八十二話 灯篭通りの仁義なき戦い

 

「それじゃ、俺も」

「シュウヤさん。冒険者の貴方が、また、危険に飛び込むのですか?」


 ミアさんは悲しみの感情をはっきりと顔に出す。


 この間から、ずっとこれだ。

 助けられることが気に食わないようだ。


 俺は黒猫ロロを肩に乗せつつ、


「そういうことになるのかな? 何か文句があるようだが、それは今度……」


 と、告げた。

 その場でミアさんへ向けて片腕を泳がせてから別れた。

 会議室から飛び出し階段を駆け下りる。


 ビクターとデュマの姿を探した。

 前方の石灯籠の前では、もう戦いが始まっている。

 人族や獣人が叫び、野獣染みた雄たけびが飛び交う、殺し合いの激闘だ。


 こりゃ、戦争だな。


 遊歩道の石灯籠は、その殆どが壊れている。

 鉈と長剣で斬り合い、槍を振り回し、槌や素手で相対相手を殴り倒す。

 地面には死体が転がり、あっちこっちで血溜まりができていた。


 ランチェスターの法則があるように、戦争は数で決まるとか言うが、本当にそうらしい。


 敵の暗褐色集団のほうが明らかに押している。

 俺も遅れて参戦――。


 俺の周囲に狂騒顔を浮かべた血塗れた十数人が集まってきた。


 黒猫ロロも戦いの雰囲気を感じ取る。

 毛を逆立てながら俺の肩から飛び降りた。

 なにも鳴かずに黒豹と化して牙を見せつけた瞬間、近付く暗褐色の敵へ向け触手骨剣を伸ばしては、胴体と首を刺して殺していた。更に、力強い四肢の動きで飛び跳ねるように移動している。

 もう、次の獲物を狙っていた。

 はえぇ、さすがだ……神獣の片鱗を見せつけてくれるな。


「こいつ無手の馬鹿だ、やっちまえっ!」


 戯言は無視。俺も頑張っちゃうぞっと、小さな気概を思いながら魔槍杖バルドークを右手に召喚する。


 俺を馬鹿にした暗褐色ローブ野郎は、剣の<刺突>の構えだ。

 得物の切っ先を伸ばしつつ、突然出現した魔槍杖バルドークに驚いている。

 そして、遅い。 

 その魔槍杖を斜めに振るい上げた――。

 ローブ野郎の腹の下辺りに紅斧刃を直撃させる。

 そのまま柄の握りを強めて、魔槍杖を持ち上げた。

 穂先の紅斧刃が暗褐色のローブを巻き込みつつ敵の胴体をもぶった斬った。


 物別れになった二つの肉塊――。

 何十回と宙を回転しつつ臓物を撒き散らした。


 激しく血の雨が降りしきる中――。

 弓を構えている敵が視界に入った。


 あの飛び道具野郎の敵から優先だ。


 その弓使いへ向けて<鎖>を射出。

 <鎖>は地を這うように突き進む。

 <鎖>は弓使いたちの足を貫いては、とぐろを巻くように胴体を巻く。

 仕留めていった。

 弓使いは複数いたが、魔法使いはいないようだ。


 まだまだ、数が多い。


 魔槍杖の紅矛を地面に突き刺し、魔槍杖を棒高跳びの棒のように扱いながら群れの中へ――「ぬんっ!!」っと、気合い声を発しながら飛び蹴りを行い、暗褐色ローブの弓持ちを吹き飛ばす。続けざまに、地面から魔槍杖を掬い上げ、周囲へ回転斬りを行う。襲い掛かってくる敵の群れへ紅斧刃を吸いこませ、一気に数人を屠った。


 その直後、俺の周りにいた敵は背中を見せるように一目散に逃げ出していく。


 逃がすかよっ! 地を蹴り、逃げる奴との距離を一瞬で縮めながら、逃げた奴の背中へ向けて魔槍杖の後端を振り下ろす――石突、蒼い竜魔石の塊が背肉を捉え背骨をひしゃげ折る。


 他の逃げていた奴らは逃げても無駄と判断したのか、観念するように動きを止めていた。

 彼らは得物を構えて間合いを詰めてくるが、俺が魔槍杖をぐるぐると振り回して牽制しているので近付けないでいる。

 だが、それが狙いだ。

 動きを止めた奴から優先的に<鎖>で仕留めながら近くの兵士を魔槍杖で薙ぎ払い、数人の足を刈り取っては、背後を見ずに、魔槍杖の後端にある竜魔石へ調節してない魔力を込めて隠し剣氷の爪を発動する。一気に氷の幅広の剣が真っすぐ伸び、背後から迫った数人の胸を貫いた。


「ひぃぃ、後ろに目でもあるのかよっ! 糞が――」


 ヤケクソ精神なのか、暗褐色ローブを着る男が叫びながら剣を投げつけてくる。

 急遽<導想魔手>を盾にして投げられた剣を防ぎ、その剣を逆に歪な魔力の手で掴んでは剣の投げ返し<投擲>を行う。


 剣を投げてきた奴の股間に新しい剣を生やしてやった。


「あひゃっ」


 変な断末魔の悲鳴だ。


 更に、敵が密集しているエリアに突っ込み、魔槍杖を薙ぎ払う。


 紅斧刃に炎が灯ったようにも見える。

 一つの空間を走り抜けるたびに一閃の火花が吹き荒れた。

 続けざまに複数人を斬り殺していく。

 斬り、避け、叩き、躱し、引き、突く。

 といったように、紅き流閃が戦場を支配した。次々と、俺に立ち向かってくる暗褐色の奴等を屠り続ける。


 こいつが、この辺では最後の一人。


「ヒィィァァ、こ、こっちにく、くるなぁぁ」


 <導想魔手>を発動。

 また、逃げようとしたので、“歪な魔力の手”で後ろから足を掴み動きを止めた。


「な、なん、動けないっ――」


 動けない男の背中を紅矛で貫き串刺しにしてから魔槍杖を引き抜き、死体を左へ蹴り飛ばす――これで、周囲の敵を倒しきった。

 五十人から百人は倒したか?

 周りを確認……灯篭が切られ、地面は血塗れ、死骸が転がり臓物が飛び散って血の海ができていた。


 ……異質な光景。


 俺の周りだけ、敵が寄ってこない。


 しょうがない、と味方が少ないところを優先して狙い吶喊した。

 俺が参戦してから【ガイアの天秤】が勢いを取り戻しつつあったが、いかんせん、俺という不確定要素があっても、味方の数が少ない。


 若い衆が次々と死んでいく。

 そんな時、ビクターとデュマが激しく戦っている現場が目に入ってきた。


 ビクターは二剣を扱う剣士と激しく戦っている。

 大槌で剣の攻撃を往なし、弾いていたりスキルと思われる衝撃波を発生させる槌撃を繰り出しているので、一見、互角に見えるが、怪我を負う度に動きが鈍るので押されていると判断できた。


 デュマは鞭使いの女と暗褐色の兵に囲まれながら、善戦、いや、怪我が酷いか、後退しながら戦っていた。


 どっちも苦戦している。

 怪我が酷いデュマを助けるか、デュマの方へ駆けていく。

 走りながら、胸ベルトから抜いた短剣を<投擲>。


 ――鞭女を牽制。


 鞭使いは古竜の短剣を鞭で弾きながら、身を退く。

 それを見て――<鎖>を射出。

 デュマを囲む兵士たちの一人の足に<鎖>を絡ませる。足に絡ませた男を持ち上げ、他の暗褐色戦士にぶつけてやった。


 隙ができたので、デュマに近寄るために、更に加速。

 デュマを囲んでいる兵士の一人に背後から狙いをつける。


 走ったまま魔槍杖を真っ直ぐ伸ばす。

 <刺突>ではない普通の突槍だが、矛は暗褐色ローブの背中を貫通。


「――グエッ」


 血塗れた紅矛が兵士の胸から飛び出ていた。


「すまねぇ、助かった!」


 デュマは攻撃されながらも、礼の言葉を述べている。


 しかし、デュマの腹には幾つもの剣や槍に貫かれた痕があり、その傷口からは血が溢れ臓物の一部が見えていた。


 傷が深い――。

 だが、デュマの目はまだ死んでいなかった。

 俺の攻撃により囲みが完全に崩れた途端、目の前で対峙していた暗褐色の敵を四腕の剣撃で斬り伏せている。

 猫獣人アンムルのデュマはそのまま敵集団との斬り合いへ移行。

 俺も彼を守ろうとするが――鞭の攻撃が俺の勢いを塞ぐようにピシャッと俺の前の地面を削ってきやがった。


「――あんた、あんたが、槍使い、魔槍使いのシュウヤ・カガリだね!」


 体勢を直した鞭使いが叫ぶ。

 こいつが四腕のデュマを追い詰めていた鞭使いか。

 狐目の美人だ。豊満な胸も良い。


「そういうあんたは誰だ?」

「ケッ、わたしの名はジェーン・スライブ。ここを任されている者の一人さ――」


 鞭使いは、言葉終わりに片腕をくいっと振り上げる。

 すると、鞭がしなり高速なトゲトゲの先端が、俺の顔に迫った。


 ――チッ、ソレを避けるが、鞭はしなり速い。

 頬に傷ができていた。

 次々と、しなる鞭の攻撃を繰り出してくる。

 このトゲトゲの部位だけでなく“鞭”自体が鉄か鋼でできているようだ。


 ――綺麗な女。胸がいちいち揺れるのもいい。

 敵として出会いたくなかった。


 だが、美人だろうと、俺に武器を向けたことは後悔させてやる。


 と、強気な思いを持つが……。

 ――間合いが取り辛い。

 邪悪な笑みを浮かべたジェーンが腕を上下に振る度に、変則軌道の鞭が連続で向かってくる――ピシャンッ――ピシャンッと、俺が避けて躱すたびに黄土色の地面が抉られていく。


 ――鞭の軌道は不規則で読みづれぇ。


「アッハハハ、避けるのがうまいねぇ。だが、これはどうだい?」


 ジェーンは片手で鞭攻撃を行いながら反対の腕でスカートをたくしあげ太股を露にする。太股には黒ガーターベルトに繋がった“もう一つの鞭”が付いていた。


 素早く、鞭を取り出している。


 双條鞭か?


 ジェーンは両手に握られた鋼鉄鞭を交互に動かしてきた。

 二つの鋼鉄の鞭が蛇のようにしなり迫る。


 ――おっぱいが揺れている。

 ――っと、少し躱すのが遅れて、紫防具の上をかすった。


 この女、美人だが、やることはえげつない。

 冗談めいたことを考えてる暇はないな。

 更に、ジェーンの姿がぶれるように土煙で覆われた。

 鞭の乱舞で土を削り巻き上げているらしい。


「どうだいどうだい。見にくいだろう? 槍使いっ、散々わたしの兵士たちを殺してくれて……お前はただじゃ死なせないよっ!」


 ピシャッピシャッと土を抉ってくる。

 無数の鞭の連打は止まらない。


 双條鞭の連続攻撃を――避けて躱し続けた。


 確かに余裕顔を浮かべるだけはある。こりゃ厄介だ。

 しかし、さすがに連打しすぎだ。

 お陰で間合いも把握できた。

 さて、反撃開始といきますか。飛び道具には飛び道具。


 まずは牽制の<投擲>――ジェーンの頭を狙う。

 短剣を数本投げた。鞭で防がれるが構わない。


 <導想魔手>を発動させ、<鎖>も同時に発動する。


 そして、俺自身も吶喊――ジェーンに向かって走り出した。

 鞭が左右から迫るが、<導想魔手>が右の鞭を掴み防ぐ。

 もう一つの左から迫った鞭を<鎖>を絡ませ防いだ。


 これで両方の鞭を封じた。

 そして、がら空きのジェーンに迫る。


「ヒッ」


 それが鞭使いジェーンの最期の言葉に。

 捻られた魔槍杖の矛。――<刺突>が彼女の胸を貫いていた。


 <刺突>により皮鎧の胸に円形状の傷が発生。

 皮鎧が捲れてジェーンの胸が露になった。

 ふくよかだった胸は無惨にも焼け爛れ炭化が始まる。

 その真ん中には真っ黒な錐揉み状の巨大穴が空いていた。

 円形状の傷口から血が噴出。

 ジェーンは鞭を落とし苦しそうな表情を浮かべて倒れる。


 ――これで幹部の一人を倒した。

 

 右ではデュマが最後に残っていた【梟の牙】の兵士を斬り捨てたところだった。

 が、兵士を倒した途端にふらついて倒れてしまう。


「デュマ!」


 倒れているデュマに近付いた。

 奮闘したのだろう。

 周りでは十人は余裕で超える暗褐色ローブを着た兵士たちが骸となっていた。

 あの怪我を負いながら、この人数を倒したのか……。


 そのデュマは虫の息だった。


「おい、大丈夫か?」

「あ、あの鞭女を殺ったのか?」


 デュマは喋っているが、三つの瞳がそれぞれ動き焦点が定まっていない。


「そんなことより、今、薬を出す」

「い、いや、いい。それより、殺ったんだな?」

「ああ、殺ったとも……」

「へへ、そ、そうか。み、短い間だったが、せせわ、ぐふぉぁ、だ、だんちょを、た……む。ミア、あ、ぁ、だんぉ、たの……」


 低い声で、痛々しく血塗れた歯の間から最期の言葉が洩れた。

 四腕のデュマは死んでいた。


「――わかったよ。この戦いだけは頼まれてやる」


 瞳孔が散大しているデュマの三つの目。

 俺は黙って手を伸ばし上から下へと瞼を閉ざしてあげた。


 ――安らかに眠れ。


「にゃにゃ~」


 そこに黒猫ロロが全身血だらけで戻ってきた。

 触手骨剣には死体が三つずつぶら下がっている。引きずって持ってきたらしい。


 死体の獲物を放りなげると、ぶるぶると身体を震わせて血を周りに飛ばす。


「それは近くでやるなよなぁ――」


 血を拭い、ついでに飲む。


「にゃ?」

「いや、それより、凄い数を仕留めたな……」

「ンンン、にゃぁん」


 自慢気だ。

 黒猫ロロはその場でくるりと回り答えていた。


 そこに走ってくる足音が聞こえてくる。

 魔素の反応は一人、足音も一人分のみ。

 俺はデュマの死体から離れ、黒猫ロロも距離をとった。

 走ってきたのは、さっきビクターと戦っていた二剣を持つ男。


「なっ、ジェーンッ、殺られたのか……お前がここで死ぬのかよっ! いつものヒステリーはどうした? 作戦を練ったのはお前だろうが!」


 走ってきた男は鞭使いジェーンの死体を見るや否や、二剣を持ちながら死体に駆け寄り、そう叫んで、目には涙を溜めていた。


「ロロ、こいつは手練れそうだ。俺一人でやる」

「にゃ」


 黒猫ロロは距離を取り、背後にあった崩れた石灯籠の上に乗っかると両足を揃えて座り見守る姿勢となる。


「……ジェーンを殺ったのはお前か?」


 二剣を持つ男は血走った目で俺を見て、そう話す。


 男は小柄な背格好、赤茶色のマントを背中から羽織っていた。

 その色合いのせいか全体的に血の色に見えてくる。

 実際に帰り血が付着した鋲付きの革鎧を身に着けているので、そう見えているのだろう。


 ――どす黒い殺気だ。


 右腕に握るのは細い長剣、鋒から血が滴り落ちている。

 左腕に握るのは短剣と長剣の間ぐらいのサイズで、特殊な青銀色が輝く短剣だ。


 どちらも特殊な仕様の剣か?

 こいつが来たということは鉄槌のビクターも殺られてしまったらしい。


「……そうだ」


 短く返答した。


「お前が槍使いか。ジェーンが話していた通りになっちまったな……」


 そんなことを語っても、知らねぇし、知りたくもない。

 いや、俺がここでイラついてもしょうがない。


 もっと冷静に見極めろ。


 俺自身にそう問いかけながら、右手に握った魔槍杖を構える。

 腕甲を装着してる左腕をそっと前に伸ばして、指でちょいちょいっと挑発。


「ご託はいいだろ? こいよ」

「ハッ、わかってるじゃねぇか。青銀のオゼ、オゼ・サリガンが参る」


 え? オゼは名乗ると礼儀正しく試合をするように、お辞儀をしていた。

「闇夜の盗賊神ノクターよ! 俺は誓う。こいつの血肉を冥府にいるだろうジェーンの魂に捧げると!」


 そう大声で天に呼び掛けると、ゆらぁっと黒い湯気がオゼの体から発生。


 なんだぁ? 神の恩寵か?


 黒いオーラに縁取られたオゼは視線を鋭くさせたまま……。

 細い長剣の角度を変えた。

 鋭い眼光をレイピアとグラディウスを合わせたような特殊剣越しに寄越す。

 

 長剣と短剣をゆったりと動かす。


 注目すべきは、あの左手に持つ短剣か。

 色的に魔法の短剣か?

 魔察眼で凝視。

 短い刀身には……。

 赤と青の魔法文字が渦巻くように発生している。


 独特な光を発していた。


 彼は片手剣と短剣の角度を変え左足を少し前に出す構えを取る。

 二刀流独特の構えだ。

 俺を見定めるように碧色の瞳を動かしている。オゼは余裕の笑みを浮かべ一定の距離を保ってながらジリジリと間合いを詰めてきた。


 慎重な奴らしい。

 簡単には挑発には乗らないようだ。


 様子見を兼ねて魔槍杖を伸ばし、普通の突きを出す。


 俺の突き動作を待っていたかのようにオゼは対応。

 青銀の短剣で魔槍杖の穂先を弾くと――巧みな視線フェイクを交えつつ細長い長剣を素早くスムーズに俺の胸へと伸ばしてきた。


 ――カウンターリポストが速い。


 オゼの剣突を魔槍杖バルドークの中部の柄で受け流し下段蹴りを放つ――。

 が、オゼはちょんっと跳躍で、俺の蹴りを避けつつ振り上げた長剣を振り下ろす。

 俄に魔槍杖の上部の柄で、その上段斬りの刃を受けて――外に流す。

 柄から火花と金属の衝突音が響く中――オゼが俺との間合いを詰めてきた。


 左手が握る短剣を伸ばしてくる。


 ――鋭い連突き。


 青銀の異名通り、青い銀閃の軌道を産み出す。

 それを見極めるように――首を左右に動かし、青銀の刃を避けた。

 っ、いてぇ! ――一筋、二筋と頬を切られた。

 しかし、冷たい? 冷気?

 ――今度は長剣だ。オゼの長剣が変則軌道で胸に来やがったっ!

 ――少し体を退いて、左に体をずらす、続いて、やや遅れて右へと横回転を行うように半身をずらす。

 長剣の刃を避けたが、左側へと弛むように出た外套に、オゼの短剣が衝突。そして、急激に長剣を返したのか、オゼのその長剣の刃が外套と衝突――紫の火花が連続的に散った。

 が、外套によって俺の体は無事。

 しかし、今さっき頬に受けた短剣の傷はまだ痛いし、冷たい。

 冷気的なダメージを相手に与えるのか。


 更に、俺自身の魔力も僅かに減った。

 あの短剣に、俺の魔力を吸われたのかもしれない。


 ――懐に入られると短剣は厄介だな。

 魔闘脚で少し距離を取った。


「――すげぇな。この短剣を僅かでも食らったら、魔力が吸われて、〝くらくら〟とするはずなんだが。表情も変えないとは……ん? 傷が再生しているだと!?」


 頬の傷が再生しているのに気付いたようだ。


「あぁ、特異体質なもんでね」

「おぃおぃ……まじか」


 オゼは俺の再生力に驚いている。

 そんなことよりも、オゼの持つ魔法の短剣に興味を持った。


「その短剣は何だ? 魔法の短剣か?」


 俺の文言に余裕が出たのか、オゼは顔をにやりとさせる。


「そう、その通り……やはり気になるか? これは魔法が――!!」


 オゼは俺に一瞬の油断を誘おうとしたのか、最後の言葉を言う前に右手の長剣をフェンシングのように扱い、前進しながらフレッシュ連続で突いてくる。

 俺はまた、身体を左右にぶれるように小刻みに動かして、その剣突を避けていく。お返しに魔槍杖を返し突くが、オゼは魔法の短剣を逆手に持ち守勢に回り、巧みに魔槍杖の突きを捌いてきた。


 古竜の紅矛を弾いても、短剣は輝いていた。

 ――丈夫な短剣だ。 刃こぼれもしていない。


 それにリズムが良い。背格好は小さいが中々やるな……。

 いや、この場合、小さいからこそか。


 短剣と細身の長剣、“二つの間合い”がある感じだ。


 だが、楽しい。久しぶりに歯応えある敵だ。

 オゼは飛び道具を使わずに、二剣流のみ。

 あの独特な短剣術は参考になるし、歩法も盗みたい。

 だから、俺も魔槍杖だけで、槍使いとして……戦ってやろうじゃないか。


 そんなことを考えながら、魔槍杖を連続で突き出していく。


 しかし、オゼが扱う二つの変則的な間合いに矛撃が捌かれるだけとなった。


 オゼは更に調子に乗ったようで細身の長剣を捻り、紅斧刃を引っ掛けるように、俺の魔槍杖を上方へ弾くと体勢を低くして、間合いを詰めてきた。


 魔力を足に込めた――魔闘脚系による素早い詰め。


 オゼは途中で体を横回転させ遠心力を生かした長剣の回し斬りに加えて、短剣を変則的に扱う。


 腕をくねらせて伸ばしてきた。


 うひょ――。


 魔槍杖が弾かれた分だけ回避が僅かに遅れてしまう。

 長剣の回転斬りは身を捻って躱せたが――青銀の刃は不規則な軌道なうえに滑らかな動き。こりゃ、躱すことは不可能。俺の右腕が肘から引き斬られたように血筋が作られる。そのまま流れるように、俺の眼窩へ短剣の刃を伸ばしてきた。


 切り傷を負いながら、退く。


「痛っ――」


 急ぎ、間合いを取り――離れる。

 ちゃんと、外套や鎧部位のない右腕の弱点を狙ってきやがった。

 どうしても、攻撃するときは前が空くからな。

 斬られたせいか、身体がだるくなって軽く倦怠感がくる。

 魔力を消費したのにも似ている?


「もしかして、その短剣、魔力だけでなく体力も吸いとっちゃったりする?」

「あぁ、正解だ。正確には生命力だがな。へへ、さっきのよりは深い傷を受けたはずだ。かなりの倦怠感を感じてるはず……」


 俺に傷を付け、自信を持ったのか、恍惚とした表情を浮かべているオゼ。

 左手に握られた魔法の短剣からは血が滴り落ちている。その血をオゼは振り払うと、構え直して、俺と向き合った。


 オゼは黒いオーラを放出させながらトントン、トトントンッと上下に体を揺らし、リズムに乗っている。


 あんな短剣で刺されたらいったいどうなることやら……。

 マゾなら嬉しいんだろうけど。

 もう、観察して、動きを盗むのはやめだ。

 少し本気を出す……全身に魔闘術を纏わせる。


 そして、オゼを睥睨。


 オゼは咄嗟に、その俺の殺気に反応。

 考えを読んだのかは分からないが、俺が動く前にオゼは長剣を伸ばし、短剣の間合いにするために距離を詰めようとしてきた。


 しかし、もうその“剣の軌道”は読める。


 オゼの右腕に握られた長剣の前進しながらの剣突フラッシュを難なく左への“爪先半回転”で避けると、振り向き際にオゼへ向けて初めて<刺突>を繰り出した。


 風切り音が鳴り、けたたましく金属音が響く。


 オゼは反応していた。


 長剣と短剣をクロスさせ、<刺突>を防ぐ。だが、顔を歪めていた。

 そこから、オゼの表情から余裕が消える。


 お構いなしに連続で突いていく。


 さっきとは違う魔闘脚を交えての微妙に間合いタイミングをずらしながらの魔槍突きを繰り返していく。

 時折、普通の突きと<刺突>を織り混ぜる。

 緩急をつけた威力も変わる連撃に防戦一方となるオゼ。

 俺は間を与えず魔闘脚で距離を詰め、竜魔石の塊である石突から穂先である紅斧刃による連続回転撃を続けざまに繰り出した。

 左右からくる重い一撃、一撃の連撃に顔を歪めた彼は、耐えきれずに反動で腕が上へ運ばれていく。


 そこで、オゼの“二つの間合い”は完全に崩れた。


 脇腹に石突が、右胸に穂先の矛が深々と入り、続けて、止めの<刺突>が喉を捉えてオゼの首を穿った。頭首が勢いよく宙に舞う。突きの衝撃で、首なし胴体は地面に叩きつけられるように転がっていた。


 骨が折れる鈍い音と血飛沫の生々しい音が共演。


 共演のラストを飾るようにオゼの頭が地面に墜落し、転がり、まだ生きているかのように、その口から「ぐぶぉっ」と、呻き声と血が溢れ出して死んでいく。


 一対一の対決を征する余韻もなく、黒猫ロロが走り寄っては頭を擦りつけてきた。


 しかし“青銀のオゼ”という二つ名を持つだけはあった。

 正直強かった……カリィより接近戦は確実に上だろう。

 オゼ、名前もシンプルでカッコイイ……全くもって関係ないけど、カイザー・ソゼという名作映画に出ていた謎の名前が脳裏に浮かぶ。


 さて、この魔法の短剣と特殊な細長剣は貰っておこう。

 アイテムボックスに放り込んでおく。


 そこで改めて周囲を確認した――。


 戦場は静まり敵味方関係なく死体だらけで血糊と血の臭いだけが広がっている。


 もう誰も戦ってはいない。

 ビクターはやはり死んだのだろうか。

 暗褐色のローブの死体が多いが、味方だった死体も多い。


 この分だと味方も全滅か……。

 死体を確認していく。

 ジェーンの死体側に落ちていた古竜の短剣を回収。


 ビクターの厳つい皺が目立つ顔を探す。

 鉄槌が落ちていれば……。


 ――見つけた。


 ビクターは大の字に倒れている。

 大往生といった感じで、鉄槌を持ちながら死んでいた。

 その亡骸には幾つもの斬られた傷がある。


 きっとオゼから受けた切り傷だ……。

 あの魔法の短剣を食らったら、普通の人族じゃきついよな。


 南無三……。


 だが、幹部を倒したんだ。

 これでこの都市にいる【梟の牙】は瓦解するはず。

 悲報だが、団長のミアには知らせてあげないと、仲間が死んだことは辛いだろうが仕方がない。

 【ガイアの天秤】の店に戻ろう。

 ビクターの鉄槌も回収しておく。


 そして、黒猫ロロを連れて店へ急いで戻った。



 ――え? 何故だ?

 店に戻ると、店の一階は滅茶苦茶に破壊されている。

 二階は轟轟と音を響かせて燃えていた。本当に別動隊がいたのか?

 だが【梟の牙】の幹部は全員殺ったはず。


 ミアは、残っていたメンバーは……。

 不安などの俺の心を駆け抜ける思いを足に乗せて、外の階段に向かった。


 ――おっ、血か? 血の跡だ。階段に血の跡が残る。

 血は、点々と一階から店の前へと続いていた。

 血の跡は店先を越えて路地の向こう側へと……。


 ――血の跡を追った。

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