百七話 魔法書を買う

 店主の老人は、


「魔法書ぞい、ぞぞいのぞいっ、フンピー」


 わけのわからない言葉を口ずさみながら歩いてきた。


 老人の白髭は特徴的だ。尾長鳥の尻尾を彷彿とする。

 皺ばんだ皮膚も目立つ。好好爺とは違う、確かな経験を積み重ねてきた老獪な雰囲気を感じさせる仙人爺。


 魔法使いとは思うが、一種の拳法家にも見える。


「……聞こえたぞい。魔法書、言語か紋章か? とりあえず、初級、中級、上級、烈級、とあるが、ま、あるだけ全属性を持ってくるぞい、フンピー」


 オオジシギの鳥のようにしわがれた変な声で話す店主の爺さんは品物を取りに奥へ戻る。

 暫くしてから障屏具しょうへいぐの布製帳が動き、奥から荷物を抱えた爺さんがカウンターまで戻ってきた。


「ほれ、これが一通りの魔法書じゃぞい」


 ローブの裾から伸びている枯れ枝のような細い手により、台の上に魔法書が並べられていく。


「ンン、にゃにゃ」


 黒猫ロロは台に乗ってしまった。

 台に置かれた魔法書に興味があるのか、小さい鼻孔を広げ窄めて、くんくんさせ、懸命に書物の匂いを嗅いでいる。


 縄張りのチェックか?


「おっと、おまえさん、この魔法書は商品じゃぞい? 傷つけんようにな」


 仙人のような店主は黒猫ロロを見ても微動だにせず、優しい目を黒猫ロロへ向けて話していた。


「にゃお」


 黒猫ロロは一鳴きすると、足を揃え人形のようになる。

 大人しく、台の上に並べられていく書物を眺めていた。


 老主人は可愛らしい黒猫ロロの姿を見て、微笑む。

 そのまま細い手を大人しくなった黒猫ロロの頭へ伸ばし、皺が目立つ掌で数回、優しく撫でていた。


 黒猫ロロはお返しにゴロゴロと喉を鳴らし、ぺろぺろと老人店主の掌を舐めている。


「ひゃひゃっ……フンピッピーッ、可愛いぞい」


 店主は変な鳥のような声で笑いながら、黒猫ロロから俺に視線を移すと、机の上にある魔法書の名前を述べながら、順繰りに並べ直していく。


 初級:無属性の光球ライトボール

 初級:火属性の火球ファイヤーボール

 初級:火属性の炎針フレアニードル

 上級:火属性の炎熱波エンファルヒート

 烈級:火属性の火炎連撃フレイムガトリング

 烈級:火属性の業火連槍フレアランサード

 王級:火属性の爆炎竜脈メギド・ザ・ライン

 初級:水属性の氷弾フリーズブレッド

 初級:水属性の氷刃フリーズソード

 中級:水属性の氷矢フリーズアロー

 中級:水属性の水浄化ピュリファイウォーター

 上級:水属性の水癒ウォーター・キュア

 上級:水属性の連氷蛇矢フリーズスネークアロー

 烈級:水属性の氷竜列フリーズドラゴネス

 初級:風属性の風刃エアカッター

 初級:風属性の風槌エアハンマー

 初級:土属性の岩礫グランドバーン

 中級:土属性の岩土硬化ハードスキン


 並べられたのは言語魔法の魔法書だった。


「これが言語の魔法書ぞい。次は紋章魔法じゃぞい」


 次に紋章魔法の魔法書が並べられていく。


 火属性の火耐性レジストファイヤー

 火属性の焔大剣ファインブレイド

 火属性の烈火爆裂ブレイジングボム

 火属性の炎円壁柱エンファル・ノア

 水属性の水壁陣ウォーターウォールハーツ

 水属性の水耐性レジストウォーター

 水属性の凍刃乱網フリーズ・スプラッシュ

 風属性の風斬流陣エアフレイン

 風属性の暴走嵐群エアスタンピード

 雷属性の雷撃柱ボルトライトニング

 土属性の岩山槌グリッドランシャー


「さて、全部並べてやったぞい。どれにするのじゃぞい?」


 沢山、あるなぁ。

 水系の言語魔法と紋章魔法を全部買っちゃうとして幾ら掛かるのだろう。


「……初級:水属性の氷弾フリーズブレッドは幾らぐらいですか?」

「金貨二十八枚、フンピーッ」


 何なんだフンピーとは……。

 しかし、初級でその値段なのか。結構高いね。


「では、中級:水属性氷矢フリーズアロー、上級:水属性の水癒ウォーター・キュア、上級:水属性の連氷蛇矢フリーズスネークアロー、烈級:水属性の氷竜列フリーズドラゴネスは幾らですか?」


 店の主人は白皙の顎髭を触りながら、魔法書を指差していく。


「中級:水属性氷矢フリーズアローは金貨七十五枚じゃぞい、上級:水属性の水癒ウォーター・キュアは、金貨百八十枚、上級:水属性の連氷蛇矢フリーズスネークアローは金貨百五十枚、烈級:氷竜列フリーズドラゴネスは白金貨五十枚」


 ひぇぇ、やはり高い。


「そうですか。ちょっと計算します」


 全部買うとなると……。

 

 大白金貨を一枚で水属性の魔法書全部買っちゃうか?


「売っている水属性の魔法書の全部を買おうと思います。幾らですか?」

「ちょっ」

「フンピーッ、なんじゃと?」


 レベッカと店主は目を見張り驚いている。


「紋章魔法はどれも白金貨十枚以上が当たり前なんだけど……シュウヤはそんな大金を持ってるの?」

「あるぞ――」


 アイテムボックスから一枚の大白金貨を取り出した。


「大白金貨だ。これで大半は買えるだろ?」


 大白金貨を受付に置く。


「――すごっ、わたし初めてみたよ。その金貨……本当に流通しているのね……でも、金貨も驚きだけど、魔法を全部覚えられる気でいる、あんたにも驚きよ。シュウヤの戦闘職業は魔法戦士と言っていたけれど、もしかして、高位魔術師級なの?」


 俺の戦闘職業は魔槍闇士。

 <古代魔法>も覚えたし、魔法使いよりかは上だと判断できる。

 それが高位だとは判断できないが。


「そうかもしれない。だから、魔法は覚えられると思う」

「そ、そうなのね……仮にそうだとしても不自然だけど……」


 レベッカは引いてしまった。顔がヒキツッテル。


「本当に覚えられるぞい?」


 店主も疑うようにそんな言葉を言ってきた。

 目頭と目尻と瞼の皺が重なって細い目が見えないこともあったが、細い目を晒すように青目を光らせて、俺の全身の観察を強めてきた。

 青目の双眸には魔力が籠もっていた。


「……そうです」


 この仙人な店主は魔察眼が可能か。ならば――。

 俺も意思表示として魔力を体に纏う。


「――ふぉふぉふぉ、まさにフンピッピーじゃぞいっ! ただの若僧だと思っておったが、とんでもないの。……よし、ぞいっ。その一枚で、水属性の魔法書を全部売ってやろうぞい」


 店主は俺の魔力を確認したのか、納得してくれたようだ。


「おぉ、ラッキー」


 喜びながらレベッカを見るが、彼女は微妙な顔を浮かべていた。


「店主はそれで大丈夫なの?」


 彼女は店主の太っ腹な発言に食ってかかる。


「大丈夫じゃぞい、むしろ黒字黒字。その大白金貨は、一種のステータスにもなるしの。それに、紋章魔法はここ最近ずっと売れていないのじゃぞい、売れ線は言語魔法だからの」


 紋章魔法は売れていないにしてもそれなりの値段なはず。

 白金貨五十枚以上は安くしてもらったのかもな。


「そういうこと……」


 レベッカは小さく呟く。

 だが、並べられた魔法書を悔しそうに見つめていた。


 レベッカは魔法が本職だ。それなりの戦闘職業なのだろう。

 そんな彼女の前でいきなり魔法書を大人買い、不味かったか……。


「ほれ、買った水属性の魔法書をここに残していくぞい、ここで覚えていくなら読んでおけ」


 顎に白髭を生やす老人店主は、大白金貨と他の魔法書を纏めると荷物を抱えフンピーを連続で呟きながら、店の奥へ持ち運んでいく。


「レベッカ、今、魔法を覚えるから、少し待っててくれ」

「はいはい。本当に覚える気なのね。待っているわよ……」


 レベッカはイジケたように背けて喋っている。


 気まずいが、覚えてしまおっと――言語魔法の魔法書を手に取った。


『すべての魔法書から魔力を感じます』


 ヘルメの言う通りちゃんと魔法書からは魔力を感じる。


 初級:水属性の氷弾フリーズブレッドの魔法書を読んでいく。

 読み終えて理解すると……手に持っていた魔法書の羊皮紙は朽ちて塵となる。


 あっさりと《氷弾フリーズブレッド》を覚えられた。

 闇の魔法書の時と同じ、詠唱も自然とインプット。

 俺にはスキルのお陰で、意識して念じれば無詠唱が可能。

 魔竜王の蒼眼もあるので威力も倍々と期待できる。


 へへ、どんどん覚えていこう。


 そんな調子で次々と他の魔法書を手に取り、読み終えていく。

 買った全ての言語魔法と紋章魔法を苦労もなく覚えることができた。


『閣下、おめでとうございます。これで遠距離からの攻撃も豊富になりましたね』

『そうだな。どんな感じなのか迷宮で試すとする』

『はい』


 俺は頷きながら、レベッカの方へ顔を向けた。


「お待たせ」

「ふん、呆れた。精神力の受容力が高いのね。水属性だけとはいえ、ほんとに買った魔法書を覚えたの……烈級もすんなりと読んで理解して覚えていた。魔力総量も魔術師級か、それ以上なのは、まず、間違いないわ」


 レベッカは若干睨みを利かせてくる。

 機嫌が悪い……。


「どうだろう。そうかも知れないな」

「……」


 やべぇ、口が滑った。謙遜は毒だ。

 癖なんだよな。レベッカは黙ったまま……だ。


「にゃ」


 黒猫ロロは買い物が終わったと分かると、俺の肩に飛び乗ってきた。


「外に出ようか」

「そうね」


 黒猫ロロを肩に乗せた状態で機嫌が悪いレベッカと共に摩訶不思議なクリシュナ魔導具店の扉を引いて外へ出る。


 魔法通りを歩きながら、レベッカの顔色を窺った。

 レベッカは金色の眉の間を微かに曇らせている。オコな状態だ。


 フォローしておこう……。


「レベッカ、気を悪くしたのなら謝る」

「……そりゃ機嫌も悪くなるわよ。前衛とか言ってたくせにっ、不意打ちを喰らった気分! わたしが目標にしていた……烈級の魔法書を、お菓子を買うように買っちゃってさ、それでいてすんなりと魔法を覚えて、すました顔を浮かべているしぃ~? そのアイテムボックスといい、あの大白金貨といい、シュウヤは、裕福な大貴族の魔法高等教育を受けた次男とか三男なのかしら?」


 俺が大貴族? 笑っちゃうな。


「いや、貴族出身ではない」

「ふ~ん」


 ま、信じられないのは当たり前か。

 だが、レベッカが誤解する前に、ちゃんと厳しい顔を表に出して説明しておこう。


「俺は山奥の田舎出身の冒険者だ。それと、あの大白金貨は冒険者としてちゃんとした依頼で稼いだ金だぞ。あまり失礼なことは言わないでくれないか」

「そう……なのね。ごめんなさい」


 レベッカは俺の厳しい顔付きを見て、ハッとした顔になる。

 少し間を空けてからバツが悪そうに謝ってきた。


「分かってくれたならいい。俺も無粋な真似をしてしまった」


 彼女が怒るのも分かる。

 俺は謝るように笑顔を浮かべていた。


「うん。でも、シュウヤは水属性持ちなのね」

「そうだよ。レベッカは火が得意なんだっけ?」

「そうよ。他にも風が使えるし“札”も何十枚とある。貧乏だから、これはあまり使いたくないけどね」


 札? レベッカは腰ベルトに付いた紐付きの纏められた羊皮紙を見せる。

 その羊皮紙には魔法文字で魔法陣が書かれてあった。


 あぁ、そういうこと。スクロールを札と呼ぶらしい。


「……なるほど、俺は魔法も使えるが、基本はこれがメイン武器だ」


 そこで、右手に魔槍杖を召喚。


「ひゃっ。……ハルバード系なのね」


 レベッカは俺の右手に突然現れた魔槍杖にびっくりして、可愛い声を出す。


「そそ。他にも“色々”とあるが、槍使いがメインだ」

「ンンン、にゃ」

「色々ね……」


 レベッカが訝しむような目を俺に向けている最中に、黒猫ロロも自らの力を示すように地面へ降りて、むくむくっと姿を大きくさせる。


 中型サイズの黒豹と化した。

 首筋から触手を六本伸ばし宙に漂わせながら、触手の先端から骨剣を出し入れさせてアピールしている。


「――ロロちゃん!? なにこれ、すごい……」

「にゃぁぁん」


 黒豹型黒猫ロロディーヌは顔を上向かせ、ドヤ顔のライオンキングを示す。


「驚かせたかな。まぁ、こんな感じなので、前衛は心配しないでいいぞ」

「あ、うん。わ、わたしも頑張るわ……」


 黒猫ロロは瞬時に身体を収縮する。


 小さい黒猫姿に戻ると、少し自信を無くしたような言い方をしているレベッカの足へ頭を擦り付けていた。


 黒猫ロロは慰めているつもりらしい。


「もう、ロロちゃんってばっ、可愛すぎるぅ~」


 レベッカは堪らずに黒猫ロロを捕まえて抱き締めていた。

 黒猫ロロの内腹に彼女は顔を埋めて、ふさふさを堪能していく。


 あ~ぁ……ついに味わってしまったか……あの内腹の柔らかさを一度でも味わうと、もう帰ってこられなくなるのに……。

 黒猫ロロはスリスリと頬の攻撃を腹に受けても、じっと我慢していた。


 小柄なレベッカなので、小さい黒猫ロロを抱っこしている姿は、大きいぬいぐるみを抱っこしているようにも、見える。


 暫くして、黒猫ロロは頬のスリスリ攻撃に飽きたのか身を捻り離れて、俺の肩に戻ってきた。


「あぁ~ん、行っちゃった……」

「はは、またいつか抱き締めさせてくれるさ」

「そう? なら期待しとく。でも、ロロちゃん可愛すぎでしょう~。良いなぁ、可愛い使い魔がいて」


 ジト目で俺と黒猫ロロを見るレベッカさん。

 少しその視線が怖い、とは言えず。


「……自慢の相棒だからな」

「いいなーいいなー」


 彼女は首を左右に振り、黒猫ロロを見ながら話している。


「それより、立ち止まってないで、迷宮へ行くんだろ?」

「あ、うん。そうね。行きましょ」


 特殊ロロ効果で、すっかり機嫌を直してくれたレベッカ。

 この都市の中心地帯である第一の円卓通りに戻ってきた。


 迷宮の出入り口がある円筒型の建物へ向けて歩いていく。


 ――クラン【紅蜂】とクラン【銀真珠】の集団失踪事件の続報だ。なんと両者クランは迷宮深部内で争いを起こしていたようだ。その争いの唯一の生き残りである女エルフが実は争いの張本人らしい。この女は近々公開処刑が決まるとのこと。


 布告場ではあんなことを言っている。


「……暑いし、人が多い」

「もう夏の季節だし、暑さはこれからが本番よ? それに、ここは迷宮前の一等地、露店や屋台も豊富で人が集まるからね。しょうがないわ」


 確かに、言われた通り屋台は豊富だ。

 色々と迷宮に役に立つだろうアイテム類が売られている。


 ――そこに、目玉焼きが自然と焼けるぐらいの太陽の日差しが射し込む。


 こんな暑い時でも……冒険者たちのアピールの声や売り子の声が周りに響いていた。


 ――第二階層経験済みで、簡易アイテムボックス持ちの戦士だ。ポーターや荷運び人でもいいぞ。誰か雇わないか?

 ――俺を雇えば三階層の水晶の塊へ行ける。泉エリアへ直行できるぞ。

 ――ウォークライを持つ盾持ちだ。誰か雇ってくれ。


 ――幻の薬クロユリがついに発売だ。霊光の主であるアンズ・カロライナ様が開発してくれた薬であ~る。この幻の薬クロユリを飲み続ければ、秘薬を超える効果で、不治の病が消えると言われているのであ~る。


 ……怪しい商人が変な薬を売っている。

 見た目は丸薬だが、本当に万金丹、的なアイテムなのだろうか。

 その内実は、まさに、鼻くそ丸めて万金丹と予想できる。


 ――第一階層と第二階層の地図を売るよ~。

 ――迷宮第二階層の罠を幾つか明記した地図を売ります。

 ――迷宮第一階層地図の完全版を売るよ~。

 ――地図は地図でも、レベル四の魔宝地図を売ります。迷宮第三階層の死沼の位置にあると解っている鑑定済みの地図なので、宝を掘り当てるだけですよ~。


 地図か。


 レベッカは何も言わないけど、迷わないためにも重要だと思うので聞いてみよ。


「地図とか買わないと駄目かな?」

「ううん、今は必要ないわ。重要だけど第一階層なら、わたしも地図を持ってるし“ある程度”なら覚えてるから、今は平気。買う必要はない。でも、シュウヤが次回以降も潜るつもりなら、買うのも良いと思う。でも、今回のようにわたしのようなパーティメンバーが居れば、地図はいらないわ」


 “先輩ぶり”をアピールしながらレベッカは歩いていく。


「それもそうだな。いつか買うかもしれない」


 方眼紙的な物があれば、地図作りとかも捗るんだけど。

 そんな紙なんてあるわけもなく。

 自動マッピング機能があればなぁ。

 一応ロープにもなる革紐が胸ベルトの中に入っているから、迷いそうになったらそれを使えば良いと思うけど。


 そこに――ファングボアの串焼きいかがですか~。


 と、食欲をそそる匂いと共に、売り子の声が響く。

 肉かぁ、腹が減ってたら食いたいけど、今は暑いから、アイスや冷たいジュースとかのが欲しい。


 今の季節ならそういうモノを売れば儲かりそうなのに……。


 ――見ていきな、ハードランド製の武器防具があるよ~。


 周りを見ても、冷たいジュースを売っている人はいないようだ。

 商機がここに眠っているとも言える。


 ――蜂蜜水、売っているぜぇ。迷宮産の黒い甘露水には負けるが、味は保証する。大銅貨二十枚でどうだぁ。


 がくっ、冷たいジュース売りの夢は一瞬にして散った。

 そりゃ都合良くはいかないか。


 ――薬草は要りませんか~。


 おっ? か細い声だ。

 最後の声は他のおやじたちの声とは違い、少女の声か?


 その声の主を見つけた。


 ん? 目が白い? この女の子、盲目か?


 少女は二重瞼で、真っ白な瞳。

 まだ幼いが、可愛らしい整った顔立ちだ。

 小さい手で健気に大きい篭を持ち、篭の中には薬草の束が大量に嵩張っている。


 目が見えないのかな?


 誰もがあの薬売りを無視している。

 可哀想だから薬草を買うか。

 童話に登場するマッチ売りの少女を連想してしまう。


「レベッカ、ちょい待った」

「うん?」


 先を歩くレベッカを止めて、その少女のところへ走り声をかけた。


「やぁ、薬草を一つ貰うよ」

「はい! 一つ、五小銅貨です」


 お、そんな酷い盲目ではないんだ。

 元気の良い声で、俺の動きを白目が追っている。


「釣りはいい」


 アイテムボックスから大銅貨を取り出して交換。


「あっ、こんなに……お客さん――ありがとう」


 少女は大銅貨を握り確認していた。

 俺は薬草を受けとると、少女には返事をせずにレベッカと歩き出す。


 迷宮の出入り口がある円筒型の建物へと向かった。


「薬草を買ったの?」

「まぁね」

「そっか。まぁ回復手段の準備は調えておかないとね」


 他にも屋台の店があったが、俺とレベッカは立ち寄らずに無視して歩いていく。


 円筒型の建物は近くに来ると意外に大きい。

 その円筒建物の正面、出入り口の両サイドには衛兵が二人立っていた。


「あそこの兵士たちは?」

「迷宮管理局の兵たちよ。【迷宮都市ペルネーテ】に常駐してる【オセベリア王国軍】の衛兵隊でもあるわね。一応の名目は、迷宮内や外での犯罪行為を取り締まってくれている部署」


 俺は衛兵たちを見ながら話す。


「なら安全だな」

「そうね。地上のこの辺はね……」

「どうして?」

「衛兵が迷宮の中にまで入るのは、あんまりないの。迷宮内には罠があるしモンスターが大量に徘徊してるからね。基本は冒険者同士で解決するのが暗黙の了解ってこと。だから、迷宮内ですれ違う冒険者には用心した方がいいわ。裁判とかの争いになる場合もあるけど、そうなったら貴族とのコネがもっとも役に立つと覚えていたほうがいいかも」


 暗黙の了解ね……。

 自分の身は自分で守れか。


 レベッカとそんな会話をしていると、出入口から、ぞろぞろと多士済々たる冒険者メンバーが現れた。

 全員が装備や服の一部に青色に光る物を身に着けている。


「――あっ、あれは、六大トップクラン……」

「お? 六大?」

「そう。今出てきたグループはね、この【迷宮都市ペルネーテ】における六つあるトップクランたちの一つ、【青腕宝団ブルーアームジュエルズ】のメンバーたちよ。丁度、迷宮帰りだったようね」

「トップクラン、十人ぐらいか?」


 青腕宝団ブルーアームジュエルズね。

 その服装や装備から判断するに、中々バランスの良いメンバーのようだ。


 長剣に盾と重厚な鎧を装備している戦士。

 杖を持つオーソドックスなローブ姿の魔法使い。

 短剣を腰に差す身軽な皮鎧の女盗賊。

 杖を持ち神官法衣を着る僧侶。

 背中に大きい四角い額縁らしき布に包まれた物を背負う大柄な魔法使い。


 他にも槍を持つ女軽戦士。

 弓を持つ戦士も居る。

 あの槍を持つ女性、綺麗だな。盗賊の女も美人だ。


 綺麗な女性に視線を集中していく。


「……迷宮へ一度に潜れる人数が十人。【青腕宝団ブルーアームジュエルズ】のメンバーは三つぐらいのグループに分かれて活動してるとか……迷宮内で合流はいくらでも可能だからね。人数が多いほど有利。彼らは百年ぶりに迷宮の第十階層を突破し、第十一階層に突入したという情報が、この迷宮都市内を駆け巡ったわ」


 それなら聞いた。

 わざわざ市民たちへ知らせるのだから、ビッグニュースなのだろう。


「それなら聞いたよ。後ろの広場でそんな感じの情報を叫んで教えてる人がいたから」

「布告場の人ね。その情報通りよ。英雄ムブラン率いるクラン【青竜団ブルードラゴン】以来となる第十階層突破は百年ぶりという快挙。名実共に【白髭同胞団ホワイトブラザーフッド】を抜いて、迷宮で一番のクランでしょうね」


 レベッカの瞳には【青腕宝団ブルーアームジュエルズ】のメンバーたちが映る。

 表情にも憧れの気持ちがハッキリと表れていた。


 周りにいたその他の冒険者たちも口々に、称賛や憧れの言葉を発している。

 しかし、嫉妬、妬みの言葉もあった。


 その中でも、女の槍戦士と女盗賊は人気があるようだ。

 卑猥な言葉を口々に叫ぶ野郎共が多い。


 毀誉褒貶きよほうへん


 この世界にセクハラという言葉は無いらしい。

 レベッカの方を見ると、気にしてないようで、あっけらかんとした顔に戻っていた。


 青腕の集団は賑わいながら去っていく。


「わたしたちも行こっか」

「了解」


 彼女は入口へ進み、冒険者カードを兵士に見せて中へ入っている。

 俺もそれに倣い、カードを見せて建物の中へ入った。


 円形の建物の内部は縦に吹き抜けがある。

 正八角の円形だ。

 灰色タイル系の壁に囲まれた広い空間。

 中央近辺の四方には、太い柱が四つ天を支えるように立っている。

 その四本の柱を線で結ぶと四角形の形で、中心には大きい水晶の塊があった。


 巨大水晶を支える大岩も大きい。

 まるで、相撲取りのような岩の塊だ。


 でも、あの水晶の塊、いったい、何面あるんだろう……本当に大きい巨大水晶の塊だ。


 その水晶の塊を冒険者たちが囲い、全員が水晶へ掌を当て触れていた。


「二階層」


 囲んでいた一人の冒険者が、そんな言葉を喋った瞬間、水晶の塊の周りにいた冒険者たちは残像も残さず姿を消した。


「消えた。ワープしたのか」

「うん。あの水晶の塊に触れながら階層を言うと、二階層以降の水晶の塊がある部屋へランダムに飛ばされるわ。一緒に水晶へと触れている人たちも同時に飛ばされるの」

「二階とかでもいいの?」


 俺は単純なことを聞く。


「うん。ある程度のニュアンスが変わっても、大丈夫」


 そっか。

 行ったことがない階層は指定通りにワープするんだろうか。


「行ったことのない階層にも行けるのか?」

「一人では無理。水晶の塊に一緒に触れているメンバーが行ったことのある階層なら、どこでも行けるけどね。それと一階層だけなら飛べやワープの言葉に反応して、迷宮一階層の水晶の塊がある部屋へランダムに飛ばされるから」


 へぇ、簡単に飛べるんだ。


「先を知る仲間がいれば、自力で行ったことがなくても行けるのか」

「うん、行ける。飛ぶ先ワープ先の階層は同じでランダムだけど、最初が駄目でも何回か飛ぶのを繰り返せば目的の水晶の塊へワープできるし。さっきの、冒険者たちの誘い文句の中にそれらしきことを言ってた人がいたでしょ?」


 レベッカは綺麗な蒼い瞳で、俺の目を捉えながら聞いてきた。

 広場には多数の冒険者がいたからなぁ。

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