頭に詰め込んであるのか?

 中々凄いと思うが。

 それと、地図を作るスキルを持ちの存在か。普通ならば、そんな人物がいたら是非ともに仲間に欲しい人材の一人と言えるだろう。


 だが、俺の場合は鏡があるし、血さえあれば迷宮に潜っていられるので地図がなくても時間が掛かるが沸騎士、ヘルメ、ロロだけでも十分に進んでいけそうだ。


「……そういうスキル持ちの人材は、そうそう余ってないよな?」

「うん。大抵は大手クランに所属してるわ」

「なるほど」


 そんな会話を続けながらも、通路内には同じように大鼠が湧いてくるので、雑魚モンスターを倒し魔石を回収しながら通路を進む。


 最初の部屋らしき広場が見えてくる。

 アーチの形をした部屋の入り口からその部屋を確認。

 そこの部屋には大鼠とは違う小さい人型モンスターが多数、湧いていた。


 全部で八匹居る。


「あれは“ブウンデル”地下に住む小型ゴブリン系よ。集団で現れるわ」

「ゴブリン系ね……あいつらの知覚範囲は狭いのかな?」


 俺の問いにレベッカはフッと軽く鼻で笑ってから答えていた。


「相手は小型ゴブリン系よ? そんな大層なモンスターじゃないわ。動きは素早いけど、普通は部屋に入らなきゃ気付かれない。小型は視界も狭いし思考も馬鹿ばかりだし、さすがに、大鼠ザンビッシュよりかは素早いから危険だけど」

「了解。それじゃ、丁度良い実験相手だ。先制攻撃は俺に殺らせてくれ。覚えた魔法を試す」

「はいはい、見ているわよっ」


 彼女は少し機嫌が悪くなるが構わない。


 俺が覚えた魔法は以下の通り。


 言語魔法。


 初級:水属性の氷弾フリーズブレッド

 初級:水属性の氷刃フリーズソード

 中級:水属性の氷矢フリーズアロー

 中級:水属性の水浄化ピュリファイウォーター

 上級:水属性の水癒ウォーター・キュア

 上級:水属性の連氷蛇矢フリーズ・スネークアロー

 烈級:水属性の氷竜列フリーズ・ドラゴネス


 紋章魔法。


 水属性の水壁陣ウォーター・ウォールハーツ

 水属性の水耐性レジスト・ウォーター

 水属性の凍刃乱網フリーズ・スプラッシュ


 この中で一番強力な魔法なのが……。


 言語魔法の氷竜列フリーズ・ドラゴネス

 紋章魔法の凍刃乱網フリーズ・スプラッシュ


 この二つ。

 まずは氷竜列フリーズ・ドラゴネスを試すことにする。


『閣下の魔法が見られるのですね』


 ヘルメが視界の右上で泳ぎながら現れた。

 なんで平泳ぎでパンツ的なモノを見せながら泳いでいる? とは念話せず、俺は魔法のスキルを説明していく。


『……そうだ。俺には恒久スキル<水の即仗>がある。水系魔法のみ無詠唱や紋章簡略化が可能だ。なので、念じれば一瞬で発動するはず』

『はい。ここは魔素も濃密ですし、閣下の魔法威力は増加されることが予想できます』


 それは楽しみだ。


『よし、魔法を試しに中へ入る』

『はい』


 ヘルメは視界から消えた。

 そこでレベッカを見る。


「何よ、魔法を撃ったらいいじゃないっ」


 可愛い唇を尖らせるレベッカに笑顔で頷き、黒猫ロロを残して、ブウンデルが屯している部屋の中心部へ歩いていく。


 ブウンデル小型ゴブリンたちは近寄ってくる俺に気付くと、奇声を上げ始めた。

 ――ここだ。

 右腕を振り上げるポーズをしてから魔法を発動させる。


 ――《氷竜列フリーズ・ドラゴネス


 その刹那、部屋の温度が急激に下がると共に、腕先から部屋中央部に掛けて“龍頭”を象った列氷が発生。


 氷龍の上顎と下顎からは無数の氷牙が生え揃い頭の後部には尾ひれが発生している。

 その鋭そうな牙口を見せる氷龍頭が宙の空間を食べるように突き進んだ。


 温度変化により、空間が研ぎ澄まされるような感覚を得た。


 そして、氷龍の上顎と下顎がブウンデルを挟み噛むように飲み込みながら、床に激突。

 氷龍が当たった場所を中心にダイヤモンドダストのような霧吹雪が周囲に発生し、魔法に喰われ巻き込まれたブウンデルたちは見る影もなく小さい身体が凍り崩れ破壊されていた。


 俺が撃っといてなんだが、すげぇな。

 ……部屋の中心部には、威力を物語る列氷の丘が誕生していた。


『凄まじい。言葉もありません。さすがは閣下の魔法ですね』

『ヘルメは持ち上げるねぇ。調子に乗ってしまいそうだから、あまり誉めなくていいぞ?』


 ヘルメはデフォルメ姿で、ペコリとお辞儀してきた。


『はっ、すみません』

『いや、そこまで強く言ってるわけじゃないから、気にするな』

『はい』


 デフォルメ姿のヘルメは俺の視界から消える。


 しかし、この魔法、さすがは烈級と称するだけはあった。

 見た目も威力も申し分ないし、効果範囲も広い。

 魔力もそれなりに消費している。

 だけど、これぐらいなら、数十発の連発は可能。


「――シュウヤッ、あなた、今、詠唱は?」


 レベッカは凄い形相を浮かべながら走りよってくる。

 黒猫ロロも走ってきた。


「無い。無詠唱だよ」


 俺は平然と答えた。


「えぇぇ!? ほんといったい、何者なのよ。今の魔法、王級規模に見えたけど、あの特殊そうなハルバードを媒介にしてるかと思いきや、何も持たずに王級規模の魔法を撃ち出すし……それも無詠唱? 神に選ばれし者級な、特殊スキル持ちとか……もう、ほんと、呆れるのが疲れてきた……シュウヤは十天邪像の近辺に出現すると言われる未知のモンスターと普通に殺り合えそう……バルバロイの使者も倒せちゃうかもしれない」


 そのバルバロイとは何だろう?

 十天邪像も気にはなるが。

 この反応からして……変に目立つから、最初は無難な魔法を使うだけにするか。

 レベッカが言うように、魔槍杖の竜魔石を媒介したように見せかけた方が良いかもな。


 実際に魔槍杖の後方部位の竜魔石からは隠し剣氷の爪が可能だし。

 それか魔竜王の蒼眼を掲げるとか、無詠唱を使うとしたら、ちびちびと初級魔法の範囲に留めとくか。


「……済まない。次からは気を付ける」

「いや、いいのよ……実力だし。でも、ちょっと、自信無くす」


 しまったな。

 自尊心に傷をつけちゃった。

 フォローしておかねば……。


「でも、俺はレベッカのように強力な火属性は使えないから、火属性が必要な時は任せるよ」


 黒猫ロロが強力な火炎ブレスを使えることは黙っていた。


「う、うん。それもそうね。任されるけど……」

「火や風は重要だからな」

「ま、まぁね、分かっているじゃない」


 さりげなくレベッカの機嫌を取る。

 適当に相槌をしながら、氷に埋まっている死骸から紅斧刃で氷を溶かし壊しながら魔石の回収を急いだ。


 レベッカは腰ベルトにあった小型のハンマーを使い氷を削る。

 黒猫ロロもブレスを吐かずに、触手骨剣で氷を削り回収を手伝ってくれた。


 まぁ、あの規模は使いどころは限られるか。


 しかし、まだちょっと部屋が寒い。

 氷竜列フリーズ・ドラゴネスは強力過ぎた。


 肌寒い中、全ての魔石を回収。

 魔石の形は菱形から様々に変化している。

 凹凸激しいのもあった。


「回収したわね。奥へ行きましょ」

「おう」


 黒猫ロロを連れ、レベッカと共に通路や部屋を抜けていく。


 通路や部屋に湧く雑魚モンスターを全て倒しては魔石を回収。

 依頼分の魔石は簡単に集め終わった。

 更に、余分に三十個を超える魔石を手に入れることができた。


「魔石は十分」

「あぁ、次潜る時に参考にする」

「うん。その方が良い。でも、シュウヤの場合、一層、二層より、三層でも余裕で活躍できると思う。沢山、稼げるし、他の人がシュウヤの実力を見ればパーティに引っ張り凧になるかもね」

「引っ張り凧……嬉しいかもしれないが、それはそれで大変そうだ。そのレベッカが言う三層とは、やはり階層は深くなるごとにモンスターは強くなるんだろ?」

「そう。一階層の奥から、強くなっていく」

「なるほど」


 今度は三階くらいまで、ソロで目指してみるのもありか?


「さ、止まってないで、目的のモンスター部屋はこの奥。この通路を進むわ」

「了解」


 レベッカが誘導しているので迷わないで済む。

 順調に奥へ進んでいった。


「ここの先に広間があるんだけど、その先にあるのが“レアモンスター部屋”よ」


 もうすぐ到着か。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る