七十五話 枯れた大樹と宇宙人顔の司祭
演説は長い……。
終わりそうもないから、この都市の見学しようか。
ここは四つ辻。上下左右に道は続いている。
俺から見て左手は港。
上の道は西門の方だ。
右手の北方面には上り坂があって、幾つも路地が分かれている。
このホルカーバムの地形は北側が段々と傾斜が高い。
その傾斜に建つ高級屋敷は石の素材が使われている。
ホルカーバムには石切り場が多いと聞いているから、その関係だろう。
北は却下だな。人通りが一番多い港に続いている通りを行くか。
手綱を傾けてポポブムの頭部を南へと向けて進む。
「プボッ」
ポポブムの荒い息が可愛い。
両隣には色々な商店が並ぶ。
荷馬車、牛車の商人たちと共に通りを抜け、港に近付くにつれて……魚の臭いが漂ってきた。
そして、波止場が見えてくる。予想以上に大きな港だ。
板で鋪装された長い波止場の周りには船が何隻も停泊してる。
船上からはタラップが伸ばされて、頭に鉢巻きを巻いた船乗りたちが重そうな荷物を持ちタラップの上を歩いて運び出している。
滑車も使われているので、忙しそうに働いていた。
ここら辺は完全に港町らしい雰囲気だな。
波止場にある牛の荷馬車に沢山箱が積まれていく。
その荷車が動き出しては、こっちに来た。
荷車はひんやりとした空気を漂わせて、俺が乗るポポブム横を通っていく。
積み荷の箱の中には、マグロ、鯨? 切られた巨大の赤身肉、巨大蛸の一部が入っていた。他にも深海魚のような顎が異常発達した魚に、大きな口が複数個ついた、どうみても怪物にしか見えない頭だけの魚も入っている。その殆どが凍っていた。誰かが生活魔法で凍らせたのだろう。
荷車は遠ざかっていく。
その視線の端に冒険者ギルドと書かれた看板を見つけた。
あそこがこの都市の冒険者ギルドか。
正面口のテラス外には地面に刺さった木製の杭が幾つも並び、その杭に馬や魔獣から繋がれたロープがたくさん繋がれていた。
脇にある小さな厩舎は定員オーバーのようだ。
ついでだ、俺もギルドに入り依頼達成の報酬でも貰っておこう。
ポポブムを向かわせギルド前で降り、正面口にある杭にポポブムの手綱を結び付けた。
冒険者ギルドの建物へ入っていく。
ホールに並ぶ木製の掲示板には冒険者たちが集結。
いつものように、あれやこれやと依頼を選んでいた。
ギルドらしい光景だな。
それら依頼を選ぶ冒険者たちの種族は、色々だ。
虎顔、蛇顔、鱗顔、豹顔、鼬顔、普通の人族と、耳長のエルフにドワーフもいる。
その隣には猫のような顔を持ち、腕が四本生えている種族もいた。
あっ、あのデカブツ。いつぞや見かけたことがある。
大柄種族の獣人。全身の毛でぼうぼう。
毛むくじゃらマン。怪獣的だが、何処となく可愛さもある毛並、
なんていう種族名なのだろう。
その大柄獣人さんは、のしのしっと、重そうに歩いていた。
「おっと、にいちゃん邪魔だよ」
そう言ってきたのは背後から入ってきたドワーフと見られる背が小さいふっくらとした男だった。
「あっすみません……」
急ぎ横に移動する。
傍にいた
「まったく人族の……」
ドワーフの小男は小言をぐちぐちと言いながら歩いていく。
この混雑具合は【ヘカトレイル】より多いか?
いや、この冒険者ギルドの建物が若干ヘカトレイルよりも小さいからかな。
狭いからそう感じるだけかも。
そんな喧騒地帯であるホールの掲示板を避けて、奥にある受付エリアと思われる場所へ向かった。
そこでは女冒険者と受付嬢がやりとりしている。
耳を傾けて、覗き見た。
女冒険者は大きいカタツムリの殻を何個も台の上に乗せている。
「バム貝十匹の依頼ですね。確かに十匹分の殻です。破損もないですし、報酬の銀貨五枚です。どうぞ」
受付嬢は茶色のウェーブ掛かった髪にネコミミが生えた獣人さんだ。
「うん、確かに。それじゃ」
女冒険者は台に乗せてある金を掴み懐に入れると、簡潔に話を済ませて、受付から離れていく。
俺もこの受付にしよ。
獣人の受付嬢へギルドカードを提出した。
「ヘカトレイルからの護衛依頼でさっき到着した。これがカードだ」
「はい、完了札とお名前を記した木札は預かっております。少々、お待ちを――」
係員はカードを持ち後ろにあった水晶玉が付いた魔道具にカードを差し込み作業を行っていた。
「お待たせしました。依頼完了です。こちらが報酬とカードにございます」
「確かに。それじゃ」
カードを受け取って報酬である金貨一枚を胸ポケットに入れておく。
そのまま受付から踵を返す。
ギルドを出ようとした時、
「シュウヤ、遅かったな」
「おっ、フラン」
彼女は笑顔だ。
「もう、報酬は貰ったか?」
「うん。今さっきね。そういうフランは依頼のボードも見ないで、ここで何してんだ?」
「あ、あぁ、シュウヤを待っていた」
「俺を? 何か用か?」
フランはソバカスの頬を紅く染めている。
そんなフランの左肩には透明な鷹が止まっていた。
「シュウヤと一緒に依頼を受けたいな……と」
フランは右手で頬をポリポリと掻きながら話している。
美人な女が誘ってくる。
普段なら、速攻で組むんだが……。
フランは何か怪しいんだよなぁ。
「今回は悪い。すまんな」
「なっ、断るのか。……どうしてもだめか?」
ん、そこまで組みたいのか? もしかして、惚れたか?
いや、まさかなぁ……。
怪しいのはクナで少し懲りてるからね。
ここは断腸の思いで断ろう。
「……あぁ、すまん」
「そ、そうか」
「うむ。じゃ、また何処かでな?」
「あぁ」
フランとはお互いに笑顔になるが、ぎこちなく、そこで別れた。
ギルドの外へ走るように戻り、杭に繋いでおいた手綱を解いて、勢いよくポポブムに跨り乗った。
改めて、辺りの港から商店をゆっくりと見渡していく。
商店街の斜向かい、ハイム川の沿いで、人が集まっている場所が見えた。
興味が出たのでポポブムを走らせる。
どうやら、船着き場のようだ。定期船乗り場か。
標識看板を見る。
【ヘカトレイル】行き定期船。
【セナアプア】行き定期船。
【ハルフォニア】直行船。
【グロムハイム】直行船。
【ファダイク】直行船
【ペルネーテ】行き定期船。
標識看板がある船着き場には多数の着飾った金持ち風の人たちが並んでいた。
向こう岸が微かに見えるけど、向こう岸に行きたい場合の橋とか渡り船はないのかな?
そんな疑問を持ちながらきょろきょろしてると、子供たちの声が聞こえてきた。
「おじさん、おじさん、お金ちょうだい」
「ぼくも、ぼくもぉ」
「わたしの薬草、買ってぇ」
「靴磨きするよぉ」
船着き場で船を待っている金持ちたちの周りに、貧乏そうな襤褸を着る子供たちが群がっている。
「――煩い、煩いっ! 糞ガキ共がっ、こっち来るな!」
「汚ねぇ手で触るなっ、わしの服に触ろうとすんなよ!」
「全く、ホルカー臭いわ、あっちへと行きなさい、シッシ」
金持ち風の男性と女性は軽蔑の顔を浮かべる。
手を泳がせて、しっしっと子供たちを振り払う。罵倒してはゴミでも見るかのように子供たちを睨み、自分たちへ近付けさせないでいた。
少しは施せばいいのに……。
何もせずに傍観している俺も同じ穴の狢か。
ま、裏に大人のボスがいるある種の商売かもしれないけど。
睨むだけ睨んどこ。
そんな金持ち連中を睨みながらポポブムを進めていく。
定期船乗り場から離れて、舗装された波止場を進んでいった。
足を止めて停船している船を見る。
この船はヘカトレイルにあった船と同じサイズ。
櫂を漕ぐのは大変だろうな……。
船からは荷が積みおろされ乗客が乗ったり降りたりしてる。
その時、黒い首輪を掛けられた集団が下船してきた。
「――おらっ、人族に、エラ持ち屑魚人。早く降りろ。商館での商売に遅れるだろうがっ、おめぇらみてぇな海光崩れの蛮族奴隷を買ってくれる相手なんだぞ! もっとしゃきっとしろっ!」
奴隷集団の後方にいた商人が鞭を片手に奴隷に声を荒げて指示を飛ばしている。
大量の奴隷。
船の漕ぐ人も奴隷だったりして……あの奴隷の中にはベンハーのような物語を歩む人物もいるのかもしれない。
港を一通り見たので南の路へ戻る。
その時――視線の片隅に橋の建設現場が見えた。
こんなとこに橋?
橋が少し、気になったので、ポポブムを進めた。
橋は建設途中……まだ基礎工事もできていない、中途半端な状態で工事は終わっている。
この橋が完成したら向こう岸には徒歩で行けそうだけど。
でも、位置がおかしい。
港からは少し離れているし、入り口は路地のある狭いところだし……。
何でここなんだろ? 大通りでも拡張するんだろうか……。
ま、疑問に思ったところで、どうでも良いんだけど。
さて、もうそろそろ、いいかな?
司祭の演説も終わっただろうし、戻ろう。
来た道を戻る。
枯れた大樹の広場に戻ってきた。
お、ちょうど、司祭が演説を終えたところだ。
司祭はローブの頭巾を被ると、枯れた大樹の広場から歩いて離れていく。
――後をつける。
司祭は十字路広場のすぐ目の前にあった古色蒼然とした屋敷へ入った。
近いな……俺もその屋敷の前までポポブムを移動させる。
屋敷の玄関口にはホルカー神殿と彫られた薄汚れた木板があった。
これでも、神殿なのか……襤褸屋敷のような感じだけど。
その襤褸屋敷の前でポポブムから降り、手綱を杭に繋ぎ止めておく。
ポポブムの後頭部に座っていた
屋敷の大きい茶色扉を押し開いて、中に入る――おぉ、中身は別物じゃないか。
襤褸風な外観とは違い、天然の太い木材を生かした特徴ある柱が天井の棟木と母屋を支え立ち、広々としたスペースを生かすシンプルな内装だった。
真ん中の中央には祭壇があり、天井から空いた穴から注がれる太陽光が魔法の光源のように祭壇の上にある大きい歪な盆栽へ光が注がれている。
盆栽には魔力が感じられて緑の光を纏っていた。
一条の光と相まって、不思議な神聖な気持ちにさせてくれる。
今にも神様が降臨してきそうな雰囲気だ。
司祭はそんな特殊なる雰囲気を感じさせる台座の近くにあった象嵌入りの樫椅子に座り、羽根ペンで羊皮紙へとなにやらカキカキと書き物を記している。
魔法書でも作っているような空気を感じてしまい、少し緊張するが、話しかけてみる……茶色の敷物が続く床を歩いて中央の台座へと向かう。だが、司祭は近付く俺の気配に気付いたのか、途中で書き物を止め立ち上がると、話しかけてきてくれた。
「ホルカーバムの神殿へようこそ、何かようですか?」
ハスキーボイスな司祭の顔を改めて見ると、やはり、人族ではない。
皮膚も濃い青と薄赤が混ざり、紫に近い色合い。
眼窩の骨が横に飛び出ているし、面長で細い。
宇宙人や魔族だって言われても納得する……。
結構な種類の種族を見てきたけど、やはり、初だと思う。
俺は、暫し……そんなレアな司祭の顔を凝視していた。
「……大丈夫ですか? 聞こえていますか?」
不思議そうに司祭は首を傾げて聞いてくる。
「……ええ、あ、はい。すみません。さっきの広場での話を聞いていた者です」
「おぉ、それはそれは」
「ですが、もう一度ちゃんとお話を伺いたく、ここにやってきた次第でありまして」
俺がそういうと、司祭は嬉しそうに大きい頬骨を動かす。
表情は豊かだ。
「ええ、勿論構わないですよ。寧ろ、興味を持って頂いて嬉しい限り。さっきの話を蒸し返すようですが、あのホルカーの大樹は見た目は枯れてますが、いまだに根本は丈夫ですし、復活は可能なのです」
へぇ、自信満々の言葉。
「復活? あの枯れた大樹を治せるのですか?」
「えぇ、はい。領主を含め多くの人々は信じていないようですが……」
司祭は少し伏し目がちに語る。
「それが本当なら復活できれば良いですね」
「貴方は冒険者の方ですか?」
「そうです。Cランクのシュウヤ・カガリといいます」
俺が冒険者だと名乗ると、この司祭は目の色を変えた。
「おお、それは僥倖。冒険者のシュウヤさんですか。わたしは司祭ペラダスと申します。ギルドで依頼した“ホルカー大樹の復活”の依頼は見てくれましたか?」
「いえ、依頼はまだ見てなかったりするんです。実は尋ねたいことがありまして……玄樹の光酒珠、智慧の方樹といった言葉は知っていますか?」
司祭は首を傾げた。
この反応だと、残念ながら知らないようだな。
「……玄樹の光酒珠に智慧の方樹? いえ……全く、聞いたこと無いです……どのような物なのです?」
全くか。
俺は肩にいる
「……知恵がつく、知能が伸びる、元の姿に戻る、叡知を授かる。とかです。食べられる物でもあるかもしれません、それと、植物の神サデュラが作ったというお伽噺も聞いたのですが……」
司祭は植物の神サデュラという言葉を聞くと、驚きの表情と思われる表情筋を動かした。形が違うので違うかもしれないけど。
「――何ですと? このホルカー神殿は精霊ホルカー様を奉っていますが、植物の神サデュラ様と大地の神ガイア様は眷属の上級神であり、精霊ホルカー様を生み出したと言われる神様ですよ? もしかしたら、その玄樹の光酒珠と、ここの枯れたホルカーの大樹と関係があるかもしれませんっ」
司祭は早口で興奮した言い方だ。
まぁ、だから聞きにきたんだけどね。
ついでだ、神について質問しよう。
「神様か……どこにいけば話せますか?」
司祭は俺の無知なる質問にも嫌な顔をせず、慈愛の表情を浮かべると、
「……ふふ、神と対話ですか、普通では話すことなど……到底、叶わぬこと。神や精霊は定命の者にはあまり接触は試みないのです。よほどの出来事が起きない限り……」
司祭は優しい口調で諭すように語っていたが、語尾終わりに、何か閃いたように顔付を変化させて口を動かしていく。
「――いや、もしかしたら、話せるかもしれません。植物の神サデュラ様、大地の神ガイア様、その神々に連なる眷属の末裔である大樹の精霊ホルカー様にっ!」
興奮している司祭。
しかし、本当かよ……。
「それはどういう?」
「……貴方が、この街の“ホルカーの枯れた大樹”を復活させることができれば、植物の神サデュラ様や大地の神ガイア様から祝福が得られて、神々との対話が可能かもしれないということですよ!」
「ンン、にゃおっにゃおん」
肩にいた
司祭の変な興奮した顔を見て、本当のようだと思っているらしい。
「その黒猫さんは?」
「あぁ、俺の使い魔であり、相棒です」
「なるほど、可愛らしい」
「にゃぁ」
いつものように、ぽんぽんと叩いて、アピールしていた。
「俺は、この使い魔でもある黒猫へ玄樹の光酒珠、智慧の方樹を与えたいんです。もし、神々と対話が成功したら、それらアーティファクトが手に入ると思いますか?」
肩にいる
「はい。ホルカーの大樹を復活させることができたなら、“植物の神サデュラ様”や、“大地の神ガイア様”に祝福が得られ、その“玄樹の光酒珠”と“智慧の方樹”が得られるかもしれません」
司祭は真剣な目付きで、話していた。
得られる“かも”だからな。適当に話を合わせているだけかもしれないので、少し試す。
「神の祝福? あの大きい、枯れた大樹を復活なんて、あなたはできると話していたが。本当にそんなことが可能なのか?」
俺は疑いの視線で話していた。
司祭はそれを聞くと、眼を見開く。
姿勢を崩して意気込む体勢で口を開いた。
「――祝福の恩恵で神と対話をなされた方々は古くから存在しています。それに、ホルカーの大樹はまだ、生きているのです。ですから、必ず復活できますっ! わたし、ホルカー司祭には再生を促す専用のスキルもありますし、他にも聖典にはその方法が書かれ伝承されているんですよっ」
スキルに伝承ね。
司祭は祭壇の上にある分厚い本に手を置いていた。
それが聖典なのかな?
「なら、何故自分で復活させようとしないのです?」
司祭は俺の言葉を聞くと、強張った態度からすぐに表情を変えて、顔に翳りを見せる。
「……それは、確かに。本来であれば、わたしが率先して復活のために動かなければいけません。しかし、その復活のための素材が二つも必要なのです。一つ目はマハハイム山脈を越え、砂漠を越えた北の遠い異国の“湖がある山地の街”に、二つ目は同じくマハハイム山脈を越えた遠い北東の【旧ベファリッツ帝国】領土にあると言われている“サデュラの森”に」
そりゃ遠すぎるだろ……。
「遠い……」
「はい、あまりに遠い。司祭という立場ですが、わたしの種族たちはあまりこの都市にはいないですし、協力者が少ないのです。それに、一番重要なことですが、ここをわたしが離れてしまっては、この父と母が守ったホルカーの大樹を“悪しき者たち”から守れません。祈りを捧げ結界を強めなければ、本当に枯れてしまうかもしれないのです……。それだけでなく、ここの領主が大樹の伐採をいつ始めてしまうか、気が気でない状態です。……だから、【ホルカーバム】を離れられないのです……」
“悪しき者たち”とはなんだろう。
ま、今はいいか。
司祭は離れられないから冒険者ギルドに依頼をしたと。
「そういうことですか。だから、冒険者ギルドに依頼をしたんだな」
「はい。その通りです。ですが、困ったことに長らく依頼提出しても誰も受けてくださる方がいないのが現状でして」
誰も受けてない、か……。
二つも素材が必要でなおかつ遠い場所。
それでいて、本当にあるかもわからない。
だけども、報酬次第だと思うが……。
「ギルドに登録した時の成功報酬とは何ですか?」
司祭は何かを期待する視線で俺を見る。
「“ホルカーの聖花”と“ホルカー大樹の木片”が報酬です」
えっと、それだけ? こりゃ、誰も受けないわけだ。
ま、聞くだけ聞いておこう。
「……それは、どんな物ですか?」
「聖典によりますと、枯れ木から復活した際には特別な花が咲くと言われているのです」
「特別な花?」
「はい。最初に咲いた花弁は“ホルカーの聖花”と呼ばれた特別な花弁なのです。白く輝き薄く透き通る透明な花弁らしく、その花弁と若芽を調合すれば、数は少ないですが、怪我を治し万病に効く超回復薬が作れるのです」
万病に効くねぇ……本当だったらすごいけど。
「ホルカー大樹の木片とは?」
「枯れ木から復活した際に木片が落ちると言われているのですが、その木片はサデュラとガイアの力が宿り、ホルカーの力を行使できるようになる。という、神聖なお守りと書かれてあります」
「それだけですか? 金はないのかな?」
「にゃにゃ?」
「はい。献金も少ないですし。金はないのです……あるとしたら、この神殿、屋敷の権利書とわたしの粗末な体ぐらいでしょうか……それでもよろしいでしょうか?」
「え、家を売る? 司祭の体!? 良いのか?」
というか、アンタ女なのかよ!
と、声を大にして言いたいけど我慢した。
「はい。わたしは司祭と名乗っていますが、ホルカー神殿の信徒で一人の女。大樹の復活が見られれば、それで良いのです」
信仰のために体を売る?
敬虔なのだろうけど……なんとも言えない。
「……しかし、依頼を受けたとして、材料を探している間に、あの大樹が伐採されたらどうするんですか?」
「ですから、わたしはホルカーバムの領主に何回もお願いしているのです。明日も、また、陳情へ向かいます」
何回もか。
理由を聞くと、そう簡単に領主も首を縦に振りそうもないな。
「そんな確証の無い話では他の冒険者たちが、この依頼を受けないのもわかります。たとえ、依頼の素材品を持ってきても、大樹が伐採されるかもでは、意味ない」
「えぇ、確かにそうです……」
そこで、司祭は頭を下げる。
ついには両手をつき土下座を始めてしまった。
「――シュウヤさん、いや、シュウヤ様っ、どうかお願いします。ここまで大樹の件を聞いてくださった冒険者の方はシュウヤ様が初めてでございます。先程の“玄樹の光酒珠”についても願いが叶うかも知れません。どうか、この依頼を受けてください。そして、明日、領主様のところに陳情へ向かうのですが……一できたら一緒に御同行をお願いできませんか? 大樹伐採の中止のお願いをしに……できれば説得をお願いしたいのです」
凄い必死だ。
それほどに大切か。
領主を説得→
と、軽く予想してみたが。
でも、玄樹の光酒珠と智慧の宝珠の手がかりは、今のとこ、これしかなさそうだ……。
ひとまず冗談である
「……そうですね。わかりました。依頼を受けましょう。ギルドで受けてきます。ただ、領主の説得が上手くいくかは自信はありませんよ? それと“様”は止めてください」
「おおぉぉぉ、ありがとう。はい。では、シュウヤさんっ、わたしは領主の説得を頑張りますからね」
よっぽど嬉しかったのか、急にハイテンションだ。
「はい。ペラダスさん。その復活に必要な素材なんですが、もう少し詳しく教えてください」
「は、はい。では、わたしも“さん”は止めていいですよ。わたしの名はマリン・ペラダス。司祭やマリンと呼び捨てで、気軽に呼んでください」
「わかった。司祭で」
司祭は嬉しそうにキルティング加工されたような頬を引き上げて笑顔を見せていた。
この笑顔、不思議な魅力があると言えば良いだろうか……。
「はい。では、素材の説明をします。……一つ目はマハハイム山脈を越え【ゴルディクス大砂漠】も越えた先【宗教国家ヘスリファート】の西方地域である“フォルトナ山”の麓にある大きな“アクレシス湖”があるのですが、その何処かにある“水神アクレシス”を祀った神像から溢れ出る“アクレシスの清水”が欲しいのです」
フォルトナ山とは、あぁ、ルビアがいた地域だ。
宗教国家がある地域か……。
「二つ目は【宗教国家ヘスリファート】の東【アーカムネリス聖王国】の真東にあたる【旧ベファリッツ帝国】大森林地帯に【サデュラの森】と言われる地域があるそうです。そこに“サデュラの巨樹”があると云われているのですが、その巨樹の葉っぱ“サデュラの葉”一枚が必要です。しかし、現在では“魔境”と呼ばれて過去の戦争の傷痕が酷いところらしく……ここからですと、マハハイム山脈を越えたずっと遠くの北東地域となります」
水神アクレシスの神像から出る清水にサデュラの葉か……。
山脈を越えて北西から真東へ行けか?
普通の冒険者じゃ、こりゃきつい。遠すぎる旅だ。
だが、俺にはゲートがある。
かなりの早さで集めることができるはず。
宗教国家の影響範囲を通るとなると少し怖いが……。
「……これら二つが素材となります」
「わかった。覚えておく。それじゃ、明日の領主説得からだね」
「はい。よろしくおねがいします。明日の朝、お待ちしてますね」
「うん。それじゃ、明日」
そう言って、神殿の屋敷から外に出る。
変わった司祭だった。
後はとりあえず、ギルドで依頼を受けて……宿屋を探すか。
ポポブムに乗り込みギルドに向かう。
ギルドに戻りボードで司祭の依頼を探す。
すぐに見つかった。
依頼内容:Bランク“アクレシスの清水”と“サデュラの葉”採取。
討伐対象:なし
応募期間:無期限
探索地域:フォルトナ山近郊、魔境の大森林
報酬:ホルカーの聖花、ホルカー大樹の木片
討伐証拠:なし
注意事項:【旧ベファリッツ大帝国】の皇都があった場所は廃墟になり、現在魔族の巣になっている。“魔界の裂け目”には注意が必要だ。Aランク奨励だが、基本探索なので難易度はBとします。
備考:仔細ご相談致します。
当然に、誰もこの依頼のマークが書かれた木片に触った気配がなし。
ま、報酬が本当にあるかどうかもわからないし、当然だな。
その誰も触ろうとしない木片を持ち、受付嬢に持っていく。
依頼はすぐに受理された。
ついでだ。受付嬢に宿屋を聞くか。
「すみません。推薦する宿屋とかありますか?」
「はい。幾つかありますよ。アロム商店街にある“ホテル・アランドゥ”という名の高級宿があります。西門近くにも“風鳴り亭”北の新興街にある領主の館近くにある“ホテル・キレアラ”などがお勧め宿です」
「ありがとう。覚えておきます」
受付嬢から三つの宿を教わった。
商店街の高級宿、ホテルの名前らしき宿へ向かうか。
ギルドを出て、商店街へ向かった。
枯れた大樹の広場を抜けて、進んできた通りを戻る。
おっ、あそこか。アランドゥと書かれた看板を発見。
あのホテル前だけ大通りから路を引くように窪みがあり広場が確保されていた。
ポポブムを操り、ホテルの敷地内の中へ入っていく。
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