百話 一角の誓いと遊覧飛行

 鶏の鳴き声が響く朝。


 黒猫ロロを肩に乗せメリッサと同伴するデート形で【ベルガット】の本拠地に到着。

 そこには一台の特殊な馬車が停まっていた。


 ……この棺桶のような長方形の特殊馬車、前に一度、見たことがあるぞ。

 【ヘカトレイル】の奴隷市場に停まっていた馬車だ。

 馬車の横側にはユニコーンのマークが描かれてあるのも同じ。


 もしかして、あの場で取引を行っていた奴隷商人が大商会の幹部なのか?

 まさかねぇ……。

 疑問に思いながら、特徴ある馬車を横目にベルガットの建物内へ入った。


 この間案内してくれた豪華な部屋がある扉の前まで、メリッサは付いてきてくれた。


「シュウヤさん、わたしはここまでです。交渉、頑張ってくださいね」


 彼女は形式ばった仕事の挨拶をするや片目を瞑りウィンク。

 笑みを浮かべると、踵を返す。

 

 片目を瞑った時は可愛らしい顔だったが、仕事モードの顔だった。

 さすがに仕事場では露骨な馴れ馴れしい態度は取らない。


 さて、この扉の先で、面接だ。


「ロロ、頭巾の中へ潜ってろ」

「にゃ」


 軽く返事をする黒猫ロロ

 肩から外套に付属する背中頭巾の中へ潜っていく。


 もう中で待っていたりするのかな?

 いざ、向かわん。

 面接試験を受けるような心持ちで取手を捻り扉を開け部屋へ入った。


 あれ、まだ居ないや。

 部屋には【ベルガット】のボスである、ディノ・ヒルデコアさんがいるだけだった。


 まだ、大商会の幹部さんは来ていない。


「シュウヤ様、今、ご紹介致しますので、そこの席にお座りになって、少々お待ちを」


 ディノさんから丁寧な言葉で挨拶された。

 彼女はそのまま慇懃な形式ばったお辞儀をすると、部屋の後方にある茶色扉を開けて外に出た。


 少し間が空いてから、その茶色扉が開いた。

 ディノさんと共に派手な衣装を着た商人が部屋に入ってくる。

 その商人の背後には、銀仮面を装着した女ダークエルフがいた。


 見たことがある。

 洗練された衣装に鋭い視線を持つ奴隷商人。

 それにあのダークエルフもだ。


 彼は奴隷商でもあり大商会の幹部でもあったということか。

 その貴族めいた奴隷商は、ディノさんと部屋の入り口で楽しげに会話を始めている。


 視線を向けていると、奴隷商人の隣にいる女ダークエルフが俺に視線を返してきた。


 互いに視線を交え、観察を始める。

 銀な髪色に銀彩色の瞳、銀彩の周りに少し赤みがあるんだな。

 綺麗な目だ。耳も横に長くエルフ系。


 青白い肌だけど、繊細なイメージを思い起こさせる色合いだ。

 首からは大きな黒首輪を装着している以外は防御が心配になるほど、肌を露出させた際どい衣装防具を身に着けている。

 形のよい大きな胸を守る金筋が入ったブラジャー系の高級革鎧。

 所謂“ビキニアーマー”という俺が大好きなオッパイが強調された奴だ。


 脇腹を守る部位は括れが目立つように細皮ベルトでウェストがキツそうに絞まっている。


 キュッとした身が締まったウェスト。尻はまぁまぁの大きさ。

 パンツというか水着物を履いてるのが丸見えだよ。

 革鎧の下部には斜め横に伸びるタセットのようなのも付いてるけど、臀部が短いので白のハイレグパンツが鑑賞し放題ときたもんだ……。


 思わず、注視してしまう。


 いかん、いかん。


 気を取り直し、装備を見ていく。あくまでも装備をだ……。

 腰から太股にかけてはガーターベルトのような黒革帯がセクシーに巻かれ二つの長剣を腰から太股にかけてぶら下げている。

 足は陸上選手のような引き締まった長い足を持ち、スラリと立つ。

 そんな、そそる長足を自慢するかのような、足先から太股近くまである赤革のロングブーツを履いていた。


 スタイルが良いし、ハイレグ気味な装備が非常に似合っている。

 そんな綺麗なダークエルフさんは、やはり、魔察眼が使えるようだ。


『目に魔力を宿していますね。あの銀仮面の下にも特別な魔力の気配を感じます』


 ヘルメがそう指摘した。

 確かに、銀の仮面下に微量な魔力がある。

 銀仮面も綺麗な装飾。


『金色と黒で彩られた蝶々の装飾が施された仮面の下か?』

『はい。彼女に似合いますね』


 確かに。


 女ダークエルフと俺が互いを見つめていると、大商会の幹部とディノさんが会話を終えて、俺が座っている場所へと近付いてくる。


 この場合、俺も立ち上がって愛想笑いしたほうが良いんだろうか?

 まぁ、立っておこう。


「――シュウヤ様。こちらが【デュアルベル大商会】の幹部組織【一角の誓い】のケラガン・キャネラス様です。では、お互いにその席へお座りください」


 ディノさんから、そう紹介される。

 座る前に俺も名乗る。


「初めまして、ケラガン・キャネラス様。俺は冒険者Cランク。シュウヤ・カガリという者です」

「これはご丁寧に、わたしは一介の商人でありますから“様付け”は無しで良いですよ。今回はディノさんから、お話を伺っております。ケラガンという者です。なんでも“地下オークション”に出席し参加をしたいとの事で」


 丁寧な口調で話してから軽く頭を下げ席に座る、ケラガン氏。

 隣に居た、女ダークエルフは立ったままだ。


 俺も同時に向かい席に座る。


 こないだの鋭い視線を見せながらの横柄な態度とはだいぶ違う。

 あの時は奴隷商人同士な会話だったのもあるか。


「……はい。その通りです」


 俺は簡潔に述べた。


「わかりました。では、シュウヤ様。失礼ですが、参加確認のために“例の金貨”を見せてくださいますか? ディノさんから聞いていると思いますが、何分、わたし共は商人ですので実際に“この目”で、見てみないと……」


 大白金貨か。どうしても見せなきゃダメなのか?

 そんな疑問顔でディノさんへ視線を動かすと、彼女は黙って頷いていた。


 しょうがない、見せてやるか。


 その場で腕輪を触り「オープン」と呟き、ピッポッパッと操作して、アイテムボックスから大白金貨を取り出した。

 将棋の駒を挟むように人差し指と中指に、その金貨を挟みながら、机に金貨を置く。


「これで、いいですか?」


 ケラガンは机に置かれた大白金貨を触りチェックしていく。

 彼は納得したように大きく頷き、俺をチラっと一瞥してから慎重に大白金貨を机に置き戻した。


 俺はすぐにその置かれた大白金貨をアイテムボックスに仕舞う。


「確かに……正真正銘、大白金貨です。これは“決まり”ですな。シュウヤ様を喜んで、“地下オークション”へご案内しましょう。地下オークションには、この隣にいる女ダークエルフも出品予定なんですよ。今、彼女を連れ回り“色々”な事を学ばせている最中でして、シュウヤ様がご参加されたその際には、この特別、特殊なるダークエルフを是非ともに高い値段で落札して欲しいものです」


 やった。出席できるみたいだ。

 お望み通りに、この別嬪さんな女ダークエルフ買っちゃるぞおお。


 へへへ。


「そうですね。美しいですし……」


 女ダークエルフは俺のエロ心を見抜いたように銀彩の瞳でジロリと鋭く睨む。


「ははは、そうでしょう、そうでしょう。……楽しみですな。シュウヤ様のような一流どころの冒険者様とは今後とも仲良くしたいところです。そのようなアイテムボックスをお持ちですと、まだまだ、ご予算がありそうですし……」


 俺はまだCランクなのに、ヨイショが上手いねぇ。

 ま、多少は乗せられておこう。


「多少はありますけどね、あ、俺のことも“様”はいらないですよ」


 金ならあるよ? 的なニュアンスで言った、その瞬間、ケラガンの柔い目だったのが、鋭い視線へ変わり俺の全身を捉えた。


 すぐに商人らしい笑顔に変わったけど。

 いいねぇ、金の匂いを嗅ぎとる修羅場を潜った商人だ。

 独特なオーラを感じる。


「……わかりました。……地下オークションでは奴隷競売の第一部と高級アイテムの競売の第二部がありますが、何か狙っている物でもあるのですかな?」


 狙っている物か、高級戦闘奴隷が目当てとも言えるが。

 未知のアイテムも見てみたい。


「いえ、特には……強いて言えば、特別な戦闘奴隷を買おうと考えているだけですね。高級アイテムはどのような物がでるのか、俺には分からないですし、その場で買うか決める予定です」

「なるほど、なるほど。では、第二部の話を少々お話しさせてもらいます。例年通りですと“冷蔵庫”や“魔通貝”などに始まり、時空属性だけに反応する見たことのない特殊な鋼板、魔界に連なる武具、防具、古代アーゼン朝の未知なる物、神の黄金環、呪霊装、“魔王の大楽譜二十一”などの曰く付き魔道具が出品されたりしますよ」


 冷蔵庫はそのまんまだけど……。

 魔通貝とは何だ? その名前からイメージするに、無線や電話みたいなモノ?

 便利な使える物なら値段次第で買っちゃうかも。

 魔王の大楽譜二十一は呪われそうだから却下だな。


「……へぇ、そのような物が出品されるのですね」

「えぇ、迷宮都市からは本当に色々な摩訶不思議な物が出ますからね。宝箱、モンスターから希少素材、迷宮自体から産出される物、エトセトラ」

「なるほど。少しは話を聞いてましたが、楽しみになりました」


 ケラガンは俺の言葉に頷きながら、懐から布を取り出していた。


「はい、本当に……では“地下オークション”に参加するとして、シュウヤさんにお渡しする物があります。この“見印”を受け取ってください」


 渡されたのはユニコーンの絵柄刺繍が施された丸形の布だ。


「その見印があれば、わたしの家でもあるキャネラス家の敷地に入れます。“地下オークション”は冬の季節最後の日。年末に行われますので、お忘れなきようにお願いします。夏の季節からはペルネーテの商館か屋敷にいることが多いので、当日前までには、必ず【迷宮都市ペルネーテ】にある、わたしの屋敷に訪ねてきてください」


 【ペルネーテ】の屋敷は自分で見つけろと?

 肝心のオークションが行われる開催場所は何処なんだろ。


「……屋敷はすぐに分かります? それと、地下オークションが行われる場所とは何処なのですか?」

「わたしの家は迷宮都市第三の円卓通りの北側にある“貴族街”の西にありますよ。その見印と同じマークが大きな紋章として家の前に飾られてますし、ユニコーンの銅像がデカデカと庭にあり、非常に目立つので、すぐに分かると思います。それと、地下オークションが行われる場所は“毎年”競売場が変わるので、現時点ではわたしも知らないのです」


 場所が毎回違うのか。


「なるほど、分かりました」

「それでは、わたしは商売の手続きがあるので、帰らせてもらいます」


 大商会幹部のケラガンはそそくさと立ち上がりディノさんと軽く何かを話し合った後、ダークエルフを引き連れ部屋を出ていく。


 俺は、ほくそ笑む。


 これで“地下オークション”とやらに参加できる。


 この布が目印か。

 失くさないようにアイテムボックスの中へと入れておこう。

 布を仕舞うと、まだ同じ部屋にいるディノさんと簡単な会話をしてから、部屋を出た。


 ここを出る前にメリッサと話すか。

 彼女の姿を探しながら、近くにあった廊下や他の部屋を覗いていく。


 お、居た。同僚らしき人たちも周りに居る。

 羊皮紙の巻物や書類が積み重なり、インクの匂いが充満してる部屋だ。

 完全に仕事部屋だ。

 メリッサたちは机を挟んで真剣な顔を浮かべて難しそうに話し込んでるけど、呼んで大丈夫だろうか……。

 いいや、呼んじゃえ。


「メリッサ?」

「あ、シュウヤさんっ」


 彼女は顔を赤くしながらも、同僚に一言二言話してから、俺のとこに走ってきた。

 同僚たちの何人かは、彼氏かしら? へぇ、背の高い人なのね、とか話して、こっちを見つめてくる。


「――無事に終わりましたか? あ、こっちに行きましょ?」

「うん。あっ、わかった」


 同僚の視線を避けるようにメリッサに誘導されて、部屋の出入り口から廊下に出る。


「幹部との話し合いは成功したよ。だから、暫くしたら、この都市を出ることになりそうだ」

「そ、そうですよね……居なくなっちゃうんですね……」


 メリッサは憂いの表情を浮かべて、涙ぐんでしまった。


「済まんな」

「いえ、そんなこと……シュウヤさんは冒険者ですから。わたしは“妻”でも“彼女”でもないですし……そんな困った女にはなりませんからね? それに【迷宮都市ペルネーテ】には少し距離がありますけど、隣接した都市ですし。殆ど、活動していませんが、わたしどもの支部もあるはずです」


 妻、彼女でもないか。

 都合の良い女アピール? 

 体の関係はあるけど、そこまで追いかけて迷惑はかけませんよ? 

 という感じか? そうじゃなく、単に俺が、彼女の掌で踊っていただけかも知れないけど。


 だが、そんなことでどうでも良い。


 俺も楽しかったし、彼女は大人だ。

 情報を得るための盗賊ギルドのメンバーらしい態度とも言える。

 でも、別れるのが辛い悲しげな顔だ。

 情を感じるし、素直に可愛い。


「……なら、最後というわけじゃなさそうだ」

「はいっ」


 健気に強がるメリッサ。

 可愛い視線だ。その視線に誘われるように軽くハグ。


 その耳元で、


「メリッサ。これからも仕事頑張れよ。それと、情報ありがとな?」

「はいっ、シュウヤさんこそ、お体を大事になさってください」


 ぎゅっと抱き締め、互いに爽やかな笑顔を浮かべながら離れた。

 メリッサとはそこで別れ【ベルガット】の本拠地から外へ出る。

 ディノさんとの契約は、実際に俺が“地下オークション”に出席するまで続くようだ。


 肝心の“地下オークション”の開催日は冬。

 今は夏になったばかりだし、まだまだ先だな。


 それまで、何しよう。


 まずは……近いうちにホルカーバムを出るとして、ここで最後に一つか二つ依頼をこなしてから迷宮都市ペルネーテへ向かうとしますか。


 冒険者ギルドで依頼でも見よ。

 そんな事を考えながら、路地を歩いて進む。


 すると、頭巾の中で寝ていた黒猫ロロが起き出し肩から地面に降り立った。

 地面に降りた黒猫ロロは身震いしながら、いつもの子猫型サイズから馬獅子型サイズへ変わる。


「ンン」


 喉声を出した馬獅子型黒猫ロロディーヌ

 首回りから伸ばした触手を俺の腰回りへ巻き付かせてくる。

 また、背中の上へ運んできた。

 ここに乗れか。お望み通りに足を広げて馬獅子型黒猫ロロディーヌの黒毛の上に跨った。

 股下からは力強い筋肉を感じる。


 俺を乗せて、一走りしたいようだ。


「いいぞ。自由に走って」

「にゃにゃお」


 馬獅子型黒猫ロロディーヌは『掴まってろにゃ』的な感じで鳴く。


 大通りに向かうかと思ったら、違った。

 首の両サイドから左右へ二つずつの四つの触手を伸ばす。

 ――んお? なにするんだ?

 二つの触手は重なり一つの太い触手になって左右の地面に突き刺さっていた。


 更に、左右へ伸ばしている二つの太い触手を螺旋状に何回も回転させてゴムのように引っ張りながら馬獅子型黒猫ロロディーヌは胴体を後ろへ移動させていく。

 太い触手が、捻れゴム紐のように“しなる音”を立てていた。

 ……ま、まさか。

 そして、触手を離した瞬間――うひゃぁぁぁ、そのまさかだったぁぁぁ、風が一気に身体を吹き抜ける。


 俺を乗せた状態の馬獅子型黒猫ロロディーヌが勢い良く空へ飛び上がっていた。

 ――空を飛んでるよ。おぃ。


 首元から左右に伸びていた触手が胴体に収斂されていく。

 二本のゴム紐のようになっていた四つの触手の内、二つの触手が縮小収斂されて、首元に吸い込まれるように触手が消えてなくなっていた。

 あれ? と思ったら、今度は胴体の左右から触手が生まれて出る。


 それがグライダー翼のように変化を遂げて、横へ展開を始めた。


 黒翼は風を捉え、揚力を生み空を滑空――。

 斜めに雲を突き抜けて、飛んでいく。

 左右から生えている翼は蝙蝠と鷹羽を合わせた感じの大きい黒翼。

 揚力を得て飛んでいるんだろうけど、翼からは微細な魔力が放出されているのも感じられた、魔法を自然に使っているのか?


「お前はこんなこともできたんだな……」

「ンン、にゃにゃあ」


 飛びながら機嫌良く鳴いている。

 ヘルメが視界の端で躍りながら登場。


『――ロロ様。凄い、空を飛んでいます。閣下が移動していた時よりも速さを感じます。凄い景観です。風の精霊さんはいつもこんな景観を楽しんでいるんでしょうか』


 さあな。

 ヘルメのような意識ある形を保った精霊も、そうはいないと思うが。


『一度、外に出て体感してみたいです』

『分かった。俺の腰に掴まってろ。気を付けろよ』

『――はいっ』


 ヘルメは俺の左目から水状態のまま飛び出てくる。

 風でバラバラにならず、瞬時に俺の真後ろで人型ヘルメが現れていた。

 彼女は俺の腰に黝色の両腕を回し、柔らかいおっぱいを背中に押し付けている。


 ちゃんと、彼女は密着しながら姿を現していた。

 風に負けないで素早く体を固体化できるようだ。


「ヘルメ、大丈夫か?」

「は、はい。風が気持ちいいです」


 そのまま、遊覧飛行を皆で楽しむ。

 【魔鋼都市ホルカーバム】の上をぐるぐると回っていた。


 空を楽しみながら好きだった曲が脳内で響く。


 iPhoneが欲しくなる。

 色んな曲を聞きながら景色を撮影して空を飛びたい。

 マジックアイテムを使った録音機械とかないのだろうか。


 やがて、遊覧飛行に馬獅子型黒猫ロロディーヌは飽きたのか、真下にある【ホルカーバム】の港へ下降していく。

 小翼羽や触手を緩衝材やクッションのように使いながら四肢で優しく着地していた。


 港で作業していた船夫たちは、突然な空からの闖入者である俺たちに驚いている。

 そりゃ驚くのも無理はない。

 視線が気になるが、馬獅子型黒猫ロロディーヌから飛び降りた。

 この近辺には、冒険者ギルドがあったはず。

 ついでだ、依頼を探そう。


「冒険者ギルドへ行くぞ」

「はいっ」


 隣を一緒に歩く常闇の水精霊ヘルメは、皮膚葉っぱをウェーブさせて靡かせると人族が着る洋服のような色合いへ変化させた。


「にゃ」


 小さな声で返事をする黒猫ロロも馬型サイズから小さい猫型サイズへ戻り、いつもの定位置に収まっていた。


 俺たちは冒険者ギルドの中へ入り、依頼が貼り出されてあるボード前へ進む。


 最後にハーピー狩りでもしようかな? 

 と思ったが、気になる依頼を見つけた。


 依頼主:商店街組合・理事、フィラ・エリザード

 依頼内容:Cランク以上を求む。用心棒、護衛。

 応募期間:依頼を受けた日から三十日程度。

 討伐対象:盗賊、刺客

 生息地域:なし

 報酬:一日、銀貨二枚。刺客を討ち取れば金貨六枚。

 討伐証拠:なし

 注意事項:刺客に狙われています。わたしを守ってください。

 備考:大通り沿いの商店街の【鍛冶雑貨エリザードの店】でお待ちしています。刺客を討ち取ってくれれば、この依頼は一旦終了となります。報酬の金貨六枚は、刺客を打ち取った方限定です。


「これなんてどうだろう」

「ンン、にゃ」

「用心棒をするんですか?」


 隣で一緒に依頼ボードを見るヘルメが質問してきた。


「そうだ。守ってくださいと書かれてあるし、守ってやろうじゃないか。ヘルメも俺の目となって協力してくれ」

「はいっ、閣下の目になり水となります」


 んじゃ、この依頼を受けよ。


 依頼が貼り出されたボード下には木札が大量に入った小口がある。

 そこから一枚の木札を拝借、受付へ持っていく。


 受付嬢に冒険者カードと木札を提出した。

 水晶に手を乗っけて、依頼はすぐに受理される。


「こちらがカードにございます」


 色黒な受付嬢から冒険者カードを返されたので、見ながらギルドの外に出た。


 名前:シュウヤ・カガリ 

 年齢:22

 称号:竜の殲滅者たち

 種族:人族

 職業:冒険者Cランク 

 所属:なし

 戦闘職業:槍武奏:鎖使い

 達成依頼:十七


 目的の場所、商店街に行こうか。

 俺が泊まっているホテルがある大通りだ。


「ロロ、行くぞ」

「にゃお」


 黒猫ロロは馬獅子型サイズへ姿を変えた。

 俺は跳躍して馬獅子型黒猫ロロディーヌの上に跨ぎ乗り込む。


「ヘルメも目に戻れ」

「はい」


 彼女は瞬時に液体化。いつものように左目へ飛び込んでくる。

 そして、馬獅子型黒猫ロロディーヌは指示を出す間もなく走り出す。


 走る、走る。四肢を躍動させて走る。

 港前を一瞬で通り抜け大通りを突っ走った。

 再生されたホルカー大樹の前を通り過ぎ、あっという間に商店街へ到着。


 空も速いが陸も速い。


 商店街に到着すると、馬獅子型黒猫ロロディーヌは何処に向かうのか“分かっている”らしく、ゆったりとしたペースになって商店街を進む。


 お、発見。


 【鍛冶雑貨エリザードの店】


 鋼鉄の棍棒のような物を看板にしている。

 店前で馬獅子型黒猫ロロディーヌは動きを止めた。


 早速に軽やかに降り、店の中へ入っていく。

 店内は名前通りといった印象だ。


 長剣、槍、盾、鎧、といった鍛冶製品に、フライパン、鍋、スプーン系のお玉、金物も多く並ぶ。


 そういった商品が縦に陳列されている棚を見ながら奥へ向かった。

 奥にあった受付に店員が居たので話しかける。


「用心棒の依頼を受けたんだが」

「いらっしゃいませ。はい。では此方へ」


 店員はぺこりと挨拶し、受付台の隣にある扉の中へ案内された。


「この部屋には依頼を受けた方々が集まっています。どうぞ」


 案内されたところは縦長の応接間のような部屋。

 そこには店員が言ってたように複数の冒険者たちが居た。


 天井や左右の壁には魔法のランプが設置され部屋を明るく照らしている。部屋の奥には無垢な机があり左奥には扉があった。


 冒険者たちは強そうな良い面構えのメンバー。

 俺が部屋に入ると、冒険者たちが厳しい視線を向けてくる。


 魔察眼で冒険者たちを見つめていく。


 一人、二人と、数人を確認。

 普通だな……おっと……中々、強そうな冒険者を発見。


 一番はこいつか、アジア系の黒髪長髪な眼帯男。

 眼帯男は部屋奥にある扉や机がある場所を見つめていた。


 彼は拳法家のように、足や手に魔力を集めているし肩幅の大きさから、筋肉が発達していると推測できた。

 腰には長剣を差しているので、あれがメイン武器だと思われる。


 違う冒険者へ視線を移す。

 他にも二人、魔闘術を纏う優れた者たちが居た。


 一人はどんぐり頭のもじゃもじゃ毛。

 天然パーマ的な髪を押さえるように細絹のバンダナを頭に巻いている。

 まん丸顔の鼻には傷があり鼻毛が伸びて横幅も大きい。

 腰には四角い凹凸が付いた鋼鉄製のメイスを差してある。

 いかにも蛮族系、柄が悪そうな男。


 もう一人は布帽子をかぶり彫りが深い顔を持つ。

 上半身を露わにした薄着。

 黒人系の軀幹くかんな体格を持つと分かる。

 腰には巻き布に差した長短ある二本のカトラス系の武器をぶら下げていた。


 他の冒険者たちにも魔闘術を纏う者はいたが、今、視線を向けた三人の域には達していないと思われた。


 依頼の紙にはC以上の冒険者と書かれてあったので、それなりの経験者が集まっている印象だ。


 そんなこと考えてると、左奥にあった扉が開かれる。


 扉から現れたのは、美人な人族女性。

 その美人女性を守るように屈強そうな武装した男たちも現れる。

 武装した男たちは女性の背後に立ち並ぶ。


 美人な女性は胡桃色の髪。

 少し肌が焼けたような浅黒い肌を持つ女性。

 瞳は碧眼で、眉はテンプレートな細眉。鼻筋も小気味良く伸びている。

 衣装はストレッチブラウス系で肩口にスリットが入った上等な絹服を着ていた。


 その美人さんの小さい唇が動く。


「……皆様、今回は用心棒のご依頼を受けて頂き、真に、ありがとうございます。わたしの名前は依頼人のフィラ・エリザード。ここの店のオーナーです。皆様方には今回の仕事を本格的に行う前に、この依頼に関する経緯をご説明いたします」


 名前はフィラ・エリザードか。

 美人な彼女は胸に手を当ててお辞儀をしていた。


「事の始めは、わたしが【ホルカーバム】の南に橋建設を推し進めるために領主を説得したことから始まります……」


 そこで、ゴホンと咳を一回つき、間を空ける。


「領主の説得は成功し、正式に許可を得てドワーフの石材組合や商組合が連合して橋建設の工事が開始されました。最初は順調に工事が進みましたが……途中から謎の事故が多発し、しまいには工員が何者かに殺されて殺人事件に巻き込まれたのです。この事件により、工事は中止となりました」


 フィラさんは頭を左右に振り残念そうな顔を浮かべた。


「更に、商店街組合の仲間たちが、闇の組織から脅しを受け、わたしの店にも乱暴な狼藉者が増えて嫌がらせがありました。でも、そんな嫌がらせには負けたくはありません。ですので、領主と衛兵隊に連絡しましたが、見回りの兵士を増やす。としか回答を得ませんでした。頼りないので……この地域一帯を支配していた闇ギルド【ガイアの天秤】という組織に守ってくれるようお願いしたのですが、その闇ギルドから一向に連絡がこないのです。……そして、弟と一緒にこの店を必死に守ってきたのですが……」


 そこで、フィラは細眉をこめかみに集め怒りを我慢するように話す。


「弟が“殺された”のです。商取引のために馬車で外出したのですが、その帰り道で、何者かに襲撃され弟は亡くなりました……本来ならば、わたしが乗るはずだった馬車……。次があるとしたら、わたしが狙われるでしょう。ですから、急遽、冒険者の方にこういった護衛依頼をお願いしたのです」


 そういうことか。

 橋建設を巡っての陰謀に巻き込まれたと。


 すると、冒険者の一人が声を発した。


「その刺客とやらは、どこの組織か分かっているのか?」

「いえ、それが全く……少し前までは【ガイアの天秤】という闇ギルドに用心棒代は払っていたのですが、今は全く音沙汰が無い状態ですし、そういった関係は疎いので、わからないのです」


 その言葉で、ざわつく、冒険者たち。


「【梟の牙】の支部が潰れた件と繋がるのか?」

「いや、どうだろうか、今更、この都市に来るとは思えんぞ」

「商組合だから、鉄の生産で有名なララーブイン辺りの商会が絡んでいるんじゃねぇか?」

「ララーブインなら、湖の都市ルルザックも鉄が採れるだろ?」

「ルルザックは陸路となるし遠い上に戦争の痕が酷いらしいじゃないか」


 【ガイアの天秤】はこの辺が縄張りだったのか。

 そして、音沙汰が無いのは当たり前。

 今はもうその闇ギルドは存在しないのだから。


 と、なると……。


 刺客とやらは【梟の牙】の残党か違う都市にいた新手か? 

 それとも、冒険者たちが話す通り、違う商会経由、全く関係ない闇ギルドかな?


「それでは、わたしは事務作業がありますので、裏手にある屋敷に戻ります。わたしと常に行動するのも、店を守るも自由です。護衛や用心棒のやり方は冒険者の各自のやり方にお任せします」


 フィラさんは踵を返し入ってきた扉から用心棒を引き連れ戻っていく。


 彼女の話を聞いていた大半の冒険者はフィラさんの後を付いていくので、俺もその列に加わり裏手の屋敷へ向かった。

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