六十二話 売りて喜び、買いて喜ぶ

 食事処が集まる横丁通りなら、他にも美味い店があるはず。


「ロロ、美味い店の発掘に行くぞ」

「ンン」


 黒猫ロロはめんどくさいのか喉声のみの返事。

 だが、ちゃんと素早く肩の定位置を確保していた。


 ロロを連れて宿を後にする。

 酌婦チェリがいた酒場がある通り沿いを歩いていく。

 昼は閉まっている店が多いようだ。

 ランチタイムの儲け時だと思うんだけど……。

 まぁ、日本的な感覚で考えても仕方ないか。


 賭博街がチラッと見えたが、あそこに行くのは止めとく。

 市場の方へ足を進めるか。

 あそこなら時間を問わず、様々な物が売っているからな。


 ぶらぶらと歩き店巡りをしていると、案の定、食事処を発見。

 細い木組みと平張りの幕で構成された簡素な屋台。

 上部に平たい幕が張られ屋根代わりになっている。

 

 メニュー代わりの小さい黒板には鍋料理しか書かれていない。


 ピンッときたよ。

 俺の美味いもの研究委員会が、ここの店は隠れた名店に違いないと訴えてきている。

 商人や冒険者の客たちは丸椅子に座り、小さい机の上に置かれた鉄鍋から湯気がもくもくと上がる中、その熱そうな鉄鍋から熱汁が染み込んだ野菜を別のお椀へ分け入れ、お椀にたっぷりと盛った野菜を一生懸命に口へ運んでいた。


 旨そう……。


 俺はゴクッと喉奥に唾が流れるのも感じながら、簡素な丸い椅子に座り、自然とその料理を注文していた。

 運ばれてきたのは他の客と同じ料理。

 茶色の液体がぐつぐつと煮立った大きい鉄鍋と、赤みを帯びた小さい木製のお椀。

 大きい鉄鍋には鍋料理だけに色々な野菜が豪華に盛ってある。


 湯気が漂い、旨そうな匂いが食欲を刺激した。


 汁は飴色のオニオン系の色合いだ。

 それとも、鳥系か豚系のブイヨンが入っている?

 たっぷりと盛られた白葉の野菜とパプリカのような野菜。

 レタスのような青野菜もある。牛蒡のような細長い根野菜も入っていた。


 あぁ、たまらん、たまらん。

 早速、汁と共に野菜をお椀へ分けていく。

 ……箸があれば楽なんだけど、木製のスプーンが二つしかない。


 いつか、箸は自分で作るか……。


 まずは汁から、お椀を口へ運び、茶色の野菜汁を飲む。

 ほぁっ、あつあつ。だが、うまうま。白菜の味が口に広がる。

 汁と一緒に野菜も食べていく。このレタス、パプリカみたいな野菜はしゃきしゃきしていて、歯応えも良い。

 そして、汁は肉の味がするな? 

 と、思ったら鉄鍋の底、野菜に埋もれる形で大きい骨付き肉が入っていた。


 なるほど。肉の味の正体はこれか。

 たっぷりと汁を垂らす肉へかぶりつく。

 じゅあっとさくっと、柔らかい。ヤベェ、この肉もまた旨かった。

 食感は鶏肉、ほぐした手羽先に近い、それとも、何かのタレにつけた熟成魔獣肉か?

 まぁいい。旨いし安いときたもんだ。

 ふはははっ、俺の美味いもの研究会はヒット率が良い。

 良い感じの店を発掘した。


 黒猫ロロにも食わせてやる。

 手羽先の肉が速攻でなくなっていた……。

 ガツガツと食ってる。


 この際だ。この料理を数多く注文しちゃお。


 店員からは呆れられたが、ちゃんと食器代も含めてのおまけつき“代金”を置いたら、笑顔を浮かべて料理を出してくれた。

 次々と運ばれてくる鉄鍋がすぐに消えていくので、店員から変な目で見られる……。

 だが、構わずにボックスの中へ入れ続けた。


 そんな作業を終えて店を後にする。

 忙しく人が行き交う市場を通りながらザガ&ボンの店へ向かった。


 あそこの角を曲がったらドワーフの店だ。

 角を曲がると、ボンの姿が見えた。

 オカッパ髪を揺らし、可愛らしくこっちに走ってくる。

 まだ見えてないはずなのに、俺と黒猫ロロの存在に気付いたらしい。

 ボンは笑顔を浮かべて、威勢良く、いつもの台詞を浴びせてきた。


「エンチャ、エンチャ、エンチャントッ!」

「にゃっにゃにゃ」


 毎回不思議に思うのだが、何だろう。

 黒猫ロロとボンの不思議な物語が始まっている。

 ……メルヘンの空気感がすごい。

 ボンはロロと本当に会話をしているのだろうか……。


 誰か、通訳してっ!


 と、心の叫びをあげながらも、無難に挨拶をする。


「……ボン、ひさびさ。ザガのとこいくよ」

「エンチャッント」


 サムズアップして、答えるボン君。

 うむ。元気いっぱいだ。


 和気藹々と言い合いっこしているロロとボンを連れて、角を曲がり店に歩いていった。

 店の中に入ろうとした時、ザガが顔を出す。

 ザガは厚い胸板が目立つタンクトップ的な布服を着ていた。


「おっ、シュウヤ。武具を見るか?」

「うん。愛用していた槍が壊れちゃってね。後、申し訳ないんだが……せっかく作ってもらったばっかりの鎧も、この通り、今はなんとか装着できているが、こんな具合でぼろぼろに……それで、魔竜王バルドークの素材で何か作ってくれないか?」


 俺が魔竜王の言葉を出すと、ザガが驚く。


「――ぶほっ、……あ、あの魔竜王だと? ということは……シュウヤは、グリフォン隊の英雄と共に魔竜王討伐に成功したという、数少ない冒険者の一人なのか?」

「そうだよ。この指輪も貰った」


 そう言って、侯爵がくれた指輪を見せてあげた。


「おぉぉぉ、紫の鱗に、中心にあるのはまさしく古竜の臍。僅かだが、魔防御の品にもなるという代物か。……ゴクッ、……それにしても見事な造形、素晴らしい指輪の芸術品だ。裏にも“侯爵家の紋章”シンボルに“竜の殺戮者たちへ”と刻まれておる。……渋い。あまり防具としての効果は望めないかもしれないが、これを作ったのは相当な経験を持つ魔金細工師だ。大切にするんだな。……返しておく」


 ザガは珍しく興奮している。

 普通ではない目に入った力が、この指輪が欲しいとアピールしているように見えた。


 しかし、裏にはそんな言葉が彫られてあったのか。


「……わかった。大切にするよ。嵌めとく」


 ザガは目を細めて、腕を組む。


「――それで、その魔竜王の素材を他の一流な腕を持つ鍛冶師でなく、わざわざ、俺たちに弄らせてくれるのか?」

「あぁ、そのつもりだ」


 俺の言葉を聞いたザガは組んでいた腕を崩し笑顔を浮かべてから、短い首を縦に動かし頷いていた。

 伸びている自分の顎髭を何回も触り、口を開く。


「……そうか。シュウヤ、ありがとう。――ボン、運が向いてきたな? 竜だぞ。しかも古代竜だ」

「エンチャッ」

「ボン、お前の技が必要になるっ。頑張ろうな」

「エンチャントッ」


 ザガとボンはそうとう嬉しいらしく、兄弟お互いに握手しながら抱き合い目を潤ませている。


「それで、その魔竜王の素材はどこだ?」

「あぁ、重いし大きいからね、今出すよ。オープン」


 ザガ&ボンの店前にある広い空間で――腕輪のウィンドウを操作。

 そこから、どんっと重い、魔竜王の頭を出す。


「エンチャッンットッ!」

「ぬおっ、おぉぉぉ……これが魔竜王か。凄いな。きらびやかな紫色の鱗。まさしく古代竜の鱗だ。髭も牙歯も綺麗なもんだなァ。……だが、そんなもんはこれに比べたらオマケだな。この天辺にある“紅色の鶏冠角”と“蒼竜の眼”は特別だ。それに、繋がる脳幹部分は……予想だと巨大な“竜魔石の塊”だぞ?」


 鶏冠に眼は分かるけど、脳? 竜魔石の塊?


「ん? いまいちピンとこないんだが……」

「魔晶石どころか、魔宝石を超え、とてつもない価値の宝石と言える」


 この反応だと、すごい価値があるのか。


 ――そこに背後から、


「その眼だけで、白金貨五十枚以上の価値はありますよ。古竜の髭はその倍倍かと、ですが、本当に頭の中にある巨大な魔竜石の塊ならば……その価値は“戦神ヴァイス”と“十層地獄の王トトグディウス”が仲良くダンスするぐらいの価値ですかね? 」

「……兄さんの言う通りね。古竜の頭がそのまんま現存しているのだし」


 澄ました子供声で講釈するように話してきたのは、Sクラン【蒼海の氷廟】の双子だった。


「エンチャント?」

「ボン、俺の後ろに下がってろ、シュウヤッ、こいつらは知り合いか?」


 急に現れた二人を警戒するようにザガさんはハンマーを両手に構えてボンを守るように前へと出た。


 それにしても、声が聞こえるまで魔素の気配を一切感じなかったぞ?

 姿を隠したうえで、魔素の気配も絶つ魔法でもあるのか?


「……知り合いというか、知っているだけだな。それで、アンタたちは姿を消して、俺の後をつけてきたのか?」

「にゃん」


 黒猫ロロも挨拶するように鳴いている。

 そして、肩から降りようとはしなかった。

 落ち着いて双子を見つめている。


「そうよ。その黒猫……不思議、可愛いわ」

「そうだ。推察の通り」


 澄ました双子の声質は異質だった。

 冷たい風が響くような声……。


「……そんなことはどうでもいい。そこまでして、俺に何の用だ?」


 俺は警戒心を上げて話していく。


「その竜の眼、欲しいの」

「そうだ」

「なんだと?」


 すぐに格納を押して、魔竜王の頭をボックスへしまった。


「あ、消えちゃった」

「やっぱり、ボックス持ちかぁ」


 軽々しく語る。俺は更に、警戒度を上げた。


「竜の頭を奪うつもりだったのか?」


 澄ました双子は俺の台詞を聞くと、双子同士で目を合わせて、不思議な音色で笑いだした。


「ううん、違うわ」

「ぼくたちは古竜の眼、特に蒼い眼を売ってほしくて、君に話しかけた」


 なんだよ……焦らせんな。

 全く、二人ともに蒼い目をして、坊主だし、不思議少年と少女過ぎるんだよ。


「……そうなら、最初にそう言えよ。妙な緊張感を味わっちゃっただろ」

「「ごめんなさい」」


 今度は子供らしく、頭を下げて素直に謝る……。

 晩餐会の時も思ったが、二人とも頭の天辺に白いみぞれのようなシンボルマークが、血管が浮き出るように波打って蠢き、首裏、背中まで続いているのが見えた。


 血継限界的な物か?  呪印とかありそうだ。


 そんな不思議なマークには触れず、蒼眼のことを聞く。


「……あの眼、大きいけど欲しいのか?」

「はい」

「そうです。取り出せば自然と小さくなるはず。数は一つで良いです。白金貨五十枚以上は出します」


 あれが小さくなのか?


「ん~、その値段を言われてもな、相場が分からない。それにあの眼にはどんな効果が望めるんだ?」

「俺が知ってるぞ。値段はそこの色白双子の片方が言ってた通り、白金貨四十五~から五十五ぐらいだろう。古竜の眼は、蒼色が一番価値が高く、持ってるだけで水系や氷系魔法の効果を倍増させると云われている。更には水系の魔法力を内包しているので、少しの魔力を蒼眼に注げば、強力な水属性魔法撃を発生させることができるからな。眼だが、特殊な魔宝石なんだよ」


 ザガが詳しかった。


「そうだ。ぼくはその値段を出そう」

「そうよ。値段はだいたいそれぐらいね」


 ほぅ、さすがSランク、相場通りに金を出してくれるのか。

 なら一個くらいなら売っちゃっていいか。


「……わかった。一個、売ろう」

「やった、本当か?」

「あぁ」

「兄さん、良かった」

「アイナ、早速、お金を出して」


 双子の片方がそう話すと、白い柄の胸開きローブの中から小さい腰袋を取り出していた。

 そこから、ジャラジャラと白金貨を出していく。


 お~い、むやみに金を散らかすなよ。

 白金貨以外に白金貨を一回り大きくした金貨もあった。

 他に、魔宝石が付いた杖やらギザギザ刃の長剣やら、どっかで見たことがある……人面瓶的な謎アイテムが転がっていた。


 最後のは見なかったことにする。

 あのポーチみたいな小さい袋はアイテムボックスか。


「そこの双子、ちょい待った。今はその金にアイテム類は仕舞え……。ザガ、さっきの頭から目玉を取るのに時間はどれぐらいかかる?」

「ん~、十分ぐらいだな、片眼だろ?」


 はやっ


「そ、そうだ。はやいんだな、わかった。それじゃ、悪いんだけど、その片眼だけちゃっちゃと取り出してくれるかな?」

「ああ、構わん。いいぞ。それじゃ、店の奥に来い、作業場がある」

「わかった。白の双子もそれでいいな?」


 片方がこくこくと頷き、片方は喋り出す。


「ぼくの名前はアレン、こっちが妹のアイナ。しろの双子ではない」

「わかったよ。俺はシュウヤ、シュウヤ・カガリだ。シュウヤと呼んでくれ。肩にいる黒猫はロロディーヌだ。それで、アレンとアイナ、ザガの店内で取引しよう」

「わかったよ。シュウヤ、よろしく」

「いいわよ。シュウヤ、よろしくね」

「エンチャントッ」


 ボンが最後にドヤ顔を決めた。

 片手を伸ばし、親指を上に向けている。


 サムズアップだ。

 ……誰も反応してあげていない。


 いや、一匹、ロロが猫パンチを空へ放ち、空振っている。

 可愛く反応していたので、少しクスッとしてしまった。


 そうして、店内にある扉を通り作業場らしき倉庫に案内される。


「シュウヤ、ここに素材を出してくれ」


 なるほど、こんなに広いのなら大丈夫だな。


「了解、オープン」


 どかっと、古竜の頭を出現させる。


「よし早速、取りかかるか。お前たち、眩しいから目を瞑ったほうがいい、が、ま、いいか。ボン、軽いエンチャント頼む」

「エンチャッント」


 ザガはボンにそう言うと、目を保護するサングラスのような眼鏡を装着。

 白色の輝きを放つ特殊な皮手袋を嵌めていた。


 魔力が込められた眼鏡に、皮手袋。

 そして、腰から金に輝く鏨のような道具を取り出してボンにそれを向ける。


 ボンは楽しそうに、エンチャという言葉を連呼。

 全身からオーラのような濃密な魔力を漂わせる。

 彼なりの恍惚的な表情を浮かべた。

 両目からも白光を放つと、額に紋章が浮かぶ。

 両手の甲にも紋章が浮かんでいた。

 

 ボンはうっすらと笑いながら……ザガに近付く。

 両腕をザガの持つ道具に向け、魔力を放出。


 魔力が付与したザガの道具は、更に輝きが増していた。

 ――すげぇ、ボンから膨大な魔力が溢れていく。

 重そうな質量を感じさせるぐらいの迫力だ。


 ボンは何もんだよ。

 後ろの双子もこれには驚いたのか目と口を大きく広げて、呆けていた。


 ザガはその輝く鏨を使い、魔竜王の眼をくり貫くように周りを掘っていく。

 魔力を放出しながらの作業は不思議だった。

 ……十分ぐらいの間、輝く鏨から魔力が蒼眼へ溶けるように浸透していく感じだろうか、ザガが注意していたように眩しい。


 ザガは蒼い眼を取り出すことに成功。


 蒼眼は光を発している。

 取り出された眼は小さくなっていた。


 本当に小さいや。びっくり。

 白目の部分は無くなり、掌サイズに収まった状態で蒼の眼だけになっていた。

 そこに、笑顔を浮かべたアイナが、アイテムポーチを持ち近寄ってくる。


「お金、ここに置く」

「了解、数えるよ」


 ちゃんと白金貨五十五枚あった。

 それらの金をアイテムボックスへ入れていく。


「取引完了だ、その古竜の蒼眼を持っていけばいい」

「やったぞ、アイナ」

「はい、兄さん」


 双子は蒼い眼を手にすると、満面の笑みを浮かべて喜びあっていた。


「良かったな。でもさ、魔竜王討伐の時、アイナとアレンはあんな強力な氷の魔法を撃っていたのに、今、その竜の眼がそんなに必要だったのか?」

「そうよ。あれでは満足できないの。わたしたちの属性は水。水系を極めていきたいからね。この“古竜の瞳”があれば、更なる魔力強化を得られるから“十天邪像”の先にある大きな存在を倒せるかなぁと」

「そうだ。この古竜の眼があれば、持ってるだけで効果が得られるし、眼から詠唱なしで強力な魔法が放てる。魔宝石を超える強力な魔法を放てるのだ」


 双子は頬を緩ませて答えていた。


 “十天邪像”とは俺が持っている奴と同じ物か?

 ま、こいつらにも戦う理由があるのだろう。


「なるほど……」


 そんなことより、属性、俺も水属性だ。

 ということは蒼眼を用いて、水、氷系の魔法をばんばん撃てる?

 ぐふふ、残りの蒼眼は売らないで俺が使おう。


「ん? シュウヤ、何にやけてるんだ?」

「ん、いや、ちょっとな。想像していたら楽しみに……ザガ、この魔竜王の頭から、武器と防具を頼めるか?」

「あぁ、当たり前だ。できるぞ」


 そこで、双子が話しかけてきた。


「シュウヤ、わたしたちはもう用がない。またどこかで会うかも」

「バイバイ――」


 同時に白の双子の真下から魔法陣が出現、展開された。

 紋章魔法が発動したと思ったら、姿がだんだんと薄くなって消えていく。


「うひょ」

「にゃっ」


 俺は驚く。黒猫ロロは消えてゆく残像に飛びかかった。

 ――黒猫ロロはそのまま地面に着地。急に消えたのが不思議なのかクンクンと周囲の匂いを嗅ぐ。そのまま出入り口へ視線を向けていた。


 匂いは残るようだ。


不可視インヴィジビリティの呪文か。あのちっこい二人組は相当高レベルな魔術師らしいな」


 インヴィジ?


「……なんせ、冒険者Sランク。【蒼海の氷廟】という名前のクランだ。何かの墓守りの子供たちなのかねぇ?」

「ほぅ、やはり高ランクだったか。その名前、どっかで聞いたことがある」


 ザガは思案気な顔を浮かべて、顎髭を触っている。


「しかし、あんな魔法、初めて見たよ。姿を消すなんて、できちゃうもんなんだな……」

「そりゃ、優秀な魔術師ならできるやつもいるだろうよ。それより、武器と防具はどんなのが望みなんだ?」


 できるのかよ。

 しかし、光学迷彩も真っ青な透明具合だった。

 俺も近未来的な使い方をして、攻殻機動○的な遊びを楽しみたい。

 それに、透明人間だ。……エロいことを想像しちゃう。


「おぃ、聞いているか?」


 ザガはギロリと俺を見つめてくる。


「あぁ、ごめん。そうだなぁ、槍系は愛用していたタンザの黒槍と同じぐらいの重さが理想だ。鎧は前回と同じく動きやすい鎧一式。兜はなし、とにかく動きやすいのが理想。こないだと同じように左手の手首、ここの部分に穴を空けてくれたらいい。何なら、両手の防具はなしでもいいかな……後はそうだな、兜がないから被れるフード付きの外套も欲しい、ナイフ、短剣それらを収めるベルトも」


 ザガに左手首を見せたり、手でジェスチャーを交えて会話していく。


「……了解した。まずは槍か。槍といっても、今回は様々な作りを提供できるぞ。あの紅角刃から脳幹部分を丸ごと使えば、ただの古竜の骨から作るよりも、もっと強力無比な槍杖ランサーロッドが作れる」

「へぇ……」


 ザガは嬉しそうに説明を続ける。


「竜魔石なので削るのが大変だが、ハルバード系として考えると、先端の斧刃と矛の部分に、この紅角部分が使えるだろう。紅角は硬くて軟らかさも持ち合わせた不思議な強度がある。切れ味も抜群なうえに火属性を伴うからな。強力無比な斧槍の穂先と成るはずだ。杖にあたる後部の部分には石突の代わりにもなる竜魔石の濃い部分、“脳幹の塊”をそのまま使う。この部分は最高強度を持つ硬さだ。それでいて魔法の媒介にもなる優れ物。因みに蒼眼よりも強力だからな?」


 かなりの武器が出来上がりそうだ。


「……そうなのか、槍杖か。良いねぇ、理想形だよ。しかし、竜魔石は普通の金属より硬い?」

「うむ。普通に削るのは至難の技だ。……硬い魔鉱石で有名なチタジャーミッドを超える硬度を持つ」


 分からないが、タングステンとか、チタンみたいな感じか?


「……なら、時間がかかりそうだ」

「普通にやったらな? だが、この“頭”丸々素材として使っていいんだろ?」


 ザガは少し笑って答えている。


「あぁ、そうだ」

「なら、大丈夫だ。削る方も同じ古竜の歯牙が使えるし鱗も使える。それに俺にはボンがいるからな? 格段に早く作れるだろう。贅沢な使い方だが、構わんのだろう?」

「エンチャントッ」


 ボンは自信満々なまんまる笑顔を繰り出している。

 俺も彼の不思議な笑顔に答えてあげた。


 微笑んだ顔を向けて、頷きながら話し出す。


「……ザガとボンが最高と思うやり方で仕上げてくれれば、それで結構」

「……」

「……」


 ザガは少し肩を震わせている。

 ボンは少し眼に涙を溜めていた。


「ん?」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇかっ! 職人冥利につきる……よし、少し待ってろ」


 ザガは武器、槍武器を集めて目の前に持ってきた。

 ハルバード、ランス、矛槍、三ツ又槍、長い杭、鎌、普通の長槍と多様な槍系武器を置いていった。


「どの程度の重さや長さが理想か、この中から選んでくれ。参考にする」


 熱意あるザガの勢いに押されるように、選んでいく。


「……わかった」


 適当に選び、振り回していく。

 どの槍も、軽く感じた。

 タンザの黒槍はやはり重かったようだ。

 一番重さが釣り合うのは、やはり斧槍。

 銀製か分からないけど、白銀色に輝いているハルバードだった。

 先端に斧刃と矛杭が付き、後部に石突がついている奴だ。


「重さは、これが一番しっくりくる」

「ほぅ、ゼリウム製のハルバードか。見た目は“銀”だが、これは違うからな。これは、銀水晶鋼鉄と呼ばれ略して銀晶鋼。銀魔鋼シルバラリーマイトにもよく間違えられる。モンスターであるゼリウムボーンから大量に採れることで有名だ」


 銀水晶鋼鉄?

 普通の銀とは違うようだ。

 ま、当たり前か、銀は柔らかいらしいし。


「……そんなモンスターがいるのか」

「そうだぞ。それがモデルなら、新武器の先端は斧刃と矛で良いな?」


 新武器楽しみだな……。


「うん。それで良い」


 ザガは羊皮紙に羽根ペンでカキカキしている。

 何かをメモっていた。

 もう職人モードに突入してるらしい。

 目付きが鋭くなり、丸みを帯びた顔だったのが何処と無く引き締まって見えて、なんかかっこよかった。

 太いゲジ眉もどことなくドワーフの漢気をピンポイントに表している。


「……それで、鎧一式だが、鱗や骨をふんだんに使ったスケイルメイル系になる。ボンの扱うエンチャントを織り混ぜるので素早く仕上がる。外套も、鱗を売れば特殊コーティング素材の製品が知り合いから手に入れられるだろう」

「エンチャントッ」


 ボンは任せろ。と言うように感じに、短い足でジャンプ。

 音楽が聞こえてくる感じにリズム良く、その場で踊り、両手を交互に伸ばしてはサムズアップを繰り返している。


 それを見た黒猫ロロも不思議なリズムに我慢できずに、俺の肩から離れると、ボンの足元に移動。

 一緒に踊るように四肢を跳ねさせては、ジャンプを始めてしまった。


 また、不思議な世界観を作り出している……。


 オイサッ、ボンバイェ♪  ハッハッ、ボンバイェッ♪

 という感じだ。

 ……ボンと黒猫ロロは放っておこう。


「……凄そうな鎧と外套ですね」


 俺は踊りのことは気にせずに、新しい防具を想像しながら、思わず敬語で率直な感想を述べた。


「いや、そうでもないぞ。布系の最高峰である魔裁縫師なら“古竜の髭”から竜の繊維を抽出して、とてつもない衣服を作り出すんだが……俺は布系は苦手なんだ。だから鱗を売って外套の素材製品を買わなきゃならん」


 ザガは申し訳ない。という職人としての顔を浮かべる。

 俺としては十分なので、フォローしとこ。


「……なるほど、できる範囲で、素材の創りも、売り買いも、ザガの職人と商人としての判断にお任せします」


 俺は仕事に対する期待と信頼の意味を込めて、丁寧な口調で話す。

 その文言にザガは目を見開いて、どこか感動するように顔を綻ばせていた。


「……おうよ。任された。全く、年甲斐なく震えてくるぜ……」


 そこからは、もう完全に仕事モードに移っていく。


「歯牙を矛刃に加工するとして、いや、紅鶏冠を矛に使うか、悩むな……やはり強度からいって……」


 ザガはぶつぶつ言いながら軽く絵を描いていた。

 仕事が速い……。


「……それで期間はどれくらい?」

「十日ぐらいだ」


 みじかっ。


「わかった。あ、それまでの間、このハルバード貸してもらえるか?」


 いつもの口調に戻しながら、ハルバードを指摘。


「あぁ、持ってけ」

「さんきゅ、それで、新武器と新鎧の代金は幾ら?」

「大白金貨一枚以上と、言いたいところだが、古代竜の素材が売れたら、莫大な金になる。だから、今ここで代金はいらん。それに、武器、防具以外に使う古代竜の鱗は、たんまりと余るからな。それを少し売って代金にするが、いいのだろう?」


 莫大な金か。いまひとつ、想像がつかないが。


「わかった。蒼眼は売らないでくれたら、いいよ。何から何まですまん」

「ガッハハハ、何を言ってる? 俺は構わん。全ての商売は、“売りて喜び、買いて喜ぶ”だからな」

「エンチャントッ」


 ザガは鷹揚な態度で、座右の銘か分からない言葉を話していた。

 ボンも、そんなザガの隣にいき、準備おK。と言うように明るい声を出している。


 んじゃ、お任せするとして。

 俺たちは、


「ロロ、帰るぞ」

「ンン、にゃお」


 なんとも言えない喉声を発する黒猫ロロ


 名残惜しいようだ。

 そんな黒猫ロロを連れて、ザガ&ボンの店を後にする。


 俺は歩きながら、貸してもらった銀色のハルバードの具合を確かめた。

 穂先の切れ味は……中々良さそうだ。

 ――ぐるぐるとハルバードを振り回し、薙ぎ払いを行う。


 さて、次はどうするかな?


 女侯爵の部下、白髪戦士の情報通りに枯れた大樹がある【ホルカーバム】へ向かうか? 

 そこなら、黒猫ロロディーヌの目的の品である“玄樹の光酒珠”の手懸かりになるかも知れない。


 だが、旅をするのは頼んだ装備品が出来上がり次第だ。


 装備が完成するまで、十日間。


 何をしよう。

 ゲート先をまた調べに行くか?


 師匠と同じクラスには成っておきたいし、冒険者として、ランクを上げるために依頼を受けるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る