五話 新たな力と決意を胸に
<投擲>に加えて<脳脊魔速>というスキルを得られた。
<投擲>はすんなりと理解できたが、この<脳脊魔速>に至っては、今まで感じたことのない……。
「体の内部が変わる感覚……」
興奮が自然と声になって漏れ出る。
この世界は自分の行動によってスキルを得られるようだ。
投げた松明を拾う。灯る明かりを自分の体に近付けつつ足や手を見た。
顔を触る――何も変わっていない、感触は普通だ。
<脳脊魔速>……。
これは限定的な速度アップを促す能力。
感覚でどんなスキルか分かるが、確認してみよう。
「スキルステータス」
目の前に半透明のスクリーンが出現。
スキルステータス
取得スキル:<投擲>new:<脳脊魔速>new
恒久スキル:<真祖の血脈>:<魅了の魔眼>:<天賦の魔才>:<光闇の奔流>:<吸血>:<身体能力増加>:<魔法能力増加>:<不死能力>:<腸超吸収>
エクストラスキル:<翻訳即是>:<光の授印>:<鎖の因子>:<脳魔脊髄革命>
ステータス画面を弄りながら<脳脊魔速>の派生元である、エクストラスキルの<脳魔脊髄革命>をタッチする。
※脳魔脊髄革命※
→<脳脊魔速>
→???
???ということは<鎖の因子>と同じで、これから何か覚えるのかな?
<脳脊魔速>をタッチ、詳細を見る。
※脳脊魔速※
※発動条件にある程度の能力値が求められる※
※脳内に一定のアドレナリン分泌とノルアドレナリン分泌が必要※
※恒久的に脳と脊髄から連なる新たな神経網と血管を増加させて、爆発的な身体速度を得る※
※スキル使用後、二十秒間身体速度を飛躍的に上昇※
※連続使用不可、クールタイム二十秒※
このスキルは説明が出た。
そこで半透明なウィンドウを閉じる。
やはり速度上昇系のスキルらしい。クールタイムは二十秒か。
にしても、右手には血液がべったりだ。
振り払おうとするが、血はべっとりと付着している。
「――血、血と云えば……」
そう小さく呟きながら血濡れた右手を注視。
俺には、この血が必要なんだよな。
「血を摂取しないと、最終的にはミイラ化してしまう」
ひょっとして、血液ならモンスターでも、大丈夫かも?
試しに指についた血を舐めてみるか……。
「……んっ」
意外に――旨い。
指を一気に舐め上げる。
血液がこんなに御馳走になるとは……。
自然に血の美味しさを感じた。
やはり、精神や思考にも作用してるのだろうか?
たぶん、そうなのだろう。
血は補給できた。
これで五日経っても能力がダウンしなければ……。
俺に必要な血はモンスターや動物からでも補給できるってことだ。
ヴァンパイアと言えば……。
恒久スキル<真祖の血脈>の解放条件に処女の血とあったのは覚えている。
転生前に確認したけど、もう一度チェック。
恒久スキルの<真祖の血脈>をタッチする。
※真祖の血脈※
→???
※真祖の血脈※解放条件、処女の血が必要※
※処女の血を飲むことによりヴァンパイア真祖の力が解放される※
※その際に二段階最大魔力が上がる進化を促し専用スキルも取得※
真祖、この言葉からはヴァンパイアの始祖を連想するが……。
転生時に、吸血神とかも表示されていたっけな。
それより単純な疑問が頭に過る。
果たして処女の血は一滴でいいのか?
飲んだ相手は死ぬのか?
血を吸った相手は俺の眷族になるのか?
それとも血が多少抜かれるだけで、血を吸われても平気なのかも知れない。
と、単純だが、様々な疑問が頭に過る。
血を吸えば分かることなんだろうけど、考えちゃうよな。
ま、とりあえず、処女のことは置いといて……。
最初に血を吸う人間は死んでもいい相手で試すか……。
って、死んでもいい相手か。
「……ハハッ」
俺は顔を手で押さえて、乾いた笑い声を漏らしていた。
パッと自然に出た残酷な考えに半ば呆れてしまう。
……やはり、少しずつ精神が変わってきているようだ。
「血を味わったからか?」
暗い洞窟へ問うように声を出していた。
当然の如く、暗い洞窟は答えてはくれない。
はっ、今更だな。最初に選択したのは俺だし。
眉間に皺を寄せて目を見開く。
拳を強く握り腕に力を込めて、真横の壁を、その拳で殴りつけた。
洞窟に鈍い音が響く。
衝撃でぱらぱらと小さい石が落ちてくる。
手が痛い……。
壁に真っ赤な血と拳の跡が残る。
拳を縁取るような毛細血管風の亀裂が刻まれていた。
凄いパワーだ。ヴァンパイア系の力。
今の種族は光魔セイヴァルトだっけか。
でも、拳は痛いし、出血している。
その痛覚を味わうように、手を開いては拳を作る。
……ズキズキと痛む拳。
しかし、拳の傷があっさりと治っていく現実。
実際に目の前で起きている全ての出来事が、現実(ホンモノ)だ。
洞窟には何もない。
暗闇の洞窟……。
その暗闇に手を伸ばし、何かを掴み取るように拳を作った。
そして、また、掌を広げては拳を作る。
血が必要なら摂取してやるさ。
もう昔の俺じゃない。もっと強くなってやる。
この暗い洞窟も、未知なる世界なのは変わらない。
想像していたのとはだいぶ違っていたがな?
この暗い地下世界に順応し、抗ってでも……。
「生き抜いてやる――」
思考を重ねた結果か分からないが、だいぶすっきりした。
松明を握り、暗い洞窟の奥へと進んでいく。
◇◇◇◇
時計を見ると夜六時を示していた。
ここには岩や石などが大量に転がっている。
拾っとこ。
石を拾っては、投げて<投擲>の感覚を試す。
時には走りながら<投擲>を試したり、<鎖>を伸ばしたりしていた。
しかし、この暗い闇の洞窟はまだまだ続くようだ。
松明の光、後……どれくらいもつだろう?
そんな心配をしながら歩いていると。
洞窟がなだらかに下降し、傾斜していることに気がついた。
その坂を憂鬱な気分で降りていく。
持っている松明の灯りが、周りの空間を映し出した。
ほぉ、人工物かな。
傾斜の通路を進む毎に、洞窟の壁や床の模様が変わっていた。
より鮮明に見たい。
そう思い、壁に松明を近付けて凝視した。
こりゃ確実に知的生命体が作った物だ。
部分部分に削った形跡や掘られた跡もある。
そんな刻々と変わっていく壁を触りながら傾斜を降りていく。
一本の大きな線が壁に入ると、洞窟は完全な石の回廊へ変わる。
天井や床は、四角形の石がびっしりと隙間なく敷き詰められていた。
横壁は日本の城にある石垣のようにも見える。
更に石垣通路を進む。
すると、右の壁に凹んだ棚があるのを発見。
棚には小さな像や細かく細工されたオブジェが置かれてあった。
それはまるで地球の古代エジプト、メソポタミア、シュメール文明を思わせる代物。
これ、確実に何かしらの文明が作った跡じゃん。
小さい彫像を手に取り、ちょっとした感動を味わう。
その彫像を棚へ戻そうとした時、奥に灯が見えた。
「あっ」
俺は思わず声を漏らしていた。
生物が住んでいるんだろうか?
そんな疑問を
拾った彫像を投げ捨て松明のあるほうに走り寄った。
しかも、松明は一つじゃない。
横壁には小さい溝がある。
溝には一定の間隔で松明が差してあった。
松明の光がはっきりと回廊を照らしている。
なだらかに斜め下へ続く坂道がある?
螺旋する坂道が下へ下へと続いているんだろうか。
松明は燃え尽きそうだし、ぽいっと捨てた。
暗がりが先に拡がっていたら、回廊に戻って差してある松明を取ればいい。
螺旋の渦のような回廊をグルグルと回るように降り続けていった。
しかし、この回廊の坂道を下っていると……。
大きい
疲れはないが、こうもぐるぐると歩くと、嫌になる。
すると、変化が――。
無限に続くと思われた螺旋回廊だったが……。
俺の願いを聞き入れたように、なだらかな傾斜から急な傾斜へと変化。
んだが、変わりすぎだろ。
滑り台かよ……内心、ツッコミを入れたくなるほどの急な傾斜。
所々に大きく削られたような凹凸がある。
階段状に変化しているから、その段差を利用しながら下りていく。
幾つかの滑り台のような石の坂を下りると、内側に鉄扉を発見した。
ボロい鉄扉。
その鉄扉を開けようと取っ手を持つ。
鍵が掛かっているのか、取っ手に力をいくら加えてもびくともしない。
扉は開かなかった。
「仕方がない!」
諦めの言葉を発して、鉄扉に足裏を見せる蹴りを喰らわせる。
鉄扉はぐにゃっと凹み、足の形の穴が空いてしまった。
――げえっ、ヤバ。
そこから大量の砂が流入してきてしまう。砂は勢いを増してきた。
砂の勢いが増え続けると、鉄扉が砂の圧力に負けたのか弾け飛んだ。
同時に大量の砂が扉があった場所から溢れ出た。
流砂のような急流が生まれて砂に覆われてしまう。
<鎖>を天井に刺すことを繰り返し――。
何とか体勢を保ち埋もれずに済んでいたが――。
砂の流れには逆らえず――。
砂の上で尻サーフィンをするように螺旋回廊を流れ落ちた。
途中、また扉を発見――。
が、砂の川は止まらない――。
そんな砂の川に流されていると、螺旋回廊が――。
突如、終わりを遂げた。
ドンッと、硬い地面へ尻から落ちる。
イタタタッ。
俺が砂に流し出された場所は……。
傾斜じゃなく、途中で回廊を斬ったような形か。
出口はズシンッと重低音を立て、大量の砂で埋まった。
危なかった。生き埋めになるとこだった。
そして、振り向く。
ここは――。
「おお、広い……」
そこには大空間が広がっていた。
古代神殿の遺跡っぽい。
手前の天井は低いが奥に行くほど高くなっている。
奥に行くに連れて段々と斜めに奥行きが広がっている構造だった。
神殿の奥には大きな石柱が並んでいる。
パルテノン神殿にあるような大きい円柱。
あの柱にはどれほどの圧力が掛かっているんだろうか。
柱には赤い光が灯っている。
松明の明かり。
……ん? 音……。
右から集団の足跡らしき音が響いてきた。
壁が見えたが、足音はその壁の向こう側から聞こえてくる。
反響しているのか?
この場所から判断すると……。
落ちた場所が神殿の入り口と仮定して、今、俺がいる位置はUの字型の底か?
俺から見たら、前方に空間があり左右には壁が続いている。
やはり、U字型だ。
とりあえず、足音が聞こえた右側を見よう。
右の壁に沿って小走りで壁に近付いていく。
壁にはレリーフが刻まれてあった。
へぇ、凄い造形だ。
人、耳長のエルフ、獣人系、背の小さいドワーフ等のファンタジー溢れる住人たちが武器を持ち、魑魅魍魎の怪物たちと戦っているレリーフだった。
その大部分が削れて消えている。
詳細は分からないが、色や形などは僅かに残っていた。
レリーフをまじまじと見ながら壁にぴったりと張り付き奥に向かう。
角に到着。
と、音が聞こえたほうに顔をそっと出して向こう側の様子を覗く。
「……」
うは、あいつらか。
……音の集団の正体が分かった。
緑の怪物たちだ。
赤黒い怪物と戦っていた緑色の集団とは装備が違う。
緑色の皮膚は同じだが、他の怪物たちってことか?
怪物集団は、この辺りを歩いて見回りをしているらしい。
五匹、いや、七、八匹いる。
緑色の怪物集団は壁の向こうへ行って見えなくなった。
あの数はヤバイな。
見つからないように行動だ。
奥に柱が並ぶ。
広い空間だ……左の端から見て回るか。
この遺跡の全体像は四角形?
前方に柱が並ぶ。
手前側は丸みを帯びたUUの形と仮定。
柱が並ぶほうが大きい空間として……。
まずは地形を把握したい。
他に出入り口がないか探すか。
今、俺が居るところはUの右の壁。
そこから中央を見ていく。その中央にも緑の怪物がいた。
柱の合間に衛兵のように佇んでやがる。
あれなら奇襲すればいけるか?
が、消えていった緑の怪物集団にバレたくはない。
それにしても、あの緑の怪物。
ファンタジー系のゲームや映画によく出るゴブリンにそっくりだ。
「雑魚っぽい……」
意外に強かったりするんだろうか。
<投擲>、<鎖>、<脳脊魔速>があれば行けるか?
否、まだだ。もう少し、左がどうなっているか見てみたい。
「ここからでは分からない――」
奥の左端には大きい柱が幾つかある。
ここからでは柱が邪魔で、前のほうが見えにくい……。
もっと全体像を把握しておきたい。
左側から移動だ。隠れることを意識しながら――左から迂回。
きょろきょろと頭を動かし続けて、柱から柱へと、柱の影を利用して移動していく。
左の端の柱は松明ではない。薄暗くなっていた。
これは好都合だ。
遺跡の左の隅には壁があるだけで、何にもない。
このまま左の隅から壁伝いに上の右の隅へと向かおう。
壁沿いを伝い遺跡上部の右奥へ更に進む。壁の先に灯が見える。窪みがあるようだ。
窪みの先に出入り口がある?
壁沿いから、赤い灯へ、中央の柱の影へと一旦身を寄せるように隠れた。
ここから、角度をつけて見れば窪みの先に出入り口があるか分かる――。
覗いた刹那、案の定。窪んで見えた場所に別の出入り口を発見。
ゴブリンの集団が消えていった方角のちょうど反対側か?
扉の両脇には松明台が二つある。そこに二匹のゴブリンが立っていた。
この遺跡にいるゴブリンの位置は大体把握できた。
今見ている、遺跡の上部に存在する扉を守るように立つ二匹。
中央の柱の間に立つ二匹。
もうここからでは見えないが、遺跡の右U字の奥にゴブリンの集団がいると予想できた。
とりあえず、あの扉を守るゴブリン二匹を狙う。
柱の影を利用して、更に近寄っていく。
ゴブリンに最も近い柱の影から、顔を少し出して、覗いた。
ゴブリンは兜は被っていないが、革の鎧を着ている。
緑で四角い顔。顔の彫りが深く目が大きい。
黒緑色の濃い繋がった眉毛で、頭髪は無かった。
思わず怪物らしい怪物の姿をじっくりと見てしまう。
ゴブ太郎、ゴブ衛門と命名。
ゴブ太郎はショートスピアを持っていた。
ゴブ衛門は棍棒らしき物を持っている。
勿論、彼らは俺には気付いていない。
俺の両手には石が一つずつ。合計二つだ。
この辺りに石は落ちてないので、慎重に狙わなきゃな……。
ゴクッと生唾を飲み込んだ俺は隠れながら狙いをつける。
狙いは頭。手前のゴブリンに焦点を合わせて、スナップを利かせる――投げ付けた。
石は頭に命中――鈍い潰れる音。
手前のゴブは頭が陥没し、地面に倒れた。
<投擲>スキルのお陰か、スムーズだ。
また、すぐに投げつける――。
奥のゴブの頭を狙ったが、石がずれて、首に当たってしまった。
チッ、外した!
「ゴォバッ」
首に当たったゴブリンは変な声を発し、喉に当たったのか苦しむように倒れた。
狙いは外したが、上手くいった?
「ヒャッホォォ、凄いな、<投擲>」
ピコーン※<
頭に音がなり、視覚にも<
隠れながら攻撃をしたから<
こんなすぐに覚えられるモノなのか?
しかも、この<
前から<
不思議だが、この〝スキル〟という言葉が現実に存在しているし……。
視界にも表示されている。
何なんだろう?
遺伝子の設計図に刻まれるのだろうか?
普遍的な事象と分かる。
脳がそう認識して理解していた。
<投擲>にしろ<
異世界、ファンタジーと言えば、それまでだが。
現実に体感している俺としては、このスキルを獲得して覚える感覚は自然なことと分かるが、違和感がある……。
――不思議な感覚。
不思議すぎるが、受け入れていくしかない。
何回も頷いて、一人納得していく。
<
スクワットのように屈み立ち上がるのを繰り返した。
<
先ほどの<投擲>も自然とスンナリ投げられた。
こう、手首がクイクイッと、スナップが利いて、より正確に投げられる感じか。
柱の影でコソコソと怪しい動きを繰り返す。
中央の柱の間にいるゴブリンたちには俺の怪しい動きは検知されなかった。
しめしめと喜びながらゴブリンの死体が転がっているところへ忍び寄っていく。
石が首にめりこんだゴブリンはまだ息があった。
だが、そのゴブリンの顔を見ていると、息絶えたのか動かなくなる。
その死体の首から、血だらけの石を回収し、ポケットに入れておく。
他には果物とショートスピアをもらっといた。金とかは持っていない。
革鎧はサイズが違い過ぎたので、そのまま放置。
汚い腰布や腰に巻き付ける紐があったので、それはもらっておく。
布は少し臭いが我慢。
さて、念のため、この死体を隠さなくてはな。
左隅の柱の陰に移動させておこう……。
俺はゴブの死体を柱の陰に隠してから、倒したゴブ二匹が守るように立っていた扉の中へ進む。
入って直ぐに下り階段があった。
その階段を下りていく。
階段を下りた先には通路があった。
乳白色の壁が左奥へ延々と続いているようだ。否、その奥にも右に続く通路がある。
左奥と右奥の二択。
左を進むか。
左の通路を選択。
壁に沿って慎重に歩いていく。
背を屈めて<
――曲がり角から先を覗く。
誰もいない。
同じような通路があるだけで、気配はなさそうだった。
その角を曲がり、狭い通路を進む。
すると、左に扉を発見。
前にも進めるが、まず、この扉の先を調べることにした。
そっと赤錆びた取っ手を押して入る。
古びた部屋だった。
斜め上に銀製のような丸い入れ物があり、中には淡い白光を発している光源がいる。
この光源、なんだろう。魔法の光か。
光源をたよりに部屋を調べていく。いたるところに蜘蛛の巣があった。カビ臭も漂う。
石の椅子や石の机が置かれてあり、奥には石の本棚もある。
どうやら、ここは、古代の図書館のようだ。
本棚にある本は朽ち果て埃や塵が積もっているので、この部屋はかなり古い時代に使われていたと推測できた。
何かの石材でできた本棚は縦長で部屋の奥まで続いている。
石材の本棚はまだまだ確りとした作り。
俺はショートスピアを握りしめて、本棚の奥を覗く――誰もいないことを確認。
ここには誰もいない。
入り口近くの空間に戻って座り、少し休憩することにした。
先ほど手にいれた桃みたいな果実をかじる。
――意外に旨かった。梨とマンゴーが合わさった感じ。
むしゃむしゃと咀嚼し、食べる。
そういえば、まだ何も食べていなかった……。
時計を見ると、夜十一時を示している。
今日丸一日、洞窟を歩き、走っていたんだな。
俺、それでも、全く疲れがないや。
多少腹が減ったぐらいか?
やはり、スタミナも並ではないようだ。
暇なので何か読める物はないかと、本を探した。
本棚にアロトシュ生命の木、ヴァイスの剣、オリミールの洗礼、アシュラーの暦と、表紙にタイトルが書かれた読めそうな本を何冊か見つけた。その本へ指を伸ばすが、本に指が触れた瞬間、全ての本はあっという間に塵と化す。
朽ちていたのか。
言葉が読めるほど残っていたのに、儚い。
しょうがない。
諦めて本棚の奥へ行く。
隅で休むことにしよう。
隅の壁に背を預けて、目を瞑り、暫くじっと、大人しくする。
自然と目を瞑り、寝入っていく。
◇◇◇◇
「――はっ」
と息を吐きながら、目を覚ました。
時計を見ると夜中の三時を過ぎている。
幸いにもゴブリンに似た緑の怪物はこの部屋には来なかったらしい。
移動するか、ここにいてもしょうがない。
この遺跡らしきとこから脱出しないと。
俺はショートスピアを握って古代の図書館らしきところから出た。
再び、古い鉄扉を開ける。
狭い通路に戻った。
ひとまず、左を選択。
右の通路は俺が来た道だ。
通路を進むと横幅が広くなった。
そして、いきなり十字路に。
前後左右に通路がある。
懊悩はせず真っ直ぐの道を選択し進んだ。
すると、また通路が狭くなってきた。
その狭い通路を抜けると、大きな明るい広間へと出るが、出た広間の柱や壁には巨大な赤いカーテンが掲げられている。
ありゃ、シンボルマークか?
三本の縦の線が交差し、その真ん中に斧のマークが付いたマークだ。
――えっ?
うひゃ、広間の奥にはゴブリンの集団が居た。
しかも、抱き合ってチチクリアウ姿。
「うげぇ、なんじゃありゃぁ」
ゴブリンたちのキモい姿に思わず声を出してしまう。
はっ、し、しまった。
「ギャゴ! ヌ?」
「げっ」
「ゴッ!?」「ニンゲンダ!」「ナゼ、人族ガァァ!」「ゴロセ!」
「え……っと」
俺は素早く視線を泳がして広間の道を確認する。右にも左にも通路はあるので、左の道を選択した瞬間――<脳脊魔速>。
スキルを発動。
――逃げた。
俺は走る、走る。
「グヌォォッ」「ニゲルゾッ」「オエ!」
ゴブリンの声。十匹近くいただろうか? 背後なんて見ていられない。
通路を走る――曲がった先は不思議なマークが記された木の扉。
――開けている時間はない。このまま肩から体当たりをして――古い扉をぶち破った。
よっしゃ、いけたぁ――部屋に転げながら突入。
肩に衝撃がきたが、意外に痛くはない。
<脳脊魔速>のスキルも同時に切れた。
埃が舞い落ち土煙が巻き起こる。
「ゴホ、ゴホッ」
舞い上がった砂が口の中に入り、咳き込んでしまった。
顔を歪めながら辺りを確認。
部屋の真ん中に作りかけの低い円柱がある以外――。
「全部、壁か」
木製扉を転げるようにぶち抜いて侵入した部屋は、円形の広い部屋で、壁には不思議な様式の模様が刻まれていた。
模様には葉脈のように細い線が幾つも見える。
そんな不思議な雰囲気に包まれた密閉空間。
ようするに、ここは行き止まりだ。
<脳脊魔速>の効果はとっくに切れている。
「イタゾオ」「コノ人族、ハヤイ」「オレガ、イタダク」
そうこうしてるうちに、追い掛けてきたゴブリンが円形の部屋に突入してきた。
閉じ込められたか。
三匹だけなら……殺れるか?
手にはショートスピア、ポケットには石がある。
囲まれるとヤバイが……。
<脳脊魔速>のクールタイムはもう少しだ。
<鎖>とスキルもあるし、乗りきってやる。
ゴブリンたちは笑みを浮かべて、俺に近寄ってくる……。
俺は後ろにずるずる下がっていった。
後ろ足が、部屋の中央にあった円柱の柱にぶつかる。
「ヒサシブリノ、人族」「オデモ、グウウ」
円形の部屋に続々とゴブリンの増援が入ってくる。
俺は中央にあった円柱に足を掛けて登ろうと、円柱の柱に体重を移した瞬間――。
ガクッと世界が揺れる?
――え?
――地面が揺れた!?
いや、おち――るるるうううっ――。
咄嗟に<鎖>を出す。が、天井には<鎖>は届かず。
うなるような風の音が耳をつんざく。
時すでに遅し……我は真っ逆さまに落下中なり……。
ひえぇぇぇぇ、そんなこといってられねぇぇ。
おちてやがる、おちてんよぉぉぉぉ。
ゴブリンたちも落ちているようだ。
ざまぁぁっとは、言えない。
あの部屋。
六角形の部屋全部が落とし穴トラップだったようだ。
――くそっ、<鎖>を横にも伸ばすが――横壁らしきものが無い。
無造作に<鎖>を出す――。
一緒に落下中のゴブリン数匹を<鎖>が貫くが、それだけだった。
下から勢い良く吹き上がる風が、矢のように全身を突き抜けるのを感じる。
パラシュートの無い、スカイダイビング。
嫌な考えが思い浮かんだ。
こりゃ、下に落ちたら、ペチャンコ? 嫌すぎる――。
鎖、鎖、鎖、鎖、鎖、鎖、鎖、鎖、鎖、鎖、鎖、鎖、鎖。
何回も<鎖>を出しては消してを繰り返すが、横幅もかなり広いらしく――。
虚しく<鎖>は空を走るのみ――。
俺の体はヴァンパイア系だ――。
潰れても死なないと思うが……しかし、最初は痛いだろうな。
そんな思考ができるほどに長く、まだ絶賛落下中。
突然――ぶあっと、何かを突き抜けた感覚。
耳に空気が詰まるような感覚を抱いた。気圧でも変化したのか?
しっかし、これ、どこまで落ちるんだ……。
諦めずに<鎖>の射出を繰り返す。
何回も、何回も、何回も、<鎖>を出して、無理かと諦めかけた、その時――。
<鎖>がガッと――引っ掛かった!?
<鎖>はしなって千切れず、俺を一気に壁へ運ぶ。<鎖>の感触にコンマ何秒か喜ぶが、思考はそこで途切れ途切れになった。
――物凄い勢いで横壁に激突。
衝撃が走り頭がひしゃげた音がして、脳が揺れる――横壁が崩れた。
壁に亀裂が入り壁の一部が崩れた。
左肩の半分が千切れてくっ付き、また千切れを繰り返す――肋骨も折れては治り、また折れては肋骨が胸から飛び出していた。そんな途方もない痛みと衝撃を何回も繰り返す。
――ドッと重低音? あれ――。
――え? 耳が痛い。あれ? 気を失っていたの――げぇ――。
骨の山から転がり落ちていく――。
ぐはッ――血? あひゃ――。
――アレ、股間がスースーぐあぁぁ――。
――ハッ、連続失神とか生まれて――。
――イタッ、耳がなくなった!? 痛みで起きるとか……。
骨の破片が飛び散ってゲェ――眼ガァァァ――。
――ハッ。
あれ、ここは――ぐぇぁぁ……口から血が溢れて……苦しい――。
死――……ハッ……ぐあッ。
また気を失ったのか、ぐぇぇぇ……また壮絶な痛みが……。
体の中に百足が這いずり回っているような……痛みの連続……。
視界が血の海になったところで、体がまだ回転していることに気付いた――。
これ、まだ骨の山を転がって――。
――ぐおッ、また気を失っていたか……。
長い縦穴から落ちた先は幸いにも骨の山だったらしい。
そんな骨の山を転がり落ちてきたか……。
沢山の骨がクッションになり、衝撃を無数の骨が吸収したようだ。が、体はピクリとも動かない。ここは底だと思いたい……暗い――。
「――痛」
え? また気を失ったのか。げっ、胸に太もも、体中に骨が刺さった状態かよ。
寝ている体勢から、自分の骨かも分からない物体を引き抜く――。
骨や細長い岩を体から引き抜く度に――痛すぎて、「ぐぇぇ」と吐き気がして、喉がいてぇ、が、血が溢れて喉の渇きが潤いを得て、あれ、喉が心地良く平和な気分に……。
刹那、ぶるりと全身が震えて筋肉が弛緩した。が、また――。
「グアァッ、ハァ……イテェ」
また気を失っていたのか。痛みを抑えるように「イッッ」と唇を噛む。体の傷を見た。
傷口から血が溢れているが、一瞬で傷が塞がっていく。
改めて
「回復能力が並ではない」
しかし、大丈夫か? 俺、確実に人ではないと分かる。
痛みは普通に痛いが……体の回復速度が速すぎる。麻痺してくる。
が、麻痺と言ってもな、落下の衝撃を何回も喰らいながら気を失っていた。
極度の痛みはその度に死んだってことだろうか。
不死身だが、痛覚は普通らしい。さて、そんなことより、ここはどこだ?
よろよろと立ち上がると、目の前の骨の山を見上げた――。
どこかの戦場跡やゴミ処理場の如く。
人間やモンスターの骨であろう物が大量に積み重なっていた。
その真上には、巨大な縦穴が広がっている。
これ、俺が落ちてきた穴か?
穴の奥を覗く。真っ暗。
あの高さからの墜落で、よくもまぁ助かったな。
普通の人間なら左腕は最初に千切れ、胸も頭も潰れるかして即死だったろうに。
真っ暗といえば、ここは明るい。
明るい光を放つ光源たちへ、顔を向けた。
――至るところに明かりがあるようだ。
天井から鎖で繋がれた大鍋がある?
その鍋の上には不思議なオレンジの炎が燃えていた。
「まるで地獄の底だな……」
辺りを見まわすが骨ばかりだ。
骨以外にも古びた剣や鎧に槍なども散乱していた。
「中には使えるのがあるか?」
先ほど拾ったスピアは勿論失くした。
なので、地面の骨を踏みしめながら、身に着けられそうな鎧に使えそうな武器はないかと、探索を始める。
目の前の巨大な骨の山にも、何かがあるようにも見えるが、骨の山が崩れそうだ。
迂回して進む。お、使えそうなキュイスを発見。
「この大きさと幅は、合うかもしれない――」
腰から太股に血で汚れたジーパンの上から赤緑色の鱗が付いたキュイスを装着した。
ジーパンは血だらけでボロボロの穴だらけ、ま、これはこれで合うから、いっか。
鎧もほしい……骨を退かし探しながら外へ移動していく。
骨の山から落ちてきた茶色に錆びた剣を拾う。
その剣で、落ちている骨を掻き分けて装備を探した。
食い物とかも探したほうがいいと思うが……。
が、どれも潰れていたり穴が空いていたりと、壊れた物しかない……。
――体格に合いそうな腕甲を見つけた。
右手の甲は鉄と鱗が熱で融合したような緑と灰色のくすんだ硬い金属だった。
古そうに見えるが、ないよりマシ。
手首を腕甲の裏側は虎模様の革と布で、留め金と紐がある。
その虎模様の革と布を紐で括り、留め金に紐を引っ掛けて結ぶ。
手首にフィットさせた。
その際に時計が……俺の時計は壊れていた。
表面は傷だらけ、風防硝子は割れて針はまがり、完全に止まっている。
折角の明かり、文明の力が……。
――捨てるか。
時計を骨の山に投げ捨てた。
――文明の遺産よ、去らば!
そのまま骨の山をぐるっと迂回して進む。
相変わらず、地面には骨が大量にある。歩き辛かった。
その歩いてる途中で思いつき、前方へ跳躍をしたりして、遊びを兼ねて移動することにした。
えいっ、やっと!
ジャンプ力も相当上がっているようなので、かなり前方へと跳躍できた。
だが、いっこうに代わり映えしない光景が続く。
この巨大空洞の骨空間は、まるで骨の大海だ。何処を見ても、視線の先には骨の海の地平線が広がっているだけ。
幸い、明るいので楽に進めるが……。
ひたすら、骨の海を走り、歩き、跳躍を続ける。
一日や二日はもう経っているだろう。
喉が乾いた。水が欲しい。
だが、ここじゃ食い物や飲み物は見つかりそうもない。
また骨の山があった。
その上には、また巨大な縦穴がある。
どうやら俺が落ちてきた穴のように巨大縦穴の下には同じように全部骨の山ができているらしい。
高いところに上れば、多少は全貌が掴めるんだが……。
「試すか」
そう呟くと、目の前の骨の山を見上げる。
よしっ、一気に行く。
足腰に力を入れて走って上る。
最初はいい感じに上れた。
だが、跳躍しても足がすぐに骨の海に捕まり、骨の渦に飲まれるように埋まっていく。
どんどん足が沈み骨の山は崩れて下に体が流されるだけだった。
仕方がないので、骨の山の脇を進む。
小さい骨を踏み潰しながら歩く。
手に持つ剣を杖代わりに、前へ前へと。
そんな調子で、何個かの骨の山を通り過ぎていく。
また骨の山か……と思った時。
のそのそ、ぞあぞあ、と動く人の集団? が見えた。
近寄ってみる。
んお? うはぁ、ありゃ、死体の群れだ。
ゾンビかよ。リビングデッド、動く死体だ。
骨だけのスケルトンもいる。
死体の集団がのそのそと歩き何かを囲うように動いていた。
その集団の一部が、俺に気付く。
ゾンビの腐乱死体は呻き声をあげて、近寄ってきた。
――うひゃ、くるな!
左手の手首をゾンビに向けて<鎖>を射出――。
――狙いは頭。
シュッと音を立て進む<鎖>は、ゾンビの頭部を突き抜けた。
頭を失ったゾンビは力なく地面に崩れ落ちる。
――やった。
前世で散々遊んだからな。
ゾンビが出るゲーム、ドラマや映画が大好きだったのを思い出す。
前世の楽しんだ光景を思い出しながら、<鎖>の射出&消失を繰り返し、とろいゾンビ共を屠ってゆく。
しかし、走ってくる本気の極悪ゾンビだったら――。
こんな余裕な態度ではいられなかっただろうな。
<鎖>以外にも右手が持つ錆びた剣も使う――。
ゾンビの頭部に切っ先を突き入れて、ゾンビを倒した。
剣の使い方は分からない。
ま、鋭い部分を当てればいいんだろ――。
と、素直に鋭そうな部分を伸ばして使うだけだ。
ゾンビは頭を潰せば動かなくなった。
骨だけのスケルトンは頭を潰しても動いてくる。
が、鈍くてカタカタ震えるだけだ。
骨組みを崩すように白骨に<鎖>を直撃させて倒していった。
ゾンビと数匹の骨を倒しきると……。
ゾンビたちが囲う骨の山の根本に霧の人? のような儚げなモノを視認。
――幽霊か?
なんだろうと近寄り、白い霧を観察すると……。
てんとう虫? 光っているし。光るてんとう虫の集団?
何故? 淡い白色に輝く、てんとう虫の集団が蛍のように浮いている。
「なぜここに?」
俺が手で触ろうとすると、そのてんとう虫たちは急に細かくジグザグに動き地面に急降下した。
不思議に思い、その地面を探ってみる。
「おっ」
その地面には掠れて読みにくいが、字が彫られてあった。
れ、て、た、わ、め、す、む。
異世界文字。読める。が、所々削れている。
その字の下に白色の大きいてんとう虫の飾りが綺麗なネックレスがあった。てんとう虫は芸術品の如く見事な作り。
飾りの端にはゴールドの鎖がついている。
てんとう虫の裏側には、溝の線が幾つかあるだけで普通のネックレスのようだ。
しかし、先ほどの光? 霧? みたいなのは……。
『……』
「んっ?」
手に持つと、微かに風が吹き抜ける。
てんとう虫のペンダントが白く一瞬光った。
「虫だけに、虫の知らせ? 一応、持っておくか……」
そう呟き、ネックレスを首に掛ける。
ネックレスは、それっきり光を発しなくなった。
その場を後にして、また、骨の山の脇を進み出す。
ひたすら歩く。
骨の海は無限地獄のように続いていた。
はぁ、どのくらいの時が経ったんだろう?
時間の感覚は、もう完全に狂っている。
足裏で骨を押し潰す音だけが周りに響いていた。
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