八十四話 花顔柳腰

「待てよ」


 ミアの手を掴む。


「どこにいくんだ?」

「――ぁ、えっと、部下の弔いです。ビクターとデュマだけでも、弔おうと思います」

「俺も手伝うよ、戦場だった場所はこっちだ」

「はい」


 血が染みる戦場となった灯篭通りで部下たちの死体数体とビクターとデュマの死体を見つけては燃えた店の跡地へ死体を運ぶのを手伝ってあげた。

 ミアは簡易な墓を作ると、泣きながら弔辞の言葉を紡ぐ。


「ガイアの天秤のために戦い、死んでいった者たちを忘れません。わたしにとって、皆は部下ではなく家族でした。仇は忘れません。いずれ【梟の牙】を必ず撃滅するでしょう。わたしは、その思いを糧に生きていきます……ガイアの神よ。……皆の魂が平穏に包まれ大地に眠り続けていけますように、お願い致します……」


 ミアはキリスト教のポーズと同様に膝を折って地面につきながら両手を胸前で組み、神に祈っていた。


 数分後……。

 彼女はおもむろに立ち上がり、俺を見つめてくる。


「これからどうするんだ?」

「……冒険者ギルドと宿を見つけに、そして“名”を変えて【迷宮都市ペルネーテ】へ向かおうかと」


 名前を変えるのか。

 もう【ガイアの天秤】は潰れたのだから、そこまでしないでも大丈夫だとは思うが。


「名を変えて、冒険者か」

「はい。当面は冒険者の仕事をこなして強くなって金を稼ぎます。【ペルネーテ】には昔の学院で育った仲間がいますし、なにより【梟の牙】の本拠地です」


 あれほど、拘っていた冒険者。

 だが、ここで強引に引き留めても本人が決めたことだ。


 さっきは怒りや憎しみの澱んだ目で“助けてください”と言っていたが、今のミアの目からは決意が感じられる。完全に自制心を取り戻していた。

 復讐が目的とはいえ、生きる指針は大切だ。

 仲間を慮って厭世的えんせいてきになり自殺をしないだけ、マシだ。

 が【梟の牙】は支部を潰した俺のことは探すだろう。

 盗賊ギルドが俺側についているから情報の流出は鈍化すると思うが、これからも向こうから絡んでくると予想できる。


 だからミアが何をするまでもなく、俺が先に潰しちゃうかもな。

 が、彼女は俺に対してハッキリと責任を負おうとしないと言ってくれた相手だ。

 彼女を側に置いて俺の目的に巻き込んででも、守ってやることを考えるべきかもしれない。


「……そうか。だが支部を潰したとはいえ、【梟の牙】は大きい闇ギルドの一つ。俺を見つけて対処してくると思う。だから、俺と一緒にいた方が“仇”は早く果たせると思うぞ?」


 正直に言えば、美人なミアが近くにいれば……嬉しい。


「はい、そうなるでしょう。でも、自分の力量はわたしが一番把握してますから、シュウヤさんと一緒に行動しても足手まといになるだけです。だから、シュウヤさんが【梟の牙】を潰してしまっても構いません。それより、今は純粋に強くなりたい……シュウヤさんのように。だから、最初は一人で、一から何もかも……努力をしたいんです」


 ありゃ、復讐を自分の糧にするのか……頭が良い大人だな。

 と言うか守ってやるとか、上から目線のゲスい俺が恥ずかしい。

 応援しようじゃないか、若人の旅立ちを。


「……なるほど、わかった。これからは同業者か。頑張れよ。俺も仕事を幾つかこなしたら【ペルネーテ】に向かうつもりだ。そこで、いつか会うかもな」

「はい。もしかしたらそうですね。わたし、もっと強くなりますから。そして、絶対に……」


 互いに、優しく微笑む。


「あぁ、わかってる」

「はいっ、シュウヤさん――っ……では――」


 ミアが突然駆け寄ってくると、少しジャンプして、俺の頬へ唇をぶつけるように不器用なキスをしてきた。

 そして、はにかんだ笑顔を見せて去っていく。


「えっ……」


 ふいをつかれる。

 女の微かな匂いと頬に残る唇の感触を指で楽しみながら、黒髪が揺れる美女の背中を見送った。


「ン、にゃ?」


 黒猫ロロが頭巾から肩に移動して、鳴いている。

 “このまま行かせていいのかにゃ?”とか思っているのだろうか? いつもと少し違う黒猫ロロの態度から、そんなニュアンスが読み取れる。


 そんな黒猫ロロへ向け、舌を出して、大御所コメディアンのポーズを何回か繰り出しておちゃらけて話す。


「イイんだよっ。ロロ、彼女が自ら選択したんだ。あいつは頭がいい。俺という保護者がいては成長の妨げになると自ら判断したのだろう……それに俺たちは“玄樹の光酒珠”、“知慧の方樹”の手懸かりを追うのだろう?」

「にゃ? にゃ」


 俺のふざけた調子で説明する様子に黒猫ロロは紅い瞳が点になっていた。

 ……気にせずにその黒猫ロロへ話を続ける。


「宿に帰ったらメリッサと話をして、明日か今日の夜にでも、パレデスの鏡を使い、ルビアがいた教会に飛ぶからな? そこからフォルトナ山を目指して、水神アクレシスの清水をゲットだ。もう一つの素材のサデュラの葉は一番最後だな」

「ンン、にゃ、ン、にゃぁ~ん」


 黒猫ロロは俺の話を聞くと内容がわかったらしく、肩からムクッと上半身を起こし、ぽん、ぽん、ぽん、と両足を使って、俺の肩をリズムよく叩き出した。


 そして、触手を俺の頬の下の首筋に伸ばし触れてくる。


 『遊ぶ』『約束』『狩り』『遊ぶ』『遊ぶ』『嬉しい』


 といった感情を続けざまに送ってくる。


 可愛くなったのでロロを抱きしめてやった。

 お腹の柔らかい感触を存分に味わう。


 ごろごろ喉を鳴らすロロを肩に乗せてから高級宿に戻り帰路につく。

 しかし、その帰り道――背後に気配を感じ取った。

 まさか、生き残りの【梟の牙】? ヴァンパイアハンター? と考えが過ったがどれも違う。


 この独特の精度は【ヘカトレイル】を出発する時にも感じたモノと同じだ。


 一流処の追跡者もあながちパターン化して特定しやすい。

 ま、これは掌握察があるからの話だけど。


 【ヘカトレイル】で俺を追っていた追跡者と同じく、接触は試みないタイプらしい。


 何もないまま、高級宿に到着した。

 ……背後のつけてきた気配が消える。

 追跡だけか。宿の敷地に入った途端に反応が消えやがった。


 まぁ、念のため……背後の確認ついでに宿の手前にある厩舎へ寄り道をする。


 ポポブムに挨拶しといた。

 俺を見るなりプボップボッと生きの良い鳴き声を聞かせてくる。

 黒猫ロロは相変わらず素早い行動で、ポポブムの頭の後ろへ乗っかり抱き着いている。


 餌も高級なのか体調管理は完璧のようだ。

 ポポブムの肌はどことなく艶やかさがある。

 さすがは高級宿に備えられた厩だ。


 しかし、背後をついてきた奴……姿は見せずか。

 ポポブム弄りをしながら外を見てたけど、何にもおこらず。


 宿屋の玄関から入り部屋へ戻る。


「ロロ、部屋に入っても、風呂に入るまでベッドにダイブは禁止な?」

「にゃっにゃ~ん」


 部屋の取っ手を握りながら、黒猫ロロへ注意を促す。

 黒猫ロロは耳を凹ませながら、返事をしていたが、四肢を躍動させて部屋に突入。

 そのまま机の上に跳躍して乗っかり、フルーツが盛られている皿の端に頭を擦りつけていた。


「フルーツを落とすなよー」

「にゃにゃぁん」


 何がしたいのかよく分からない黒猫ロロを横目に返り血が乾いてこびりついてるイリアスの外套を洗い、防具の手入れを行ってから風呂に入った。


 風呂上がりに、アイテムボックスを覗く。

 下の方へスクロールさせて、短剣と長剣の名前をチェックした。


 古魔書トラペゾヘドロン×1

 第一級奴隷商人免許状×1

 古竜の蒼眼×1

 古竜の短剣×35

 古竜の長剣×4

 古竜の大鱗×138

 古竜の小鱗×243

 古竜の髭×10

 レンディルの剣×1

 ヤゼカポスの短剣×1

 紺鈍鋼の鉄槌×1



 ―――――――――――――――――――――――――――


 レンディルの剣とヤゼカポスの短剣がオゼが持っていた武器だ。

 紺鈍鋼の鉄槌はビクターが持っていた奴だな。


 この魔法の短剣の名前からして曰く付きのようだ。

 売らずに実戦用に使うか。ヤゼカポスの短剣は取り出して、胸ベルトに装着。

 チェックを済ませると、他の手入れしていない防具を弄りながら夜までベッドの上で楽に過ごす。


 数時間後、高級宿の二階でメリッサと情報交換を行っていた。


「なるほどなるほど……でも、こないだ別れてすぐですよ?」

「そうなるな。メリッサだって歴史の一ページとか話していただろ? それに【ガイアの天秤】の場所も教えてくれたし」

「ですが前代未聞ですよ。前日に【梟の牙】が兵士を大量に集めていると情報が行き交い、もう、てんてこまいで忙しい日だと嘆いてた次の日に、その【梟の牙】の幹部が殺され、その兵士たちが全滅!? とかの情報が入ったのですから……【ホルカーバム】内の情報は錯綜して、うちの【ベルガット】だけでなく他の盗賊ギルド全てが完全に混乱状態です。もう、本当に大変だったのですよ?」


 メリッサはちょっと呆れるわ~みたいな目を細めた顔を浮かべている。


「そりゃ、済まなかったな。忙しかったのに大丈夫なの?」

「いえいえ、今となっては嬉しいんです。勿論、忙しかったですが、シュウヤさんからのご指名は特別になりましたからね。その張本人のシュウヤさんが、わたしを指名してくれましたし、そのお陰で、わたしはここに来られたのですから」

「ん? どういうワケ?」

「実はわたしたちの間でも、色々と一悶着がありまして……」


 メリッサは視線を斜めに向けて、喋っている。


「一悶着?」

「はい。実は【ベルガット】では、シュウヤさんの情報を収集するうえで……取り合いになってしまったんです」

「取り合い……ついに、俺の隠れた魅力が爆発したようだな……」

「……シュウヤさん、変な顔を浮かべて……頭、大丈夫ですか?」

「すまん、ボケてみた」

「ふふ、ですから、上客となるシュウヤさんの情報の奪い合いになったのです。そして、そのシュウヤさんがわたしを逆指名してくれたので【ベルガット】でも正式に選ばれて、ここに来ることができました」


 メリッサは得意気に金色の眉をぐいっと釣り上げて笑顔を浮かべる。


「そんなことに」

「えぇ、因みにボスからは『【城塞都市ヘカトレイル】での出来事ご活躍を知ることが出来ました。そんな訳で今回の件、納得です。死なないようにと忠告するつもりでしたが、余計なお世話ですね。今後とも末長くお付き合いをお願いします』と、言伝てがありました」


 魔竜王戦の噂を聞いたのかな?


「そうか。俺からも“これからもよろしく、綺麗なマニキュアでしたね。今度は是非紅茶でも”とディノさんへ話しておいてよ」

「最後のは聞かなかったことにします……」


 はは、睨みが凄い。

 話を変えとこ。


「でも、俺が指名してよかったのかな……盗賊ギルドも、これから【梟の牙】に本格的に狙われるんじゃ?」

「その点は大丈夫です。実はボスがシュウヤさんを大変気に入ったようで、ごにょごにょ……」


 そこはベルガットのボスであるディノさんが活躍しているらしい。

 あらゆる方面に根回しをして情報を制限したそうだ。

 なので、メリッサを含む【ベルガット】側の情報が漏れることはないそうだ。


 俺の場合は少し漏れてるらしいけど……。


「ディノさんの情報操作か」

「はい。わたしたちは大丈夫です。逃げ延びた【梟の牙】に雇われていたヒラ兵士たちから多少の情報は漏れるでしょうが、誤差の範囲内です」

「誤差か」


 誤差がまた絶妙な嘘と本当が交じり混乱を生みそうだ。


「はい、それと、お陰でわたしは位が上がりました」


 位ねぇ、出世か。嬉しそうな顔だ。


「位か、詳しく教えて」

下位ロー中位ミドル上位ハイ機密位ウルトラといった具合ですね。わたしは下位ローの通称〝商売女〟でしたが事務方ではトップの上位ハイへと、いきなりの大出世です。これで、妹に楽をさせられます」


 メリッサはうきうき状態。

 笑顔がさっきから絶え間なく続いている。


上位ハイになると、どうなるの?」

「危機管理権限が五になり、魔道具の装備が幾つか義務付けされ、個室が貰えて、部下を持ち、組織員インテリジェンスオフィサー、またはエージェントとして名乗れます。商売女は卒業です」


 メリッサの耳にはイヤリング、手には指輪や腕輪を身に着けている。

 その何れもが魔力を内包していると分かった。


 でも、エージェントとか聞くとCIAや国家安全保障局NSAとかイメージしちゃうな。

 本当に盗賊ギルド? まぁ、こんなことは聞けないけど。


「……部下持ちかぁ」

「はい。シュウヤさんの他にも、専門の客が何人か用意されまして、新しい部下と共に、てんてこまいの忙しい状態です」


 情報の売り買いも大変そうだ。


「やっぱり、上客の情報とは高くなるのかな?」

「はい、物凄い高値になります。特にシュウヤさんの情報は制限されて機密状態です」


 俺の情報は機密扱いらしい。

 盗賊ギルドとはこんな感じなのか。

 そんな【ベルガット】以外にも盗賊ギルドと呼ばれる存在が気になる。


「【ベルガット】以外にも大手の盗賊ギルドは存在する?」

「はい、勿論。ライバルは多いですね。【サイザーク】、【ロゼンの戒】、【幽魔の門】辺りが有名でしょうか」


 有名な大手盗賊ギルドは四つか。


「【国】が持ってる【諜報機関】や、支配している【裏の組織】とかは?」

「【オセベリア王国】ですか?」


 国ごとにそういう組織はあるってことかな。


「うん。他の国にもあるんだ」

「はい、当然ありますよ。【オセベリア王国】が持っていると言いますか、直接的なモノですと【白の九大騎士】、または【九大騎士】、通称ホワイトナイン。が存在します。他には支配ではなく【オセベリア王国】と協力関係という形で【ベルガット】を含めて無数の盗賊ギルドが協力関係にありますね。支配していると言われているのは【サーマリア王国】の【ロゼンの戒】と言われていますが、詳しくは分かりません」


 白の九大騎士ホワイトナインねぇ……。

 前にヘカトレイルで肉を食ってる時に冒険者たちが彼等について話していた噂を聞いたことあるな。


 しかし、国、闇ギルド、裏の組織、盗賊ギルドがこうも入り乱れていると、リアルに二重スパイや三重スパイがいる可能性は十二分に有り得るな。

 想像だが、暗殺どころか魔法かスキルによる口封じに精神操作とか、違った意味での、闇の世界がありそうだ。


 他の盗賊ギルドのことも聞いておこ。


「サーマリア王国が盗賊ギルドの【ロゼンの戒】を支配か。他の大手盗賊ギルドの本拠地はどこ?」


 国や大きい都市は限られてるし、ある程度予想はできるが。


「【サイザーク】が【王都ファダイク】を含めた【レフテン王国】に強い影響力を持っています。機密局の特異部隊【黄昏の騎士】との連携が深いようです。【幽魔の門】は国を跨がる勢力を持っていて、特に【城塞都市ヘカトレイル】、【塔烈都市セナアプア】、【迷宮都市ペルネーテ】に強い。としか、分かりません。本拠地の詳細な場所は機密になるでしょうし、場所を変える場合もありますから」


 そりゃそうなるか。


 後は、大国【オセベリア王国】が持つ、【ホワイトナイン】という名の諜報機関のことを聞いておく。



「……その【白い九大騎士ホワイトナイン】とは、その名前通りに九人の大騎士たちだけ?」

「いえ、九大騎士の下には数千名の職員と兵士がいるとか」


 随分と大規模な組織だ。


「九大騎士の名前は強そうだけど」

「はい。九大騎士は強さに序列があるんです。有名な大騎士序列一位グレートナイト・オブ・ワンが率いる親衛隊と守護聖獣が存在するお陰で【王都グロムハイム】は五百年は安泰だとか言われています」


 序列か。九大騎士とは、そんなシステムなんだ。

 覚えておこう。

 守護聖獣の言葉は前にも聞いたことがあるけど、一応聞いてみよ。


「その守護聖獣とは?」

「知能ある優しき古代竜エンシェントドラゴンです。代々王族の王太子がドラゴンテイマーとして古代竜の相手を務めています。竜魔騎兵団団長であり、竜騎士隊のトップですね」


 知能ある優しき古代竜エンシェントドラゴンとは驚き。

 もしかして、ハイ・エンシェントかもしれない。

 あの高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアでもある魔女婆の知り合いか? 


「……その大騎士たちに加えて、ドラゴンライダー部隊があるから【オセベリア王国】は強国なんだな」

「そうですね。帝国も同じような規模と陣営を誇りますが、草原都市、湖の都市と呼ばれているルルザックを奪い返した状況で、今のところは王太子率いる竜魔騎兵団の一部隊が活躍していると聞いています。順調のようです」

「それを聞くと、そのホワイトなんたらは、裏の組織には聞こえないけど」


 俺の意見にメリッサは頷く。


「確かに【ホワイトナイン】は軍隊ですが、情報を集める組織も兼ねてますから」


 聞くとこによると、ホワイトナインとは、諜報機関と軍隊が合体した組織か。

 アメリカで例えると、情報支援活動部隊ISAや陸軍のデルタフォースが合体したようなもんか?


 他の組織も気になるけど、情報はもういいかな……知らない情報を詰め込んでも頭がパンクしそうだし。


「……なるほど。今日のところは情報はもういいや。それと、俺、明日からは出掛けるから、ここに来ても居ないと思う」

「都市を出るんですか?」

「内緒――」


 微笑みながらメリッサの隣に移動。


「だから、離れる前に……な?」


 綺麗な彼女の花顔を見つめる。


「内緒は気になりますが、はい。今晩はそのつもりで来たんです――」


 メリッサは俺に肩を寄せてくる。

 彼女のこぶりな肩を見ながら腰に手を回して抱きしめてあげた。

 柳のようにしなやかな感触。


「シュウヤさんは、きっとモテるんでしょうね……」

「どうだろう、わからないや」

「もう、否定はしないんですね――」


 メリッサも野暮なことはあまり突っ込まない。

 お互いに大人の男と女だ。

 彼氏彼女ではない肉体関係も良いだろう。


「ンン、にゃ」


 彼女の唇へキスをしようとしたら黒猫ロロが頭巾から肩へ移動。

 机へ飛び乗った。すたすたと床へ降りて螺旋階段を降りていく。


「ロロの奴、気を使ってるらしい」

「ロロちゃん……」

「それじゃ、俺の部屋へ行こう」

「はい」


 そうして、久々に女を抱いた。

 黒猫ロロディーヌが呆れるか分からないが、夜中過ぎまで情事を繰り返す。

 激しくしたせいか、その途中でメリッサは気を失ってしまって大変だった。


 朝にはケロッと元気な顔を見せていたけど。

 彼女は起き抜けのしどけない格好で、笑顔を浮かべている。


 そそる格好のメリッサの足元には黒猫ロロの顔があった。

 ベランダから侵入したのか、いつの間にか戻っていたらしい。

 鼻をくんくんと動かしているので、雄と雌の匂いに気がついたようだ。


 メリッサは帰り際に“またお願いしますね”と耳元で囁き、濃厚なキスをしてきた。

 そして、スキップするように部屋を後にしていく。


 はは、嬉しそうだ。俺も嬉しいけど。

 さて、フォルトナ山へ向かう準備だ。

 受付係に部屋を暫く留守にすると知らせておいた。

 宿屋には春終わりから夏の季節を越えての期間分、金を支払っている。

 まだ、夏の季節まで二十九日以上あるから、それまでには帰還できると思うが、大商会の幹部との約束の日である“夏の季節二日目”までには帰ってきたい。


 <鎖>が思うように使えれば早く済むと思う。


「――よし、ここでいい。この部屋に置いた鏡には触るなと注意しといたから、大丈夫だろう」

「にゃ」


 パレデスの鏡を部屋の隅に設置。

 元からこの部屋にあった調度品に見えてくる。


 鏡のデザインが洋風なので違和感がなかった。

 ゴシック調の流線模様が美しい。古めかしいがシンプルなデザイン。


 そこで二十四面球体トラペゾヘドロンを取り出す。

 目的は三面のゲート先、ルビアが住んでいた場所。

 他の面……覗いただけのゲート先に、もしかしたら目的の場所に近いところがあるかもしれない。でも、ある程度の地名が分かっているほうが楽。

 イチイチ調べるのは大変だし、だから三面の先へ行く。

 でもいつか、遠い未来には……他の全てのゲート先に突入して探検はしておきたいな。

 三面を表にして記号をなぞりゲートを起動させる。

 二十四面の球体はいつものように回転、折り畳まれ、光のゲートとなった。


 ゲートの先にかつてルビアが生活していた部屋が映る。


「ロロ、行くぞ」

「にゃ」


 ゲートを潜りルビアの部屋へ入った。

 これで、また【宗教国家ヘスリファート】の圏内に入ったことになる。

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