百二話 閑話 黒猫の小さな冒険
ホテルアランドゥの厩舎裏には野良猫たちが集まっている。
「プボプボ(うるさい猫たちだ)」
魔獣ポポブムはイラついて鳴いていた。
「にゃにゃん、にゃおん(あんただって、ぷぼぷぼ、うるさい)」
「にゃおおおん(そうだッ、ここはサンダーテイルさんの縄張りなんだだぞ。もっと静かに過ごせ)」
野良猫たちはポポブムへ文句を言うように鳴きながら、猫パンチをポポブムの太い脚へ当てている。
「プボプボォォ(そんなことは我は知らぬ)」
ポポブムは脚を動かしては野良猫たちを振り払い大きな法螺貝の声を発した。
「にゃにゃっ(生意気な牛ねっ、他の牛たちは黙っているのにっ)」
「にゃにゃにゃおぉんッ、(他の牛とは違う牛だ、追い払おう)」
そこに、素早くポポブムに近寄っていく黒猫の姿が見えた。
「――ンン、にゃ? (ポポちゃん、どうしたニャ?)」
黒いビロードの毛並みを持つ美しい雌の黒猫はポポブムの後頭部に乗ると、ポポブムの頭へ向けて鳴いている。
「プボプボオオオオッ、(ロロ様、お助けください、野良猫たちが虐めてくるのです)」
「ン、にゃあ、にゃおっ(ポポちゃんはわたしの部下。わかったわ、今はイライラしているから、丁度良いっ、懲らしめてやる)」
黒猫はポポブムの後頭部から下にいる野良猫たちへ向けて唸るように鳴く。
「にゃぉぉぉぉ(お前、何者だ)」
「にゃぁぁっ、にゃおおおん(わたし、見たことある。飼い猫よっ、人の匂いをぷんぷんさせているわっ)」
「にゃにゃおん(飼い猫だとぉ、だったら、俺たちの敵じゃねぇな)」
「にゃにゃ、にゃぅあん(サンダーテイルさんが来る前にわたしたちで、やっつけちゃお)」
野良猫たちは最初は動揺を示したが、黒猫が飼い猫だと分かると威勢良く前脚の爪を生かす戦士の姿勢を取り、横歩きしながら唸り声を張り上げる。
「にゃおぉん、にゃあんっ(御黙りっ、生意気な野良猫たち、フンッ)」
黒猫は獅子の王のように顔を上向かせ、鳴く。
ポポブムの後頭部から飛ぶように地面へ向けて黒毛を靡かせるように跳躍。
華麗に着地しながら、首もとから伸ばした触手を、野良猫たちの頭へぶつけていた。
「にゃぁ? にゃぁぁ(手が増えた? 雌なのに強い)」
「きゃん……にゃぁん(参ったわ……サンダーテイルさんに倒してもらいましょう)」
ポポブムを守るように黒猫は凛々しく立つ。
野良猫たちは悔しそうにその立ち姿を見ながら、逃げていく。
「プボプボォォン(ロロ様、いつもありがとうございます)」
「ンンン、にゃ(気にしないで、スカッとしたわ)」
だが、そこに大きい影と共に野良猫たちが集まってきた。
「にゃおん(あいつです。サンダーテイルさんっ)」
「にゃあ(わたし、あいつに叩かれましたっ)」
大きい影は太ましい雄猫であった。
その太い猫の尻尾は稲妻の形をしている。
「……にゃごおぉぉんッ、にゃぉ、にゃおおあんッ!(おい、部下たちを虐めてくれたようだな。俺の縄張りで暴れやがって、ここのアランドゥの厩舎裏は俺様、サンダーテイルの縄張りだぞっ」
太ましい猫は全身の毛を逆立て、戦闘態勢を取る。
「プボプボ、プボボンッ。(うるさいのが、またきました、ロロ様)」
「ン、にゃぁ……(しょうがないわね……)」
黒猫はチラッと稲妻型の尻尾を持つ雄猫の姿を見て、溜息を吐く。
「にゃごごごんぁッ! にゃにゃにゃぉぉぉ! (縄張りを荒らすよそ者っ、そのうるさい牛と一緒に出ていけっ)」
サンダーテイルは、睨みを利かせ口から牙を見せ噛み付いてやると言うように鳴いていく。
背後にいた野良猫たちもサンダーテイルに続いて唸り声を出していた。
「ニャッ、ニャゴアアッ(ふん、吃驚させてあげるわっ)」
黒猫から黒豹の姿へ巨大化した瞬間、野良猫たちは驚いて耳を凹ませ脚を滑らせながら一目散に逃げ出していく。
「にゃ、にゃ、にゃぁ……(ひぃぃぃ、助けてぇ)」
サンダーテイルの雄猫は逃げることはせずに、完全に屈服していた。
耳を凹ませて身体を縮ませている。
「ンン、にゃおん(ポポちゃんを虐めないと約束するなら、許してあげる)」
「にゃにゃん(はい。約束します)」
黒豹は怖がっているサンダーテイルを触手を使い起き上がらせてあげると、優しく語りかけていた。
「にゃ、にゃあ(そう、なら許してあげる)」
サンダーテイルは傷がある耳を凹ましながら、黒豹から姿を小さくさせていた黒猫の細い雌姿を見つめて……大きな頭を下げている。
「にゃぁ……にゃあんにゃぁ(なんて優しいんだ……俺は惚れました、お名前を教えてください、女王様)」
「ンン、にゃ、にゃおん(ロロよ。それじゃ、わたしは大好きな人のところへ戻るわねっ、ばいばい。サンダーテイル)」
黒猫はサンダーテイルへ向けて鳴くと、プイッと小顔を逸らし、颯爽と四肢を躍動させてはホテルアランドゥの裏庭を駆け抜けていく。
野良猫たちはその美しく走る姿に、息を飲む。
今、ここに、厩舎裏の女王たる黒猫が爆誕した瞬間でもあった。
ホルカーバムの野良猫社会に伝説の黒女王ロロの名は轟いた……のだが……所詮は猫たちである。
僅か、三日で忘れ去られたのは言うまでもない。
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