九話 ラ・ケラーダと、黒猫

 

「お爺ちゃん、この人だあれ?」

「ん? さあな? 見た目は人族だが、魔族かも知れん」

「えぇ! 連れてきてだいじょうぶなの?」

「大丈夫だろう。何しろ、神獣様を復活させた張本人だからな」


 俺はそんな聞き慣れない言葉を聞きながら目を開けた。

 知らない言語だが、理解はできる。


「おっ、目を開けおった。ラ・ケラーダ! 目覚めたか」


 声の主を確認しようと、おもむろに上半身を起こした。


「あっ、おきた~」


 聞きなれない言葉の主たちへ顔を向ける。

 ん? 老人?

 ……頭の端に角を生やした老人だ。


 その老人の隣には小さい角を生やした女の子がいる。

 女の子は俺に興味があるようだ。


 栗色の瞳で俺を凝視中。

 老人と子供。それにしても、老人の角は立派だな。

 子供の角とは違う。頭部の両側に山羊のような巻き角があった。


 頭に角が生えた種族。

 先端が尖った巻き角。

 しっかりとディテールまでリアルな骨密度の高そうな角だ。


 栗色の髪に歳相応の白髪が交じる。

 彫りが深く、瞳も栗色。皺も目立つが精悍な顔つき。


 子供の髪も爺さんと同じく栗色。

 角は子供らしく小さい角。

 幼いわりに整った顔立ちで、可愛らしい少女だ。


 俺は楽な姿勢の胡座を組みながら、二人からの視線を敢えて外した。

 

 え? 俺、裸じゃん。


 そう言えば何も着ていない。

 道理でスースーするはずだ。拾って着ていた装備品もない。

 天道虫の飾りが付いたネックレスが、首にかかっているだけか。


 俺、裸を見られていたわけ?

 まぁ、減るもんじゃねぇからいいが、しかし、ここ何処だろう。


 確か、白い怪物と戦って黒き獣と契約を……。


 何故ここに?

 辺りを見回していく。

 木窓から射す光は、結構明るい。

 部屋の埃がキラキラと銀色に反射していた。


 左隅には木製の棚が並ぶ。

 そこの一つの棚にはガラクタ類、汚い衣類に古い革服、蜜蝋にランプの油などが置かれてあった。


 右には外から明かりが漏れる布帳が見える。


 あそこが出入り口だ。

 ここは、掘っ立て小屋か。


 木窓から差し込む一条の光か……。

 そんな幻想的な光を見つめていると、白昼夢を見るように怪物との戦いを思い出す。


 血を吸った記憶が甦る。

 そんな俺を不思議そうに見守る二人の視線。

 ……見つめてくる爺さんから、猫を通り過ぎて、女の子を見て――。


 ん? 猫?

 すぐに視線を猫に戻した。


 黒猫だ。香箱座りで俺を見ている。


 猫、耳がピンとして大きさは子猫サイズ。

 子猫だが、存在感があった。


 って……触手が生えているじゃないか。


 この紅色の虹彩と黒色の瞳。

 特徴的な瞳。

 もしかして……あの時に契約した黒き獣か?

 触手が六本ではなく、二本だけだが。


  俺が名前を付けた、ロロディーヌか?


「ロロディーヌ?」


 黒猫にそう呼びかけた。

 すると、黒猫は「にゃお」っと可愛く鳴いて俺の懐に飛び込んでくる。


 胡座をかいた股の上で、くるりと回る。

 小さい顔を上向かせて、つぶらな瞳で俺を見つめてきた。


 か、かわいい。たまらん。


 黒猫のカワイイ視線に我慢できなかった。

 黒猫の小さい頭を撫でて、柔らかい背中へ掌を通す――。

 黒猫はそのお返しにゴロゴロと喉を鳴らしてくれた。


 すると首から触手を伸ばしてきた。

 触手は――シュルッと小さい音を立てて、俺の頬へと優しく触れる。


『嬉しい』『眠い』


 黒猫の気持ちが伝わってくる。


 不思議だ。


 契約時に気持ちは伝えられると話していたが、こんな感じなのか。


 感動していると、黒猫は胡座の太腿の上で背筋を伸ばして小さい顎を膝の上に乗せてきた。そのまま目を瞑る。


 ごろごろと音も鳴らしてきた。


 猫だ。猫だけど……契約した黒き獣。

 あの夢みたいな精神世界は幻ではなかった……ということか。


 それにあの白い鎧を着た怪物。

 逃げて、逃げて……追い詰められて、死を意識した戦い。


 必死だった。


 俺はまた思い出すように呆けていく。


 そこに、ずっと俺の様子を見守っていた老人が心配そうな顔付きを見せて尋ねてきた。


「……青年よ、大丈夫か? それからお前さん、気を失っていた時、少々体が臭かったから、レファと一緒に洗わせてもらったぞ」


 分かっている。

 恥ずかしいが、仕方がない。気を取り直すように、ここが何処か尋ねることにする。


「……あのぅ、ここは?」

「ここはゴルディーバの里。マハハイム山脈の中腹にある山々に囲まれた高原地帯だ。わしの名前はアキレス。この子はレファ」


 アキレスさんと、隣にいる子供はレファ。

 そのレファが身を乗り出してきた。


「……わたしはレファだよ~、おにいちゃんの名前はなんていうの?」


 この子は好奇心旺盛だな。興味しんしんって感じだ。


「俺はシュウヤ・カガリ」

「へんなの~、ふたつなまえがあるの~?」

「ほぉ、貴族か何かか?」


 そんなたいそうな者じゃない。


「いえ、そういう訳じゃないです。シュウヤでもカガリでも好きなように呼んで下さい」

「ではシュウヤよ、いきなりだが、何故あそこにいたのだ?」


 そんな疑問と共にアキレスさんの目元が鋭くなる。

 あそこって、あの遺跡みたいなとこか?

 まぁ、怪しいよな、俺。


「アキレスさんは白い怪物との戦いを?」

「あぁ、はっきりとこの目で見たぞ」


 アキレスさんは大きく頷く。

 指二つを自分の目に添えて、芝居がかった仕草をしながら話している。


「おぬし、シュウヤが使徒を圧倒して倒すところをな? そのあとも、シュウヤが気を失い倒れて神獣様が復活を遂げる瞬間も、わしはこの目ではっきりと見た。だから、倒れていたシュウヤをわしがここまで運んだ。ということだ」


 助けてくれたのか。

 あっ、てことは、俺がヴァンパイア系だってことはバレている?


「助けてくれてありがとうございます。でも、確か、あそこは地下でしたよね」


 日の光が見えている。

 ここは地上のはずだ。


「あぁ、それは、後で説明するとして、最初の質問に答えてはくれんのか?」


 アキレスさんは厳然とした態度となった。


「あっ、はい。え~っとですね……」


 少し緊張する。

 ん~、転生前のことを話しても分からないだろうし……。


 口に出してもおそらく上手く説明できない。


 あの暗闇の洞穴で出会ったドワーフのおっさんの時のように、記憶喪失になったと適当に出まかせを話すしかないか……。



 そうして、転生してきたことは一切語らずに、記憶の一部を喪失したという設定で、ちぐはぐに説明する。

 特殊なヴァンパイア系であることは話しておいた。


 俺のぞんざいな説明にもアキレスさんは納得してくれたのか、神妙な顔付きで頷く。

 顎の先に指を添えて、僅かに生えたちょび髭をその指で弄っている。


 何かを考えるように黙った。

 短い間を作った後、


「……記憶を殆ど失ったのか。特殊なヴァンパイアハーフで、光も平気なのか?」


 アキレスさんの双眸は厳しい。


「はい……」

「まぁ、ここに運ぶ時、光に当てても反応しないのは、おかしいと思ったんだが」


 光に当てたって、もし俺が普通のヴァンパイアだったら燃えて消滅していたかも……。


「すごいんだ、シュウヤにいちゃん、使徒をやっつけたのね」


 レファは小さい両手を胸に当て、頻りに感心している様子を見せていた。


 俺が戦ったあの白い怪物は使徒と呼ばれているのか。

 地下のドワーフのロアはグランバと言っていたが、


「使徒と呼んでいるのか? あの白い奴」

「うん、そうだよぉ。お爺ちゃんが、地下にいったときにときどき倒してるって聞いたよ? それで、強いって」

「そうなんだ。アキレスさんって強いんですね」

「長く生きて、今は武装司祭をしてるからの」

「武装司祭?」


 そう尋ねると、アキレスさんは自身の首に掛けてあるネックレスの丸いメダルを手に取り見せてくれた。


「ローゼス神殿を管理する者をここでは武装司祭や司祭と呼ぶ。月に一回、――コレを使ってな。広場の礼拝堂の中にある神具台を用いて、地下深くにあるローゼス神殿へ向かうのだ。シュウヤが使徒を倒したところと言えば分かりやすいか」


 おぉ、神具台がここで出るか。


 しかも、その話通りだと今も使用できるニュアンスだ。

 ロアは壊れて使えないとか言っていたが、ここでは使えるのか。


 たまたま逃げた先が神殿で、神具台があったのか。

 あぁ、彫像があった上に見えた高台か。


 俺はラッキーだな。

 納得したように頷く。


「……そうですか。あそこは神殿。だから俺は助かったと、ありがとうございます」


 丸いメダルに神具台。

 俺が戦った場所は神殿。

 ここは地下と直接繋がっているのか。


 ロアが、神具台は無数にあると言っていたのは覚えている。


 壊れずに残っていたんだな。


 まぁ、ロアの話を聞く限り、わざわざ地上に繋がる神具台を調べたりはしないか。

 あの地下ドワーフの世界じゃ、マグルとか呼んで人族を毛嫌いしてるようだしな。


「……そうだな。だが、もう神殿は必要ないのかも知れん。――ローゼス様はここにおられる」


 アキレスさんの視線は俺の膝で寝ている黒猫へ向いている。


「そういえばあの時、ローゼスと過去に呼ばれていたと言っていたな」


 アキレスさんは俺の言葉を聞くと顔色を変えた。

 眉を眉間に寄せて、茶色の瞳が大きくなる。


「神獣様とお話をなさったのか?」

「そうです。契約するのに色々と話しました。因みに、名前はもうローゼスではなく、ロロディーヌ」

「おぉ、ラ・ケラーダ……神獣様と契約とは……だからあのような形で復活なされたのか。名前もローゼス様ではなく、ロロディーヌ様に……」


 アキレスさんは驚きから喜びを得たような温顔に変化していた。

 神へ祈るように自分の胸に両手を置いて手印を作っている。


 ここではやはり、この黒猫、ロロディーヌは神みたいなものかな……。


 にしても、アキレスさんの呟いてるラ・ケラーダとは何だ?

 スキルで翻訳されていない?


 何かの儀式言葉?


 アキレスさんは、自らの胸にぶら下げているメダルに目を向けると、少し目を瞑る。

 静かに……頷(うなず)いていた。


 ラ・ケラーダって言葉について聞いてみよ。


「……すみません、ラ・ケラーダとは何ですか?」

「あぁ、ゴルディーバに伝わる一種のまじない言葉だな。神獣様の加護をお祈りし、故郷を想う心や、感謝の意味もある言葉だ」


 へぇ、良い言葉。


「そんな意味が……良い言葉ですね。加護や感謝の言葉。ラ・ケラーダ」

「そうだ。先祖の一人が使い出した言葉らしいが詳しくは知らん。そこでだ、シュウヤよ。これを受け取ってほしい。先祖代々の言い伝えでな? 神獣様が復活を遂げた時、神獣様を遣わした者にラ・ケラーダと共にこのメダルを渡せ。という言い伝えがあるのだ」


 アキレスさんは胸にぶらさげているメダルを取ると、俺の手に握らせてきた。


「あっ、どうも、ありがとうございます。でもコレ、大事な物ですよね?」


 このメダル、先ほどこれを使って神具台を利用したと言っていた。

 大切な物のようだが……。


「……そのメダルはお前が持つのだ。いつか役に立つときがくるかも知れん」


 アキレスさんは厳しい目だ。もらえるなら頂くか。首にかけておく。

 これでネックレスが二つになった。

 次はグランバや使徒について聞いておくか。


「それと、まだ気になることがあるんですが、俺が戦った使徒って何なんです?」

「使徒か。代々ゴルディーバ族の司祭たちが戦ってきたモンスターだな。幸い地上では見たことがない。神殿がある地下洞窟近辺に棲息してるようだ。羽つきを狩人タイプと呼び、その他にも様々な名前が付けられたものが存在している。掃除人や戦士などだ……」

「そんなに……」


 白い怪物、俺が戦った使徒ってのは色々いるようだ。結局は俺が血を吸い倒したが、あれが処女だったのには驚いたな。


「あぁ、最近はそんなに数は現れん。昔、一時期は大量に徘徊していたらしい」


 しかし、神殿周りにだけ使徒が存在するってことは、あの黒き環ザララープから涌き出ているのかも……ロロディーヌの過去話を思い出すと、あの黒き環ザララープからは永続的にモンスターや生物が出現していることになるし。


「……だから、あそこに使徒がいたんですね」

「うむ」


 レファは俺とアキレスさんの話には興味がないのか、黒猫ばかりを見ていた。


「神獣様の猫ちゃん、なまえ変わったの?」


 黒猫は俺の膝の上で寝ていたが、レファの話をちゃんと聞いて判断しているようで、耳をピンと立たせて、耳をぴくっと動かし立ち上がった。


 小さい顔をレファの方に向けて――触手を伸ばす。


 一瞬どきっとするが、黒猫の触手は優しくレファの頬に当たっていた。


 触手を改めて見ると、先が少し太く平べったくなっており、裏側には普通の猫足のように肉球も付いている。


「わぁ……猫ちゃんの気持ちがつたわってくる」

「なっ、なんと!」


 アキレスさんは驚き目を見張る。

 すると、黒猫は驚いているアキレスさんにも触手を伸ばして、法令線がある頬に優しく触れていた。


「おぉ……」


 アキレスさん、目から涙がポロポロと流れていた。

 そこまで嬉しいのか?


 黒猫ロロディーヌは触手を震わせると、短く縮小させながらアキレスさんから離す。


 あの触手、かなりの伸縮が可能なようだ。


「不思議なことだ。神獣様の復活に……御心までも感じられるとは」


〝そんな爺さんの言葉なんて知らないよ〟

 と言わんばかりに、黒猫は悠然と歩きだす。


 その動きはどこか気品が感じられた。

 だが、後ろ姿の黒猫は可愛い。

 太股に生えた毛並みがふさふさだ。

 凄く柔らかそう……。

 

 とぼとぼ……いや、トコトコか、毛が柔らかそうで、そんな感じに思ってしまう。

 

 ロロディーヌは、長い尻尾と太股の毛をふりふりと動かしながら、帳の布扉の下を通って外へと出ていく。


 その場にいた俺たちは黙って、そんな黒猫の行動を見守っていた。


 あのお尻のふさふさは、いつか触りたい。

 ってか、俺も外の様子がみたいかも。

 異世界の地上。一体どんな様子か、わくわくする。

 俺は羽根で出来た柔らかい寝台から立ち上がり、


「……俺も少し、外を見てきます」


 側に置いてあった古い皮服を手に取り袖に手を通して、革ズボンを履いていく。

 そして、逸る気持ちを抑えながら帳の布を潜り外に出た。


 外は太陽の光が眩しくて明るく、風も強い。

 ゆっくりと頭を動かし、辺りを観察した。


 標高が高いのはすぐに分かる。

 山々に囲まれて、崖があり、遠くには深緑の木々が素晴らしい景観を作り出していた。


 ここはそんな山々が囲む高原地帯の一角にあるらしい。

 更に、岩と岩が重なりつつ形成した反り立った崖の上だった。


 崖の上と言っても、家があるように頂上は平面でかなりの面積のようだ。

 エアーズロックを小さく歪にした感じといえばいいか……。


 背後にあった小屋も見る。

 これが俺が寝ていた小屋。

 シンプルだな。漆喰の土壁に木窓が付いているだけ。


 この小屋以外にも、漆喰の家が五つ程ある。それらが繋がって一つの大きな家に改築されてあった。


 建物の壁や大きい柱には黒染みがいたるところにある。

 黒染みが目立つけど、屋根下にある太い真新しい棟木が見えるので、改築された家は確りした造りの家だと判断出来た。

 改築された家を中心に大きい畑と石畳の広場が広がっていて、左辺には雨水を貯める木製の貯水槽やドラム缶のような大樽が幾つも置かれてあった。


 近くには洗濯物が干してあるので、生活感も感じられる。

 続けて、屋根上に視線を向けた。


 煙突がある。


 野地板の上に藁屋根が乗った屋根の一部には粘土系の土で固められた部位があり、そこから黒鉄の煙突が飛び出ていた。

 煙突がある真下には外の地面へ伸びている鉄か銅の金属棒のような太い物体もある。


 何だろう、これ。


 線路のように地面を這いあちらこちらへと伸びていた。

 その地面を這う棒をよく見ると真ん中が少し凹んでいる。


 明渠かな?

 不思議に思いながら地面にある鉄棒を見ていると、


「……それは冬に役立つ物じゃ。これは炉だけでなく風呂にも繋がっているからな。温められたタンザ鋼は雪を溶かして水を作り、雪を流すからの」


 と教えてくれた。


 意外に文明的な物があるんだ。

 俺は感心しながら――右へ視線を移す。


 広がる石畳……広場的な場所だろう。


 でも、不思議な建物があるな。

 明らかに他とは違う石材で出来た建物があった。


 その不思議な建物に目を奪われていると、


「あれが礼拝堂で、中にあるのが神具台。さっき渡したその丸いメダルを中にある台座に嵌め込めば、地下の神殿まで一気に行ける」


 すごっ、やはりエレベーターかよ。

 素直にアキレスさんの解説に驚いた。


「地下まで……一気にですか。すごい技術だ」


 手に持つメダルを見つめ考えていく。

 メダルには翼のマークと太陽のマークが重なっている絵柄に、交差するように二本の剣が描かれている。


 裏には獣の顔が印として刻まれていた……。

 このメダルで一気にいけるのか。


 ひょっとしてすごい大切な物なんじゃ? 

 本当にこんな大切な物を貰っちゃっていいのだろうか。


 そして、視線を礼拝堂に移す。


 あれが礼拝堂。中には神具台があるのか。


 下に行けるってことは、完全にエレベーターだよな。

 アキレスさんの話によると、このメダルがキーとなって動いてるのは間違いない。そんな技術が存在していることが驚きだ。

 礼拝堂の外観は円柱型で小さな円状の屋根があり、イスラムのモスクにも少し似ている。


 その円柱の壁には葉脈のような細かな線が伸びていて不思議な模様――。


 ――ん? あっ――思い出した。


 これ、地下で見たことあるぞ。

 緑のゴブリンがいた古代遺跡にあったのと同じ模様だ。


 俺はその礼拝堂に近づき建物の表面を触る。

 アキレスさんは付け加えるように、その建物について語りだした。


「炉と同じく古代のドワーフが作ったと言われているが、わしが生まれる前からあるからな……今となっては、どうやって作ったのかさっぱりだ」

「そうなんですか」

「あぁ、分かったとしても作れないだろうな。材料すら手にはいるかどうか……」


 古代ドワーフの失われた技術。

 もし機械的なエレベーターなら、かなりの文明レベルだったことになる……。

 今だに朽ちずに使えるんだからな。


 一体どんな金属なんだ?

 それにあの地下にあった神殿も古代ドワーフが作ったのは確実だろう。

 ロアも話していたし。


 あっ、そういや……。

 精神世界でロロディーヌが話していたな。


 背の小さい種族が作りあげた……とか。

 角が生えた種族の話とか。

 それに、地下で出会ったはぐれドワーフのロアの話と辻褄が合う。


 俺は礼拝堂を触りながら、その不思議な模様の古代から存在する建造物に思いをはせる。


 黒き環ザララープからモンスターが現れ続けていた遥か古の時代に、この神具台を使って、アキレスさんたちのご先祖様を地上へと逃したんだ。


 きっとそうだ。

 俺はそう勝手に推察していた。


 今度は外を見る。


 そんな俺の視線を横切るように、黒猫ロロディーヌが走っていく。

 触手を上手く使いながら、壁を伝い小屋の藁葺き屋根へと飛び乗り、屋根の上を楽しそうに走っていった。


 黒猫は屋根の端で止まると、頭を上げて、


「にゃぁぁぁん」


 と高い声を出していた。


 本人は狼やライオンのつもりなんだろうが……。

 姿は猫なので、少し微笑ましい。


 そんなライオンキング的な気分の黒猫にツッコミを入れたくなるが、放っておいた。


 俺は崖沿いを歩いて外の崖下を覗き見る。


 急勾配な坂道が延々と続く。

 その下には森林地帯が広がっていた。


 遠方の山々や川が蛇道のように感じられる。

 山間から覗ける平原が小さく豆粒みたいだ。


 そんな異世界の自然に圧倒された。

 遠くの山々も写生大会を開きたくなるほどの美しさ。

 引き締め合ったアルプス的な切り立った青白い山々が、自らを誇示するように峰を張る。思わず山の神がいる? と言いそうになった。偉大なる山が『ここだ。俺はここだ!』と言っているようにも思えた。薄くたなびく雲に山脈の一部が掛かっている。

 近くの山間では霧のような薄雲が滝の上部を覆っていた。

 縦長の滝と霧が、天に上昇しようとしている巨大な龍の姿に見えてくる。

 壮観な景色。


〝自然は神の生きた服装である〟


 そんなトーマス・カーライルの言葉を聞いたことがある。

 こんな美しい世界なら……。

 八百万の神々のように、色んな神様が存在していてもおかしくはないな。


 古代文明を内包するファンタジー世界。

 ありとあらゆる可能性に満ちた世界。


 俺の他にも、俺と似た存在……。

 もしくは地球から転生してきたという者が、この世界の何処かにいるのかも知れない。


「どうじゃ? ここがゴルディーバじゃ」

「景色が綺麗ですね」

「ふむ。夕暮れ時が一番だ。景色がいいぞ」


 想像できるな、綺麗なんだろうなぁ。


「それは見てみたいです」


 そう話すと、アキレスさんは優しく微笑を浮かべながら、


「まぁ、それはここにいればいつでも見れる。ところでシュウヤ、まだ目覚めたばかりでこんな質問も何だが……今後はどうするつもりだ?」


 そうだな……。

 まずは強くなり、自由にまったりと世界を見て回りたい。

 ロロとの約束を守り、あるならお約束の冒険者とかにもなりたいな。


 この世界には塔やら地下迷宮やらもあるんだろうか?

 そこに潜ってお宝ゲットに挑戦したい。

 美人な女と過ごすのもいいな。他にも転生してきた奴もいるだろうし、できたら会って話をしてみたい。目標的には、家持ちどころか、城持ち君主になって世界を征すとか。


 夢は果てしない……。

 はは、よく考えたら欲張りだな。


「……何処かの街か、都市を目指しながら、旅をしようかと……」


 あ、まだちゃんとお礼を言っていなかった。


「旅か」


 短く呟くアキレスさんへ頭を下げて、


「アキレスさん、お礼がまだでした。助けていただきまして本当にありがとうございます。手持ちのお金が少しありますから、それか何か手伝いをして――」

「金なんていらんよ。その、何だ、他に何か覚えてることはないのか?」


 アキレスさんは慌てて俺の話を遮った。

 そのまま、何か言いたそうにロロディーヌを見つめている。


 ロロディーヌの件、やっぱ気になるのかな、ここじゃ神獣様だっけか。

 あの約束のことも一応話しておこう。


「……あります。ロロディーヌとの約束が……それを果たすために手掛かりを探そうかと思っているんです。玄樹の光酒珠。別名、知慧の方樹。この二つの単語、聞いたことがありますか?」


 俺がそう問うと、アキレスさんはすぐに答えてくれた。


「神獣様との約束か。玄樹の光酒珠……う~む、どこかで聞いたことのある言葉だ。確か、お伽噺の話にあったような……だが、どんな話だったかは忘れてしまった。色々な神様が出てきたはずだが……樹や光酒というからには、木や光が関係するのだろうか?」


 ロロディーヌも精神世界で言ってたからな、本当にあるか分からないと……。


「……そうかも知れません。今後はそれを第一の目的にして探そうかと。黒猫との約束、あなた方にとっては神獣ですね」

「ふむふむ。それで、第一以外の目的は何だ?」


 この際だ。願望を話してしまおう。


「世界を見て、迷宮や不思議な遺跡でお宝を見つけて、美人な女と酒を飲んで、その女とヤって、もっと強くなって冒険して家を持ち、国を持ち、拠点を作る。とか色々な願望がありますね。ま、最後は冗談ですが、男はでっかく大志を抱くって感じですか」


 アキレスさんは少し呆れるように笑ったあと、「そういうことか……」と小さく呟く。続けてアキレスさんは、笑顔を交えて照れ臭そうに、


「その神獣様のことも含めてだが、シュウヤよ、記憶を失い、ヴァンパイア系なだけでは、これからも色々と大変だろう。そして、現時点では、ここがどこかも知らないし、行き場所などないのだろう?」


 確かにその通り。


「はい」

「そこでだ。暫く、ここでロロディーヌ様と一緒に暮らしてみないか?」


 おぉ、ありがたい、ありがたいが、いいのだろうか。


「……いいんですか?」

「あぁ、勿論だ。が、最低限の仕事はしてもらうがな?」


 やった。

 この異世界のことなんて何にも分からないし、これで一息つける。


「はい、がんばります」

「よし。寝床はシュウヤが寝ていた小屋を使うといい。あそこは狭いが生活用品がある程度揃っている。夜には家族を紹介しよう」

「あの小屋を利用して大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。普段は誰も使っていない客用の小屋で倉庫だ。それではさっそくだが、今軽い木材が不足しているから、夜までに集めるぞ。あとは綺麗な山水を運ぶ仕事もある。ようするに荷物運びだな。手伝ってもらおう」

「はい」


 そういうと、ロロディーヌも話を聞いていたのか――。

 俺に向けて跳躍。

 触手を器用に俺の腕に絡ませつつ、右肩の上に乗ってきた。


 手伝う気かな?


 薪と水汲みは急勾配になっている下から運ぶらしい。

 アキレスさんは大きな桶を四つ運ぶ、って、浮かんだ?


「えっ!?」


 目の前には大きい桶がぷかぷか浮いていた。


「これは……浮いている?」

「ん? これは違うぞ?  <導魔術>で持っているだけだ」

「<導魔術>……それは一体?」


 俺は目を見開いたまま聞いていた。


「魔技の一つだ、わしは<導魔術>を専門としている。魔技とは<魔闘術>、<導魔術>、<仙魔術>の事を指すのだ。<導魔術>が得意なわしは、こんな風に物を浮かせて運ぶなんてことは簡単に出来る」


 魔技だって? 魔法みたいな超能力かよ!

 凄い! アキレスさんは、ひょっとして超人エスパーですか?


 冗談はさておき、魔技といえば、<魔闘術>とかが最初にエクストラスキルを選択する際にあったのは覚えている……。


「……他にも、その魔法みたいな魔技を極めている人はいるんですか?」

「ん~、魔技と魔法は違うんだがな? が、魔技を極めるとなると否だな。と言うより、わしが見たことがないだけだが……まぁ世界は広いから分からんよ。わしが見て来た範囲だと、<魔闘術>の使い手は無数に存在する。だが、導魔と仙魔の使い手となると、そうはおるまい。因みにわしの亡くなった父も導魔が得意だった」


 極めている人はいないのか。

 それ程に奥が深い技術なのかな……。

 習えるだろうか。聞いてみよ。


「……その魔技を習いたいです」

「良いぞ。だが、明日から少しずつだな。今は雑用が溜まっている。さ、まずは薪割りからだ」

「はいっ」


 あっさりOKしてくれた……手伝いをがんばらなきゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る