二十七話 お風呂×料理

 

 倉庫に戻ると、ユイが必死な表情を浮かべて体を動かそうとしていた。


「安静にしてろ」

「くっ、うん」

「手伝ってやる」


 ユイの体を抱きかかえて寝台横にある壁へ寄りかかるようにしてあげた。


「ん、ありがと」

「いいよ、一々言わんでも」

「にゃぁ」


 黒猫ロロも心配するようにユイの腕を舐めていた。


「それじゃ、この家を調べるか。家主がアレだったからな。なにか貴重な物があるだろう。それに、ユイの体を治す回復ポーションもあるかも?」

「そうだな。見つけたら持ってきてくれ、薬なら判別できると思う」

「わかった」


 そんなユイへ毛布をかけてから隣の部屋へ向かう。


 ゾルとシータが話していたと思われる部屋は魔術と疑似科学を融合させたような部屋だった。

 左下の隅のL字壁には大きい本棚が隙間無く設置されていて、隣の大棚には何かが入っていそうな大きな陶器瓶、薬草、魔石らしき鉱物が陳列されてある。

 樫机の上にはポーション類だと思われる陶器製の瓶が沢山並び、アルミニウムのような粉が散らばっているところには、瑠璃色の乳棒と乳鉢が置かれてあった。

 近くには黒々とした器具と繋がっている三角や丸底フラスコのようなひび割れた陶器瓶が並ぶ。


 中央には長方形の魔術用の寝台。


 手術や何かの儀式に使うような器具も備え付けられて、その隣には黒い炉のような機械があった。

 しかし、鍛冶で使うような代物ではない感じだ。

 近くの床には光を失った魔法陣がある。


 右隅には書斎机があり、座り心地の良さそうな高級椅子もある。

 横には小さい宝箱もあった。


 ――宝箱だ。


 屈んで宝箱の蓋を開ける。

 鍵は掛かっていなかった。パカッとすぐに開く。


 中身はゾルが着ていた黒ローブ、金貨と銀貨数枚、複数の指輪、それに白い鎖帷子、黒ブーツ等が入っていた。

 箱の右隅には魔法文字が書かれた紙束が多数嵩張りながらも詰め込まれてある。


 この品々はどれもが魔力を宿していた。


 お宝だ。この品々は今度調べようと、宝箱を閉じた。

 立ち上がると、書斎机の上に置かれてある牛革の表紙の本が視界に入る。

 他にも陶器のペン入れには金属の柄にアンティーク模様が刻まれてある黒羽付きの高級羽根ペンが幾つも入っていた。インク皿も置いてある。


 この本、牛革のようなざらついた表面には何も記されていないが、ピンときた。日記ではないか? ってね。


 そのまま高級椅子に座り、その本を開いて頁をめくっていく……。



 □■□■



 ○月○日



 シータが病気に罹ってしまった。

 明日はシータが好きだった紫の花を一輪買ってこよう。

 わたしは、自分の研究ばかりだったからな。

 今後は妻と一緒に過ごしていこう。



 ○月○日



 妻は病に伏せり、徐々に体力が衰えていく。

 紫の花を嬉しそうに見つめる顔が愛しい。

 早く治してあげなければ……。


 何日か経ったが、一向に改善しない。


 おかしい。薬や回復魔法が効かないのだ。

 何故だ、何故っ、妻がこんなに苦しまなければならない!

 わたしのせいなのか? わたしの人生が指輪作り一辺倒だったせいなのか?


 愛の神アリア様、頼むから妻を治してくれっ!

 光の精霊や光神ルロディス様は、本当に我らを見守ってくれているのか?



 ○月○日



 くそ、くそ、くぞッ、ぐいfsーあふぃdさえいふじあ


 ……シータが死んでしまった。


 ふざけるな。無情すぎる。この世は残酷な世界だ。

 しょせん、良い神などいない……。



 ○月○日



 わたしは妻を取り戻す。


 妻の死体は魔金細工に使う容器に詰めて保存する。


 神だろうが魔族だろうが、何であろうと構わない。

 まずは情報を集めなくては……。


 わたしはギュスターブ家の長男。そして、ヘカトレイルの魔法ギルド員の一級魔術師ゾル・ギュスターブでもある。


 この自分の立場を利用し、各地からあらゆる情報を集めた。


 本家ギュスターブ家を調べて魔導人形ウォーガノフに関する持ち出し厳禁の秘術文献を手に入れることができた。

 まぁ、我が家系にも魔導人形ウォーガノフ作りの<魔鉱鋳造マッシブプル>を持つ秘術魔法技師がいるからな。

 情報屋にも大金を払い、【ヘカトレイル】で魔法関係の店を探し回る。

 <召喚術>と死霊術に関する文献を幾つか強引な手法で手に入れることができた。


 今思えば、わたしが幼い頃から魔金細工師として指輪を作り続けてきたのも、ギュスターブ家に伝わる魔細工腕アームドのスキルを受け継いだのも、研究してきた魔法やスキルも、その全てが妻の為だったのかも知れん。


 これがあれば、鉱物や高密度結晶体コアを融合させて解体を促し、弱い精霊を封じて同一化を促すこともできるからな。


 このスキルを継承した者は代々額に特殊なマークが宿る。

 マークは生まれた時から嫌だったが、今は違う。お陰で妻が救えるのだから。栄光ある魔金細工師の職など、もう関係ないのだ。

 スキルを使い、全ての魔力を使い、全身全霊をかけて、シータを救ってみせる。



 ○月○日



 ついに魔導人形ウォーガノフや死霊術に関する基礎を得ることができた。

 専用スキルに、高密度結晶体、木材、金属、モンスターの素材等の細かな物が必要だ。

 それに膨大な魔力と人型の死体や魂が必須であり、死神ベイカラと魔命を司るメリアディが関係する。


 この死霊術を組み入れた研究は、魔導人形ウォーガノフとは違い、魔法ギルドや神聖教会からしたら、大禁忌にあたる。


 幸いにして、教会はこの都市では規模が小さい。

 司教も一人だけだ。だが、魔法ギルドや冒険者ギルドとは敵対することになるだろう。

 更に情報を集めなくては……この際、どこでも良い。噂に聞く闇の一党、この都市に存在する複数の闇ギルドに頼むか。



 ○月○日



 盗賊ギルドだけでなく闇ギルドでも裏社会の情報を集めるうちに、【ヘカトレイル】に魔族が居ることが分かった。


 笑えるではないか。


 自分たちの住んでいる傍にいつも魔族が居たとはな。

 わたしはその魔族と接触し、縁を得ることができた。更にはその縁を使い、迷宮の主と直接契約を結ぶことに成功したのだ。


 それは簡単な条件だった。


 魔導人形ウォーガノフの情報、<召喚術>、死霊術の情報を渡す代わりに、闇の骨兜ダークボーンヘルムの指輪と、死者蘇生に必要なアイテム、神々に纏わる吸霊の蠱祖を貰い受けることができたのだ。


 指輪は魔界から上等戦士を召喚できる代物らしい。

 だが、指輪よりも吸霊の蠱祖の方が重要だ。


 これで、わたしの研究は更に捗ることになるだろう。



 ○月○日



 死神ベイカラに死と憎しみと愛を祈り、生命、魂を捧げる。

 魔命を司るメリアディには妻の体の一部を進呈し、わたしの血肉も捧げた。

 吸霊の蠱祖は魔導人形ウォーガノフとは全く違う。精神を組み込み、魂が魔素となり、強大なエネルギーへ変える物。


 これは、魔命を司るメリアディと死神ベイカラが関わる魔道具だ。

 他にも魔神具とやらがあるらしいが、わたしには扱えないらしい。

 そんな調子で研究を続けていると、暫くして、背に骨の翼を生やす怪物がわたしの部屋に時々来るようになった。


 迷宮の主め、わたしをあまり信用していないようだ。


 ふん。糞魔族共が……ふふふっ、まぁ良い。

 これがあれば、シータを甦らせることができる。


 妻よ……少しの我慢だ。

 保存しておいた妻の身体を取り出して切り刻む。



 ○月○日



 ついにシータが完成した。


 だが、ピクリとも動かない……。


 まだシータには、人体の腐肉や魂がもっと大量に必要だったのだ。

 伴う属性をコントロールする力が僅かに足らないらしい。

 この吸霊の蠱祖は扱いに注意しなくては……脆く壊れやすいからな。



 ○月○日



 わたしの研究が【ヘカトレイル】魔法ギルドのマスターであるバナージ・ゼンガルにバレてしまった。


 さすがに城壁を築いた優秀な奴らだ。隠し通すのは無理があったか。

 だが、一悶着あった際に、そのバナージを含めたギルド員数名を騙して殺してやった。


 ブハハハ、アハハハハハハハハハハ。

 ざまぁない。わたしの研究の邪魔をするからだ。


 そうして、わたしの理性はどんどん失われてゆく。

 だれも止める者は居ない。完全に陰鬱の心は闇に飲み込まれた。

 それからは次々とギルド員が襲いかかってきたが、全部返り討ちにしてやった。

 わたしには雷獣の指輪があるのでね、比較的楽に対処できた。


 ふははははっ、魂や死体が手に入るのでちょうど良い。



 ○月○日



 ついにやった、やったのだ。

 シータが動いた。

 愛と憎しみと魂を捧げた甲斐がある。


 生前の記憶は全くないが……妻が復活したのだ。


 だが、もう生まれ故郷である【ヘカトレイル】には居られなくなった。

 ギルド員を虐殺したことにより、この都市の騎士団や冒険者たちから追われることになってしまった。


 ギュスターブ家からも正式に追放処分となった。

 どこかに拠点を移さなければ……。



 □■□■



 そこで、ゾルの日記を閉じた。


 このゾルという男は、随分と暴れていたようだ。

 胸くそ悪い日記だが、スミレの花だけに、愛は人をここまで狂わすってことかね? 

 俺は僅かに頭を左右にふり、溜め息を吐きながら椅子から立ち上がった。


 本棚へ視線を移していく。

 魔術師の部屋だけに、魔法関係の本がいっぱいあるなぁ。


 本に興味はあるが、今は、


「薬だな……」


 と小さく呟きながら、部屋の左にある錬金グッズが置いてある棚と机の前に移動して見ていく。


 ポーション瓶がずらっと並ぶ。


 さーて、どれを持っていくか。

 適当に陶器瓶を抱えてユイがいる部屋へ戻る。


 戻るとユイは黒猫ロロを見つめて優しく微笑んでいた。


 可愛い笑顔だ。

 が、俺を見ると、キッと厳しい目付きに変わる。


 何その落差。いつかあの微笑みを俺へ向けてやるさ。

 という変な決意を胸に、瓶を多数胸に抱えた状態で近寄っていく。


「――ユイ、瓶をたくさん持ってきた。これ、見た目が同じだが、どれがどれか分かるのか?」

「ん、分かる。匂いを嗅がせて」

「了解」


 一つずつ慎重に陶器瓶の蓋を開けてユイの鼻へ近付ける。

 次々と子犬に嗅がせるように匂いを嗅がせていく。


「今のは回復ポーション。それと、最初の奴が最高級の回復ポーションだと思う。他は毒。あ、これかも。これは無臭。これが、わたしを麻痺させた薬かも知れない……毒消し薬は二つ前の奴だ」


 俺も匂いを嗅ぐが……全く分からない。


「凄いな。匂いで本当に分かるとは」

「仕事で使う場合があるからな。暗殺とか……」

「なるほど、そりゃそうか。で、この回復ポーションと毒消し薬を飲むか?」

「あぁ、頼む」

「あ~んして」


 ユイはそれを聞くと怪訝そうに目を細めた。


「ん?」

「口を開けろということだよ」

「これが、今じゃ限界ッ」


 ユイは納得したのか小さい口を僅かに広げる。

 顔の筋肉は僅かに動かせるようだ。

 まぁ、話せるんだし当たり前か。


 彼女の唇に瓶の細い飲み口を当て、液体を口の中へ注ぎ込んだ。


「良し、飲んだな」

「……」


 彼女は黙って頷く。


「それじゃ、寝かせるぞ……」


 ユイの頭をかかえて、体を抱き上げてから寝台の上へ寝かせてあげた。


 俺は彼女を寝かせると、倉庫から外へ出ていく。

 放置状態だったポポブムを移動させてやろう。


 ポポブムの口、はみと繋がる長いロープを、玄関横にある荷物置き場の木の台へ繋げておく。

 そして、台所にあった芋や葉っぱを混ぜ合わせて餌を作り、木製ボウルにたっぷりと入れてポポブムに食わせてあげた。


 鞍も降ろし、荷物を倉庫へ運び入れるのも忘れない。


 荷物を簡単に整理してから倉庫に戻ると、ユイはもう寝息を立てていた。


 可愛いユイの寝顔を鑑賞。


 音を立てないようにゆっくりと歩きながら――隣の寝台に腰掛け、彼女の寝顔をまたまた鑑賞。


 黒猫ロロも丸くなって寝ている。


 そんな姿に満足しながら横になった。

 暫くは目を瞑りながら、自然と眠くなるまで夜を過ごしていく。



 ◇◇◇◇



 次の日の朝――。

 いつものように早く目覚める。


 いつも通りだ。

 起き上がると、黒猫ロロもむくっと顔を上げ俺を見ていた。


 ――ロロ。

 いつの間にか、俺の足元で寝てたのか。



 そんな可愛い黒猫ロロへ笑顔を向ける。

 さて、これを脱ぐか。雷系の魔法を食らった皮服は至るところに焦げ穴がある。そのボロになった皮服を脱いでいく。


 上半身裸になり、黒槍やククリ剣を持って庭へ出る。

 庭で、軽い体操から槍武術の訓練を一通り行い、最後に黒槍を地面に叩きつける強撃で訓練を終わらせた。


 訓練に満足してからポポブムに朝飯を上げ、ユイが寝る倉庫へ戻る。

 彼女はもう起きていて、無理に体を動かそうとしているのか、上半身を震わせながら必死な顔を浮かべていた。


「ユイ、少しは動かせるようになったのか?」


 彼女は俺の顔を見て、一瞬嬉しそうな顔を浮かべた。


「……あっ! あぁ、少しだけな。だが、この通り……」

「さすがに一日だけじゃ、そこまでの回復は期待できないか」


 と喋りながら、持っていた黒槍を壁に立て掛ける。

 さて、風呂でも入ろう。


 桶を探す。


「お前……裸?」

「あぁ、訓練したからな、おっ、あったあった……」


 大きい桶は隅に立て掛けてあった。

 それを寝台横の床へ運ぶ。


「ん、何だ?」

「風呂だよ風呂。汗掻いたしな」


 軽く説明しながら、<生活魔法>でお湯を入れ、桶を掃除していく。


「風呂か……」


 とユイが呟く。風呂が珍しいわけでもないだろうに。

 桶の掃除をし終えてからお湯を溜め、荷物を置いてから皮ズボンを脱いで真っ裸になり、お湯に浸かっていく。


「ふぅ……」


 ――気持ち良い。


 顔を湯で洗い、頭からざぶんと湯をかける。

 ユイに背中を見せながら荷物からギュザ草を出す。


 最初に顔を洗って指で口も洗い、手を使い体の隅々まで洗っていく。


 黒猫ロロがパシャパシャと水面を叩き遊んでいた。

 その黒猫ロロの首根っこを掴み、持ち上げながら胴体の毛並みを伸ばすように洗い、綺麗綺麗にしてやった。


「にゃぁ~にゃ」


 黒猫ロロは最初にそう鳴くと、分かっているみたいで大人しくしていた。

 目を瞑り、黙って俺に洗われている。


 最後に俺が「完了」というと、黒猫ロロはお湯の中へ飛び込み、じゃぶじゃぶと猫掻きを行い泳ぎ出す。

 その様子を見ていたユイが話しかけてきた。


「それは石鹸か」

「違うが、似たようなもんだな。汚れを落としてくれるぞ」


 と答えてから、笑みを浮かべながら桶から出て裸の状態でユイへ近付いていく。


「ん、なぜ裸で近付いてくる」

「そりゃ、ユイも風呂に入るからだ」

「えっ」


 俺は顔をユイへ近づけて、鼻をくんくんとさせる。


「少し臭いぞ? ずっと汚れ落としてないだろ」

「うっ、そうだが、いやよ」

「問答無用」

「ヒッ、イ、イヤアァァァ――」


 ユイは絶叫した。

 無理矢理彼女の上着を脱がしていく。

 鎖帷子系の黒装束を脱がしてスッポンポンにしてやった。


「ヘッヘンタイ!」

「うっさい。否定はしないが、さ、持ち上げるぞ」


 彼女の軽い身体を持ち上げ、お姫様抱っこを行う。

 そのまま風呂へ運び、湯へ入れてあげた。


「身体が温かいのは分かるか? 麻痺に効くかも知れないぞ」

「イツカ、コロス……」

「まぁまぁいいから。体洗うぞ」


 桶の縁に皮布を置いて、ユイの頭を固定、安定させる。そのままギュザ草を使い、ユイの体を全部洗ってあげた。

 ふぅ、若干興奮しちまった。股間がモッコス状態。


「おい、その一物イチモツ、怪物はなんだッ」

「ん、こりゃ、男の大事な象徴だが?」


 ハッキリと股間を凝視しているユイ。


「わたしを襲うのか」

「いやいや、それはない。嫌がる女を無理には抱かないよ。安心しろ」

「お前、興奮してるじゃないか……」

「こりゃ、生理現象、男の絶対正義という奴だ。ユイが綺麗だからしょうがない。おっぱいを揉んでいれば自然とそうなると、おっぱい神の摂理で決まっている」

「き、綺麗だと……それで、襲わない、というのか?」


 彼女は俺の言葉に驚いたようだ。間をあけてから、俺を睨む。


「何だ? 襲ってほしいのか?」

「断じて違うっ。というか、顔を近付けるなぁぁぁ」

「うっさいなぁ、大丈夫だって。どっちにしろ動けないだろう?」

「何だとぉ、お前はいったい何なんだ!」

「何だと言われてもな、あっ、そういや名前教えてなかったな。俺の名前はシュウヤ・カガリ。――お前の将来の夫であり、恋人の名前だ」

「ふざけるなっ、何が夫で恋人だ! このっ、変態勃起野郎!」


 あ~あ、おこだ。完全に怒っちゃったよ。

 ま、当然だろうけど。

 だけど、俺がここに居なきゃお前は死んでたんだぜ?


 ……とは言わなかった。


 嫌いなら嫌いになればいい。

 俺はユイが気に入った。だから助けてやる。


「……あはは、ちげぇねぇ。俺は変態だ」


 と笑いながらユイを抱え持つ。


「ばか、やめろ、変態っ」


 とうるさかったが、皮布で体を拭いてやった。

 そして、代えの皮服を着させて、寝台に優しく降ろす。


 ユイは大人しくなってくれたが……。

 俺をキッと睨んでから、すぐに顔を逸らす。


「おい、怒るなよ。今飯作ってやるから」


 台所には芋や食用の葉がそれなりにあったので、それらを元に料理を作る。

 芋の皮を剥き終えてから、鞍の袋の調味料を取りに戻った時も、ユイは俺を依然として睨んでいたが……。


 気にせず荷物をチェック。


 ついでに乾燥肉、狩りで得た兎肉、鷹擬きの肉を取り出す。

 鷹擬きの肉は少し躊躇するが……。

 がんも鳩も食わねば知らぬ。というし、食ってみよう。


 台所で肉類を軽く叩いてナイフで細かく切り、塩を軽くまぶす。

 それから、白ワイン的な酒と香味油に似たのがあったから、その油を少々フライパンへ垂らしてから細かく切った肉をフライパンにのせて肉の表面を軽く焼いた。

 更に、表面を焼いた肉と臭み取りに使えるニラのような草と芋類を混ぜつつ、フライパンから大きい鍋へ移し変えた。

 鉄鍋に水と酒を足して、煮込んでいく。

 竈の火は火力がある。暫くして、鳥肉と兎肉に芋と葉っぱと乾燥肉が入った薄い塩味のスープができあがった。


 肉の出汁と葉っぱの渋さが絡み合う味。


 酒が心配だったが、肉を柔らかくしてくれて臭みも取ってくれたようで、味はまぁまぁだ。

 それを食べやすいように木の食器に小分けにして、台座に載せて運んだ。


「ユイ、できたぞ~」

「……」


 彼女は振り向くが黙りだ。まだ睨んでいるし。


「味はまぁ大丈夫だ。シンプルなポトフみたいな感じ。一応味見しながら作ったし、ほら、口開けて」


 食事を促すと、ユイは機嫌が悪いままだったが、


「ふん、なんだ、ポトフ? ん? ――良い匂い」


 匂いを嗅ぐと、一変して機嫌を直した。

 木のスプーンで具材を掬い、そのスプーンを、彼女の小さい口に運んであげた。

 良かった。食べてくれた。

 食欲はあると分かる。安心した。美味しそうに食べる顔を見ると嬉しくなった。


「ほくほくしてて熱いけど美味しい」


 あっという間にすべてを食べてしまった。


「まだ食べるか?」

「ううん。もういいから、食事ありがとね。でも、あっちへ消えて」


 消えてかよ……。

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