十話 家族紹介※

 最後の手伝いはドラム缶のような木の樽を運ぶちょっとした力仕事だった。


 よいしょっと。これで最後の樽だ。

 今日はこれでお仕舞いかな?

 辺りはもう暗くなっている。

 仕事に集中していたら、いつの間にかもう日が暮れていたらしい。


 建物の入り口はランタンが設置されてある。淡い光だが視界は良好だ。


 このランタン、意外に明るい。


 俺が不思議そうにその明かりを見つめていると、アキレスさんが笑顔を見せながら近寄ってきた。


「ありがとう、お陰で仕事が手早く終わった」

「はい、今日の仕事はこれで終了ですか?」


 アキレスさんは大きく頷いて、


「そうだ。そろそろ食事にしよう。シュウヤの分もラビが作って用意してある。その後は風呂にでも入って休むといい」

「風呂もあるんですね」

「うむ。外に風呂小屋もある。薪を使い沸かすのだ。部屋に桶もあるから好きに使ったらいい。貯水槽から水を運ばねばならんがな」

「ありがとうございます」

「そんな畏まらんでいい。これからは一緒に食事をすることになるんだからな? ついてこい。家族に紹介する」

「はい」


 夕食に招かれたので、ついていく。


 玄関の木製の戸を右に開いた。

 左の壁に竈と水瓶と油やらが入った多数の瓶が並ぶ。


 床は三和土たたき工法で作られている。

 天井は梁と母屋が剥き出しの簡素な作りで古民家風だ。その母屋に干し野菜が幾つもぶら下がっていた。


 そんな古民家的な雰囲気の台所から芋でも蒸かしているような甘い香りが漂ってくる。


 ん~、できたてほやほやのいい匂いだ。

 久しぶりだなぁ、この感覚。

 食欲をそそる匂いが充満している。


 料理はもう完成したのかな。


 ゴクッと喉を鳴らす。

 腹が減っているからたまらないよ。

 そんないい匂いがする台所を進む。


 居間に案内される。


 居間に無垢の背の小さい四角い机があった。レファを含めて三人の角が生えた人がその机を囲んで座っている。


 既に机に食事が並んでいたから俺を待っていたらしい。

 失礼だけど、料理に注目しちゃう……。

 大きい骨付き肉、芋のような柔らかそうな根野菜、歯ごたえのありそうな茸、緑の葉野菜が絶妙なバランスで一つのお碗皿の中に収められていた。

 黒猫の分もあるようだ。

 角が生えた人たちが、俺を見つめてくる。


「シュウヤ、突っ立ってないでそこに座れ」

「あ、はい」


 俺に視線が集まる中、アキレスさんに促されて遠慮がちに椅子に座った。


「では、紹介するぞ。目の前に座るのはラグレンだ。レファの父でありラビの夫である」


 大柄で屈強、巨躯な男だ。

 頭には家族の中で一番大きい角が生えている。

 茶色の髪に茶色の目。彫りが深く、鼻筋も高い。肌は白人系。


 名はラグレン、レファの父らしい。


 このマッチョな戦士さん、実はさっき、見かけたんだよな。


 梯子があるところから突然巨体が現れた時は、少し驚いた。

 狩りから帰ってきたばかりなのか背に赤い大斧を背負い、腰に子鹿や兎を三頭ほど結びつけている姿は印象的だった。

 その立派な姿は狩人というより、古典映画のファンタジー作品に出演していたシュワちゃん的な戦士にそっくりだったので、思わず凝視してしまい、その映画を思い出していたんだ。


 まぁ、所謂マッチョマンって奴。


 その隣に座っていたのは夕食を作ってくれたレファの母。


 名はラビ。


 栗色の髪に瞳はやや黒み掛かった栗色。

 しなやかな撫で肩、大人の女って感じで色気がある。

 顔は下膨れの瓜実顔。娘のレファに少し似ていた。

 そして、皆と同じように頭に特徴的な角が生えている。


「それで、この子がレファだ」

「よろしくね、お兄ちゃん」


 お、お兄ちゃんか……。

 そんなことより挨拶しなきゃな。


「よろしく。皆さんもよろしくお願いします」

「うむ」

「えぇ」

「シュウヤ、そう固くなるな。まずは食べようではないか。ラグレンにラビ、詳しくは食べてから、だからな?」


 アキレスさんは家族である二人に含みを持たせて語る。

 家族へ目配せすると、目の前にある木製のお碗皿に入っている白いスープを木製のスプーンで掬い、食べ始めた。


 アキレスさんが食べると皆も遅れて食べていく。


 俺もスプーンで白いスープをたっぷりと掬い、パクッとスプーンごと頬張るように食べてみた。

 最初の食感はとろりとして、少し甘さがある。口の中で少しざらつくが、仄かに山菜の香りが広がって食欲を助長した。


 ――旨い。ホワイトシチューに近い味わいで、美味しい。

 よく煮込んであって、肉と茸からもたっぷりと汁が溢れてくる。


 黙々と具を口へ運ぶ。

 むしゃむしゃと食べ、胃に通す。


 うめぇ、食べる速度は次第に速くなった。

 まぁ、当たり前だ。なにしろ、まともに調理された食事を食ったのは何ヵ月ぶり? だからな。


 ……地下生活の殆どが、黒寿草にヂヂの肉。


 思い出すと泣けてくる。

 しかも、一時期あんな生活に満足してた俺……。


 ……ふぅ、温かい食事でほくほくと体が温まる。


 素朴でシンプルな家庭の味。

 暖かい。身に染みるよ。

 あったかいんだからぁってか。

 心に残る味だ。


 黒猫ロロディーヌにも特別な席が用意されている。

 食器も何故か儀式で使うような模様入りの大皿が用意されて、その上に料理が沢山盛られてあった。


 ここじゃ、神獣様か……。


 そんな黒猫ロロディーヌに視線を移していると、レファの母ラビさんから話しかけられた。


「シュウヤさんは、記憶を無くされて、神獣様とお話をなさったとか?」

「ええ、はい、そうです」


 筋骨隆々なレファの父、ラグレンさんも話に加わった。


「それと、アキレス爺さんから話を聞かされたが……使徒を倒したとか?」

「はい。倒せたのはヴァンパイアの力だと思いますが。なにせ急に背を貫かれ……その時は死を意識しましたから。それで必死で生き抜こうと」


 ヴァンパイアと聞いた途端、ラグレンさんとラビさんは黙って顔を強張らせてしまった。


「……」


 アキレスさんはそれを見ると、


「だから大丈夫だと言っただろうに」


 と溜め息を吐きながら語り、ラグレンさんを責めるように両目をじろりと細めて見つめている。


 魔族、ヴァンパイアと聞いたら普通はこんな反応を示すよな。

 無知を装って聞いてみる。


「あのぅ、やはり……吸血鬼ヴァンパイアってのは討伐対象なのですか?」

「当たり前だ。人族の間では特にそうだろう……わしもお主に会うまでは、敵と認識していた。実際、最初は殺そうと思っ――」


 そのアキレスさんの話に割り込む形で、ラグレンさんが話し出す。


「――シュウヤ君、すまんな? 率直に言わせてもらう。俺は、このまま君にここにいてもらうのは反対だ。人族ならまだしも、吸血鬼ヴァンパイアってのは魔族であり――血が必須なのだろう?」


 その表情は少し怖い。

 眉間に皺を寄せて、目を細めていた。


 ラグレンさんは俺のことが気に食わないようだ。

 誤解されないように、真面目に対応しよう。


「魔族ってのは分かりませんが、ええ、血は必須ですね。でも、モンスターや動物の血でも大丈夫です」


 俺の釈明的な言葉を聞いても、ラグレンさんは目力が入ったままだ。

 大きな額にはナイフで切ったかのような皺が入り厳しい顔を作っている。


 隣にいたラビさんも、俺の話を聞いて、怯えたような顔を見せているし。


「……そうなのか? それにしても、魔族を知らないとは……」


 ラグレンさんはそう不安げに語り視線をアキレスさんへ向けた。

 アキレスさんは、またも軽く溜め息を吐く。


「……少し前にわしが話をしただろう? こやつは、記憶の一部を喪失しているそうだ」

「……そうだったな、済まない。アキレス爺さんは人族に詳しいが、実を言うと俺たち家族は、吸血鬼ヴァンパイアどころか、人族にも会ったことがないんだ。エルフとなら交流があるが……」


 そこでラビさんも話に加わってくる。


「そうなんです。ラグレンは、今でもエルフと交流がありますが、わたしなんてエルフとの交流も無く、ゴルディーバ族の他の家族と年に数回会うだけですから……」


 と眉を下げて語る。

 その表情からは寂しげな印象を受けた。


「わたしも~」


 レファはそんな母を見て小さい手を挙げる。

 アキレスさんはそんなレファの頭を優しく撫でていた。


「わしたちは永く山奥に住んでいる。わしは過去に山を降りて人族と仕事をしていた時期があるから、ある程度のことは知っているが」


 この辺りに人族は居ないらしい。

 それより魔族の状況を知りたいから、少し聞いてみるとしよう。


「さっきの話なんですが、魔族とは何なのですか?」


 アキレスさんは俺の問いにも、素早く答えてくれた。


「魔族か、説明するのは難しいが……モンスターとはまた少し違う種族と言えるだろう。大きく分けて二つの魔族がいる。一つは人族やエルフ社会に溶け込み人族と交わりを持った魔族たち。魔族の血を引く者たちのことだ。昔は彼らを魔人と称していたようだ。だが、わしが知る範囲だと、もう魔人とは呼ばれておらんかった。今では普通の人族、エルフ、獣人だろう」


 過去か。


「過去には魔人と呼ばれていた人々がいたと?」

「そうだ。昔魔人と呼ばれていた魔族たちは人族に似た者が多かったようだ。似てると言っても千差万別だと思うが。瞳が赤く光ったり顔が人族、エルフ、獣人に近いのもいれば、造形が異なる異質な存在も確認されていたりする」


 魔族だけでも色々なんだな。


「もう一つは古代から争ってきた魔族たちだ。わしが知っているのは知能や力が高く、性格も狂暴な闇に蠢く魔族たち。吸血鬼ヴァンパイアもその中の一つだな。吸血鬼ヴァンパイアは人族を隠れて襲う。都市では常に討伐対象だった覚えがある」


 闇に蠢く魔族か。やはり吸血鬼ヴァンパイアは討伐対象か。


「闇に蠢く魔族は豊富にいるんですか?」

「いる。姿形が生物とは思えないほどの異形な形を成す魑魅魍魎の存在が人口の多い都市で確認されたりしていた。闇神リヴォグラフに関係するだけでなく、魔界の神々に従属し、魔界セブドラの為に動いている魔族もいるとか。これは魔族だけでなく人族にも言える。狂信者が存在するので注意が必要だ」


 魔界があるのはロロディーヌとの契約時に聞いて知っていたが……魔界セブドラという名前があるのか。


 魔界、魔族、魔界の神、覚えとこう。


「他にも北のマハハイム山脈を越え【ゴルディクス大砂漠】を越えた遠き地、ここからだと東北の地、【旧ベファリッツ大帝国】の本国があった大森林地帯は魔族の領域となっているようだ。あとは迷宮を作りモンスター達を率いる立場の魔族もいる。このような魔族たちはモンスターと同じように分類されている」


 遠い地方には魔族の領域があるんだ。それに、迷宮も。


「分類ですか?」

「そうだ。モンスターの強さはS、A、B、C、D、などに分類されて、更にA+、A++、A+++と三つまで細かく細分化されているのだ」


 詳しいな。

 ゆっくりと俯き、新しい情報を頭にインプットしていく。


「……覚えておきます」


 アキレスさんはそんな俺の様子を見て、優しく微笑みながら励ますように話してくれた。


「あぁ、だが……魔族といっても、ピンからキリかも知れん。シュウヤのようにな? わしたちとて、シュウヤと同じく人族に似ているが、人族からは亜人や獣人と呼ばれている」


 俺の種族は厳密には魔族じゃないんだけど、まぁいいか。


「では、あなたたちの種族とは?」

「我らの種族はゴルディーバ。この角が――特徴だ」


 アキレスさんは頭を少し傾げてから……。

 その頭に生えた巻き角をコンコンッと指先で叩く。


「この通り人族ではない。エルフたちと同様に一人一人の寿命が長いことでも有名だ。わしはゴルディーバで最長の五百を超え、正確には五百八十年、生きている」


 五百歳超えかよっ。

 ゴルディーバ族。

 エルフが長命なのは想像できるが……。


 まさにファンタジーだ。長命な種族。


「凄い……」


 確かに、アキレスさんからは、海千山千的な印象を受ける。


「だが、子宝に恵まれない種族でもある。だからレファは貴重な子孫なのだよ」


 やさしい視線をレファに向けていた。

 黙って聞いていたレファはそれを聞くと目を輝かせる。


「わたしは、きちょうな? しそん? なのだ!」


 レファは座っていた椅子を降りて、小さい腕を組み勝ち誇った顔を皆に向けていた。


 可愛い顔だ。


「……レファは貴重なんだな?」


 そんなレファの頭をそっと撫でてやり、笑顔を返してあげる。


「そうなの!」


 視線をアキレスさんに戻し、再度疑問をぶつけてみた。


「すると、ゴルディーバ族って、人口が少ないんですか?」

「少ないことには変わりないが……と言っても、ここにいるだけが全てのゴルディーバ族ではないぞ?」


 え?

 

「東に四つ、西の端に五つの家族が居る。同じように山々に囲まれた高原やジャングル地帯に住んでいる筈だ。それに、遥か古代、古の時代……暁の帝国という御伽話があるのでな。どこかにきっと……わしたちと同じゴルディーバの血が入った種族は居る筈だ」


 へぇ、他にもゴルディーバ族の人たちは存在していると。

 遥か古代の暁の帝国?

 そんな言い伝えみたいな話もあるのか。


「アキレスさんたちゴルディーバ族は山々で暮らすのが常なんですか?」

「基本はそうだ。他の一族とは普段あまり交流していないが、その代わりに、四年に一度祭りがある」


 おぉ、祭りか。

 しかも、四年に一度。

 オリンピックかよ、という突っ込みはしないでおく。


「祭りは古代から続く習わしでな。他のゴルディーバ族がここに集まるのだ。その祭りでは、司祭から神殿の様子を皆に報告したり、子孫繁栄を祭るために【修練道】で若者たちが運動を競ったり、模擬戦を行ったり、食べ物を出しあったりな」

「お祭り……」


 その後、アキレスさんからゴルディーバに関する歴史や慣習などの一通りの簡単な事を学んだ。


 明日から正式にアキレスさんの仕事を手伝う事になる。

 世話になるんだし、がんばらないとな。


 俺が小屋に戻ろうと足を向けたとき、ラビさんから呼び止められた。


「シュウヤさん、前に着ていた服を洗いました。古いけどこれも使ってくださいね」

「あ、どうもすいません」


 ラビさんが俺が着ていた服を洗ってくれたらしい。

 それと、革の服と生活に使う皮布を何枚か貰えた。


 これはアキレスさんやラグレンさんが使っていたお古の皮服で、下穿きもお古だった……。


 一瞬たじろぐが、しょうがない。

 服はTシャツにジーパンしかないので、切実な問題だ。


 パンツも擦り切れて襤褸のトランクスを洗って貰っちゃって、かなり恥ずかしい。

 だが、これしかない。

 同じような履き物はもう二度と手に入らないだろう。


 少しずつ慣れていくしかない。

 贅沢は言ってられない。


 返してもらった服と皮布とお古の皮服を持って小屋に戻る。


 隅に並ぶ棚へと荷物を入れようと……。

 棚を確認。

 棚には色々入っているが……。

 樹の小さい木片が目に入る。


 樹の小さい棒?

 これ、なんだろ。

 先っぽが縦に何十にも細かく切られてあった。

 先端が異常に柔らかい。

 習字の筆?


 あ、ブラシか。小枝の歯ブラシかな。


 次に、側にあった水桶に視線がいく。

 洗濯板も横に置かれてある。


 洗濯や風呂用の桶か。

 でも、入れるだけマシ。


 温かいお湯で入れる風呂小屋が別にあるようだが、試しに、ここで入ってみるか。


 そう思い立った俺は部屋から出て、貯水槽へ向かう。

 貯水槽の下には小さい桶や樽が並べて置かれてある。

 小さい樽で水を掬って部屋へ戻り部屋にある桶へ水を注いだ。


 何往復かして、桶は満杯になる。

 簡易な水風呂だが、入ってみようか――。


 服を脱ぎ捨て、足を水に浸けていった。


 ――ふぃぃぃ、冷たいが、浸かっていく。


 桶の縁に寄っ掛かりながら視線を上げてみる。

 木窓が開けられていて、夜空が見えた。

 その窓から風が吹き、髪が揺れる。


 冷たい水風呂に浸かりながら、その木窓から外を眺めた。


 寒い……あとで、温かい風呂小屋で入り直すか。


 どんな風呂小屋なんだろう。

 薪を使えとか言っていたが、オーソドックスな五右衛門風呂かな。

 それとも熱した石とかを利用するのかなぁ。


 が、そんな些細な疑問は夜空を眺めていたら自然と消えていた。


 星が見える。

 月明かりも明るいな……。

 外が気になった。

 あれほどの絶景だ、夜景も期待できる。見るか。

 水風呂から出て、急ぎ皮服を着て小屋から出た。


 外の夜空は……圧巻の一言だった。

 無数に広がる恒星の数。

 オリオン座に似たような星座がある。


 ――綺麗だ。


 地球のような天の川がある夜空とは違う。


 砂粒のような星々が無数に広がり、美しい星の海を形成していた。

 地球の夜空とはかけ離れている。


 そして、この惑星の衛星と推測できる月が二つ在った。

 大きい月と小さい月が一つずつ。

 しかも、大きい方の月は一部が崩れ欠けていた。


 小さい方の月は普通の大きさだ。

 そんな大小二つある月が、澄みきった夜空を皓々と照らし続けて綺麗な夜景を作りあげていた。


 どうりで明るいわけだ……月明かりが二つだもんな。


「やっぱ……」


 異世界だな……。


 そのまま綺麗な夜空のすべてを見渡すように……。

 百八十度、頭を動かし続けて星々の観察を続けていく。


 更に、異世界の証拠である天体現象を見つけた。

 白い尾を従えた彗星らしき物だ。


 ん、まさか、人工衛星や宇宙船?


「月が二つに白い彗星か」

「――どうした? 寝れんのか?」


 アキレスさんがまだ起きていたのか話しかけてきた。

 ちょうど良い、少し星について聞いてみるか。


「ええ、そうみたいです、ちょっといいですか?」

「ん? なんだ?」


 例えば……。


「この輝く星々の中に、北を表す星とかありますか?」


 俺の問いにアキレスさんは相好を崩し口を開く。


「あるぞ、北連極星、北の兄弟星とかと言われている。神の名もある。兄星セツダーツに弟星セナルコークの輝く吹雪の北神連星とな? あそこじゃ」


 アキレスさんは山々の間にある上空へと指を差した。

 ――その先を見つめる。


 確かに……大きく二つ星が輝いてる。


「見えました。あれが北連極星――」


 角度的に地平線より少し上辺りか?

 地球で例えたら、ここは北半球、赤道より上って事か。

 あれが本当に地球でいう北極星なら、正確な緯度はあの星の角度から計算できる。


 目視からの計算だが、ここの位置は二十度ぐらい?

 日本の東京が三十五度ぐらいだったっけ。那覇が二十六度ぐらいだったはず。


 んだが、ここは異世界、歳差運動や北極星の位置も地球と違うだろうし、地球の尺度でものを考えても仕方がないか……。


 北半球はあくまでも仮定だな。


「……どこかの旅人も見ているだろうな……」


 アキレスさんは懐かしむように連星を見て呟く。

 俺は連星から視線を離して、月に視線を合わせながら口を開く。


「あの二つの月に名前はあるのですか?」

「ある。大きい欠けた月は、双月神ウラニリ。大月の神だ。小さい月は双月神ウリオウ。小月の神と呼ばれている」

「へぇ……」


 そこに、寒い冷たい風が頬に当たる。


「寒いな。まだまだ寒くなってくるぞ? 今は春になったばかりだが、ここは高地だからな? わしは自分の寝台へいく」


 春か。あ、風呂のことを聞いておこう。


「あ、えっと、風呂小屋とはどこですか?」

「案内してやる。ついてこい」

「あ、はい」


 案内されたところは連結小屋の隣にある木組みで作られた風呂の専用小屋だった。


 その小屋の戸を開けて入ると、湿った湯煙が俺を出迎えた。


 生温かい空気が外へ逃げていく。

 俺は、もあっとする温かい蒸気を吸いながら部屋に入り視線を巡らせた。


 そこには大釜があった。

 木組みの台に、ポツポツと突起物が付いた黒鉄が囲う鉄製の風呂釜だ。

 全部で大きな釜は三つある。

 湯が入った釜と大小様々な石が大量に入った窯。


「もう沸いてるから入っていいぞ。こっちの石が入った釜に火をつければタンダール式サウナにもなる」


 サウナかよ。


「おぉ、サウナもあるんですか?」

「その反応だと、サウナを知ってるのか。もしや、タンダール出身だったりするのか?」


 勿論知るわけがない。

 タンダール地方には風呂好きの転生者がいたのかもしれない。


「……いえ、それは知りません。だけど、蒸し風呂は知っています」

「ふむ? 知識だけはあると? まぁいい。使い方は、水差しで釜に入ってる熱した石に水をかけるだけだからな? 火傷に注意が必要だが、熱された水気で部屋が温まる」

「はい」

「皆が入った後だから自由に使っていい」

「はい、ありがとうございました」

「ゆっくりしていけ。また明日な」


 アキレスさんは軽く腕を振るうと、風呂小屋から出ていった。


 俺はさっそく風呂に浸かる。


 さっきの水とは段違いだ。

 温かい。久々の風呂だぁぁ、気持ちええ。


 ふぅぅっと息を吐く。

 リラックスしながら視線を泳がせると、石が入った大きな釜が目に入る。


 このサウナは今回はいいや。いつかやろ。

 さて、さっき気になることをアキレスさんは言っていた。


 季節が春とか。


 春……か、すると、四季が存在する。

 そうなると、この惑星は地球と同様に球体であり自転が行われていて、地軸が傾いていると仮定できる。


 歳差運動も同様だろう。

 まぁ、惑星の形や大きさなんて推測しても仕方ないんだが……。


 古代ギリシャの天文学者が微積分で球体の体積を求めたり、三角法で測量したり、星の角度を用いて地球の大きさを計算していたっけ……。

 Wikipediaがあれば詳しく分かりそうだが、もうそんな便利な物はないしな。


 だが、何気ない現代知識がこの異世界で生かせたりするかも……。


 現代の医者が江戸時代にタイムスリップするドラマは大好きだったし。

 ドラマに影響されてペニシリンの作り方とかを調べたのは覚えている。


 ここじゃ青カビ作りに苦労しそうだ。

 だが、魔法があればペニシリンなんていらないかも……。


 現代知識は暫く封印かな。と言っても一知半解の知識でしかない。生兵法は大怪我の基とも言うので、諦めよう。


 今はこの世界を理解し、生活していくんだ。

 前世の知識はその内に忘れそうだし。


 そんな妄想を繰り広げながら、風呂を出る。


 外の涼しい夜風を堪能。


 暫くしてから小屋へと戻った。


 寝台に寝転がる。羽根が背中に当たり、むず痒い。

 背中に手を回し背を掻きながら、ちょいと見るか。っと、


「ステータス」


 名前:シュウヤ・カガリ

 年齢:20

 称号:神獣を従エシ者new

 種族:光魔ルシヴァルnew

 戦闘職業:鎖使い

 筋力6.3敏捷8.0体力6.0魔力9.2器用6.3精神2.4運4.0

 状態:平穏

 

 称号は異界の漂流者と血の盟約者が統合されて神獣を従エシ者に変わった。


 精神力は激減してる……。

 これがロロディーヌと契約した証拠か。



 さっそく称号をタッチ。


 称号:神獣を従エシ者


 ※神獣を従エシ者※

 ※神獣が成長すると契約者に恩恵をもたらす※

 ※全ての能力値に成長補正※


 成長補正か。

 さらにタッチング。


 ※神獣を従エシ者※

 →???


 ???をタッチしても表示されない。

 わからん。


 種族の光魔ルシヴァルってのをタッチ。


 ※光魔ルシヴァル※

 ※光魔ルシヴァルは魔族ヴァンパイア系の血の流れを持つ完全なる希少固有種族、同族はいない。見た目は人族だが、光魔セイヴァルトから正当進化を果たした姿。もう種族進化はしない※

 ※光と闇の精神性に影響されやすい性質がある※

 ※全ての成長補正・大※


 もう進化とやらはしないらしい。

 精神値以外の能力値がかなり上がっている。


 これは俺が長い間、地下で黒寿草にヂヂを食べていたから?

 それか、白い怪物の魂を吸収したから?


 使徒とやらは地下界隈に生息しているらしいが……。

 さて、色々と覚えたスキルを確認しよ。


 スキルステータス


 取得スキル:<投擲>:<脳脊魔速>:<隠身>:<夜目>:<分泌吸の匂手>new :<血鎖の饗宴>new


 恒久スキル:<真祖の力>new :<天賦の魔才>:<光闇の奔流>:<吸魂>new :<不死能力>:<暗者適合>:<血魔力>new :<眷族の宗主>new


 エクストラスキル:<翻訳即是>:<光の授印>:<鎖の因子>:<脳魔脊髄革命>


 まずは<吸血>から<吸魂>に変わったのをチェック。


 ※吸魂※

 ※血を吸った人族は精神値が低いほど自然に強催眠、強暗示がかかる。血を吸う度に微能力アップ※

 ※七日<吸血>なしだと能力微少ダウン。二十日<吸血>なしだと徐々にミイラ化が進行※

 ※血を吸い続けると魔素を吸収し、魂を吸い取ることも可能。相手が瀕死の場合は素早く魂を吸い取れる。魂を吸うと、自身の精神力が跳ね上がり、脳内を快晴に促す効果あり※


 前は確か五日だったはず。

 これで一週間、血の補給はなしでもOKだ。

 期間が延びても油断はせず、忘れずに血を補給しないとな。


 次は、<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>の詳細っと。


 ※分泌吸の匂手フェロモンズタッチ

 ※自分の周囲に微細粒子のフェロモンを発し、一定の範囲内の索敵を行う。フェロモンにより周囲に存在する生物や動く物を判別、匂いや血管の位置を把握し、僅かに姿形が判別できる。更には汗の匂いによっては、僅かに恐怖の感情を感じ取れる場合もある※

 ※これを使えばヴァンパイアに意思を示し、人族、モンスターなどを遠くから判別できるようになるだろう。魔力消費は無し、索敵範囲は半径百メートル以上あり※


 こりゃ便利だ。気配察知スキル。

 もう一つは<血鎖の饗宴>だな。


 タッチ。


 ※血鎖の饗宴※

 ※エクストラスキル<鎖の因子>と<血魔力>の<血道第二・開門>がリンクし特殊派生※

 

 ※エクストラスキル特殊派生破甲スキル※

 ※血鎖を創出する。破壊力に特化※

 ※血を大量に出血すれば血鎖の量が増え破壊力が上がる※


 これは非常に使えるスキル。

 白い怪物を倒したとき、一時限定的に使えたスキル。


 これを使えるようになったのは大きい。


 でも、傷はすぐに回復するから強敵じゃないと意味はないような。

 傷なんて痛くて受けたくないし。


 そう考えると……う、び、微妙かも……。


 恒久スキルだが<血魔力>を新しく覚えた。

 血道がいまいち分からない。


 説明文も見とこう。


 <血魔力>をタッチ。


 ※血魔力※

 ※<血道第一・開門>を開き、ヴァンパイア独自の血魔法を扱う※

 ※<血道第一・開門>を略して第一関門と呼ぶこともある※


 説明もこれだけだった。


 略して第一関門とはなんだ?

 ヴァンパイア独自の血魔法?


 感覚で<血魔力>があるとは分かるが、全てを理解出来ているわけじゃないから困る。

 タッチをしても何にも説明がでない。


 スキルによって自然と分かるときと分からないときがあるようだ。


 そもそも魔法も分からないしなぁ……。

 魔法と言っても、この<血魔力>は普通の魔法ではないと思うんだけど。

 これは後回しだな。


 最後は<眷族の宗主>という恒久スキル。


 ※眷族の宗主※

 ※宗主の血を人型知的生物に与えることにより<真祖の系譜>を持つ宗主の直系ヴァンパイア<筆頭従者長>、選ばれし眷族を生み出す※

 ※その選ばれし眷族の<筆頭従者長>と言えど、宗主は絶対的な神を超える存在であり、眷族の宗主は独自に<従者>の一部を弄れるようになる※

 ※<筆頭従者長>となる人型生物は自意識を保ち、今まで取得してきた経験とスキルを継承した状態で、宗主の血によって光魔ルシヴァルの吸血鬼ヴァンパイア化する※

 ※光魔ルシヴァルの吸血鬼ヴァンパイアとなった<筆頭従者長>は、宗主の<血魔力>の一部を受け継ぎ、身体能力、魔法能力が跳ね上がるだけでなく、<筆頭従者長>特有のスキルを得られる※

 ※ただし、直系眷族化には宗主自身の血が大量に必要。最初の一人の選ばれし眷族の<筆頭従者長>が宗主の<血魔力>を最も受け継ぐ。現在は最大で三人のみが条件※


 俺に忠実なヴァンパイアを誕生させるとは……。

 改めて考えると、すごいなこれ。


 選ばれし眷族の<筆頭従者長>か。今は三人だけなのか。選ぶ時に考えそうだ。


 できれば綺麗な女性がいいな。

 それで互いに納得した状態で<筆頭従者長>にしたい。


 難しいと思うが、目標は大きくもとうか。


 将来、冒険者や君主とかになったとき、まぁ君主、国持ちは冗談として、血を吸う生き物バケモノの俺には絶対に裏切らない部下は必要だ。


 ムフフ……。


 でも、このスキルを使うのは当分先になりそうだな。

 もう一つも見とこ。


  <真祖の血脈>から変わった<真祖の力>をタッチ。


 ※真祖の力※

 ※吸血神ルグナドが産み出した始祖を超える真祖の力※


 ※<身体能力増加>、<魔法能力増加>、<腸超吸収>、<魅了の魔眼>が融合※


 ※身体能力と魔法能力が飛躍的に向上、如何なる<精神波>、<状態異常>系の攻撃にも耐えられるようになる※

 ※更に、消化吸収が異常に早く、魔素吸収率、魔力回復速度も倍加する。また、巨大魔素を内包するモノを食すことによって<称号>が得られる可能性がある※


 ※特異な腸内細菌により如何なる毒素も栄養として吸収※


 ※本人が何もせずとも周囲一帯の闇属性を持つ知的生物や負の感情を持つ者に好感を抱かせることもある※


 ※友好的な闇に属する者と契約した際に生じる魔力譲渡によって畏怖の念を契約者に抱かせ、同時に精神力が低い相手の場合だと支配下チェックを受けさせることになり、支配下チェックが通れば、自然と支配下となるだろう※


 ※全ての成長補正・中※


 <真祖の力>はとんでもないスキルだ。

 <精神波>や<状態異常>に耐えられるようになるとはな。

 スキルが融合した結果だけど、だから能力値が跳ね上がっていたのか。


 それに支配下チェックだって……?


 友好的な闇属性の生物に魔力を与えれば支配下に置ける可能性があるらしい。

 <眷族の宗主>の<筆頭従者長>との違いが分からないが、似たような感じなのだろうか?

 能力を見てあれやこれと想像を繰り返す。


 次第に瞼が重くなってきた、寝るか。

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