二十九話 切ない別れ

 書物を持ちながら戻ると、ユイが話し掛けてきた。


「シュウヤ、ここで干物は無理だ。霧のせいで湿る」

「しょうがないな。保存食にするには適当に焼いて乾かすしかないか」

「魔法が使えたら楽なのに」

「あ、魔法と言えば、だ。変な魔法書を発見した。見てくれる?」


 ユイへ古い書物を渡す。


「これが? 字は読めないし、あっ、これ、ちゃんと魔力は感じる。でも、中身はちんぷんかんぷん。こんな文字みたことないし。エルフ語とも違う……古代ドワーフ語に少し似ているけど違うと思う。見たことのない字」

「そっか、俺には読めるんだけどな」

「えっ」


 彼女から古い書物を返してもらう。


「少し実験を行う。離れててくれ……」

「え? 実験?」

「にゃ」


 ユイは黒猫ロロを抱き上げて、少し距離を取った。


「そこで見といて」


 エクストラスキルの<翻訳即是>があるので見た目は意味不明な形状の文字でも、俺は簡単に読めた。


 タイトルは、黒き塊。

 シンプルなタイトルだ。

 黒き塊の魔法書を読み始める。


 さっきも思ったが、不思議だよ、この本。

 魔法書から魔力を感じる。

 最初のページを開いて文字を読み進めていくと、その読んだ文字が淡い白色光を放ち始めた。

 やがて読んでいない文字も輝きを示し、揺れ動き出した。


 何だこれ。


 光り輝く文字は、紙から剥がれて宙へ飛び出し、更に魔法書が自動的に捲れて、煌めく文字が同様に宙へ飛び出していく。


 おおっ、凄い。文字が……。


 淡い白色は無色に近い色合い。

 だが、輝く光文字は侵食されるように徐々に黒色へ変化。

 独特の煌めきを放ちながら黒色の文字列と成って空中に漂っていた。


「何……これ?」


 ユイも、不思議そうな顔を浮かべて呟いていた。


 彼女に抱きかかえられた黒猫ロロは浮いている文字をジッとただ見つめている。紅い瞳には文字が反射して映っていた。

 不思議と彼女の胸元で大人しくしていて、じゃれることなく成り行きを見守ってくれるようだ。


 暫くすると、浮かんでいた文字列が振動し始めた。

 突然地面にぶつかるように急降下。

 いや、文字列は俺に向かってきた。

 文字列は急カーブを行い、俺の額、頭へ衝突。

 浮かんでいた文字列が吸い込まれて、く、る。


「うぉっ……」


 頭に、文字が、どんどん入ってくる。

 闇に輝く文字列が頭に入るのと同時に、魔法陣に使われる幾何学模様の形や文字が、自然と脳裏に刻まれてきた。

 陣の構築に合わせた魔力コントロール方法に、構築の仕方が感覚で解ってくる。


 不思議な感覚だ、あたかも脳の意識が開かれるような感覚――。

 山ほどある感覚の傘が一度に全て開かれる――。

 だけど、自分では完全に理解ができない。


 中途半端な気分だが、息を吸い、自然に血が脈打つような自然の感覚と言えばいいか……。


 スキルを覚えた時よりも、もっと深いところ……。

 精神的な心の部分に刻まれているような気がする。


 暫し――魔法書を持つ両手を眺めていた。

 深く深呼吸をするように、すぅっと鼻から息を吸い込み、ふうぅっと口から息を吐き出していく。


 魔法書は俺の息が掛かると、その役目を終えるように表紙から朽ちていく。

 最後には掌から砂がこぼれ落ちるように儚く消えた。


 ピコーン※<古代魔法>※スキル獲得※

 ピコーン※<紋章魔法>※スキル獲得※


 俺は、この頭に響くスキル獲得を知らせる音、視界に表示される獲得の文字も無視するかのように、この魔法に集中していた。


 解る。なるほど……ここの部分は創造力も大切なのか。

 何か悟ったと感じる。


 早速、試す。


 念のため、<瞑想>を使い、魔力を回復させる。

 そして、目を瞑り魔力を指先に集中。


 右の手を前にして、指で円を描き――文字列を組み合わせる。

 これは集中型、円を描いていく――魔法陣を構築していく。


「すごい……<魔術師>……」


 ユイは<魔術師>と呟いている。

 疑問に思ったが、ひとまず魔法に集中した。


 魔法陣の円の中に次々と覚えた魔術記号を付け足していく。

 規模は極小、幾何学模様を描き、魔法書式を組み上げる。

 それが一つ一つ意味があり、自由に弄れる部分でもあった。

 同時に魔力も消費されていく。


「最初は書物の基本通り……だが、名前は変える」


 そう呟いて、魔法陣を弄り終えた。

 目の前には黒色の魔法陣が不気味に黒く輝きながら漂っていた。


 黒き塊――。


「 《闇弾ダーク・バレット》 」


 そう言った瞬間――魔法陣から黒い歪な凹凸の激しい黒い塊が出現。更に、魔力が魔法陣へ吸い取られていく。


 黒い塊は射出され、地面に衝突。

 ――ドッゴォォン!!! と激しい重低音の衝突音と衝撃波が発生。


 小さい隕石かよ。

 だが、体が重く感じ――けだるい感覚に襲われた。

 中々の脱力感だ……。

 <仙魔術>や沸騎士たちの名前付けほどではないが。


 黒猫ロロは激しい衝撃波や音、土煙に驚いたのか、ユイが抱えていた手から跳ね上がり、一瞬間抜けな姿で空中にいた。


 そんな黒猫ロロだが、無事に地面に着地。

 だが、紅い瞳孔が散大し背中の毛が逆立つ。

 可笑しな動きでカニが歩くように横歩きをしていた。


 ユイも呆然自失といった感じで地面の穴を見つめている……。


 庭の地面には大きな穴が誕生していた。

 一メートルぐらいの大穴。地面をピンポイントでくり貫いているように見える。

 穴の周りは円状に地面がめくれ上がり、何重にも細かなヒビ割れ線が入っていた。


「これ、直撃したら中々の威力だな」


 しかも、この古代の紋章魔法はまだまだ弄れる。


 <古代魔法>は凄い。


 これもエクストラスキル<翻訳即是>があったお陰だな。

 普通に古代文字が読めて、あっというまに<古代魔法>と<紋章魔法>を獲得してしまった。

 人間以外の言葉を理解したくて選んだんだけど……。

 棚からぼたもちだ、ラッキー。


「シュウヤ……貴方、何者なの? 槍武術だけでなく、魔法まで使いこなすなんて……」


 彼女はすっかり怯えた目をして、瞳が揺れている。

 すると、いつか前に見たように……ユイの瞳が変化し始めていた。


 黒色から淡い灰色に色調が変化。

 やがて雪景色のような白色へ変化を遂げる。

 小さい銀色が虚ろな光を放つ不思議な瞳に変わっていた。


「ユイ、目が……」

「あっ、見ないで!」


 ユイは片手を上げて、指で目を隠すような素振りを行いながら顔を背けた。


「あぁ。が、見ちゃった……」

「わたしの瞳、虚ろで異常でしょ……」

「そうか? 幻想的で綺麗だったが……」


 俺の言葉を聞くと、ユイの肩がビクッと動き、間が空いた。


「……シュウヤだけよ。そんなこと言ってくれたの」


 ユイはそう言って振り返り顔を見せてくれた。

 頬には涙の跡が見える。泣かしてしまった。

 綺麗な瞳なのに、本人は気にしているようだ。


「綺麗だよ。前にも一度……その瞳を見せていたな」

「うん、ありがと。あの時はシュウヤを追うためにね」


 追う? 何かの能力か。

 すると、ユイの瞳に変化が生じた。


「あっ、元に戻っていく」

「ふふ」


 ユイは照れくさそうにはにかむ、その姿は妙に可愛い。


「俺を追うってことは、その瞳は特殊な瞳だったり?」

「そう。これは<ベイカラの瞳>。通称死神の瞳。追跡能力に長けているの。そして、わたしの能力も高めてくれる。一度この瞳で捉えたターゲットは未来永劫赤く縁取られて、どこにいても追いかけることができる。わたしにとっては獲物ね。二度、三度と重ねてターゲットを見ると、そのたびにわたしの暗殺能力がアップするの」


 ということは、ずっと俺は赤く縁取られているのか。


「だからあの時変化していたのか」

「うん、あの時は意識して発動させたけど、恐怖を感じて自動的に発動しちゃう時もあるの」


 ユイは嬉しそうに頬を緩ませる。機嫌がいいらしい。


「そっか。怖がらせてしまったな、済まない。が、そんな重要な情報……俺に教えちゃっていいのか?」

「わたしはもういいの。それより問題はシュウヤ。実は<魔術師>だったりするの?」

「違うと言いたいが、否定はできない……<魔法使い>になったし。つまり、元々その素養があったってことかな?」


 ユイは訝しむ目で見つめてきたり睨んだりしてくる。

 一方、黒猫ロロはもう落ち着いたのか、エジプト座り。

 後ろの両脚を折り畳み、お尻だけを地面につけて両前足を後ろ脚の前に揃えた行儀のいい姿勢だ。


 モデル立ちと呼べるかも知れない。


 そのスタイルで、俺とユイの会話を聞いているようだ。

 ユイは、


「……わたしも見たことのない現象だった。魔法を覚えるのに文字が浮かぶなんて知らない。言語でも紋章でもあんな現象は起きない」

「文字が飛ぶのはそうなんだろうな」

「何か、隠してる?」

「<古代魔法>らしい」

「<古代魔法>!?」


 本に<古代魔法>と書いてあったけどな。

 この反応だと、貴重な魔法なのは確かなようだ。

 あ、ユイの瞳がまた変化した。


「……好きな女にそう何度も怖がられるとショックだな」


 ユイは然り気無い突然の告白に、動揺したように白い瞳を揺らす。


「……わたしが好きなのか?」

「あぁ、好きじゃなかったら介抱したりするかよ」

「それも、そうね……」


 ユイはそう呟きながら瞳が元に戻り、頬を紅く染めていた。

 微妙な間を崩すように俺は口を開く。


「ユイ、さっき肉を焼くとか言ってただろ? さっ、今やっとこう」

「ん、そうね」


 こうした、甘いなんともいえない楽しい日々はすぐに過ぎていった。



 ◇◇◇◇


 更に、一週間後――。


 ユイはもう完全に体が自由に動かせるようになっていた。


 顔色も良く、元気で笑顔も可愛い。

 体調も良くなっているようだ。


 風呂とギュザ草が肌に良いのか。どことなく艶やかだ。


 今も庭でバーベキューのように焼いた肉を美味しそうに食べている。

 暫し、小さい口へ肉が運ばれていく様子を眺めていた。


 俺が見つめていると、自然と笑顔を返してくれる。

 今もニコニコだ。もうすっかり調子は良さそうだ。

 色々と、ユイの体のために揉み揉みをがんばったからな。


 ユイとの会話も楽しくなってきたが……。

 ユイが完治すれば、恋人ごっこは終わり、敵対関係に戻る。


 正直、好みの女なんだよなぁ。


 ……離れたくはないが、離れないとな。

 俺にはやることがある。

 確かゾルは西へ向かえば都市に出れるとか話していた。


 明日には出発するとして、一度ユイと話すか……。


 ――ん? 魔素の反応だ。


 霧が広がる頭上から魔素の気配を察知した。

 視界が悪いから、今一判別できないが……。


 ――来たっ。


 霧を突き抜けて地に降り立ったのは背中に骨の翼を生やした人型の生物。

 ボサボサな薄い黄色髪に青白い肌を持ち、異常に黒い瞳と虹彩が大きい。

 口の両端には牙が見えている。

 両手は人間のような手だが、甲の部分の骨が突出して尖り、武器と化していた。


 だが、そんな両手よりも鎧のような衣服に目がいく。


 奇抜なデザインだ。両肩からライン状に骨筒が上方へ伸びている、腰と背中を包んでいる骨鎧。

 背中から飛び出ている細かな骨が翼を形成していた。

 そんな骨の翼は、無数の骨の棘が集まった刃にも見える。


 一方で、下半身にある二つの脚はガチョウのような鳥の脚で、細い。


 その見るからに人間ではない不気味な者が、綿棒のような小さい唇を動かす。


「……おや、あの<魔術師>ではないな」


 独特、ガラガラの声質だ。


「あぁ、お前は何だ?」


 俺が質問すると、ユイは刀の握りを変える。

 <ベイカラの瞳>を発動させていた。

 黒猫ロロもいつでも飛びかかれるように死角へ移動している。


 俺も槍の角度を変えて自然体の態度を取った。

 いつでも戦いへ移行できる体勢だ。


「その女も容姿が違うな? ゾル・ギュスターブはどうしたんだ?」

「それよりも、質問に答えろ。お前は何だっ?」


 魔察眼や掌握察を何回も細かく発動。

 この黒目鳥の男を探ろうと語気を強めて聞いていた。


「さぁな――」


 黒目鳥がそう誤魔化すように語った瞬間、両手を腰へ当てる。

 瞬時に骨剣を自分の胴体から抜いて斬りかかってきた。


 ユイが即座に応戦。


 横合いから回し斬るように自ら回転し、飛び出した。

 骨剣を振るってきた黒目鳥の骨剣とユイの刀剣が衝突。

 骨剣とユイの刀が連続で衝突し、ぶつかり、硬質音が響く。

 ユイは制動も無く連続して一太刀、二太刀と刀を振るうが、黒目鳥も二本の骨剣で、ユイの刀撃を正確に防いでいた。


 骨剣と刀が衝突する硬質な音がリズム良く二回聞こえると、お互いに距離をとり間合いを保つ。


「人族の女にしてはやるじゃねぇか。だが――」


 言葉終わりに黒目鳥は両手を上げるように左右に広げると、同時に背中の骨の翼も鳥が飛び立つように広げる。

 骨の翼で風を利用しているのか分からないが、一気に速度を上げてユイへ襲い掛かった。

 ユイは高速で振るわれる骨剣をなんとか刀で弾いてはいるが、完全に後手に回ってしまう。

 黒目鳥は好機と捉えたか、背中の骨の翼を扇子を畳むように先が尖る骨の尾へ変形させる。その変形させた骨の尾が、下に弧を描きユイの足を貫いた。

 ユイの足からは血が溢れ、地面に縫われたように固定されてしまう。


 完全に隙だらけとなってしまったユイ。

 黒目鳥がそんな動けないユイを、細い手に握られた骨剣で突き刺そうとした瞬間――。


「これで、とど――」


 ――させるかよッ!

 魔闘脚で地面を蹴り前方へ駆ける。

 素早く黒目鳥との間合いを詰めると、横合いから黒槍の連撃を黒目鳥の脇腹へ撃ち放ち、えぐり取ってやった。

 黒目鳥はよろけながら「グァッ」と短く悲鳴にもならないくぐもった言葉を発している。しかし、まだ倒れてはいない。


 更に、黒猫ロロの触手骨剣の追撃が入り、細い鳥脚に穴を空けていく。


「俺の好きな女に手を出したことを後悔するがいい」


 臭い台詞を吐きながら<鎖>を黒目鳥の脳天へ向けて射出。


 同時に<脳脊魔速>も発動――。


 <鎖>がよろめく黒目鳥の脳天を貫く瞬間、一瞬で黒目鳥との間合いを潰し、至近距離から<刺突>を撃ち放った。

 <鎖>が黒目鳥の頭を貫いても、<脳脊魔速>が切れるまで、何回も工事現場の電動ドリルの如く<刺突>を連続で撃ち放っていく。


 黒目鳥は骨鎧が一瞬で砕け、体が塵のように粉砕。

 最後に、周りに漂う塵を払うように黒槍で強風を起こす薙ぎ払いを行ってから、ユイの方へ振り返る。


「ユイ、大丈夫か?」


 彼女は怪我した足よりも今の出来事に唖然としていたようで、小さい口を広げ、豆鉄砲顔をまた披露していた。


「ユイ?」

「あっ、あぁ、うん、大丈夫。それより、助けてくれてありがと。また命を救われちゃったわね……きゃっ、痛い」

「ロロッ」

「あ、大丈夫だから。ふふ、ありがとね、ロロちゃん」


 黒猫ロロは小さい悲鳴をあげる彼女の足の傷を舐めていた。

 黒猫ロロは心配していたらしい。

 と言うか、血を舐めているし……。

 ユイは優しい表情を浮かべて、そんな行動を取っている黒猫ロロの頭をなでなでと労っている。


「ロロ、血を舐めるのはだめだ。むしろ俺……」


 が舐めたい、とは言わず――自重した。


「え?」


 ユイから変な目で見られたが、急ぎ誤魔化す。


「いや、そうだ、薬。ポーション取ってくる」

「あ、うん」


 足の傷へ取ってきたポーションを振りかけると、傷はすぐに塞がった。

 念のため更にポーションを飲ませてあげた。


「これで大丈夫だ。ポーションが沢山あって良かったよ」

「……うん、でも、あの魔族……ここの家主だった<魔術師>と面識があるみたいな感じだった」


 ユイは無惨な姿で死んでいる黒目鳥を見つめながら魔族と呼んでいた。その死体を調べるが……何も無し。


 そういや、日記にそれらしきことが書いてあった。


「……死人に口なしだが、ゾルの日記には骨の翼の魔族に関する記述があった。それと、この魔族、荷物が無い。骨剣があるだけだ」

「また違うのが襲ってこなければ良いんだけど……」

「確かに、その可能性はある。この場所からは早々に退いたほうが良いかもな」

「そうね」


 さっき言いかけたことを聞くか……。


「そういや、さっきの刀を扱う動き、中々鋭かったな? 体の方はもうすっかり回復したんだろ?」

「えぇ、治ったわ……」


 ユイは急に表情を強張らせていく。


「そうか……良かったような、良くないような……」

「なにが言いたいの?」

「お前が回復したのなら、明日の朝にでも俺はここを出ようかと」

「……なっ……待ってよ、わたしと敵対関係に戻ると言うの?」

「ユイ次第だ」


 ユイは少し間をあけ、睫毛を震わせるように瞳を揺らし、怒った表情を浮かべる。


「……わたしはシュウヤを殺さなければ、ならないのよッ。でも、殺したくないのッ。それなのに、ずるいっ、ずるいっ、ずるいっ!」


 彼女は珍しく口調を荒らげて、普段見せない年頃の女のような反応を示した。


 はは、必死だけど可愛い顔だ。

 ……なら、誘ってみるか。


「……なぁ、それなら俺と黒猫ロロと一緒に旅をしないか?」

「……」


 ユイは沈黙してしまった。

 もう少し粘るか。


「俺は黒猫ロロのために、ある秘宝アーティファクトを探してるんだ。その旅にユイ、お前が居たらどんなに楽しいか……どうだ? 一緒に来ないか?」


 ユイは俺の目を見つめてから、泣くような顔を浮かべて視線を逸らす。

 横顔だが、涙が一滴、頬を伝うのが見えた。


 あぁ、泣かしちゃった。


「……行きたい。でも、ごめんなさい。無理なの……組織が許さない。それに、フローグマン家を守らないといけない。病に伏せっている父さんのためにも」


 組織に、フローグマンとは、家名だったっけか。

 家を守るためか、父親も心配なんだろうな。


 仕方ない。ごめんなさい。だもんな。

 残念だが、フラれちゃった。

 告白して振られた経験は数度あるが、どこの世界でも味わいたくないもんだ。


「……無理にとは、言わないよ」


 多少強がって言うが、これは顔に出てしまってるな。


「……シュウヤ」


 ユイはそこで突然、着ている黒装束を脱いでいく。


「なっ……」


 そして、決意を固めるように装束を全て脱ぎ捨てていた。


「変に思わないで聞いてほしい。離ればなれになる前に、礼がしたいの。シュウヤに想い人が居るのは……知っている。けど、それでも良いから、……わたしを抱いて欲しい」


 ユイは拳をかためながら話す。

 だが、その声は風に漂う小鳥の毛のように柔らかい。 


 しかし、想い人? そんな人は居ないが……。

 そんなことより、ユイは裸体だ。いつみても綺麗。

 自然とその体を見つめてしまう。


 首筋の肌は汗のせいか白く輝いて見える。

 艶やかな鎖骨がくっきりと見えて、そのすぐ下にあるほどよい大きさの双丘は有名な写真家も唸るほどの壮麗さだろう。

 秘密の花園も細かく整えられた毛が実にユイらしい。

 筋肉質に細く締まった括れから続く白桃の太腿から伸びている細い足は悩ましく、スラリと伸びていて美しかった。


「……ユイ、綺麗だ。……だが、俺には想い人なんていないよ?」

「え、でも、そのネックレス……」

「あぁ、これか。ずっと前に拾った奴だよ……バカだな、勘違いしたのか、ほらっ」


 思わず可愛すぎたユイを引っ張り抱き締めてやる。

 そして、自然にもう一度、同じ言葉が出ていた。


「綺麗で、可愛い奴だ」


 俺も男だ。据え膳食わぬは男の恥。頂きモッコス。


 直ぐに裸になり、ユイの括れた腰へ手を回す。

 もう一度強く抱き締めた。

 ユイは俺の胸に顔を埋めていたが、顔を上げ、一瞬目を潤ませて愁いを見せてから、健気にその瞳を瞑った。


 そのユイの唇を奪った。


「ん、今日だけ、わたしは恋人……」


 涙が頬にこぼれ落ち、俺の頬に当たる。


「あぁ……」


 コケティッシュなユイの姿が目に焼き付く。

 互いに体を寄せ合い、視線を通わせて唇を貪り合う。

 腕を絡めて、欲望に身を任せたまま体を求め合った。

 互いの心が融け合うように何時間も愛し愛され、黒猫ロロディーヌが呆れるほど……かどうかは分からないが、情事は夜を通りこし朝方まで続く。



 ◇◇◇◇



 朝起きると、情事を重ねた寝台の上には破瓜の血が残っていた。


 彼女はまだ寝ている。昨日はあれだけやっちゃったからな。

 あっちの方のスタミナも無尽蔵だったとは……。


 ユイのしどけない寝姿。

 艶々な肌を眺め、綺麗な寝顔を確認する。

 女の残り香が感じられ、抱いていた感触が甦る……。


 ユイ、元気でな? と声をかけようとするが、途中でやめた。


 俺自身、決心が揺らぎそうだったからだ。


 感情を抑えて、羽根ペンでメッセージを羊皮紙に書いた。

 紙は書斎にあった日記帳を破ってきた紙だ。

 最後に師匠から貰った古代金貨五枚にゾルが持っていた金全部を書いた手紙の側に置いておく。


 後ろ髪を引かれるような思いを断ち切り……。

 速やかに装備を整えてから小屋を出た。

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