六十一話 真実と鏡※

 借り? なんだろうと思いながら、自前の皮服を着ていく。

 貰った燕尾服テイルコートはアイテムボックスへ入れておく。

 そして、柔らかそうなソファ椅子に座り改めて話を聞いてみることにした。


「借りだって?」

「そうじゃ」


 思い付かないが……。


「身に覚えはないが……教えてくれ」

「ふむ。シュウヤが晩餐会に行く前に、わしは闇ギルド【茨の尻尾】の名とクナの名前を出しただろう?」

「あぁ」

「お前さんは、殺ってないと誤魔化していたがな?」


 看破されていた? 見抜いていたのか?


「――何?」

「わしは仕事上……様々な種族、貴族と交渉をする。人の嘘なぞ簡単に見抜くぞ?」


 さすがに老獪な爺さんだ。知っていて流していたのか……。

 ギルドマスターの肩書きは伊達じゃないってか?

 人の内心を探る、精神系、探知系、鑑定系の能力スキルを持つのか?

 俺の癖、自然な態度だったはず、俺が気付かないところで、癖を見抜かれたのかも知れない。瞳の瞳孔、散大しているか縮小しているか、指を動かしているか……ようするに現代的な言い回しだが、心理学のメンタリズムを経験から得たとか?


 それとも、ただの状況証拠からの予想か?

 改めて全身に魔闘術を纏い、目を細めて爺さんを見る。


「……そう、ですか」


 俺はそう短く静かな言葉を発し、重みプレッシャーを全面に押し出す。


 覚悟を決めた。

 鋭い威圧的な視線をカルバン爺に向ける。

 カルバンは焦ったように瞬きを繰り返しながらかぶりを振った。


「いや、まてまて――そう殺気立つな。わしの話を最後まで聞け。わしとクナとの間には、浅からぬ因縁があったのだ。クナの表向きな顔はギルドに貢献した美人冒険者だが、内実……裏では、闇ギルド【茨の尻尾】の幹部でもあったのだ」


 そんなことは分かってはいるが、おざなりな態度で知らない振りをする。

 表情を緩め、呟いた。


「【茨の尻尾】ね……」


 カルバン爺はそこでギルドマスターらしく、威厳をみせつけながらパイプ煙草に火を点けた。ぷかぷかと白い煙を吹かせながら話を続ける。


「……そうだ。そのクナが迷宮行きの魔法陣設置を格安で協力する代わりに色々と見返りを求められていてな、最初は可愛いもんじゃったのだが……だんだんと、条件がキツくなっていった。それはもう金銭や魔石だけでなく、他の闇ギルドに対する干渉や譲歩を迫るとか、調査の依頼だとか……完全にギルドの権力を越えたことだ。他にも依頼の内容に文句を付けたりと、もう無理難題ばかりで脅迫染みた要求ばかりでのう……ほとほと苦労しておったのだ」


 俺も言えたことじゃないが、ギルドマスターを脅迫してたのかよ。

 クナは裏から手を回し過ぎだろう。


 そういうことなら……。

 クナは俺が殺り、魔族だったと明かしても大丈夫かも?

 少し、この爺さんの様子を見て、話すか判断するか……。


「……脅迫ですか。しかし、貴方なら、予想できたはずでは? それと、そういった闇ギルドの者と冒険者ギルドが手を結んでも良いんですか?」


 俺は不審顔を浮かべて聞いていく。


「わかってはいたが、その辺はわしのミスだ。それと、闇ギルドと手を組むのは別にかまわんだろう。密偵や盗賊ギルドにありとあらゆる闇社会とのコネは必要悪なのだよ。だが、それとは別の理由で切羽詰まった状況があってだな……元々は、この【ヘカトレイル】には迷宮行きの転移陣は一つしかなかったのだ」

「一つ? 今は三つありますよね?」

「そうだ。それはだな、知らなそうなので説明するが魔法陣設置には本来莫大な金を魔法ギルドから要求される。まぁ、その点は侯爵も魔法陣設置には協力的なので、予算は確保できたのだが、ある事件が起きてな……」


 そこでカルバン爺は、深い眼窩の目から怒気を感じさせパイプを強く吸い、鼻息と共に煙を吐く。地味な特技っぽい耳からも、とぐろ巻く蛇のような煙を出しては、煙を俺にも纏わせてくる。


「……あれは残虐な事件だった。わしは転移陣をもう一つ増やそうと魔法ギルドのバナージに転移陣に関する話を持っていこうとしたのだ。しかし、予想もしないことに、魔法ギルドの長バナージを含むギルドのメンバー全員がある男によって殺されてしまった。この城壁を築いた優秀な魔法使いたちがな……」


 ゾル・ギュスターブの一件はここで絡んでくるのか。


 そのタイミングでギルマス爺の顔に翳りが浮かぶ。

 何か、皺が余計に増えたように見える。


「それにより時空属性持ちの魔術師が【ヘカトレイル】では、クナだけになってしまったのだよ。どういう理由か分からんが、クナは前々から転移陣設置ができるスキルがあると、極大魔石はわたしが用意して格安で設置をしてあげる。と柔らかい巨乳を押し付けてアピールしてきていたからな」


 そういうことか。エロ爺な面もあると。

 だから契約したのか。


「なるほど」

「ふむ。クナの誘いに乗らずに魔術師を外から呼び寄せるにしても、魔法ギルドも色々なシガラミを持つ。殺した側も殺された側も魔法ギルドメンバーは有力な氏族貴族たちで構成されていたので、この事件は大問題となった。だから、時空属性持ちな上にスキル持ちの優秀な魔術師を【ヘカトレイル】に招聘なぞ、土台無理な話となる。ましてや魔法ギルド員の虐殺などが起きてしまった都市などに来たがる魔術師は皆無だった」


 そりゃ無理だろう。


「とてもじゃないが魔法陣設置の為に魔術師を呼ぶなどは無理な話なのだ。迷宮都市のように魔石が沢山採れるのであれば、また、話が違うのだろうが……そこで、クナに白羽の矢が立つことになり、依頼を頼むことになった。当然、わしは闇ギルドの幹部だと知っていたが侯爵側のせっつきもあってな。……まぁそこからはさっきいった通りの展開になってしまったという事だ。これはわしも反省しておる」


 なんか全てのピースが埋まった気がするよ。

 ゾル・ギュスターブの事件も魔族であるクナが最初から全部狙っていた可能性がある。クナは裏で絡んでいた影のフィクサー。

 クナはボスであるサビードも裏切っていたようだし、表向きは、いや、裏もか、あぁ混乱するが、とにかく、コネクションだらけな女だったということだ。


「……話を続けるぞ?」

「あぁ、続けてくれ」

「そしてな。ついこないだ、竜種と蟻との戦争が発生した時、たまたま侯爵様がギルドに居られたのだ。迷宮が崩れ冒険者が多数亡くなった件でお怒りになられ、侯爵様が魔竜王討伐を行うと騒ぎ立てる騒動となった。そんな忙しい最中に“クナが死んだ”と報告があり、そのクナが所属する【茨の尻尾】の本拠地であるプレセンテ商会の事務所が“何者か”に襲撃され捕らえられていたモンスターたちが通りで暴れるやらで、次々と驚くべき報告が上がってな」


 侯爵も言っていたな。【茨の尻尾】は俺とカリィという違う闇ギルドのメンバーが潰したと知ったら、もっと驚くだろう……。


「それで内々で調べていくうちに、シュウヤの名前が出てきたのだ。クナとPTを組み二人だけで迷宮に潜ったとな? そして、帰りは不自然にもシュウヤ“一人”だけだったと。担当した受付嬢に詳しく聞くと、クナはモンスターに殺られ“死んだ”と、お前さんはそう言っていたそうだな?」


 あの受付嬢か、俺のことを怖がっていたけど……。

 うすうす疑っていたのかね。


「……そうだ。確か獣人系の綺麗な受付嬢だったよ」


 カルバンはそこで、納得するように煙草を吸い、フゥ~っと白煙を吐き俺に纏わせながら暖味に頷くと、話を続けた。

 不思議だが、煙草の匂いはしない。少し甘い匂い、香水系の匂いだ。


「あのクナの実力からいって、まず、それはありえない。それを聞いた時わしは、シュウヤが何処かの闇ギルドの一員で、冒険者に偽装した刺客なのだろうと愚考した。闇ギルド間の抗争の一環なのだろうと、だから、直接関わるのを避け様子見をしていたのだ」

「ちょい待った。俺は闇ギルドのメンバーではないぞ?」


 俺は当然の如く。慌てて否定する。

 カルバンは一度、ギロリと俺を凝視。


「……わかっている。まぁ、聞け。冒険者ギルドは依頼におけるトラブルは基本的に不干渉だからな……しかし、お前さんは冒険者らしく緊急依頼を受け、それを難なくこなした。娘から聞くと、その緊急依頼を成功させる一因を担ったそうじゃないか」


 あの時ね、確かに。


「ん~、まぁやるべきことはやったな。エリスも頑張ってたぞ。指示も的確だったし」

「うむうむ。そうだろう。娘のエリスから詳しくその話を聞いて、わしは驚いた。しまいには魔竜王討伐にも参加しておるし。そして、魔竜王討伐をやってのけてしまうほどの実力だ。普通の闇ギルドのメンバーだったら、まず魔竜王戦なんて参加しない。おかしいと思ったのだ。そうして、侯爵様の晩餐会を理由にわしはお主から直接に話を聞こうと思ったのだよ」


 そこまでクナのことを知ってるなら、本当のことを話しても大丈夫そうだ。


「カルバン爺。納得がいったよ。ところで、仮にだが、俺がクナを殺ったとしたら、何か罰を受けなきゃいけないのか?」

「いや、むしろ金を進呈したいぐらいだ。ただ侯爵様がそれを知ったら怒るかもぐらいだな。転移陣の設置は金が掛かり条件が難しいからの」


 カルバン爺は軽快に語る。

 なるほど、ならいいか。


「なら、本当のことを言おう。俺がクナを殺ったことは事実だ」

「やはり、まさに、快刀乱麻を断つ。じゃ、わしにとって“借り”とはそのこ――」


 爺さんの納得顔を浮かべて話すところで、俺は重ねるように喋った。


「おっと、もう借りとかの話はいいんだ、それよりも、ギルドマスターであるカルバン爺は知っておいた方が良いから話しておく。クナは人族ではなく“魔族”だったんだよ。クナが俺を罠に嵌めてきたから、返り討ちにしてやっただけだ」

「なっ、なんだと――」


 カルバン爺は煙草パイプを咥えたまま立ち上がり、身を乗り出し驚いている。


「にゃぁっ」


 急に立ち上がったので、黒猫ロロが吃驚していた。

 黒猫ロロは箪笥の上に跳躍していく。

 何かあったの? 的に紅い目をこちらへ向けていた。


 それより、じじいの態度だ。


「……そんなに吃驚することなのか?」

「ちょっと、待て……」


 眉間に指を当て、立ち眩みをするように椅子に座る爺さん。

 大丈夫だろうか……。


「……大丈夫か?」

「う、うむ。にわかには信じられん話。だが……いや、あの妖艶な美貌に笑顔……嘘が多いとは、思っては……いた、それに、不思議な魔法は……」


 というか……この爺さん、俺のことは見抜いたのに、クナのことは分からなかったのかよ。

 クナと卑猥なことでも、やっていたのかねぇ?

 ま、彼女は擬装が上手かったし、あの目、魔眼がどうたらと自慢気に語っていたから、その力に騙されていたとか。


「……まぁ、信じられないなら、クナは他の闇ギルドからの刺客に殺られたと思えばいいだろ」


 現に“カリィ”という名の刺客が潜入し、ミッション中だったようだし。


「ふむ……そうだな。しかし、クナを殺ったとなると、いや、たとえそうでなくても、シュウヤ、お前さんの情報は盗賊ギルドが拡散して、闇ギルドの情報網に引っ掛かっていると思うぞ?」

「あぁ、そうだな。クナを殺った直後、すぐに闇ギルドの連中が接触してきたよ」


 俺の言葉にカルバン爺は頷く。


「そうか、それはそうだろう。気をつけるのだぞ? ま、余計なお世話か……だが、そうなると、【茨の尻尾】を潰したのは目撃者の話していた通り、外部の【影翼】か……それとも、この都市内で最大勢力の【血長耳】の可能性もあるな。または、【宵闇の鈴】【梟の牙】【月の残骸】……」


 カルバンはボソボソ言いながら、考え込んでいる。

 ギルドマスターのこの反応だと、侯爵側と情報を共有しているわけではないようだ。ヴァイスの広場でシャルドネと壇上で話し合う様子からして、てっきり貴族側の人族かと思ったけど……。


 ギルドはギルドで別個と考えた方が良さそうだ。

【ヘカトレイル】だけの話かも知れないけど。

 しかし、闇ギルドなんてマフィアのような存在を放置させてるのは国としてどうなのかな?

 警察や司法はこの【ヘカトレイル】を守る青鉄騎兵団の仕事だろうし……。


「……なぁ、その闇ギルドなんてのは、本来、国が押さえなきゃいけないのでは?」

「ぷ、はははは、急に子供のようなことをいうのだな?」


 カルバン爺は白眉を上げて笑いだす。

 年取った薄皮と筋肉を歪ませ、法令線がこれでもかってぐらいにニカっと上がり、笑顔を見せてから話を続けた。


「そんなことは不可能なんじゃよ。絶対に無理と言っていい。闇ギルドとは大小合わせ数百は超える組織があり、その表向きは立派な商会だったり、大商人と繋がっていたりする。それに国に直接仕えている闇ギルドもあるのだぞ? 治安を担う面もある。盗賊ギルドも絡み、もう全てが密接に絡み合ってるのだ。中にはクナのように冒険者として活躍している闇ギルド員もいるからな……」


 そういうことか。

 社会インフラの一部ということだろう。

 まぁ、異世界の魔法や神や精霊や魔導人形ウォーガノフやらがある、この世界セラだ。

 きっと複雑怪奇な闇社会、裏社会なのだろう……想像もできんが……。


「……といっても、完全に諦めているわけではないのだぞ? 国が追っている犯罪集団【影翼旅団】のような闇ギルド、魚人海賊、などは常に殲滅対象だ。だが、思うようにいかないのも事実。我々冒険者ギルドもその力を利用し、利用されている。ま、冒険者ギルドは都市によって様変わりするから一概にはいえんが」


 地域によって変わるのか。


「……色々複雑なんだな。だが、この都市に駐屯している青鉄騎兵団は何をしてるんだ?」

「誤解しているようだが“出来る範囲”で青鉄衛士隊と青鉄第三騎兵団が都市の治安を協力して守っているぞ。魔薬取引、魔薬製造、禁制品密輸、違法奴隷、強盗、誘拐、殺人、スパイ行為などが巡回中に見つかればその場で処刑されることもある。都市の中では毎日のようにこういった犯罪者が捕まり、広場で処刑か奴隷商人行きだ」


 衛士隊か。そういえば、都市の各所に詰め所的なところがあった。

 でも、できる範囲でか……。


「そうか。色々勉強になったよ。カルバン爺。俺は宿に帰るとする。ロロッ、帰るぞ」

「ンン、にゃ」

「ん、そうか。わかった」


 箪笥の上にいた黒猫ロロは跳躍を繰り返し、降りてくる。

 器用に俺の背中にある黒頭巾の中に潜り込んできた。


 そうしてギルドを出て、近くにある宿へ戻る。

 集合住宅のような安宿サイカ。


 部屋は相変わらず、せまいな……。


 寝台の横にある唯一の隙間をパレデスの鏡が占めているので、ただでさえ狭い部屋が更に狭くなったように感じる。


 黒猫ロロはそんな狭い部屋などお構い無しのようで、寝台上へ跳躍。

 そこから鏡の上に登ろうかと、紅い瞳を鏡の上方へ向けている。


 この際だから、良い宿屋を探すかなぁ?

 鏡、置いとくのにもっと見映えも良くしたいし。嫌、それとも、ヘカトレイルを出て違う都市に行くという選択肢もある。


 そんなことを考えながら、リラックスして背を伸ばしジャケットを脱ぐ。

 ん~、寝る前に、ステータスっと。

 

 名前:シュウヤ・カガリ

 年齢:22

 称号:超越者new

 種族:光魔ルシヴァル

 戦闘職業:魔槍闇士:鎖使い

 筋力19.3→20.0敏捷20.1→20.8体力18.3→19.1魔力23.3→24.3器用18.2→19.2精神23.8→24.6運11.0→11.2

 状態:平穏


 スキルステータス。


 取得スキル:<投擲>:<脳脊魔速>:<隠身>:<夜目>:<分泌吸の匂手>:<血鎖の饗宴>:<刺突>:<瞑想>:<魔獣騎乗>:<生活魔法>:<導魔術>:<魔闘術>:<導想魔手>:<仙魔術>:<召喚術>:<古代魔法>:<紋章魔法>:<闇穿>:<闇穿・魔壊槍>:<言語魔法>


 恒久スキル:<真祖の力>:<天賦の魔才>:<光闇の奔流>:<吸魂>:<不死能力>:<暗者適合>:<血魔力>:<眷族の宗主>:<超脳魔軽・感覚>:<魔闘術の心得>:<導魔術の心得>:<槍組手>:<鎖の念導>:<紋章魔造>


 エクストラスキル:<翻訳即是>:<光の授印>:<鎖の因子>:<脳魔脊髄革命>


 能力はかなりアップした。

 竜の連戦に、最後に古代竜を倒したのが大きいか。


 称号をタッチしてみる。

 ※称号:※超越者※


 神獣と契約し古竜を食い倒す。人を超えし者。

 <神獣騎乗>が可能。


 全ての能力値に成長補正


 神獣騎乗か、特にロロには変化はないが。

 ロロディーヌが真の力を取り戻したら、乗れるということか。


 現時点の黒豹に乗ってもロロがつぶれちゃう。

 乗るなんて無理だ。

 それより、明日はドワーフ兄弟の店にいこう。

 鎧はともかく、新しい槍を買わないと、剣の実力はまだまだ低いし。


 古代竜、魔竜王の素材から新しい武器、防具が作れると良いんだが……。



 ◇◇◇◇



 次の日、朝になろうとしている時間に起きた。


 俺が起きると黒猫ロロも続いて丸めた体から起き出している。欠伸をしてから両前足を前方へ、ぐいっと伸ばし背筋を伸ばしている。


 気持ち良さそうな顔だ。


 猫科特有の背を伸ばす仕草。

 いちいち、仕草が可愛い。

 猫に癒されたけど、まだ、時間的にドワーフの店はやってないだろうし、暇だ。


 ゲートでも起動するか。

 こないだの続きを実行だ。

 準備を調え、黒猫ロロへ視線を戻す。


「ロロ、肩に乗っとけ、今回は見るだけじゃなくて、偵察をする予定だ。大人しくな?」

「にゃ」


 黒猫ロロはすぐに肩に乗ってきた。

 そして、アイテムボックスから、二十四面体トラペゾヘドロンを取り出す。

 またまた三番目の記号をなぞり起動させ、ゲートを出現させた。


 ゲートの先には、こないだと同じく部屋が映る。

 ぼろい服を着た女性がいる部屋だ。


 女性は寝ていた。


 鏡の周りには何故か花々が飾られ、神様を祀るような感じにお供え物まである……。


 何度もこのゲートを開いているからかな?

 実は魔竜王の頭が運ばれてくるまでの一週間、暇を潰すように三番目と四番目のゲートを起動させて、覗いてはいた。


 寝ているのなら、今がチャンスか?

 少しだけ探検して、すぐに戻ってこよう。

 ――よし、行っちゃえ。


 ゲートに入っていく。

 部屋はシーンと静まり寝息しか聞こえない。


 すぐさま、掌握察を発動。

 <隠身ハイド>と<夜目>を使う。


 ――良かった、彼女は起きる気配なし。

 魔素はこの女と、部屋の外から複数感じる。


 ゆっくりと歩きながら部屋を出ようとした時、パレデスの鏡から外れた二十四面の球体トラペゾヘドロンが飛んできた。

 二十四面体の多面球体はまた俺の頭上を回り出す。

 その球体を掴み、いつでもゲート魔法の発動ができるように手にキューブを持ったまま、女性が寝てる部屋の扉を開けて、外へ出た。


 板張りの廊下に出ると、正面に上り階段がある。

 廊下は左から右へ真横に続き、俺が出てきた部屋と同じような小部屋が幾つかあるようだ。

 右奥は行き止まりで左奥の突き当たりには大きな扉があった。


 どの部屋にも魔素の反応がある。


 廊下を慎重に歩き、目の前の階段を上がりきると、舞台の袖口らしきところに出た。中央の舞台には牧師や神父が説教するような祭壇がある。


 その祭壇がある中央へ進む。

 ここはチャペル、小さい教会か。左手の段下には長椅子が並ぶ。

 俺は祭壇の端を触りながら音を立てないように下へ降りて、椅子の間にある中央の絨毯が敷かれたところを歩いていく。

 こじんまりとしているが、吹き抜けがある作りであまり窮屈さは感じなかった。


 二階はないみたいだ。

 さっき地下に部屋があったし、そういう作りなのだろう。


 絨毯の先には木製の両扉が見える。あそこが外だろう。

 扉の両サイドには献金用の箱が置かれてある。

 ……ひとまず外へ出よう。

 誰にも見つからずに教会の外へ出ることができた。


 そこで<隠身ハイド>を解除。――魔素の気配はなし。

 フェロモンズタッチを使いたいところだが、もしものために我慢した。


  周囲を見渡す。

 目の前には土道が左右へ続く。そこを越えた先にはトウモロコシ畑のような背の高い農作物が視界を塞いでいた。


「にゃっ」


 黒猫ロロはトウモロコシのような野菜畑に興味があるのか、肩から跳躍しようとするが、腕で押さえて止める。


「ロロ、すぐに撤収するかもだから、今回は俺の肩でじっとしていて」


 俺の言葉を聞き、黒猫ロロは我慢してくれた。

 少しこの土街道を右沿いに歩くか。


 ――おっ? 遠くの坂上に幾つか、小さい家々があるようだ。

 朝方だけど、明かりが目印になった。

 どうやらここは小規模な農村地帯か。


 俺の探索スイッチが少し刺激される。

 ……畑には直進せずに、右へ続く土道を途中で左折して進む。

 小さい家々が見えてきた。坂上へと続く道。そこを登っていく。


 坂上にある家の中から明かりが外へ漏れていた。


 看板らしき物は一切ない。

 貧乏な農民が暮らしてるような、粗末な家。

 簡素な梁の木材と格子に藁と土の壁だ。


 その家の中から、魔素の気配が五つ感じられた。

 すみません。とか言って、突然訪問するのもな。

 ゲートに潜ってすぐに消える予定だから怪しまれる……。


 とりあえず、三番目のゲート先の偵察&探検はここまでにして、次来るときはちゃんとメイン武器である槍を用意してからにしよう。


 ――戻ろ。


 入口玄関があるとこでゲートを開くのはアレなので、裏側へ歩いていく。

 この家の周りは木杭の柵で囲われている。そこをぐるっと裏手に回り、周囲に誰もいないことを確認してからゲートを起動させた。


 ゲートを潜り――何事もなく。狭いヘカトレイルの部屋に帰還。


 そこからすぐに四番目のゲートを起動。

 少し薄暗い、魔女サジハリがいた岩場が映る。

 誰もいない。魔女はどこかへ行っているのだろう。


 ――キャンセル。


 ここからはゲート先を覗くだけにして、じゃんじゃん起動していくか。


 早速、記号をなぞり五番目のゲートを起動。

 真っ暗だった。いや、土の色か……。


 鏡は土砂の中に埋まっているようだ。


 キャンセルして、六番目の記号をなぞり起動させた。

 そこも同じだった。

 結局、十番目まで起動させるが全てが土に埋まっているらしく、土色。


 またかな、と思いながら十一番目を起動。

 おっ、繋がった。


 ゲート先に映る映像は何処かの地下倉庫のようだ。

 古びた家具と真新しい家具が多数ある。

 あちこちに家紋の紋章的な“緑薔薇の蛇模様”が立派に飾られてあるだけ。

 光源はゲートの鏡から発せられる光のみだ。

 薄暗い部屋で埃が古びた家具に掛かり白くなっている。


 ここは、人の気配はなさそうだ。キャンセルして次。


 十二番目を起動。


 おぉ、いきなりの絶景かよ。

 しかも、空が広がり空島のような場所じゃないか。


 ――すげぇ


 大理石のような白色の石が敷き詰められ、遠くには同じ石質の石柱が幾つも並び、中央には大理石の棺台らしきものもある。

 月明かりに大理石が反射して、独特な幻想空間がそこにはあった。


 壁はなく、澄んだ夜空が左辺に広がり、右辺には白いハンカチのような雲が近くを動いていた。

 まるで天空の遺跡のような印象だ。

 マチュピチュ? ラピュ○? 

 暫し、脳内で懐かしい音楽を思い出しながら、雲が流れ行く景色を眺めていた。


 空を飛べる特徴的なゴーレムは現れない。

 何もないのでキャンセルして次に移る。


 十三番目のゲート先はいきなり長い廊下が見えた。


 廊下の隅にパレデスの鏡が置かれている状況なのだろう。

 床は赤い絨毯が敷かれて右横にはカーテン付きの窓があり陽が差している。


 天井は灰色の石材で作られアーチ状になっていた。

 あの緑と黄色のカーテン布が折り畳まれてるから、今一判別できないけど緑に囲まれた黄色の線が入ってるので、確実にシンボルの印だと思う。


 こりゃ絶対に金持ちな家だ。

 貴族か、大商人か、分からないがそれ相応の家屋敷の廊下のようだ。

 長い廊下の先に大部屋の扉があり蝶番の取手も見える。

 人は現時点では見かけないが誰かが歩いてきそうな雰囲気だ。

 暫く待てば屋敷を掃除するメイドの格好をした、可愛い女の子が現れるに違いない。


 変な妄想をしながら、少し見ていたが……。

 何もない。次を調べるのでキャンセル。


 十四番目を起動。

 ゲート先に映る光景には雪が見えていた。


 雪が降り真っ白とは言わないが少し積もっている。

 場所的に森林のようだが、削られた黒岩もあちこちにある。

 階段状になっているようだ。

 雪が積もっているので、分かりづらいが、黒岩は人工的に形作られた形跡。


 ここはどうやら古びた石砦のような場所らしい。


 寒そうな場所、北国の砦という感じかな。

 足跡は見えず、見た限りでは人やモンスターの気配はなし。


 キャンセルしよ。


 十五番目を起動。水飛沫が鏡の横合いから飛んでいる。

 どうやら大きな瀑布的な滝が近くにあるようだ。

 左斜め前方には崖があり、薄暗い空が見えた。


 見張らしが良い。


 崖際に生えている綺麗な草花が風に揺れてそよいでいる。

 ん~、いいなぁ、月明かりが素晴らしい。

 幻想的な光景。ずっと、見ていたい。


 正直ここの光景と空島はお気に入りだ。

 でも、次のゲート先を見ないとな。キャンセル――。


 十六番目は浅い海だった。船の残骸が広がっている。


 これ、船の上か?


 どうやらゲート先の鏡は座礁した船荷物の一つだったようだ。

 近くには島でもありそうな感じ。

 太陽光が海面をキラキラと輝く宝石のように反射している。


 トリコーン、コンチネンタルハットを被ったカリブの海賊的な野郎共がすぐにでも現れてきそうだ。

 場所は、そんな離れていないのか。南、東かもしれない。西かもしれないけど。

 泳げば海水浴ができそうだ。暇な時に泳ぎにいきたい。


 砂浜とか、近くにありそうな気配。

 もし、彼女が出来たら、綺麗な砂浜でロマンティックにキスしたいな。

 そしてそして、貝殻の水着を着てもらって……ahaha-haha-的な、笑いながら追い駆けっこを……ぐふっ。


 はぁぁ、アホだ、俺。ユイ、キッシュと、せつない別れをして頭が少しおかしくなったのかもしれない。いや、魔竜王の尻尾で頭を打たれたせいもあるか。


 さて、くだらん妄想はここまでにして。


 キャンセルして次の記号をなぞる。


 ゲートを起動。


 十七番目は倉庫のような空間。

 十一番目と違うのは光源がしっかりしていることだ。


 目の前の正面壁には柄に竜の意匠が彫られた抜き身の鋼剣と同じく竜の意匠が施された方盾が綺麗に揃えて飾られている。

 その床下には金属製の箱が綺麗に並べられてあった。

 左手前横には鉄のマネキン人形が置かれ仮面、鎧、豪奢な衣服などがセットされている。


 そして、右手前には一番目立つモノがあった。


 黒い枠の額縁の中に蠢く心臓のような内臓が幾つも収められてある、

 サイズ的に人、もっと大きい心臓、様々だ。その心臓の周りには毛細血管のようなモノが覆っている。

 不思議だが、キモイ。


 まだ、他にも空きソケットがあって、心臓が収められそう。


 でも、この空間はなんだろう。

 プライベート空間の倉庫?

 部屋の光源が天井にあるということは、誰かいる?


 暫くの間。そのゲート先を見つめていた。

 ん~、誰も人が来る気配がない。時が止まっているようだ。

 キャンセルする。


 十八番目も、また倉庫のような場所だった。

 だが、十一番目と同じで暗い。黒光りする金属箱が目の前にあるので、たぶん、宝物庫のようなところなのだろう。そこでキャンセルした。


 十九番目から二十三番目のゲート先は土色で鏡は土砂の中だった。


 二十四面の記号をなぞり赤色から緑色に変化するが……。

 やはり、ゲートが起動しない。


 さて、急ぎで全てのゲート先を確認したけど、使えないゲートが多かった。

 無事なゲート先もあったから良かったけど。


 暇な時、優先度は低いけど、いつかこのゲート先に行って直接調べてみよ。


 しかし、土に埋まっていると思われる鏡が多い。

 あの土に入ったらどうなるか……深かったら圧力によって潰れる? 

 だが俺の場合、体が再生を繰り返すので持ち堪えられそうでもある……。


 想像すると、痛いのは確実。

 だが、もし、動けなくなったらどうするよ……何世紀どころかずっと埋まってしまってミイラ化しちゃうぞ。

 俺は文字通り血がなきゃミイラ化しちゃうんだから……。


 でも、この鏡、何枚か回収はしたい。


 将来、各地に散らばる鏡を回収できたら、各地の有名都市にでも家を買って、パレデスの鏡をそこに置けば、自由にゲートを使い各地を転々と移動できるし、容量の制限があるがアイテムボックスにより輸送コストがなくなるわけで、運送業で大儲けができそうだ。


 冒険者を辞めて大商人の道が開けたか?

 異世界立身伝Ⅵ。ついに発売決定っ。


 前世で大好きだった○栄のゲームを思い出す。

 と言ってもな、冒険者のが気楽だしなぁ。

 それに鏡はその場に残して、移動できる場所として確保しておいたほうが良い場合もあるだろうし。

 冗談の妄想がひろがりんぐの脱線は、この辺にしとこう。


 そうこうしてるうちに、昼になろうとしてた。

 ゲート先を実際に調べるのは、また今度にする。


 少し腹も減ったし。もう昼になるけど、朝飯を食ってからザガ&ボンのドワーフの店に向かうとしますかね。

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