鉄花行

 お屋敷が燃えています。七年間をすごした、御主人様の花屋敷です。

 ぼくは遠くから見ています。薔薇園のすみにあるドブの中で、泥だらけの

顔をぬぐいもせずに見つめています。

 炎がみんな焼いていました。薔薇のだいだいも、百合の白も、すべてが赤に染

まっています。そのさまは地獄に咲く花のようで、ばちばちと音を立てて狂

い咲いていました。

「ころせ! ころせ!」

 炎のしたで、人間たちが影法師をゆらめかせています。屋敷に火を付け、

御館様や使用人を引きずりだしては殺しています。そんな彼らの行動はどこ

か、異国のお祭りみたいで、ぼくはぽかんと眺めていました。そのときぼく

は一瞬の間、なぜ自分がそこにいるのかわからなくなっていました。どうし

てお屋敷が燃えているのかも、なぜ自分がこんなところにいるのかも、なに

をすべきなのかも、わかりませんでした。そのときです、

“ねえ、おぼれちゃうわ。助けて”

 彼女の声が聞こえました。

“ここよ。ここよ”

 ぼくは慌てて泥の中に戻りました。そこの浅い川面を這いずって、やっと

のことでここまで連れ出した彼女を探します。

 その間にも人間たちの狂宴はつづきました。

「焼け! 焼き尽くすんだ!」

「ちくしょう! なんてことしやがる!」

「ああ! 親父が! 婆様ばばさまが!」

「焼け! 全部焼いちまえ!」

 お屋敷の炎を映した水面はまるでそのものが燃えているようにきらめいてい

ました。ぼくは炎の現し身に手を突っ込んで必死に彼女を探します。

「殺せ! 殺せ!」

「焼け! 焼け!」

 炎が、いよいよぼく達を照らし始めたときでした。水面下に刺し入れた人

差し指を、ちくりと彼女が刺しました。

“おそいわ”

「ごめんよ」

 ぼくは彼女を抱き上げながら呟きました。そのときです、屋敷が倒壊し、

炎が竜巻のように夜空を焼いて、彼女の姿を照らしました。それはとげを保っ

た薔薇の形をしていました。

 ロサ・ブラッダ・インフェルス。

 いまだつぼみすらつけていない彼女はしかし、その枝葉とトゲのたたずまいだ

けで美の気配をはらんでいました。多少すすけてはいても、その美しさに一切

のかげりはありません。

「焼け! 一株も残すな!」

 ですが、それもこのままでは危ういものです。

「……逃げよう」

“ええ”

 ぼくは彼女をまとめて担ぎ上げました。薔薇のとげが肩に食い込み、じん

わりとみ出した血が根に絡みます。

 その血を、彼女はつるりと吸い上げました。

「焼け! 一株も残すな! この呪われた種を根絶やしにしろ!」

 赤い血が瞬く間に葉脈を満たし、緑の葉に黒々とした紋様を描きました。

「焼き尽くすんだ! “死体の花”を!」

 ぼくは最後だと思ってお屋敷を見ました。そこには、炎にまかれる彼女の眷属けんぞくと、それを支える土たちがいました。

 鋼鉄の薔薇がありました。

 カラメルのチューリップがありました。

 肉のケシがありました。

 そして、そんな彼女たちを支える「土」がありました。

「殺せ! ……もう……殺してやるんだ! 墓守を呼べ!」

 それは死体でした。

 男の、女の、若者の、老人の、

 それは新鮮な肉で作られた、極上の土壌でした。

 ぼくたち庭師が作り上げた。最高の庭園でした。

 ぶるり。彼女が少し震えます。当たり前です。今は春。草花にとっては非

常に大切な時期です。彼女は本来だったらお屋敷の土に根を張って、たっぷ

りの水分と栄養を吸い上げてつぼみを育てているはずなのに、

「……はやく次の死体を探さないと」

 ぼくは探す。彼女の土を。

 彼女の名はロサ・ブラッダ・インフェルス。

 血と、魂をすする。死体の花だ。



 神様は月曜に世界を作った。

 神様は火曜に整頓と混沌を極めた。

 神様は水曜に細々とした数値をいじくった。

 神様は木曜に時間が流れるのを許した。

 神様は金曜に世の隅々まで見た。

 神様は土曜に休んだ。

 そして神様は日曜に、世界を捨てた。

 十三年前、神様は突然人の前に現れ。言いました。

「あの世はもはや満杯だ。この世もすぐに行き詰まる。ああ失敗した」

 その言葉だけを残して神様は消え、当時この世の春を謳歌していた人間は

驚いて震えました。種族として一億年も生きていない彼らが神様に会ったの

は初めてのことでした。その初めての言葉が、別れの言葉だったのです。

 その日から人は死ななくなりました。

 心臓が止まっても肉が腐っても。死者はうごめくのを止めませんでした。

 その日から人の子どもは生まれなくなりました。

 工場の火が落ちたように、新しい人は作られなくなりました。

 神様のいなくなった世界で人は絶叫しました。億の絶叫は血を噴き出して。

瀕死になるまで止みませんでした。生きている人はあっという間に少なくな

り。世に死者が蔓延はびこりました。

 そして墓守が現れました。

 墓守は神様が人のために遣わした最後の奇跡でした。

 彼らはふらふらと動き回る死者を埋め、墓を作って生者の安息を守りまし

た。そうされてやっと、人は安らかに眠れるようになったのです。

 子は生まれず、死者は出歩き、墓守が走る。

 それは誰も予想できなかった人類の末世だったのです。



 泥で滑って、根っこで転んで、それでもぼくは歩き続けました。

 木綿のパジャマはもうぼろぼろで、スリッパは泥を吸ってほとんど役に立

ちません。爪は割れ、体中があざだらけでした。月は出ていましたが木々に

遮られてひどく暗く。ぼくは根っこに足を取られてよくひっくり返りました。

 それでもぼくは休むことなく歩み続けます。だって、ぼくの体のことなん

て、本当にどうでもいいことなのですから。

 問題は薔薇が、――せっかく救い出した彼女が疲弊することでした。

 ぼくらはお互いに傷付けあいながら山道を行きます。彼女のトゲはぼくの

肩を刺し、ぼくの肩は彼女の茎を圧迫します。

 ひやりと、夜霧が右足に巻き付いて、親指と人差し指の間を冷たくしまし

た。気付けば右のスリッパがありません。あんなのでもないよりはましだっ

たようで、素足はすでにぼろぼろでした。細かい切り傷がいくつも並び、川

の石を踏む度に鈍く痛みます。さっきから左目の痛みもひどいです。煙にや

られて、それからずっと閉じたままでした。

「痛っ」

 彼女を担ぎなおした拍子にまた指を切ってしまいました。じんわりと緩慢

に染みでる血を、ぼくはしばし眺め。その赤い玉を彼女の根に運んでやりま

した。

「ほら、少しだけど。吸いなよ」

 柔らかな根に指先をうずめるとすぐに玉は消えました。彼女の細い根が紅潮

するように色づいて、おいしそうに血を運んでいく。でもこんなのはただの

時間稼ぎです。

「行こう」

 はたして、追っ手は来るだろうか? 歩きながらちらりと振り向いて思い

ました。正面の月は前を明るく照らすけれど、そのぶん後ろの闇を黒く落と

し込んでいました。

 振り返って、なんの根拠もなく屋敷の火が見えるだろうと思っていたぼく

は拍子抜けしました。そこには暗がりしかありません。よくよく考えてみれ

ば当たり前です。もう、山に入ってずいぶんと経っているのですから。

 ぼくは冷静に、しっかりと考えを持って山に逃げたつもりでしたが。その

実ずいぶんと混乱していたのだとそのとき初めて気付きました。

 そうすると、いままで恐れていたことが少し馬鹿らしくなりました。

 追っ手は、おそらく来ないでしょう。彼らは屋敷を襲うときや、果樹園に

火をつけるとき、それに、旦那様を殺すときなど、何かにつけて『死体の花

を燃やせ! あれを根絶やしにしろ!』と叫んでいたけれど。でも、実際は

そんなものが目的ではなかったのです。それはただのわかりやすい名目で、

本当に欲しかったのは地位とか権力とか、そういうものだったんだと思いま

す。

 御館様もあそこまでやらなければ、殺されることもなかったのに。

「でも、嘆いてもしかたないよね。僕らは僕らで先を目指そう」

 どこに行くの? と彼女が聞いた気がします。幻聴ではありません、庭師

にはそういうときがあるのです。まあそれを含めて幻聴だといわれたら反論

する手段はありませんが。

「山を越えればなんとでもなるさ。君の美しさとぼくの腕があればね。どん

な権力者にだって取り入れる。でもそのまえにできれば天国を探したいな」

 天国?

「そう、――ああ違うよ、気が狂ったわけじゃない。噂に聞いたんだ。そう

いう場所があるってね。本当に天国みたいな場所らしいよ。――まあそんな

の信じちゃいないけどね。ぼくが気にしているのは死体があるかどうかだけ

だよ。ま、墓場のない集落なんてありえないから、その辺は心配していない

けれど。……いやまてよ、本当の天国だったら墓場なんてあるはずないか

な?」

 フフフ、そうね。

 僕らはくすくすと笑いあい、そして気付きました。

 隣に流れる川がありません。

 あれだけごうごうと騒がしかったものが消えたというのにぼくはまったく

気付いていませんでした。ぼくらはすぐに昇っているのか下りているのか

さえわからなくなり、時折水音を聞いてそちらに向かうも絶対に川はなく、

悪戯いたずらに時と力を失うだけでした。

 ですからその場所に出たときはずいぶんと安心しました。

 そこはぽかりと開けた禿山はげやまで、岩と切り株だけが夜風に吹かれている寂し

い場所でした。

「……墓場?」

 こんな山奥に? とも思いましたが、もしそうなら僥倖ぎようこうです。死にたての

むくろがあれば土にできます。

 はやくはやく。と彼女がせかします。苦笑しながら、ぼくも急ぎます。そ

のときでした。東の空が燃えはじめました。朝日です。やれやれ、ようやく

あの長い夜が終わったようで。ぼくはほっと溜息を吐きました。その瞬間で

した。

「がっ! あがああああ!!」

 光を受けた左目の奥で純白の痛みが爆発しました。いまだ開くこともでき

ないそこは棒でも突っ込まれたように痛みました。

 思考が真っ白に燃え上がり、声にならない叫びが喉の奥から漏れ出しまし

た。いままでの人生で感じたこともない痛みでした。寒い日の頭痛を百倍に

もしたような、眼球をスプーンでえぐっているような。そんな痛みに耐えかね

て、ぼくは目を押さえて丘を転がり落ちて、森との間にある茂みに転がり込

みました。

 痛みは意識を失うまで続きました。


 目覚めもまた、痛みによってもたらされたものでした。

「痛っつ……」

 左目が相変わらず痛みます。でもそれは鈍い鈍痛に変わっていて、朝受け

剃刀かみそりのようなものではありませんでした。

 頭がうまく働かず、ぼくはぼんやりと右目を開きました。体は、なにか大

きな力で放り出されたかのように茂みの中に沈んでいて、そのうえに彼女が

重なっていました。

 ぼくはなによりもまず、彼女の状態を確認します。色つや良し。傷みなし。

 ほっと、安堵の吐息をはきます。息はかさかさに乾燥して喉を痛めました。

「……ごめんね。ちょっと休んだら、すぐに出るよ」

 時刻は昼をまわったあたりで、太陽は稜線を離れて薄い雲の向こうにいま

した。

「だいじょうぶですか?」

 ぼくは、本当ならもっと驚くべきだったのでしょうが、あいにく疲れ果て

てしまって、ただ、そちらをぼんやりと見ただけでした。

 その子はなぜか、肩にショベルを背負って、子どもらしい大きな瞳に心配

と警戒を半分ずつのせてこちらをのぞき込んでいました。

 変な子だなぁとぼくは呑気に思い、同時にもう少し信心深い人間なら天使

を見た、とか言い出すのだろうなと思いました。女の子はそれぐらい綺麗で

可愛かわいらしかったのです。

 もっと気にしなければいけないことは幾つもあったのに、そのときのぼく

はそんなことしか考えられませんでした。

「痛っ……」

「いたいのですか?」

 右目を見開いたのが引き金となって、引きれた左目がぼくを痛めた。

「じっとしていてください」

 少女が水筒を取り出し布巾を濡らし、ぼくの左目を拭く。

「……ありがとう」

「いいえ。お水、のみますか?」

 有り難く受け取ってそのほとんどを飲み干し。残りを左目にかけて、ぼく

は女の子に聞きました。

「つぶれてる?」

「―――― !!」

 それくらいは覚悟していたので軽く聞いたのですが。女の子はずいぶんと

衝撃を受けたようで、それで、ぼくはなんだか悪いことをしたなと思いまし

た。

「……私はお医者さまではないので、詳しくはわかりません。……でも血と

液で、糊を塗ったみたいになっています」

 そう、とぼくは答えて、

「それで、君は誰?」

 本来ならぼくは侵入者で、先に質問する権利は女の子にある。でもあえて

先に聞きました。女の子はやはり子どもで、そんなぼくの思惑に気づきもし

ないで素直に答えました。

「私はアイ。墓守です」

 墓守とは、神の奇跡です。肉の身を持ちながら親を知らず、ただ大地を行

き死者を埋める機械のような連中だ。彼らはただひたすらに、奇跡の具現で

す。

「嘘つき」

「う、うそじゃないですよ! ほら!」

 傍らのショベルを持ち上げて掲げて見せる。

「墓守ごっこが流行ってるの?」

「ごっこじゃないです!」

 少女はぷんすか怒って自分は墓守だと主張しました。ぼくらは笹の茂みの

中でやいのやいのと喧嘩をします。

「わかった、わかりました。君は墓守。理解した」

「それならよろしい」

 ぼくがおざなりに降参すると、女の子は鼻息をいてご満悦でした。

 やっぱり子どもで、ごっこ遊びだと思いました。当たり前です、ぼくは墓

守も沢山見てきたけれど、この子とはまったく似ていません。彼らとは土の

感じが違います。

「あなたは?」

「テッカ」

 偽名です。その名は彼女の、遠い国での別名でした。

「わかりました。テッカさんですね!」

 女の子はやはり、なんの疑いもなくいいました。ぼくは段々と居心地悪く

なってきます。

「それではすぐに村のみんなを呼んできますね。きっと大丈夫です。うちに

はちゃんとお医者様もいますから!」

「ちょ、ちょっとまって!」

 駆け出そうとする女の子をすんでのところで呼び止めます。

「……お願いだから、大人を呼ばないで」

「どうしてですか?」

 言い訳はひとつも思い浮かびませんでした。

「いえない」

「いえないって……」

「いえばぼくは殺される」

「は?」

「君が大人達を呼んでもぼくは死ぬ」

「な、なんでですか」

「いえない」

 ぼくは上半身をなんとか起こします。

「ねえ頼むよ。もう一晩だけ。ここにいさせて。明日の朝にはいなくなるか

ら」

「そんなこと言われても……」

「頼むよ」

 頭を下げる。

 そのままずっと待っていると、女の子は、渋々うなずいてくれました。

「……まあ、わりと元気そうですし」

 ありがとう。ともう一度頭をさげて。ぼくは聞きます。

「ここは墓場なのかい?」

「そうですよ」

 墓守のショベルをひょいと掲げて、女の子はうなずいた。ぼくは喝采をあ

げたい気分でした。

「ちょっと、案内してもらってもいい?」

「それはかまいませんが。……大丈夫なんですか」

 へいきだよ。と答えて、ぼくは立ち上がった。すると女の子は僕の体に絡

んだ彼女をやぶの一部だとでも思ったのか、手を伸ばして、

「あ、絡んでますよ」

「さわるな!」

 伸びてきた女の子の手を、ぼくは勢いよくはじきました。

「ご、ごめんなさい」

 女の子は可哀想なくらい縮こまってあやまります。

「……いや、こっちこそごめん。でもこの子はそこらの雑草じゃないんだ」

 このとき、女の子はようやく、ぼくに対して違和感を覚えたようでした。

 おそいなぁ。どこまで邪気がないんだ。普通の人間ならとっくの昔に距離

を置いている。

「あなたはいったい――」

「聞かないで」

 緑の瞳がぼくを見ている。

「頼むから」

 逃げるように、顔を背けると、女の子は溜息を吐きました。

「いいですよ……もう知りません」

 ありがとうはいいませんでした。

 女の子は、まるで本物の墓守みたいな仕事をしていました。

「だから本物の墓守なんです」

 ぼくはひとまず判断を保留して彼女の仕事を見ます。

 丘の麓に小屋があり、中にはスコップやら草刈り鎌やら墓場の仕事道具が

収められていて、すぐ前には井戸がありました。

 ぼくはそこで、浴びるように水を飲み。椅子に座って丘を仰ぎます。女の

子はそこで穴を掘っています。墓穴、だそうです。

 穴はなぜかいくつもありました。でもそれはぼくらにはどうでもいいこと

です。空の墓に興味はありません。重要なのは中身の詰まったお墓です。

 ……どうやら、いくつかあるようです。空の墓穴の横に、石の墓標が並ん

でいます。

 ぼくは小さな椅子に深く腰掛けて息を吐きました。どうやらなんとかなり

そうです。

 右肩にちらりと目線をやります。彼女はもうずいぶんと衰弱していて、で

きれば今すぐにでもあそこの死体を掘り返して植え替えをしたいところです

けれど、

 でもあの子がいるしなぁ……。ぼくは思いました。それは言い訳に近いも

のでした。実際は気力がなくて体が動かなかったのです。昼に入ってから

ずっと、そうでした。

 小屋の壁に、深く寄り掛かって時を待ちます。

 左目はずっと、鼓動のように痛みを発していました。

「では私は帰りますが……」

 空が紫色になった頃、女の子はいいました。

「テッカさんは本当に大丈夫なのですか?」

「平気だよ」

 ぼくは根が生えたかのように、ずっと椅子に座っていました。女の子は道

具を片付け、ショベルだけを背負って帰り支度をすませていました。

「ぼくのことは本当に、内緒にしてほしい」

「それはいいですけれど」

「それじゃあね。朝には消えてるよ」

「……では」

 女の子が帰りました。

「……」

 ぼくは目をつむって夜が来るのを待ちました。まぶたの裏で左目がズキンズキン

と痛みを発しています。それは明るさと共にドキンドキンにさがっていき、

最後には鼓動のようになりました。まるで心臓がもう一つそこにあるようで

した。

 目を開けると満月でした。

 ぼくは月明かりの下で立ち上がりました。体に気力が戻っています。これ

なら何とかなりそうです。

 小屋を開けます。よく手入れされた刃が闇の中でざわめきます。ショベル

をひとつ手にとります。

 月の光がつくるぼんやりとした影を踏んで歩きます。岩肌に張り付いたヤ

モリが転がるように逃げていきます。ふくろうが鳴き。こうもりが舞います。

 空っぽの墓穴に注意して丘を行きました。

 ちょっとゆるくなった中腹に墓標は並んでいました。あまり宗教を感じさ

せない、石に名前と没年を刻んだだけのシンプルなものです。

 順番に見ていきます。名前に興味はありません。没年にだけ注目していき

ます。

 右端の死体が、一番新しいようで、二年半前のものみたいです。鮮度で言

えばだいぶ厳しいですが。移動用に根をおおうぐらいならかまわないでしょ

う。

「よし……」

 満月の下で、ぼくは死体を掘りました。

 おそらくこれは、誰にも許されない行為でしょう。神様だって許してくれ

ないし、掘り返される彼ないし彼女も許してはくれないことでしょう。

 あの子も、きっと怒るだろうなぁと、ぼくは穴を掘りながら考えました。

金の髪と緑の瞳をもち、墓守を名乗るあの子もきっと許してはくれません。

だれもぼくを許しはしません。

 封印を破るように土に刃を差し込みます。月影が真下に落ちてきて、ぼく

は自分の影の中でうごめきました。

 罪悪感が胸の奥にちらつきました。罪悪感。そうです、ぼくは彼女に出

会ってからずっと、それを感じて生きてきました。

 彼女は人間の死体にしか咲きません。

 たぶん以前なら、死者が出歩く前の世界なら。それでもなんとかなったの

です。死体に花が咲いても、悪趣味の一種で済んだのです。でもこの世界の

死者は出歩きます。

 死者が――彼らが自分の体を「土」に戻そうとする生き物を、許すはずが

ありません。種を植えられた死者は必ずその芽をむしり取り、憎しみを込め

て投げ捨てました。

 だから、ぼく達はよりよき土壌の開発に専念したのです。もっと従順で大

人しい土の開発です。脳を破壊したり、脊髄を砕いたり、手足をもいだりし

てそれに当たりました。

 ぼくは、その全てに罪悪感をおぼえていましたが、親方様は違いました。

彼はむしろ、それこそを目的としていました。

 彼の持論はこうです。「人を飾る化粧は、全て死骸でできている。花の死

骸を搾しぼって香水といい、動物の死骸を砕いて肌に塗る、そして鉱物。――化

粧とはそれら死者の要素でできている。では死者は? すでに死んでいるも

のを死骸で飾っても、おぞましさが残るだけだ。……そうだ、死を飾るのは、

生こそが相応しいのだ……」

 そういって彼は、死者を飾りました。だから、かれの興味は彼女にはな

かったのです。あくまでそのベースとなる死者に興味があったのです。

 彼の様々な作品を思い出します。

「ネックレス」「黄昏の王冠」「指輪」「耳々飾り」「夜のドレス」「手

袋」「ガラス細工」「ブーケ」「赤い靴」「鎧」「頭蓋骨杯」「打楽器」

「バンドスコア」「生」「死」

 たぶん親方様は天才で、ある種の報われがたい才能を持っていたのです。

 その証拠に、今あげた作品達はいつも暗く、哀しい眼をして「殺してほし

い」とぼくに頼んでいましたから。

 ぼくは彼らに怯えました。壊すことなど到底できなくて、幾たびも夢に見

て罪悪感に震えました。ぼく自身が、なんどお屋敷に火を放とうかと、考え

たことです。

 でも、やはりそんなことはできず、ぼくは親方様の手足となって彼らを彩

り続けました。なぜなら親方様が死者を愛したように。ぼくは彼女を愛して

いたからです。

 爪弾つまはじきの生き物。死体にしか根を張れないおとぎ話の植物種。人の願いの

具現。神代の時代にあるような地獄の花。そんな彼女を、ぼくは愛してし

まったのです。

 だから、いいのです。

 良心とか、罪悪感とか、正義とか、

 そういうことはもう、いいのです。

 ぼくは彼女のために生きる。いま、その思いはさらに新しいものになりま

した。こうして罪を犯しながら、間違った行動をしながら、それでも心の底

に燃えるものに、確信を持たずにはいられないのです。

 死体を盗もう。罪をおかそう。

 彼女のために生きていこう。

 ショベルを構え、突き刺します。裸の右足に全体重が掛かって、皮膚は紫

に変色しています。小さな傷がまた開いて僅かに血が流れます。

 でもそれもどうでもいいのです。

「ふぅ……」

 膝が埋まるくらい掘りましたが、死体はまだ見当たりません。まあ、この

程度だと野犬が掘り返して食べてしまうので、深いことは望むところなので

すが、それにしても重労働です。そろそろ掘り当たってくれると嬉しいので

すが――。

 と、そのときカシャンと、ショベルがなにかを突き割りました。

 ぼくは疑問に思って手を止め、身を引いて月の光を穴に注ぎました。

 ショベルが割ったのは壷で、その中にはよく焼けた小さな白い欠片かけらが入っ

ていました。

 ぼくはその、どこか菓子めいた欠片を掌にのせてしげしげと眺めて、やが

てそれがぼくの探し求めていたものだと気付きました。

 嫌な風がふきました。

 ろろろろろ、という墓場の風に、ぼくはびくりと震えて骨を落としました。

白い欠片は穴の奥深くに落ちて月の光からのがれました。

 この辺りでは、死体はそのまま土葬されます。だから、そんなこと考えも

しませんでした。

 死体はすべて、骨になるまで焼かれていました。

 これでは彼女の土にはなりません。

 ぼくは腰を抜かしたまま隣の墓碑に這い寄り、すがりつくように没年を見

ます。

 五年前、それはもはや火葬土葬の区別がなくなる年月です。

 目の前が暗くなっていきます。左目がうずきます。そのまま飛び出すん

じゃないかと思うほど、ドクンドクンと脈打ちます。

「ああ……あああああ……」

 ぼくは座り込み、両手で痛みを抑え込んでひたすらに耐えます。焦燥感が

じわじわと胸を締めつけました。のどが持ち上がり、肩がこわばって足が震

えました。

 目の前で扉が閉まったようなイメージがありました。ぼくは暗闇の中で閉

じこめられてもうどこにも行けないのだと思いました。ぼくのか細い手は扉

を開くことはできず、別の道を探す瞳は片方しか開きません。

 全部、全部おしまいでした。

 ぼくは誰よりも上手く逃げたつもりでした。親方様の懐に逃げ、危険が迫

るとそこからも逃げ、彼女だけを頼りに逃げました。でもそれは、袋小路の

奥に向かって、早く早くと進んでいただけなのかもしれません。

 ぼくは絶望のなかに沈みました。

 もうなにもできないとおもいました。

 そして、僕はショベルを握りしめました。

 最初、なぜ自分がそれを手にしたのか、理由がさっぱりわかりませんでし

た。絶望の淵に沈み込んだぼくは呆然としながらも、なにか当たり前に次の

手だてがあるように動いてそれをつかんでいました。

 そしてしごく単純で明確な解答を得ました。

 死体がないなら、作ればいい。

 朝日と共に、あの子が来るぞ。

 その発想にぼくは恐怖しました。自分の頭が当たり前のようにその答えを

はじき出したことに吐き気をおぼえました。

 そんなのいやだ。そう良心が反対します。ですがぼくの良心はいつだって

敗北を喫してきたよわいものでした。

 ぼくは勝敗の決まった闘いをします。

 いやなのです。そんなのはいやです、許されないことです。

 だまれ、ヤレ。どの口がそれを言う。その言葉のひとつひとつが彼女への

裏切りと知れ。罪悪感がなんだというのだ。それこそがお前の欺瞞ぎまんなのだ。

なにを言い訳している。だれに言い訳している。それを聞くべき人達は昨夜

のうちに灰になったぞ。お前と親方様にどれほどの違いがある。彼は覚悟し

て悪を行い、お前は覚悟なしに悪を行った。ただそれだけだ。罪は罪だ。ま

だ自分はきれいなつもりか。まだきれいでいたいのか。

 左目が責めるように痛みました。体がゆらりと立ち上がります。

 その手には鈍器と化したショベルがありました。その脳には人殺しとなっ

た意志が詰まっていました。

 右目だけが変わらずにずっと暗い穴を見ています。その視界は濡れていま

す。

 左目からも涙が出ます。体のなかに痛みを、身体の外に涙をまき散らして

ジクジクとうずいています。落ちる涙が月の光を受けて、白骨の上に舞いまし

た。

 ひどい理由で流されたものでも、その雫は綺麗でした。

 ショベルを手に、いよいよぼくは歩き出します。

 体が勝手に動いているみたいでした。

 でもそれは紛れもないぼくの意志でした。

 思考の奥で良心がいまだにわめいていました。自分が二つに分かれたみたい

でした。さながら今のぼくはぼくを乗っ取ったわるい悪魔のようでした。

 泣く。

 涙が口の端からすっと入って、不思議な甘さを感じました。

 ふぅぅ。吐息を吐く。なんだか息まで熱くて甘い。

 一歩踏み出す。

 ぼくは様々な理由で泣きました。これから殺されてしまうあの子のために

泣き、これからあの子を殺してしまう自分のために泣きました。

 二歩踏み出す。

 彼女のために泣きました。死体にしか咲けない彼女を哀れんで泣きました。

そんな存在しか愛せない自分のために泣きました。三歩目から先は数えませ

んでした。

 ショベルを手にした人殺しが、夜の墓場を歩きます。ためらうように一歩

一歩、幽鬼のように頭を振って歩きます。そのたびに涙の雫が散って、満月

を映して落ちました。ふくろうがほぅと鳴きました。

 あの子を彼女で飾ろう。彼女であの子を飾ろう。

 思えば、最初からぼくはそのことを考えていたのです。親方様の手足で

あったぼくがそれに思い至らないはずがないのです。思いつかなかったのな

ら、それはその時点で囚われていたからでした。ぼくは出会ってからずっと、

あの子のことを女の子とか君とか呼んでいました。

 あの子の名はアイです。忘れていたわけではないのです。ただそう呼ぶこ

とができなかっただけなのです。

 なぜならそのときからぼくは、彼女を土として見ていたからです。

 ぼくは相変わらず泣いています。甘い涙を流します。

 親方様は泣かなかったのに。

 ぼくはそっちに行ってしまいたかった。彼と同じように外道である自分を

許して罪悪感を消し去りたかった。覚悟して悪を行い、彼女のためだと胸を

張りたかった。

 でも、

「……やっぱり、できない……」

 丘の途中で、がらんとショベルが落ちました。月がじっとぼくを見下ろし

ていました。そこには本当にどっちつかずで優柔不断でどこにも行けない愚

か者がいました。

 だめです。どうしてもできません。やりたくありません。ぼくは覚悟を持

たない悪は為せても、覚悟を持った悪は、できそうもありません。

 ぼくはまた、自分のために泣きます。

 自分のために泣いている、自分のために涙します。

 なんて中途半端な生き物なのだろう。彼女のためなら自分は死んだってい

いのに、彼女のために他人を死なすことはできないだなんて。

 そんな愚か者の取る道は、もういくつも残されていませんでした。

 ぼくは丘を下りきりました。そのまま小屋の前を素通りし、最初に倒れ込

んでいた薮の中に身を投げました。

 そしてたったひとつの答えを見つけて心がようやく楽になりました。ごつ

ごつとして葉っぱ臭い大地がふかふかのベッドのように感じました。

 ぼくが彼女にあげられるものなんて、最初からひとつしかなかったのです。

 それにようやく気付いてぼくは横たわります。

 涙は止まりませんが、心は穏やかでした。なぜならこの方法ならだれも傷

つかず、ぼくは罪悪感をおぼえず、彼女は花を咲かせられるからです。

 ぼくをあげよう。

 そう思いました。堂々巡りの観客なき大立ち回りのすえに、ぼくはようや

くそこにたどり着きました。

 たぶん、遅かれ早かれこうなったのです。ぼくはそのうち、どうしても我

慢ができなくなって、彼女に自分を捧げていたのです。だから、いいのです。

 ぼくは、真実、ぼくの命のために泣きました。

 甘い吐息が夜に漏れます。あおい月が世界をあわく照らしています。墓場

の隅にはぼくと彼女がありました。まるであつらえたかのような風景です。

 ぼくは小屋から盗んだナイフを抜きます。なるべく血が流れないように、

心臓の上に垂直に立てます。彼女のために、この命、一滴だって無駄にした

くはありません。

 血の一滴、肉の一片、その全てを彼女にあげよう。ぼく以外の全ての命を、

ぼくはあげられないから。せめてぼくだけは、全部あげよう。

 喜んでくれるかな、と幸福な気持ちで、ぼくは思いました。それはさなが

らプレゼントを渡す直前の、相手の喜ぶ顔をおもう幸せでした。

(あれ……?)

 ふと、

 そこで違和感に気付きました。彼女の声が聞こえません。

 そこでさらなる違和感に気付きました。そういえばさっきから、ぼくは独

り言をいいません。無理になにか言おうとしても、唇が左目のように張り付

いてしまっていました。

 それでもおかしなことに。おかしなことにおかしなことを重ねるようです

が、それでもぼくは彼女の気持ちがわかりました。

 彼女はまるでぼくのように、喜び、そして悲しんでいました。

 ぼくを喰らうことを喜び、そして悲しみました。死体にしか咲けない自分

のことを思って悲しみました。彼女もまた、自分の欲望に悲しんでいました。

 そんなのいいのに、とぼくは微笑み、いよいよ死ぬ瞬間が来たのだと悟り

ました。

 ナイフを逆手に無造作に持ち上げます。そうして土を掘るように振り下ろ

します。

 その手が直前で止まりました。

 ぼくは皮膚一枚でぴたりと止まっている刃をまじまじと見つめました。そ

れが止まった理由がさっぱりわかりませんでした。

“……ごめんなさい”

 彼女の声が聞こえました。

 ぼくは焦りました。ちがうんだ。これは、とにかくちがうんだ。まってて

くれ。

 振り上げ、振り下ろします。でも、何度やっても刃は肉に刺さりません。

 くそぅ、くそぅ。なんでだ、言うことを聞け!

 ぼくは、まだ恐怖に囚われているのでしょうか。ぼく自身の命を捧げるこ

とすらいとうというのか。

“ごめんなさい。ちがうの。ごめんなさい……”

 彼女はずっと謝っています。そんな必要ないのに。ぼくはその言葉にこそ

焦燥感を募らせてのたりのたりとナイフをふりまわします。

“もうその必要はないの”

 彼女は言います。

“もうそれ以上傷つく必要はないの”

 ぼくは混乱しました。彼女がいったいなにを言っているのかわかりません

でした。

“だってあなたはもう”

 そのとき、左目がいままでにない純白の痛みを爆発させました。背骨が弓

のように反りかえり、右手が意思とは無関係にナイフを放りすてました。

 ぼくは本当に悪魔に憑かれたかのように動けなくなりました。体は完全に

制御を失い、筋肉は針金を通されたように強張こわばりました。関節が鋼のように

硬直し、恐るべき激痛が目玉から全身へと走り続けます。

 ああ、と。ぼくはようやく彼女がなにを言いたかったのか理解しました。

そして、自分がどれだけ間抜けだったのかも理解しました。

 ぼくは激痛に身を任せ、体の壊れる音を聞きました。

 ばちん、ぼきん、ぶづん、ばりばり、

 ほう、と息を吐きます。その吐息は瑞々しく甘く、

 つぅ、と涙が流れます。その雫は蜜のように香ります。

 痛みが頭蓋骨を一周して、ついに右目にまで至ります。視界がぶつりと幕

を下ろしたように暗くなって、ぼくはうすぼんやりとした明かりしか感じら

れなくなりました。痛みはすぐに耳に至って、聴覚が消え去ってわずかな空

気の震えしか感じられなくなりました。皮膚の感覚だけが鋭敏で、他を補う

ようにひろがっていきます。

 その知覚は不自由なものでしたが、同時に豊かでもありました。僕は土の

濡れ具合に喜びを感じ、やさしく撫ぜる月明かりに息をひそめました。

 それは彼女の風景でした。

“……ごめんなさい”

 あやまることないのに。

 彼女は謝り、ぼくは慰め、そうして僕らは最後の時を過ごしました。まる

で夢のようで、ぼくはそれを幸せだと感じました。

 そして、ぼくはいよいよ左目をひらきました。

 彼女がひらく。固く閉じた瞼の奥で彼女がぐんぐんと押し上がりました。

瞼がぱりぱりと音を立ててひび割れて、花弁がゆるやかにほどけて透明な涙

をはじきました。

 全てのいましめから解かれた蕾がぐんと伸び上がります。月の蒼さに我が身を

誇るように。いま、満開となって咲き誇ります。

 開化。色はどこまでもあお、花弁は薄い八重、花形は咲いた端からこぼれ

落ちるロゼット。ゆるゆるとつぼみが解け、そして、弾けるように満開とな

りました。

 月と同じ色をした、青い薔薇。

 これがぼくの、ぼくたちの花でした。

「綺麗だ……」

 根の張った喉でなんとかそれだけ呟きます。

 ごめんなさい。

 彼女があやまります。いえ、それはすでに彼女ではありません。ぼくの声

です。僕の中に彼女がいます。いえ、彼女の中にぼくがいます。べきん、ず

るり、ごりごり、べきばき、じゅるじゅる、ごくごく、ばくばく、ぶつり、

人ごとのように自分が食べられる音を聞きます。我が事のようにぼくを食べ

る音が聞こえます。

 いいよとぼくは許します。本当に、心の底から許します。そして同時に許

されます。ぼくは彼女で、彼女はぼくです。

 ぼくは大きな許しの中にいました。今まで生きてきてこんな風に許された

のは初めてのことでした。許されて、そしてぼくは消え去ります。ぼくは彼

女になって私になります。私はゆったりと根を広げます。彼の願いを聞き入

れて、その血の一滴、肉の一片を吸い上げます。

 枝葉を伸ばして月光を浴び、こぼれて落ちるままに花を咲かせます。肉と

肉の間を根で探り、骨を割って髄をすすります。

 私は悲しみながら彼を食べます。

 それが彼の望みでした。一欠片ひとかけらも残さず、消してほしいと願いました。

 私は彼を花に変えます。

 咲いた端から花弁を落とす青い花は、まるで私の涙でした。

 やがて花が散り始めます。花は種をつけませんでした。私はその持てる力

をすべて、花をつくることだけに注ぎました。

 枯れるより先に散る花、種を残さない花。それが彼の花で、私でした。私

はそれでいいと思いました。彼を喰らって後に続くことを厭いました。

 花弁が、雪のように積もります。全てを覆い隠す、それはあおい雪でした。

 やがて私は最後の花をつけます。その力の全てを使って咲かせた花です。

そこを残して枝葉は枯れます。枯れた端から灰のようにぽろぽろと崩れてい

きます。後には大量の花弁が残りました。

 風が吹きます。墓場の風です。

 花弁が風にさらわれます。寒く、乾いた墓場の風に、甘く、湿った花弁が

まざって、どこかおめでたいものとなってあたりを吹きます。

 岩肌を駆け、木のうろをくぐり、梟となきあい、こうもりと踊り、ヤモリ

の鼻にちょんとキスをし、花弁は墓場にひろがります。

 そうして私は、あの青い月に昇っていきました。

 花弁は全て吹き散らされて、あとにはたったひと株が、ひっそりと残るの

みでした。

 明日アイが来て、

 私を見て、

 少しでも、キレイだって思ってくれたら、いいな。

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神さまのいない日曜日 外伝/入江君人 ファンタジア文庫 @fantasia

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