九十八話 黒猫との約束成就

 【ソール砦】に到着。


 俺は報酬を貰いに冒険者ギルドに向かった。


 今日は夏の季節の一日。

 明日は【魔鋼都市ホルカーバム】にある【ベルガット】本部の屋敷にて、大商会の幹部を紹介してもらう日でもある。


 日数的にギルドの依頼を受けといて良かった。

 ここはホルカーバムの北、時差もないし、丁度、明日だ。

 そんなことを考えながら、ギルドで依頼達成の報告を済ませる。

 依頼は四つ。報酬を貰い金貨袋を全てアイテムボックスへ放り込んでおく。

 そして、受付嬢と適当に会話を続けてから、冒険者ギルドを後にした。


 ギルドカードを見ながら、冒険者ギルドの外に出る。


 名前:シュウヤ・カガリ 

 年齢:22

 称号:竜の殲滅者たち

 種族:人族

 職業:冒険者Cランク 

 所属:なし

 戦闘職業:槍武奏:鎖使い

 達成依頼:十六


 依頼達成数が十六回。

 三十になったらBランクに挑戦しよ。


 さて、【ホルカーバム】に戻るとして……。

 ゲートを使うとこは、見せびらかすモノでもないし、他人にはあまり見せないほうがいいだろう。


 人通りが少ないとこ、どうせなら砦の外へ出ちゃうか。

 砦を出て、森の中へ向かった。

 掌握察で確認、周囲や背後に魔素の気配はない。

 そのタイミングで、肩にいる黒猫ロロに話しかけた。


「よし、ここら辺りで良いだろう。戻るか。ロロ、上手いこと枯れた大樹が復活したら、契約の約束を果たせるかもしれない」

「にゃにゃぁん」


 黒猫ロロは肩に乗りながら、甘えた声を出す。楽しみらしい。


「はは、楽しみだよな」


 笑いながら、その場でトラペゾヘドロンの二十四面体を取り出す。

 ゲートの三番目の記号を……あ、三番目は教会の地下にあった鏡だった。


 宿屋にあるのは一番目。

 二十四面体をくるっと回し一番目を真上にしてから、一面の謎記号を指でなぞり入力。


 ゲートが起動。


 ん? あれ、やっぱ間違えた? でもここ、俺の部屋だよな。

 誰かが部屋にいる。侵入者か? 

 赤髪の細身な侵入者だ。背中を向けている。

 誰だろ……。

 まぁ良い中へ入って、とっちめてやろう。


「ゲート潜ったら臨戦態勢な。ヘルメは目の中で待機。いつでも外に出れるようにしておけ」

『はい』

「にゃ」


 外套を開きゲートを抜けて、鏡から出る。

 ホルカーバムの高級宿。俺が泊まってた部屋に戻ってきた。

 すぐに魔槍杖を右手に出現させる。

 黒猫ロロは俺の肩から離れて、左側を歩く。


 赤髪の侵入者はベッドの向こう側だ。

 まだ、背中を見せた状態。


 おっ? 赤髪はビクっと体を反応させていた。

 鏡の光に気が付いたようだ。

 赤髪は腕を動かしながら、こちらへ顔を振り向く。


 ――え? フランか? 


 ソバカス顔。Bランクの女冒険者フランだ。

 しかし、彼女のトレードマークと言える左肩に乗せていた透明な鷹がいない。

 その代わり、半透明の左腕を俺に向けている。


 その半透明な腕には眼球が集結していた。

 掌の左腕から魔法でも撃つつもりだろうか。


 半透明な掌には穴がある。 

 半透明掌のど真ん中……。

 渦でも巻いた形で、丸い穴があった。


 その周りには人の眼球的なモノが複数蠢いている。


 恐怖を感じる。

 あの手の穴からビーム砲でも放出する気か? 

 それとも半透明な腕が外れて、鉄人的にロケットパンチを飛ばすのか? 

 スキルの呪い眼球による怪光線か?

 記憶を吸い取るとか、脳を犯す精神尋問系か?


 ……普通の右腕が握る片手半剣の剣先も俺に向けていた。

 何かの流派を感じさせる独特の構えだ。


 そんな構えとは裏腹にフランの表情からは、焦りが感じられた。


『閣下、あの左手は要注意です。魔力が強く漂っています』


 ヘルメから忠告を受けた。


『あぁ、見れば分かる』


 とりあえず、話しかけてみる。


「……フラン、俺の部屋で何を調べていたんだ?」

「どこから現れた?」


 フランは俺の質問には答えず、逆に、質問してきやがった。

 敵意は感じられないが、態度が悪い。なら、おしおきだ。


 しかけてやろう。


「質問しているのは俺だが? 何故、俺の部屋に居る? その透明な腕と剣といい、俺に殺られても文句は言えない状況なんだが――」


 そう発言すると共に、フランの足元を魔槍杖で薙ぎ払う。


「くっ、待て――」


 フランは即座に反応。


 右手の長剣を床に突き立てると、長剣を支えにヒョイッと体を宙に浮かせては俺の薙ぎ払った魔槍杖バルドークをあっさり長剣で弾き躱した。

 そのまま、すとん、と両足で着地を行いながら突き刺していた長剣を引き抜き背中へ仕舞う。


 左手の透明腕も同時に隠す。


 魔槍の払いを簡単に躱しやがった。

 軽快な動きには一切の無駄がない。今の所作から分かる。凄腕だ。

 ……前の護衛依頼の襲撃時、彼女は実力を見せずに俺を観察していたに違いない。

 だが、反撃してこない様子から、彼女は戦う意思は無いと判断。


 ネゴシエーションを試す。


「……なら、俺の質問に答えてもらおうか?」

「わかった。この部屋に侵入したのは、勿論、シュウヤの行方を探すためだ」


 フランの表情は依然として、硬いままだ。


「ほう……だが、何のためだ?」

「シュウヤに用があったのだ」


 口角の頬が上がり笑みが浮かぶ。

 彼女は誤魔化そうとしている……。

 瞳の僅かな動き、頬の動きが不自然だ。

 ここは、左肩にいた透明な鷹のことでも話題に出して、突っついてみるか。


 その前に、まずは普通に聞く。


「フラン、正直に全部話してくれないか?」

「何をだ?」


 長らく尾行していたのも、きっと彼女だろう。

 ぶっちゃけて、カマしてみるか。


「全部だよ。随分と前から俺を尾行していたな? それに、今は居ないが、君は左肩に〝透明な鷹〟がいただろう?」

「な、やはり、気付いていたのか……」


 フランは鳶色の瞳を散大させては、眉が上がり目を見開く。

 口も僅かに開いていた。

 驚きの感情を顔色が示す。

 やっぱり【ヘカトレイル】からの尾行は彼女。


「そうだよ。全部言ってくれないと、逃がすつもりはないよ? ロロッ」

「にゃ、……ガルルゥッ」


 黒猫ロロは姿を黒豹と化して、ベッドの上に乗る。


 牙を剥き出して威嚇した。

 黒豹ロロディーヌはフランの側面からいつでも襲える体勢となる。


「ひぃ、わ、わかった。全部話そう。君たちと争うつもりはない」


 彼女は下まぶたが強張り口がひきつる。

 恐怖の表情と言えた。


「それじゃ、所属から、あ、二重スパイとかも、全部ね」


 更に、カマをかけてみた。


「な!? え、え、なんでそこまで……シュウヤはナニモノなのだ……」


 眉がまた上がり動き、鳶色の瞳孔が収縮して揺れる。

 俺の言葉に嵌まった。ビンゴらしい。ハッタリ成功。

 ま、大概の予想はつくが。


「いいから、話せよ」


 脅すような口調で言ってやった。


「は、はい。わたしは冒険者であり、盗賊ギルド【幽魔の門】の一員でもあり、【白鯨の血長耳】と【白の九大騎士ホワイトナイン】の密偵でもある」


 うは、三重スパイかよ。

 冒険者を合わせれば四重とか。

 やっぱり、ただの冒険者Bランクではなかった。


 しかも、【白の九大騎士ホワイトナイン】とは国の機関じゃないか。


「……その三重スパイであるフランが、いや、名前も怪しいな? お前は俺の情報収集をしていたと?」

「そうだ……」

「最初は誰から依頼された?」

「……」


 沈黙しちゃった。少し脅すか。

 わざわざ、俺の情報をプレゼントしているみたいで、嫌だけど見せちゃお。


 一応、誤魔化し詠唱をして……。


「なるほど、それじゃ罰を与えなきゃな。光神ルロディスよ。我が裁き光である一条の光を示し、罰する光槍を現したまえ――シャインチェーンランス!」


 ――<光条の鎖槍シャインチェーンランス>。


 クルードの顔を思い出しながらの嘘詠唱に合わせて、スキルを発動。

 光槍を発生させた。稲妻のような光だったが、あからさまの詠唱だ。フランは背から抜いていた片手半剣を盾にした。


「くっ――」


 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>と衝突した片手半剣ごとフランは一気に後ろに持っていかれる。

 光槍の下部から発生している光網が雲の巣のように、フランの剣を包むと、フランは握り手を離すしかなくなった。


 光槍は片手半剣を光の網で囲みながら後ろの壁に運ぶ。壁には光槍の網に縫われた片手半剣が飾られていた。


 あぁっ、しまった。

 これは部屋の修理代は俺につくのか?

 ……少し反省。

 フランは右手を震わせながら、俺を睨む。


「光、の魔法まで……」


 さすがに、いきなりの魔法的なスキルには面を食らったようだ。


「……だからどうした? フランがここに侵入したことには変わりない。殺さないだけマシというものだろう。それに、全部話すと言ったんだ。黙るのを許したつもりはない」


 ドS的な冷えた表情を意識。

 笑い顔アルカイックを繰り出す。


『閣下、彼女のお尻を……』


 左目に住む危ないドSな彼女が反応してしまうが、危険な脳内会話はシャットアウト。


「……わかった。……最初は【白鯨の血長耳】の【ヘカトレイル】支部の幹部である、クリドススから直接依頼を受けたことから始まる。内容は、冒険者シュウヤの懐に潜り込み情報を探れ。と、そして、【血長耳】に悪影響があるなら殺せ。と指示を受けた」


 諦めたように渋々とフランは語る。


 侯爵シャルドネではなく、【白鯨の血長耳】のクリドススか。

 一度【ヘカトレイル】で会っている。


 闇ギルドから勧誘された時だ。

 俺は興味がないとか話して断ったけど……。


 クリドスス。

 あの性悪そうなエルフ女め、悪影響なら俺を殺せとは……。

 そんな指示だすなよな、全くいい迷惑だ。


「……そっか。あいつが依頼してたのか。他の【幽魔の門】や【ホワイトナイン】は俺に関係する?」

「その二つは特にない。謎の槍使いとだけ報告をしてあるだけだ。【白鯨の血長耳】には何回か〝リノ〟を使い連絡を行った。その内容も必要か?」

「当たり前だっ」


 俺は少し語尾を荒くしながら話す。


「わかった。護衛依頼中に盗賊に襲われ、シュウヤが撃退。襲ってきた奴等の正体は【梟の牙】。更に、【ホルカーバム】における闇ギルド同士の抗争が激化。【ガイアの天秤】と【梟の牙】が全面衝突。両方の幹部が全滅し兵士たちが大量に死んだと。それに関する出来事を調べていくと、シュウヤの事に結び付いた。そして、ここの宿屋から姿を消した。と」


 なるほど……。

 【梟の牙】の幹部を俺が殺ったことは正確には確証を得ていないんだな。

 フランの顔付きはあまり変わらない。

 不自然さもないし、嘘ではないと判断。

 俺が倒したとはある程度予想はついていると思うが、指摘はしなかった。


「……なるほど。分かった。それが全てだな?」

「あぁ、全部だ」

「で、その左腕はなんだ? フランは人族ではないのか?」

「……わたしは、半身が人族であり半身が幽鬼族。生まれながらにして左半身の一部が幽鬼化している。そして、透明な鷹の名はリノ。わたしのスキルであり使い魔だ。定時連絡や偵察に役に立つ」


 へぇ、幽鬼族と人族のハーフなのか。

 左半身の一部が幽鬼化とは、面白い。


 あの透明なリノはスキル。

 偵察や情報を伝達するにはぴったしなスキルと言える。


「……ハーフか。どうりで、左手を覆い隠していた訳だ。今、透明なリノ鷹はどこに出している?」

「定時連絡で【幽魔の門】の拠点へ送ってある」


 ふむふむ。

 聞きたいことはある程度聞いたかな。


「それで【血長耳】のクリドススから受けた指示通り、俺を殺すか?」

「いや、とんでもない。シュウヤが見逃してくれるのであれば、この件からは退かせてもらう」

「そういうことか。ロロ、もう自由にしていいぞ。フランも緊張を解いてくれて構わない」

「にゃ」


 黒猫ロロは元の子猫姿に戻り、俺の肩上に戻ってくる。


「わかった……」


 フランはそこで、へなへなっと床に太股とお尻をつけてへたり込む。

 女の子らしい少し可愛い仕草だった。

 切羽詰まって緊張していたらしい。


「それと、俺の情報を気軽に流さないでくれよ? あ、フランにとっては仕事か。それじゃやっぱり、適当に普通の冒険者、謎な〝槍使い〟とだけ、流してくれ。それから、あからさまに俺をつけまわすのは無し。【白鯨の血長耳】にも、こんな感じで情報を流してくれる?」

「了解した」

「嘘ついたり、俺の違う情報を流したら、伝を使って、フランの情報を全ての盗賊ギルドに流した後、必ず、フランを探し追い掛けるから」

「……わかった。約束しよう」


 こうは言ったけど、別にフランの命は取るつもりはない。

 情報も、本当に俺のいう通りに流すかは、分からないが、嘘ついたとしても彼女は美人なので、許す。


 それに彼女は優秀な密偵だ。後々、役に立つかもしれない。


「それじゃ俺は用事があるから、またな?」


 フランを宿部屋に置いて外に出る。


 司祭へ集めてきた依頼品を渡さないと。

 冒険者ギルドか司祭の家へ行くとしますか。


 と、その前に、厩舎に置いていったポポブムの様子を覗いた。


 プボプボと言っている。

 久しぶりだったけど、ポポブムは元気だった。


「ンンンン、にゃ」


 早速、黒猫ロロが喉声を発しながら、ポポブムの後頭部に乗り出す。


「今はポポブムには乗らないぞ?」


 黒猫ロロの首根っこを掴み俺の肩へと戻す。

 軽くポポブムの肌を撫でてから、厩舎を出た。


 司祭の家は向こうだ。宿の敷地から大通りに出て歩く。

 枯れたホルカー大樹がある広間経由で、司祭が住む家、一見、襤褸屋のような神殿へと向かう。


 神殿に入ると、司祭は箒を持ち掃除を行っていた。

 相変わらず中央にある盆栽祭壇は天井から光が照らされていて、美しい。


「よっ、マリン司祭」


 軽い口調で背中から声をかける。


「あっ、シュウヤさんっ、帰ってきたんですね。ということは……」


 振り返ったマリン司祭の顔は一気に破顔する。


「そうだよ。依頼の品、全部集めてきたからな」

「おおおぉぉぉぉっ!! 本当ですか。この短い期間に……凄すぎますっ、さすがはシュウヤさんです」


 司祭は飛び跳ねては興奮した様子。

 大仏のような耳朶を揺らし、走り寄ってくる。


 膨らんだ胸も揺れていた。

 意外に胸あるんだ。

 たぽたぽな、ゆるい襤褸ローブ服を着ているので分からなかった。


「それで、冒険者ギルドに一緒に来てくれないか? 依頼を受けてるからな。そこで素材を受け取ってくれ」

「はいはい。すぐに行きますともっ」


 司祭と一緒に小走りでギルドへ向かった。


 ギルドの手続きはすんなり終了。

 長らく掛かった依頼はこれで達成だ。


 アイテムボックスから提出した二つの素材は司祭の手に渡っていた。


「これで、ついに復活できます。今すぐにホルカー大樹のもとへ行きましょう!!」

「あぁ、行こう」

「にゃにゃ~ん」


 俺はギルドカードを見る暇もなく……高いテンションの司祭に連れられるように、十字路があるホルカーバム大樹のある広間へと連れてこられた。


 黒猫ロロもスキップをするように四肢を跳ねさせて移動している。


 尻尾も縦に立っている。

 テンションが高いようだ。


 玄樹の光酒珠が手に入るかもと思ってるんだろう。

 水神様も言ってたし、たぶん大丈夫だ。


 期待しておこう。


 何か、俺もだんだんとテンション上がってきた。

 わくわくしてくる。


 司祭は大樹の前に立つと、ハーハーフーフーと腕を左右に広げては深呼吸を行い準備運動を行っていた。


 そして、アクレシスの清水が入った魔法瓶とサデュラの葉を掲げ持つ。


 枯れたホルカーの大樹へ、神に捧げるようなポーズだ。

 青い皮膚が引き締まり司祭の頬骨あたりが少し張って見える。

 そんな司祭の手からは魔力が放出されていた。


 司祭独自のスキルか? お? 


 スキルの効果か分からんが、突然にサデュラの葉とアクレシスの清水が入った魔法瓶が光を発し、司祭の手から離れて、宙に浮かび出す。

 魔法瓶からはアクレシスの清水が漏れ出ていた。しかし、漏れても光を帯びた清水は下には落ちない。


 無重力のようにふわふわと丸い状態で液体が浮いていた。


 やがて、清水が全部外へ放出されたのか、清水が入っていた魔法瓶だけが地面へ落下。

 落ちた魔法瓶の音が合図のように、宙に浮かぶ二つの素材は眩しいほどに光を帯だした。


 次に司祭は祈りのポーズを取りながら、詠唱のような言葉を紡ぐ。


「……大地の神ガイアと植物の神サデュラよ。我が魔力を糧に力を示し現れよ。……今、ここに、眷族である樹木の精霊ホルカーは、水と葉の<潮流雨エキュレイター>に乗り再生を果たす」


 その瞬間。


 宙に浮いているアクレシスの清水とサデュラの葉が重なり混ざり合う。

 それはえもしれぬモノへと変化、蠢く。


 二つの素材は陰と陽的な円を描くと、一つの大きな球体になった。


 球体は翠色に輝く。

 輝きが一段と増した瞬間、眩しい翠球体が大樹へ向けて拡散。

 濃厚な翠光雨となってホルカーの枯れた大樹へ降り注ぎ、萎びれた樹皮の中へ翠の液体が染み込み消えてゆく。


 そして、枯れた樹木の表面から強烈な白燐光を放ち始めた。


 ――うひゃ、眩しい。


 まるで、爆発?

 科学反応である、テルミット反応みたいな光。


 そんな眩しい光と共に枯れた大樹の根本や樹皮の間から蒸気が噴き出るように新たに魔素が生まれ出ては古い樹皮が蠢き捲れていく。

 捲れた樹皮の代わりに新たに現れたのは竜鱗のような樹皮たち。

 真新しい樹皮がうねり増殖し幹の根本から生え変わるかのように、大樹の幹を作り変えては樹木が伸びていく。

 新しい太い幹となり太い枝となって、ホルカーの大樹を形作っていた。


 枝からは次々と瑞々しい翠の葉っぱが音を立てるように生まれ出る。


『凄い……』


 常闇の水精霊ヘルメもそう呟いた。

 確かにすげぇ……。


 黒猫ロロも俺の肩から離れ再生しているホルカーの大樹へ近付き、間近な距離で、その再生されている様子を見つめていた。


 ホルカーの大樹が再生していく光景は圧倒的な存在を示す。


 息を飲む。大自然の圧倒的な光景と言えた。

 何ヶ月と掛かる植物の成長を一瞬で遂げていく映像がリアルタイムで流れる光景。


 ……凄すぎる。


 大自然を感じさせる神の生きた服装をまさに地で行くとんでもない光景に十字路を通っていた一般の人々が、それぞれに足を止めて、再生されるホルカーの大樹を見つめていた。

 やがて、葉っぱが生え揃い、ホルカーの大樹が再生を終える。最後に枝先の幾つかある蕾から綺麗な花が咲き始めた。


 おぉぉ……感動する。綺麗な花だ。

 白く輝き薄く透き通る透明な花弁。


 もしかして、これが司祭が話していた……。


 ホルカーの聖花という奴か?


 大樹からは魔素が溢れ続け、ぽこぽこと音が鳴るように、デボンチッチ、子精霊たちも姿を現していた。


 風が靡く漣のような小さい音量。

 デボンチッチの合唱が響き出す。


 それに、この感じ。

 前にも神殿で一度、体験があるぞ……。

 水神アクレシス様が登場した時だ。


 荘厳な雰囲気、神々しい、神気と言えばいいのか。

 身が引き締まる。清いプレッシャー。


 再生を果たしたホルカーの大樹からは、まだ不思議な淡い白燐光が発せられ光条の線と成り四方八方へ伸びていた。


 やがて、その光条たちは二つに収縮され光の玉となる。


 なんだろ、光球?


 二つの光の玉は薄い光が灯る霧になり上半身だけがうっすらと人の姿へ変わった。

 下半身は蜃気楼のように薄いヴェールに包まれている。


 その薄い霧状の上半身たちは、男と女。とだけ判別できた。


『――定命な者よ。我は嬉しいぞ。眷族を復活させてくれるとは……』

『――定命な者よ。我も嬉しい。良くぞ、眷族を復活させてくださいました』


 脳内に、男と女の声が響く。

 目の前にある、男、女の唇の動きリップシンクも合うし、この人らが話しかけてきたのかな?


 やはり、神様か?


『――そうだ。我は大地の神ガイアだ』

『――そうよ。我は植物の神サデュラです』


 神様……。


 不思議なことに、周りには神々の降臨が見えていないらしい。

 マリン司祭は再生されたホルカーの大樹を見て、法悦に打ち震えたのか涙が溢れて感涙している。

 野次馬的な通りがかりの者は、再生したホルカーの大樹をただ見つめているだけだった。


『閣下、恐縮ですが、この神々しさは……』

『そうだ。神様だ』


 ヘルメは神を見ているらしい。黒猫ロロも感じ取っているようだ。

 じっと、黒猫ロロの視線は二つの光を帯びる神様たちを見つめていた。


『――定命な者よ。我たちは遠くからソナタの行動を見守っていた。遠く離れた地に向かい、我が眷族のために働いた功績に報いよう』


 清らかな女性の声だ。


『――定命な者よ。ソナタの献身に報いようぞ。願いは何だ?』


 今度は猛々しい男の太声。


 サデュラ様とガイア様が願いを聞いてくれるらしい。


 ついに、この時が来た。約束を果たす時。

 俺の願いは、一つ〝玄樹の光酒珠〟〝智慧の方樹〟どちらかが欲しい。


『――なんと、それをどこで知ったのだ?』

『――玄樹の光酒珠ですか……』


 大地の神ガイア様の顔は薄い光に包まれているが、顔の輪郭が少し分かる。

 その顔が隣にいるサデュラ様を見つめているのが見て取れた。


 植物の神サデュラ様はガイア様と視線を合わせると、恥ずかしいのか、頬の部分の光が強くなっている。


 結構、人族のようなところがあるね。


『聞いていることに答えよ』

『答えなさい』


 スイマセン。

 神獣の契約時に聞いたのです。


 その玄樹の光酒珠を、俺じゃなく、そこの黒猫、ロロディーヌへ授けてやってください。


『――ソナタでなく、黒猫だと?』

『――あの黒猫、姿は違いますが……どこか懐かしい雰囲気を感じます。我たちを視認していますよ?』


 二人の神は、顔を見上げて自分たちを見つめている黒猫ロロの姿を確認しているようだった。


『――なるほど、遠き昔に我らの加護を受けた者が、あの黒猫と似た黒獣の近くにいたようだな』

『――はい。そのようです』


 サデュラとガイアの神たちは頷き合って、そんな言葉を響かせる。


 遠き昔か……。


 もしかして、ロロディーヌが契約時に見せて聞かせてくれた、あの、黒き環ザララープでの戦いの頃か?

 黒猫ロロディーヌがまだ、神獣ローゼスとか呼ばれていた頃の話かもしれない。


『――ほぅ。随分と昔のことを知っておるのだな』

『――黒き環ザララープ。魔軍夜行のことですか、黒き環は我ら神々が認知する前から存在する〝原初の異物〟ですね』


 原初の異物?


『――そうです。我たちが存在する神界ができる前から、この世界セラに存在すると言われています』


 ますます謎だな。

 黒き環、自体がそういう物謎の物体なんだろうけど。


『――その通りです。黒き環ザララープが齎すモノは謎ばかり』


 ……神も分からぬ物がなんで存在するんだろう。


『――定命の者よ。黒き環ザララープは最初からそこに在った。ただそれだけのこと。この問いに関しては、我ら神界セウロスに住む、どの神々も正確な答えなどは知らぬし解らぬだろう』


 謎か。

 モンスターを大量に吐き出す、あれは災いの元じゃないのかな?

 神様的に放っておいていいのだろうか。


『――フハハハ、構わん構わん。ソナタは面白きことをいう。放っておくもなにも、あれは神とて何もできん。我らは完璧ではないのだよ。我らとて、感情があり哲学が存在する。本質は定命の者たちと変わらんのだ。そして、地上に影響を及ぼせる範囲など、たかが知れている。それに黒き環ザララープ魔軍夜行災いも齎すが、同時に、幸も齎すものなのだ』


 災いは分かるが、幸?


『――そうだ。転移により我らが見知らぬ次元界に住まう者たちとの交流が行われ、この世界に変化を齎す場合があるのだ。他にも遥か過去になるが、我らの加護を受けた者たちが、黒き環と黒き環を結び遠くの地へ移動する道具として利用していた』


 あぁ、ローゼスもそれらしきことを言ってたな。そういえば。

 納得しました。

 話は逸れましたが、玄樹の光酒珠は貰えますか?


『――ふむ。そうだな。良いだろう。サデュラ。良いな? 我らの眷族を救ってくれた者の願いだ。那由多の昔、以来か?』

『――はい、優しくしてくださいね……』


 ん?

 なんか、二人の神様が見つめ合い……ちゅっちゅし始めた。

 え、え、と……何、ちちくりあってんの?


『――アァァァァン、ガイアッアン、フフッ、激しい……』

『――ハハハ、サデュラッ、久しぶりだからな。ハッスルするぞ』


 うひゃ、喘ぎ声がでけぇぇぇ。ハッスル……。

 幸いにも下半身が見えないので、なにやっているか分からないけどさ。


 その瞬間。二つの光はイチャイチャするように重なり合い螺旋の渦となってホルカーの大樹の中へ突入していく。


 連なった一対の光が侵入したホルカーの大樹は、幹の根本が女性の形へ変化。

 そして、妊娠したように幹の樹皮が膨れ上がった。


「こ、これは、祝福が行われているのですか……」


 感涙していたマリン司祭は突然に蠢くホルカーの大樹に驚いているようだ

 大樹のリアルな作りに、頬が若干、ひきつっている。


『定命な者よ。できたぞ。暫し間の後、枝先にある葉が特別な花と化すだろう。その中身が〝玄樹の光酒珠〟となる物だ。その黒猫へ飲ませるがいい』


 大地の神ガイアの言葉がそう響く。

 そして、重なり合った二つの光が再生したホルカーの大樹から螺旋を描きながら外に放出される。


『――それにしても、久しぶりでしたね、ガイア?』

『――うむ。サデュラよ。良かったぞ』


 そんな会話が脳内で再生されている最中。

 大地の神ガイア様が話していた通りに、妊娠したような丸く膨らんだ部分が蠢き、ぐにょりぐにょりと不気味な音を立てながら幹から新しい枝先へ移動してゆく。


 そして、先端の行き着いた膨らみは葉っぱを飲み込むように変形。

 先端はホオズキのように膨れた花袋となっていた。


 これが、玄樹の光酒珠なのか。


「ロロ、待ってろ」

「にゃ」


 玄樹の光酒珠が入った花袋ホオズキを手に取る。


 液体が入った花袋はズッシリとした重さ。

 中身の液体は神々しく黄色い光を放ち、満ち満ちと入っている。


 酒のような香りが鼻孔を通り、匂いだけで清々しい気持ちにさせた。

 重さに少し緊張を覚えたが、慎重に花袋ホオズキを運ぶ。

 玄樹の光酒珠を黒猫ロロへと飲ませる為に――。


 俺は膝を地につけた。

 黒猫ロロの口元側へ置いてやった。


 黒猫ロロは無言で花袋ホオズキの中へ小顔を突っ込み、黄色い光を飲んでいく。

 ぺろぺろと舌を使い、ごくごくと、音を立てて、全てを飲み干した。


 空になった花袋ホオズキは霧のように消える。


 ――その刹那。

 黒猫ロロが独特の鳴き声を上げて変化を遂げていく。


 一瞬にて、むくむくと姿を大きくし、黒猫から豹サイズ、馬獅子サイズを超えて、魔獣を超えた神獣の体長十メートルサイズへと急成長した。


 豹のようなしなやかさと獅子の力強い筋肉が合わさった姿で大きく凛々しくカッコ良い。


「こ、これは……」


 マリン司祭も驚きの声をあげる。

 周りに居た人々も突然に巨大な黒獣が現れたので、悲鳴をあげて逃げ出す人が続出した。


 ロロ、すげぇな。

 本当に真の姿を取り戻したのか。


 顔も流線型を意識した作りで渋い。

 長髭、紅瞳、鼻も少し長く変形している。

 そして、触手が増えていた。


 地下深くで、初めてみた彫像の姿を思い出す。


 鼻の下から首筋にかけて六本の触手が生えふさふさな滑らかそうな黒毛に覆われた獅子胴体に立派な四肢。

 長い尻尾は変わらない。


「ロロ、元に戻ったか?」

「にゃお、にゃにゃおん」


 猫声は変わらず。――おおっ。

 太い触手が俺の頬に触れた。


 『力』『嬉しい』『遊ぼう』『大好き』『力』『増えた』


 様々な気持ちを伝えてくる。


「そかそか、声や心は前とそう変わらないようだ……」


 ローゼス、見ているか? お前との……


「……俺は、お前との約束は守ったぞ!!」

「にゃお」


 俺は感慨深くなり、自然と叫ぶように声を出しては、涙が一滴頬を伝い流れていた。


 そこにガイアの神様の声が響く。


『――定命な者よ。満足したか?』


 はい。ありがとうございました。


『――それは、よかった。む――』


 急にガイアの神様の顔が険しくなった。


『――ガイアも気付いたようね。ここの地下に汚れがあるわ』


 植物の神サデュラ様が、再生を果たしたホルカーの大樹の下、地面を見て、そう話していた。


『――しかし、我らはもう戻らなくては』

『――そうね』


 植物の神サデュラ様が、ガイアに寄り添うと、俺を見つめてくる。


『定命な者よ。ソナタに、またお願いするようで悪いのだけど、この地に存在する〝汚れ〟を討ち払ってはくれまいか?』


 ん? どういうことだ? 

 神様なんだから、自分たちでちょちょいと打ち払えばいいのに


『――何度もいうようで悪いのですが、我らたちとて、万能でなく。全てを見通すわけではないのです』

『――そうだ。さっき言った通り我らとて、神と称するが、地上セラに関われる時間も少ない』


 なるほど、ま、玄樹の光酒珠をくれたし。

 役に立ってやるさ。それで、その〝汚れ〟とはなんです?


『――魔界セブドラに関する物だろう。魔界に存在する神々を祀る物と思われる。悪しき者たちの仕業だ。このホルカーの大樹を枯らしめた原因と思われる。サデュラがいうように……この、反応は、地下からだ。――これを授けるので、汚れを討ち払ってほしい』

『――頼みましたよ。我らの聖域が復活したので、悪しき者の汚れは弱まっていますが、注意が必要です』


 すると、ホルカーの大樹から一枚の樹皮が飛んでくる。


『――その〝木片〟は我らの力の一部が入った物だ。それを持てば、汚れに反応してソナタたちを導くだろう』

『――ソナタが頼りなのです。我らたちは、力を使ったので、暫くはこの地に降臨はできません』

『――そろそろか、神界セウロスへの道が狭まる。去らばだ』

『――ソナタの功績は決して……忘れませぬゆえ、頼みましたよ』


 その言葉と共に二つの神である気配は消えた。


 この木片か。

 落ちてきた木片を拾うと、司祭と視線が合う。

 司祭は真剣な顔付きに変わっていた。


「――シュウヤさん。わたしは神々に献身を誉められました。良くぞ悪しき者たちから、このホルカーの大樹を救ってくださいましたね。今後も頼みますと……」


 神様たちは、司祭にも言葉を授けていたらしい。


「そうか、良かったな」


 司祭は、本当に嬉しそうだ。

 また、目元がうるうるとしている。


「……はい。でも、シュウヤさんも凄いですね。祝福が得られたようですし、さっき使い魔が飲んでいたのは、前に話されていた、玄樹の光酒珠ですか?」

「そうだよ。やはり、マリン司祭が話していた通り、祝福が得られた。君の依頼をこなして、大正解だったということだ。ありがとう。俺と出会ってくれて」


 俺の言葉に司祭は満面の笑みを浮かべる。


「はいっ、良かったです。ホルカーの大樹も復活し、わたしは幸せです」

「そうだな。復活できてよかったよ。ロロも真の姿を取り戻したし。でも、最後に仕事を任されちゃった」

「仕事?」

「この地に汚れがあるんだとか。地下にあるとか言っていた。この木片を使い汚れを討ち払えと言われた」

「そ、それは――」

「――ンン、にゃ」


 黒猫ロロが肩へ戻っていた。

 マリン司祭はまた驚き、話しかけていた言葉を引っ込める。


「ロロっ」

「――また、小さくなられたのですね」


 マリン司祭は目をぱちぱちさせて、呟いていた。


 そうらしい。

 いつの間にか小さな黒猫の姿に戻っていたようだ。


「姿、元に戻っちゃったのか?」

「ンン、にゃ? ――にゃぉん」


 黒猫は『まぁ、見てニャ』と言わんばかりに、俺の肩から飛び降りて、地に降り立つと、むくむくっと姿を大きくする。


 さっきと同じく、巨大な獅子的な魔獣と化した。

 魔獣ではなく神獣か。


 逃げていなかった、少数の人々から、一斉におぉっと歓声が沸く。


「おぉ、シュウヤさんの使い魔が……」

「フンッ、にゃお――」


 どや顔してる神獣ロロディーヌ。

 フンっという、鼻息もちょっとした風になる……。


 姿の大きさを自由に変えられるようだ。


「ロロ、小さな姿へ戻っていいぞ」

「にゃ」


 すげぇ、瞬時に小さくなる。


「姿を変えられるのですか。素晴らしい使い魔ですね」

「あぁ、自慢の相棒さ」

「にゃ」


 黒猫ロロは『そうだにゃん』というように俺の肩を足でポンっと叩く。


 その時、


「――どこだぁぁぁっ」


 何処かで聞いたことのある声が響いた。

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