三十一話 城塞都市ヘカトレイル※
ポポブムの手綱を持ちながら小高い丘を降りる。
と、青白い光を発する小さい石塔が見えてきた。
この青白い光が結界の役割を担っているのかな?
光の周辺にはモンスターが現れないからきっとそうなんだろう。
さて、ここから【魔霧の渦森】へと再突入だ。
青白い光が及ばない地域に出ると――。
一気にモンスターの反応が多くなった。
魔素の群れが魚が網にかかったように反応を示す。
ここは本当にモンスターが多い。
そうだ、この辺りのモンスターを殲滅しますか。
ユイが移動しやすいように……。
それに、あの<古代魔法>の威力を試すいい機会だ。
少し魔法陣を弄るか!
「ロロ、少し実験するから最初は見てて」
「ンン」
めんどくさそうに小さい喉声で返事をすると毛繕いを始めていた。
ポポブムの太い後頭部にずでんと座り、腹を舐めながらバレリーナのように両脚を伸ばして、その脚先までも舐めていく。
ぺろぺろと脚の毛を舐めて掃除する仕草は微笑ましい。
俺はそんなロロディーヌらしい姿を見ながら<古代魔法>を開始する。
手に魔力を込めて魔法陣を描く――。
拡散型、規模は小。最初の時とは違う魔法陣を構築、組み上げていく。
消費する魔力を削る式を組み込み、この部分は……式を変更して、魔法文字である§とΟを組み合わせながら展開、維持させて、最後に具現化させる、と。
試しに日本語で追加式を書きたす。
こりゃ驚いた。
不思議だが、漢字だと魔力効率がぐんと良くなるようだ。
俺がイメージしやすいからか?
魔法陣の円は闇色で薄く燃えるように縁取られている。
その中に様々な記号と共に漢字を少し書き足していった。
トリガーは念じて発動に設定。
――完成っと。
魔法陣をこうも簡単に作成、調整できるとは、なんか気持ちがいいな。
内容を弄り、独自、オリジナルの魔法陣を完成させてしまった。
しかも、まだまだ改良できそうだし。
ピコーン※<紋章魔造>※恒久スキル獲得※
わぉ、やった。スキルを得てしまった。
紋章魔法陣を弄ったからか? そんな闇色の魔法陣を頭上高くなど、あちこちに移動させてみる。
「魔法陣はこういう使い方もできるのか……」
発動させずに待機させておくことも可能。
よし、目の前に戻す。
完成した魔法陣をじっくりと観察していると、周りに魔素の反応があった。
――モンスターだ。
タイミングが良い、しかも複数居る。
反応があった方角を注視。
森の茂みからすぅっと太くて白い足が出てくるのが見え、草を踏みしめる肉趾も見える。
数は、一、二、三匹。
合計三匹の青白虎が出現した。
最初に現れた青白虎と視線がかち合うと、獣特有の荒ぶる声を発し、口から牙を見せて威嚇してくる。
そして、首筋にある特徴的なエラを変形させた。
あの黒いエラか。こないだと同じく、中心部分がぱっくりと割れて、中から蛇剣のような鋭い骨牙を突出させている。
骨牙を真っ直ぐ伸ばしながら突っ込んできた。
後ろの二匹も同様に走ってくる。
ポポブムに乗った状態で、あえて待機。
吶喊してくる青白虎たちが魔法の射程に入るのを待つ。
黒槍を真っ直ぐ虎たちへ向けて、穂先を銃のスコープに見立てて先頭の青白虎の頭部へ狙いをつけた。
虎を十分に引き付けたことを確認。
今だっ、《
と念じた瞬間――狙い通りに<古代魔法>が発動。
黒槍の穂先上に魔法陣が瞬時に展開される。
魔法陣は円なので、本当に大きい銃のスコープになった感じがした。
魔力が消費されていく。
コンマ何秒の間に魔法陣から黒色の小さい塊が無数に現れ、一定の数に成るまで増殖、その塊の出現が止まった瞬間、
――塊群が弾けた。
ガスが爆発するような音を轟かせながら、無数の小さい黒い塊が散弾銃の如く前方へ弾け飛ぶ。炸裂音が二重に響いた。
耳がやられそうなぐらい――きぃぃんっと耳鳴りがしている。
先頭を走っていた青白虎は《
胴体にかけては小さい穴が無数に空いた状態になった。
一方で
ポポブムも、ウィリーのように後ろ脚で立ってしまった。
俺は慌てて飛び降りる。
地に足をつけながら魔法を喰らった虎を見た。
損傷具合から判断して、一瞬にして絶命だったと思われる。
だが、遅れて走っていた虎たちは軽傷だった。
軽傷な青白虎は二匹。左手前と右奥だ。
左手前の虎は前足と胸と腹に少し当たった程度の傷。
右奥のは出血が酷い。だらりと前足が垂れている。
三匹の傷の具合から見て、この魔法はショットガンのように近距離では威力はあるが、まだまだ狙いや精度が悪いと判断できた。
その生き残った青白虎たちを、殺気を込めて見つめる。
後は普通に殺りますかっ――。
黒槍を握る手に力を込めながら突っ込む。
最初に狙うのは左手前の軽傷を負ってる奴だ。
左手前に佇む青白虎の頭部に普通の突きを喰らわせる。
続いて、間髪容れずに<刺突>――を繰り出した。
素早いスキルを交えた連続突きにより、青白虎の頭が削れたように穴が二つ形成され、肉片と毛が混じった血飛沫を飛ばしながら倒れていく。
右に残っていた最後の一匹は、魔法によって傷を負った足を気にしているのか、動こうとしない。
そんな青白虎の動きを冷静に見極める。
構えも見せずに前進しながら――ノーモーションで黒槍を握る右手を真っ直ぐ伸ばし、虎の首を穿った。
よし、完全に虚を突いた。
青白虎の首筋にあるエラがピクッと反応を示していたが、わずかに俺の槍のほうが速かった。
黒槍が突き刺さった虎のエラは真上から圧縮を受けるように潰れている。
エラから骨の破片が飛び出ていた。
黒槍を引き抜くと、引き抜いた穴から血が噴出。
青白虎の口周りは血に染まる。
死んだように前のめりに倒れた。
いや、まだ僅かに息がある。
瀕死の状態。
黒槍をくるっと回して、石突で青白虎の頭を軽くつつく。
ツンツクツン、意外にタフだな、こいつ。
それより、さっきの<古代魔法>は、一応成功かな。
近距離用という感じだが……。
初めて魔法を放った時と比べたら魔力消費は抑えられているし、魔法陣を改良した効果はハッキリと出ていた。それに伴う倦怠感も少なくなっている。
雲泥の差と言っていい。
だが、魔力消費や威力が抑えられたとはいえ……。
元々<古代魔法>が消費する魔力量は、威力に関係なく大きい。
同じような魔法を連発するには、今の俺だと、三、四発が限度だと分かる。
だから、今の魔法はお遊びで、有効的ではない。
さて、<吸魂>しちゃおうか。
横たわる瀕死の青白虎に噛みつく。
血を吸いながら<吸魂>を行い、虎に止めを刺した。
血と魂を貰う。と、
ピコーン
※<魔槍闇士>の条件が満たされました※
※戦闘職業クラスアップ※
※<魔槍使い>と<魔法使い>が融合し<魔槍闇士>へとクラスアップ※
ピコーン※<闇穿>※スキル獲得※
ピコーン※<闇穿・魔壊槍>※スキル獲得※
おお、クラスアップだ。
スキルまで得た……戦闘職業の説明を見とくか。
ステータス。
名前:シュウヤ・カガリ
年齢:22
称号:神獣を従エシ者
種族:光魔ルシヴァル
戦闘職業:魔槍闇士new:鎖使い
筋力18.8→19.0敏捷19.8→19.9体力18.0魔力22.9→23.0器用18.0精神23.4運11.0
状態:平穏
戦闘職業の<魔槍闇士>をタッチ。
※魔槍闇士※
※槍の達人であり、魔術師を超える魔力と精神を持つ証し※
※複雑な条件を達成後、初めて獲得できる希少戦闘職業の一つ※
※魔軍夜行をただ一人生き延びた伝説の魔槍騎士デラハ・ヴェルゼイが最初に就いていたとされる幻の戦闘職業※
「<魔槍闇士>……」
希少か。説明をタッチしてもそれ以上情報はでない。
つうか魔軍夜行とは何だろう。
それに伝説の魔槍騎士デラハ・ヴェルゼイって誰よ?
疑問に思い、ウィンドウに表示されている文字の至る所をタッチしてみるが、反応はなし。
仕方がないので、ついでに覚えた新しいスキル<闇穿>と<闇穿・魔壊槍>をチェックする。
スキルステータス
取得スキル:<投擲>:<脳脊魔速>:<隠身>:<夜目>:<分泌吸の匂手>:<血鎖の饗宴>:<刺突>:<瞑想>:<魔獣騎乗>:<生活魔法>:<導魔術>:<魔闘術>:<導想魔手>:<仙魔術>:<召喚術>new:<古代魔法>new:<紋章魔法>new:<闇穿>new:<闇穿・魔壊槍>new
恒久スキル:<真祖の力>:<天賦の魔才>:<光闇の奔流>:<吸魂>:<不死能力>:<暗者適応>:<血魔力>:<眷族の宗主>:<超脳魔軽・感覚>:<魔闘術の心得>:<導魔術の心得>:<槍組手>:<鎖の念導>:<紋章魔造>new
エクストラスキル:<翻訳即是>:<光の授印>:<鎖の因子>:<脳魔脊髄革命>
<闇穿>をタッチ。
※闇穿※
※<刺突>を獲得済みだと、<魔槍闇士>にクラスアップ後、自動で獲得するスキル※
※見た目は<刺突>と同じ突き技だが、闇属性が付加され、威力も上昇している※
なるほど、新しい突き技か。
もう一つの新しいスキルを見てみよ。
※闇穿・魔壊槍※
※<闇穿>を繰り出した直後に、使い手の任意のタイミングで壊槍グラドパルスを瞬時に召喚、攻撃させる※
説明を改めて見ると、使えそうだ。
壊槍グラドパルスをタッチしても情報は出ず。
まぁ、実際に試す方が早い。
ポポブムに乗りながら、右手に持つタンザの黒槍を構え、
――<闇穿・魔壊槍>。
黒槍を前方へ突出させて<闇穿>を繰り出す――<刺突>と似ている。
だが、その刹那。
圧縮を受けた空気の塊が押し出るような音を響かせながら壊槍グラドパルスが黒槍の真横に出現。
壊槍グラドパルスは黒槍で打ち出した<闇穿>を追い越す勢いで螺旋回転しながら突き進む。
空気を切り裂くように虚空を穿った。
これが、壊槍グラドパルス。
闇色にツヤ光りした槍。
壊槍グラドパルスの見た目は先細の円錐。
タンザの黒槍よりも大きく、先端は細く鋭そうな矛だ。
細い穂先から段々と円錐が太くなり、外面の縁を螺鈿細工のような黒く太い線が独特の模様で施され、渋い闇ランスを形作っている。
壊槍グラドパルスはまだドリルのように回転している。
<刺突>より威力がありそうだ。
普通に<刺突>と<闇穿>を使えば連続突きにもなるし、タイミングをずらして壊槍グラドパルスを撃ち放つことも出来る。
微妙なタイミング差で射出が可能か……。
これは大きいアドバンテージ。
相手が強いほど、対処が難しくなるはずだ。
じっと、不思議そうに闇色の壊槍グラドパルスを見つめている。
試しにその闇ランスを掴んでみた。
重い。めちゃくちゃ重い。俺じゃ扱えないのかと、無理に振り上げようとしたら、壊槍グラドパルスは消失した。消えちゃったか。まぁ良い。
<闇穿・魔壊槍>を使用する度に召喚されるようだし。
さぁて、移動しよ。
ポポブムの手綱を握って進むと、またすぐにモンスターの反応があった。
ここは本当に移動する度にモンスターが現れる。
ついでだ。もう一回<闇穿・魔壊槍>を試そうと、モンスターを待つ。
そこにタイミング良く、霧で見えない上空から魔素の反応があった。
<
鳥や獣の濃い匂い――ん、翼をもった人型の敵か。
ポポブムから地面へ飛び降りる。
地に足をつけて、モンスターが現れるのを待つ。
直ぐに魔素反応のあった霧の中からばっさばっさと翼をはためかせながら人と鳥を混ぜたようなモンスターが出現した。
長細い二本の鳥脚に生えた鉤爪を突き出す格好で襲いかかってくる。
鋭そうな鉤爪だな。
その鉤爪を――バックステップで躱す。
人鳥モンスターは爪攻撃が躱されると、羽を強くはばたかせ、再び上空へ舞い上がり旋回している。
――狙いやすい。
そんな空を飛ぶ人鳥モンスター目掛け<鎖>を射出。
<鎖>は追尾ミサイルの如く弧を描き人鳥モンスターの羽を貫いた。
更にその<鎖>を操作して、ぐるぐると胴体に巻きつくように絡ませてやった。
充分に人鳥モンスターの身体に<鎖>を絡ませると、強引に地面へ墜落させる。
そして、<鎖>を一気に左手へ収斂して、土煙が上がる勢いで、目の前まで引き摺り出した。
<鎖>が人鳥モンスターの胸を押し潰すように絡まっている。
これは、洋物ファンタジーによく出てくるハーピーとかいうモンスターに似ているな。
モンスターとは言え、胸に<鎖>が絡まった姿は少しエロかった。
翼が折れているが、亀甲縛りのように大きなおっぱいが強調されている。
だが、顔はキモかったので即決断。
<鎖>を消し<闇穿・魔壊槍>を撃ち放つ!
捻りを生かした<闇穿>の黒槍がハーピーの顔面を貫き破壊。
続けて、壊槍グラドパルスが出現。
闇色に輝くランスは螺旋回転しながらハーピーの上半身をいとも簡単にくり貫き、巨大な痕を作り上げた。
おぉぉ、強烈だ、この技。
螺旋回転し続けている闇色の太いランスはすぐに消失。
しかし、空にはまだまだハーピーが多い。
あいつらも倒しちゃうか。
気分よくポポブムの所へ戻り、ジャンプして鞍を跨いで乗る。
ポポブムに乗ると、それが目印になったのか、仲間の仇か分からないが、次々とハーピー共が群がってきやがった。
まさに飛んで火にいる夏の虫。
丁度倒そうと思っていたところだ。
じゃんじゃん来いや!
もっともっと色々試してやろう。
騎乗状態から<闇穿>、<刺突>、<闇穿・魔壊槍>を連続で行い、急襲してきたハーピー共をカウンター気味に屠る。
――しかし、あまりにもハーピー共は多い。なので途中から、
ついでに、指輪から沸騎士たちを召喚して一緒に狩りに出る。
召喚した黒沸騎士と赤沸騎士が、また強かった。
意外にもこの辺りのモンスターたちでは相手にもならないようで、
「閣下、休んでいてください。私共が敵を殲滅します」
「そうです。閣下には我等の剣舞に盾の技をご覧いただきたく……」
そんなことを言いながら、黒光りする長剣と盾を使い、次々とハーピーだけでなくカマキリや青白虎も倒していく。
なので、俺はポポブムの上で楽をしながら進んでいくだけだった。
途中、
沸騎士たちと黒猫の異色コンビは、数時間かけて森中のモンスターを狩りまくり、最終的に俺が進む範囲内の魔素の反応が無くなるまで、モンスター狩りを行っていた。
周囲のモンスターを狩り終えても、相変わらず霧の濃い森のままだ。
だが、これでユイの移動が楽になったはず。
あの綺麗な<ベイカラの瞳>、Cカップの半球型の美乳と引き締まったくびれ、おっぱいより少し大きい白桃のような尻が頭に浮かぶ。
だが、もう別れたんだ。
獣道のような森を進む……。
すると、また打ち捨てられた小さい礼拝堂を見つけた。
この森に入った直後にあったのと同じような礼拝堂だ。
石が積み重なった礼拝堂の中に小さな彫像がある。
比較的綺麗な状態の女神像。
形は、古代日本の東北地方で信仰があったとされるアラハバキの土偶像に似ていた。
礼拝堂はあちらこちらにあるんだな。
土着神か。ここが日本なら捨てられた地蔵様という感じだろうか。
おにぎりの代わりに乾燥肉を供えた。
手を合わせてお祈りもしとこう。
そんな調子で森を進んでいるうちに霧が薄まっていく。
日の光が段々と強まり、陽射しが獣道を照らす。
おぉ、霧が晴れた。
霧がやっと晴れて、眩しい日の光が目に染みる。
神様に祈ったからかな?
更にそれらしい土の街道に出ることができた。
まぁ、まだ森の中だったが。
霧が消えただけでもありがたい。
ここからは、土の街道を辿るだけだな。
西から東へと続いている。分かりやすい。
この街道を西へ進めば森から出られるはずだ。
西の街道を風を生むように駆けていく。
……暫くして、小高い丘に到着した。
――空気が綺麗だ。すーはーすーはーと、腕を広げて深呼吸を行った。
【魔霧の渦森】の湿っぽいどんよりと漂う空気とは正反対だ。
涼しい向かい風が全身を駆け抜けていった。
空には鳥が何羽も飛んでいる。
――体が洗われるようだ。
この風は
ポポブムの後頭部にいるロロディーヌ。
首の左右から出した一対の触手を伸ばして左右に広げる。
小さい触手を、泳ぐようにヒラヒラと漂わせていた。
触手の裏側にある肉球ちゃんが可愛い。
まるで、豪華客船が沈む名作映画の青年と美女がとったポーズの如く。
体毛を風に揺らしながら、そんなポーズを取っていた。
「にゃあん」
となんとも言えない声を発している。
お前もこの涼しげな空気を楽しんでいるんだな。
思わず写真を撮りたくなる光景だ。
そんな空気を楽しみながら丘を下る。
やがて、周りには木々が疎らに生えるだけとなり、遠くの景色の詳細が見えるようになってきた。
そこで、目印のように分かりやすい山が南の遠くにあるのを発見。
初めて見た時より近くに見える。
標高が高い山、【バルドーク山】だ。
ひょっとしてエベレスト並みに標高があるんじゃ?
バルドーク山、龍が住むとか師匠が話していた。
歪な尖った山頂から続く山肌が白と青のコントラストで美しく見える。
視線を下げると、山の他にもハイム川の支流が幾つも確認できた。
その川と同じ方向に続く街道を進む。
街道の両脇には雑草や
紫の小花を見ていると、可愛いユイの小顔を思い出す。
空にはタンポポの綿毛が漂っていた。
暫くすると、街道の先に鶏の形を象った目立つ道標が見えてきた。
標識だ。近付いて確認。
標識の天辺にあるのは鶏を模った簡易の風向計。
風見鶏だ。風で揺れる小さな羽が付いてるし。
棒の下にはあちこちへと方向を示す細い板があった。
一番上の細い板には【城塞都市ヘカトレイル】。
反対の方向を向いた細い板には【魔霧の渦森】、【王都ファダイク】と書かれてある。
【城塞都市ヘカトレイル】はこっちの方向だな。
このまま行こう。
道標が示す方向へ進んだ。
やがて本当に【城塞都市ヘカトレイル】らしき都市が遠くに見えてきた。
巨大な城壁は遠くからも確認できる。
大きい都市だ。異世界初の巨大都市。
あれが【城塞都市ヘカトレイル】に違いない。
人通りも多くなってきた。
ポポブムの腹を軽く蹴り、混雑している街道をゆっくり進む。
城塞というだけあって、堀が深い。ハイム川から水を引いているので水がぐるりと城壁を囲み堅固な城塞へと変えていた。
城塞に続いて目立つのが、二体の巨大な彫像だ。
後ろ姿でも立派な像だと分かる。
前からあの巨大像を見てみたい。
気分は完全に観光気分だ。都市に入る前に見学しないとな。
俺は巨大彫像を見るために、人通りが激しい【城塞都市ヘカトレイル】の中へ続く巨大門橋には進まず……板張りで舗装された波止場へ続く道を選択。
波止場近くには、魚や野菜を売る露店が乱立している。
巨大彫像は川辺に飛び出した形で存在しているので、真正面から見るには船に乗らないと無理そうだった。
仕方ないので、港から川岸を行く。
そこで上空を見上げるように、改めて巨大彫像の姿を拝見。
彫像の一つは長剣を地面に刺して雄叫びをあげるように口を広げ、盾を背中に背負う勇ましい姿の像だ。
もう一つの彫像は祈りを捧げる乙女のような像。
二体の巨大像は都市の入り口を守るように都市に引かれているハイム川を挟んで両岸に立ち、腕からは巨大な鋼鉄の鎖が垂れていた。
大きな鎖は巨大水車に繋がり巻かれる仕組みになっているようだ。
下に垂れている大きな鎖がハイム川に下がれば、都市へ流入する船の進行を止められるだろう。
この彫像の役割は、神を讃えるというより、大きな川の門番みたいな感じなのかな?
それとも税金の徴収目的か。この都市の権力者なら封鎖ができそうだ。
これ、カメラがあったら絶対撮ってる。
異世界の巨大像。まさに神の存在を讃えるに相応しい。
観光客気分を充分満喫した。
港からさっきの巨大橋へ戻ろうと、ポポブムを進める。
と思ったが、船に興味がいった。近くに大型船が多数停船していたからだ。
船に乗っていた人々が港へ降りていく姿も見える。
船の形は大小様々だ。
中世の大航海時代を思わせる帆船カラックの形。
ガレオン船のように大きい船体も少ないけど存在した。
ガレー船もある。
おっ、異世界に相応しい形の船もあるな。
ガレアス船を巨大化させて、ガレーとガレオンを合体させたような船で、横っ腹には大きい櫂が生き物のように何百と斜め下へ伸びている。
その隣には、竜骨が目立つメインマストの四角い帆が三つに、三角の帆が一つ付いた外洋用と思われる巨大船もあった。
でも、どの船にも大砲がない。
やはり、大砲の代わりは魔法かな?
船を見るのを止めて、港を見渡すようにゆっくりとポポブムを進めた。
港の物流は確りしてそうだ。
滑車から繋がれたロープで船から地上へと荷物が運び出されている。
滑車の形から想像するに、アルキメデス的な天才はもう生まれているんだなと妄想していく。
そんな城壁の外にある港街近辺には綺麗な家々が目立つ。
しかし、港の反対側へ出て少し離れると……襤褸小屋やトタン屋根でできた家々が目に入ってきた。
何だかこの辺は差が激しい。
綺麗な家と襤褸な家が乱立している。
さて、さっきの巨大門橋があった入り口へ戻るか。
俺はポポブムを操作して港から離れ、通りを戻っていく。
この辺りも酷いなぁ。
ここは、とてもじゃないが人間が住む場所とは思えない。
貧困街か?
その様子は酷い有り様。
亜人と見られる子供が食い物を巡って争う姿――。
力なく地面に座ってる老人――。
残飯を漁っている老婆――。
思わず、羅生門の婆かよ。と突っ込みたくなった。
その中に人族も見かけたが、ここでは圧倒的に亜人が多い。
亜人といっても、顔が鱗で覆われている種族が大半だけど。
爬虫類系と交わった人族の種族なのかな?
そんな疑問がすぐにどうでもよくなるほどの酷い状況。
……とにかく衛生面を心配するほどに臭いがきつく、それが鼻腔に染みつくようで思わず顰めっ面をしてしまう。
ハイム川へと流れでる下水はとても飲めた物ではなさそうだ。
そんな貧困層が暮らす路地通りを鼻を摘まみながら移動して【城塞都市ヘカトレイル】に入れる巨大な門橋に戻ってきた。
城塞都市の入り口らしく、門橋の幅は広い。
その橋の上を人々が群がるように出入りしている。
その人の多さにも驚くが、何より目に入ったのが間近にある壁だ。
都市を囲む一際大きい城壁に目を奪われてしまった。
さすが城塞都市。
壁の高さは十メートルを超えるぐらいはあるだろうか。
門壁の両脇には馬が王冠を支える絵柄の青い旗と盾が並ぶように飾られ、その青い旗が風で揺らめいている。
その壁の上には凹凸があり、弓を持つ兵士たちが凹の部分で下を行き交う人々を監視するように目を光らせていた。
身分証を求めたり通行を阻害することはない。
ま、当たり前か。戦争中なら分かるけど、平時に通行を停めていちいち身分証を確認してもな。
隅には聳え立つような防御塔の櫓も存在し、そこにも青い鎧を着た兵士たちが屯していた。
とにかくここなら、城塞と名が付くのがわかる。
ここなら冒険者ギルドもあるだろう。
俺にとって、初めての大都市。
ここで暮らす住民たちはいったいどんな生活をしているのだろう。
楽しみだ。
門橋を行き交う多数の人々の中に混じり、ポポブムを操作。
プボプボ言いながらポポブムは歩を進める。
門を潜った先には、いきなり広場があった。
そこには日時計らしきオブジェがあり、人族が多い。
左隅には兵士、騎士たちが駐在する屯所があるようだ。
その屯所から五人一組で列を組むように青い鎧を着た兵士たちが現れ、巡回するように広場から大通りへ歩いていく。
広場中央には布告場と書かれた看板が立ち、そこではラッパを吹かせた人たちが大声を張り上げて、次々と人々に知らせを読み上げていた。
――【オセベリア王国】西部戦線大勝利。
――オードバリー家所属の<魔金細工師>スヴェリ・ブロッセン氏の新作が発表された模様。興味がある方は中央通り西の高級魔道具店オードバリーへ。
――新しい靴屋マーメイドが中央市場に出店。
――第二大通り奥の路地で殺人事件が発生。怪しい者を目撃した者は、急ぎ衛兵団か青鉄騎士団に連絡を。
――トセリアという名の失踪した人族を探している。詳しくはドカナ魚場のサホイさんまで。
ほぉ、野太く響く良い声だ。
あんな仕事をしてる人たちもいるのか。大変そう。
更に視線を右へと送ると、いきなり残酷なシーンが目に入ってきた。
刑吏と見られる筋肉旺盛な毛むくじゃらの人型生物が、処刑台の上で大斧を振り上げ、罪人? の首を切断していたのだ。
処刑かよっ、こえぇな。
この広場、処刑場も隣接してるのか。
首斬りの直後、周りにいた大勢の観客が歓声を挙げていた。
酒のような物を飲んでいる親父もいれば、口元を扇子で隠す貴族風の女性もいるし、子供まではしゃいでいた。
更には小さい露店も並び、曲芸師たちの踊り場もある。
リズム良く笛の音が鳴り、踊り子が踊っているので、処刑場がまるで小さな宴会場のような雰囲気。
その隣には見せしめと思われる首吊りの刑などで処罰された罪人の死体が木にロープでぶら下がったまま放置されているので、なんとも言えない空気感だった。
木製の台に乗って、神はどうたら邪教はどうたらと説教している司祭もいる。
そんな異世界におけるカオス的な日常は、ある種の洗礼に感じた。
もう、この世界に来て二年は確実に過ぎたんだよな……。
地下生活を含めると二年と少しか。
こういう中世か近代に近いファンタジーの都市の光景をまざまざと見ると、俺の心に残っていた現世的な感覚がどんどんと失われていく。
ま、郷に入れば郷に従えともいうしな。
文化、風習を理解していこう。
喧騒激しい広場を通り、放射線状に分かれた大通りの一つを進む。
街並みの景観も変わってきた。
洋風のデザインから、まさに異世界にしかない三日月型の建物など。
それに伴い、人の他に、獣人系の亜人の姿を見かけることが増えてきた。
やはり、人族ばかりじゃなかったな。
獣系の亜人さんはやはり毛が目立つ。
おおっと、あそこにネコミミ美人と見られる女獣人さんを発見。
人族が犇めく中だからな……獣人さんはすぐ分かる。
やっぱ異世界はこうじゃないと。
そんな女獣人さんの背後にピタッとポポブムを張り付けた。
ジッと後ろ姿を見つめて、そのままゆっくりとついていく。
うなじのところの毛がポポブムの鼻息で揺れている。
薄く伸びてるなー。
リアルで悩ましい。
そんな視姦行為を続けていたら……。
ポポブムの荒い鼻息に気付いた獣人女性が「何か?」と振り向く。
キッと睨まれた。
「あ、すみません」
と挙動不審のまま謝りつつポポブムを操作して立ち去った。
怪しいと思われたかな。ま、なんくるないさ~。
「にゃ~」
ポポブムの後頭部に乗っている
相棒の黒い瞳は真ん丸い。
そのポポブムの腹を足で叩いて、大通りを行き交う人々や大通りの左右に続いている建物を見ながら進む。商店街っぽい。
建物は洋風が多いかな。大通りを進むと右の建物の数が減ってきた。
そうして視界が開けた。
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