八十五話 プランB好きな鎖使い

 教会には今、気配はない。

 が、埃は溜まっていない。

 ルビアが暮らしていた部屋は小綺麗なまま。

 掃除は街に住む誰かがしているらしい。

 鏡も無傷、この鏡の回収はしない。

 何かあったらここに戻って、また周辺から探索できる。

 中継地点的な場所に利用できる。骨騎士も置かない。

 あくまでも見た目は普通の教会。

 誰も怪しまず、誰も興味を持たない、普通の鏡でいい。

 最終的には回収するかもしれないが、当分はここに置いておこう。


 そんな教会の建物から外へ出る。


 とうもろこし畑と土の道。

 前回来た時と同じ光景だ。


 この間倒した追奴の兵隊たちの遺体を埋めた場所の確認はしなかった。

 さて、フォルトナ山まで向かうとしても……。

 地図もなきゃ大切な足である魔獣ポポブムもなし。

 ポポブムはゲートを越えられるか分からない。まぁ触れているか、近くにいるかで一緒にゲートを潜れば越えられると思うけど、あえて今回は連れてこなかった。


 当初から予想していた二つのプランを試す。

 アイテムボックスからマバオンの角笛を取り出した。


 これを吹けばもしかしたら……。

 口に当て、ピューーとオカリナの音が鳴り響く。

 何回も、緑の服を着たゲームの主人公のようにリズム良く曲を鳴らして吹くが……何も起こらない。

 そう都合よくペガサスが飛んでくるわけじゃないか。

 あの時、冗談で考えていたように、本当にイデオンを探しに宇宙の銀河系を巡る旅に出ているのかもしれないし。


 まぁもう一つの案プランBこそ本物だ。


「ロロ、肩だと危ないかも、最初は頭巾の中にいた方がいい」

「にゃ」


 黒猫ロロは軽く返事すると、頭巾の中に潜り顔だけちょこんと出した。


 よし、<導想魔手>に<鎖>を発動。

 その場で跳躍し、上空へ<導想魔手>を展開。

 宙に歪な魔力の手導想魔手による足場を作って、そこに着地した。


 ――成功。


 <導想魔手>である透明な〝歪な魔力の手〟が作る足場。

 魔察眼で見ないと透明な状態だ。

 その<導想魔手>の足場から、また前方へ高く跳躍。

 

 そして、また直ぐに足下に<導想魔手>の足場を作っては、その<導想魔手>に着地した。

 何回も繰り返して、空高く駆け上がった。


「高い……」


 結構な高さまできた。


「にゃにゃにゃぁ」


 黒猫ロロが興奮してしまい、頭巾から出て肩へ移動してきた。

 風は微風程度なので吹き飛ばされたりはしない。


 薄雲が空にかかる。遠くの地平線は緑色としか判別できない。

 ぐるりと周囲を見渡すが山らしき物はないな。

 地図があれば、わかるんだろうが……。

 ま、無いものねだりをしてもね。


 真下には小さくなった教会に【ベルトザム】の街である全景が窺えた。

 周囲にはとうもろこし畑や畝畑がパッチワークのように続いている。


 畑には農民がいたが、この高さだ。

 俺には気付いていないだろう。

 あ、少し遠くに宿場街道がある。

 とりあえず、あそこの宿屋で情報を仕入れるか。


 移動する前に、黒猫ロロへ注意しとく。


「ロロ、この<導想魔手>が見えるなら降りてもいいが、見えないなら頭巾の中にいたほうが安全だぞ」

「にゃ? ン、にゃあ」


 おっ、降りた。

 一対の紅眼が輝き魔力を溜めている。

 魔察眼らしき物が使えるらしい。


「ロロはやはり神獣か。だが、頭巾の中にいたほうがいい。風がいつ強風になるか分からないからな」


 そういうと、黒猫ロロは黙って頭巾の中に戻った。

 <導想魔手>を使えば跳躍するだけで空を移動できるが……。


 一手間を加えて試す。

 最初は余裕を持って――。


 空中へと跳躍しつつ五つの工程を行う。


 一:<導想魔手>を前方へと移動させて置く。

 二:<鎖>を後追いで<導想魔手>へ射出。

 三:射出された鎖を<導想魔手>で直接に掴むか、<導想魔手>の魔力の手へ直接、鎖を突き刺して空中で固定させる。

 四:前方に伸びている鎖を掃除機のコード巻きのように収斂させて、俺自身を、その前方にある<導想魔手>のもとへ運ぶ。

 五:空中にある<導想魔手>を微調整、足元へ移動させる。


 こんな感じに移動する。

 慣れてくれば速度も格段に上がるはず。


 <鎖>の引っ張る速度や<導想魔手>をバネのように扱えば空中を飛ぶように移動できると予想。


 おっ、良いことを思い付いた。

 この<鎖>をもっと長く放出して鎖の椅子を作るのもいいかも。


 ひょんな思い付きだけど、早速、試す。


 鎖を伸ばしに伸ばして操作。

 伸ばした<鎖>を一ヶ所に集合させる。

 イメージ通りに<鎖>の簡易の椅子を作成。


 掴まる物も欲しいな。<鎖>を知恵の輪のように捻って、バスや電車にあるような吊革の小さな環も作る。<鎖>製の簡易椅子に座り強度を確認。


 少し尻がざらつくが……。

 座っている感じは鋼鉄板の上か、スキーのリフトのような感じか。


 ここじゃ少し不安だ。地上に降りてから試す。


 <導想魔手>を使い降りた。

 地に降り立ち、すぐに実験を開始――。


 今度は違う形状、<鎖>で簡易な鉄足場を作った。

 バイクのペダルに似た感じの<鎖>製の足場だ。


 その<鎖>の鉄足場に両足を乗せたまま、更に<鎖>を伸ばして腰に回す。

 <鎖>で体を固定。

 少し余裕を持たせた両腕で<鎖>を掴む。


 ロープウェイリフトに乗り移動するイメージだ。


 そうしてから、無垢の普通に上る<鎖>を、樹木の上へ狙いつけて――。

 その<鎖>の先端を伸ばした。


 ――太い幹を<鎖>が貫く。

 <鎖>をぐるぐると、操作して樹木に<鎖>を巻き付ける。

 <鎖>を固定。確りと樹木に固定されたか、手首の<鎖の因子>から伸びる<鎖>を引っ張り確認。


 よーし、一直線に繋がった。

 

 もう一度、グイッと、伸びた<鎖>を引っ張って強度を確認。

 よしよーし、バッチグー。

 外れない。

 

 そこで一気に<鎖>を左手首へ収斂――。

 その<鎖>が手首の<鎖の因子>のマークに引き込む反動を利用。

 体を一気に樹の幹へと運ぶ――ギュィィーンと、宙を気持ちよく移動する――。


 そして、<鎖>の足場はまったく動じずスムーズだ。

 ――樹木の幹に到着、成功。

 速度のあるロープウェイか、リフトに乗った気分だった。


 俺の<鎖>は尋常ではないほど速度が出ている。

 <鎖>は伸ばそうと思えば、もう把握ができないぐらいに伸ばせた。


 そして<鎖>を集合させれば、形状をかなり弄れる。

 かなり成長している<鎖>。

 あ、ロープウェイリフトだけではなく<鎖>を集合させれば盾にも使えそうじゃん……。

 色々試したくなってきた。


 本来の目的を忘れて<鎖>を使い続けて色々な造形を楽しんでいった。


 左手を覆うほどの指向性を持つ方盾の<鎖>から――。

 体全部を囲い覆う円丸の盾の<鎖>――。

 槍に似せた<鎖>製のフェイク槍――。

 連なった<鎖>で斬れない蛇剣――。

 左拳を<鎖>で覆い、<鎖>の鉄球的なモノを生成。


 見た目的に鉄球というか鋼鉄ハンマーだろうか。


 その鋼鉄のハンマーを地面に衝突させた。

 陥没する地面。威力はある。


 もしかして<鎖>で翼を作ったら空を飛べるんじゃ……。


 が、そう都合良くはいかなかった。

 作る最中に全身が<鎖>だらけになっちまう……。


 さすがに今のままの<鎖>では、そこまでは無理のようだ。

 んだが、最初は比べたらな。

 真っ直ぐしか飛ばせない<鎖>だった。

 ここまで自由度が高く応用が利くとは……。

 <鎖の念導>を覚えた当初は、色々戦術に使えたり移動に使えるだろうとは考えてたが……実に奥が深いスキルだった。


 俺の戦闘職業には鎖使いという名があったというのに……。

 少し、反省だ。

 <鎖>製の翼だが<導魔術>の範囲でなら可能と思われる。

 <導想魔手>と同じように<導魔術>で魔力の翼を詳細にイメージすれば、まさに翼を食うように毎日修行すれば、いつかは可能に成るのかも知れない。


 が、すぐには絶対に無理だ。

 <導想魔手>だって苦労して長いこと時間かけてやっとスキルとして体現できたが……また、一からイメージして、翼を作り上げるのは至難の技。


 導魔術の大規模な改造は現時点では無理。


 というか、この先もやることはないと思う。

 槍も訓練、実戦を経験すればするほど更に先が見えてくる……。


 更には魔法と剣もある。

 その他の武具に仙魔術……。

 まだまだやるべきことは無限大だ。


 よっほど……暇だったら別だが。


 まずは、この<鎖>で足場と椅子を作る。

 何十回と作り直し、良い具合に鎖椅子を作成できた。

 足場は<鎖>に座るのだから<導想魔手>による足場はなくてもいい。

 移動と固定を素早くやれば済む。

 簡略化すれば二段階の工程だけで空を移動できる。<導想魔手>を前方へ移動させるだけで、あとは<鎖>に座りっぱなし状態で空中を移動するだけ。


 よし、移動してみよう。

 空の旅を想像しながら空へ駆け上った。

 宙に浮かぶ<導想魔手>から<鎖>による鎖椅子に座って、移動を開始する。

 感覚はリフトに乗った特急電車、街外れまで一瞬だ。

 すぐ下に、さっき遠くに見えていた村外れの宿屋がある。

 座っていた鎖を消し、宿屋近くの土道へ<導想魔手>を使い降りていく。


 まずは、宿屋で情報を得る。

 宿屋は横長のログハウス。

 玄関口にある小さい木階段を上って、扉を開けて中へ入っていく。

 中には酒場のように酒を飲んでる客が複数いた。

 そんな客は無視して、宿の主人にフォルトナ山について聞いてみる。


 主人からは巡礼の旅でもするのか?

 と、訪ねられたので、適当に肯定。


 主人によると、フォルトナ山はここから北西の方向にあり畑の畝を真っ直ぐ行けば大きい森にぶち当たると聞かされた。

 大きい森を越えたら、いずれは山が見えると。

 大雑把だが、情報を得たのでもう用はない。すぐに宿屋を後にした。

 街道を走り誰も周りにいないことを確認してから、また<導想魔手>を使い空へと駆け上がる。


 一定の高度に達してから鎖椅子を作成。

 鎖椅子に座り移動を開始した。

 さわやかな風を満喫しながら上空の旅を楽しんでいく。


 もう……二時間ぐらいは経ったかな。

 黒猫ロロも俺の右肩に座りながら、空の景色を楽しそうに眺めていた。


 空には何にも障害がないから速いなぁ。

 目測なので適当だけど、もう五十キロぐらいは離れたんじゃないか?


 下の土道では砂埃が起こり、田畑で渦を巻いている。


 この調子でどんどん行こう。何十キロと移動。

 やがて大きな森が広がる地域が見えてきた。


 そろそろ山が見えるか?


 と、前方を確認するが、見えない。

 その数十分後――普通に移動するのに飽きたので、大声を出しながらターザンのように空を移動していたところ、下にいた住民に見られてしまった。


 慌ててすぐに<隠身ハイド>を使用。


 急ぎ樹木へと<鎖>を打ち込んで木々の間へダイブした。

 森の陰へ姿を隠す。麦わら帽子を被った住民は空を見上げて、きょろきょろと頭を動かしていたが、首を傾げていて家に入っていく。


 ほっ、バレなかった。

 <鎖>の移動速度が速いから判別できなかったようだ。

 というか、バレてもどうってことはないんだけど。

 自然とよくないことをしている気分で隠れてしまった。


 まぁ……でもここは宗教国家のテリトリーだ。

 隠れて正解だろう……そんなことを考えながら、背丈の高い樹木の上方に<鎖>を打ち込み、鎖を収斂――体を樹木へぶつける勢いで運ぶ。

 

 その近付いた幹を蹴り踏み台にしては、一気に前へ飛ぶ。

 幾つも木々の間を突き抜けて移動していく。


 暫くして……太い枝へと膝をつけるように、着地。

 枝から斜め下を見た。そこには小さな村があった。

 右には広葉樹の木々がある。

 左には街道と、ひまわりに似た花畑もあった。

 ひまわりの花畑では、養蜂をしているのか小さい藁箱もある。


 自然が豊かな田舎の村か。


 樵な人が多く、斧を携えた人たちが斧を振り上げ振り下げる。

 伐採で、低音と高音が響かせていた。

 松の樹液と思われる匂いも漂ってきた。


 今も樵が一生懸命に樹木を伐採し、木片がぱっと周りに散らばる。

 ラグレンより姿は小さいが、マッチョマン系の人たちだ。


 ここからだと山はまだ見えない。

 もっと高い位置で確認してみるか。


「相棒、少しばかり上へ向かうから頭巾の中な?」

「ンンン」


 相棒は喉声で返事すると頭巾の中に潜る。


 その黒猫ロロの体重を背中越しに感じながら跳躍を開始。

 <導想魔手>を使い空高くへ移動していく。


 目測で六百メートルを超えたぐらいの標高だろうか。

 ……寒い。この辺りから強風だ。

 <鎖>を壁のように変化させて小円を作り風を防ぐ。

 隙間があるが、だいぶ風の勢いは収まりやわらいだ。


 早速に進行方向である、遠方を観察。

 おぉぉあった。山だ……かすかに見える。

 遠くに、湖らしきものと大きな山が観察できた。


 あそこへ向かおう。


 風が強いので、下降してから空の散歩を楽しんだ。

 ……三時間ぐらいは経つと、急に空の上に漂うモンスターの数が増えてきた。

 一旦、止まる。この辺りが森林が多いからか?

 森林が広がる上空には大型の蝙蝠系、竜種たちに加えて、見たことのない灰色の翼を持つゴリラ顔のクリーチャー姿のモンスターがうじゃうじゃと空を飛び屯していた。


 あの数は不気味。俺は翼が生えている訳じゃないので、空では戦いたくない。

 高度を下げて、森林地帯から進むことにした。


 背丈の高い木々の幹に<鎖>をぶち込んでは手首へ収斂させ移動をしていく。

 さっきと同様に太い幹を蹴り方向を変えて、再度<鎖>を違う樹木の幹へ伸ばして同じように収斂させ前進する。

 これが良いように嵌まった。ここはエルフたちが住むような森林地帯。

 太い枝や太い幹を擁する樹木が豊富に乱立しているので、足場が沢山ある。だから<鎖>と<導想魔手>を使うことにより非常に安定して素早く進むことができた。


 そんな木々を利用した移動の最中にも、森に生息する見知らぬモンスターたちの姿を大量に見かける。


 だが、俺には近寄ってこない。

 正確には、近付いてこられないが正解か。


 今進んでいる速度は上空を鎖椅子に座って進んでいる速度とそう変わらない。

 この状態なら立体機動を生かした素早いモンスター狩りができそうだ。

 だけど、今は移動を優先する。

 有名な忍者漫画のように太い枝先を踏み蹴り跳躍――。

 <導想魔手>と<鎖>を使い――。


 木々を飛び越えては楽に進んでいった。

 景色が良い空の旅もいいが、素早く移動するならこっちのほうが楽だ。


 数時間後、木立を抜ける。

 山と湖が近くに見えた。街道もある。

 お、あの街道の先、街か? 壁に囲まれた街だ。

 湖と山の間に小さい街があるようだ。

 木立から地面へ向けて跳躍。

 回転しながら地に着地。足跡を残すように深く地面を蹴りっ前進。


 ――街道を走っていく。


 街の近くにあった高い樹木へ駆け登り、太枝に片膝をつけた状態で街を見た。

 低い壁に囲まれた中に木製の家々が立ち並ぶ。


 【ホルカーバム】より小さい街。

 大きな湖のある青い外縁部には船が大量に停泊してるのが見えた。

 【フォルトナ山】もすぐ近くに見えるから、この街なら水神アクレシスの情報が得られるはずだ。


 はやる気持ちを抑えながら枝から飛び降りて、街道を走る。

 黒猫ロロが四肢を躍動させて街道の先へ走っていく。


 先にチェックしたいらしい。


 さて、そんなことより……。

 この外套を着た状態で、この街に入っても大丈夫だろうか。

 ルビアは迫害される可能性があると話していたが……。

 この街が宗教色に染まっているとしたらヤバイ。

 光神だけの一神教が色濃く反映している文化かも知れない。


 でも、地理的に考えたら違うか?


 水神アクレシスという湖の名前が、南の【大砂漠】を越えて【オセベリア】にまで届いているし……ま、勇気を出して行ってみるか。


 道の先にある街の木製の門は開いていた。

 潜って街の中へ何事もなく入っていく。

 門の上には黄土色の制服を着る兵士らしき人物がいたが、俺のことは見向きもしなかった。


 先に進んでいた黒猫ロロが街中から走り戻ってくる。

 いつもの定位置に飛び乗ってきた。


 さて、まずは宿か酒場を探すか……小さな街の門から続く目抜通りと思われる人々が行き交う大通りを真っすぐ進む。

 通りを行き交う人々は、俺の外套に関して見向きもしないし驚く人は皆無。

 大丈夫のようだ。いらぬ心配だった。

 ルビアは教会で長く過ごしていたから、その影響なのかもしれない。

 小さい街だが、人口はそれなりに多いようだ。だが、通る種族は人族ばかり。


 ドワーフや獣人は数が少ない。

 街を見学するように見て回った。


 右隅に馬囲いがあり馬喰たちの集団が屯している。

 お、ギルドだ。左の角には冒険者ギルド【フォルトナ】と書かれた看板がある。

 冒険者ギルドはここにもあるのか。

 それに、フォルトナがこの街の名前。

 フォルトナ山が目の前だし当たり前ともいえる。


 冒険者ギルドの横には、色々な店が並び小路も見えた。

 武器屋、防具屋、雑貨店、葬儀屋、土産屋、教会、宿屋に細かい路地。

 宿屋は酒場と合同で店をやっているようだ。

 フォルトナの酒宿と、木彫りされた看板が立て掛けてある。


 二つの木造店が重なり大きい店舗になっていた。


 まずは定番通り、ここの宿に泊まり情報を得る。

 早速、木製の扉を押し開き中へ入っていく。

 宿は左にカウンター席が縦に並び、中央から右辺にかけて食堂、宿部屋に続く廊下があった。


 伽羅きゃら色の肌を持つ女将さんらしき中年の女性を発見。

 カウンター席の向こう側で多数の客を相手にしている。

 彼女へ近付いていくと、話し掛けられた。


「いらっしゃい。泊まりかい? 食事だけかい?」

「ペットありで、二日ぐらい泊まれますか?」

「勿論さ、一人で、一泊夕食事付きで銀貨一枚だね。それから生活魔法が使えないなら風呂は小銅貨五枚で手伝いのレポイに頼むといいよ。使えるなら大桶が部屋のベランダにあるからね。自由に使うといいさ」


 俺はアイテムボックスを操作して、銀貨二枚を取り出す。

 その時、一斉に周りの客から俺に視線が集まった。


 アイテムボックスは珍しいらしい。


「わお、そんなマジックアイテム初めて見た。あんた迷宮に挑むような凄腕な冒険者なんだね?」


 女将も例外ではなく、驚きの表情を浮かべていた。

 代金の銀貨より腕輪に熱い視線を送っていた。


「いや、まぁ、その、冒険者だが。金はここに置きましたよ」

「わかってるよ――それで、この巡礼者が集まる街に何の用なんだい? あっ、もしかして、アクレシス湖の蛇竜ヘスプか青龍ラスティス退治かい? それか、フォルトナ山に住む怪獣七つ足ロペリオン退治とか?」


 女将は金を受けとると、矢継ぎ早に質問を繰り返した。

 そんな討伐を待っているようなモンスターがいるのか。


「依頼はまだ決めていないです。アクレシス湖といえば、アクレシスの神像や神殿はあるのですか?」

「そりゃ、当たり前さ。神殿ならこの街の港近くにあるよ。それからこのフォルトナの街周辺にもアクレシス像は転々とあるさね」


 像は周辺にも幾つも存在するらしい。


「港か、後は、この辺で有名な場所は?」

「あるよあるよ。名所がね。フォルトナ山には、光の精霊フォルトナ様の〝奇跡の岩絵〟もあるし、光神ルロディス様の〝声上げ神像〟が特に有名だよ。後、水神様が齎す〝アクレシスの清水〟も有名だねぇ」


 女将は地元に誇りがあるのか、商売柄か嬉しそうに語る。


「水神様ですか、興味があります」

「お、依頼の前に水神様へお祈りでもして行くつもりかい?」

「えぇ、そのつもりです」

「そうかい。さっきも言ったけど神殿は港の方だからね? 何の依頼をこなすにせよ、頑張るんだよ。で、泊まる部屋だけど、廊下の突き当たり一番奥にある〝精霊の部屋〟が部屋の名前だからね。これが鍵」

「はい――では」


 銅製の鍵を受け取る。

 皆が俺に視線を向けるが、無視。

 食堂を抜けて廊下から部屋に向かう。


 精霊部屋と書かれた扉を開けて、中に入った。


 まぁまぁの広さ。寝台が二つ。

 その横には、無垢な木製のサイドテーブルとくすんだ色の箪笥があるだけ。

 ベランダがあるので広く感じるだけか。

 大桶も確認。


「ン、にゃ」


 風呂用の桶を確認していると、黒猫ロロが頭巾の中から這い出て肩から右腕に移動してきた。

 器用に腕上を歩きながら、その俺の腕を蹴って寝台上へ飛び乗り遊んでいる。


「痛っ、それ、好きだなぁ」


 後脚に生えた小さい爪が皮膚に引っ掛かり血が流れ痛かったけど……黒猫ロロが楽し気に跳ねて遊んでいるので、怒らなかった。


「ンンッ、にゃ」


 部屋の確認はこれでいいだろう。

 早速、港へ向かうことにする。


「相棒、先に行くぞ」

「ンン」


 寝台上で遊ぶ黒猫ロロを呼び寄せる。

 飛び跳ね遊びながら喉声だけを鳴らした黒猫ロロを置いて部屋から退出した。

 宿を出て通りを歩いていく。

 すると、黒猫ロロが何か文句をいうように鳴きながら俺を追い掛けきた。

 後ろからジャンプしてきたのか、いつものように肩に乗ってくる。

 髭を下げて不満気な可愛い黒猫ロロの頭部を撫でてやると、機嫌が直ったのかゴロゴロと甘えん坊のタレ子ちゃんの音を鳴らしてきた。

 そんな可愛い黒猫ロロとイチャイチャしながら目抜通りを歩き、魚肉ソーセージのような肉棒が焼かれている露店を覗きつつ港へと向かう。


 おっと……。

 背後から何人か、ついてくる気配があった。

 宿屋に泊まっていた連中かな?

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