九十九話 汚れ

 その聞いたことのある声は……。

 ここの領主であるマクフォル伯爵だ。

 左に副官のビミャル。

 右には俺と対決した派手な帽子をかぶる騎士。

 騎士の背後には赤翅のエンブレムを胸に付けた部下を連れていた。


「……マクフォル様。どうしたんです?」

「ああ、シュウヤではないかっ! どうしたではなぁい。ホルカーの大樹が再生を果たし、突然、巨大魔獣が出現したとか緊急報告を聞いて、すっとんできたのだ」


 黒猫ロロの巨大化に驚いて逃げていた人たちが通報したのかな?


 肩にいる黒猫に変身するなと無言で視線を送りつつ領主へ向けて誤魔化すように、


「巨大魔獣? 消えたように姿を消しましたが……それより、司祭からの依頼はちゃんと果たしましたよ。この通りホルカーの大樹は復活しましたから」


 領主は再生したホルカーの大樹を見つめる。


「そ、そのようだ……しかし、本当に復活するとは。瑞々しい素晴らしい大樹である」

「えぇ、本当に」


 副官の女性も同意している。


「シュウヤ。お前は有言実行の男であるのだな。カッコイイぞ。……僕は今、猛烈に感動している。さすが、僕の友だ」

「いえいえ、仕事をこなしただけですから」

「潔い。それより魔獣は……巨大な魔獣が出現したと聞いたのだが、どこにいるのだ?」

「さぁ、一瞬にして消えたので、彼方に巨大な影が見えたような……」


 白々しく視線と人差し指を反対の方向へ向けた。

 司祭は俺と黒猫ロロへ視線を泳がせるが、口をへの字に、黙っていた。


「東か。わかった。ビミャルっ」

「はい、マクフォル様」

「東へ向かうぞ。この都市に害を成すならば倒すのだ。そして、捕まえれば僕が持つ魔法具でコレクションにできる。我が家、いや、僕の都市を守るような守護聖獣を使役できるかもしれない!」


 興奮した言い様の領主マクフォル。


「「おぉぉっ!」」


 女秘書ビミャルと兵士たちは領主の言葉に喜んでる。

 しかし、そんなスキルか魔道具があるのかよ。

 そういえば、領主の家には色々なコレクションがあった。


 領主たち御一行は、土煙が立ち昇る勢いで走り去っていく。

 マリン司祭へ笑顔を浮かべながら、

「ふぅ、行った行った。黙っていてくれてありがと」


 と喋った。


「それよりも汚れを討つと仰っていましたが……」

「そうだ。この神が残した木片が汚れへと案内してくれるらしい」


 ホルカーの木片がぶるぶる震えて反応を示した。

 掌の上で方位磁石のように木片は回転。


 矢印が示すように方向を指す。

 木片は先端が緑色に光り点滅しながら西の方角を示していた。


「……木片が動いた。それじゃ、ちょいと“汚れ”を倒してくる」

「あ、待ってください。そんな簡単にお散歩を行うようにお話をなされていますが、大丈夫なのですか?」

「大丈夫」 

「そうですか、なら、わたしも行きたいです」


 そんなこと言ってもなぁ。

 司祭は戦えないだろうし、ここで待っていてもらった方が良い。

 それに報酬のことも話しておく。


「司祭はダメだよ。ここでホルカーの大樹を守らなきゃだろ? それに依頼報酬のホルカーの聖花だっけ? 俺貰ってないよ?」

「う、そ、そうですね。では、わたしはホルカーの聖花を加工して、お待ちしています」


 司祭は渋々、了解したようだ。


「おう、じゃ」


 俺は木片が反応を示す地点へ走り出す。

 走っていると肩にいた黒猫ロロが前方へ跳躍し、地面に四肢を付けた瞬間、黒豹に変身。更に成長を遂げる。


 体格はサラブレッドの黒馬、黒獅子が合わさったような……。

 馬獅子ロロディーヌとなる。

 短く言えば神獣で済むんだろうが、相棒は大好きだからな!

 良い! いつもの戦闘態勢黒豹より体が大きい。


 シャープな頭部は狼か犬か豹か……。


 若干、黒猫ロロの面影が残っている。

 が、体の全体を覆う黒毛は前よりも艶やかそうで、ふっくらとしていそう。胸板も厚く。四肢の筋肉も凛々しく猛々しい……。

 牙と爪だけを見れば猛獣にも見える。

 ピンと伸びた長い尻尾は傘の持ち手のように可愛らしく曲がっていた。

 少し先っぽを震わせているから信頼の証と思われる。


 その全体像から、項羽の騅、曹操の絶影、呂布の赤兎馬、前田慶次の松風。


 黒王号のような……。


 そんな名将、猛将、強者たちが乗った愛馬たち……。

 実際に目で見たわけじゃないが、そんな名馬たちを超えている雰囲気を醸し出していた。


 神獣ロロディーヌの首回りから伸びている六本の触手が、また、 カッコヨイ。


 馬獅子型の凛々しく走る姿を眺めていたら首筋から生えていた二本の触手がスルスルっと俺に伸びて腰と胴体に巻き付いた。

 その触手を持ち上げ俺を馬獅子型の己の背の上へ運び乗せてきた。


「にゃにゃ」


 わたしの背中に乗っていけか。

 更に触手が手綱となり目の前の手元に来る。

 これを操縦しろ? 

 その触手を掴んだ瞬間――触手の先端が分かれた。

 二つの平たい触手が首筋にピタッとくっついた。

 少し冷たい。が、すぐに温かくなった。

 あ、おぉぉ、なるほど。こりゃ、すごい。

 相棒、黒馬と黒獅子が融合したようなロロディーヌと意識を共有したような感覚だ。



 ※ピコーン※※神獣騎乗※恒久スキル獲得。

 ※ピコーン※※人馬一体※恒久スキル獲得

 ※<魔獣騎乗>と<神獣騎乗>と<人馬一体>が融合します※

 ※ピコーン※神獣止水・翔※恒久スキル獲得


 わぉ、すげぇ、スキルも獲得。


 そんなこともできるのか。

 スキルの理解に頭が追い付かない。


 とにかく、そんなことより――速いのだ。


 馬並みの大きさになった黒猫もとい、馬の黒獅子は速い。

 速いが乗っている俺を振り落とさないように触手が身体をしっかりと支えてくれるし、鞍と鐙の必要性を感じさせないほどの不思議なフィット感。


 地を縫うように走る。

 しかも、人を寸前で避けて、人混みを上手く躱している。

 混雑していた西門をあっという間に通り抜けていた。

 馬獅子型黒猫ロロディーヌはそこで、速度を緩めると、ゆったりと歩き出す。


 黒猫ロロは完全に神獣だ。

 凄く速いし、安定している。

 馬の全速力である襲歩やポポブムの速度は完全に超えていた。

 大型バイクにロケットエンジンでも付けたかのような加速性能に超絶なブレーキ機能を付け加えた感覚。


『素晴らしい速さですね、ロロ様』

『あぁ、本当に凄い』


 ヘルメと一緒にロロディーヌに感心していると、西門から外に出たところで、ホルカーの木片は西の方角である左から上の北へ変わる。


 ――北か。


 北を意識した瞬間に、馬獅子型黒猫ロロディーヌは頭を北へ向けて進んでいた。

 手綱となっている触手を動かさなくても、俺の気持ちが通じている。


 西門の外壁に沿うように北へ駆ける。

 やがて、左手の方向に、枯れ木が多い雑木林と墓場エリアが見えてきた。

 墓地手前まで進むと、木片に反応している緑の点滅が一段と濃くなる。

 グイン、グインと木片レーダーが小刻みに震えて反応。

 どうやら、ここら辺に地下へ行けるところがあるらしい。


 枯れた木々には大きな鴉たちが止まり、俺を監視するかのように睨んでくる。

 都市外れにある墓地か……。

 いかにも“汚れ”の雰囲気がある場所だ。

 俺は鞍馬の競技を行うように足を上げてはくるりと回りながら馬獅子型黒猫ロロディーヌから飛び降りた。

 地上なのに鬱めいた雰囲気のある墓の地を、百点満点の姿勢で踏みしめる。


 枯れた枝木に止まる大きな鴉たちが、大袈裟なポーズで降りた俺に驚いたのか、逃げるように一斉に飛び立っていく。

 猫型姿に戻っていた黒猫ロロが逃げる鴉を追い掛けたが、途中で諦めて俺の肩上に戻ってきた。


 そんな最中にも、魔察眼や掌握察も忘れない。

 枯れ木が落ちている、地中を探し……。


 お? また、木片の緑がまた明るく反応。

 ブルルッと、より木片の震えが強くなる。

 ――あった。

 地中の穴を塞ぐように長板が敷かれてある。

 板で封鎖されてるが、これが地中へと続く穴だ。


 入り口の一つだろう。


 長板の蓋を、魔槍杖で叩いて強引に壊す。

 壊した板下には縦穴が見えた。穴の先は暗いので、<夜目>を発動。

 底がすぐそこに見える。穴の深さはそれほどでもないようだ。


「行くぞ、ヘルメも一応飛び出る準備な」

「にゃ」

『はい』


 ――穴へ飛び降りる。

 両足をついて土底へ着地した。

 土の感触で足への衝撃はあまりない。

 周りを確認。五メートルぐらいの高さか。

 少し臭い湿った風が吹き抜ける。

 風通りがあるということは、他にも穴が多数あるのだろう。

 左右は土壁が前後に続く洞窟だ。


 木片の反応は依然として、前方から反応がある。

 用心しながら洞窟を前へ歩いていく。

 横幅は人が二人同時に進めるぐらいの広さ……。


 お? マークだ。

 土壁には血で書かれた何かのシンボルマークが描かれてある。

 それ以外は普通の土回廊かな?

 でも、この壁、土というか堅い岩のような感じだ。

 堅い岩盤を掘り進められて、作られたらしい。


 天然ではなく人工的と思われる洞窟内部だ。

 鉱山の名残かな。

 洞窟の内部、内部へと、ホルカーの木片が緑で示す地点へ向かう。


 ん? 魔素の反応あり。


『ヘルメ、視界を貸せ』

『はいっ』


 視界に現れるデフォルメ姿のヘルメを掴み、精霊の目を発動。


『ァ……』


 視界から消えたヘルメの声はだいぶ小さくなった。

 彼女なりに頑張っているらしい。


 魔素が反応した辺りから、のそのそと動く者を捉えた。

 温度センサーが示す形は暗いままだ。


 すると、示し合わしたように、堅い壁や地面から手がわらわらと無数に生え出す。

 現れた汚い手は爪が剥がれているが、構わずに周りの土をほじくり出している。

 やがて、土が大きく抉られると、そこから片側が潰れた人の顔が見え、腐った内臓剥き出しの胴体が飛び出してきた。


「ウゴォォォォ」

「オヴェアァァァ」


 呻き声、それは蠢く死体。リビングデッド。ゾンビだ。

 大量のゾンビが現れ始めた。

 ゾンビたちは蛆が湧いている腐った死体だが、堅い地面をほじくっている……。


 血みどろの臭そうな口だ。

 呻き声が五月蝿いし。

 土から這い出たゾンビの動きは遅いがこっちに確実に近付いてくる。

 噛まれたら、感染とかゾンビ化とかありそうで怖い。


 なので、遠距離戦だ。

 元警官のようにカウボーイハットをかぶりたくなるな。


 マグナムの代わりに<光条の鎖槍>。即座にスキルを発動。

 ――<光条の鎖槍>、<光条の鎖槍>、<光条の鎖槍>、<光条の鎖槍>。


 続けて、五回連続でスキルを発動。

 一気に五匹、ゾンビの頭を光槍が貫く。

 ゾンビは光槍に貫かれると、体が痺れるような反応を示した後、青白い燐光エフェクトを放ってから焼失。

 頭から青塵となり全身が消えていった。


 カッコイイ消え方だ。

 ま、当然のように光が弱点か。


 黒猫ロロも中型サイズの豹型へ姿を変えると、六本の触手骨剣をガトリングガンのように何回も射出していた。


 ゾンビ共を骨剣で串刺しにしていく。


 あの骨剣、色が白から銀色のように輝いている?

 しかも、より鋭くなって刃が長くなってるような……。

 だけど、頭ではなく首や胴体を貫いているのでゾンビは死なない。


「ロロ、頭が弱点だ。何回も頭を刺せ」

「ンン、にゃ」


 黒猫ロロは指示通り、頭を狙いゾンビを仕留めていく。


 光槍を撃ち出すスキルはまだ使用不可だ。


 なので<鎖>を使用。

 左手から射出された鎖はゾンビの頭を貫き、潰す。

 時折、ゾンビたちの足を狙い潰して、進行を遅らせる。


 しかし、依然として……。

 ゾンビ共がわらわらと、壁や地面から生み出されてくる。


 ゾンビ映画のようにシツコイ。

 ロメロ作品が好きだったけれども、リアルに襲われるのは勘弁だ。

 少しずつだが、数を減らして、殲滅させながら進む。


 そういえば、この世界に来たばっかりの頃――。

 地下深い穴に落ちて――。


 こんな風にゾンビ共を屠ったこともあったな。


「ヌォォ――」


 <鎖>を銃に見立てながら射出して昔を懐かしんでいたら、後方からも不気味な声が反響。

 後ろからも、わらわらと湧き出してきやがった。


 前と後。前門の虎ゾンビと後門の竜ゾンビ。という感じか?


「ンン、にゃ、にゃぁ」


 そんな無理やりな語呂合わせを考えていると、全部普通のゾンビだろというツッコミではなく『わたしに任せろニャ』っといったように黒豹型黒猫ロロディーヌが俺の前へ出る。


 お? 何かやるのか?


「ガルルゥゥッ!」


 珍しく喉声を張り上げる唸る声を挙げた、その瞬間――豹型の口が大きく開かれ火炎ブレスが撃ち放たれるっ。

 ――うひゃぁ、音も凄いが、この洞窟大丈夫か? 

 急激に酸素が失われて、一酸化炭素中毒とか……。

 そんな不安になるほどの威力。


『――こ、これは……ロロ様、凄い。上位魔法の、烈級、いや、王級ぐらいな威力がある壮絶な火炎魔法です』


 ヘルメの言う通り。

 黒豹型黒猫ロロディーヌの真後ろにいるが、熱風が全身を駆け抜ける。


 おっ、前方の天井が喧ましく響く。

 炎がもう一つあった上の蓋板を吹き飛ばしたようだ。


 一酸化炭素中毒は大丈夫か。

 ここの洞窟、俺が入ってきた穴のような出入り口が多数あるようだ。


 だが、洞窟の奥にまで、黒豹型黒ロロディーヌによる火炎ブレスは届いたようで、前方に湧いていたゾンビ共は綺麗さっぱり塵となって消えていた。

 プチプチと燻す音を鳴り壁が熱で溶けてねっとりと変形している。


「……凄いぞ、ロロ先生。お前は火炎使いロロか!」

「にゃお」


 どや顔だ。

 だが、今回はどや顔を許そう。


「ロロ偉いぞ。ただ、今後は使いどころを気を付けてな?」

「ンン、にゃっ」


 黒猫ロロは『了解ニャ』と、いった返事をすると、背後からゾンビの声が響いてきた。


 後ろのゾンビは無視。


 俺と豹型黒猫ロロディーヌは木片が反応する洞窟奥へ進んでいった。

 くねくねした洞窟を抜けると、広いエリアに出る。


『閣下、この辺りは狭間ヴェイルが薄いです。セブドラ、セウロスに住まう神々の力が影響されやすい“特殊場”であります。気を付けてください』


 そんなエリアがあるのか。

 広い地下エリアの中央には篝火が炊かれてあるのか明るくなっている。


 <夜目>を解除。

 明るい真ん中へと歩みを進めていく。


 “汚れ”とやらは、この灯りか?


 魔素の反応もあるし、木片の反応は、もうMAX状態だ。

 ぶるぶると震える続けた木片が、緑色に変色。


 魔素の反応も濃いし、異臭が漂う……近寄ると全貌が見えてきた。

 うへぇ……なんだありゃ……。

 もしや、これ全部が死んだ女性たち?

 死体の塊かよ。女性の死体が人形のように重なり死骸の塊に……。

 形は樹木か? “歪な死骸樹木”の全体から、ゆらゆらと禍々しいどす黒い煙オーラが立ち昇っていた。


 うへぇ……気持ち悪い。

 これ、ホルカーの大樹に似せられて作られてある?

 死体の寄せ集めで、オブジェなんて作るなよ。

 どの死体も左乳房がなく心臓がくり貫かれ、頭はあるが目や脳がくり貫かれている。


 なぜか死体の頭部には縫われた黒い斑線が幾つも存在しているし……。

 事実は小説より奇なり。

 そこに、死体が積み重なった場所が動くようにガサッ、ガザッと何かを潰す音が響く。

 強い魔素反応も感じた。


「……アナタは誰ですか?」

「神域が著しく衰えている。コヤツが我らの神域を侵した者か?」


 声が二つ。

 死体で出来た禍々しい木のオブジェの影から声が響く。

 そして、ゆらゆらと揺れている禍々しい黒煙の中から黒い貫頭衣を着る人物が二人、現れた。


「お前たちこそ、誰だ? ここは何だ?」


 俺は現れた貫頭衣を着ている二人へ、質問をした。


「ふっ、ワザワザ神域に来ておいて、そんな質問ですか? ま、良いでしょう。特別に教えて差し上げます。ここは古からあるホルカーバムの地下街アンダーシティー。犯罪者、不治の病人、死者たちの楽園、故郷。葬儀屋や殺人者が死体を捨てゆく場所であり、我らが神域」

「なんじゃそりゃ、お前は何だ?」


 地下があるのは分かってはいたが……。


「……わたしは“十層地獄の王トトグディウス様”の使徒である【血印の使徒】のサザイメンスという者です」


 見た目通り、十層地獄の王を信奉する邪教の奴等か。


「……女の死体を集めたのはお前か?」

「えぇ、勿論、この死体たちは大事な生け贄ですよ。わたしを含めて、【血印の使徒】のメンバーたちが必死な思いで集めてきました。ここはトトグディウス様の神域でもありホルカーの大樹が放つ神域力を吸い取る血印臓樹ガドセルがある場所です」


 ご丁寧に全部話してくれた。


 女を生け贄か。

 メリッサの左胸を奪ったのもこいつらだな。

 彼女はトトグディウスの【血印の使徒】から襲われたと話していた。


 流暢に語る男の隣にいた男が貫頭衣のフードを脱ぐ。

 人族の男。その目はゾンビのように血走り黄色く濁っていた。

 顔には傷のような豊麗線があり、頬が痩けている。


「サザイメンス。お前はいつも律儀だな。こんな死ぬ奴に、説明は不要だろう?」

「エガラス。異教徒と言えど、ここで死ねば御霊はトトグディウス様のお力に変わるのですよ? だとしたら真摯に説明してあげねば」 

「そうかい。教義に忠実なのは良いが、もう仕舞いにしろ。こいつはタイミング的に、神域を侵し血印臓樹ガドセルを弱めた元凶だと思われる。死んでもらうぞ」


 血印とは結界か。

 脆くなったのはホルカーの大樹が復活したお陰なんだと思うが……。


 こいつらはホルカーの大樹が再生したことを知らないのだろう。

 そして、神が語った汚れとは、血印の結界のことをだろう。


「わかりました。では、仕舞いにしますよ。贄の時間にしましょう」


 流暢に語る男もフードを取り顔を晒した。

 こいつの目も血走り黄色く濁っている。

 しかし、顔はまだ若く青年だ。

 二人の男は貫頭衣を纏った状態で、ゆっくりと歩いて近寄ってくる。


「――生け贄か、全く、気持ち悪い。イカレた新興宗教かよ。禍々しいオブジェだし……」


 俺は外套を左右に裂くように広げて、両手を使いジェスチャーしながら語る。

 右手に魔槍杖を用意しながら、馬鹿にしてやった。


「なんですとっ! トトグディウス様を愚弄するとは許せませんね。やはり異教徒は異教徒ですか……」

「はいはい、異教徒、異教徒」


 俺は半笑いでこいつらを見る。


「チッ、余裕こきやがって、その斧槍といい、お前は冒険者か?」

「……さぁな? それよりも、俺は憤慨している。お前らはいったい何人の貴重なる美人さんの命を奪ったんだ?」


 男たちの背後にある禍々しいオブジェを見ながら呟く。


「何人? さぁ、数えてませんからねぇ。ですが、トドグディウス様の御霊になれたのですから、彼女たちは幸せな者たちですよ」

「はぁ? 何が幸せだよ。人のこと言えないが、このサイコ野郎め、てめぇらのような邪教、世紀末思考な宗教家にはお似合いの最期を用意してやる」

「……異教徒が、生意気な口ですね。その口ごと、全身を切り刻んで肉片を金袋に放り込み、糞を入れて、糞漬けにして、糞塗れにしてあげます。さぁ、地獄の鐘がなりましたよっ!」

「……」


 流暢に喋る男と無口な男は揃って不気味な笑顔を浮かべると、貫頭衣の中から両腕を出して襲いかかってきた。


 その両手には変な形の剣を持っている。シックルとかいう剣か?

 だが、そんな剣なぞ、関係ない。

 俺が相手するまでもない。


「ロロ、全部、燃やしちゃえ、――汚物は消毒だァァァ」

「にゃごっアァ――ガルルゥ!」


 また、指向性を持った激烈な火炎ブレスが吹き荒れる。

 走ってくる男たちは、向かい風を受けるように火炎に巻き込まれた。


「ギャ、ボオォォオオオォォォ」

「アァァァ――」


 トドグディウスの邪教徒たちは断末魔の絶叫をあげながら、炭化。

 大樹のような死体オブジェにも炎は広がり、勢い良く燃えていく。

 すご、さすがは上位魔法に分類されるぐらいの威力はあるな……。


『……怖い。わたしも喰らったら蒸発しちゃいそうです……』

『俺も他人事ではないような気がするが、ヘルメも姿を現して戦う時は、気を付けるんだな』

『はい』


 その瞬間、木片の震えがピタリと止まる。

 緑色の点滅も死体オブジェが燃えて小さくなると、反応を示していた緑色が小さくなった。

 最終的に無数の死体で作成されていた禍々しいオブジェは、燃えカスとなって、完全焼失。


 同時にホルカーの木片にあった緑色の反応も消えた。


「これで、この都市の汚れが消えたか。ロロ戻るぞ」

「にゃ」


 空洞の奥にはまだ暗い穴が続いているが、用が済んだので戻ることにする。


 ゲートを使えばすぐだ。


 二十四面体トラペゾヘドロンを取り出す。

 一番目をなぞり、ゲートを起動させた。

 いつものように、灰色の光に包まれた環が出現。

 俺が泊まっていた部屋が映る。

 身体が臭くなってるかもしれないが、いいや、ゲートを潜る。

 ふぅ……高級宿に戻ることができた。一先ず、司祭のとこに戻るか。

 すぐに部屋を出て、宿屋を後にした。


 厩舎前を通りポポブムには乗らずに黒猫を馬獅子サイズへ変更させる。

 馬獅子型黒猫ロロディーヌの背に飛び乗ると、大通りに出た。


 十字路がある広間を通ると、人集(ひとだか)りができている。

 住人、旅人、再生されたホルカーの大樹の見学をしているようだ。

 中には、ちゃっかりと、路上販売をしている人もいるし。


 ここは新しい観光名所になるかもしれない。


 ホルカーの大樹に生えていた透明な花はもう無くなっている。

 司祭はちゃんと回収したらしい。

 そのまま、人混みの十字路の広間を抜けて、襤褸屋敷の神殿前に到着。

 馬獅子型の黒猫ロロから降りた。


 黒猫ロロはすぐに小さくなり、俺の足元からついてくる。

 襤褸屋敷の扉を開けて、神殿の中へ入っていく。

 司祭は祭壇前で待機して俺たちが来るのを待っていたのか、入ってきた俺の姿を見るなり、走り寄ってきた。


「あ、シュウヤさん! 大丈夫だったのですね」

「おう。当たり前だ。汚れとやらを討ち払ってきたぞ。【血印の使徒】と名乗る奴に襲われたけどね。それから、儀式のためか知らないが、ホルカー大樹に似せた禍々しい死体のオブジェがあったから、襲ってきた奴らもろとも燃やして処分しといた」

「そのような物が……」


 マリン司祭は目を見開き、口に手を当てて小さく呟いた。


「あぁ、殺した【血印の使徒】だが……魔界の十層地獄の王トトグディウスに生け贄を捧げるとか話していたよ」


 司祭は珍しく怒った顔を見せる。


「……そうですか、【血印の使徒】そいつらが、父や母の仇。悪しき者たちの正体ですね」

「たぶんな、汚れの反応は完全に消失したので大丈夫と思うが、全てのメンバーを殺したわけじゃないから、注意が必要かも」

「わかりました。ホルカーの大樹はわたしが守ります」


 マリン司祭の目は力強い。

 任せても大丈夫だろう。


「あぁ、護衛とか雇った方が良いかもな。まぁ任せた」

「はい。では、御約束した報酬をお渡しします」


 司祭は小さいポーションが入ったような陶器の瓶を三つと、文字が書いてある高級な羊皮紙を渡してきた。


「この三つの瓶は“ホルカーの聖花”から作った貴重な回復薬である“聖花の透水珠”が入っています。それと、この羊皮紙が、この屋敷の権利書となるものです。後、“わたし”の体も、もう準備はできていますの……うふ」


 えっと……体は、それはないから。

 マリン司祭は顔を紅くして、内股でもじもじとしている。

 薬は貰うとして、一瞬、未知との遭遇、フィフス・エレメント的な司祭との未来を想像したが……。


 ゾワッとしたコスモを背筋に感じたので、止しておこう。

 家と宇宙人な嫁さんを持った未来ルートの世界線はあるかもしれないが、今は、丁寧にはっきりと断る。


「……ごめん。司祭の体は要らないから、この、三つの瓶だけ貰っとくよ。権利書もマリン司祭が持っていた方が良い」


 権利書を返す。


「でも、約束を……」

「いや、せっかく、ホルカーの大樹が復活したんだ。これから信徒が増えると思うし、それに、君がホルカーの大樹を守るんだろ? ここを拠点にして、確りと大樹を守らなきゃな?」


 司祭は俺の言葉に聞いて、納得するように頷いていた。


「はい……そうですよね。守ります」


 この三つの瓶。

 万病に効く超回復薬? とか、前に話していたから少し確認。


「この三つの薬は、本当に万病に効くの?」

「はい。あ、いや、全てではないのです。細かくは、聖典によると“生まれもった病”や“神咎”には効かぬと書かれてあります」


 へぇ、それ以外なら治せるんだ。

 それでも本当なら凄いね。取っておこう。

 アイテムボックスの中へ入れておく。


「わかった。これはありがたく受け取っておく。それじゃ、俺は帰るよ。これからも色々あると思うが、頑張って、じゃ」

「ン、にゃにゃ」


 黒猫ロロも『バイバイにゃ』的な感じに鳴く。


「あ、はい。シュウヤさんとロロちゃんに“ホルカーの精霊”から祝福が得られますように。――さようならです」


 残念そうに俺を見つめる司祭とはそこで別れる。

 神殿を後にして、馬獅子黒猫ロロディーヌに乗りながらゆっくりと、再生した緑々しいホルカーの大樹がある広場を進んでいく。


 なんか、感慨深い……。

 俺、歴史に残るようなことをしたということだろう?


 大樹から生える葉を見ながら茄子紺の夜空を見上げる。

 二つの月と星々の明かりも、このホルカーの大樹を祝福しているように感じた。


 さて、明日は朝一に【ベルガット】に行くとして……。

 宿に戻って、久々に愛しいメリッサでも呼ぶか。



 ◇◇◇◇



 高級宿に戻った俺は早速、メリッサを指名。

 旨い飯を食いながら、メリッサと会話をしていた。


「まったく、驚きましたよ。久々に指名されたと思ったら、再生は不可能と言われていた、枯れたホルカー大樹の復活を成功させるなんて」

「……はは、俺に不可能という文字は存在しないのだ」

「ふふ、もうっ、わざと変な顔を作って……シュウヤさんらしいですね。それに、巨大魔獣が出現したという噂は本当なのですか?」


 巨大魔獣については黒猫ロロが変身したと言えば信じてくれるかな?

 ま、これについては、黙っておこう。


「巨大魔獣? さぁな。黒い影は現れては去っていったけど」


 メリッサは俺の誤魔化すような言葉に納得してないのか、ジッと見つめてくる。


「怪しい……」

「まぁ、いいじゃないか。それより、明日だよ明日。【ベルガット】のボスであるディノさんと約束した、大商会の幹部さんを紹介してくれる件」

「はい。それについては、準備は調っていますよ。明日の朝には大商会の方が来られるようです」

「おぉ、楽しみだ。俺も朝になったら向かうよ」

「はい。あ、明日の朝【ベルガット】まで、ご一緒にご案内をしますか?」


 メリッサは若干、頬を紅く染めて言ってきた。


「ん、いや、場所は分かってるが、あ、やっぱり、頼もうかな」

「よかった……」


 頬を染めちゃって、サインを送るとは可愛い女だ。


「それじゃ、部屋に行こうか」

「はい」

「ンンン、にゃ」


 黒猫ロロは空気を読んだのか、何か文句を言うように独りで離れていく。


 何か、悪いな。ロロ。

 後で入念にグルーミングしてやろう。


『閣下、わたしも外に……』


 ヘルメも気を使ってくれるらしい。


『いや、視界に現れなきゃ、そのままでいい。でも、途中で話しかけるなよ?』

『はい……ですが、いつかわたしにも下のお世話を』

『分かってるさ、今度な』



 ◇◇◇◇



 二ラウンド目が過ぎ……。

 休憩してる時、ふと、メリッサの裸体を見て思い出す。


 “聖花の透水珠”

 司祭から貰った、超回復薬。


 三つしかない、貴重な薬。


 これをメリッサに飲ませたら、もしかしたら……。

 片房が元に戻るかもしれない。

 そこで、アイテムボックスを操作して、聖花の透水珠を一瓶取り出す。


「シュウヤさん? それは?」

「あぁ、突然に済まんな。これを飲んでみてくれるか?」


 薬が入った瓶を渡す。


「これ、何かの薬ですか?」

「うん。まぁ、騙されたと思って飲んでみてよ」

「では――」


 ゴクッと、メリッサは一瓶を飲み干した。

 その瞬間――メリッサの裸体が黄金色に光り輝く。

 輝いていた裸体がドクンッと振動するように波を打って倒れた。


「――お、おいっ、メリッサ?」


 急ぎ、メリッサを抱える。


「は、はい……」


 メリッサは目を開けて起き上がる。


 おぉぉ……やった。凄い、傷が消えて胸が元通りに戻っていた。

 本当に薬が効いたよ。改めて、凄い薬なんだと実感する。

 ものは試しと、軽く考えていたが欠損にも効くとは……。


「え、え、え?」


 メリッサは動揺しながらも、自分の胸を見て、手で新しい乳房を触っている。


「治って、元に戻っているっ――」


 メリッサはそこで大粒の涙を零し泣き出してしまった。


「……本当によかった。綺麗に元通りだ」

「こ、これは……シュウヤさん、これは奇跡ですか?」

「そうだ、そう思ってくれていい。とにかく、体はなんともないんだな?」

「――はいっ、なんだか体が凄く軽いです。肌も、全身の肌も若くなったように感じます……凄い、このお薬は……」


 メリッサは自分の裸体を触り、調べていた。

 そして、唾を飲み込んだのか喉がゴクっと鳴っている。


「もしや、今、わたしが飲んだお薬は、神級の回復魔法と同じ効果のお薬だったと? 伝説の神聖回復薬エリクサーですか?」


 エリクサーという代物があるんだ。


「いや、違うと思う。“聖花の透水珠”という薬だ」

「そうですか。きっと、凄いお高いんでしょうね……一度、回復魔法で傷口を塞ぐと欠損回復は不可能に近いとされていたのに、凄い薬です。烈級や王級の回復魔法でも欠損は治らないと言われて久しいのですが……そんな大切な高いお薬をわたしが飲んで良かったのですか?」


 メリッサだから、あげたんだよ。

 とは、面と向かっては言えなかった。

 やることやっといて、何だけど。


「……そうだよ」

「……ありがとう。でも、こんなことされちゃうと、せっかく出世したのに、仕事を辞めて、シュウヤさんにどこまでもついていきたくなっちゃいますよ? うう、本当にありがとう……」


 メリッサはぽろぽろと涙の粒が頬に零れる。


「泣くなって、仕事は辞めないでいいよ。せっかく、出世して、忙しくなってきたんだ。俺も、もうじきここを離れるかも知れないしな。……それに、今、こうやって夜の相手お世話をしてくれてるだろう?」


 と彼女の涙を止めさせるために、おっぱい聖人と化していく。


「どう? ここ、ここなんて気持ちいいだろぉ、ほら、次はどうしてほしい?」

「あんっ、も、もう。えっちですね。でも、今夜は頑張っちゃいます、次は、わたしがしてあげるんだからっ」


 そんなこんなで、結局、また二ラウンドをこなした。

 彼女は頑張ると張り切っていたが、結局、先にダウン。


 今は、気持ち良さそうに寝ている。

 幸せそうな顔だ。

 さて、俺も明日に備えて、少し寝ますか。

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