百一話 梟の牙、ホルカ―の内部情報

 大きい作業場の鍛冶場だ。

 ドワーフや人族が鍛冶製品を作っている。


 金属を叩く音が響く。

 金床に乗る熱を帯びた鉄をハンマーで、トンテンカントンテンカンとリズミカル良く叩く職人たちだ。


 鉄鍋に何か薬品を塗る職人もいる。


 汗を流す彼らは充実感に溢れていた。

 顔や手に作業服は職人らしく油で汚れている。


 だが、その汚れがカッコイイ。

 手際の良さに感心しつつ裏手の屋敷に向かう。


 屋敷は店と連なった商人の家。

 玄関から廊下を越えて広間の手前まで在庫が積み重なって廊下は狭い。


 廊下の先の大広間も狭いか?

 と、思ったが、そうでもない。

 片付けられた跡が見られるが幾つか並ぶ丸いテーブルは綺麗だ。


 ゴミと荷物を片付ければパーティ会場としても使えそうな広さと雰囲気はある。


 依頼主のフィラさんは冒険者たちに向け、


「わたしは寝室を兼ねた仕事部屋に戻ります。ここは散らかっていますが自由に使ってくださいな。そして、今宵の夕食は店側から用意させますので、お楽しみに」

「おぉ」

「美人な商人は違うねぇ」

「今日は食事抜きだったからありがたい……」


 喜びや安心の歓声が冒険者たちから沸いた。

 フィラさんは冒険者たちの反応を見て満足そうに微笑む。小さく頷くと護衛を連れて奥の部屋へむかう。


 奥の部屋が寝室兼仕事部屋らしい。


 フィラさんが歩く通路の左右には配膳室がある。

 彼女は見向きもせず短い廊下を進む。

 突き当たりの部屋に入った。

 信頼する護衛は二人だけか……。

 広場に残る同業者を見ると、槍、盾、剣の得物の者たちが椅子に座っていたり、壁に寄りかかっていたりと、皆、小規模なグループで纏まっていた。

 一部のグループは睨みを利かせている。


 黒猫ロロは頭巾の中に潜った。

 可愛らしい感触を背中に感じた。

 相棒が丸くなるように寝る姿勢になったんだろう。

 眠るようだ。


 しかし、暇だ。

 フィラさんの奥の部屋でも覗くかな。


 廊下からフィラさんの部屋に入った。

 中央には大きいベッド。

 横に机があり書類が積まれてある。

 床には高級そうな羊皮紙が散らばっている。


 端で作業を続けているフィラさんの背中が見えた。何をしているんだ?

 覗いたら――。

 指爪を小さなブラシで磨いていた。

 おしゃれか。

 近付こうとしたがマッチョな護衛が俺を止めた。


「ここまでだ。フィラ様は仕事中である」

「ここは我々が守る。出ていってもらおう」


 マッチョな彼らの胸には丸い痣がある。

 奴隷かもしれない。

 黒い双眸は鋭いし、怖い。

 部屋の確認はできたし、ここは退く。

 護衛たちに向けて、腕を泳がせつつ、


「……そっか。了解」


 依頼主の自部屋を出た。

 冒険者たちがいる広い部屋に戻る。

 バーカウンターに寄っ掛かりながら待機。


 襲撃はない。

 暇な時は暫く続く。


 夕方から夜になった。

 店員や侍女の方々が部屋の掃除を始める。

 部屋の真ん中に机が設置された。

 料理が配膳される。立食パーティかな。

 料理の匂いが漂った。美味しそうな肉がある。

 と、もぞもぞと背中が動く。

 寝ていた黒猫ロロさんだ。


 肩の上に戻ってきた。


「ンンン、にゃぁ~、にゃお?」


 欠伸しながら、前脚を伸ばす。

 『食事かにゃ?』とか言っている感じだ。

 小鼻もくんくんっと動かしている。


「そうらしい。魚か肉か旨そうなのあったら、食わせてやるよ」

「にゃお、にゃ」


 黒猫ロロは嬉しそうに鳴いてから、小さい頭を俺の頬に擦り付けてきた。

 机の上に肉と新鮮野菜が盛られた大皿が運ばれ置かれていく。

 大鳥のロースト物、ピロシキらしきものや、クワルクフレッシュチーズ、ぶどう酒もある。

 鳥系の高級料理、前にも一度見たことがある。


 こんな高級な料理を冒険者おれたちにご馳走してくれるのか。


 フィラ・エリザードさんは、太っ腹な商人だ。

 準備が調うと、フィラさんは頭を下げてから、


「冒険者の皆様。この食事は細やかなお礼のつもりです。今日から、しっかりと頼みましたよ」


 そう語ると護衛を連れて奥の部屋に向かう。


 冒険者たちは歓声をあげた。

 豪勢な食事だからな。

 俺も美人の侍女さんから「どうぞ」と片手に持っていたゴブレットになみなみとぶどう酒を注いでくれた。そんな酒より美人さんの笑顔に魅力を感じた。


 ソワソワする。

 が、おっぱい精神の志と言うアホさを活かし自制を保つ。

 その酒杯を口へ運び飲む。

 続いて、ローストチキンやら、レタスに青葉の野菜、マッシュポテト風の野菜を皿の上に盛り、ナイフで色々な食材を口から胃袋にブッコミをかけて早食い気味に食べ終えた。

 勿論、黒猫ロロにも、牛ヒレのような焼肉やローストチキンをたっぷりと食べさせる。


「にゃにゃお!」

「あんまり食べ過ぎるなよ?」


 黒猫ロロは食べ足りないらしい。

 催促してくる。

 成長したから食事の量が増えたのか?

 大量にゴハンをあげたが、その全部を平らげた。

 ……俺の分もあげよう。


 そんな調子で、がやがやと食事タイムが続いた。

 なんか食ってばかりだなあ。


 用心棒という感じがしない。


 食事を終えた冒険者たちは、ソロの参加者とクランで参加した者が分かれて別々にグループを作る。


 同じ部屋内で休みだした。


 バーカウンターで暇を潰していく。


 酒はぶどう酒と違う。

 酸味が濃いワイン系だ。

 味はまぁまぁといったところ。


 んだが、あの高級宿に比べたら……。

 ワインの味は劣る。しまったなぁ……。

 舌が、あの高級宿で出された味を覚えてしまったらしい。あそこで食うのはもう控えよう。


 木製ゴブレットで酒を飲んでいると、


「よう? 先ほどから良い感じに酒を飲んでるが、依頼なのを忘れてないかい?」


 もじゃもじゃの頭髪に太った冒険者だ。

 鋼鉄のメイスを腰に差す。

 あれで殴られたら痛そうだ……。


「俺は大丈夫。酔わない体質なんだ」


 多少気分が良くなる程度だからな。

 それにしても、こいつ……。

 最初に目を付けた魔闘術の扱いが良い冒険者の一人だったはず。

 頭にバンダナを巻いている。

 が、意味が無く、ちりちりロン毛のもじゃもじゃ毛がバンダナから飛び出している。


「お前、酒が強いんだな? まぁ、平気なら良いんだ。俺も一杯やろうと思ってたとこだし、な?」


 あんたも飲むのかよ。

 ま、俺はこれを最後に自重しよう。


「あまり飲み過ぎるなよ? 俺はこれで最後にするさ」

「おう」


 恰幅のいい男はニカッと笑う。

 汚い歯を見せて酒を飲み始めた。

 俺も残りの酒を飲み干してから、その場を離れる。

 冒険者たちが休む広場の片隅にお邪魔しよう。


 なんとなく隅っこが好きなんだ。

 しかし、依頼主は食事だけか。

 寝床は用意してくれるわけではないらしい。

 ここで、俺が魔道具の魔造家を使って、テントを出したら目立つか。


 今日は床と壁で我慢じよう。


 そうして時間は過ぎてゆく。


 その日の深夜――。


 んお? 何か、匂う。

 お香とは違う煙……、グットスメルではない。

 匂いは、この空間に充満している。

 しかし、騒ぎがない……おかしい。近くの冒険者は眠っている。この煙の効果か分からないが、冒険者たちの殆どが眠った?

 広場だけじゃなく屋敷の内部も静まる。

 淡いランプの灯りが机にポツポツと灯るだけ……。


 静寂が空間を支配していた。

 この匂いといい、こりゃ、何かあるか?


 <夜目>を発動。


『閣下、精霊の目を使いますか?』

『あぁ、使う』


 視界に現れたヘルメをキャッチする。

 いつものヘルメの押さえた喘ぎ声を無視。

 暗視効果と赤外線効果サーモグラフィーで、周囲を確認していく。

 更に、掌握察や魔察眼を周囲に向けて気を配っていた。


 すると、掌握察に反応がある。

 一人、いや二人動いている……ん?

 そいつらの周りで、寝静まった冒険者たちの魔素が消えていく。


  冒険者たちを殺してるのか? 刺客か?


「ロロ」


 小声で黒猫ロロに知らせる。

 黒猫ロロはもう既に、足元で戦闘態勢へ移行していた。


 中型サイズの黒豹。

 建物内部戦を想定した体型ともいえる。

 獣としての紅色と黒色の瞳が光った。

 口元には牙を覗かせて六本の触手が宙を漂う。


 準備は万全か。

 よし、敵らしき反応は三つ。

 二つの魔素はフィラがいる奥の部屋へ移動している。

 もう一つの反応は……この広場で寝る冒険者たちを次々と殺し回っているようだ。

 ……手際がいい。

 寝ている冒険者たちを暗闇に乗じて音も立てずに、次々と暗殺していくとは……。


 掌握察や精霊の目がなきゃ、俺も分からなかったかもな。

 いやいや、そんな感心している場合じゃない。

 依頼を優先だ。

 寝ている冒険者たちに悪いが、命をかけた仕事が冒険者だ、依頼人の部屋に向かう。


「ロロ、ついてこい」


 ランプの明かり射す広間から奥の部屋へ急いだ。

 黒猫ロロは俺の後ろからついてくる。


 奥の扉は閉じていた。

 その扉をそっと押し開けて中へ入る。

 開けた途端、扉が何かにぶつかった。

 下に死体が二つ。

 フィラを守っていたマッチョな護衛奴隷たちだ。


 背中をざっくりと斬られて、もう一人が頭をかち割られ死んでいた。

 遅かったかな?

 そこに、


「きゃあああ――」


 フィラさんの悲鳴が響く――。

 急ぎ中に突入した。

 ベッドと壁の間にネグリジェを着た姿で、胸に枕を抱えて震え立っている。

 フィラさんは布マスク的なモノを装着していた。


 冒険者に効いた睡眠作用のあるお香を吸わずに済んだのか。


 そのフィラさんを追い詰めようとする二人組がいる。


 太った男は鋼鉄メイスを振るい、付着した血を振り払った。

 隣は帽子を被る色黒な男。

 がっしりとした体の男が、血の滴るカトラスを振るう。


 酒のときに挨拶をした陽気な奴と色黒男。

 眠りの香を嗅がないためか二人は布を口に巻く。


「お前らが刺客か」


 俺はフィラさんの無事を確認。

 刺客の二人を睨む。


「まぁな。チッ、起きてるのかよ」


 ちりちりの頭髪の太った男はつまらなそうに俺を一瞥し、唾を飛ばしている。


 色黒の男は黒豹ロロを見ては、


「おかしいですな。寝ているはずでは? それに、その黒き獸は何ですか?」


 疑問風に聞いてくる。

 そんな言葉は無視して掌握察で周囲を確認。


 フィラさんはベッドの右隅。

 この二人の男は敵として……もう一人いる。

 さっき広場で眠っている冒険者たちを殺しまくっていたと思われる敵。

 その敵の反応が、この部屋に近付いてくるのが分かる。

 広間で寝ていた冒険者全員の殺しは止めて、こっちを優先してきたか?


 このままだと、挟まれるな。


 あれ……扉前で止まった?

 まだ、この部屋には入ってこない? 隠れているのか? 何故だろ。

 俺が状況から分析していると、肥えた男がフィラさんをジロリと見ては、脂ぎった顔で嗤う表情を浮かべた。


「……フィラさんとやら、食事、美味しかったぞ。後で、フィラさんも食べてあげるからな? このバルバン様がたっぷりと可愛がってやるぜぇぇ。沢山、つついてやるさぁ、へへへ、その柔らかそうな足腰が立たなくなるまでなァァ――」


 キモ、メイスを肩に置いて、腰振ってやがる。


 だが、刺客にしては少し馬鹿な気がする。

 部屋の入り口で隠れてる奴が本命に違いない。

 まぁ、今は先にこのエロ馬鹿を沈めるか。


「――にゃにゃっ、シャァァア」


 先に黒豹ロロが反応。

 壁へ跳躍して三角跳びを行いフィラさんの目の前に立つ。

 武器を持つ二人の男の前に立ちはだかった。


 俺も負けじと、動く――。

 短剣を二人の男に<投擲>して、牽制。

 しかし、肥えた男はその体型に似合わない反応を示した。

 メイスを使って<投擲>された短剣を防ぐ。

 同じように色黒な男もカトラスで、俺が放った短剣を弾いていた。

 俺は構わずに魔槍杖を瞬時に右手に出現させて短く持ち、軽く跳躍。

 狙いは、帽子をかぶる色黒男の頭。

 くるりと左回転しながら魔槍杖を左から右下へ打ち下ろす。

 ――鈍い金属音が響く。

 色黒男は両手に握るカトラスをクロスさせて、頭部を紅斧刃から守っていた。


 やるじゃん。だが、効いてる。


 色黒の男は魔槍杖の攻撃を防いだに見えたが、魔槍杖の先にある紅斧刃の一撃は重かったようだ。

 カトラスごと両手が下がり握り手が痺れたのか顔を歪めては、二本のカトラスを床へ落としている。

 その隙に、間合いを詰めた。

 近近距離戦の槍組手が技の一つでもある“左背破”を繰り出す。

 左肩と背中の肩甲骨による打撃技。

 色黒頭に、肩で衝撃を与え、背中で、胸を打つ。

 その二連打撃でふっ飛ばし、壁へ勢いよく衝突させ色黒男を失神させた。

 ガタイの良い軀幹を持つ男だったが、頭の衝撃には弱かった。


 まずは一人。

 もう一人のエロ馬鹿、もとい、バルバンと名乗っていた肥えた男は黒猫ロロの姿に怯えたのか、死体が転がる扉の近くに後退していた。


「フィラさん、大丈夫?」


 敵は少し離れたので、無事か確かめた。


「えぇ、だっだいじょうぶ」


 フィラさんは唇を震わせながら、枕を強く抱き締めながら答えている。


「な、なんだお前はっ、あいつの話とちげぇぇぞ!? こんな獸に、凄腕な槍使いがいるなんてっ! お――なっ」


 バルバンが取り乱して話してる最中に、胸元から飛び出す鋭い刃が映る。

 刃はバルバンの胸を二回貫き、どぶっと音と共に血が胸から溢れ出る。


「な、じぇっ? ぐぇっ」


 バルバンは鋼鉄メイスを床に落とし――自分の胸に剣が刺さっているのを見て、不思議そうな声を出して床に倒れた。


 倒れたバルバンの死体の向こうに現れたのは、手に長剣を持つ紺色の袖が長い衣装を着た黒の長髪で隻眼の男。


 背後で反応があった男じゃないのか?

 敵だと思っていたが味方の冒険者だったのか?

 いや、この状況じゃ、誰が味方か判別はできない。


 こいつ、要注意だろ。


 隻眼男は一本の長剣を手に持ち、床に倒れている肥えたバルバンの死体の背中を何回も執拗に突き刺していた。


 腰振り男バルバン、無惨なり。


 アジア風の隻眼の男は突き刺すのに満足したのか、片目をギョロリと動かし――俺と黒猫ロロへ向けて、殺気と魔力を籠めた刺すような視線を送ってくる。

 何だ? 一瞬だけど、殺気が込められていた。


『閣下、この男、魔力を目に溜めています。要注意です』


 左目に住まう精霊ヘルメが忠告してくれた。


 あぁ、分かってるさ。

 しかし、隻眼男は長剣をしまい、何事もなかったように話し出した。


「フィラさん、大丈夫でしたか? どうやらこいつが首謀者のようですね」

「えぇ、そうみたい。危なかったわ」


 怪しいが……。

 隻眼男は話を続ける。


「まさか、冒険者の中に紛れこんでるとはね、立てますか?」


 隻眼男は何気ない素振りで、俺の横をすり抜けようとした瞬間、長袖の隠れた手首から不自然なカチッとした音を響かせた。

 すると隻眼男の掌に魔力が集中し、手首から掌へ輪刃暗器が移動しながら出現。

 掌にゴム紐で誘導したのか輪刃暗器が握られている。その輪刃暗器を僅かな手首のスナップでフィラさんへ向けて<投擲>していた。

 彼女の額に回転する輪刃が向かう。

 刹那――。

 <脳脊魔速切り札>を久々に発動。

 速度が倍加した俺は、フィラさんへ投擲された輪刃暗器を魔槍杖バルドークで弾く。

 弾いた輪刃暗器は壁に刺さり、地面にも刺さった。

 隻眼の男の右手には、手首から掌に新しく移動してきた次の輪刃暗器を握る。


 また投げるモーションに移った。

 こいつには少し用がある。

 殺さずに仕留めようか。

 ゼロコンマ数秒の間に、<魔闘術>の魔力を込めた拳で隻眼男の腹腔を打ち、彼の右腕を掴み逆さまに折り曲げ魔力を込めた足刀を右足へ喰らわせる。

 バットを折るように隻眼男の足の骨を折ってやった。


「ぐぉ!?」


 隻眼男は地面に倒れた。

 数秒の間を空けてから<脳脊魔速切り札>を止める。


 普通の人族では<脳脊魔速>の速度には追いつけないはず。

 彼は何が起きたのか分からなかっただろう。

 きっと、気付いたら腹を殴られ手を折られ足が折られてたと、認識しているはずだ。


「グ……足が、投げたチャクラムが……」


 隻眼男は地面にうずくまり、もがきながら聞き取れないぐらいのくぐもり声で愚痴をこぼしていた。


 痛みによる叫び声を出さないのは訓練された組織員と感じさせる。

 だが、こいつはもう抵抗できない。

 そこで、フィラさんに顔を向ける。

 彼女はあまりの出来事に壁に背を預け、尻餅。

 アンモニア臭がぷーんと匂っていた。


「フィラさん、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

「はっ、はいぃ、こわかった――」


 フィラさんを抱え起こしてあげた。


「ぐ、何だっ、降りろっ!」


 お? 焦った隻眼男の声が響く。

 なんだ、黒猫ロロか。

 隻眼男の顔に黒猫が乗った。

 足裏の肉球を顔面に押し当てて、前足でパチパチ叩く。


「ロロ、そのまま押さえとけ」


 フィラさんを離し、その床に這いつくばる隻眼男に横から近付く。


「まずはアンタの名前を聞こうか」

「ふざけるな! 俺が話すわけないだろう……さっさと殺せ」

「フィラさん、あんたを狙った相手、誰だか知りたいよね?」

「えぇ、知りたいわ……」

「それじゃ、ここから先は見ないほうがいい。それに――」


 フィラさんの薄いネグリジェに裸の線が見える。

 わざと視線を追わせ尿で濡れた股間が露になってるのを暗に示した。


「きゃっ……わっわかった。任せるわ……」


 フィラさんは顔を紅くして股間を手で隠しながら部屋を後にした。


「さて、隻眼君の名前を教えてもらおうか」

「さあな?」


 痛みを表に出さない、この隻眼君は簡単に口を割るとは思えない。

 なので、ちょい、強引に人族では味わえない恐怖を味わってもらいますか。


 血を頂きま~す。

 口を広げ、わざと牙を見せつけてから、ガブッと、隻眼の男の首筋に食らい付いた。

 突然血を吸われて隻眼男は驚く。


「ひっひぃぃ」


 瞳孔が収縮し散大を繰り返す。

 悲鳴な声を出す。

 黒猫ロロも参加するように、姿を少し大きく変身。


「ガルルルゥッ!」


 唸り声を上げ六本の触手を宙に漂わせては、隻眼男の顔へと触手を近付ける。

 にょきっと白銀色の骨剣を触手から出し、その鋭い先端が隻眼男の頬をつつく。


 隻眼男の頬から血が流れた。

 ゆらゆらと、触手は不気味な動きを繰り返す。


「話す気になったか? 見ての通り、俺と黒猫は普通ではない。拷問の方法も、お前の知らないやり方が沢山あるぞ?」


 片方の瞳と、俺は視線を交わす。

 隻眼の男は怯えた表情を浮かべ怪我をしていない片手と片足を使い、逃げるように後退る。


「おっ、おまえは何者だ……人族ではないのか?」

「そんなことより情報を出せ。有効な情報なら楽に死ねるぞ? それとも、特殊な拷問で、もっと苦しんでから死ぬか?」


 ニカッと鋭い歯を見せ嗤う。

 アルカイックスマイル。

 牙からは血が滴り落ちていた。


「分かった。話すから、どうか話すから、普通に殺ってくれ、苦しませずに殺ってくれ……俺の名は、セーヴァ・ガイラル」


 観念したのか俯かせながら名乗っている。


 はは、あっさり堕ちた。

 さすがに、訓練された暗殺者も俺みたいな人外な化物野郎に拷問など味わいたくないようだ。

 ま、内実は<吸魂>スキルが作用したんだろう。


「……今回の暗殺は誰の命令だ? そして、お前は何処の闇ギルドだ?」

「命令を下したのはビル総長。エリボル・マカバイン様の配下でもある。わたしは闇ギルド【梟の牙】の副長だ」


 こいつがあの【梟の牙】の幹部。

 しかも副長か。


「そのエリボル・マカバインとやらは、何処にいる?」

「エリボル様は普段我々には顔を見せないが【迷宮都市ペルネーテ】にある豪邸に住んでる」

「ビル総長は?」

「闇ギルドのボスだ。総長ビルはエリボル様の忠実な配下だ」


 ビルではなくエリボルとやらが黒幕か。


「そのエリボルの表向き職業はなんだ?」

「エリボル様を知らないのか? 通称白狸と呼ばれ南マハハイムの最王手の海運ギルド【マカバイン大商会】の会長だ。八頭輝の一人で在らせられる」


 白狸に八頭輝?

 あ~闇ギルドのコミュニティなんたらか。

 思い出した。メリッサや侯爵のシャルドネが話していた。

 それに海運業者か。


「なぜ、フィラ・エリザードを暗殺しようと?」

「それは【ホルカーバム】の領主マクフォルが我らの指示を無視して、フィラの説得に負けたのか橋の建設に許可を出してしまったことから始まる。これに怒ったエリボル様は【王都グロムハイム】の高級官僚貴族たちや海軍大臣であるラングリード侯爵に根回しを行い【ホルカーバム】の領主へ圧力をかけ、我ら子飼いの闇ギルドを使い橋の建設を中止に追い込んだのだ」


 そんなネチッコイことしていたのかよ。


「だからか、中途半端なところで橋の工事が終わっていたのは……」

「そうだ。……橋ができれば【ペルネーテ】、【ベンラック】、【ホルカーバム】の陸運ルートが確立されフィラたちの商売がより繁盛するが、打撃を受けるのが海運業をメインにしておられるエリボル・マカバイン様だからな……そして幹部であるオゼとジェーンへ、フィラを殺すよう指令が出ていたのだが……オゼ、ジェーンと共に【ホルカーバム】の支部が壊滅するという報告があり、緊急幹部会となった」


 オゼとジェーンは俺が殺したから未然に防いでいたことになるのか。


「……わたしは、その幹部会で新たに指示が下され、この【ホルカーバム】に来ることになった。崩れ冒険者を二人雇いフィラが乗る馬車を襲った訳だが……馬車に乗っていたのは弟。標的のフィラではなかった」

「失敗したと」

「そうだ。弟のベン・エリザードを殺したが、フィラ・エリザードの暗殺は失敗に終わる。が、諦めず、フィラが冒険者ギルドに護衛を依頼したの知った我々はそれを逆に利用しようと考え暗殺を企てた。そして、無事に冒険者として、フィラ邸に潜入できたから当初の目論見通りに暗殺の行動に出た。しかし失敗。……だから、わたしはここですべてを話している」


 隻眼のセーヴァは溜め息を吐く。


「セーヴァ、お前が暗殺に失敗したとなると、今後の【梟の牙】はどうでる?」

「わたしが成功しようとしまいと【魔鋼都市ホルカーバム】からは一旦、手を退かざるをえないだろう。今後は、本格的に攻勢をかけてくると思われる他の闇ギルドに対抗しなければならない。【迷宮都市ペルネーテ】は【梟の牙】にとって本拠地だからな」


 他の闇ギルド。

 メリッサが話していたことを思い出す。


「ペルネーテが本拠地。闇ギルド同士の縄張り争いは激しいのか?」

「激しいなんてもんじゃない。毎日が戦争だ。特に、賭博街、港の倉庫は大事な売り場であり収入源の肝だからな。ボスは縄張りの守りを固めるに違いない」


 こいつの話が本当だと【ホルカーバム】には当分の間、手を出してこないな。

 しかし、ボスであるエリボル・マカバインは、マフィアと社長を合わせたような感じだ。


 表と裏の顔を持つ方が商売はやりやすいのはどこの世界も同じか。


「……エリボル・マカバインは結構な大物?」

「当然だ。さっきも言った通り、大商人であり豪邸に住んでいる」


 しかし、血を吸い従順になったせいか、こいつはペラペラと話す。

 <吸魂>の催眠効果は抜群だ。


「……豪邸か。貴族のような暮らしなのか?」

「そうだ。実際、大貴族並みだろう。【グロムハイム】から【セナアプア】までの海運業を牛耳り、奴隷商人も複数抱え“裏協定ガ・ペ”により合成魔薬クリスタル・メスの販売網の一部を受け持つ。それに、配下に闇ギルドを持ち各地に勢力を広げられているのだからな」


 裏協定ガ・ペ?

 合成魔薬クリスタル・メス


「そんな魔薬なんてやってるのかよ」

「あぁ、莫大な利益を生むからな。我々の船を使えば販売網は大きくなる」

「裏協定ガ・ペとは?」

「【海光都市ガゼルジャン】と【迷宮都市ペルネーテ】の頭文字をとった協定名だ」


 海光都市ガゼルジャンの名前は初めて聞いた。

 想像するに……ハイム川から外洋に出た先にある、島か海沿いの都市だとは思うが。


「……その協定内容とは?」

「第一に、闇ギルドでもあり海光都市を支配する魚人海賊【海王ホーネット】とオセべリア王国の商船も含む包括的不可侵条約。第二に、ガゼルジャンで作られた合成魔薬クリスタルメスを南マハハイムの我らの勢力下にある市場で売り上げた上で、その金の一部を分け合う。第三に、海光都市で捕まえた違法奴隷を南マハハイム各都市で我々が売ること。これが協定内容だ」


 へぇ、思ってたより、大事そうな協定だな。


「【梟の牙】の組織の規模はライバルと比べてどの程度なんだ?」

「【迷宮都市ペルネーテ】に限っては他の闇ギルドよりも多くの縄張りを確保している。更に他の都市地域でも勢力を伸ばしていた……ところだった」


 メリッサが語っていた話と符合する。

 【梟の牙】とは数ある闇ギルドの中でも大きい方の闇ギルド。


 ハイム川から海を越えた都市まで繋がっているとは……。

 船とか何隻持っているんだろう。

 船……あ、そうか。

 だから、あそこで俺たちを襲ってきたんだな。


「……エリボルは自分の海運業のために【ホルカーバム】や【ヘカトレイル】の街道を荒らしていたんだな?」

「あぁ、そうだ。陸路を盗賊が襲えば、定期船や商船の利用が増える」


 俺たちを襲った理由が分かる。

 こいつら【梟の牙】の親玉が居る大商会にとってハイム川を使った運搬業、主に密輸だろうけど、が主な収入元ということだ。

 陸路を襲えば、荷物が失うのが怖い金持ちや商会は海上利用を選択するからな。


 納得しながら闇ギルドのことを、


「……他の幹部のメンバーは?」

「総長のビル・ソクード、暗弓のレネ、飛剣のベック、闇剣モラビ、牛刀ピーリ、そして、死んだ青銀のオゼと双鞭のジェーン。この二人は、槍使いお前が殺ったのか?」


 全部で八人の幹部がいたわけだな。

 セーヴァは怯えた目を浮かべて、俺を見つめている。


「そうだ。それより、ここの領主であるマクフォル伯爵はおまえたちとも繋がってるのか?」


 隻眼のセーヴァは片眉を落とし当たり前といったように話す。


「領主のマクフォルか。繋がってるもなにも、最初はエリボル様が推薦した人物だ。今、領主配下の“赤翅傭兵団”もエリボル様が紹介した者たちである」



 だから、あの領主の警備はザルだったのか。


「そもそも三年前のホルカーバム前領主が王国へ楯突いたとされる事変も、元々はエリボル様が仕掛けた陰謀なんだがな? 表向きは権力争いだが……用意周到に裏で計算されて実行されていた。その仕事を実行したのは俺だ。しかし、現領主であるマクフォル伯爵は、エリボル様への恩を忘れたようで、最近は指示を無視することも増えている」


 あの友になった領主君。噂通りに闇ギルドと浅い繋がりを持っていた。

 マクフォルのことだから調子良いことを聞かされて話に乗ったんだろう。


「……そういうことか。お前は領主マクフォルとは顔見知りか?」

「あぁ、一度だけ、エリボル様のパーティで会っている。この暗殺が成功したら、再度教育のために面会をする予定だった」


 またマクフォルを脅すか、誘導しようとしていたのか。


「それじゃお前たちの大ボス、エリボルが住む【迷宮都市ペルネーテ】の屋敷の詳細と、闇ギルド【梟の牙】の縄張りというか拠点を教えてもらおうか」

「あぁ」


 セーヴァ・ガイラルは諦めているのか、淡々と話した。

 エリボルの大屋敷は【迷宮都市ペルネーテ】の北側にある貴族街の東端にある。

 玄関口にマカバイン大商会の家紋が施された目立つ門があるんだとか。


 デザインは梟と木。

 見たらすぐに分かると言われた。


 他にも類を見ないほどに、結界石が敷地内に複数個設置され、雇いの冒険者崩れは最低でも五十が常駐。

 百を超えている場合もあるとも。

 優秀な魔術師も数人確保。

 守りは万全。

 兵の質は落ちるが王族なみの警護だと。

 他には【梟の牙】の縄張りである食味街、市場、賭博街、歓楽街、港倉庫と主な拠点の位置と【梟の牙】の拠点で使う合言葉を話していた。


「待った。【歓楽街】は【覇紅の舞】に奪われているのを忘れていた」

「【覇紅の舞】?」

「そうだ。そこの惨殺姉妹の二人組率いる傭兵集団のような奴らに奪われた」


 怖そうな名前だ。

 だがまぁ、地図はない。

 大雑把に、把握。


「これで、すべてだ……」


 最後の言葉を聞いてから、視線を巡らし部屋の周囲を確認。

 他に、視線はない。

 セーヴァは死を悟ったのか、黙して目を瞑る。

 潔い。ペラペラと喋ったからな。

 闇ギルド員の心持ちなぞ、知らないが。

 そのセーヴァの首筋に、また噛み付きを行う。

 血を吸い、魂を吸い取った。

 セーヴァの体は一瞬で干からびる。

 着ていた服と武具チャクラムが地に落ちた。

 <投擲>した転がる短剣を回収してから、フィラさんを呼ぶ。


 彼女に今得た情報をそのまま語ってあげた。

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