七十三話 魔鋼の大蜻蛉

 飯の時間だ。


 焚き火を挟むように石が積まれ、その石と石の間に鉄棒が二つ通されてある。

 その鉄棒の上には黒鉄の無骨な大鍋が載せられ、焚き火が、その大鍋の下に当たっていた。

 大鍋の中がぐつぐつと煮えていく中、その汁から踊るように現れ汁の中に沈み消える太い玉葱とピーマンの野菜が見えた。


 あ、魚類もあるのか。

 白身がぷかぷか~と浮いて汁の中で回転している。

 

 茹で海老は美味いんだ~。 

 茹で海老を食べれば防御力アップするのかな? 


 汁は茶色だ。

 それらの具材が茶色汁の中でぐつぐつと踊るように煮立っているから、見ているだけでも楽しめる。


 そして、美味そうだ。


 湯気から野菜の香りと塩の香りが漂う。

 自然と口の中に唾が湧く。今日だけ飯は豪華だ。

 タジキが御礼の一つだと言い、荷物を崩して食材を用意してくれたのもある。

 脚絆でくるんだ木製の湯湧かし器も側にあった。


 皆で、熱い汁を啜り飲み食っていく。


 俺としてはアイテムボックスからいつでも新鮮な食事が取り出せる。

 だから、どうでも良かったが、皆嬉しそうに美味しく食べているから、食事に付き合って笑顔を向けていた。


 赤髪のフランも笑顔だ。


 彼女の左肩には透明な鷹が止まっていた。

 先ほど偵察を終えて帰ってきた時にはもう鷹が止まっていたから、何か良い連絡でもあったのかもしれない。美人な笑顔を鑑賞していく。


 すると、


「……シュウヤ、少し前に見たと思うが、ここはゴブリンやオークだけではない。この辺で有名な魔鋼の大蜻蛉アロムヤンマが出現する」


 ゴメスの言葉だ。熱い野菜汁に浸けていた黒パンを、ぺろっと平らげながらの、しゃがれた声だった。モンスターの名前を強調していた。正直フランの顔のほうが癒される。

 が……話しかけられたから、話題に乗るか。


「……そのアロムヤンマとは何だ?」

「ここらじゃ有名だぞ。巨大な蜻蛉型モンスターだ。倒せばデカイ魔鋼が採れる。魔鋼アロムとして有名なんだがな」


 あぁ、そういや、侯爵のシャルドネが話していた。


「大蜻蛉か、俺は見たことない」

「そうかい。沼地が増えてくると、嫌でも見かけるようになるさ。また、それを狩る冒険者クランと会うことになるだろうな」


 フランもキャベツのような野菜を食べながら、話に加わった。


「……魔鋼アロムか、ホルカーバムにいる一部の冒険者クランは各商会に雇われ半ば従業員と化しているとか、そんな噂を聞いたことがある」


 ゴメスとフランはその魔鋼アロムに詳しいようだ。


「そりゃしょうがないだろう。大蜻蛉は季節関係なく沼地にたくさん湧くからな、そして、オセべリア以外にも輸出されている特産魔鋼。儲けがあるとこ冒険者あり。とな?」

「儲けあるとこ商人ありだろう」

「そうだったか? がはは」


 ゴメスとフランは笑いながら問答を繰り返す。


 その会話の途中で、俺は退席していた。

 小分けした皿に鍋汁を持ってポポブムのところへ戻る。


 捕虜にした女、ミスティのことが気になっていた。ミスティは両手を後ろ手に拘束されながらも、ポポブムに背中を預けハイム川を見つめ大人しくしていた。

 そんなミスティの膝上、ローブの上には黒猫ロロが丸くなって寝ている。


 黒猫ロロ随分となついたな。

 近付いていくと、ミスティが視線を合わせ話しかけてきた。


「ねぇ、もうすぐホルカーバムだけど、わたしをどうする気なの?」

「殺すか、売るか、どうしようか、悩み中」

「……できたら、殺さないでほしい」


 ミスティは自らの視線を一点の地面に集める。

 どこか呆けた諦め顔を浮かべて、呟いていた。


 ま、俺は殺すか、と言ったが、はなから殺すつもりはないんだが。

 が、彼女は犯罪者だ、俺が拷問して殺した男のように殺すべき人族なのかも知れない。

 しかし、俺だって偉そうなことは言えない、血吸いの化物。

 人に馴染もうとしているが、人の理から逸脱した存在。

 それに、ミスティは中々の美人。有能なスキル持ちで、色々な興味深い情報が聞けたからな。生かしてやろう。あ、そういや、クナが持っていた奴隷商人の資格がある。

 だから、ミスティのことを奴隷化できちゃったりして?


 奴隷といえば……。


 ヘカトレイルで売られていた奴隷たちは、皆が黒い首輪を装着していた。

 あれはどこで売ってるんだろう――。


「――糞、ねぇ、何か言ってよっ、黙ってちゃわからないでしょ」


 ミスティが俺の思考を邪魔するように語気を荒げた。必死な目で訴えてくる。


「あぁ、考え事しててな。すまん。やはり、殺しはなしかな」

「それじゃ、奴隷化?」


 奴隷化か……ん~やっぱ、こうやって話してしまうと無理かなぁ。

 ミスティの兄を殺した手前……何か、心に引っ掛かる。

 話してみたら糞、糞、言う以外は、普通に話せたし、わざわざ、奴隷に落とすのは気が引ける。もう解放していいかな。と思ってしまう。

 それに、何度も思うが、美人だ。俺には重要だ。知りえた女には甘いが……それが俺でもある。命を狙ってきたら躊躇なく殺せば、いい。

 条件次第では逃がしてやるとするか。


「……条件次第で、逃がしてやってもいいよ」

「そう……え? それって、本当?」

「あぁ」

「逃がしてくれるの? まさか、わたしに惚れちゃった? この体が目当て? でも、わたしはこの額の印があるおかげで分かりやすいし、売れば値段が高くなるわよ? スキルの証明、元貴族の証明だし。奴隷として売れば白金貨五枚はいくと思うのだけど……」


 ミスティは動揺しているらしい。

 焦げ茶色の瞳を左右へ微妙に揺らしながら、語る。

 売られることが嫌なくせに高く売れるとか。逆アピールだろうに……。

 そんな些細なことは、あえて口にせず、


「……白金貨五枚か、確かに大金だな。本来ならお前を売ることが正しい。しかし、お前の生殺与奪の権利は俺が持つ。だから、売ろうか殺そうが何しようが俺の勝手だ。それに、俺はある程度の金を持っているからな。お前を売ってまでの金は要らないというわけだ。後、俺も男。お前の体には興味はある。が、しゃぶれとか、抱こうとは条件には加えないぞ」

「そう……不思議な人……確かに貴方の纏っている灰色外套、よく見たら紫の粒が光っているし、凄く高級そうな布だと分かる……それに盗賊団を倒した、あの斧槍は普通のハルバードではないと判断できるわ」

「そうだな。それで、逃がすとしての条件だが……」


 ミスティの焦げ茶瞳が希望を見出だすように俺を見る。


「なに?」


 俺はその視線に答えるように、指を立て話していく。


「第一に復讐を止める。第二に盗賊団に入らず真っ当な仕事をする。第三に【ヘカトレイル】以外の都市へ行く。第四に俺の命を狙わない。因みに俺を狙ったら、次は躊躇なく殺るからな?」

「そんなことでよいの?」

「良い。だが、本当にお前は復讐を止めることはできるのか?」


 俺はミスティの目を強く見た。

 彼女は無言のまま見つめかえしてきたが、根負けしたように視線を逸らす。


「……正直言うと無理かもしれない。わたしは、知っての通り、ギュスターブ家。ギュスターブ家は全てを剥奪されヘカトレイルから追放された貴族……父と母は失意の内に死んだわ。その原因となったのは兄のせい。その兄を探して、殺したいの。それに、ギュスターブ家を潰したオセベリアの貴族たちも殺してやりたい。特に侯爵家も許せない……ヘカトレイルに住む奴等も憎い……はぁぁ、だめね、どうしても、憎しみが忘れられないわ」


 憎しみか、正直だな。


「忘れられるわけもないか」

「そうね……わたしの心には憎悪の連鎖が巻き付いているのよ」


 ミスティの焦げ茶の瞳。

 確かに、その目の奥底、黒い鎖が渦巻いて見える気がした。


「正直だな。嘘ついても良かったのに」

「解放してくれると話す貴方の優しさに……嘘をつきたくなかった。そんなとこかしら?」

「はは、随分と殊勝な心持ちだ」

「こんな、奴隷に落とされるような、糞女の、わたしの趣味話を楽しそうに聞いてくれて、逃がしてくれるのだし、久々に温もりを感じたから、その、優しさに揺れちゃったのよ」


 ミスティは顔が赤く染まる。


「そんな感情を抱けるなら、復讐なんて忘れられそうな気もするが……」

「……そうかも知れないわ。違った道もあるかもしれない」


 彼女の瞳から憎しみの鎖が消えたように感じた。

 これが、嘘でも、別にいいか。【オセベリア王国】に被害があっても、俺は国に仕えているわけでもない。これといって確証はないが信じてやろう。


「そうだな。ミスティなら見つかると思うぜ、その違う道をな。例えば冒険者とか?」

「冒険者……」

「ま、例えだ。明日【ホルカーバム】に着いたら逃がしてやるよ」

「ありがとう。更生の機会をくれて……本当は殺されても仕方がないのに」

「いいってことよ。そろそろ寝とけ。あ、待った。冷めちゃったが、これを食え美味い」


 一時的に枷を外し、鍋料理が入った皿をミスティに渡した。


「う、うん」


 自由にすると決めたが、奴隷に関して分からないことが多い。ついでだ、商人のタジキに奴隷売買について簡単なことを教えてもらおうか。


 その足でミスティから離れタジキがいる幌馬車へ向かった。


「タジキいるか?」

「はい」


 タジキが幌馬車から顔を出す。


「少し質問があるのだが、今、大丈夫か?」

「ええ、はい。大丈夫です。ちょいと降りますね。――それで、何か用ですか?」


 タジキは幌馬車から降りてきて話してくれるようだ。


「唐突だが、気にせず答えてくれると助かる」

「えぇ、シュウヤ様でしたら、何でもお答えしますよ」

「……捕まえた捕虜を売ると仮定して、奴隷商人はどういった商人がお勧めなんだ?」

「お勧めですか、それは、やはり、大商会に所属する奴隷商人でしょう。ですが、もし、お売りになるのでしたら……わたし共の商会にお売り頂きたい。シュウヤさんには命を助けられましたからね。会長にお願いして高く買い取って頂きますよ」


 そりゃそうか。わざわざ他の商会を勧めるわけないよな。


「売る場合は考えておく。それと、奴隷商の資格とは?」

「国が認可している証明書ですね。資格があれば、奴隷競売に参加が可能で他の奴隷商と取引も可能です。一級ともなれば、一見さんはお断りの高級奴隷商館にも入れるようになり、売買が可能となります」


 一見さんお断り。

 舞妓さんを見ては、芸妓さんと遊べるお座敷遊びを思い出す。


「そんな店があるのか。他にも奴隷化はどうすればできるのかな? 後、奴隷商人にはどうしたら成れるかも、聞きたい」


 タジキは俺の言葉に頷き、素早く、説明を続けてくれた。


「奴隷化を直接行うには契約の書類、従属の首輪、その首輪に垂らす主人の血と奴隷の血が必要です。奴隷商人についてですが、従属の首輪と本人と記された奴隷証書を持ち、商会へ所属していれば、もう奴隷商人と言えるでしょう」


 商会所属じゃないと駄目、専門的なんだな。

 今は客の立場で十分だ。


「……では、例えば奴隷を持っていたとして、商人を挟まずに違う冒険者に奴隷を売ることは可能か?」

「可能は可能ですが、奴隷の個人売買は現実的ではありません。空きの従属首輪が必須ですし、空き首輪を買うにしても名前入りの資格証書が必要で値段も高く商会に所属してなければ買えませんので。他にも奴隷が都市に住む場合などで役所へ申請が求められ違反すれば罰せられます」

「申請か、ややこしいんだな」

「普通に商会に所属する商人から奴隷を買えば役所の申請やら手続きは全て商人が行いますから大丈夫ですよ」

「あぁ、そういうこと」


 空の従属首輪、資格証書、奴隷証書が必須で、結局、商会に入らなきゃ奴隷商人にはなれないと。気軽に奴隷を作れるわけではないようだ。

 自称なら沢山いるかもしれないが。

 また、他の遠い地域だと、このシステムではない奴隷制度があるかもしれない。

 あくまで、この地域の話として記憶しておこう。


「……分かった。丁寧に教えてくれてありがとう」


 俺はタジキ先生に丁寧に気持ちを込めて頭を下げた。


「いえいえ」

「それじゃ、また明日」


 明日都市についたら、ミスティを逃がしてやるか。


 タジキと離れ<夜目>を発動。

 夜のハイム川を標榜できる土手の上を散歩していく。


 岸辺の周りには紫の花や青白い花が繁り新緑の彩りを添えていた。

 夜のハイム川……何気ない、そよ風が頬を流れる。

 肌に当たる冷たさが、ほど良い冷たさで心地が良い。


 ここに座るか。

 花の咲いていない適当な土手を選ぶ。

 胸ベルトの背中側にある背嚢袋から小さい毛布を取り出し、土手上に毛布を置いては腰を下ろし、体育座りで、一時の休憩を楽しむ。


 黒猫ロロも何時の間にか傍にきていた。

 俺の横にちょこんと座っている。


 ハイム川から涼しい夜風が俺と黒猫を撫でるように吹き抜けてゆく。

 一緒に月明かりで綺麗な夜空を楽しんでいった。

 茄子紺の空には月が二つ。大きい方は欠けている。

 月の破片が大小様々な形に見えているけど、光は分散するので綺麗なもんだ。


 川面には月光の輝きによって反射光が作り出されていた。

 幾条の波が銀閃に見えてくる。

 黒猫は紅いつぶらな瞳を輝かせ、無我の境地とも言える動物顔で、銀閃漂うハイム川を眺めていた。


 月が雲に隠れ辺りが暗くなり川面の表情も変わる。

 雲が流れ月が本来の姿を取り戻すと、川面の銀閃が強く光る。


 黒猫ロロは景色が刻一刻と移り変わる様子が気になるのか無我の動物顔は一瞬で終わり、顔をきょろきょろさせている。


 こうして、俺と黒猫ロロは月夜が照らし作る大河なハイム川の銀夜景を堪能してから寝入ることになった。


 朝方、ハイム川の流れる川音と涼しい風で俺と黒猫ロロは目を覚ます。


 まだ、薄暗い。


 朝日が昇ると、皆、起き出して朝飯の準備を始めていた。


「定番の汁物だ」

「了解」


 ゴメスたちと軽く談笑しながら朝食を食べていく。


 朝食を食べ終えると、皆で片付けを行い、出発準備を整える。

 また西へ向けて出発となった。

 坂を下りて土手側から少し離れる形となる。


 景色が変わってきた。


 今までは森林と石像群が右辺に広がっていたが、森林地帯もなくなり完全なる沼地へ変貌していた。

 土手の近辺まで塩湖のような水気を含んだ土地だ。


 沼地を進んでいると、あちこちに大きな茸が現れ始めた。


 巨大茸の群生地帯。


 この辺りの湿地帯で生息している固有種らしい。

 薄紅と紫が混ざった色合いの巨大な茸。

 紫色の斑点つきの巨大な傘を持つ特徴的な茸であった。


 ……食ったら旨いのかな。


 すると、霧が晴れて空から太陽の光が辺りをはっきりと映し出す。

 明るさに吊られて空を見上げた途端。前にも、見たことのある巨大クラゲの大群が空を泳いでいるのが見えた。

 大きなクラゲと小さいクラゲは親子連れの大群だ。

 時折に重なり螺旋な動きを見せている。


 大蜻蛉も空を飛んで巨大茸の傘上に止まっているのが見えた。


「巨大な蜻蛉とんぼ


 霧が掛かる沼地と、大茸、空にはクラゲとトンボ。

 幻想的光景の映像がリアルタイムで進行中だ。

 ハンディカメラがあったらRECボタンを押しているね。


 茸からは、いい匂いがするし。


 隊商の一行は、沼地に入ってから車輪が土に絡み進行速度が落ちていたが、俺にとっては好都合だった。

 巨大茸の傍にポポブムを寄せていたりして寄り道を楽しんでいく。


 また茸の房に手を伸ばす。

 不思議な感触。

 椎茸に近いのか? 柔らかさといい、匂いも椎茸の匂いだ。


 そこに、


「ここに、アロムがいるぞぉぉぉ」

「おおうっ」

「やるぞ」

「おぉぉ!」


 大声が幾つも響く――。

 一瞬、白いロボットに乗るニュータイプの人物に聞こえたよ……。


 掛け声とともに、数十人が大蜻蛉に向けて走り出していた。

 ぬかるんだ地形なのに動きが速い。

 大蜻蛉に向け、数人が矢を放ち。後方には魔法使いもいるようだ。


 魔法使いは詠唱を開始している。

 矢の後部には紐鎖が見えた。仕掛けが施してあるらしい。

 冒険者の集団は連携がスムーズだ。


「おっ、始まったな。あれがここら辺の名物でもある大蜻蛉アロムヤンマ狩りだ」


 ゴメスは語っていた。


 冒険者たちが大蜻蛉アロムヤンマへ向けて放たれた複数の矢は刺さったり刺さらなかったりしている。大蜻蛉アロムヤンマは飛び立ち反撃に出るようだ。

 大きな羽を羽ばたかせ、ホバーリング状態で宙に浮くと、冒険者たちへ向けて細口や尻尾の先端から長細い鋼刺針を連続で射出させていく。

 だが、戦っている彼らは手馴れているのか、大柄の戦士たちが大盾を掲げて並び立ち鋼刺針攻撃を防いでいた。


「今だ、広げろ!」


 大盾持ちの戦士の背後にいたリーダーらしき人物が叫ぶと、矢に括られていた紐が続々と引っ張られ巨大な鉄網が出現した。

 大蜻蛉アロムヤンマは鉄網に引っ掛かり羽や胴体が絡め捕われて沼地に墜落するが、網に捕われても、おちょこ口のような穴から鋼針を周囲へ射出させ暴れてもがく。網を切ろうとしているようだ。

 ――そこに魔法使いの詠唱が終わったのか、雷撃と氷柱が網に絡んでいる大蜻蛉アロムヤンマに炸裂した。


「まだまだだぁぁっ!! フォース、ライオット! 前衛突っ込めぇ! 頭の根本だ」


 リーダーは指示を出す。


 盾戦士の背後にいた見るからに熟練そうな二人の大柄戦士が長剣と斧を手に携え、魔法攻撃によって動きを止めている大蜻蛉アロムヤンマのもとへ駆け寄り、複眼がある頭の根元へ一撃を加えていた。

 大蜻蛉アロムヤンマの複眼は蠢き反撃に出ようとするが、熟練戦士たちの剣と斧の攻撃は速い。

 スキルと思われる斧と剣の連撃により大蜻蛉アロムヤンマの頭は切断された。

 頭がなくなっても細長い胴体を痙攣させていたが、バタっと動きを止める。


「ヤッホイッ、倒したぞ! 今日、二匹目討伐成功だっ! 回収急げ」


 数人掛かりで大蜻蛉アロムヤンマを解体していた。

 大蜻蛉アロムヤンマの胴体から巨大な鉄パイプ? のような物を取り出している。

 羽や頭も全てを回収していた。一匹から素材が大量に採れるようで荷馬車は満杯になっている。


「回収、ほぼ終了したよぉぉっ」


 回収班のリーダーと見られる女エルフがそう大声をあげた。


「ふははっはは、そうか! 回収班以外は次の獲物にいくぞ?」

「了解っ」

「てめぇら、もっと気合を入れろっ! 今日は後、五匹は狩る。――行くぞっ」


 リーダーは背が低い戦士姿。

 快活に語るとクランの面々と思われる数人をその場に残し、サラブレッドではなくポニー系の小型馬に乗り込み、爽快そうな笑い声を発しながら反対側の沼地へ走らせていった。


「おうっリーダーに続け」

「儲け儲けだっ」


 何か、とてもハイテンションな集団だった。

 あっという間だったし……。


 これがゴメスの言っていた大蜻蛉アロムヤンマ狩りかぁ。


 狩りの様子に少し唖然としながらも、隊商はゆったりとしたペースで西へ西へと歩んでいく。

 俺は途中にある巨大茸の感触を楽しんでいたので平気だったが、皆はこのぬかるみに辟易しているようであった。

 ハイムの川沿いと沼地の間にある土の泥濘街道を、隊商の一団は我慢して進んで行く。

 ポポブムも泥をはね散らしながら進むが、その歩みは、どことなく重く感じる。


 お前も、このぬかるみが嫌なのか? と、首を撫でてあげていた。


 やがて泥濘が減り、草原らしき地帯に突入。

 土の道も確りとした街道になり、スムーズに進む。


 ――おっ? 見えた。


 遠くにホルカーバムの都市らしき壁が見えてきた。

 城壁は低い。遠くから、そんな都市の姿を眺めていたら、フランが魔獣に乗りながら話しかけてきた。


「シュウヤは【魔鋼都市ホルカーバム】は初めてなのか?」

「そうだ」

「なら、軽く説明してあげようか?」


 にこっと微笑むフラン。

 透明な鷹はそんな彼女のすぐ隣を低空で飛んでいる。


「あぁ、頼む」

「わかった。ざっくりとだが、ホルカーバムの南には大河のハイム川が流れ、都市の北東から東にかけては、わたしたちが通ってきた沼地と森林がある。そして、北には巨大な石切場があり街の西にはペルネーテ、ラド峠に向かう街道に農園と墓地がある」

「石切場か」


 確か、侯爵のシャルドネが石が採れるとかなんとか言ってたな。


「そうだ。石切場や木こり場も冒険者の依頼で行く場合もあるぞ。石切場ではハーピーが湧いたりするし、木こり場ではゴブリン、オーク、ノグ、シャプシーといったモンスターが湧くので忙しいんだそうだ」

「へぇ、食いっぱぐれることはなさそうだ」

「はは、確かにそうだな」


 左に見えるハイム川には、船が進んでいるのが見えた。

 街道には武装した冒険者たちや他の隊商の馬車の一団が通りすぎてゆく。


 農作物を乗せている荷馬車を運ぶ魔獣たち。

 荷物を重そうに汗だくとなって運んでいる魔獣や馬の鼻には蝿や羽虫が集り可哀想に見えるほどであった。


 色々な人らが、ここの街道を利用している。

 街道沿いにある右側に広がる草原と沼地では、大きい灰色の殻をしたカタツムリが徘徊。巨大カタツムリと戦っている冒険者たちも見えた。


 鬨の声や掛け声も聞こえてくる。


 黒猫ロロも、そんな大きなカタツムリを見ては、獲物を追うように瞳孔を散大させ姿勢を低く構えては、狩りの態勢になっていた。


 ロロはじゃれて遊びたいようだ。

 だけど、まだ護衛任務中。


「ロロ、勝手に狩るのはダメだぞ? 人が戦ってるし、苦戦もしてないだろ?」

「にゃ~」


 黒猫ロロは耳が凹ませ答えていた。


 アンモナイトやカタツムリ型のモンスターか。

 しかし、すぐ近くで農作物を運んでる人たちもいるけど、間近にいるモンスターは平気なのだろうか? 

 それだけ冒険者たちが活躍しているんだろうけど……。


 ホルカーバムの東門が見えてくる。


 東門に近付くに連れて一風変わった建物も増えてきた。

 それはテントのような建物。

 モンゴルの草原の民が住処にしているゲルというテントに似ている。


 家畜も見えた。牛だ。ルンガだ。頭が二つ。

 乳の数も多い。あの家畜ルンガたちは師匠のとこにもいたな。

 わりとポピュラーな家畜のようだ。


 そのような家畜を含めたテントが点々と【ホルカーバム】東側の草原を囲うように存在し、虎の顔をした獣人たちがたくさん生活していた。


 テントの前では馬の囲い場もあり馬喰ばくろう(家畜商)たちと思われる毛皮のマントを羽織る商人たちが大声をあげている。

 あちらこちらで、布帽子を被る虎獣人が都市の中へ入ろうとしている商隊や旅人たちに向けて呼び止めて熱心に商品を勧めていた。


 その中で、一番熱心に声を出している虎獣人の売り子の前を通る。


「――いらっしゃいっ! ゴーモック商隊の品物は、東は【ヘカトレイル】に【フォルニウム火山】を越え、遥か東国の【フジク連邦】や【レーリック】の品物まで用意してあるよっ。見ていきなっ、ゴーモック商隊の品物だよぉ」


 この虎獣人の背後にある建物のゲルは他のゲルより一際大きい。

 商隊の一団か露店商の集まりみたいだ。


 都市の中には入らず、ここで商売をやってるのか。

 俺たちはそんな商人の声を無視して門まで進む。


 門上の両端には風で靡いている青旗がある。

 絵柄は盾の中に馬と鷲と竜が描かれ、それぞれが一つの王冠を支えている絵だ。

 下には青鎧姿の衛兵が二名立っていた。

 素通り。衛兵は見てるだけ、視線も合わせようとしない。


 他の旅人たちと共に開かれた門を潜っていく。


 やっと、ホルカーバムに到着だ。


「ついたな」

「皆様、依頼ご苦労様でした」


 商人のタジキが頭を下げていた。


「おう、今荷物を移すから少し待ってくれ」


 ゴメスたちのクラン員が商人タジキの荷馬車から装備品を下ろしている。


「ありがとうございます。今、うちの商会の者が来ますので」

「わかった。それでも下ろせるだけ下ろす」


 ゴメスたちが作業をしていると、タジキが所属する商会の使用人たちが集まってきた。

 彼女たちは頭にプラトークをかぶっている。

 人数が増えたので、すぐに荷下ろしは終わった。


 タジキは手伝いにきた商会の者へ依頼木札を渡している。

 木札を受け取った使用人は頭を下げて、足早に街並みの中へ消えていく。


「皆様、依頼完了の木札は商会の手の者がギルドへ提出に向かったので、ギルドに行けば依頼の報酬が貰えるはずです。それでは、わたしは商会へ荷卸しに行きます。皆様、この度はありがとうございました。またの御機会に。それと、シュウヤ様、ルクソールのご来店をお待ちしております。では」


 タジキは幌馬車と荷馬車を連結させて、その場から去っていった。


「シュウヤはあの商人に偉く気に入られたな?」

「そうみたいだな」


 俺は行く気はないので、適当に頷いていた。

 すると、ゴメスの背後に居た【戦神の拳】のメンバーが口を開く。


「ゴメス隊長。当たり前ですよ。俺たちでさえ、シュウヤさんには感謝してるんですから、夜待っていたんですけどね……」


 俺は華麗にスルー。

 視線も合わせない……こないだから、俺の股間ばかり見ているので、少し恐怖を感じていたからだ。

 彼の名前はジオ……ここ最近の出現したどんなモンスターよりも怖い存在である。


「ジオが完全にお熱をあげちゃってるわね。でも、もし、あの場にシュウヤさんがいなかったら……ぞっとするわ」

「あぁ、考えたくねぇが、盗賊共に捕らえられるか、殺されていただろう――シュウヤ、ありがとな?」


 ゴメスはクランメンバーと共に礼を言ってきた。

 彼はむさいゴツイ親父キャラだが、今見ると、クランを率いる立派なリーダーに見える。


 こういった視線は照れ臭い。


「いや、その、たまたまだ」


 照れるように言葉を濁した。


「ははは、あの槍働きをしても、謙遜か。本当の強い奴というのは、こういう“漢”なのかもしれねぇな……んじゃ、俺たちはギルドに報酬を貰いに行く――皆、いいな?」


 ゴメスは鷹揚に笑い、豪傑キャラに戻るとメンバーを見回した。


「了解っ」

「付いていくっす」

「ゴメス隊長、わたしは宿を探してくるわ」

「おう、ここで待ち合わせだ。――フランにシュウヤ。俺たちは先にギルドへ行くぜ、また、どこかでな」

「わかった」

「またな」


 ゴメスたち【戦神の拳】クランは離れていく。


「シュウヤもギルドに行くのだろう?」


 フランがそう話す。


「あぁ、俺は少し、この都市を見学したいから後でギルドを探すよ」

「そうか……わたしがこの都市を案内してやろうか?」


 そよ風で揺れる赤髪を手で押さえながら、俺を見るフランが突然そんなことを言う。

 僅かに揺れる赤髪を押さえている行動に女の色気を感じ取った。

 だが、ミスティを解放させるつもりなので、一人のが都合がよい……。


「適当に見て回るだけだ。必要ないよ」

「……分かった。それじゃ、わたしも先にギルドに向かう」

「あぁ、またな」


 赤髪のフランは思案気な顔を見せたが、背中を見せて去っていく。

 さて、どこでミスティを放すか。

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