六十七話 紅き流線が風を巻く

 魔素の正体は数十人の鋲つき革鎧スタデットレザーを着たやさぐれた男たちだった。

 彼らは各々薄笑みを浮かべながら、手には長剣、長柄系の武器を持ち教会を囲うように集まっている。


 なんだありゃ。

 身なり、態度、雰囲気からして、ここの兵士ではないと思うが。


 そして、連中の手前にいた顎髭を生やした中年男が、俺たちに気付く。

 抜き身の剣刃をひらひらと見せびらかしつつ、


「――おっ、いたいた。あの長耳だ。間違いねぇ。見知らぬ男もいるが誰だ?」

「ったくよぉ、外にいたのかよ。教会の中をいくら探してもいねぇはずだ」


 教会の中にも複数いたようだ。

 玄関口からぞろぞろと男たちが出てくる。


「お前ら、傷をつけるなよ」


 真ん中のベレー帽をかぶる男の指示だ。

 やさぐれた連中のリーダーか。


「そこの金髪、耳長の女。名前はルビアと言ったな?」


 ベレー帽を被る男はルビアを知っているらしい。

 紺色のベレー帽には軍隊か国を示している黄土色の十字紋章の飾りが付いていた。

 顔の彫りが深く、大きい目に日焼けをした肌を持つ。

 鼻も大きく、耳も仏像に多い福耳のようだ。

 黒墨で塗ったような髭が、揉み上げまで繋がっていた。


 そして、このベレー帽の男だけが、ルバーシカ風の衣装鎧を着込んでいる。

 くるまった白い襟と黒い襟。

 胴体は黒色と黄色が合わさった十字紋章を意識した軽鎧。

 少しカッコイイ。


 左胸には黄色が目立つ十字型のワッペンが付く。

 雰囲気からして、軍人?

 帽子をかぶり鎧も他と違う。


 彼がリーダーか。


「えっ、どうしてわたしの名を? あなた方は誰です?」

「そりゃ依頼されたからな。俺たちは奴隷商会の雇われだ。とりあえず、こっちに来てもらえるか?」

「嫌ですっ」


 ルビアは助けを求めるように、生まれたての小鹿のような顔を浮かべて俺の顔を見た。

 少女にそんな顔されちゃあな、助けてやるさ。


 ――ロロッ。


 相棒とアイコンタクト。

 黒猫ロロは無言で肩から跳躍。

 むくむくと姿を黒豹姿へ変化させながら、雇われ男たちの背後に向かう。


 俺は外套を開きつつ紫鎧を相手に晒しながら両腕を左右へ伸ばした。

 右手には魔槍杖バルドークを出現させる。


 奴隷商会の兵士たちは、突然、右手に武器が出現したことに驚いたようだ。

 一斉にざわめき出した。


 魔察眼で周囲を観察。


 ベレー帽のおっさんだけは、頬が僅かにピクッと動いただけ。

 他にも、この隊長さんだけ、足や手に魔力を溜めている。

 魔闘術系のスキルが使えるらしい。


 俺はルビアを守るように一歩、前に踏み出した。


「……この子は嫌だと言っているし。誘拐現場を見逃すわけにはいかないな」

「何だと? この人数相手に歯向かう気か?」


 俺はその言葉に、何食わぬ顔を意識。


「あぁ」

「お前、わかってるのか? この通り、我々は正式な国の奴隷制度で認可を受けた【追奴】の【砂鷹】だぞ?」


 証拠だと言わんばかりに、証印が印された羊皮紙を見せる。

 追奴、砂鷹? 当たり前だが、聞いたことがない。


 砂漠の国にまで手を出しているのか?


「……それがどうした?」


 と、声のトーンを下げる口調で、ベレー帽をかぶる男を見据える。


「ほぅ、こんな馬鹿が……まだ、この国にいたのか。この国で【神聖教会】に見放されたエルフを庇うからには、お前も異端者の一員とみなされるんだぞ。国の【宗教国家ヘスリファート】や【神聖教会】だけでなく【ビリマネグ奴隷商会】とも争うことになるが……良いんだな?」


 ベレー帽の男はルビアと俺を脅したいのか、悠長に説明してくれた。

 この国や地域では、よほど、確立された制度らしい。


「……構わんよ。俺は別に奴隷制度なんてどうでも、いや、どうでも良くはないか。むしろ、奴隷が欲しい、美人な奴隷ちゃんと、イチャイチャしたい。……だが、俺はこの子と知り合ってしまった。今は、見捨てられないよ」

「シュウヤ様……」


 背中から、か細い声でルビアの声が聞こえた。


 ちょっと、ハッスルしちゃうか。

 俺のジャスティスが疼く。


「けっ、何、青臭いこと語ってんだァ? 隊長、こんな生意気な若造なんて、さっさと殺ってしまいましょうや」

「そうだ、そうだ」

「隊長、こいつは捕縛じゃなくて、処刑でいいっすよね?」


 周りの血気盛んな追奴の隊員たち。

 それぞれ、薄ら笑いを浮かべてそんなことを言っていた。


 やる気か。

 一応、彼らに警告しとこ。


「……お前らに一応忠告しておいてやる。俺に手を出したら、所属がどうとか関係なく殺す。逃げるなら今のうちだ」


 そう、警告の言葉を述べつつ――。

 紅斧刃を上にした魔槍杖を右肩に担ぐ。

 

 左手を前方に伸ばしての、指をチョイチョイッと動かした。


「コイツ、糞な馬鹿か?」


 おっ、俺の軽い挑発に乗った。

 怒りの表情を浮かべつつ汚い言葉と唾を吐きながら突進。


「なめやがってっ」


 もう一人も反応。

 抜き身の長剣を振り上げ、走りよってくる。


 ――こいつらは自制が利いていない。


 隊長の言葉も聞かずに独断専行か。

 追奴とか砂鷹とかの大層な名が付いているが……。


 しょせんは名ばかりの屑どもだな。


 ――魔槍杖バルドークの感触を得る、良い機会だ。


 握り手を変えながら紅斧刃を横に寝かす。

 男たちが間合いに入る瞬間を見定めてから――魔槍杖を無造作に前方へ薙ぎ払った。


 紅き流線が風を巻いて走る。


 紅斧刃が敵と衝突。

 ジュッとした短い蒸発音が遅れて響く。

 二人の男たちの胴体と下半身は一瞬で分断――。

 物言わぬ肉塊となって内臓ごと宙へと舞った。


 僅かに肉の焼ける匂いが充満する。

 ザガが紅斧刃は火属性を生み出すと語っていたが、その通りだった。


 肉塊の真っ二つに斬った断面を見ると、焼け焦げている部分がある。


「――なっ、なんだと……」

「ひぃぁぁ、あっという間に、二人も……」

「ただの槍使いじゃねぇ。動きがハンパねぇ、パねぇぞ!」

「……ハ、ハルバードの動きが見えなかった」

「おぃおぃ……」

「ゼンビ隊長っ、コ、コイツはヤバイですよ……」


 そんな雑魚共の言葉などは……気にせずに、魔槍杖の感触を確かめる。


 握り手のグリップ位置を僅かにずらしたり金属棒をくるくると回して、バランスを確かめていく。今度は重さを量るように――魔槍杖を右手から左手へ持ち手を変えて、また、左手から右手へ回転させながら魔槍杖を戻す。


 最後には、伸ばした右腕の脇で――がっちりと、紫の金属棒を挟むように魔槍杖を抱え込みハルバードの動きを止めた。


 何も持ってない左手を前方へ伸ばし、構える。


「中々の切れ味だ。感触も良し」


 自然と笑顔が浮かぶ。

 ……しかし、向かってこないな。


 目の前にいる男たちは、突然の惨劇、もとい、斬撃に現実が見れないのか。

 俺が魔槍杖の動きを止めて構えても、彼らは悚然として立ちすくむだけだった。


 こいつら、何で突っ立ったままなんだ?

 アホなんだろうか……。


「ロロッ」


 俺の言葉を聞いた黒豹型黒猫ロロディーヌは即座に動く。

 呆然としている男たちの背後から、暗殺者のように音を立てずに忍び寄ると、触手を伸ばし兵士の頭蓋に触手骨剣を貫通させている。


 あっさりと仕留めていた。

 黒豹型黒猫ロロディーヌは次なる標的に向け体勢を低く保ちながら移動。


 足が無防備な男へ狙いを定めると、しなやかに走り寄り鈎爪で脹ら脛ふくらはぎの肉を引っ掛けるように傷を与えていた。


「いてぇッ、ぐあ――」


 さらに、傷を与えた男の足へ触手を絡ませて転倒させる。

 そのまま勢いよく男の首へ飛び込み「ガルルルゥ」と、獣声を出しながら喉を噛み切っていた。


 そんな調子で、黒豹型黒猫ロロディーヌは敵集団を掻き回すように動き回って錯乱させていく。


「クソッ、囲め!」


 反撃に出た男が、長槍の穂先を黒豹型黒猫ロロディーヌへ伸ばすが、その槍撃を身をくねらせ器用に躱しながら、逆に、槍を突き出した男の懐に潜り込む。そして、口から生えた牙をキラリと光らせて跳躍。


 また、首へ飛び付いて喉笛を掻き切っていた。


「ぼぎゃぁっ」


 男は槍を地面に落とし、首を押さえ崩れ落ちる。


 やるねぇ――その乱戦に俺も混ざった。


 一番近くにいた男の腹部へ斜め下から紅斧刃を喰らわせる――そこからルーレットを回転させるように、自らも、左へ一回転。

 強引に魔槍杖を引き込み、紅斧刃が沈んだ腹部を引き裂きながらタイムラグなしに前方へ駆けた。


 そこに、右にいた男が首を狙う袈裟斬りの白刃を見せて襲い掛かってくる。

 俺は右手に握る魔槍杖を回転させて反応。上向かせた紅斧刃の部位で、斜め上から降り下ろされた白刃を簡単に弾き返す。


 男は剣ごと仰け反り、胸元を大きく晒した。


 お返しに、そのがら空きの胸部へ、紅矛をプレゼント。

 胸部を突かれた男は胸に穴が空いて、ジュッと肉を焦がす音を立てた、瞬間、着ていた汚ならしい革鎧が燃え出していく。


「――ひぎゃぁ」


 燃え出した男は悲鳴を上げ、のたうち回る。周りの武器をもった男たちへ助けを求めるように腕を振り回すが……。

 誰も助けることはできずに、炎が大きくなると、悲鳴を上げていた男はこときれ、地面に倒れていた。


 さっきは燃えなかったけど、燃える時と燃えない時があるようだ。

 突如火炙りになった奇異な行動に、周りの男たちは一瞬動きが止まってしまう。


 隙だらけだ。注意が逸れた男たち。

 俺はその手前にいた一人に狙いをつけ前傾姿勢で駆け寄っていく。男の頭を野球のボールに見立て、魔槍杖で横殴りバッティングを行った。蒼い竜魔石の真心で側頭部を捉えた瞬間、殴られた側頭部は大きく凹み、潰れ、ひしゃげ、脳漿をまき散らしながら、横へ頭が吹き飛び、場外ホームラン。

 脳漿が混じった濃い血が宙に舞い、首から下だけになった胴体の首から血が勢いよく噴出。


 血が俺の頬を叩いた。

 ついでにそれを飲み込む。

 ――うめぇぜ。生温い生き血を味わった。


 殴るように扱った蒼い竜魔石も真っ赤な血に染まる。


 この、硬い竜魔石。

 美しい見た目と違い、ザガが話していた通り、凶悪だ。

 俺のバッティングの様子を見た他の男たちは怯えた表情を見せる。


 あまりに鋭いスイングに皆、びびったか?


「うあああああ、ば、ばけ――」

「ひっひぃぃぃ」


 【追奴】の男たちは背を向けて、口々に奇声の叫び声をあげながら逃走。


 逃げた男を追う。


 ――蒼い竜魔石に付着した血糊を落とすように魔槍杖を振るった。


 魔槍杖の竜魔石は逃げる男の後ろ足を捉える。

 ――どすんっと、重そうな感触を柄越しに得た直後――。


 逃げた男の足は鈍い音を立ててひん曲がり転倒。


 止めだ。


 その転倒した男の頭蓋へ回転させていた魔槍杖を撃ち落とす。

 当然、竜魔石の石突き部位だ。


 転倒した男の頭を粉砕した。


「――くそ、逃げるな。死にやすくなるだけだぞっ」

「は、はい」

「怯むな! しょせんは槍使いと獣一匹だけだ!」


 ゼンビ隊長は指揮官らしく、声を荒げ仲間へ指示を飛ばす。

 なんとか、逃げ腰の男たちを繋ぎ止めていた。


 だが、そんなのは関係ない。

 今度は槍を持つ相手に、狙いをつける。


 “同じ”槍使いかっ。だったら槍で、殺り合おうぜ――。


 俺は洒落ではなく、邪悪な笑顔を浮かべながら吶喊した。

 怯えた目をした男が槍を突き出してくる。

 ――なんだこれ、湿い、鈍い、遅い、遅すぎるッ! 訓練の木人杭のが速いぞっ!!


 そんなゴルディーバでの“追連獄”の訓練を思い出しながら、俺に迫る槍刃を“爪先半回転”の最小の回転の動きで躱す。


 回転しながら槍使いの懐に入った俺は、クロスカウンターを喰らわせるように、相手の肩口へ魔槍杖の紅斧刃をぶちあてた。


 紅斧刃は同じ槍使いの胸半ばまで沈み込んでいく。


「ひぎゃばばばっ」


 紅斧刃を食らった男は悲鳴にならない奇声をあげた。

 どす黒い血を胸半ばから噴出。

 紅斧刃に触れた血が蒸発して、鉄っぽい血の匂いが充満した。


 こんなもんか――槍使いとして不甲斐ない男の胸を蹴りながら胸半ばに沈み込んだ紅斧刃を引き抜く。


 そして、この小さき戦場を牽制するように魔槍杖を横回転させた。


 ――そこに<投擲>のナイフが飛んでくる。

 ――ちょうど良い。


 紫の軌跡に見えるくらいに素早く回転――魔槍杖を扇風機の羽のように扱う。

 飛んできた<投擲>ナイフは金属音を響かせて全て弾いた。


 ナイフを全て弾ききった後、今度はナイフを投げてきた相手ではない中柄の兵士が手に持っていた長剣を投げてくる。


 大切な手持ち武器を捨てる?

 当然のように、その長剣を弾く。


 ナイフを投げてきた相手は、今は無視。

 長剣を投げ捨てた無防備な男へ、一瞥を向けてから、魔闘脚による踏み込みで地面を強く蹴る。

 爆発的な加速で近付き――瞬時に槍の間合いを確保。


 足腰から腕へ力を伝搬させた<刺突>を無防備な男の胴体上部へ向けて撃ち出した。

 紅紫の一条螺旋が風となる。

 ――魔槍杖バルドークによる初のスキルだ。

 <刺突>は男の皮鎧を簡単に突き抜け穿った周りに、紅き円状の線の傷を作り上げた。


「ひっぐぉ」


 男は痛みを超えた苦衷くちゅうの表情をあらわにしながら顔を上に反らし、両膝を地面につけて、全身を痙攣させていく。

 両腕を左右に広げて、動かなくなった。


 その光景に一瞬、映画プラトーンの有名なシーンを思い出す。


 しかし、次の光景により、その思い出した映像はすぐに脳裏から消えていった。


 動かなくなったベトナム戦争男の胸にある紅き円状の線がみるみるうちに太くなり、皮鎧が円状に捲れて中から血が噴き出し、円状に広がった傷が燃え出していく。


 その燃えた部分は紅蓮のように燃え盛り、爛れた三日月を形どった。

 <刺突>は“捻り”を加えるからな。

 紅斧刃の先端と矛刃が合わさるとこんな円形状の傷を作るらしい。


 そこにドサッと倒れる音が聞こえる。

 視線を音の方向へ向けた。


 さっき、俺に向かって大量のナイフを<投擲>した男をロロが仕留めたようだ。

 ナイフを<投擲>していた男は地面で蠢く。触手骨剣によって貫かれた首元から溢れる血を両手で必死に押さえていた。


 これで、残すはベレー帽の隊長のみ。


「ひっ――」


 ルビアが怯えてしまった。

 これはしょうがない。


「なっ……」


 ゼンビと呼ばれた隊長クラスの男も怯えているし、彼女はまだ少女。

 こんな凄惨な現場を見たら、あんな風になるのも無理はない。


「さて、ゼンビの隊長さんとやら、奴隷商会についてや、ルビアを拐う理由を聞かせてもらおうか? その話す内容によってお前をどうするか決めるつもりだ」


 ゼンビの隊長さんは戦闘意欲が失せた。

 長剣を落とし焦燥と……。


 色々と語ってくれた。


 【砂鷹】とは【ビリマネグ奴隷商会】の奴隷を捕まえる専門部隊の名前なんだとか。


 ビリマネグ奴隷商会は【宗教国家ヘスリファート】で正式認可を受けた数少ないビリマネグ大商会の一部門だそうで【追奴】と言われる追認奴隷狩りの許可が正式に国から下りた民間の大商会の一つ。


 追認奴隷とは、国が認めた民間の奴隷狩り免許状でエルフや魔族の血を引く者を探し、捕獲、殺しを目的とした者たちである専門の許可証なんだとか。


 こいつらは【宗教国家ヘスリファート】だけでなく、南の大砂漠にある【アーメフ教主国】まで越境しては各オアシス都市でエルフや魔族の血を引くものを捕らえてその者たちを奴隷化しているらしい。

 ただし【アーメフ教主国】では許可証が通用しないので、あまり表だって行動はしていないとか。


 得意気に語っていた。

 ルビアについて聞いてみる。


「ルビアの存在はどこで知った?」

「司祭からだよ。それも、ここの街【ベルトザム】のな。ドネプ司祭と名乗っていた」


 ゼンビの言葉を聞いたルビアは“信じられない”といった頓狂とんきょうな顔を浮かべていた。


「嘘ですっ、ドネプ様、司祭様がそんなことを言うはずがありません」


 ルビアの顔を見たゼンビはわざとらしく顔を歪ませる。


「いや、本人だと思うが? ドネプと名乗った男は金髪碧眼で、神聖教会の司祭しか着衣が許されない緑色の法衣を纏っていたぞ」

「そ、そんな……」


 ゼンビの言葉がルビアを更に追い込んだ。


「ドネプ司祭が言うには、前々から“教皇庁中央神聖教会”に連絡を取り、処分について枢機卿の一人に許可を得たと話していた。一度保護したエルフの血を引く者は処分するにも一々報告が必要だからと、愚痴をこぼしていたな」

「司祭様が……」


 ルビアは今にも泣き崩れそうだ。


「その司祭から直接頼まれたのさ。わたしたちが“フォルトナ山”に行っている間にベルトザム教会にいる金髪長耳のルビアを拐ってくれってな。わざわざ金も用意してくれたからよく覚えている」

「う゛うぅ……」


 あまりにもショックなのか、彼女は泣き崩れてしまった。


「お前は司祭に何か恨まれることでもしたのかねぇ? ま、俺の知ったことではないが……」

「……わかりません。ドネプ司祭のお手伝いを八年以上ずっと続けていましたし……」


 八年以上か、その間に何かあったのかね?

 ルビアの歳は幾つなんだろ……。


「そういった理由で、追奴の俺たちがここに来たというワケだ。――これで、俺が知っていることは全て話したぞ」

「そうか。わかった」


 それじゃ、実験再開。

 魔槍杖バルドークを構えた。

 紅斧刃がある前端ではなく、後端の杖部分である蒼い巨水晶のような竜魔石の出っ張りを前へ伸ばした。


 この蒼い竜魔石の魔法を試す。


「まっ、待ってくれ……助けてくれないのか?」


 問答無用。……その前にルビアに注意しとくか。


「離れてろ、ルビア。見たくなかったら見ないでいいぞ」

「は、はい」


 彼女は涙を汚い袖口で拭きながら、その場から離れ距離をとった。


「――そんなっ、全部、話したのにっ。待ってくれ。俺を殺っても、次から次へと追奴が来るだけだぞ?」


 無視して、魔槍杖へ魔力を注ぐ。

 最初の忠告通り――情け容赦はせず。

 魔槍杖の杖と呼べる蒼い巨水晶が蒼白く光る。

 

 ぶっとい氷の柱が勢いよく射出。


 ゼンビは反応できない。

 というか、俺もびびってしまった。


 氷柱は伸びに伸びてゼンビの眉間と額を突き破る。

 そのまま彼の頭部を引きちぎって、後ろにあった教会の壁へゼンビの頭を縫い付けていた。


 しかも、頭に突き刺さった氷柱は教会の壁をも突き抜けている。

 ゼンビの首なし胴体からは血が噴出。

 力なく倒れていった。


「すげぇ、氷の如意棒かよっ」


 いきなり伸びすぎだろ、魔力を注ぎすぎたか?

 氷棒と繋がったままの魔槍杖を横にずらす。

 氷棒は魔槍杖との繋がりがなくなると、水が蒸発するように消えていった。


 僅かに冷たい空気が残り香のように漂っている。


 何回か実験。

 この氷の棒、魔力によって調節できるのか、イメージで形を整えられるかな。

 さっきは注ぎすぎた。


「ひぃぁッ」


 ルビアは怯えた声を出し、地面に尻餅をついてしまっていた。

 この魔槍杖でまだ試したいことがあるが、魔槍杖を消して、おびえる彼女のもとへ近づいて起こしてあげた。


「……大丈夫か? 怖がらせてしまったな」

「……すみません」


 手が震えてるし、俺を見る目が完全に化け物を見る目だ。

 無理もない。こんな残虐なショーを見ちゃえば、俺が嗜虐的だとわかるだろうし。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。


「ルビアはこれからどうする? この現状、この町に住む他の人々に知れ渡るのは時間の問題だぞ」

「わ、わたしは……」


 黙ってしまった。

 恐怖や司祭に裏切られたことで、混乱して考えがまとまらないのかな。


 この子は、もうここじゃ追われる身だ。

 助けてやりたいが……。

 ゲート魔法で逃がすことは可能だと思うが。

 だが、他人をゲート魔法で移動させたことはない。

 成功するか分からないが、やるだけやってみるか。


「ルビア。ここから離れられるとしたら離れたいか?」

「ここから……離れる?」

「そうだ。だが、失敗するかもしれない」

「離れ……失敗?」

「そうだ。俺が魔法を使ってな」

「……はい。お願いします。このままここにいても、わたしは奴隷にされることは確実ですから、すぐにでも離れたいです」


 ……もう怯えた目が消えて、しっかりと俺を見据えている。

 なら、やることやって、ちゃちゃっと撤収だな。

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