八十一話 闇ギルド【ガイアの天秤】
次の日の早朝。
高級宿で待ち合わせたメリッサに案内される形で、【ベルガット】の本拠地である屋敷に到着。
「ここです。中に行きましょう」
「了解」
外観は普通の屋敷。
だが、その内部は違っていた。
巨大な吹き抜けホールに、床は板の間、図書館のように横長い棚と机が並ぶ。
そこでは様々な種族たちが分厚い羊皮紙、薄い羊皮紙に何かを記し、羊皮紙を丸めて棚に仕舞っていたり、脚立に乗って棚の上にある本を取ろうとしていたり、机を挟んでディスカッションを繰り返している男女がいたりと、かなり忙しそうにベルガットの人員たちは働いていた。
メリッサはそんな忙しく働く同僚たちと挨拶しながらホールから外れて奥の通路を進む。
「普段はあんな調子で皆明るいですが、忙しくなると人員が増えに増えて、殺気立ち、もうてんてこまいになるので、大変なんですよ」
通路を歩きながらメリッサは忙しい時を思い出したのか、少し視線斜めに上げて、不機嫌そうに視線を下げる。
メリッサと奥の部屋に移動した。そこは豪華な内装が施された客間。
高級な牛皮で誂えたソファ、象嵌入りの机、椅子、壁には絵画が飾られてある。
香を炊いている巨大蟻塚のような香具が中心に置かれ、回りに丸く幅が広いクッション椅子が置かれてある。
寝そべって、美人さんからマッサージされたい。
「ここで大商会の人たちを、もてなし交渉を行います」
もてなしか、本当にマッサージでもしてくれそう。
「へぇ……」
「では、シュウヤさん、わたしは仕事があるので、ここまでです」
「そっか、案内ありがと」
「はい、また指名してくださいね……後、どうかご無事に」
「分かってる、またな」
メリッサは真剣な表情を浮かべて頷くと、豪華な客間から離れていく。
さて、これからどうするか。
高級なソファに座り今後のことを軽く考える。
地下オークション行きの切符ゲットまで、後少し。
大商会幹部組織との面会場所である盗賊ギルド【ベルガット】の場所は覚えた。
次は……。
一、【ガイアの天秤】の事務所に向かい【梟の牙】の支部を潰す手伝いをする。または、直接【梟の牙】の支部を探して潰す。
二、全てを無視して、玄樹の光酒珠、智慧の宝珠の手掛かり、司祭のマリンの頼みである〝枯れた大樹〟の素材探し。
三、単にゲートの先を探検する。
二と三はないな。
やはり、当初からの考えである一を優先か。
枯れた大樹の素材を見つけホルカーバムに再度戻ってきても、またそこで【梟の牙】の兵隊が俺を探して襲ってくるのは目に見えている。
だから今のうちに【ガイアの天秤】と【梟の牙】の争いに介入して、このホルカーバムにおける【梟の牙】拠点だけでも潰して幹部や兵隊を叩いておくか。
それに【ガイアの天秤】には綺麗な黒髪の女団長が存在している。
名前はミア。綺麗な女性は助けてあげたい。
下心は勿論あるが、小さなジャスティスは健在だ。
ソファから立ち上がり、
メリッサからもらった皮布地図を見ながら【ガイアの天秤】の本部がある店屋敷を目指す。大通りから路地に入り、十字路を真っ直ぐ進む。
街灯のような石灯籠が並ぶ遊歩道に出た。
確か、この辺りのはずだが……ここ、人通りが多いな。
お、あった。迷いながらも、なんとか到着。
交差する一角を占領するように階段付の木造の店屋敷が存在。
横壁には黒色で縁取られた丸印に天秤の絵が記されてある。
古風な店屋敷の前には、特徴ある獣人種族が佇んでいた。
猫獣人、門番にしては強そう、闇ギルドのメンバー?
見た目は猫と人族が合わさった種族。
四本の太い腕を胸前に組んでいる。紺色の毛は柔らかそうだ。
その立派な立ち姿的に、宮沢賢治の童話世界に出てきそうな猫型知的生物を思い出す。
腕と足に微力な魔力を纏っているのが分かる。
鎧と一体化した腰に巻かれた幅広の皮剣帯が左右に四つあり、腰から太股にかけて長剣を四本ぶら下げていた。
その猫獣人に気を配りながら、店屋敷の正面へ回る。
店前には灯籠に似た石頭、日本庭園で使うような御影石のような大きな石が置かれ、墓石、石机、石椅子が並ぶ。
この店からは石職人さんのイメージしか湧かない。
しかし、一階の店内にはどういうわけか店員らしき人材は見当たらなかった。
正面屋根には石看板が掲げられ、そこにはでかでかと【ガイアの天秤】という名が彫られてあった。
商品や看板の石彫りから分かる通り、この木造屋敷は石造り専門の石材屋さんといった印象だが、家の建材にはあまり石材は使われていない古い木造屋敷だった。
まずは、あの強そうな猫獣人に話しかけてみるか、近付いていく。
三つ瞳はそれぞれ反対の方向を見ている。周囲の観察をしているようだ。
猫獣人は店壁を背に片足の足裏を壁に付けている。
少し緊張しながら口を動かした。
「……あの~、ここは闇ギルドの【ガイアの天秤】の本拠地でしょうか?」
「はぁ? いきなり何だ? 何者だ?」
三つある瞳の色は薄緑に囲われた暗い青。
紺色に近い色合い。
二つの瞳は俺の姿を捉え、一つの瞳は周囲を見回している。
目が三つより、腕が四つもあるのが凄い。
四つある腕の内、上側の二つの腕は胸前で偉そうに組み、左下の片腕はまっすぐ伸びて、掌で拳を作り、もう片方の右腕は腰にある剣へ伸びていた。
紺毛に包まれた指が剣柄に触れているので、今にも腰に吊した剣帯から長剣を抜いてきそうな感じだ。
それにしても、腕がこんなにあると〝色々〟と便利そうだな。
すぐに
さて、挨拶しとこ。
「……通りすがりの冒険者、シュウヤ・カガリという者です」
「通りすがりだとぉ? それが何の用だ?」
「にゃ? にゃにゃ」
頭巾に潜っていた
猫獣人の彼は、やはり猫だけに可愛い黒猫にも興味を持ったようだ。
「こ、こいつはなんだ?」
彼は三つの瞳をギョロリと動かして
「相棒、友、使い魔、ペットです」
「あぁ――もしかして、団長とビクターの旦那が話していた……」
「聞いていましたか? はい。前にその二人を助けました。あの時、貴方は居なかったですね」
「はい。確かに。これはご無礼を。わたしはデュマ・ヘイグウェイ。団長は二階です。どうぞ、中へ」
急に礼儀正しくなる猫獣人。
四本の太い腕が後ろの階段を差すと、頷いた。
紺色の体毛が結構美しい猫獣人と共に、その階段を上がり、店の二階に案内された。
二階は一階の面積に比例する広い部屋。
中央には会議室で使うような黒茶色の長方形机と椅子が並び、その椅子には若男たちが座っている。
入ってきた俺たちに、皆が注目してきた。
奥には大扉も見える。
「団長っ! 探していた方が、わざわざ、ウチへ来てくださいましたよ」
「えぇ――」
デュマが大声で知らせると、女の声が響く。
すぐに会議室奥のある大扉が勢い良く開かれた。
「――シュウヤさん! あれからずっと探していたんです。盗賊ギルドに金を払ってでも情報を得ようとしてたところでした」
おぉ、やはり、清楚な女性だ。
艶やかな長い黒髪。黒瞳もほどよい大きさ。
整った眉にバランスの取れた鼻と口唇。
仄かに紅い唇は縦に小さい筋が見えていた。
それに、右頬には小さい黶があるんだな。
「……はは、すまない。あの時は長居するのも悪い気がして」
「そのような気を使わせてしまい、申し訳ないです」
彼女は肩口にスリット入りの灰色ダブレットを着込み黒のフレアスカートの端を押さえながら頭を下げていた。
団長であるミアさんが頭を下げると、その場にいた全員が頭を下げ始めている。
「あ、いや、俺もこうしてきたんだし、頭を上げてください」
「いいえ。シュウヤさんは冒険者の方とはいえ、わたし、いや、この【ガイアの天秤】にとって恩人たる方。なのに、ちゃんとしたお礼もできずに……」
随分としっかりしたお嬢さんだな。
だが、こうも頭を下げられ続けると、心がむずむずする。
それに、俺はもっとミアさんの美顔をみたいのだ。
「ミアさん、顔を上げてください。お気持ちは十分に伝わりましたから」
「はい。気持ちだけではないのです。筋は通しますから」
彼女は顔を上げて頑なに語ると、俺に近寄ってくる。
「シュウヤさん、ここじゃ皆がいるので……」
小声で話すと、俺の手を握る。
――その時、周囲の強面の若者たちの面々から殺気が漂う。
うへ、手を握ったのが許せないらしい。
「――団長!? おぃ、そこの男。何、触ってるんだ!」
え? 触っているのは、ミアさんから握ったからなのだけど。
〝何、勝手にうちのお嬢に触ってんだ、ゴラァァ〟
にも聞こえる。
背後で大声立てたのは今さっき案内してくれた獣人戦士のデュマだった。
さっき見せていた礼儀正しかった態度とは打って変わり、額に青筋が立つように青毛が逆立っていて、怒っている。
歯を剥き出しにして、歯軋りの牙を噛んでいた。
俺が気軽にミアさんの手を握ったのが許せないらしい。
「――デュマ。そう、いきり立つな」
そう威厳を感じさせながら、デュマの背後、入り口から登場したのはビクターさんと複数の若い衆だった。
〝鉄槌のビクター〟の額にはナイフで傷付いたような皺が幾つもある。
初めて見た時と変わらずにギラついた目を見せていた。
このおやっさんは視線だけで人を殺せそうな雰囲気だ。
「ビクターの旦那っ」
「おう。見回りから帰ったぞ。それから、デュマ、この方は本当に俺を含めて団長の命を助けて頂いた〝恩人〟だ。ただ、助けられた理由は聞かない方が良いが……」
そのビクターの言葉に重ねるように団長ミアさんの言葉が続く。
「そうです。デュマはあの時に居なかったから、分からないと思いますが……シュウヤさんはわたしのことを気に入ってくださって、数十人はいた【梟の牙】のメンバーを根絶やしにしてくれたのです。もし、その場にシュウヤさんが居なかったら、わたしは【梟の牙】の男たちに、犯されて殺されていたでしょう……」
団長であるミアさん自らが語る神妙な姿に、その場は静まり返った。
猫戦士デュマも三つある瞳を閉じて、頷く。
「……そうでしたか。シュウヤ殿。ですが、まずは、その手を離し、その実力をみて――」
「デュマッ、わたしが説明したのに納得してないんですか?」
ミアさんがデュマの話を遮り、怒った口調で責める。
デュマは俺の力を計りたいようだ。
「い、いえ、しかし……」
デュマはまだ何か言いたげに三つある瞳を俺とミアさんへ向けている。
「もう、いいです。シュウヤさん、行きましょう――」
ミアさんは眉をひそめて獣人デュマを見やる。
そのまま、俺の手を握る力を込めて引っ張ってきた。
団長の突然な行動に周囲が唖然としてしまう。
俺は半ば強引に会議室から連れ出された。
彼女は扉を乱暴に閉めて団長室らしきところに入る。
更に団長室の右にあった扉を開けて、真っすぐ続く板廊下を進んだ。
板廊下の先には階段があり、階段を下りては、また縦に続く廊下を歩いていく。
「ミアさん、どこに?」
「いいからついてきて」
まぁ、綺麗な細い手に握られている感触は嬉しいが。
連れて来られたところは、一階の隅にある個室だった。
大きい本棚に勉強机に椅子。寝台もある。
寝台の枕元には襤褸木材で作られた人形を発見。
女らしさというより、女の子らしさが隅々まで息づいている部屋だ。
ここは自室か?
白のワンピースが椅子の背もたれに掛けてあり、フード付き制服らしき衣服が壁に掛けてあった。
勿論、現代の女子高生が着る制服ではない。
似たようなのはあるかもしれないが、見た目は完全に魔法学院の生徒と分かる代物だ。
ミアさんが着れば似合うだろう。
清楚なイメージが合致する。
コスプレ的に、着て欲しいかもしれない。
そんなエロいことを想像しながら、部屋を見ていく。
机には筆用具に羊皮紙の書類に小物入れがある。
小物入れの中身は羽根ペン、大きい化粧道具、リボンの髪飾り、小さいお香の壺、砂時計のような小道具もあった。
やはり、女の子の部屋だ。机上にある本棚には、
〝幻の地底王国〟
〝勇者ムトゥによる堕落の王魔トトグ・ゴグ討伐記〟
〝トトグディウスの怒りに触れた勇者ムトゥ死す〟
〝
〝明星サイデイル不滅の恋〟
〝八剣八槍の神王たち〟
〝鬼神な強さを誇る優しき虎〟
創作物語系の本から続いて、魔法関連本、
神と星、
難しそうな哲学関連本も混ざって色々な本が並ぶ。
こういう本タイトルから想像するに、
しかし、ミアさんは団長になる前は何処かの学院に通っていたようだ。
俺より頭は確実に良いだろう。
「……ここはわたしの部屋です。急に連れ出してすみません。デュマには悪いですが、シュウヤさんのお礼にはここにお連れするのが早いので、それに、直接わたしから渡すのが筋ですから」
筋、筋、と、硬い筋肉が好きなのか?
と、フザケタことは聞かずに、無難に褒めておく。
「ここは可愛らしい部屋ですね」
「そうでしょうか? わたしはあまり同世代の部屋を見たことがないので……」
顔に翳を落とす。
メリッサが話していた情報が頭に過る。
ご両親は【梟の牙】に雇われた【白鯨の血長耳】の幹部に殺られ、それで素人だったミアさんが闇ギルドの団長になったと……。
「にゃあ」
俺が彼女の過去話を思い出してると、
寝台やベッド、柔らかそうな物には毎回、必ず〝これ〟をやる。飛び跳ねるのに飽きると、頭を撫でられながら枕元にとことこと歩いていく。
「――ふふ、可愛い、黒猫さん。ロロちゃんでしたっけ?」
「そそ」
「にゃ?」
つぶらな赤い瞳をミアさんへ向ける。
何か用かにゃ? 的なことかも。
「まっ、ちゃんと聞こえて理解しているのですね」
「ンン」
黒猫は喉声でめんどくさそうに短く鳴く。
『当たり前だにゃ』と言った気がした。
そのまま、くるりと枕の上で丸くなる。
「あら、寝ちゃいました」
「ロロが勝手に、すまん……」
「いえ、いいんです。それより、そこの椅子か寝台に座ってください。真面目な、お話があります」
「俺に真面目な話ですか?」
言われた通り寝台の端に座る。
ミアさんも寝台に腰を下ろして、俺を見た。
真剣な顔付きに変わっている。
抱き合って、ちゅっとキスをしちゃいますか?
だが、彼女は揺るぎない黒い瞳。
そんなつもりはないよな……すまん。
彼女の瞳は茶色に近い黒。その瞳の奥には深い心の闇が見え隠れしているように感じてしまう。
「……わたしたちを救って頂いたのは本当に嬉しいんです。お礼もします。ですが、本来のシュウヤさんは冒険者。依頼でもない闇ギルドでもない。〝全く関係のない方〟でも、助けた理由に〝わたしを気にいってくれた〟と言ってくれました。ですが、本当にそうだとして、貴方は何故あんな危険なことを?」
その疑問は尤もだ。理由は、危険を危険と思わない心。
実際、傷を負っても回復はするし、痛いのは嫌だから、回避行動は取るけど。
後は、独り善がりな自己満足、中途半端なお節介の精神。
と、色々あるが、やっぱり、至極当然の単純な答えがある。
「……助けたかった。〝ミアさん〟を〝助けたい〟と思ったからですよ」
「わたしをですか……」
雪のように白い肌が仄かに紅く染まっていくのがわかる。
「それだけじゃ駄目かな?」
「いえ、シュウヤさんは〝優しい方〟なんですね。わかりました――ここに金貨二十枚あります。今はこれしか渡せませんが、助けて頂いたお礼です」
彼女は寝台の下から隠し金庫を取り出し金を出している。
寝台の下には他にも頑丈そうな宝箱も見えた。
見せて良いのだろうか?
俺が助けたとはいえ、無用心過ぎる気がするが……。
真面目そうな子だからな。
ま、礼ならちゃんと受け取った方がよいか。
「……確かに、受け取った」
「良かった。ちゃんと受け取って頂いて……」
「どうして?」
「それはプライドですよ。小さいですが、これでも闇ギルドを率いてるんです」
少し、目付きが変わり、俺を鋭く見つめてくる。
「では、上に戻りましょう」
ついでだ。今のうちに言っておこう。
「待った。その前に少し話しておくことがあるんだ」
大事なことだ。
「何です?」
「俺は【梟の牙】と戦うこととなった。実は、今日それを伝えにきたつもりで、ここにお邪魔したんです」
「えっ? 助けてもらったわたしが言うのも何なんですが……反対です。闇ギルドの戦いに、冒険者であるシュウヤさんがこれ以上関わる必要はありません」
関わるべきじゃないか。キツイ言い方になっている。
しかし、彼女は何か勘違いをしているようだ。
俺が拒否ったところで【梟の牙】側から襲ってくるんだから仕方がないんだがな。
説明しとくか。
「関わるもなにも、【梟の牙】からはここの都市に来る途中に襲われたんですよ。因みに、ミアさんを路地裏で助ける前です。お陰で、同じ依頼を受けた冒険者は多数死ぬことになりました」
「にゃ」
ロロもそうだぞっと鳴く。
「そ、そんなことが……」
「ミアさんを助けた後も、小競り合いがありました。だから、もう関係がないとは言えないです。つまり、【ガイアの天秤】へ加勢をしようと……」
俺がそう述べた瞬間、彼女は豹変。
「――ダメですっ!! 【ガイアの天秤】の戦いには冒険者である、貴方を巻き込みたくないのですっ」
一点張りだな。
怒っているし、彼女の逆鱗に触れたのか機嫌を損ねる大声だ。
「まぁ、言いたいことは言ったので、上に戻ります」
「あ、わたしも上に行きます」
そうして、廊下から階段を上がり事務所二階に戻る。
団長室から会議に入ると、出会い頭にデュマから、先程は〝すみません〟と言われて頭を下げられる。【ガイアの天秤】の若い衆のメンバーたちからも次々と頭を下げられた。
怒ったり頭を下げたり忙しいやつらだ。
と、細かい愚痴は口にせず、俺は普通に対処した。
「分かりましたから、頭を上げてください」
「いえ、シュウヤさんは団長の大切な方。そんな方に無礼な言い回しを……」
大切な方? 何か勘違いしているような……。
ミアさんの顔を見ても、不思議そうに顔を傾けるだけ。
ま、勘違いでもいいや。
伝えるだけ伝えたし……帰るとする。
あ、【梟の牙】の幹部がどこにいるか聞いておくか。
背後にいるミアさんに顔を向ける。
「ミアさん【梟の牙】の事務所、支部があるところは分かりますか?」
彼女はそれを聞いて、眉をぴくりと動かし俺を睨む。
「それを聞いてどうするのですか?」
言うつもりはないか。
敵対しているんだから、教えちまえば良いのに。
なんなら、メリッサに聞くとしますかね。
「喋る気はないと……じゃぁ、今日のところは宿に帰ります」
そう言って【ガイアの天秤】の事務所を後にする。
メリッサに会いに直接【ベルガット】の本部に行く。
ところが、ベルガットの屋敷は人で溢れ混雑。
とてもじゃないが、メリッサ個人を特定などできる場所ではなかった。
何か急な大仕事でも入ったのか?
しょうがない。宿に戻る。
商売女として、呼ぶ方が良いだろうと、判断。
しかし、夜になっても仕事が忙しいのがメリッサは来なかった。
その日は早々に風呂に入り、
――次の日。
ベルガットの本部に行くのも、少し距離があるし、メリッサは忙しいと思うので、また【ガイアの天秤】にお邪魔した。
ミアさんに俺がそっち側に加勢するからと、低姿勢で丁寧に重ねて話すが……。
〝お断りします〟〝駄目です〟
〝奴隷たちが働く石切り場のパーピー狩りを〟
〝なんなら石切り場で、奴隷たちに混ざって石を切って働いたらどうですか〟
〝冒険者らしく大蜻蛉狩りにも行くべきです〟
と、一向に彼女は厳しい口調でお堅いままだった。
その時、事務所横の階段を駆け上がる音が響く。
扉が強く開かれた。
「団長! ビクターさんっ、大変です!」
「アコース、どうした?」
鉄槌のビクターが立ち上がって聞く。
「【梟の牙】による集団
「何だとッ!! 兵隊はどれぐらいだ?」
一瞬の怒気。
ビクターさんの額に癇癪筋が現れる。
皺が膨れ上がった気がした。
「そ、それが、オゼ、ジェーンの両幹部の姿も見えました。兵も百を超えて二百に近い数かと……」
赤茶髪のアコースは怯えているのか、報告するうちに、顔を伏せていた。
続けて、鉄槌のビクターが口調を荒らげて話す。
「幹部もか。糞がっ、兵もその数だと軍並みだ。それに、オゼやジェーンがわざわざ出向いたとなると、我々も覚悟せねばなるまい。デュマ、行くぞ。遊歩道から先には行かせん」
「おうよっ、前は守るだけだったからな。今回は暴れてやるぜ。たとえ、四腕が全部なくなっても【梟の牙】をぶっ潰してやるっ!」
デュマは四つの腕をぐるりと振り回し、力瘤を見せつける。
闘志溢れる気合いは周囲を活気付かせた。
「わたしも魔法で――」
「いや、お嬢は前回のことがありますので、ここに残ってください」
ビクターの物言いにミアは驚く。
彼女はこれでもか、という具合に不愉快そうな表情を露骨に表す。
「何故ですか? 魔法があれば有利に運びます。わたしの火魔法は上級を超え烈級を扱えるのですよ? 上手く誘導すれば多数の敵を一度に削れるはずです」
「いえ、前回はそれで孤立してしまったじゃないですか。それに……今回は敵に〝幹部〟がいるのです。今までとは違う。わたしは、命を懸けて戦わねばならぬでしょう――」
「それなら、尚更で――」
「ダメですっ――お嬢っ、聞いてください」
ビクターはもう彼女の話を聞く気はないようだ。ミアの言葉を遮る。
「ここの店を直接襲撃してくる部隊があるかもしれません。それに、わたしやデュマが先頭に立って戦わないと、今回の敵は防ぎきれない。お嬢はここを頼みます。もしもの時は……にげ、いや……ここは先代の最後の店なんですよ?」
ビクターは最後にミアさんに対して、何か言いたい感じだった。
途中で言い換えて訂正していたけれど、少し目が潤んでいる。
もしかして……死を覚悟しているのか?
「ビクターさん。俺はここで団長を守りますよ」
赤茶髪のアコースはビクターの表情を見て男気を見せるつもりなのか、ミアさんへ見せ付けるように鋭い視線を向けて語っている。
お? 赤茶髪の男、今何か、含み笑いをした?
女団長を守り、良いところを見せたいとか?
「わかった。アコースには何人か手勢がいたな。ここを、お嬢を守れ」
ミアさんは、ゆっくり目を瞑り考える。
そして、目を見開き、険しい顔を浮かべたミアさんが一歩前へ出た。
一同を睥睨し見回す。
大和撫子、極道の女たちの一場面が過る。
「……ビクター、わかりました。デュマも、皆さんも、死なないでとは言いません。その代わり【梟の牙】を殲滅してください。【ガイアの天秤】の意地と矜持を見せつけてやるのです。父ランゼル、母シーチカ、わたしを可愛がってくれたトトカ姉の恨みを晴らしましょうっ!」
「はいっ!!」
「だ、団長っ!!」
「団長、やります」
「団長っ! 俺だって」
「団長」「団長っ!」「俺もですっ団長!」「団長っ!!」
若い衆は口々に団長と叫び気合いを入れている。
「おめェら、団長の心意気を聞いたな? ガイアの意地ってもンを見せてやるんだ!」
「行くぞおおおおぉぉ」
ビクターとデュマも気合い一閃の言霊を発し、外へ走り階段を勢いよく降りていく音が響いてきた。
二階に居た若い衆たちもその動きに続く。
部屋には俺と、ミアさん、アコースの連れている手勢五人だけとなった。
丁度良い……乗り込もうとしていた
元よりガイアに加勢しようとしていた身だ。気張るか。
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