二十八話 魔法書

 ゾルの書斎、いや、魔法実験室と呼んだほうがいいか。

 そこにまた俺は来ている。

 正しく言えばユイから逃げてきたと言っていい。

 昨日と同じようにユイを風呂へ入れたんだが……。

 その際に、また機嫌が悪くなった。

 朝食の間もぶうぶうと文句を垂れる始末。


 俺は逃げるようにこの部屋に退散した。

 そんな怒ったユイのために薬を持っていかないと。


 棚にある薬を……これか。

 瓶を台に載せた。

 この薬を飲ませてやれば、多少は機嫌も良くなるだろう……。

 棚には薬以外にも魔法の本も沢山積まれてあった。

 高級そうな分厚い羊皮紙の本だらけだ。

 棚からはみ出て床に落ちてる本もあった。


 解説本らしき分厚い本も見つけた。

 薬を運ぶ台に、その分厚い魔法解説本もおく。


 ユイが待つ部屋に向かった。


「薬はこれで良いんだよな?」


 と、ユイに瓶の匂いを嗅がせた。


「そうだ」

「飲ませるぞ」

「ん」


 この間と同じく――。

 小さい唇の間に瓶の先を挿入して飲ませてあげた。


「ありがと」


 唇から少し液体が垂れた、エロい。


「それより見てくれよ。魔法の本があったから持ってきたんだ」

「いい」


 本を見せるが、彼女は興味がないらしく、短い返事を返すのみだった。


「興味がないようだな。俺はわくわくがとまらんが」

「変な奴だ」

「なんだとぉ。それより、薬の効果はどんな感じだ?」

「ん、うん。確実に効果はある。少しだけど、腕が動くし、足も動かせるようになった」


 彼女の言う通り、昨日よりは確実に関節の可動域が増えているようだ。

 腕や足は震えているが、ちゃんと動いている。


「おお、よかった。この薬はまだまだ沢山あるから、なんとかなりそうだな」

「……あぁ、そのようだ」


 喜んでいるが、ユイは少し不満気だな。


「んじゃ、俺はこの本を読む。背中とか痒くなったら言えよ。尿の瓶も用意するから、大のほうも手伝ってやる」

「――いらない、さっきおしっこはお風呂でした。大の時は……したくなったら言う……」

「……そ、そうか」


 はっきり言うね。

 だけど恥ずかしそうだ。


 彼女の羞恥心に溢れる顔を暫し見つめた後、魔法の本を寝台の上に乗せた。


 表紙には〝魔法基本大全〟と書かれてある。

 眼光紙背に徹して読んでやろう。

 ざらざらしている紙の感触。最初の項に目を通していく。



 □■□■



 魔法使いには一定の素養が求められる。

 魔力を扱う素質があれば、すぐにでも戦闘職業の<魔法使い>に成れるだろう。


 そして、晴れて<魔法使い>になった者たちへ言いたい。


 <魔法使い>は大いなる魔法世界の土台となる物なのだと。


 日々の修行、様々な体験の蓄積、<魔法使い>の職を得るための努力が更なる飛躍を齎すだろう。更に、魔法書を読めば<魔導士>、<魔導使い>、<魔法剣士>、<奇術士>、<魔僧使い>、<学匠見習い>等の戦闘職業へと発展する。これは本人の能力、資質、経験、他の身に付けていた戦闘職業と融合したりと、様々に分岐するのだ。


 戦闘職業の数は膨大で無限なのだ。


 分からない者は先生に聞きなさい。要するに、修行してきたことに関係がある戦闘職業へと発展していくと覚えれば良いのじゃ。これは正に職の神レフォト様のご寵愛を感じさせる事柄だろう。



 □■□■



 この辺はだいたい師匠に教わったな……。

 頁を捲っていく。



 □■□■



 例えば、<魔導士>系だと更に研鑽して<魔術師見習い>を目指すことになる。一般的に<魔術師見習い>は優秀な<魔術師>の弟子にあたる存在だ。勿論、才能や能力があれば、魔具や魔導具を用いずとも見習いなどを通り越し、直接<魔術師>系に成る場合もあるだろう。(才能のある生徒の中では、直接<魔術師>系になる場合が多い)<魔術師見習い>の上が魔導、魔術、魔法を学びとった者として評される<魔術師>となり、三級魔術師となる。ここで説明するのは<魔術師>という戦闘職業のみだが、個人により<魔術師>という名ではなく、<賢魔師>、<魔錬武師>という戦闘職業になる場合もあることを記しておく。


 <魔術師>には級がある。


 三級が下位魔術師。

 二級が中位魔術師。

 一級が上位魔術師。


 一級クラスの<魔術師>はその多くが王族に雇われるか騎士団及び参謀や宮廷魔術師になるだろう。(中には変わり者もいるのであくまで標準的な話じゃ)そんな<魔術師>より上の職が<大魔術師アークメイジ>や<大賢者>となる。しかし、<大魔術師アークメイジ>の強大な魔法は王侯貴族にとって脅威とみなされる。魔法の力を持つが故、王侯貴族たちによって謀殺された魔術師も数多くいる。権力を持つ大貴族がその<大魔術師アークメイジ>と成れば王に代わる簒奪者にも成り得る存在となるからだ。そんな権力の暴走を防ぐために設立された機関を【魔術総武会】と言う。


 【魔術総武会】は広く各地にまたがる魔法ギルドを運営している優秀な魔術師たちの集まりでもある。


 しかし、残念ながら一枚岩といった集団ではない。各地域、各国家ごとに魔法ギルドの指針が違うのが現実だ。魔術師が故の自由さなのかプライドなのか、分からないが……中には、国家に所属し、貴族という枠の中で野望に満ちた生活をする者も存在する。優れた冒険者となって各地を放浪している魔術師たちも数多く存在するだろう。なので、【魔術総武会】の名目が王や権力者に対する盾の傘になっているかは、甚だ疑問なのだ。



 □■□■



「見習いから魔術師、宮廷魔術師かぁ。【魔術総武会】ってのは初めて知った」


 と呟きながら、本をパラパラとめくり頁を進めていく。

 魔法書の解説部分に注目してみた。



 □■□■



 次に覚えておくべきことは、魔法書のことだ。


 魔法書を読み理解すると魔法を覚える。その読んだ魔法書は一瞬で崩れ去り塵のようにあっさりと消えて無くなるであろう。これは魔法を扱う者なら誰でも知っていることである。だが、誰しもが魔法書を読めば魔法を覚えられるわけではない。魔法を覚えるには、本人の魔力、精神力が求められるのだ。


 魔力と精神力が高いのであれば、高度な魔法書を読み解くことができる。魔法を理解できるであろう。


 理解できぬ魔法書も時にはあるのだが……これはまた別の話だ。


 そんな魔法書を作れるのは、ある程度の資金とサークル・オブ・エルンストで審査を通り、サークルで認められた<製錬魔師>系のみ。(認められるといっても、精製における専用スキルが必須なうえに多大な魔力を消費する。なので、自ずと数は少ないのじゃが……これにより魔法利権が発生して貴族の力が問題視されている)


 スクロールの方は特に作る方でこれといった制約はない。


 それと、消えない魔法書も存在するが、それは正しくは、魔法を覚える書ではなく使う魔造書のはずだ。(魔造書、いわゆる……禁書の類いは、神聖教会がうるさいのでここでは書けない。すまんの)魔法書は基本長持ちするが、紙質の劣化に加えて書物その物が魔力に反応を示さなくなる場合がある。魔力に反応しなくなった書物は読んでも魔法は覚えられず、書物も消えない。ただの書物となるのだ。魔力に反応しなくなるのは、主に古い魔法書に多い。


 しかし、その古い魔法書についてだが、古代の魔法書の場合は話が違ってくる。遥か古の時代から残る魔法書は魔力も失われずに確かに現存し、今もこの世の何処かに存在しているのだ。


 一見すると古い書物にしか見えないので、厄介なのだが……。


 もし、その古代の魔法書を手に入れた者が全てを解析し理解できたのならば、その覚えた<古代魔法>の価値は計り知れないものとなろう。

(注:理解した者はエルンスト大学パブラマンティに連絡をくれ)

 こうした古代の魔法書は古代遺跡などで見つかる可能性がある。仮に発見し本物と分かれば、莫大な金となるだろう。(因みに、書いてるわしも欲しいぐらいじゃ。注:古代の魔法書を見つけたらエルンスト大学パブラマンティに連絡を)

 古代の魔法書の選別は難しく、何の変鉄もない魔法具店に希に売っていたりすることもある。



 □■□■



 この本、パブラマンティという人物からの注釈が多い。

 彼は、古代の魔法書が欲しいようだ。


 次に目を通したのは言語と紋章との違いと紋章魔法の効率的な魔法陣構築についてだ。


 アキレス師匠から聞いていたが、本では初めてだし、一応チェックしとこう。



 □■□■



 言語魔法とは、精霊や神に祈りを捧げて、詠唱を行う魔法のことを指す。


 下位魔法は、初級、中級、上級、の三種に分類。

 上位魔法は、烈級、王級、皇級、神級、の四種に分類される。


 下位魔法は威力も魔力消費も少なく詠唱文も短い。上位魔法は複数の属性精霊の力を合わせたり複数の神への祈りを捧げたりする場合があるので、詠唱は長くなり魔力消費も多くなる。


 詠唱文の文体は何れも似たようなモノになるが、神やその眷族の系統により様々に変化するだろう。これは次元界から漏れ出る未知の現象力を利用しているためとか、神の魔法力、式識の息吹を利用しているためとか云われているが定かではない。


 一方、紋章魔法には上位も下位も無い。


 紋章魔法は魔力を指先に集中させ、魔法円を描くことから始まる。その魔法円の中に魔法文字や記号などの複雑な式を書き込んで魔法陣を完成させることにより、初めて紋章魔法となるのだ。その分難易度が高いが、直接世界の理を利用するために威力の大きい魔法を形成できる。


 一部では自由な魔法と言われているのが紋章魔法なのだ。


(自由と言われるのは、<古代魔法>も紋章魔法と関わりがあるからなのじゃが……)


 複雑な式を魔法陣に直接書き込むことにより自由度が増す分難しく、発動に至るまでに陣を構築する必要があるため、タイムラグが生じる。

 イメージする思考の柔軟性や魔法陣を維持するための精神力も求められるので、魔力消費も莫大なものとなる。


 だが、一度発動さえすれば、簡略化できるはずだ。


 後は本人の才能によるところが大きいだろう。もし、紋章魔法を使いこなせれば、言語魔法を超える強力な魔法と化すだろう。


 言語魔法は自分の声、魔力を糧に自然界の魔素と精霊や神に力を借りる形で魔法を生成するが、紋章魔法は自身の魔力と魔法陣の構築精度や周囲の魔素を取り込んで行う魔法なのだ。その結果、紋章魔法は難しい。


 予め魔法印字により魔法陣を用意しておき、手間を省く方法もある。だが、これは付与魔法、エンチャントに関わる話。なので省略させてもらう。


 言語魔法とは違い、直接『理』に干渉するのが紋章魔法なのだ。この考え方は『純粋魔法の理派』と云われ、精霊を愛する『精霊術師派』と、神を愛する『神聖術派』とで三つ巴の派閥争いが存在する。

(神派は神派で無数にあるからな……全く、下らない話だ。わしはどの派閥でもないからな? これを読む学生たちは変な影響を受けずにいてもらいたいものじゃ)

 言語も紋章も結局は自分自身の成長によって初めて意味のある魔法となるものだ。地道に修行を重ねるのが最善の道であることは明確である。

 但し、これはあくまでも一般論。スキル、精霊、神々、魔道具などの要因によって成長具合や魔法の発動も変化を遂げることがあることを覚えておくのが良いだろう。



 □■□■



 そこからは本の内容は分からなくなった。


 二十四次元界からの簡略魔法因数モデルの引き出し方、ブレーン界との干渉と魔力溜まりの衝突とか、天文学的な概要にまで続くのでチンプンカンプン。


 一気に頁を捲り、その本の一番最後の頁を見た。


 エルンスト魔法大学教授、賢者パブラマンティ著。


 賢者パブラマンティか。

 それにしても……。


「一度読んだ魔法書は消えるのか……」

「さっきから長いことぶつぶつ言って。その分厚い本、そんなに面白いの?」


 ユイもこの本に興味が出たようだ。


「面白いぞ。見るか?」

「少し……」


 彼女の傍にいき、今読んでいた分厚い本を見せてあげた。


「む、難しすぎる。おま、シュウヤは、槍使いではなく魔法使いを目指すのか?」


 おっ、初めて名前を呼んだな。何気に嬉しい。


「目指すってより単純に興味があるんだ。学問に王道なしって言葉があるように、すぐに覚えられなくても、それなりの知識は得たい。たとえ覚えられなくても見てはおきたいんだ」

「学問に王道? ……聞いたことが無いが、貪欲なのだな」


 ジト目で語るユイ。


「ユイだって、剣の腕が上がるなら、少しは頑張るだろう? 」

「頑張るけれど……」

「それと同じようなもんだよ。それに、ユイの剣術は相当な腕だ。鍛錬を頑張ったんだろうし」

「……わたしの場合は幼い頃から訓練をして……剣を覚えただけ」


 ユイの瞳が一瞬沈んで見えた……辛かったのかな?


「……そうか、済まない」

「何故謝る?」

「辛い過去を思い出させてしまったかなと……」

「……はは、想像力豊かで、ほんと、おかしな男」


 ……なんかその目がむかつく。


「想像力豊かで悪かったな!」


 笑うユイの体をまさぐってやった。


「なっ、そんな揉みしだくな、あぁんっ」


 おっぱい聖人爆誕。



「あはは、どうだ~。馬鹿にすると、もっと凄いおっぱいぱふぱふの刑に処するぞ」

「ひぃ、あぅ、悪かった……」

「ふむ、よろしい。許してあげよう」

「ふふっ」


 おお、可愛い笑顔だ。


「その笑顔は良いな、可愛い」

「ばか、真顔で言うな……あっちいけっ」

「へいへい」


 またユイの機嫌が悪くなると煩いので、ゾルの魔法部屋へ戻った。

 今度は宝箱に入っていた装備品を取り出してゆく。


 装備できそうな物はもらっとくか。


 鋲付きの黒ブーツ。

 両側に黒光りする鴉の小さい金具が付いている。

 俺の足に合いそうだ。


 そのカラスのブーツを履いた途端。

 ブーツの横にキルティング加工された線が紫色の光を発した。


 これ、魔法のブーツか。


 鴉の金具も目元が一瞬紫色に光った。

 すると、キルティング模様は消えて真っ黒いブーツへ戻る。


 歩くと……足音が消えた。

 消音効果があるようだ。

 消臭効果もあれば足の匂いも取れるんだが。

 別に、俺の足は臭くはないと思いたい。


 これはブーツ系だからな……。

 わざわざ匂いは嗅がないが。


 次は指輪をチェック。



 あのゾル・ギュスターブは、日記にも書いてあったように指輪を作る職人だったのかな?


 ……指輪が数個ある。


 数個の指輪には色が付いた宝石が埋め込まれてあった。

 これらの指輪からは詠唱なしで魔法が撃てるようだし、便利そうだ。


 ……赤色、白色、黄色の指輪。

 火属性や風属性の物と予想できるけど、詳細は分からない。


 水属性の指輪は一個も無い。

 俺が使える指輪は闇属性のゾル自身が嵌めていた指輪だけらしい。

 この何個かある指輪はどこかの街で売れるかな。


 適当に三つだけ指輪を回収。

 白色の鎖帷子は大きさが合わなかったから放置。

 黒いメイスもそのままにした。


 黒ローブを着て、ブーツを履く。

 そのままの格好でユイのところに戻った。


 <隠身ハイド>を発動しておく。


 へへ、ビックリさせてやろう。


「ユイ」

「――きゃぅ」


 ユイは突然現れた俺に吃驚したのか、寝台から落ちそうになってしまう。


「驚かせすぎた」


 驚かせといて何だが、ユイの体を支えて優しく寝かせてあげた。


「気付かなかったわ。それに黒いローブを着てるし……」

「奥の部屋にあった宝箱の中に入っていたのを盗んできたんだ。それで、この背中のマークは、何のマークか分かる?」


 背中を見せる。


「それは魔法ギルドのシンボル」


 天秤と杖と腕のマークはやはり魔法ギルドか。


「魔法ギルドのシンボルか、ありがと」


 日記の通り。

 ゾル・ギュスターブは、魔法ギルドのメンバーだったと書いてあったからな。

 そこで羽織っていたローブを脱ぎ捨てる。


「さっきの<隠身ハイド>は?」


 ユイは俺が音もなく近付いたのが不思議だったのか、そう聞いてきた。


「このブーツのお陰だ。同じ宝箱に入っていたから、貰っといた」


 ブーツを見せた。


「魔法のブーツ。こんな高級な装備……シュウヤが倒した相手は凄い<魔術師>だったのだな……」

「そのようだ。魔法を何種類も使う奴だった。幸い本人は指輪の魔法のみで戦っていたが」


 平然と話していると、彼女は戸惑い顔を浮かべて、元気がなくなっていく。


「……」


 ついには黙ってしまった。

 視線を下げ、表情に翳りを見せて黙りこんでしまう。


「どうした? ユイ、体調が悪くなったのか?」

「――違う。こっちにくるな。キモイ顔を近付けるな」

「キモくて悪かったな。なんだよ、心配して損した。急にツンになりやがって。俺はこの辺見てくるからな。お前なんて、おしっこでも垂れ流しとけ。ロロ、外へ狩りに行くぞ」


 なんだよ、急にツンツンしやがって。

 気晴らしに狩りでもしてこよ。


「にゃっ」


 黒猫ロロは狩りの一言を聞いて、パッと紅い瞳を散大させて、素早く俺の肩へ飛び乗ってきた。


 アーチ型の扉から外へ出る。

 小屋の周りには相変わらず霧が立ち込めていた。


 あの夫婦を殺したからといって霧が晴れるわけじゃない。

 だけど、消えてくれればなぁと、ドラマ的な期待をしちゃっていた俺がいる。


 都合良くはいかないようだ。


 そんなことを考えながら小屋がある高台から降りていく。

 坂の下にある青白い光を発している小さい灯台の前を通り、森へ侵入した。


 迷わない範囲で探索を開始だ。

 森に入った途端に、モンスターと見られる魔素の反応を掌握察で感じ取る。


 いきなりか、もう近寄ってきてるし。

 俺は黒槍を正眼に構えて悠然と立つ。

 その魔素反応の主が現れるのを待った。


 黒猫ロロも俺の肩から跳び降りる。

 狩りの準備なのか、黒豹と化した黒猫ロロの両足の鋭そうな爪が地面へめり込んでいた。


 そして、魔素反応の主が現れる。

 それは薄い魔力を漂わせている巨大なカマキリ。

 カマキリだが、その姿はどこか全体的に白い。

 二本の鉄骨のような巨大鎌腕が目立つ。


 そのカマキリの頭は三角形。

 両端には複眼があり、ぎょろっとした複眼の目玉が揃うように動き、俺を捉えたその瞬間――カマキリが勢い良く飛び出してくる。

 ――二本の鎌腕で撃ち下ろしパンチを繰り出すように、振り下ろしてきた。


 即座に黒槍を上げた。

 カマキリの撃ち下ろしの鎌攻撃を、黒槍で跳ね返す。

 そのまま、円を意識した動きで回避行動を取った。


 俺を追尾するように、カマキリは鎌を振り下ろしてくる。


 カマキリの鎌は速い――。

 黒槍を急ぎ回転させてカマキリの鎌を斜め下に受け流す。


 速いうえに重い。

 鎌は重い金属バットのような感触。


 黒槍と衝突した音は、鈍い凹むような音。

 カマキリは、次々と重機のように巨大鎌を振り下ろしてきた。

 一撃、二撃、と左右からの速度と重量を活かした攻撃を受け続けて後退を余儀なくされる。


 ――後退しながら、黒槍を柳の枝に生えた葉が風に揺らいでいるように扱った。

 鎌の刃を左へ右へと往なす。

 風圧を感じるこの斬撃を腕に喰らったら、腕ちょんぱは確実――。

 が、焦らず、柄を握る掌に柔らかさを意識しながら――黒槍の穂先で宙に半円を描くように柄を振るいつづけて、鎌の斬撃を確実に叩き、捌き続けた。


 次第に、巨大な鎌を受け流す動作にも慣れてきた。


 鎌の刃を柄で受けて弾き流す、柄を扱う動きがよりコンパクトになると、自然に俺自身の動きも良くなった。黒槍で鎌の刃を受けることなく、避けることも増えていく。

 

 カマキリの逸れた鎌刃が周りの木々の枝葉に衝突して枝葉が斬れる。

 木の葉が無数に舞った。

 そのタイミングで、黒豹ロロがカマキリの側面から急襲。


 カマキリの胴体へ深々と触手骨剣が突き刺さる。

 黒豹ロロはその突き刺した触手を一気に収斂させてカマキリへ近付くと、前足の鋭い爪をカマキリの横腹に引っ掻け、膂力を生かすようにカマキリの横腹を切り裂きながら前方へ駆け抜けていく。

 カマキリは細長い胴体。

 その胴体の横っ腹が、真一文字に切り裂かれていた。


 傷口から緑色の血と一緒にぐにょっとした肉が撒き散り、カマキリは絶命。


 腹は柔らかいのか。

 コンコンッと地面に落ちて動かないカマキリの腕を槍で叩く。

 腹と違い、この鎌みたいなのは硬い金属だ。


 一応回収しておこう。死骸の他の部分はここに残すことにする。


 そこで掌握察を使用。周囲を察知した。


 いたるところにモンスターの魔素反応がある。

 更に<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>を繰り返す。

 匂いを察知すると、反応があったモンスターの形状が次々と分かってきた。


 カマキリ、獣系の大型、小さい人型等のモンスターたちだ。

 空には翼を生やした女性型モンスターも数匹確認。

 その多種多様な森のモンスターたちの中で、カマキリの死骸にいち早く反応してきたのは獣系のモンスター。


 ――ガオォォォォンッ。

 とあちこちから雄叫びが聞こえてくる。


 俺は触手をぶらぶらと漂わせている黒豹ロロと視線を合わせた。


「ロロ、自由に狩りしてきていいぞ。ただし、あまり遠くまで行くな。狩りを終えたらここに戻ってこい」

「にゃにゃぁ」


 黒豹ロロは嬉しそうに鳴くと、僅かにごろごろと喉を鳴らす。

 よほど嬉しかったのか、俺の頬へ触手を伸ばしてくる。


『狩り』『狩り』『楽しい』『遊ぶ』


 嬉しい気持ちを連呼するように伝えてきた。

 行ってこいという意思を込めて笑顔で頷くと、黒豹ロロは元気よく飛び出していく。


「おっ」


 黒豹ロロが消えた反対の繁みから青白いサーベルタイガー君が登場。


 耳が長く、顔の一部が青白く縁取られている虎だ。

 胸元から白と薄青い毛が混じり合い胴体へと続いている。

 尻尾には特徴的な二叉の尾があった。


 口元にある立派な牙が鋭そう。

 大きさはゴルディーバの里近くの森にいたゼレリの虎より若干大きいか。

 虎にしては綺麗な毛の色合いと言えた。


 だが、髭の下にある横に出っ張ったような黒いエラが、その綺麗な色合いを台無しにしている。

 青白い虎は二叉の尻尾を左右へ揺らしながら、


「ガァオォッ――」


 威嚇するように吠えると、突進してきた。

 向かってくる最中にエラの部分が裂け、中から細く刺々しい十字型の骨牙を前面に出している。


 あれで突き刺す気か? 


 その虎が繰り出す十字骨牙を、跳び箱を越えるように跳躍して躱す。

 躱しながら、黒槍の穂先を下へ向けた。


 黒槍の刃は、下を走る青白虎の背中に刺さると、その突進力も加わり虎の背中をガリガリと削る。

 まるで魚が三枚下ろしされるように背骨深くまで切り裂いた。

 青白虎は背を半ばまで斬ったところで力尽きる。


 前のめりに倒れて動かなくなった。

 動かなくなった死骸を確認。

 ナイフで肉を切り取り回収。牙も回収。

 エラから出てるキモイ細長の骨牙も引っ張り抜いて回収した。


 最後に<導想魔手>を発動。


 解体し易くするため、その魔法的な半透明で歪な魔力の手で、青白虎の後ろ脚を持ち上げつつ、ナイフで虎の毛皮を剥いでいく。


 解体をしていると、黒豹ロロが獲物を持って戻ってきた。

 おぉ、その姿に少し感心しながらも驚く。


 二本の触手骨剣の先に虎の死骸をぶら下げていたからだ。

 口にはもう一体の死骸を咥えていた。


 虎、重そうなのに良く持てるな。


 黒豹ロロは狩りの成果を自慢するように、わざと俺の近くに死骸を下ろして紅い瞳を向けてくる。


 つぶらな赤い瞳は、ほめてほめてと言うように輝いて見えた。


「良くやったぞ、偉いな」

「にゃあ」


 褒めてやると嬉しかったのか、俺の頬へ触手を伸ばしてくる。

『獲物』『あげる』『嬉しい』『楽しい』『遊ぶ』『もっと』


 次々と気持ちを伝えてきた。


 黒豹ロロは褒められたのが嬉しかったようで、尻尾を傘の柄のように立たせてくるくるとその場を回り、踊るように跳躍している。


「……はは、だが、狩りはもう終わりだぞ。家に帰ろう」

「にゃぁ」


 黒豹ロロはまだ狩りがしたいのか、残念そうに小さく返事をしていた。


「ロロ、その死骸、小屋まで運んでね。ユイを吃驚させてやれ」

「ン、にゃにゃ」


 黒豹ロロは再度触手骨剣を虎の死骸に突き刺して持ち上げ、口でもくわえてから、家がある方向へリズム良く四肢を走らせていった。


 俺も後から戻っていく。


 部屋の中に入ると、寝台上で休んでいたユイは口を開けて驚いていた。


 黒豹ロロの姿を見れば、そりゃ驚くよな……。

 だが、機嫌が悪いのは吹っ飛んだようだ。


「この、黒猫? あの虎を殺したの?」

「そうだぞ。ロロディーヌだ。俺の相棒でありペットでもある」

「使い魔みたいな物?」

「ん~、似たようなもんか?」


 尋ねるように首を傾けて聞くと、黒豹ロロはすぐに、


「にゃ」

「そうらしい」

「……わたしがシュウヤを襲った時、どうしてコイツにわたしを襲わせなかった?」

「ユイを殺すつもりはなかったし、ロロには見てろ。と命令していたからな」

「わたしは……最初から情けを……」


 ありゃ、落ち込んじゃったし。


「そう落ち込むなよ。またおっぱいを揉まれたいのか?」

「いやっ、あ、そう言って、くすぐるんでしょう?」

「おうよ。くすぐりとおっぱい揉みは至高だからな。お前だって、おっぱい研究会百五十六手の技を味わいたいだろう?」

「何よ、そのおっぱい研究会って……」


 ユイは一瞬目を鋭くするが、顔は笑っていた。


「知らないのか! 美乳とは何ぞや? という男のロマンをストイックに追求する神聖なる会なのだぞっ」

「……わたし、頭が痛くなってきたから向こうに消えて……」


 くっ、偏見だ。

 ふんだっ。


 こうして、偽の恋人生活が続き……。



 ◇◇◇◇



 一週間が経った。

 ユイは歩けるまで回復。だが、筋力は落ちてしまっているようで、腕も軽く震えが残っている状態だ。


 当然、刀剣を満足に扱えないでいた。


「もうだいぶ回復したようだな」

「うん。随分と世話になった……ありがと」


 ユイの表情は柔らかくなっている。

 最初に見せていた堅い表情とは違って、柔らかい笑顔が可愛かった。


「おう、表情が良いな」

「お前、シュウヤは優しいからな……わたしは暗殺者なのに……正直もう……」


 褒めたのに、俯いてしまう。


「おい、またか? 俺のゴールドフィンガーを……」

「――止めろ、分かったから。ははは、元気、わたしがお前を殺すんだ」

「うん、そうだ、その意気だ。ははは」

「ふふっ」


 やはり笑顔が一番だ。


「そんじゃ、またあの魔法部屋にいってくる」

「わたしは……昨日、一昨日とシュウヤが狩った虎の肉を干物にしよう」

「了解」


 ゾルの魔法部屋に戻り、宝箱をまたあさる。

 今度は魔法文字が書かれた束を取り出し調べていった。


 これ、スクロールという束だよな。

 僅かな魔力があれば魔法を発動させられるという代物だ。

 一回こっきりで、使用後は塵と化すとか。


 家主はさすが<魔術師>だっただけのことはあるようで、様々なスクロールがあった。

 だけど……殆どが火とか風ばかりで、闇のスクロールは二個のみ。


 《闇雲ダーククラウド》と《黒矢ブラックアロー》。


 いつか使うかなっと懐へ忍ばせる。

 でも、これ仕舞いっぱなしで忘れちゃうかも。

 次に本棚へ視線を移し、一つ一つ本を取り出して読んでいく。


 その中には魔導人形ウォーガノフや古いゴーレムについての文献があった。


 魔導人形ウォーガノフを作るには<魔鉱鋳造マッシブプル>というスキルが必須らしい。

 特別な水晶体、鉱物、木材、革、といった自然の物とモンスターの素材を掛け合わせ作られるのが魔導人形ウォーガノフ。古くはゴーレム兵の技術とか。


 ここの余白にゾルが書き記したメモがある。


 魂や魔素が大量に必要だ。

 死神ベイカラと魔命を司るメリアディに信仰を捧げ、本物の生け贄が必要となる。

 特に、大量の魂に魔素が鍵だ。


 さらに吸霊の蠱祖が必要だと書かれてあった。


 この吸霊の蠱祖には更に記述がある。


 これは魔族に伝わる魔具の一つ。

 人の魂や魔素を集めて莫大なエネルギーを生み出す物。

 これは扱いが難しい。少しでも傷が付くと、魂や魔素が放出され壊れてしまう。


 日記に似たような記述があったのは覚えている。


 読んでいた本を仕舞う。

 次の本を選ぼうと見ていると、本棚の奥に挟まっている書物を発見した。


 その書物を掴むと、魔力の反応。


 おお、これは魔法書じゃ?

 表紙の文字を見ると、今まで見ていた本の文字と違う。


 文字は異質だ。古いのか、かすれて見にくいが……。

 読めた、〝黒き塊〟がタイトルだった。

 ユイにも確認してもらうか、庭へ急ごう。

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