七十四話 魔鋼都市ホルカーバム

 その場で都市を見渡す。


 東門を入ってすぐに四つ辻の十字路があった。

 うららかな日和に似合う牛馬の群れが通り、たくさんの人々が行き交っていた。

 通りの端にポポブムを停まらせて、ミスティに話しかける。


「ミスティ、解放は目立たないところでやるから」

「わかったわ」


 さてと、彼女をどこで解放するかな。


 十字路の左、南の通路は道幅が狭いが先に道がある。

 南その南の道の間には、大小様々な形の古めかしい家が建ち並ぶ。


 十字路の右、北の道は上り坂だ。

 斜面に沿う形で、黄色と白色の高級屋敷が並ぶ。

 縦長の建物が多い。

 新築もあるし、ドワーフの大工と人族の大工が何か揉めている建築中の物件もあった。

 

 坂に合うように建てられた建物ばかりだから家が階段のようにも見えた。

 十字路の上である、西の通路は道幅の大きい。


 西がメインストリートかな。


「右の坂の上に向かうか。そこで解放してやろう」

「うん」


 坂を上がり斜交いにある路地へ入った。

 そこでミスティを地面に下ろす。


 腕にかけてあった魔法の枷を外してあげた。

 アイテムボックスから――。


 金貨と銀貨を十数枚。

 それらのお金を皮袋に入れて、ミスティに手渡した。


「これは……」

「何もないと苦労するだろ?」


 ミスティからはお人好しの馬鹿に見えてるかもなぁ。


「……なんで……ここまで」


 彼女は金貨と銀貨が入った袋と俺の顔を交互に見る。

 涙ぐむと、一滴と二滴と涙が頬を伝う。


「俺は中途半端なお節介野郎なんだよ。女限定のな。それに、その金があれば辻馬車も楽に雇えるだろう。再出発も容易になるはずだ」

「……ありがとう、ふふ、お節介野郎か。わざとそんなこと言って邪険な態度を取る。優しさを隠そうとしても無駄よ。でも、貴方と出会えて良かった。短い間だったけど、人生観が変わっちゃった。わたし、今まで、自分の快楽のためだけに生きてきたけど貴方のような……善の存在を知って、この世に満ちた欺瞞にすぎなかった善という言葉を信じてみたくなった……」


 ミスティは流れる涙を手でぬぐいながら話す。

 

「おう、善か。いい言葉だ」

「うん。シュウヤ……またどこかで会えるかな?」


 彼女の言葉は何気に、俺の心を打つ。

 が、助けることも善も結局は……。


 しかし、そんな感情は表には出さない。


「……会えるさ。ミスティが真面目に生きてたら必ず会える」

「本当?」

「あぁ。それじゃ、たっしゃでな」

「にゃお」

「あっ、まっ――」


 懇ろとは程遠い別れの挨拶を済ませた。


 ミスティの離れたくない顔を分かってはいたが、彼女の言葉を無視するようにポポブムを走らせ、坂を下っていく。

 辻の十字路に戻り群衆の中へ混ざった。


 元貴族、盗賊だった女を解放してしまった。

 彼女はゾルの妹だと知っているから、正直、同情してしまった面もある。

 額の紋章を見ると、どうしても、あの時のことを思い出すんだよな。

 ゾルとシータが微笑むように死んだこと、それに、振られたユイのことも……。

 ま、俺は、無責任だ。

 再会を願ったが、金を握らせ、厄介払いをしたと、言えなくもない。


 そんな後ろめたさを感じながら大通りを進んでいった。

 西に続いているメインストリートを進む。

 建物群の一角には豪華で敷地が大きいホテルの建物があった。

 他にも古めかしい商館や新しい武器防具店が立ち並ぶ。


 この辺は独特の雰囲気がある。


 店は鍛冶屋が多いんだろうか煙突が多い。

 黒煙がもうもうと立ち昇っていた。


 興味が出たので店の近くにポポブムを寄せて進んでいく。


 商店街の通りだ。

 黒い鉱物の塊が看板代わりに置かれている店があった。


 【炎と鋼鉄の縁ハディの店】と、店の名前が彫られている。

 こっちの店に掲げられているのは【ガトー&フズマン】と刻まれた巨大な大剣のオブジェだ。

 隣の店には丸く太い鋼鉄棒が掲げられ【鍛冶雑貨エリザードの店】と刻まれてある。


 他にも鎚、盾、水晶などのシンボルマークが描かれた看板の店が多い。


 そんな各店舗の看板の下には、一つの共通点があった。

 店の軒端に小さい木彫りの蜻蛉のアクセサリーが針金や紐で看板につるされているのだ。


 今も、軒下にぶら下がった蜻蛉の模型が風で揺れている。


 風鈴の代わりではなく蜻蛉の模型は“アロムの魔鋼”を扱っている的な意味合いを持つ商店街のトレードマーク的な物なのかもしれない。


 ゆるキャラがいたらマスコットができそう。

 外から見ただけだと、そんな商店街の印象だった。

 商店街の横には細かい路地が続いている。

 街の奥まで分岐しているような奥の細道。

 裏通り、何気ない通りを見つけるのは好きなんだよね。


 路地裏散歩道の番組を再開させるか。


 少し覗いて寄り道をしていこう。

 もしかしたら、この先に目的の枯れた大樹があるかもしれないし。

 ヘカトレイルとは違う家々の形、石材が豊富に使われてある家が多い。散策気分で、ポポブムを進めていた。


 下水道が整備されているのか、分からないが、地面に丸い鉄蓋マンホールがあった。

 その鉄蓋をポポブムの脚で踏みしめながら、狭き路、裏通りらしい薄汚れた路を進んでいく。


 幾つか、細かい路を通り抜けると――叫び合う罵声が聞こえてきた。

 なんだろ、近付いていく。


「囲め囲めっ、追い詰めたぞ」

「ベンッ、確認したか?」

「あぁ、【ガイアの天秤】の“鉄槌のビクター”だ。それに、あの女が、団長の“火球のミア”だ」


 袋小路の場所で争っている。

 暗褐色の破れたボロいローブを着込む山賊のような髭面の男たちが大人数で少数を囲む現場だった。


「おぉ、あの鉄槌野郎と、隣にいる女が、団長か」

「そうだ。部下が鉄槌の餌食になったからな。間違いねぇ」


 むさい野郎集団は余裕そうで会話を続けている。


「だが、“四腕のデュマ”がいない。注意が必要だ」


 ひょろい痩躯な男が肥えた男たちに忠告した。


「ゾハ兄は用心深いねぇ。この状況で注意したってしょうがないだろ。デュマがいねぇなら、好都合って奴だ。見てみろよ、残りの手勢もコイツらだけだ。ここであの女団長の首を取れば、老舗の【ガイアの天秤】はここでおしまいだ」


 忠告を笑いながら否定したのは太った男。

 横っ腹が出て狂暴そうな顔を持つ野郎だった。


「そうだ。こりゃ、俺たちに運が向いてきたな?」

「おうよ。うひゃひゃッ、チャンスチャンス。首を取る前に、あの女で……へへッ」


 太った男たちは武器を手に、敵側にいる女を見ては鼻息を荒くしている。


「あぁ? お前も狙ってるのか?」

「サルド、お前は馬鹿か。あんな良い女、逃すわけねェだろ」

「それならベン、競争だ。兵士を殺した数で決めるぞ」

「いいぜェェ、みなぎってきた!! やるぞっ、お前ら聞いたな? いけやぁぁ、潰せ、潰せ、潰せェッ!」


 他の兵士を焚き付けてるし、こいつらは山賊的な身なりでも、リーダー格らしい。


「血祭り、祭りだぁぁぁぁぁっ!」

「ヒャッハーッ、殺るぜぇ!」


 気付かれてもいいから近付いてみよ。


 ポポブムの腹を僅かに叩き、前進させる。

 その集団の横合いから近付いていった。


「オイッ、好き勝手に盛り上がるのは良いが、お前ら、何、競争とか言ってんだ? あの小娘は最初から俺様が貰うと決まっている」


 痩駆な男は眼窩に窪んだ目を鋭くさせながら喋る。


「はぁっ? ゾハの兄者ァ、何言ってやがる。俺が先だ!」

「ベンにサルド、長兄の俺様が先だ。あの、つるつるしてそうな太股は俺が一番最初に貰うんだよっ、へへ」


 下種な言葉に下卑た笑い顔を浮かべる男たち。


「またかよぉ。いっつも、先にゾハ兄が持っていくんだから、たまにはおれたちにも味わわせろよ」

「いやいや、あの女だって、おめぇらみてぇな肥えた中年より、俺みたいな、細い男に犯されたいはずだ」

「――おぃ、ベン、サルド、ゾハの変態兄弟、今は駄目だ。あの女、ミアは無事に生け捕りにしろと、オゼさんとジェーンさんから命令が出ている」


 あれ? 結局、あの煩い兄弟たちは副リーダー的な存在だったらしい。

 一番最後に話していた、大柄の男がリーダー格か。

 長剣を手にしながらの、命令口調で胡乱な男たちを叱っていた。


 しかし、いきなりだな。

 裏通りに入ったら、どこぞの組織同士の集団戦に遭遇してしまった。


 といっても、四十人対十五人ぐらいで、殲滅戦といった感じではある。人数が少ない方が路地裏で追い詰められている状況だ。


 こりゃ一方的だな。


 ――んおっ?


 さっき胡乱な男たちが興奮しながら話していたように、追い詰められている方に美人さんがいた。

 美人さんは黒色の長髪ストレート。

 細眉に黒い瞳。和風の大和撫子といったところか。


 追い詰められて厳しい目付きだが、その黒い瞳には絶対に生き延びてやる。と、いった意思がひしひしと感じられた。

 服装は白の太股まであるワンピース。

 上着のところどころが破れ、下に身に着けている革鎧が見える。

 柔らかそうな太股も、また素晴らしい。

 破れたワンピースがまた、ぐっとくる。

 あんな状態じゃ、変態共が叫ぶ気持ちは分かるな。


 彼女は杖を手に構えているので、魔法使い系なのだろう。

 その隣では、必死にその美人さんを守る中年のおっさんがいる。


 厳つい顔をして、両手に持った巨鉄槌を振り回していた。


 おっ、巨鉄槌で敵を吹き飛ばした。

 やるなぁ、あのおやっさん。

 かっこいい。完全に仁王像のように立ち塞がっている。

 顔に縮麺のような皺が目立つ、巨鉄槌を手に持つ、髭親父の仁王だ。


「――ぐあぁっ」

「ちっ、鉄槌のビクターか、さすがに強い」


 この際だ。あの美人さんと仁王親父側に助太刀しちゃうか。

 と言うか、女だと助けるという思考の俺も大概だな。

 ポポブムを仕舞う場所は……おっ、あった、あった。あそこの反対側にある路地に止めておこう。


 路地に急ぎ向かった。


「ポポブム、ここの奥の陰で、じっとしていてくれ」

「ブボッ」


 ポポブムは元気よく鳴いた。

 そんなポポブムを撫でてやりながら建物の陰に誘導し、大樽の上にあった金具に繋いでおく。


「ロロ、行くぞ、戦闘準備だ」

「にゃッ」


 よし、魔槍杖と魔剣ビートゥを召喚。

 予備の武器として魔剣は腰に差し、手に魔力を込めて魔法陣を描く――。


 魔力消費を抑えて書き込む。

 魔竜王戦で使用した基礎から少し発展させる。

 集中型、規模は極小、収縮、で構築……組み上げていく。

 魔法陣はすぐに完成した。


 完成した魔法陣を上空へ移動させる。

 空中に漂わせ位置をキープ。

 薄暗い路地を歩く俺についてこさせる。


 準備完了。


「ロロ、魔法をぶっぱなす予定だから、最初は待機だ。その後は、臨機応変に」


 そう簡単に説明を終えると、戦っている集団のもとへ向かう。


 美人さんを犯そうとしている集団の背後に立つ。

 戻ってくると、より状況は悪化していた。

 黒髪美人の女&中年の鉄槌のグループが率いている兵士たちの人数が減り、囲いが更に狭くなっている。


 巨鉄槌を持つ仁王のおやっさんが一人奮闘している状態だ。


 血だらけになりながら、近付く敵を一人、また一人と、鉄槌を食らわせ、鶴嘴の尖り部分を頭へ直撃させて倒しているが……多勢に無勢だ。

 今もまた近づいた三人目を屠っている。


「鉄槌のビクターには集団でかかれっ、二人、否、三人で同時に攻撃だ」

「――そうはさせないっ」


 俺は野郎集団の外から声を張り上げた。


「んっ、誰だ、てめぇはっ!」


 後ろで指示していた大柄の中年男が俺を睨み、声を張り上げる。


「通りすがりの根無し草、またの名を冒険者」

「なんだと、【ガイアの天秤】の用心棒雇われか?」

「まぁ、似たようなもんだな」

「こいつ馬鹿か? この人数相手にわざわざ出張ってくるとは」


 馬鹿は馬鹿同士、一緒に戯れようや……。

 俺はそこで笑いながら答える。


「……馬鹿で結構。それで、お前たちは俺の“敵”となるのか?」

「――しゃらくせぇっ、殺っちまえ」


 髭を生やした大柄の男は長剣を振り上げながら、突っ込んできた。

 素直に槍の間合いに入るのを待つ。

 大型男が槍の圏内に入った瞬間、無造作ノーモーションで魔槍杖を持ち上げる。紅斧刃が大柄男の股間を捉え、腹の半ばまでを一気に切断。そこから月でも描くように振り上げ上半身を両断してやった。


「――ボッ」


 頭が横にずれ、なんとも言えない声を発しながら、二つの肉塊は左右へ分かれて沈んでいく。


「――人数が多いから減らさせてもらう!」


 俺は叫び血塗れた魔槍杖を一回強く振り回してから、真正面へ穂先を向けた。

 血が蒸発した音を立てている紅斧刃を照準器に見立て、敵の集団へ狙いを定める。


 《闇弾ダークバレット》。


 ――<古代魔法>を発動。


 上空に漂っていた魔法陣は、瞬く間に巨大な銃のスコープのように目の前に出現。

 魔法陣からコンマ何秒も経たずに黒い塊が現れ、狙った位置へ《闇弾ダークバレット》が射出された。

 小さい隕石のような《闇弾ダークバレット》は敵を吹き飛ばしながら地面に勢いよく、衝突。


 地面からはけたたましい衝突音が立ち、円状に土が捲れ土埃と共に小さい衝撃波を周囲に発生させる。


 鉄槌を持ったビクターは衝撃で膝を地面につけた。

 ワンピース姿の黒髪女も、衝撃波の風で黒髪を靡かせながら、なにごとか? と言うように目を見開き、俺を見つめてくる。


 四十人ほどいた敵側の集団は見る陰もなく、《闇弾ダークバレット》と直に衝突した奴らは肉片となり、近くにいた半数が衝撃波によって倒れていた。


 ここで一気に攻める。


「ロロ、殺るぞ――」

「にゃ」


 黒猫ロロはもう既に、狩りの体勢へ移行している。

 まだ生きていた地面に転ぶ男たちに触手骨剣を伸ばし、次々と刺し殺していった。


 俺も続いて、地面を這うように逃げようとする蠢く奴らへ容赦なく魔槍杖の矛を突き刺していく。


 鉄槌の仁王ビクターもこの状況を見てチャンスと判断したのか、素早く立ち上がり、


「うおおおォッ――チャンスだ。アコースッ、攻めるぞっ! 【ガイアの天秤】の意地を見せろ」


 仁王は鬼の形相を浮かべながら、味方を鼓舞するかのごとく咆哮に近い叫び声を発した。

 地面に転がる男たちへ素早く近付き鉄槌を振り下ろしている。

 モグラ叩きのように次々と潰していた。


「はい! ビクターさんっ」


 叫びながら鉄槌を扱う鬼の形相のビクターにつられるように、劣勢だった数人の若い男たちが反撃に加わっていく。


 こうして、あっという間に敵を殲滅した。

 その直後、巨鉄槌を持つビクターは肩で息をしながら生き残った兵士を引き連れ俺に近寄ってくる。


「おぃ、おまえさんはいったい……」

「名前はシュウヤ・カガリ。シュウヤと呼んでください」

「何者だ? 我々を、なぜ助けた?」


 ビクターは魔力を足に溜めている。

 鉄槌を持つ手にも力を入れているのが分かった。


 俺が助太刀をしても、さっきの<古代魔法>を見れば怪しむか。

 少し派手にやり過ぎた。

 次からは普通に武力で助けよう……。


「……俺は通りすがりの冒険者です。助けた理由は、そこの黒髪の美人さんを放っておけなくて」

「――なんだとっ」

「ビクターさんっ、こいつは?」


 ビクターと呼ばれている厳つい老人の隣にいた赤髪の若男は長剣の切っ先を俺に向ける。


「――手を出すなっ、お前ら、さっきのを見てなかったのか? ――お嬢、こいつを雇ったんですかい?」


 ビクターは自らの武器である鉄槌を使って、赤髪の男の剣を押さえながら背後にいた黒髪の美人さんを“お嬢”と呼んで振り返っていた。


「冒険者? ……わたしは知りません。全く知らない人です」


 黒髪の美人さんは、冒険者と聞くと嫌そうな顔を浮かべている。

 こちらを睨み魔法の杖を構えたままだ。


 ま、当たり前だな。


「そうです。俺が勝手に助太刀したんです」


 俺は変なおじさんです、もとい、青年です。

 という感じに、ふざけた笑みを浮かべながらストレートに話す。


 黒髪の美人さんは俺の簡潔な言葉を聞くと、表情を和らげる。

 安心したのか、構えていた魔法の杖を背中に装着してから、黒い瞳を向けてきた。


「そうですか。魔法といい、その斧槍といい、貴方は一流の腕前ですね……【梟の牙】の兵士たちを一瞬で撃滅するとは……」


 彼女は俯き加減で話す。

 まどろっこしいので、名前を聞くように促すか。


「――そんなことより、こうやって、命の恩人が名乗ったのですから、名前ぐらい教えてくれても良いと思いますが? 美人なお嬢さん」


 俺がそんな軽口を言うと、剣先を向けていた若者が眉をひそめる。


「ビクターさん、こいつ……」

「いいから、おまえたちは下がっていろ。ここは、わたしとお嬢で話す」

「はっ、ですが……」

「アコース、二度言わすな」

「は、はい――」


 チャラ男的な雰囲気を持つ若い赤髪男は納得していないのか、俺を睨んだ後、怪我をした数人を引き連れ背後に退いていった。


 そして、黒髪の美人さんがすたすたと歩み寄ってくる。


「そうですね。失礼しました。シュウヤさん、改めてお礼を。このたびは、我々の闇ギルド【ガイアの天秤】を助けて頂き本当にありがとうございます。わたしは団長であり長を務めているミア・アフトトルと申します」

「わたしも同じく【ガイアの天秤】で、団長補佐を務めているビクター・オラドムという者だ。シュウヤ殿、助けてもらい感謝する」


 闇ギルドの【ガイアの天秤】か。

 【梟の牙】が戦いの相手だったみたいだが、俺たちを襲ってきた盗賊団も【梟の牙】のメンバーだった。


 共通の敵なので、ちょうど良いかも。


「……ミアさんとビクターさんですね、たまたま遭遇して良かった」

「どうして、わたしたちを助けてくれたのですか?」

「? 何回も繰り返しますが、ミアさんが美人で綺麗だからです。綺麗な女性があんな下品な男共に蹂躙されるのは忍びなくてね。正直に言うと、ビクターさんには悪いが、ミアさんが居なかったら無視していた可能性は高い」


 途中で普通の口調に戻した。

 良い印象じゃないだろうけど、事実だしな。


「なっ、お嬢……」


 ビクターのおやっさんは厳つい表情に戻し、ミアさんを守ろうとしている。


「率直な人なんですね。ビクター。大丈夫ですよ」


 ミアさんは、にこやかな顔付きでビクターに話していた。


「そうだよ。警戒せずとも、深い意味はない。正直に話しただけだ」

「にゃ――」


 そんな時黒猫ロロが肩に飛び乗ってきた。


「まぁ、黒猫ちゃんですね。可愛い、でも、さっきと少し大きさが違う?」

「そそ、こいつはロロディーヌ。略して、ロロ。俺の用心棒、使い魔みたいなもんだ」

「こやつが、触手、骨剣を伸ばしていたように見えたが……」

「ロロの武器だよ」

「ンン、にゃっにゃ」


 黒猫ロロは片足をぽんぽんと上下に動かし、柔らかい肉球で俺の肩を叩き返事の声を出していた。


「ふふ、可愛い用心棒ですね」

「にゃっ」


 黒猫ロロは得意満面といったドヤ顔を見せている。

 さて、貴重な美人さんを助けたし、目的の枯れた大樹とやらを探しにいくか。


「それじゃ、俺も参加しといてなんだが、こんな血生臭いところから去るとしますかね。ミアさんにビクターさん、また、どこかで――」

「あぁっ、待ってください。お礼がまだです」

「そんなのいらんよ。じゃあ」


 背中を見せながら片手を左右に振る。

 そのまま、ポポブムを止めてある路地裏に急いだ。


 ポポブムへ向けて軽く跳躍して跨がると、手綱を掴みポポブムの腹を足で叩き路地裏を颯爽と脱出。大通りへ戻った。


 この都市に来た目的、枯れたホルカーの大樹とやらはどこにあるのだろう。

 商店街が両脇に並ぶ大通りの場所を進む。

 隊商の馬車、冒険者の一団、魚を運ぶ牛馬の群れ、ここで暮らす人々が通りすぎてゆく。


 そんな喧騒している商店街を通り過ぎると、広い開けたところに出た。


 お、あった。

 あれが……枯れたホルカーの大樹か。


 ここは円形広場のような十字路だ。

 中央部には楕円の土壌に囲まれている一本の老木、枯れた大樹が生えていた。


 侯爵の部下、白髪のおっさんサメが話していたのは、この“枯れた大樹”のことだろう。


 玄樹の光酒珠、智慧の方樹の手がかりになるかもしれない、黒猫ロロにとって大切な物。


 枯れた大樹の根本には注連縄の白い巻き帯がぐるりと巻かれ神社にありそうな神木のような雰囲気を醸し出していた。

 歴史を感じさせる大樹だ。幾世代もの永き時に渡り、この街に暮らす人々の物語を、この大きな幹と干からびたような樹皮は記憶しているに違いない。


 俺はこういう神聖な雰囲気を持つ大木は好きだな。


 あ、デボンチッチだ。

 顎髭のような形がある子精霊デボンチッチが一匹。

 根本の注連縄の上をてくてくと歩いていた。

 一匹しか居ないけど、ホルカーの大樹と云われるだけはあるようだ。


 そんな広場の中心にある枯れた大樹の下、たっぷりとした木陰がある涼しげな場所でもある土の囲いの前で一風変わった行動をとっている人物がいた。


 頭にはフード、灰色ローブに全身を包んだ方だ。

 怪しい感じ。その人物は地面に両膝を突くと、両手を組み出した。


 神に祈っている?


 怪しい人物は祈りを終えると、おもむろに立ち上がりながら、こっちへ振り返った。

 そして、被っていたローブの頭巾を後ろに戻して顔を晒す。


 うは、すごい顔だ……。


 皮膚の色が青い。深いブルーであきらかに人族ではない。

 頭に毛髪は生えておらず、縦長の耳をしていた。


 エルフとは違う耳。

 縦に長く大仏のような耳朶がついている。

 眼窩の上の骨が大きく横へ出っ張り、キルティング加工されたような頬は縦に長く特徴のある顔立ち。

 その灰色ローブを着た特徴のある種族の人物は唇を動かしていく。


「皆さん、聞いてくださいっ。わたしはホルカー神殿を預かる司祭のペラダスと申します。今日はこの大樹についてのお話をしたいと思います。この大樹は街の名の由来にもなっているホルカーの精霊が宿っていると云われた“ホルカーの大樹”として有名です」


 怪しい人物ではなく司祭なのか、大きな声を発して演説を始めていた。

 聴衆といえる人は少ないけど、熱心に語っている。


「ですが、今の見た目はこのように……この大樹が枯れたようになってしまってから五年以上の歳月が経ちました。ですが、わたしは“復活”すると信じています。そして、残念なことに、このホルカーの大樹を伐採する話が出ているのですっ。――何と言う罪深き所業でしょうか! わたしはホルカーの信徒として断固反対し、この身を捧げる思いで、伐採を中止させる考えです。植物の神サデュラ様もきっと悲しんでいることでしょう――」


 司祭の声はハスキーだ。

 時折、詰るように鋭い語気で語っている。


 まさに求道者という感じだ。

 周りを行き交う人々はその度にびっくりして司祭を見ていた。


 枯れた大樹の伐採か、大変そうだな。

 じゃなくて、伐採はさせちゃ拙い。

 玄樹の光酒珠と智慧の方樹に関係があるかも知れないし、阻止しないと。


 あの特徴的な顔を持つ司祭と話がしたいが、演説はまだ続くらしい……。

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