三十二話 冒険者ギルド

 空間は市場だった。巨大市場。


 様々な露店が集合したような場所だ。

 硝子製品や皿などの陶器だけでなく、色々な毛皮、多種多様な肉、色とりどりの不思議な野菜など、本当に様々な品物が売られていた。


 その露店の一つにファンタジー作品の定番であるドワーフさんを発見。


 ドワーフはやはり背が小さい。

 商人だと思われる毛皮を身に纏うふっくらとした太い姿。

 罠猟師だと思われる鉄罠を担いでいる人族や虎獣人の集団と笑いながらおおげさな身振りで財布から金を出し物品の取引を行っている。


 ドワーフといえば、地下深くで出会ったロアのことを思い出す。

 若干だが、地下に居たロアの方が背が小さいか?

 やはり都市だけに亜人の姿を多く見かける。


 更に、そんな市場の斜交いにある一角では人集りができていた。

 ――早速その人集りへ向かう。


 奴隷だ。ここは奴隷市のようだな。


 人族や獣人が薄汚れた衣類に身を包み、黒い首輪と手足を鎖で繋がれ歩かされている。

 奴隷たちは低い木の台の上に乗せられていた。

 そこで周りの着飾った金持ち風の人々から一斉に値踏みの声があがる。


 やけに競り会場の数が多いな。


 奴隷になるのは人族だろうが亜人だろうが関係ないようだ。

 上半身は人族の女性で下半身は蛇の種族もいるが、他の人族の奴隷と同じように首輪と両手に繋がった鎖を引かれて歩かされている。

 ……種族の物珍しさもあって、暫しその歩かされている様子を眺めていた。


 すると、


「お前は満足に買物もできないのか? 嗅覚が優れていると言われて買ってみれば、こんな屑を買わせられるとはなァ――」


 ん? 何だ?

 急に隣から濁声が聞こえてきた。


「す、すみま――」


 女獣人が蹴られて地面に顔をつけている。


「ははは、顔に馬糞が付いた。今日は罰としてそのまま歩いて付いてこい」


 太った商人か貴族の男が、下品な笑みを浮かべて獣人奴隷をゴミのように扱っている。

 女獣人は指示通りに馬糞を顔につけたままだ。


 酷い扱いだな。

 周りから冷ややかな視線が集まるが、その光景を見ても誰も止めようとしない。


 俺も、そんなことは止めろ。などと言おうとは思わない。

 これがこの世界の常識なのだろう。

 気分が悪くなったが、奴隷市場の一角は続いている。

 様々な露店が集合した巨大市場を通り過ぎていくと、大通りに出た。


 両脇に多数の建物が並ぶ一本道の大通りだ。

 その右側に縦長の看板とセットの大きな建物があるのを発見。

 看板には冒険者ギルドと書かれてある。


 ここが冒険者ギルド。


 三階建てで、この辺の建物の中で一番大きい。

 隣には大きな厩舎も用意されていて、立派なサラブレッドの馬やポポブムに似た魔獣たちが専用の餌桶に顔を突っ込んで餌を食べているのが見えた。

 小太りで気の良さそうな世話係もいる。


 早速その人に話しかけてみる。


「ここを利用してもいいですか?」

「おう、いいぞ」


 こういう場合、チップとかを渡した方がいいのかな?


「それじゃ、暫く世話を頼むよ」


 少し色を付けてチップを渡してみた。


「わぉ、銀貨かよ。あんた気前がいいな。オレの名はピュッチ。預かったもんは三ヶ月先でもちゃんと見ておくよ」


 チップのお陰か、反応が良い。


「それじゃ、この魔獣をよろしく」


 と世話人に向けて言いながらポポブムから降り、鞍の背に連結してあった魔法袋を外し、槍を黒猫ロロが乗っていない方の肩に抱え、冒険者ギルドへ向かった。

 冒険者ギルドの入り口は大きい木製の両扉。

 両扉は左右へ開かれていて開放状態だ。

 多数の冒険者たちが行き交っている。


 俺もその中に混じって、冒険者ギルドへ初めて足を踏み入れた。


 入口からして、天井が高い。

 中央の天井には巨大な吹き抜けがあり、一階もかなりの広さだ。

 天窓や開かれた木の窓から太陽の光が差し込み、吹き抜けホールを明るく照らす。床には高級そうな板が敷き詰められていて、その床板に顔を近付ければ、桧の匂いを感じられそうなぐらいに木目が綺麗に見えていた。


 出来立てほやほやの建物なのかな。

 壁際には三つの大きな魔法陣が設置されている。

 その魔法陣へ冒険者が足を踏み入れると瞬時に消えるので、転移の魔法陣と分かる。


 あんなのもあるのか。と感心しながら、木製の掲示板が立ち並ぶ場所へ移動。

 掲示板には依頼の紙が貼り出されている。

 冒険者たちはその貼り出されている依頼から選ぶようで、かなり混雑していた。


 俺も依頼の紙を見ていくか。

 睨むように掲示板に貼られた羊皮紙の文字を読んでいく。

 ……ふむふむ……なるほど。

 各掲示板には、A、B、Cと、大きな文字で書かれてある。

 モンスター退治の依頼の紙にはA+とかB+とか書かれてあった。

 これがランクか。

 掲示板の下には小口がセットされていて、その小口から依頼に合う記号と番号が記された木札を取っていくようだ。


 依頼を選ぶときはそうやるのか。

 さて、見るのは一旦中止して、登録を済ませちゃうか。


 窓口が奥にあるのが見える。


 ギルド中央、奥に据えられたカウンター。

 銀行や役所の窓口のようだ。

 受付嬢やおっさんの受付係が冒険者たちの応対をしていた。


 初めてのギルド。

 できれば、お約束の綺麗な子と話がしたい。

 それに、混んでないとこ……。


 おっ、いたいた。


 ガーリーショートな金髪の女性。長い睫毛に青い瞳。

 綺麗な外人さんという感じだ。

 豊満な胸もいい。混んでないし、あの子にお願いしよ。


「すみません。冒険者登録をお願いしたいのですが」

「はい、受け付けております。登録料に銀貨一枚を頂きます。それと、こちらの羊皮紙にお名前と種族、年齢、出身を書いてください。代筆は必要ですか?」

「いいえ――」


 その時、肩にいた黒猫ロロが跳躍。

 机の上に乗ってしまった。


「きゃっ!」

「あっ、こら、ロロ」

「わぁ、カワイイ……黒猫ちゃん、ロロってお名前なの?」


 受付嬢は豊満な胸を机に乗せてニコニコと笑顔になると、ロロの頭を撫でている。


「にゃ、にゃ~ん」


 黒猫ロロは頭を撫でられて嬉しそうに返事をすると、受付嬢のたぷたぷ揺れている胸に紅いつぶらな瞳を集中させていた。


 俺も便乗してしまう。

 じっくりと、たぷたぷなメロンさんを鑑賞。

 受付嬢は全身を包むゆったりとした布製の衣服を着ているが、胸が大きいので、胸の上半分、血管が薄く浮き出て見えるおっぱいの一部が見えていた。

 そんなエロい視線を受付嬢へ向けていたら、受付嬢が顔を上げて俺を見る。

 急ぎ誤魔化すように黒猫ロロを見た。


「すみません、こいつの正式な名前はロロディーヌです。下に降ろしますね」


 と、黒猫ロロの首を掴み持ち上げると――。


「あっ、大丈夫ですから、そのままにしてあげてください」

「……そうですか? ロロ、静かに見とくんだぞ?」


 机の上にそっと下ろす。

 黒猫ロロはくいくいっと頭を動かし俺と受付嬢の顔を交互に紅い瞳で見てくると、空気を読んだのか、そのまま香箱座りに移行して大人しくなった。


「おりこ~さんですね~」

「えっと、この紙に書けばいいんですね」


 質問ぎみに少し声を大きくして聞くと、おっぱい受付嬢は黒猫ロロから俺に顔を向けなおして体勢を整える。


 ――おっぱいは揺れていた。

 受付嬢はデカイおっぱいとは対照的な小さい唇を開く。


「はい。この書類に名前と種族と出身、戦闘職業を書いてください。戦闘職業は複数書いても良いですし、これ一本って方はそれだけでも良いです。自分のアピールにもなりますので、体得している職業であれば何でもいいですよ。伏せて置きたい場合は書かないで結構です。その辺はご自由に」


 渡された羊皮紙には名前、種族、出身、戦闘職業といった複数の項目があった。


「出身は適当でいいですか?」

「書きたくないのであれば書かなくても構いません」

「後から変更とかはできますか?」

「できますよ。ただし、その度に専用の羊皮紙代を頂きます」

「わかりました」


 <翻訳即是>のお陰で異世界文字は書ける。

 すらすらと書き、金と書類を提出。


「では、少々お待ちください」


 受付嬢は俺が書いた羊皮紙を確認すると、その紙を持って後ろへ歩いていく。


 出身は書かずに名前と年齢はちゃんと書いておいた。

 戦闘職業は<槍武奏>と<鎖使い>のみだ。

 実際の種族である光魔ルシヴァルは書かずに人族と書き、戦闘職業も本来の<魔槍闇士>は書かなかった。


 <槍武奏>も槍使いには変わりないし、別にいいかと。

 アピールのためにちゃんと書いた方が良いのかもしれない。

 でも、最初は無難に行こうと思う。


 そんなことを考えていると、受付嬢が後ろにあった棚から水晶が付いた銀色の盤を持ち出して、運んできた。


 そして、机に銀色の盤が置かれる。


「では、左手をこの水晶玉の上に乗せて、盤に指を合わせてください。親指からは血が数滴採取されますので、ご了承ください」


 血を採取されるのか。アキレス師匠が話していた通りだ。

 血液を採取する道具とは一枚の金属板で繋がっている。


 水晶玉は大人の掌より少し大きく、綺麗で透明な玉だった。


 言われた通り左手をその水晶玉に乗せる。

 右手の親指をマークがある凹んだ銀色の盤へ押し込んだ。

 親指にチクッと針が刺さり、銀色の盤に血が少し流れていく。

 すると、左手の下にある水晶玉の中に小さな魔法陣が浮かび、白光を放って消えていった。


「これで完了です」


 受付嬢は軽やかにいうと、銀色の水晶盤の間から小さい銀色の金属板を取り出して、机の上に置く。


「これが冒険者カードですか?」

「はい。どうぞ、受け取って下さい」


 カードを手に取って見た。


 名前:シュウヤ・カガリ

 年齢:22

 称号:なし

 種族:人族

 職業:冒険者Gランク

 所属:なし

 戦闘職業:槍武奏:鎖使い

 達成依頼数:


 これで、俺も今日から冒険者だ。


 受付嬢からはこの冒険者カードを失くさないように、と念を押される。

 ランクの説明が始まったが、ある程度師匠から聞いていたので適当に聞き流す。


「称号はギルド側が勝手につけますので、あまり気になさらず。それと、依頼は、ボード下にある番号が書かれてある木札をこちらへ持ってきてくだされば受けられます」


 木札か。


「普通は依頼を済ませれば完了ですが、依頼人が完了木札をギルドに提出していない場合があります。この場合、完了木札を持つ依頼人がギルドへ完了木札を先に提出するか、完了木札を持つ依頼人と依頼を成功させた冒険者が同席する形でギルドに依頼の品を提出してくだされば依頼は完了となりますので、覚えておいてください。ですが、大半のモンスター討伐依頼は完了木札をギルド側が先に預かりますので、心配しなくても大丈夫です」


 何だって?

 心配しなくても大丈夫と言われても、依頼人が悪い奴だった場合とか……。


「この都市の冒険者ギルドは素材の鑑定もある程度行いますが、基本は仲買業です。依頼人や冒険者同士の争いには、特例の場合以外不干渉ということを覚えておいてください」


 特例が気になるが、そういうことね。

 あくどい依頼人がいたとしても、そのトラブルは自分で解決しろってことか……。


「ギルドの管轄外ですが、倉庫街にいけば、貸倉庫を所有する商会による荷物預かり店がありますので、荷物を預けたい場合はそちらをお勧め致します。それと、【城塞都市ヘカトレイル】の冒険者ギルド銀行について説明をいたします」


 荷物を預けることができるのか。

 それに銀行もあるんだ。


「銀行ですか?」

「はい。お金を預けることができます。しかし、他の冒険者ギルドでは、そのお金は降ろせません」


 便利なようで不便だな。

 貸金庫みたいな感じか。

 冒険者カードに預金額が刻まれるとかではないらしい。


「預金ですか、それはどういった仕組みなんですか?」

「冒険者登録していただいた際に記録した魔水晶を使います。冒険者カードには貴方の血が登録されていますので、魔水晶が本人の血だけに反応します。それで預ける時と降ろす時に認証する仕組みになっています」


 へぇ、あの魔水晶が反応するんだ。

 カードは認証のみか。DNA認証とかではなく、血に含まれている魔力での認証かな?


「このカード、偽造は可能でしょうか」

「無理でしょう。血はその人独自の魔力を伴う物と言われています。たとえできたとしても、弾かれると思いますよ。ギルドにある魔水晶で登録した本物しか反応しませんし、なによりギルドに置かれているこの魔水晶は、冒険者ギルドが創設された時に手を貸したと言われる秩序の神オリミール様が関わった物らしいので、心配しなくても大丈夫ですよ」


 血と魔力に神様か。

 三種の神器ではないが、それなら納得。

 先ほど魔水晶の中で魔法陣が発生していたのは、そういうことか。

 が、このカード、血によって判別しているようだが、俺を人族と認識しているし、あまり高性能では無いようだ。


 あくまでも、血に含まれた魔力のみで判別しているんだろうな。

 さて、カードや水晶についての考察はこの辺にして、古代金貨のことを聞いてみるか。


「……分かりました。ついでに聞きたいのですが、古代金貨の買い取りができる場所はありますか?」

「はい。ギルドで買い取りしていますよ」

「そうですか。この古代金貨なんですけど、買い取りしてもらうかは値段を聞いてから判断したいんですが、鑑定できます?」


 一枚だけアキレス師匠から貰った古代金貨を取り出し、見せる。


「はい。少しお待ちくださいね。ギルドの鑑定員に見せますから」


 と言って、おっぱい受付嬢は古代金貨を受け取り、後ろに下がっていく。

 受付の後方で何かを天秤台に乗せて作業していた職員におっぱい受付嬢は古代金貨を見せて話し合っていた。

 鑑定は直ぐに終わったようで、ひきつったような形相を浮かべておっぱいを揺らしながら受付嬢は戻ってきた。


「こ、この金貨、すごいです。オカオさんがいうには、白金貨一枚で買い取りだそうです。専門の店ならもっと高くなるかもと」


 うはぁ、アキレス師匠。

 そんな価値のある物をくれたのか。

 白金貨一枚ってことは……金貨十枚分。日本円だと百万円かよ。

 ということは、ユイに渡した金はそれなりに役に立ちそうだな。


 周囲から視線が集まってしまう。これ大金だもんな……。


「……随分と高く売れるのですね。専門店で売ると、どれくらいになるんでしょうか」

「ヘカトレイルでは古代の品を扱う専門の店は聞いたことが無いので、判断ができかねますが、少なくとも白金貨一枚よりかは上かと思われます」


 この都市には無いのか。


「専門店が無い……」

「えぇ、はい。この都市でも何でも屋さんみたいな質店なら沢山あるんですけどね。金属加工を専門とする店もありますが、そういう店だと別途で料金が掛かりますから……ホルカーバムやペルネーテなら古代の品を扱うアンティークの店もあるはずです」

「そうですか……」


 違う都市ならあるか。

 うーん、と少し考える素振りをした。


「ここはヘカトレイルですからね。他の質店での買い取りの値段より、ギルドの方が高いと思いますし、何より安心ですよ」

「そうですか、では一枚だけ買い取りでお願いします。白金貨じゃなくて金貨十枚で」

「はいっ、了解しました。少々お持ちを」


 受付嬢は古代金貨を持って奥にいくと、小さい袋に金貨を入れて戻ってきた。


「金貨十枚です」

「どうも」


 その場で袋を開けて確認。

 袋を開けると、金貨が光る。その光に我慢できなかったのか、遊びたいのか分からないが、黒猫ロロが足を袋の中へ入れてきた。


 ロロ……。


「ロロ君、このカワイイ足ごと縛っちゃうよ?」

「にゃ? にゃぁ」

「フフ、カワイイィィ」


 受付嬢が変な声を出して反応する中、黒猫ロロの足を引っ張りあげる。

 その際に、むちむちする肉球をもみもみするのは忘れない。もみもみっと肉球の柔らかい感触を楽しんでいる時、ふと思い出す。


 色々と回収しておいた品があったと。

 魔法袋から、それらを取り出して机に置いていく。

 青白虎の毛皮だけ除いて、ゾルの指輪群も机に置いた。


 そして、おっぱいさんにも慣れたので、口調を敬語から普通の調子に戻す。


「これらの品、買い取りできる?」

「あ、はい。戦利品と指輪ですね。マジックアイテムの性能鑑定はできませんが、マジックアイテムかどうかの軽い鑑定と査定はできます。宜しいですか?」

「いいよ」


 おっぱい受付嬢はマジックアイテムの査定はできるようだ。


「赤い魔宝石エンファルである火獣石の指輪に、白の魔宝石ウィンドの風の指輪、これは黄色の、ローレライの雷獣石の指輪ですかっ、何れも高級なマジックアイテムだと思われます。ですが、宝石に傷やひびが入って魔力を失いかけているのもありますね……値段は少し安くなります。ん、これは、作成者……えっ、この指輪群、何処で手に入れました?」


 彼女は指輪の裏側にあるシンボルマークを確認すると、驚いている。

 この指輪はゾルの物だからな。適当に誤魔化しておこう。


「魔法使いの知人から譲り受けたんですよ」


 ジト目で俺を見る受付嬢。


「……そうですか。指輪は金貨八十九枚です。この角は、一角兎。一つ銅貨五枚ですね。骨牙と腕は、魔霧に出現するガルバウントタイガーとホワークマンティスですね。どちらもBクラスのモンスターですよ?」


 俺がBランクのモンスターを倒したのが驚きなのか、おっぱい受付嬢は顔を少しひきつらせて話していた。

 それより、しれっと話していた指輪の買い取り額の方に驚くよ。

 凄い価格なんだが……。

 ま、顔には出さないけどね。


「……モンスターは俺が倒した。それで、骨牙や腕の値段は?」

「そ、そうですか……ガルバウンドタイガーの骨牙は金貨一枚、ホワークマンティスの腕は一つだけですけど、金貨一枚です」


 全部回収していたら、小金持ちだったな。

 まぁ袋の限度もあるし、しょうがない。


「……良いね、高い。早速、全ての品の買い取りをお願い」

「はい。……どうぞ、お受け取りください」


 どっさりと入った金貨袋を受け取り、笑顔を返す。

 受付嬢はぎこちない笑顔を向けてきた。

 金貨袋は背曩の中へ入れておく。


「確かに。それじゃ、依頼を見てくるよ」

「はい」


 受付嬢へ親愛の笑顔を向けてから受付から離れた。

 依頼が貼り出されたボード前に移動する。


 そこで、適当にGランクからDランクまで見ていく。

 自信があれば、いきなりランクDに挑戦できるんだったな。


 まっ、結果は自己責任だが。

 さすがに玄樹の光酒珠や智慧の方樹に関する物は……なかった。

 他の依頼を見るか、金はあるが、冒険者に成ったんだから依頼はこなしておきたい。ランクも上げたいしな。


 ということで、適当に依頼を選ぶとする。

 DとCの依頼っと。

 依頼の内容は隊商の護衛が一番多い。

 次は、歓楽街、賭博街、新街、倉庫街にある色々な店の用心棒の紙が多く貼られているな。


 鈴鳴り亭の用心棒求む。とかあった。

 次は……ヒノ村周辺の魔物まとめ狩りツアー。

 他は、【魔霧の渦森】や【バルドーク山】、その手前に広がる【バルドーク樹海】に出現するモンスターの討伐が多いな。


 バルドーク山近辺は未探索地域らしく報酬が良いようだ。

 その他だと……殆どの依頼が迷宮だな。

 どうやら、この城塞都市ヘカトレイルの周りには三つの巨大迷宮が存在してるらしい。


 一つ目は【魔迷宮サビード・ケンツィル】

 二つ目は【ヴァライダス蟲宮】

 三つ目は【ペル・ヘカ・ライン大回廊】


 地上で発生する以外の依頼の紙はこの三つの迷宮の依頼ばかりだ。

 三つの依頼木片、木札を選ぶ。


 一つ目。


 依頼主:サミラス商会

 依頼内容:Dランク討伐アント

 応募期間:無期限

 討伐対象:アント十匹

 生息地域:ヴァライダス蠱宮上域

 報酬:銀貨五枚

 討伐証拠:黄色い爪

 注意事項:集団で襲ってくる場合が多い。牙に注意だ。

 備考:剥ぎ取り部位は黄色い小さい爪、触覚、牙、各種大銅貨一枚~二枚、相場により買い取り値は変わる。魔石ドロップは希少確率であり、魔石はだいたい腹部位にある。


 二つ目。


 依頼主:北連セバリー商会

 依頼内容:Cランク討伐手長蟻ロングアント

 応募期間:無期限

 討伐対象:手長蟻ロングアント五匹

 生息地域:ヴァライダス蠱宮中域から上域

 報酬:金貨一枚

 討伐証拠:白色の爪

 注意事項:集団の場合が多い。白い長い脚の爪に注意だ。

 備考:剥ぎ取り部位は白い小さい爪、触覚、各種大銅貨五~八枚だが、相場により買い取り値は変わる。魔石ドロップは希少確率であり、魔石はだいたい腹部位にある。


 三つ目。


 依頼主:デュアルベル大商会付属デュアルベル錬金会

 依頼内容:Cランク討伐兵隊蟻ソルジャーアント

 応募期間:無期限

 討伐対象:兵隊蟻ソルジャーアント五匹

 生息地域:ヴァライダス蠱宮中域

 報酬:金貨一枚

 討伐証拠:黒色の爪

 注意事項:ツーマンセル、スリーマンセルなど、小隊規模での行動が多い。脚先に手長蟻ロングアントのように長い鉤爪が複数ついている。オフィサーに連れられている場合あり。

 備考:剥ぎ取り部位は黒い小さい爪、触覚、背部の甲殻、牙、各種大銅貨五~八枚だが、相場により買い取り値は変わる。魔石ドロップは希少確率であり、魔石はだいたい腹部位にある。


 三匹共に剥ぎ取り部位が触覚や背部の甲殻、牙なんだな。

 この三つの木札と冒険者カードを受付嬢へ持っていった。


「いきなりDとCの依頼に個人ソロで挑むのですか?」


 受付嬢は訝しむ目を俺へ向ける。


「ランクはあくまで目安だろ? たとえD、Cだろうが、S、Aの依頼は受けられるはずだが?」

「えぇ、はい、ですが……」


 その時――。


「にゃ」


 可愛い猫声が響く。

 受付嬢は黒猫ロロが鳴いたことに気付くと、笑顔を向けている。

 猫の癒し効果か、自然と彼女の訝しむ視線は無くなっていた。


 そして、どこか納得したように俺の冒険者カードと依頼の紙を受け取った。


 さっきBランクのモンスターの部位を渡したからな。

 おっぱい受付嬢もそれで納得したんだろうと勝手に判断。

 続けて質問する。


「ところで、ヴァライダス蟲宮はどこにあるの?」

「それはここから飛べますよ。ヴァライダス蟲宮は、ヘカトレイルの南東の位置にあり、バルドーク山から続く森林地帯の中にあります」


 飛べます? あぁ、さっきの魔法陣か。


「魔法陣か」

「はい、転移陣ですね。ここのギルドから直接三つの迷宮の入り口に飛べるように設置してあるんです」


 受付嬢が指さしている方を見ると、冒険者たちが次々と魔法陣、転移陣の上に歩いて消えているのが見えた。

 入ってきた時にも見たやつだ。


「あれね」

「はい、便利ですよね」

「……転移陣があるなら、街同士を繋ぐ転移陣があっても良さそうなのに」


「ですよねぇ。でも、設置には極大魔石やら複数の材料がいり、お金も掛かるらしく、それに、あまり遠くには無理らしいです。時空属性持ちのクナさん曰く、わたしではこれが限界、だそうで。それに、色んな条件が噛み合わないと設置は無理と聞いたことがあります」


 条件か。条件によっては街同士を繋ぐ転移陣もあるってことかな。


 ま、基本は無理なんだろう。

 楽に作れたら歴史も変わっているだろうしな。

 物流、戦争、あらゆる面で劇的に変わるだろうし。


 それにしても時空属性か。

 魔察眼で確認。

 あの転移陣、うっすらと全部が魔力で繋がってるけど、意味があるんだろうか。


 そのクナさんに会ってみたいかも。


「そのクナさんに会えます?」

「クナさんは冒険者でもありますし、お店も持ってますから忙しそうですよ? それでもお会いしたいのであれば、クナさんが経営している魔道具店に行けば、もしかしたら会えるかもです」

「そっか、なら仕方ない。とりあえず、その魔道具店の場所だけ教えてくれる?」


 受付嬢は素早く木片の切れ端に住所を書いて手渡してくれた。


「はい、こちらです」

「どうも」


 木片を見て、即座に脳内にインプットする。

 分かりやすく書いてくれた。


「では、依頼の手続きを済ませちゃいますね。魔水晶に手を乗せてください」


 言われた通りに手を乗せる。


「こう?」


 魔水晶が光ると、受付嬢は銀盤から冒険者カードを取り出して渡してきた。


「これで、依頼は受理されました」

「了解。最後に、背曩とか迷宮用の小物を売ってる店を教えてほしい」


 受付嬢は頷くと、視線を外へ向けて話してくれた。


「それでしたら、目の前にある大通りを渡ったところに冒険者がよく行くバボンの店という名のなんでも屋さんがありますよ」


 バボンの店か。覚えておこう。


「ありがとう。では」

「はい、依頼頑張ってくださいね~」

「にゃぁ」


 黒猫ロロも受付嬢に別れの挨拶を告げた。

 尻尾を動かしながら体を反転させると、素早く跳躍。

 いつものように肩へ飛び乗ってきた。

 そんな相棒ちゃんは俺の頬にゴツンと頭部を衝突させてきた。

 俺も頭部をゴツンとお返ししたかったが、黒猫ロロは尻尾で俺の頬を叩いて菊門を向けて来やがった。

 急ぎ逃げるように顔を逸らして、他の冒険者たちが並ぶ受付から離れた。


 背後から受付嬢の笑い声が聞こえたが、構わず――。

 そのまま混雑しているギルド内を歩いて外に向かった。

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