二十五話 スミレの黒花

 

「ん……ここは、あ、おまえは!」

「目覚めたか」


 俺は起きたばかりのユイへ顔を近付けていった。


「こっ、こっちに来るなっ、近寄るなっ、いっ痛っ、なぜお前がここに……」


 眉間に皺を作って痛そうな顔だ。

 痛いのに無理をするからだ。

 俺はそんな彼女の唇に人差し指を縦に当てる。

 ――シッ、黙れという意味を込めて。


 ユイは俺の指を見てから俺を睨むが、構わず話を続ける。


「良いから黙って俺の話を聞けっ、その足、無理に動かそうとすると痛むだろ?」


 ユイは頷く。


「今、状況を説明してやる。まずその足の怪我だが、お前が崖から落ちたせいだ。あと腹に岩が刺さって熱もあった。だから、今の今まで気を失っていたんだよ」


 そこで、指をユイの唇から離すと、


「わたしは――」

「――ちなみに、俺が、崖の上から飛び込んでお前を助けたんだからな? 所謂、命の恩人って奴だ」


 強引に、恩の押し売りのように話した。


「みたいだな。だが、礼は言わない」


 ユイはプイッと顔を逸らして答えている。

 嫌がっても助けてやるさ。気に入ったからな。


「礼など求めちゃいないさ」

「……どういうことだ?」


 彼女の表情はあまり変わらず、訝しむ表情だ。


「お前のことが気に入ったってだけだよ。今は安静にすることだな」


 ユイは俺の言葉を聞くと、僅かに眉を寄せ表情が曇る。

 それを見てから話を続けた。


「だから、ここの主人と一緒に、おまえの怪我が治るまで介抱してやる」


 俺の言葉を聞いた彼女は口の端を上げて笑みを浮かべる。


「お前は、馬鹿なのか?」

「あぁ、馬鹿だよ。その馬鹿に助けられたお前が、なぜこんな所に? という疑問があると思うから、話を続けるぞ」

「聞こう」

「……まずは、この場所についてだが……ここはまだ霧の濃い森の中だったりする。小高い坂の上にある小屋とだけ分かる状態だ。だが安心していい。ここは不思議とモンスターがいない」


 ユイは自分が横になっている倉庫のような小屋を見回していく。

 気にせず話を続けた。


「……それで、お前が気を失っている間、俺はずっと濃霧が激しい森の中を彷徨ってたんだ。そこでたまたま運良くここで暮らす人に出会い、ここに案内され、世話になっているというわけだ」

「なるほど……」

「因みに、その世話になったこの家の主人には、お前と俺は恋人って設定で話を通してあるから、そこんとこよろしく」

「なっなんだとっ……」


 多少は動揺したようだ。

 まぁ、そうだよな。が、ここで念を押すように話す。


「助けてもらっておいて、わたし、殺し屋なんです。なんてことを言えるのか?」

「くっ、それはそうだが……」

「わかったかな?」


 多少強引だが、睨みを利かせて話してみた。


「……わたしは、……それで構わない」


 睨みが利いたのかは分からないが、ユイは納得したようだ。

 そこに丁度良く、ローブを着た家の主人である旦那が歩いてきた。


「恋人さんが気が付いたようで」

「あぁ、そうなんだ!」


 と元気良く声を出して、ユイを抱きしめてやった。

 彼女も俺の頬に頭を寄せていた。

 頬がまだらに紅く染まっているのは、偶然だろうか?

 ちゃんと演技はしているようだな。


「ははっ、よかったよかった。恋人さん、お元気になられたようで。食事ができましたので、まだ動けないでしょうから、持ってきて差し上げます」

「あ、俺が運びますから大丈夫ですよ」

「そうですか? ではお願いします」


 旦那は軽く頭を下げてから、隣の部屋へ戻っていった。


「それじゃ、食事を持ってくる」


 彼女は喋らず、俯いていた。

 まぁ、素っ気ない態度だけど、飯なら食うだろ。

 隣の部屋へ食事を取りに向かう。

 黒猫ロロも俺の後ろから付いてきた。


 隣の居間では、能面の奥さんが背中に定規でも入ってるかのように真っすぐ姿勢正しく立ちながら、木製の台座の縁を両手で持ち、待機していた。

 その台座の上には木の器と木のスプーンが置かれ、器の中には白いスープ系の料理が入っている。湯気と共に美味しそうな匂いが漂ってきた。


 食欲をそそる良い匂い。

 だが、料理よりもこの奥さんだよな。

 紫の花が似合う美人だが……。

 表情が動かないし、色々おかしい。

 禿げた旦那の額のマークも気になるが……。


 こっちの方が不自然すぎる。

 その女の態度に知らん振りをしている旦那もおかしい。


 そんな能面の奥さんは、食事を俺の胸に押し付けると下がっていった。

 黙って受け取ったが、その固い行動にますます気になってしまう。


 黒猫ロロも両前脚を揃えた姿勢でジッと動かずに、不思議そうに紅い目を徐々に細めて奥さんを目で追っている。

 猫なりにあの奥さんから何かを感じ取っているかのようだ。


 確かに怪しいけど、今はこの食事をユイに食べさせてあげるかな。


 ユイが待つ部屋へ食事を持っていく。彼女は少しは動けるようで、俺が食事を持ってくると微笑んでくれた。

 そのまま食事を寝台の上に置く。


「すまない。だが、明日か明後日までだぞ。時間が経てば……この足は治るだろう」


 そんなに早く回復するものなのか。

 ポーションは本当に凄い。


「……あぁ、分かってるさ。それより、ユイ、俺が食べさせてあげようか?」

「いい、肩の傷は大丈夫。腕はもう使える」

「そっか。それじゃ、俺は向こうに行って食ってくるよ。少しこの辺りの地理についても聞きたいし」


 隣の部屋に向かうと、旦那と能面の奥さんが囲炉裏の側にある藁の座布団に座り、木の器を片手に食事を取っていた。

 黒猫ロロは台所辺りを散策していたが、食事の匂いに釣られたようで、鼻をくんくんと動かし、囲炉裏の側へ歩いてくる。


「旅の方、ささ、そこの席に座って、些細な物ですが食べてくださいな。それと、その猫にも用意しましたので、どうぞ」


 食事の内容は、ユイに持っていったのと同じ。

 囲炉裏の中心にある大きな鉄鍋の中には芋のような根野菜が沢山入っていて、グツグツと煮えている。こってりとしていて美味そうだ。

 俺は旦那の言葉に甘えて、空いてる藁の座布団に座る。


 胡座をかいた楽な体勢だ。


「では、ありがたく戴きます。ロロ、お前も食うか?」

「ンンンッン」


 食いたいようで、変な喉声で返事をしてから、俺の膝の上に乗ってきた。


「シータ、よそって差し上げろ」


 旦那が奥さんに命令していた。

 奥さんは無表情でスムーズに木の器へ芋汁をよそっていく。


 そして、木のスプーンが埋もれるほどに芋汁がたっぷりと盛られた木の器を、囲炉裏越しに渡された。


「どうも」


 なんか、変な緊張感が漂う。

 そのままスプーンで丸くて柔らかい芋を掬い、口へ運ぶ。


 ホクホク。視線が気になるけど、この芋汁、美味いじゃん。

 一気にとろみがある芋と白い葉っぱを胃の中に運ぶ。

 黒猫ロロも熱い汁なのに、舌を上手く使いながら食べていた。


 猫なのに猫舌じゃないようだ。

 そこで、禿げた旦那が、白い歯を見せるように口を動かす。


「旅の方、食事は大丈夫そうですね。それと、シータが無愛想ですみません」

「いえいえ、綺麗な方ですね」


 シータと呼ばれた奥さんは、そこで初めて表情を動かした。

 ぎこちなくニコッと笑っている。

 その何とも言えない顔の美しさと外面の艶に、全身にゾクッと鳥肌が立つような感覚を得た。

 耳元にある紫の花の髪飾りも相まった姿が、あまりにも人間的じゃないからだ。

 そう、まるで人形のような……。


「旅の方、この【魔霧の渦森】に迷い込む前、どちらへと向かう予定だったのですか?」

「……ヘカトレイルですよ」

「それでしたら、ここから南西ですね。霧で分かり難いですが、西にいけば街道へ出られるはずですよ」

「そうですか。それは良かった」


 気軽に返事をしていると、旦那がシータさんに目配せした。

 すると、シータさんはすぅっと立ち上がり、黙ったまま部屋の奥、台所の先にある別の部屋へ行ってしまう。


「おや、シータはもう満腹のようです。では、わたしも腹を満たしたので、奥へ戻りますね。残りの芋鍋は自由に食べてください」

「はい、ありがたく戴きます」


 奥へ向かう旦那の後ろ姿を見送ってから、適当に芋汁を食べ続けた。


 この葉っぱ、白いけど大丈夫なのかなぁ、微妙に舌がピリッとするけど。

 まぁ、久々のちゃんとした飯だし、食っとくか。


 がっつくように鍋に残った物を食べていく。


 食った食った。


 ユイの様子でも見に行くか。腹を満たした俺は黒猫ロロを肩に乗せて倉庫へ戻る。

 戻ると、ユイも食べ終わって休んでいるところだった。


「……食べたようだな。元気になって良かった」


 ずいぶんと元気そうに見える。

 良かった良かった。


「……お前といるとわたしは……」


 苦笑しながら口を開く。


「気にすんなよ。今のお前は俺の恋人だ。それより、食事が終わったのなら、その台を持っていくよ」

「あ、ありがと」


 黒猫ロロは俺の肩から離れ、ユイが心配なのか傍に寄り添う。小さい顔をユイの手へ向けて指や手の甲を舐めていた。


 そういや、ユイから礼を言われた。

 やっと素直になったようだ。


 ふふ、とほくそ笑む……さて、片付けるか。


 食器を乗せた台を持ち、隣の台所へと持っていく。

 台所には大きい調理机の上にまな板、粉の入った袋、油瓶、野菜、芋などが入った空き樽が積まれるように置いてある。

 横や下には、水瓶、土窯が土台のように設置され、重そうな鉄釜も置かれてあった。


 近くの壁には数種類のフライパンが立てかけてある。


 大きい水瓶と桶のところに食器を置けばいいのかな……。

 勝手の違う人の家なので食器を置く場所に迷っていると、奥の部屋から声が聞こえてきた。


「マスター、魔力残存量が三十%を切りました。活動限界ギリギリです」

「わかった。今補給してやろう」


 そこで間が空き……。


「……どうだ?」

「魔力残存量四十%回復完了……、魔力残存量……五十五%回復完了」

「くっ、ここまでだ。わたしの魔力では、これが限界だな……」

「マスター、すみません」


 なんか、魔法? を行使しているようだけど。


「なあに、魔力回復リリウムポーションを飲んでおくから平気だ。だが、わたしもまだまだ未熟だ。魔導人形ウォーガノフの魔導技術に似た技術とはいえ、自我を促す精神を吸霊の蠱祖と同調させるのにこんなに苦労するとは」

「いいえ、マスターは天才です。わたしを作られて、あのサビードさえ手玉に取っています」

「魔族程度に後れはとらんよ。氏族から追放されたとはいえ、わたしは魔印マークの持ち主。ギュスターブ家の長男だ。我が家に代々伝わるスキルの継承者でもある。秘術エンチャント系の魔細工腕アームドのスキルを持つ者は少ない」

「はい。マスターのスキルは他の追随を許しません」

「そうだな。一族でも妹ぐらいだろう。魔導人形ウォーガノフを作るのに必要な<魔鉱鋳造マッシブプル>のスキルを持つ者なら多数存在するだろうがな」

「マスターのご家族ですか? 会ったことがありません」

「あぁ、昔のことだ。今はお前が居れば何もいらない」

「はい、マスター。嬉しいです」


 イチャイチャしているようだ。

 でも、魔族と繋がりだと?


「しかし、わたしが魔導人形ウォーガノフを作る専門家であったならば、もっとお前に応用できたかもしれん……」

「ですが、魔導人形ウォーガノフなど所詮は鉄屑。わたしと違い、主人が常に側に居なければなりませんし、与えられたことしかできません」

「それはそうだが、お前の強度面や魔素転換率がな。古竜の鱗にベルバキュのコアとキメラの油にラガゼイルの粉末があれば……」

「はい。確かにそれらがあれば、八十五%出力が上昇します」

「まぁ、それらの品を集めるのは時間が掛かる。今はすぐに手に入る予定の二つの魂がある。それで我慢しよう。あれを組み込めばシータの魔素許容量は格段に跳ね上がる。楽しみだ」

「魂の贄であるあの青年は、わたしをずっと見ていましたね」

「そうだな。あの視線は許せん。だが、シータは美人だからなぁ。若い男ならば仕方あるまいて」


 何だと……。


「はい」

「だが、その青年と若い娘は大事な贄であり、お前の吸霊の蠱祖に力を与えてくれる者たちでもある。あの二つの魂を安全にここへと移行させるには、健全体のままである必要がある。だから、麻痺させるのが一番だ。今頃は……薬が効いて倒れているだろう」

「はい、マスター」


 うはっ、吸霊の蠱祖? 麻痺させる? またまた危険なワードが……。


 今度は魔術師かよ、ヤバイな。

 俺たちは鴨がネギを背負ってくる状態だったのか?

 どうりで、こんな辺鄙なとこに家があった訳だ。早いとこ退散しよう。


 あ、ユイが……急いで隣の部屋へ向かう。


「どうしたの? そんな顔して」

「しまった。食事はもう食っちゃったよな。あの男、ここの家主が危険な魔術師だったらしい。魂とか贄とか、俺たちに薬を盛ったとか話してたんだ。急いで逃げるぞ、動けるか?」

「なっ、では……あっ、腕が痺れて……」


 もう痺れ始めたか。


「ロロ、念のため、外へ出ていつでも戦えるように準備しておけ」

「にゃッ」


 黒猫ロロは短く返事をすると、勢いよく外に飛び出していく。


「ぐっ、す、すまない。痺れが……」


 もっと用心すべきだった。


「もう薬が効いてきたか」

「……お前は、平気なの? わたしは、口は動く……でも、腕が震えて足にも力が入らない……感覚はあるのに、おかしい……これは特殊な痺れ薬か……」

「俺は平気だ。食事を運んだばっかりに……済まん」

「今さらしょうがないわ」

「分かった。とりあえずここを出よう。運ぶぞ」


 ユイを抱きかかえた。


「きゃっ」

「今は恋人だろ? 助けてやる。気にするな」


 ユイは黙ったまま頷いている。


「おや……何処へ行かれるのですか?」


 げっ、もうバレた。誤魔化そう。


「あ、ちょっと、ユイと夜空を見に、風に当たりたいなぁ~、なんて……」

「そうですか。ハッ、お互いに見え透いた嘘はここまでだ。このまま帰すわけにはいかないのだよ。シータ、出口を塞げ」

「はい、マスター」


 やはり来たか。シータが倉庫の出口を塞ぐように立ちはだかる。


「ロロッ」


 合図と共に黒猫ロロがシータへ飛びかかった。


「――なっ、なんだとッ」


 後ろでスキンヘッドのおっさんが叫んでるが、今は無視。

 その隙にユイを抱えて外へ飛び出す。ポポブムが居る場所まで走った。


 ポポブムの鞍へ多少乱暴だがユイを乗せてやる。


「このまま先に走れっ」


 と命令してポポブムの尻を叩こうとしたとき、


「待って」


 ユイが呼び止めてきた。

 心配なのだろうか。だが、急がないと。


「大丈夫、俺を信じろ。お前を殺らせはしない。森の中も心配だが、まずはあの夫婦だ。このポポブムなら速度が出るし逃げられる。あの夫婦を殺ったら、すぐに呼び戻すから」

「待て、絶対に死ぬな。わたしがお前を殺すのだから――」


 そのユイの話を途中で遮る形で、ポポブムの尻を叩く。

 彼女を鞍に乗せた状態で、ポポブムはゆっくりと闇の中へ消えていく。

 遠くにはいかないだろう。


 ……後で呼べば戻ってくるだろうし。


 さて、戻りますか。

 ロロが戦っているだろう小屋へ戻る。


 短い坂を駆け上がり小屋の前に戻ると、黒猫ロロとシータが激しい戦いを繰り広げている最中だった。

 シータの上着が破れ肩口が露になり、右肩から黒い血を出している。だが、そんな怪我など微塵も感じさせない素早い動きを見せていた。


 応戦している姿を見て、一瞬釘付けとなる。


 シータの腕先が変形して剣のように成っていた。シータの剣腕と黒猫ロロの触手骨剣が激しく衝突、硬質な音を立てて衝突して弾け、また衝突。お互いに牽制していた。シータの黒髪に飾られている紫の花が舞うように揺れていた。


 そこで黒猫ロロディーヌは神獣の片鱗を見せる。


 力強い四肢の躍動だ。四本の足の爪が地面を掻き、土煙が舞う。

 強烈な爪薙ぎがシータの足を削った。シータは膝の上が大きく切り裂かれたが、痛みを感じないようで、剣腕で薙ぎ払うように素早く反撃、黒猫ロロは薙ぎ払いを器用に屈むように避けてから、逃げるように走り出した。


 シータは逃げる黒猫ロロを追い掛ける。

 戦いは、小屋の出口側付近から広い庭へ移行していく。


 小屋から僅かに漏れ出る明かりで、その戦いが見えているが、外は夜なので、暗い場所へ戦いが移行すると、黒猫ロロとシータの姿は見えなくなり、剣腕と骨剣がぶつかる硬質音だけが聞こえてくるようになった。


 急ぎ<夜目>を発動、視界を確保する。


 黒猫ロロとシータの戦いは互角のようだ。


 そこに、


「お前はいったい何なのだ?」


 スキンヘッド男はそう聞いてくると、手に松明を持って近寄ってくる。


「いや、何なのだと言われてもな……」

「お前は、特殊薬が大量に入った食事を食ったはずだ。それが全く効かずに動けている……お前は人族ではないのか?」

「さぁな?」


 まぁ、そうなんだけど。


「それに何だっ、あの黒き獣はっ。シータを、我が妻を傷つけやがってっ」


 何だ? このスキンヘッド男……。

 表情がだんだんと変わっていく。

 頭に血が上り過ぎた? 更に怒らせてみるか。


「シータって、あれか? 妻とか……どうせ人形だろ?」


 ローブを着たスキンヘッド男は俺の挑発めいた言葉を聞くと、ぷちっと頭の血管が切れたように歪な表情へ変化する。額のマークだけが変わらず目立っているが……僅かに頭を斜に傾け、ニカッと歯をむき出しにした白みを帯びた狂気の顔となった。


「はぁぁぁぁ? 何を言ってるんだ!? シータは、妻は、けっして人形などではない!!」


 唾を飛ばすような口調で荒い。


「そうかよ。でもどう見ても、シータってのは人族ではないな」

「ふざけおって――」


 ローブを着たスキンヘッド男は怒りを込めたように小さく呟き、手に握る松明を近くの庭へ投げた。


 暗闇に僅かな光源を作りだす。


 松明の灯りがスキンヘッド男をより不気味に照らす。

 スキンヘッド男は前に翳した右手、その指先にある指輪を左手の指で触る。その瞬間、指輪が反応。


 兜を被った黒い髑髏の指輪が光り、黒と赤に点滅を繰り返しながら二つの糸が眼窩から発生。その放出された糸が地面へ伸びて付着すると、地面がいきなり溶け始める? やがて溶岩が噴出したようにふつふつと煮立った沸騰音を発生させて、もくもくと黒と赤の煙が立ち込め始めた。


 そんな煙と共に地面から姿を現したのは、赤い骨と黒い骨のスケルトンだった。


 あいつ、スケルトンを召喚しやがった。


 スケルトンはまさに骨だけだが、ところどころに太い骨が形成されていて、戦士や騎士のような姿にも見えた。その証拠に、両手には黒光りする長剣と方盾を持っている。


 その二体のスケルトンは意識があるようだ。

 召喚したスキンヘッド男を守るように、骨を軋ませながら足並みを揃えて動く。


 ――魔察眼で確認。


 あの指輪から発生したらしい。

 魔力を宿したあの指輪から発生していた糸は魔力の線のようだ。

 今もスケルトンと繋がっている。髑髏の指輪以外の指輪も魔力を宿しているのか、僅かに光が灯ってみえる。


 スキンヘッド男は魔道具の指輪を幾つも装着していた。

 俺が観察していると、スケルトンの背後から威勢の良い声が響く。


「……骨騎士たちよ、わたしを守るのだっ。そして、隙を見て攻撃しろ! 魂は得られないかもしれないが、構わない!」


 瞋恚しんいの火に心を焦がしたように、スキンヘッド男は威勢の良い調子で指示を出すと、ローブをはためかせながら骨騎士の前に出た。


 手を俺へ向けて翳している。ん、手に魔力を集めている? うぉっ、獣を形どった指輪の口から、突然火球が生まれでた。


 ――急にかよ。


 俺は急いで横へ転がり、飛来してきた火球を避ける。火球は俺がいた地面に直撃、爆ぜた。暗闇が一気に明るくなる。


 その瞬間――うは、今度は違う指輪から魔力の刃? が飛んできた。急ぎその魔力の刃に黒槍を上から叩きつける。飛んできた魔力の刃は黒槍の衝撃に負け、空中で分断――魔力の刃は左右に散った。左右の地面には剣で切ったような跡ができ、砂ぼこりが舞う。


 イエスッ。魔力の刃をたたっ斬ってやった。


「なんだと!? 素早い身のこなしに、この闇夜で風刃を見えるように斬るとは……お前、やはり只者ではないな。ギルドの差し金か?」


 あれって、やはり風刃なのか。

 夜でも昼でも魔察眼だと光って見えるからな。

 それに、ギルドって何だ?


「……いや、ただの旅人だが」


 心に浮かんだ疑問とは違い、普通に答えていた。


「ふん、まぁいい――」


 うへ、また火球かよ。

 そうして、飛んでくる火球や風刃を避け続ける。


 こうも連続で魔法を撃たれると隙がない。


 キリがないから、風刃を叩き落としてからワザと動きを止めた。

 こうなったら<脳脊魔速>を使うか? 俺が動きを止めたのを見たスキンヘッド男は、好機とみたのか、口角を上げニヤッと笑った。


 違う指輪を翳した。


 と思ったら、ピカッという眩しい雷光と共に、心臓が凍りつくような激しい痛覚が全身を駆け抜けていた。


 痛っ――じゅうっと、肉の焼ける音と匂いが耳と鼻を刺激した。

 煙も立ち込める。傷痕が黒い線になって腹や胸へ延びていた。

 熱いし、イテェェッ。あの野郎、今度は雷かよ。速すぎるだろっ、あの手に嵌めてる指輪群は全部魔法の指輪らしい。


 詠唱無しは便利すぎだな。

 まさか自分の肉が焼ける匂いを嗅ぐとは……。


 ぷすぷすと音を立て、皮服の一部が燃えかすとなって、黒く変色した上半身の一部が露になる。

 だが、そんな見た目とは違い、一瞬で火傷のような症状は回復していた。


 師匠から貰った黒革のジャケットだけは無傷。


「やった、やった、やった。真っ黒だ」


 ローブを着たスキンヘッド男は左右の足を交互にあげて踊るように喜んでいる。

 全体的に白みを帯びた顔だが、唇が異常に赤くなり、口角も上がっているので、まるでピエロのようだった。


 この男、スキンヘッドの気狂いピエロだな。


 今のうち――と吶喊した。

 俺の突然の動きにスキンヘッド男は表情を崩し、「ひぃぃ」と怯えた声を出す。


 一撃で仕留めてやる。

 そう意気込み黒槍を前方へ突出させた。


 ――金属音が響く。

 俺の槍は盾に防がれていた。黒骨騎士が操る方盾に。


「――おぉ、よくやったっ、骨騎士!」


 スキンヘッド男は掌を返すように表情を変えながら叫ぶ。

 調子を取り戻したのか、また不気味な笑みを浮かべて唾を飛ばすようにはっちゃけている。


 俺も笑みを浮かべ返す。


 中々の反応速度だ――脳裏で褒め言葉を浮かべながら即座に次の行動へ移る。最初は<導想魔手>を発動。


 歪な魔力の手で拳を作って赤骨騎士を殴りつけた。


 赤骨騎士は突然の打撃魔力の拳によって盾を構えることもできずに後退。

 同時に左手から<鎖>を発動――最初に見事な反応速度で俺の突槍を防いだ黒骨騎士へ<鎖>は瞬時に向かう。


 黒骨騎士はその<鎖>の速度に追いつけない。


 <鎖>は弾丸を超える速度で黒骨騎士の顎骨を穿ち粉砕。

 そのままとぐろを巻くように軌道を変化させ、黒骨騎士の頭蓋骨から首、背骨を次々と破壊していった。


 一方で、<導想魔手>の透明の魔力の拳の一撃を食らった赤骨騎士は胸板に巨大な拳の痕がつき、片膝を地面につけてダウンしている。


 魔力の拳、強いね。

 拳痕が刻まれた赤骨騎士はよろよろとなんとか立ち上がり、盾を構えながら近寄ってきた。

 そんな赤骨騎士へククリ剣を差し向ける。

 あ、拳で直接なぐる方が強いかも、まぁ訓練になるし、ということで、<導想魔手>にククリ剣を握らせていた。

 宙に浮かんだククリ剣による乱雑な剣攻撃を赤骨騎士の頭上から浴びせていく。


 赤骨騎士は盾を上部に構え、防戦一方となった。


 今だ。その防御一辺倒になった瞬間を見逃さずに空いた下半身へ狙いをつけて黒槍の<刺突>を撃ち放つ! 

 最初に太い足の骨を螺旋した黒刃が突き抜け破壊。――そのまま股の骨、腰の骨、胸の骨と、順繰りに破壊していく。


 赤骨騎士は一気に瓦解。膝が抜けるように崩れた。

 更に黒骨騎士を破壊した<鎖>も赤骨騎士の後ろからぐるっと回し、赤骨騎士の後頭部を貫いた。


 俺は骨をミジンコ化させるように畳み掛けた。


 ククリ剣、槍、<鎖>と、三種の同時攻撃により赤骨騎士の骨を一つ一つ潰していく。

 最後には骨の標本を数人がかりで潰したようにバラバラに砕け散った。

 僅か数秒の間に骨騎士を倒されたスキンヘッド男は完全に予想外だったようで、怯えた表情ではなく唖然とした表情を浮かべて歯が震えている。


 あの顔にぶちかます。


 俺はそんなスキンヘッド男に向けて走る。

 左肩を前に出し、黒槍を握る右腕の脇を閉めてショルダータックルをするような構えからの吶喊だ。


「ひぃぁ」


 ローブを着たスキンヘッド男はさすがに魔術師なのだろう。言葉にならない悲鳴をあげながらも指輪を翳して、反撃の火球を飛ばしてきた。


 その向かってくる火球へ突入するように前進しながら、火球のど真ん中へ向けて黒槍の<刺突>を発動する。


 <刺突>で火球を真芯から破壊するように吹き飛ばした。


 ローブを着たスキンヘッド男からは、火球の中から突然俺の左肩が現れたように見えただろう。


 ――これでとどめだ。

 もう一度強く踏み込み、スキンヘッド男の胸へ向けて<刺突>を放つ。

 その瞬間、「――マスターッ」と、横から飛び出してきたシータがスキンヘッド男をかばった。


 ぐにゅりと肉を貫く音が響き、シータの背中ごと、スキンヘッド男の胸を貫いていく。


 二人は串刺しとなり、俺が黒槍を離したことで、糸の切れた人形のように倒れた。


「っ、マス、タ、ゾル……」

「ぐぇ、し、しっ、シータなのか……ぐふぉ」


 スキンヘッド男は喋ろうとしているが、口から溢れる血で口が塞がれる。


「……そうよ、ゾル。あ、あなた……もういいのよ」


 その時、シータの耳の上にあった紫の花がスキンヘッド男、ゾルの顔の横に落ちていく。


「これ、スミレの花ね?」

「グェッ、そ、そうだ。紫の花……え、も、もしや、シータ、記憶が?」


 血を吐き捨てたゾルは目を見開き、シータの顔を見る。


「そうね……ふふ、ベイカラの気紛れかしら?」

「君か、君なんだな……シータ。紫の花のように色褪せない美しさだ……」

「ゾルはいつもそう言って、スミレの花をくれたわね……」


 まじか?

 回り込んでシータの顔を見る。

 人形だったシータの顔が、美しい人族の女性の顔へと変わっていた。


 おぉ、吃驚だ。


 シータは胸が黒槍に貫かれた状態なのに、一切苦しみの表情を見せずに笑顔を浮かべ、仰向けになっているゾルへと慈愛の目を向けていた。

 彼女の胸にある傷口からは、黒い血が止め処なく溢れる。

 黒い血が槍を伝いゾルの赤く染まっているローブを黒く染め、ついには慈愛の目からも黒い血が流れ落ちた。


 シータの黒い涙とゾルの涙が頬で交ざり合い、より黒い涙となり頬から流れ落ち、地を伝い、傍に落ちていたスミレの紫の花も黒く染め上げていく。


「……シータ、会いたかった……ぐ」


 ゾルの口からまた血が溢れる。


「ゾルッ」


 シータはゾルの言葉に瞳を揺らす。

 自らの体を夫へ近付けようと、槍が刺さった胸をずにゅりという音を出しながらも更に押し出し、互いの血を重ねるように抱き締めていた。


 ゾルはシータに抱き締められると、憑き物が落ちたように狂気の表情から穏和な表情へと変化していく。


「ゾル、ハイム川の川沿いをよく散歩したのを覚えてる?」

「あぁ……よく覚えているとも」

「ふふ、私もよ。……最期に会えてよかった」


 シータはそこでガクッと首を落とし、力なく目を瞑る。

 ゾルは口から血を流しながらも、優しく目を瞬きし、俺へ視線を向けてきた。


「シータ。――旅の方……あり……が」


 と言葉を綴り……途中で瞳孔が開いたまま息を引き取った。


 死んだか……。


 黒猫ロロもその様子を見ていたようで、不思議そうに紅い眼を向けていた。

 暫しの間の後、とぼとぼと寂しさを感じさせる歩きを見せながら、俺の足へ頭や頬を擦りつけ、いったりきたりしている。


 あっ、ユイは……。


 足元でじゃれる黒猫ロロを連れて、すぐにユイと離れた場所に戻った。


 口笛を吹き、ポポブムを探す。

 何回も何回も口笛を吹いて探し回った。


 すると、ブボブボと鼻息を荒らしながら、ポポブムが戻ってきた。


「ユイ! 大丈夫か?」

「……大丈夫。体は痺れて動かないけど……貴方は大丈夫だったのよね」

「ん? 俺のことを心配してる?」

「馬鹿……なわけないでしょうっ、わたしが貴方を殺すのよ?」


 ま~たそんなこと言ってるし。

 お仕置きだべぇっと、お尻もみもみの刑に処する。


「きゃぅ、へっ、へんたい!」

「ははは、そんなこと言ってると、お嫁にいけない体にしちゃうぞ」


 彼女は顔を真っ赤にしていた。


「ユイ、体を抱えるぞっと」

「あんっ、ばかっ」


 戦闘後の特異な高ぶり現象なのか、ユイのお尻をもみもみと繰り返し揉んでしまった。気を取り直して、彼女の機嫌を伺う。


「そういや、ユイの大事な刀、ここに置きっぱなしだった。治った時のために大事にしないとな」

「うん……」

「それじゃ、体を休めておけ。庭で転がっている死体を片付ける」

「わかった」


 死体から金目の物とゾルが指に嵌めていた指輪群を全て抜き取る。

 指輪の中には水属性の物は一個もなかったが、闇属性だと思われる髑髏の指輪はあった。


 この指輪は後で試す。


 地面に穴を掘り、ゾルとシータの簡易な墓を作ってあげた。

 墓標に指輪を置いて、黒い血に染まった紫の花を手向けにする。


 俺が殺しておいてなんだけど……。

 最期の二人の様子を見て、少し心に響いたからだ。


 膝を折り、日本式で拝んでおく。

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