八話 幕間アキレス
◇◆◇◆
マハハイム大陸に跨がるマハハイム山脈。
このマハハイム山脈の険しい山間は人族未踏の地。
ここにある種族の里がある。
その里に住む者たちは自らをゴルディーバ族と呼んでいた。
◇◆◇◆
今日は月に一度の祈りの日。
地下深くに赴き、神獣様に直接ラ・ケラーダを!
サシャにも感謝を。
そう、感謝の意を示す日だ。
これはわしたちゴルディーバ族が祖先から受け継ぐ慣習でもある。
気持ちを引き締め長袖の薄い革服に袖を通す。
真鍮の胸ボタンを嵌める。
腰に革ベルトを回し太股に小剣を四本差す。
上着の虎革服も着込み、紺色の襟を正した。
この虎革服の胸の左右には銀糸で誂えた黒き獣の刺繍が施してある。
最後に黒槍を持つ。
虎革服に付属する黒の頭巾を頭に被り、完了だ。
司祭用の服だ。
扉を開けて外へ出た。
「あっ、アキレスお爺ちゃん。しさいの服、狩りの服きてる~~」
「うむ。いたずらは禁止だ。礼拝堂の中には入るべからず」
「うん、分かってる。無事に終わらして戻ってきてね」
「明日の朝には戻る」
孫のレファが礼拝堂に入ってこないか心配だ。
わしの言いつけを素直に守ってくれればいいが。
石畳の広場にある礼拝堂へ向かう。
礼拝堂の入り口は重厚な石扉。
その左手前に
石像の鋭い双眸がわしを見つめてきた。
双眸が鋭い石像を左へと捻る。
いつものように礼拝堂の重厚な石扉が開かれた。
礼拝堂の中には神を祭るような台はない。
中心に長方形の台座があるだけの円形の空間だ。
その台座にメダルが嵌まりそうな穴がある。
わしは胸のネックレスからメダルを取り、台座の穴へとメダルを押し込み嵌め込んだ。
メダルが嵌まり込んだ台座は自動的に動く。
いつ見ても、このカラクリは分からん。
ご先祖様は摩訶不思議な物を残されたもんだ。
台座から石の出っ張りがぬっと現れる。
背後の石扉が自動的に閉まった。
出っ張りを両手で掴むと小屋がガクッと揺れて動いた。
周りを囲む石の溝からしゅうううっと神の息吹を思わせる不思議な白い煙が出る。
一気に床が沈むような下降だ。
……この感じは慣れる気がしない。
この石筒の中に入っての移動は不安感が強くなる。
わしも幾分かの歳を重ねてきたが、慣れない物は慣れないからな。
この不思議な石筒……。
昔から、わしらは神具台と呼んでいた。
先祖代々、里の武装司祭のみが使える物として。
石筒は地下深くまで進む。
急降下した後、止まった。
石筒の扉が自動的に開く。
床の中心にある台座がまた自動的に動き、出っ張った石の取っ手が収納されていく。
最後に最初に嵌め込んだメダルが台座の上に出現。
その出現したメダルを胸のネックレスへ戻してから、自動的に開いた扉を潜り外に出た。
地下世界の神殿の高台を見渡していく。
いつも通り……湿った空気が満ち満ちていた。
どんよりとした空気を吸いながら階段の下も確認していく。
下には我らが神獣ローゼス様の黒き彫像が聳え立つ。
今日も立派なお姿だ。
この地下空間はローゼス様の彫像を祭る神殿。
食材を奉納し、ラ・ケラーダの祈祷を続けて掃除もせねばならん。
だが、ここも地下世界に連なる場所。
いつかは使徒が現れる可能性がある。
警戒は怠らないようにせねば。
そこで、天井へ視線を移す。
天井からぶら下がっている大きな鍋は明るい。
通常通り燃えているな。
この鍋の炎はいつ見ても不思議だ……。
鍋の中で石が燃えているんだが、ここの空間でしか作用しない。
石を上へ運んだら炎は消えてしまった。
さて、ローゼス様の彫像にお祈りをするかの……。
わしは神殿へと視線を巡らせる。周りの水は綺麗だ。それを眺めながら階段を降りていく。
「――んっ?」
水の跳ねる音と魔素を検知した。
「なっ」
わしは咄嗟に屈む。
人族だと?
しかも、背が高い青年。黒き髪に黒き瞳。
装備は腕甲と襤褸の兎皮を腰に巻く?
不思議な着衣だ。
わしは思わず、ローゼス様の彫像に近付くその人族を、見つめてしまっていた。
もっと近くで見てみるか。
ぬあっ、またもや掌握察に反応。
もう一つの魔素っ――あれは、使徒ではないか!
青年の背後に使徒が現れおった。
ついにここにも湧くようになったか!
最近はみかけなんだが……。
……神殿があるこの場所ではあまり戦いたくないが仕方あるまい。
我等の敵、使徒。
しかも、あれは羽付きの使徒……狩人タイプか。
あの使徒は青年の人族を狩るつもりのようだ。
助けるか?
そう思ったが無理だった。
一瞬で勝負がついたようだ。
青年の人族は背や腹など複数を突かれ、頭から彫像にぶつかっている。
――あれは死んだか。
人族がここで生きているのも驚愕だが……。
問題はあの使徒の狩人。許せん!
神獣ローゼス様の神殿を汚すとは。
「罰してくれる……」
わしは怒りを込めて呟く。
姿勢を低く保つ。
前屈みの姿勢で階段を下りていく。
黒槍を握る手に力を入れて腰に差していた小剣四本を<導魔術>で浮かす。
階段を下りつつ……。
ふと――場の空気が変わったことに気付く。
使徒が何かしたのか?
急ぎ走った――その場へ向かう。
信じられぬ光景が待っていた……。
血塗れの青年が血の海に包まれていたのだ。
その瞬間、周りを囲う血が腹を空かせた大蛇のごとく使徒へと喰らいついていく。
人族の青年が使徒を圧倒していた。
いや、こやつ、人族ではないのか?
血の鎖? 大蛇どころか、見たことの無い――。
血が動き複雑怪奇な鎖となっている――。
――な!?
血鎖で使徒をがんじがらめにしおった。
青年は動けない使徒へ飛び付き使徒の頭を掴むと、愉悦の笑みを浮かべながら口を広げている。
犬歯を鋭そうな長い歯へと変形させると、使徒の首筋へ顔を埋め込むように噛みついていた。
血を吸われた使徒は瞬時に干からびて骨だけとなった。
鎧が地に落ちる。
そして、青年の魔素が急激に膨れ上がった。
青年は気を取り直したように何かを呟くが、すぐに倒れてしまった。
意識を失ったようだ。
あれは魔族と呼ばれる
……魔族、敵だ。今のうちに殺す。
わしは使徒だけでなく、久々の魔族という敵を見て、昔の感覚が甦ろうとしていた。
その時――。
ローゼス様の彫像が纏っていた炎が消える。
ど、どういうことだ。
黒炎が彫像の下にあった壁画へ吸い込まれていった。
その壁画を凝視……。
なんと、壁画には
そして、その大事な
アワワワワ、わ、われ、我らの、神獣ローゼス様――。
――なっ!?
今度は神獣ローゼス様が、うっすらと半透明な姿で現れおった。
倒れた青年の下へと歩いていく。
まさか、復活なさるのか?
「しんじゅうさまぁぁ」
神獣様はわしの言葉には見向きもしない。
情けないが、腰が抜けてしまった。
透明な神獣様は屈んで青年の頭へ口を付けている。
すると、
「ウォォォォォォォォォン!!!」
口を上にして雄叫びをあげられた。
ローゼス様はそのまま消えていく……。
あぁ、ローゼス様!? また消えてしまった?
暫し、何も考えられず、双眸から自然と涙が流れていた。
涙が頬を伝い、愕然とした状態で、倒れた青年を見ていく。
ゴルディーバ族の悲願。それが脆くも……。
父や先祖が残していった司祭としての意味が……。
わしは……何の為に……。
――なっ、何だ?
次から次へと不思議なことが起きる。
さきほどの青年の、いや、吸血鬼の血肉が蠢きつつ一つに集まっていくではないか……。
同時に青年の魔素、魔力が、急激に失われていく。
その蠢いた血肉はニョキニョキと不可思議な動きをみせて何かを形作る。
最終的に……黒猫? が誕生していた。
小さい黒猫は、青年の体の上に乗っている。
もしや、あの猫は神獣様?
触手もある。
これはやはり、神獣様の生まれ変わりか?
「奇跡か……あの伝説は本当だったと……」
ローゼス様は生きておられた。
これはゴルディーバ族の天恵。
このメダルに伝わる伝説に……。
わしらが、この神殿を守ってきた意味があったのだ。
黒猫姿のローゼス様は青年の顔を愛情を込めてしきりに舐めておられる。
時折、つぶらな瞳を心配そうに青年の顔へと向けていた。
そのまま、健気に青年の顔や腕を舐め続けているではないか。
青年は目覚めることはない。
眠っているようだ。
この青年は神獣様と何かをしたのだ。
わしはハッキリと見た。
青年の血肉で、ローゼス様が新しく再生していくのを。この青年は吸血鬼ではあるが……彼の血肉で神獣様が誕生なされたのに変わりはない。
この青年をもっと詳しく調べなければ……わしはこの青年を上の家に運ぶことにした。
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