ep19.ツラヌキからザンゲキへ! 進化する刀!

 空気を切り裂く音とともに白刃はくじんひらめきが走る。

 その鈍い光はただ真っ直ぐ突き進み――

「――グギャァァァァァァァッ!?」

 ひど断末魔だんまつまを引き出した。

 叫んだ対象の胸を貫いたのは一振りの刀。しかしその刀身は異常なまでに伸びていた。

 刀身の根元あたりに『元』という文字が書かれ放電現象が起きる。すると刀身はひとりでに縮んでいき、その刀の元々の大きさへと変貌へんぼうを遂げた。

「――これでここらのモンスターは一掃できたか」

 刀の持ち主――丘村日色おかむらひいろはふぅと僅かに溜め息を漏らし、その場で刀を振るい血を飛ばすと、腰に携帯しているさやへと収めた。

 周りには数多くのモンスターが横たわっている。どれも同じ種類であり、青色のかえるが巨大化したような姿をしていて、見た目に寒気を催すほどの気持ち悪さを持っていた。

「フン、コイツらは群れで襲ってくるから鬱陶うつとうしかったな。まあ、大した事のない連中だったが」

 燃えるような紅髪を手で払いながら言うのは、リリィン・リ・レイシス・レッドローズである。

「よく言うな。さっきの戦いでお前はただ腕を組んで突っ立ってただけだろうが。これを全部倒したのはオレとジイサン、それにバカ弟子だぞ」

「フォフォフォフォ! 自分がやっていないのにさも自分の手柄のように言う。そんなお嬢様にわたくしはしびれてしまいますぞっ! ノフォフォフォフォ!」

 変わった笑い声を出しリリィンを擁護ようごするような言葉を吐く、白髪の人物――シウバ・プルーティスは、リリィンに仕える執事である。

「よーし! 勝ったですぞー!」

 天高く右拳を突き上げて声を張り上げる小さな人物。珊瑚さんご色の髪と、日色と同じ黒目を持つニッキという名の少女だ。

 彼女はモンスターに育てられていて、言葉もろくしやべることができなかったが、日色が二カ月ほど前に弟子にしてから、戦い方や言葉を教わり、今では問題なく会話もこなせるようになった。

 ただシウバに言葉を教えてもらったというのもあって、言葉遣いがシウバに似通ってしまったのは首を傾げてしまう事例ではあるが。

 するとリリィンの後ろで隠れるように立っていた二人の少女のうち一人が、

「……お、終わりましたです?」

 キョロキョロと周りをうかがいながら言葉を出す。メイド服とピンク色の髪が特徴的だ。彼女もまたリリィンに仕えるメイドで、シャモエ・アーニールという名前を持っている。

 そんな彼女の後ろで、彼女の腰に抱きついている小さな女の子の存在があった。

「シャモエちゃぁん……もうだいじょうぶ?」

「あ、はい。もう怖いモンスターさんたちはいなくなったようなので、大丈夫ですよミカヅキちゃん」

「そっかぁ!」

 ミカヅキと呼ばれたフワフワモコモコした白い髪を持ち、額にミカヅキ形のあざを持つ少女は、にんまりと安堵あんどの表情を浮かべた。

「まったく、ミカヅキは臆病ですぞ。これっくらいのことで情けないですな」

「むぅ! ニッキはいっつもうるさいのー!」

「う、うるさいとは何事ですかな! ボクは真実を述べただけですぞ!」

「べーっ! ニッキなんていつも失敗してごしゅじんにおこられてるもーん!」

「うぬぬ、それは……っ」

 ミカヅキの言う通り、ニッキは確かにこの歳にしては優秀ではあるが、いつも詰めが甘かったり、時折バカな言動をして日色に怒られることがある。

 ちなみにミカヅキは、元々ライドピークというモンスターであり、この中では誰よりも日色といた時間が長い。日色の魔法で人型になっており、日色のことを「ごしゅじん」と呼ぶ。

 またニッキとミカヅキは何かと反発し合っており、特に日色が関わるとよく口喧嘩げんかをする。二人とも日色を慕っているが故に、自分が彼の一番だと信じて疑っていないのだ。

「いやはや、それにしてもヒイロ様の持つ刀の切れ味は見事なものでございますね」

 シウバが日色の持つ愛刀――《刺刀しとう・ツラヌキ》に視線を置きながら言った。同じように刀に目線を落とす日色。

「何だ、欲しいのか? やらんぞ」

「ノフォフォフォフォ! 別に欲しいわけではございません。ただいつもながら《刺刀・ツラヌキ》の威力に感極まって言葉にしたに過ぎません」

 日色は彼の言葉に思わず固まる。

「……おい、何でこの刀の名前を知ってる?」

「ノフォ?」

「オレはお前らと旅をしていて、この刀の名を教えたことはなかったはずだ」

 ジッと疑心を込めてシウバをにらむ。

「そう睨まれると怖いですぞ、ヒイロ様。ただわたくしがその刀を見たのは、ヒイロ様以外のある人物が振るっていたことを知っているからですぞ」

「ある人物……だと?」

「はい。実はその刀は、我が友人が作り出した刀の一振りなのでございます。

まあ、《刺刀・ツラヌキ》は試作品として世に出た一振りなのでございますが」

「試作品……だと?」

 聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「はい。彼は獣人ですが、鍛冶師かじしとしては並ぶ者がいないほどの腕を持っております。懐かしいですねぇ。今彼はどこにおられるのでしょうか……」

 遠い目をしながら懐かしさにひたっている彼を見て、日色は怪訝けげんつぶやく。

「これが試作品……?」

 切れ味も抜群で、使い易さも群を抜いている。この刀で、何度命を救われてきたかも分からない。無かったらもっと苦労しているだろう。

 これほどの出来栄えの刀が、たかだか試作品だと聞かされて疑わずにはいられない。

「確かにそれは試作品でございます。彼の生み出す本作は、柄と刀身に彼が施したサインがございますから」

 見れば日色が持っている刀にはそれらしきものは見当たらなかった。

「それに本作であるならば、特異な能力を宿しているはずです」

「……特異な能力?」

「彼の生み出す本物の作品は、どれも信じられないほどの強度があり、かつ一振りで炎を生み出したり、岩を粉々にしたりと、およそ通常では考えられないほどの能力を有しておりますから」

「それほどなのか……」

「左様でございます。まあ試作品と言えど、彼の武器は持ち主を選びます。その刀、ずいぶんと輝いております。良い主の手に渡り、幸せでございましょう」

 そう言われて悪い気分ではない。しかし重宝してきた刀が試作品だったことがショックだった。

 シウバが言うには、その獣人が造った本作は、いくら使用しても刃毀はこぼれ一つしないとのこと。主が望めば、その姿は永遠を保つとのことらしい。

 確かに何度もモンスターと戦ったりしていると刃毀れはしてくる。その度に魔法で元に戻していた。

「本作か……いつか見てみたいものだな」

 シウバが絶賛するほどの代物に興味が湧いた日色だった。


 そろそろ日も暮れてきたので、どこかで休息をと思っていた矢先、日色は何かに気づいて「ん?」と眉をひそめた。

 空に浮かび上がっていく煙。誰かがき火でもやっているのだろうかと思った。

 それは少し先にある山のふもとから立ち昇っていることが分かったので、野営のための確認がてら、行ってみることになり足を延ばすことに。

 十数分後――想定していた通り、山の麓には一つの小屋があり、屋根から伸び出た煙突から煙が出ていた。

(こんな何もないところに小屋?)

 煙が出ているということは、中で誰かが何かをしているはず。つまり住んでいるということだ。

 周りは鬱蒼うつそうと茂った木々に囲まれており、小屋のすぐ近くから山道が延びている。

 他に人の気配はなく、無論小屋も視界に映っている一つだけ。

 小屋の裏手には清流が流れているので、そこで魚でも獲って生活しているのかもしれない。

 すると小屋からカンカンカンと、小気味の良い音が聞こえてきた。リズミカルでもあり、不思議と心地好さを感じさせるような響きだ。

 それは恐らく金属音で、一定の間隔で金属と金属を叩き合わせているような音である。

「ふむ。この音は……、お嬢様、どうされますか?」

「このような辺鄙へんぴな場所に住んでいるとは、相当の変わり種に違いない。是

非その顔を拝むというのも面白いかもな」

 また彼女の好奇心だけで動くという悪い癖が出た。それに……だ。

「お前の言葉はツッコみどころが満載過ぎる」

「何だと? 何か文句でもあるのか、ヒイロ?」

「あのな。お前は自分を棚の上に上げ過ぎだ。お前が旅をする前に住んでた場所を思い出してみろ」

「む……」

 さすがに口ごもるしかないだろう。何故なら彼女が住んでいたのは、湖の中心。誰も寄せ付けないといった感じに孤立した、それこそ辺鄙な場所だったのだから。

「まあ、変わり種ってのは否定しないがな。分かり易い事例も近くにいるし」

「き、貴様……ケンカを売っておるのか?」

「別にお前のことだなんて言ってないが」

「貴様の近くといったらワタシたちしかおらんだろうがっ!」

「……あ、そうだったな」

「ぐぬ……白々しい奴めぇ」

 恨みがましい目で睨みつけてくるが、見た目が幼女なので怖くはない。むしろ無意識に頭をでてやりたいと思わせるほどの保護欲さえ感じてしまう。

 もちろん日色はそのようなことはしないが。

「とりあえず、情報収集も兼ねてお話をお聞きしてみるというのはどうでしょうか?」

 シウバの提案に、「勝手にしろ」とリリィンが言ったので、彼がまず一人で小屋へと近づいて行った。扉をノックするが、反応はない。ただ金属音が響いているだけ。

 かなり大きな音なので聞こえていないのだろう。

 シウバも仕方なくといった感じで扉を開けて中に入って行く。しばらくすると音が止む。

 そしてシウバと一緒に、一人の魔人が姿を見せた。

 どこか貫禄のある中年の男性だ。まるで鍛え上げた獣人の身体のように逞しく、特に袖がまくり上がった腕の筋肉の盛り上がりが凄まじい。まるで丸太だ。

 えんじ色の髪を五分刈りにしていて、頑固一徹といった雰囲気を感じさせる風貌である。ただ全身汗まみれなのが気になるが。

 首から下げているタオルで、額から溢れ出している汗を拭きながら、鋭い目線で日色たちを半ば睨みつけるような形で見てくる。

「……旅人か、珍しいものだな」

 腹に響くような低音ボイス。醸し出す存在感も強く、シャモエとミカヅキはリリィンの後ろで若干怯えてしまっている。

「このような場所に来ても何もないぞ。金目のものが欲しいのなら、他を当たれ」

 無愛想にそう言うと、再び小屋へと戻ろうとする……が、男は日色の腰に視線を止める。そして目を細めてジッと射抜くように見つめた。

「…………刀? 小僧、刀使いなのか?」

「は? ……悪いか?」

「……いや、魔人なのに刀を使うというのが珍しいだけだ。お主ら、まさかワシに依頼でもしにきたわけではあるまいな?」

「依頼? 何のことだ?」

 リリィンが質問を返すが、答えたのはシウバだった。

「お嬢様、どうやらこちらにおられる方は、鍛冶師のようなのです」

「何? 鍛冶師……だと?」

「その様子だと、依頼にきたわけじゃなさそうだな」

 男は空を見上げてから、再び日色の持つ《刺刀・ツラヌキ》へと視線を落とす。そして静かにこう言う。

「もう夜になる。良かったらうちで休んでいくといい」

 こちらを気遣う一言。余所者を歓迎しない様子を漂わせていた彼だったが、何故か今はそんな雰囲気を感じさせない。

 日色たちが金目当てではないと思ったからだろうか。それとも……。

(オレの刀を見てから緊張が緩んだような気もするが……)

 やはり鍛冶師だから刀に興味があったということだろうか。

「どうするんだ、赤ロリ?」

「……鍛冶師……か。こんな場所に住むやからがどれほどのものを造れるのかは分からんが、少し興味が湧いた」

 ニヤリと口角を上げるリリィン。主に興味があるかないかで著しく行動が変化する彼女だが、どうやら男の提案を素直に受け取るつもりのようだ。

 日色は一応周囲を警戒しておくことにこしたことはないと思ったので、右手の人差し指の先に意識を集中させた。ポワッと青白い光が灯り、そのまま指を動かしていくと、空中に文字を形成していく。そこには『感知』の文字が浮かび上がった。

 発動させると、文字から放電現象が起こって瞬時に霧散。同時に日色の感覚が鋭敏になり、周囲に潜んでいる敵意などを感知できるようになった。

(……どうやら敵に囲まれてるってことはなさそうだな)

 もしかしたら小屋は賊などの罠で、旅人を引っ掛けて大勢で身ぐるみを

ぐこともあるかもしれないと懸念けねんしていたが、その可能性もないようだ。

 これが日色の魔法――《文字魔法ワード・マジツク》の真髄である。魔力で書いた文字に込められた意味を現象化させることができる万能の力。

 この世界――【イデア】に、勇者召喚に巻き込まれる形でやって来てからというものの、この魔法のお陰で日色はモンスターがウヨウヨいるこの世界で、危険はありつつも過ごしていけているのだ。

 日本では考えられなかった冒険の中、生きがいである読書欲と食欲を満たすため、そして好奇心に従って未知を経験するために奮闘し続けてきた。

 一応の目的地を、ここ魔人が住む地――魔界で唯一の国である【魔国まこく・ハーオス】を目指すことにして、仲間とともに旅をしているのだ。

 この魔界は一筋縄ではいかなくて、いきなり襲われたり騙されたりと、何度も危険な目に遭っているので、自然と日色の警戒心も強くなっている。

 日色たちは男の案内のもと、彼の家の中に入って行った。


 小屋の中は外見からは分からなかったが、奥行きがかなりあって、単純に広いと感じさせる造りになっていた。

 テーブルやキッチン、寝室などもあり、生活感溢れる場が形成されている。

 日色たちが通された場所は座敷になっており、畳のような造りになっている床に腰を下ろしてテーブルを囲むことになった。

「こちとら美味い茶など持ち合わせてはおらんが許せ」

「ノフォフォフォフォ! そういうことでございましたら、是非ともわたくしめにキッチンをお貸しくださいませ!」

「ぬ? ま、まあいいが」

「ありがとうございます。ではさっそく」

「あ、シウバ様、シャモエも手伝いますです!」

「ミカヅキも~!」

 シウバがキッチンの方へ行き、その後にシャモエとミカヅキがついていく。そして数分後、香り豊かな緑茶を持ってきてくれた。

「ほほう、大したものだな」

 味を見てから男がシウバをめる。

「お褒めの言葉、恐悦至極きようえつしごくでございます」

 シウバがれてくれた茶をたしなみながら、男の話を聞くことになった。男はグビッと美味そうに茶を喉へ流し込んでから、

「ワシの名はザフ。しがない鍛冶師をしておる」

 部屋の奥が工房になっているらしい。

 日色たちも順番に自己紹介をしていき、それが終わってからシウバが部屋を見回しつつ質問を投げかける。

「もしかしてこの小屋もザフ殿が?」

「ここにあるものはすべてな」

 日色も改めて小屋の中を見回す。

(凄いな。建築士としても大工としても一流なんだろうな)

 とても鍛冶師が建てたとは思えないほど、しっかりした造りをしている。柱も頑丈そうだし、造形美もバランスも悪くないように思えた。木造建築で、木の種類が違っていたりするが、それがまた味があって良い。

「ザフ殿、よろしければ工房を拝見させて頂くことは可能でしょうか?」

「……荒らさないと約束ができるのならな」

 ザフと約束し、日色たちは彼の工房を見せてもらうことになった。

 部屋の奥にある扉を開いた瞬間、中からムワッとする熱気が漂ってくる。サウナとはまた違った肌を刺すような熱さ。

 部屋の突き当たりには大きな炉があり、中には赤々と色づく石炭が見え隠れしている。

 汗と鉄と炭のニオイが鼻をつく。そこはまさに作業場。鉄に覆われて頑丈に造られた部屋は、思わず息を呑むほどの異様さを感じさせた。

(ここが鍛冶場か。初めて見たが、凄いもんだな)

 ハッキリ言葉にはできないが、この場所からは一種の聖域のような感覚さえ伝わってくる。ここは何の覚悟もない者がおいそれと足を踏み入れていい場所ではない、そんな気を起こさせるのだ。

 そして何よりも、壁に飾られてある幾本もの刀に目を奪われた。

 どれも刀身が美しく光り輝き、つい手に取ってみたいような魅力を備えている。

(オレが持ってる刀も見事だが、ここにある刀も壮観だな)

 日本人として、やはり刀というのは一種の憧れがある。だから《刺刀・ツラヌキ》を得た時はかなり嬉しかったのを憶えているし、刀の博物館と化している現状に日色の心は少なからず躍っていた。

「炉には近づくな、危ねえからな」

 ザフはそう言うが、簡単に近づくことができないほど熱を放っているので、何も考えずに近づく奴がいるわけが……。

「うおぉぉーっ! すっごいですぞ! あっついですぞぉ!」

 ……バカが一人いた。

「おいこらバカ弟子、炉に近づくなって言われただろうが!」

「にょわっ! い、痛いですぞぉ!」

 興味津々に炉に近づいていたニッキに大股で近づいて、日色は彼女の頭を軽く小突いた。

「言われたことは守れ! 飯抜きにするぞ!」

「そ、それだけはご勘弁をーっ!」

 日色に抱きつきながら必死に懇願するニッキ。

「ええい、鬱陶しい! 分かったから大人しくしてろ!」

 好奇心に突き動かされるのは悪くないが時と場合による。大火傷を負ったら大変なことになってしまう。

「それにしても素晴らしいものでございますなぁ。どれも見事な仕上がりで。これほどの腕をお持ちならば、国で働けばそれ相応に扱ってもらえるのでございませんか?」

 シウバがひげを擦りながら部屋を見回しつつ言った。

 確かにこれほどの刀を打てるのであれば引く手数多あまただろう。特に今の時勢では、かなり重宝されるはず。

「……ワシはこの仕事でもうけようなどと思ったことは一度もねえ」

「そうなのですか?」

「ワシは生涯を通して、納得できる一振りを造ることができりゃそれでいいんだ。国の鬱陶しいしがらみや、他人との煩わしい繋がりなんか邪魔なだけだしな」

 なるほど。だからこんな辺鄙な場所に住んでいるというわけだ。

「もしやこれまでにお誘いや鍛冶のご依頼が国から?」

「ここに移り住んでからはないがな。以前【魔国・ハーオス】の傍に小屋を建てて住んでいた時は、うるさいほど国の奴らが依頼しに来おったな」

「おおーっ、師匠! あの刀! 師匠の刀と似ているですぞ!」

「うるさいバカ弟子! 急に大声ではしゃぐな!」

 ニッキが壁に飾られてある一振りの刀を指差しながら声を張り上げるので日色が注意をすると、ミカヅキが「ニッキのおばか~、おこられてるぅ~」と楽しげにからかわれ、ニッキは頬を膨らませて、またミカヅキと言い合いを始める。

「シャモエ、その二人を連れて少し外に出てろ。やかましくてかなわん!」

「は、はいですぅ!」

 リリィンもさすがにニッキたちがいると話が進まないと思ったのか、シャモエに命令をして、シャモエはニッキたちと一緒に部屋を出て行く。

 渋々部屋を出るニッキたちを見て、ザフが僅かに頬を緩める。

「ふ……元気な子たちだな」

「元気過ぎて困りものだがな」

 肩をすくめながら日色は言った。

「しかし、あの子は見る目だけはあるのかもしれんな」

「む? どういうことだ?」

 眉をひそめて尋ねたのはリリィンだ。

「さっき、あの幼子おさなごが指した刀だ」

 ザフがニッキと同じように指を差す。同時に日色たちはそちらへ視線が向く。

 そこには刀身が氷のように透き通った刀が横向きに飾られてある。

 確かに日色の持つ刀の造形とよく似ていた。

「あそこに飾ってある刀は、ある刀をモデルとして造ったもの」

「ある刀? ……! まさか!」

 日色は反射的に腰に携帯している愛刀へと視線が向かう。

「そう、お主が持つ――《刺刀・ツラヌキ》をモデルとして造った刀だ」


 ザフが《刺刀・ツラヌキ》という名前を口にし、日色は知っているのかと

尋ねた。

 すると彼は懐かしそうに遠い目をして、高い場所に設置してある窓へと顔を向けると静かに口を開いた。

「とてもよく知っている。とはいっても、ある人から造形を教えてもらっただけだがなぁ」

「ある人?」

「その人は、ワシの鍛冶の先生ともいうべき方だ。まあ、教えてもらったのはほんの基本的なことだけで、期間もたかだか一週間ほどだったけどなぁ。お主が持っている刀は、その人が造り上げたものだ」

 瞬間、日色はシウバの顔を見る。彼もまた驚きに満ちた表情をしていたが、すぐに真面目な顔を浮かべると、

「もしかして、クゼルという鍛冶師ではございませんか?」

「っ!? 先生を知っているのか!?」

「やはり……お嬢様?」

「ああ、ザフに鍛冶師としての基本を教えたという輩はクゼルで間違いないようだな」

 日色は“クゼル”という名前に聞き覚えがあった。だが思い出せない。 

(どっかで聞いたのは確かだが……)

 恐らく一度か二度、名前を聞いた確信はあったが、有名人らしいのでどこかで小耳に挟んだのかもしれない。

「しかしまあ、まさかこんなところでクゼルの弟子に遭うとはな」

「どうやらお主ら、本当に先生を知ってるようだな。あの人は息災か?」

「さあな。ワタシたちもずいぶんと昔に遭っただけだ。どこにいるのかも知らん」

 リリィンの言葉に意気消沈気味に肩を落とすザフ。その姿だけでも、彼がクゼルを慕っていることが分かる。

「ですが、なるほど。あの方のお弟子さんならば、これほどのものが打てることにも納得です」

「……そう言ってくれるのは嬉しいけどなぁ。ワシなんてまだまだだ。先生の足元にも及ばん」

「ずいぶんと謙遜なさるのですね」

「謙遜じゃねえ。先生がこの世に生み出したものを見れば、鍛冶師として実力の差を思い知らされる。その《刺刀・ツラヌキ》だってそうだ。真似て造ってはみたが、やはり醸し出すオーラがまったく違う。よければ触らせてもらってもいいか?」

 普通なら断るが、彼の目には一切の企みを感じない。純粋に日色の刀を観察したいのだろう。

 日色が黙って刀をザフに手渡すと、彼は鞘から刀を抜いて刀身を見つめた後、「おお……」と感嘆の息を漏らした。

「うむ。さすがは先生だな。とてもこれが試作品で造られたものだとは到底思えんほどの出来栄えだ」

「……やっぱり試作品なのか」

 いまだに日色は信じられないが、《刺刀・ツラヌキ》を造った者の弟子までそう言うのであれば、もう間違いないのだろう。

「試作品といっても、一流の品であることは間違いない。ただまあ、先生の本作と比べるとどうしても見劣りはするがな」

「……! 本作を見たことがあるのか?」

「…………見たいか?」

「あるのかっ!?」

 いつか本作を見たいと思っていたので、もしここにあるのなら是非とも拝みたい。

 日色は全力で頷いて応えると、ザフはしばらく考え事をするかのように顔をうつむかせ、時折日色たちの顔を見回し、そして日色に刀を返すと……。

「その刀を持つお主らなら先生も許してくれるだろう」

 そう言いながら、鉄のテーブルの下に潜り込み始めた。

 一体何をするつもりなのかと思い見ていると、床の一部が剥ぎ取られ、そ

の中から布に包まれた何かをザフが取り出す。

 そしてそれをテーブルの上に置くと、自然と日色たちはテーブルを囲うように集まった。

「……これが本作……なのか?」

「そうだ」

「……刀じゃないのか?」

「いや、これは立派な刀……だったものだ」

「だったもの?」

「見れば分かる」

 そう言ってザフが布を取っていく。

 一体どんな刀が現れるのか、かなり楽しみだ。

 しかし布の中から現れたものは意外な姿をしていた。

「こ、これは……!」

 日色だけでなく、リリィンもシウバもソレを見て低く唸っている。それは決して感動して目を輝かせるようなものではなかったからだ。

 確かに握り易そうな黒い柄には、前にシウバが言ったサインらしきものが刻まれてあるが、刀身は半ばから折れていて、それはもう刀と呼べない代物になっていた。

「むむむ、確かにこのサインはクゼル殿のサインで間違いないようですな」

「ああ、しかし見事に刃が欠けているな」

 シウバの言葉にリリィンが続けた。

「当時、新米鍛冶師として壁にぶつかって、上手く自分の思い通りの武器が打てずに落ち込んでいたワシに、先生は一週間だけだがみっちり基礎を叩き込んでくれた。鍛冶師としての心構えもな。そのお蔭で今のワシがおる。こいつはな、先生が旅立たれる時にワシに託してくれたものだ。先生との繋がりがほしくて、ワシがねだったという事実もあるがな」

 その時から、刀身は折れていて、最早刀としての機能は失われていたという。

「ワシは何とかこの刀を甦らせたいと思い、今まで腕を磨いてきた。先生に追いつくためにも、再びこの刀に輝きを取り戻す必要があると、な」

「だがこの現状を見るに、失敗続きだということか」

 リリィンが気を使うことなく思ったことを口にすると、ザフが苦笑を浮かべる。

「普通の武器を造るような素材じゃ、こいつは拒否してしまうんだ。今、その証拠を見せてやろう」

 ザフが炉に向かい、驚くことに近場にある刀を溶かし始めた。

 そして溶けて真っ赤になったマグマのような鉄の液体を、真ん中に穴の開いた分厚く黒々しい物体に注いでいく。恐らくあれである程度の刀の形を整えるのだろう。そして折れた刀を、その穴に入れていく。

「こうやって繋ぎを作り、新しい刀身を形作るが……」

 しばらくすると、液体は折れた刀身とくっつき、紅蓮ぐれんに色づく長い刀身に生まれ変わる。ここからハンマーなどで打って形を整えていくらしいが……。

突如として繋ぎとなった部分が黒々と変色すると、ボロボロと崩れていき、元の折れた刀へと戻ってしまった。

「武器ってのは、魂が宿ってるもんだ。こいつが認めねえ素材は、こいつ自身が弾いちまうんだな。だからいくら造り直そうとしても拒否し失敗しちまう」

 ザフは大きく溜め息を吐き、日色を見つめ申し訳なさそうに言う。

「悪いな。せっかくだし本作を見せてやりてえんだがな」

 普通の武器を造るような素材。彼はそう言ったが、彼が造った刀たちは、どれも驚愕を覚えるほどの出来栄えを持っていると日色も思った。

 素材だってそれなりのものを使っていることだろう。ザフの腕だって超一流のはず。それなのにクゼルの本作は受け付けない。

(おいおい、わがまま過ぎやしないか、あの刀)

 しかし日色の中で、完成した本作とやらを見てみたいという衝動にかられる。

 この《刺刀・ツラヌキ》すら試作品と言わしめるほどの完成品。是非とも一度手にして振ってみたい。

 だが鍛冶の基本も知らない日色が、本作が満足できるような素材を持っているわけがなかった。

 だがその時、予想だにしない一言が工房に流れた。

「――それなら師匠の刀を使えば、本作ができるのではないですかな?」

 シャモエやミカヅキとともに外へ出て行ったはずのニッキが、無邪気な笑顔を浮かべていた。

「お、お前急にどこから……!」

「師匠いるところに愛すべき弟子は必ずいるんですぞ!」

「愛すべきって……お前が言うなお前が」

 ニッキの言動には時々本当に呆れてしまうものを感じる。

 ただリリィンは、なるほどと頷きを見せていた。

「……しかしニッキの言う通り、同じクゼル作の刀を素材として使えば、その本作も完成できるのではないか?」

「あのな、赤ロリ。これはほとんど旅の最初からずっと一緒に過ごしてきた奴だ。もし失敗したらどうする?」

 この刀には何度も助けてもらっているし、愛着ももちろんある。手放したいと思ったことなど一度もないし、これからも使い続けたい。

「しかし貴様も本作を見てみたいとは思わんか?」

「そ、それは……」

 確かに見たいと思う。しかし……。

「もし完成したとして、オレはこれから何を使って戦えばいいというんだ?」

 刀がなくなって、手ぶらで戦えと言うつもりだろうか。

「……貴様の魔法で刀のコピーとかはできんのか?」

「おおっ! その手がありましたぞって痛い!? な、何で急にぶつのですかな、師匠!」

「うるさい、バカ弟子。コピーをしたとしても、性能がそのまま完全に発揮

されるわけじゃないんだよ」

「む? どういうことだ、ヒイロ?」

「確かにオレの魔法を使えば、外見上そっくりの刀を生み出せる」

『模倣』や『分裂』などの文字を使えば、オリジナルからレプリカを作ることは容易い。

 だがオリジナルと比べて、性能がやはり落ちてしまうのだ。それに無から有を生み出す力は、永遠に顕現させておくのも無理なのである。時間がくれば消失してしまう。

「なるほど。そうそう上手い話はないということだな」

「そういうことだ」

 リリィンも納得してくれたようだ。

(まあ、もし四文字魔法が使えるようになって『完全模倣』の文字とか使えばあるいはオリジナルと比べても遜色ないものができるかもしれんが)

 しかしそれもまた仮定の話でしかない。

「――――ならば、完成品を譲るといったらどうだ?」

「は? ……アンタ、正気か?」

 いきなりのザフからの提案。

「アンタ、本作を造ることで自分の師に追いつきたいって言ってたが、造ったものを簡単に手放してもいいって言うのか?」

「勘違いするな。ワシは刀を甦らせたいと言ったが、手放したくないとは一度も言ってねえぞ」

「……いいのか、手放して?」

「ワシにとって、先生と同じ刀を造れたという事実が大事なんだ。それにな、本作を託すのは誰でもいいってわけじゃねえ」

 スッと目を細めて、ザフが日色を見つめ、そのまま視線を《ツラヌキ》へと移す。

「その刀を持つお主だから託せるとも考えている」

「? どういうことだ? オレらは今日初めて会ったばかりだが」

「言っただろう。武器ってのは魂が宿るもんだ。その《ツラヌキ》は輝きを見たら、どれだけいい主に恵まれてるか一目瞭然だ」

「当然ですぞ! 何といっても師匠はボクのししょふぶっ!? うぅ~ま、また師匠がぶったですぞぉ……!」

 涙目で頭を擦りながら距離を取るニッキ。

「お前はいちいちうるさい」

 師匠として敬ってくれるのは嬉しいことだが、空気を読めないのが玉にきずである。

「悪かったな、話を続けてくれ」

「う、うむ。まあ、言いたいことは言ったつもりだが、とにかくお主ならば、本作を託せると思っただけだ」

「そんな簡単に決めてもいいのか?」

「簡単じゃねえ。それにたとえ本作が完成しても、そいつがお主を認めるかはまだ分からねえしな。最高の武器ってのは持ち主を選ぶ。愚かな主を持てば、武器は真価を発揮することはねえ」

「……それじゃ、オレが本作に認められたら、何の憂いもなくオレにそいつをくれるっていうんだな?」

「《ツラヌキ》を使わせてもらう以上、もし認めてもらえなくても、ここから好きな武器をやるがな」

「………………面白い」

 正直にいって、本作に認められるかどうかは分からない。だが試してみたいという思いにかられた。

 もし本作を手にできれば、もっと強くなれる。そうなれば、これからの旅にも安心感が増すだろう。

「いいだろう。この刀を、アンタに託す。だが、必ず成功しろ」

「……真っ直ぐな目だ。あい分かった。全力を尽くそう」

 ザフに《ツラヌキ》を託すことに決めた。あとは失敗しないように祈るだけだ。

 ――それから三日。ザフは工房に立てこもることになった。


「――あれから三日か」

 ザフの家で、日色たちは三日を過ごしていた。

 何度も何度も金属を叩く音が聞こえ、閉じられた工房からは時折凄まじい熱気と緊張感が漂ってくる。

 夜になっても時々刀を打つ音が聞こえるので、恐らくこの三日、彼は眠っていないのだろう。

 一度ニッキとミカヅキが興味本位で覗こうとしたが、日色が止めた。ザフの集中力を途切れさせるような行為は許さない。

 ザフが言っていた。いくら《刺刀・ツラヌキ》を使うからといって、必ず完成できるわけではない。精々完成の確率が上がるだけ。

 つまりはザフの腕次第なのである。確率的に二十パーセントもあればいいだろうと彼は言っていた。

 そんな低確率なのに、何故日色が愛刀を託したのか。その理由は、やはり本作を見てみたいという欲求が強かったからだろう。

 それに説明はできないが、何となく本作をこの手にできるのではという予感めいたものも働いた結果だ。

「で、でも大丈夫でしょうか。ザフさん、お食事もまともにとってらっしゃらないのですが……」

 心配性のシャモエが、工房の方を見つめながら言った。もしかしたら、夜中にでも工房から出てくるかもしれないと考え、食事を工房の扉の前に置いていたが、それには手を付けていない。ということは一度も外へ出ていないということ。

 工房には水道が設置されているので、水分は補給できるだろうが……。

「作業の音が聞こえるから大丈夫だろう。プロの仕事だ。ワタシたちが口出しするわけにはいかない」

 素っ気ないリリィンだが、その口ぶりだけでもザフを認めていることが分かる。彼女もザフの造った刀に魅入られたのかもしれない。

「おや、どちらに行かれるのですかな、ヒイロ様?」

 日色が玄関の方へ向かったので、シウバが声をかけてくる。

「暇でな。少し散歩をしてくる」

「では、ニッキ殿も……って、それは叶わないようですな」

 見れば、シャモエの膝の上で、ミカヅキと一緒に寝息を立てていた。起きているとうるさい二人だが、こうして寝ているとまるで天使のような寝顔だ。

 日色は一人で外へと出て、気分転換に少し歩き回ることにした。

(本作か……実に楽しみだな)

 ザフの一振り。一心不乱に鍛え上げた……というよりは造り直した刀は、一体どれほどの業物わざものになるのか想像しただけでワクワクしてくる。

 はやる気持ちを抑えるように、日色は小屋の裏手にある清流へと向かうことに。

 河原は大小様々な小石が敷き詰められてあり、美しい川が流れていた。ここならば多くの魚もいるだろう。

 しかしその時、ポツポツと川面に小さな何かが降り注いできた。反射的に上空を見ると、どこかで見たような真っ赤に色づく雲が浮かんでいるのを発見する。

「!? あ、あれは……っ」

 日色の傍にも雲から滴が落ちてくる。ただそれは普通の雨ではなく、まるで赤い絵の具を溶かしたような赤々しい色をしていた。

(さっきまで晴れていたが、相変わらずの環境だな。それにしてもまさか《赤雨レツドレイン》が降るとは……)

 初めて見たのはリリィンと初めて会った時だ。彼女の屋敷の上空を覆った赤い雲から、このような赤い雨が降って来ていた。

(確か《禁帝雲きんていうん》……だったか)

 その雲から降る雨は異常な特性を持っており、その周囲にいるものたちは、

例外なく魔法が使えなくなるという《魔封まふう状態》を作り出してしまう。

(久しぶりに見たが、まったくもって奇妙な雨だな)

 しかし他にもある特性を持つことをすっかり忘れており……。

「……いっつっ!?」

 肩に落ちた滴だが、ズキッと痛みが走った。

(そうだった! この雨は鉛のように重かったのを忘れてた!)

 そう、硬度は水と変わらないのだが、何故かその質量が水の十倍以上もあり、その身にくらうとまるで鉛の雨を浴びているような衝撃を受けてしまうのだ。

 慌てて日色は近くにあった大木の下へと雨宿りをするために走った。

 そこに数分滞在していると、雨はすぐに止み、今度は地面に溜まった赤い水溜まりが気化して、霧となって周囲を包み始める。

(まあ、別に濃霧ってわけじゃないし。止んだから良しとするか)

 そう考え、そろそろ小屋に戻ろうと大木から移動しようとすると、全身を殺気が貫いた。

「っ!? …………何だ?」

 日色は目だけを動かして周囲を確認する。

 すると霧舞う木陰から、ぬぅっとゆっくりと大きな塊が姿を現した。

「――モンスターか!?」

 そいつはゴーレムのような、身体全体を石で覆われた巨大なモンスターだった。ゴツゴツした分厚い腕で弾き飛ばされると致命傷になりかねない。

 相手は近場にある木々を少し押しただけで倒すほどの膂力りよりよくを持ち合わせているのだから。

「面倒な相手だな……っ!?」

 いつものように腰に手を当てるが……。

(しまった!? そうだ、刀はここにない!?)

 そこで初めて自分が丸腰だということに気づく。

(いや、焦るな。なら魔法で……)

 だが魔法を使おうとしても発動することができない。

 周囲に漂う赤い霧の意味を思い出し歯噛みする。

(くっ……霧状態でも《赤雨レツドレイン》の効果は継続してるってわけか)

 つまり今、日色は無防備に近い素手でモンスターと対峙たいじしているというわけだ。

 相手が弱いモンスターであるならば、今の日色のレベルならば徒手空拳でも倒せるのだが、ここは魔界で、生息するモンスターのレベルは軒並み高い。とても今の状態で対抗できるわけがない。

(何とか隙を見て小屋まで逃げれば……っ)

 そう思った瞬間、ゴーレムがその巨体に似合わない速度で接近してくる。

「くっ、速いっ!?」

 頭上から振り下ろされるハンマーのような拳。

 左側へ跳んでかわすが、破壊された地面の破片がつぶてとなって日色に襲い掛かってくる。

「ぐぬっ!?」

 腕をクロスさせて防御する……が、到底無傷では済まない。尖った小石などが身体を傷つけていく。どうやら紙一重でかわすのは自殺行為のようだ。

 だが拳を振り下ろした後は隙だらけだったので、すぐに距離を詰めて腹に蹴りを放った。これで倒せる、もしくは転倒してくれれば時間も稼げると思ったのだが……。

「――っ、反応なし……か!?」

 まるでビクともしていない。まともに横っ腹に蹴りを受けたというのに。

 今度はゴーレムの番だと言わんばかりに、すぐに日色の方に振り向き大きな手を広げて捕まえようとしてくる。

 咄嗟とつさに後方に跳んで回避するが、相手の指が伸びて日色の身体をからめ捕ってしまう。その指もまた石のように頑強で力任せでも引き千切れない。

 ゆっくり指を元に戻して日色をガッツリとその手に掴むゴーレム。すると顔らしき部分にピキッと横筋が走り、大きな口が現れた。

(ぐっ! オレを食う気か!?)

 このままだと殺されてしまうと思い、全力で拘束を解こうとするが、相手の力の方が強く動くのは指だけだ。

(くそ! 魔法さえ使えればっ!?)

 そうでなくとも武器があれば何とかなった可能性もあるが、そのすべては今、日色から消失している。

 だがその時、ゴーレムの横顔にサクサクサクッと食事用のナイフが数本刺さった。


「――――ククク、思いがけぬ窮地だな、ヒイロ」


 この状況に相応しさを感じさせないような楽しげに聞こえる声音が、頭上から聞こえてきた。当然、日色は上を確認する。

 そこには黒い翼を生やして宙に浮かんでいるリリィンの姿があった。

 同時に木の上には、シウバの姿も、だ。彼がナイフを投げたのだ。

 ただそのお陰で、ゴーレムの意識が攻撃をしたシウバへと向かい、日色の身体を拘束している力が弱まった。

(――今だっ!?)

 身体を動かして、ゴーレムの顔に蹴りを放つと、ゴーレムの拘束力がさらに弱まり、そこから激しく身体を動かして抜け出すことに成功した。

 すぐにゴーレムから距離を取る。

「――ヒイロ、受け取るがいい!」

 上空からリリィンの声とともに何か細長い物体が降ってくる。日色はそれを掴むと目を大きく見開く。

「こ、これは……っ!?」

 ――一振りの刀。

 黒い鞘に収められ、炎のように真っ赤な柄が存在感を強めている。ずっしりと重いそれを受け取った瞬間、本能的にその刀が今まで出会った武器のど

れよりも上位に位置するものだと理解した。

 鞘と柄の間から異様なオーラがにじみ出ている。まるで早くこの力を解き放ってくれと言わんばかりに。

「ザフから言伝ことづてを頼まれている! 刀銘とうめい――《絶刀ぜつとう・ザンゲキ》! この世で一本しかない至極の刀だ! それは普通の刀ではなく――」

「――分かってる」

 リリィンの言葉を日色が中断する。 

 そう、分かっている……いや、分かったのだ。

 こうして手に取った瞬間、刀が教えてくれたとでも言おうか。頭の中にこの刀――《絶刀・ザンゲキ》の真髄しんずいが流れてきた。

 日色は静かに柄を握りしめ、ゆっくりと鞘から解き放っていく。

 それは《刺刀・ツラヌキ》が素材になったからだろうか、氷のように透き通った刀身は変わらない。しかし刀身の腹の中央には、切っ先から柄まで炎のような紋様が走っている。

 一目見て日色は――美しい……そう思わされた。

 違和感など何一つない。まるで長年一緒に戦ってきた友のように、しっくりと手に馴染んでくる。

「そうか……力を貸してくれるんだな」

 日色は鞘を腰元に収めると、刀を右手で強く握る。

「なら見せてもらうぞ、お前の力を――《絶刀・ザンゲキ》ッ!」

 日色の言葉に応えるように、刀が僅かに震える。同時にゴーレムが指を伸ばして再度日色を捕縛しようとしてくる……が、瞬きをすれば見失うほどの一閃が走った。

 ボトボトボトボトッと、切断された指が足元へと落下する。

 それとほぼ同時にゴーレムが何故か膝をつきグラグラと頭を揺らし始めた。

「……この《絶刀・ザンゲキ》は精神を断絶する」

 刀に魔力を通わせて対象を斬ることで、相手の魔力――つまり精神力自身を攻撃し、簡単にいうと一時的な気絶を与えることができるのだ。無論肉体

的にもダメージを与えることも可能。

「襲ってくれた礼だ。痛みもなく一瞬で終わらせてやる!」

 日色は大きく跳び上がり、身動きの取れないゴーレムの頭上へと落下し、そのまま刀を振り下ろした。

 まるで豆腐でも斬るような手応えで、真っ二つにしたゴーレムは、うめき声の一つもなくそのまま大地に沈んだ。

 日色は改めて《ザンゲキ》を見やる。あれほどの硬度を持っている相手をいとも簡単に切断した切れ味もそうだが、まったく刃毀れ一つない刀身に惚れ惚れしてしまう。

 そこへ地上に降りてきたリリィンとシウバ。先に口を開いたのはシウバだ。

「突如上空に《禁帝雲》を見かけて嫌な予感がしたので、まさかと思い駆けつけてみれば、本当に間に合って良かったですな」

「そうか。お陰で助かった、礼を言う」

 本当に危ないところだったのだ。

「それにしても、まさか赤ロリまで来てるなんてな」

「ククク、貴様は自分で思っている以上にトラブルに巻き込まれやすい体質のようだからな。何か暇潰しになるようなことが起こっているのではと思って来ただけだ」

 リリィンは相変わらず日色のことを心配して来たのではなく、興味本位で来ただけだ。

「……何があってもお前はブレないってわけだな」

「む? どういう意味だ?」

「別に何でもない」

 好奇心だけで動くような人物に説教をしたところで意味がないし、それに日色もまたそういうきらいがないわけでもない。だからこれ以上はツッコまずにいた。

「それに貴様が小屋から出て数分後、ザフが完成したソレを持ってきたからな」

「それで届けてくれたというわけか」

「ククク、よもや武器もなく魔法も使えない状態で殺されそうになっているとは思わなかったがな」

「ノフォフォフォフォ! それにしてもご無事で何よりでございました!」

 リリィンの言葉には釈然としないものを感じるが、彼女たちが来てくれたお陰で命が助かったのもまた事実なので文句は言えない。

「それにしてもヒイロ、よく初めてで使いこなせたな?」

「ん? ああ……何となく理解できたからな」

「もしかして《ツラヌキ》の魂が貴様に教えたのかもしれないな」

「そう、なのかもな」

「む? 否定しないのか? 貴様はそういう抽象的なものは信じないと思っていたが」

 確かに日色は自分の目で確かめていないことは信じない。幽霊や噂などといった、あやふやなものは参考にはするが全面的に信用することはない。魂の概念も同じだ。

 しかし刀に触れた直後、《ツラヌキ》を持った時と同じ感覚が走り、《ツラヌキ》が使い方を教えてくれたような気がしたのだ。

「……まあ、これで本作を手に入れられたのだからそれでいい」

「フン、ドライな奴め」

「うるさい。さっさと小屋に戻るぞ」

 そうして命拾いした安堵感と、新しい相棒を手にした喜びを抱えて小屋へと戻った。


 ザフはこの三日間、一心不乱に刀を打ち続けていたということで、リリィンに刀を託すとすぐに眠ってしまったという。相当疲労が溜まっていたのだろう。

 それから翌日になると、ザフも目を覚まし、《絶刀・ザンゲキ》のお陰で

命拾いしたことを告げた。

「そうか、さっそく主の役に立ったんなら、《ザンゲキ》も喜んでるだろうな」

「ああ、この刀は素晴らしいぞ。文句のつけようがない。見事だ」

「そこまで褒められると照れるが。これでようやく、先生に一歩近づけたな」

「一歩? これを打てたんだから、追いついたんじゃないのか?」

 これほどの刀を打ったのだから飛躍的にレベルアップしたと思った。しかしザフは首を左右に振る。

「いや、今回は壊れていたとはいえ、本作の《ザンゲキ》と《ツラヌキ》があったからこそ到達できた高み。いや、到達できたとは言えんな。遥か高みの一風景を一瞬見ることができたといったところか」

「ずいぶん謙虚なんだな」

「何もないところから《ザンゲキ》のような本作を造り出せて、初めて先生に追いついたと言える」

 確かに彼の言い分も理解できた。ザフはまだ無からこれほどの刀を生み出すことはできないのだろう。

「しかし今回のことで、その道筋を見ることができたのだ。ワシはきっといつか、先生に追いつき……いや、追い越すようなものを造ってみせる」

「そうだな。アンタならできるかもしれないな」

 それは日色の偽らざる本心だった。

「だがホントにこの刀、もらっていいのか?」

「もちろんだ。その刀自身がそれを望んでるんだ。どうか、存分に可愛がってやってほしい」

「分かった。ありがたくもらっておく」

 それから数時間後、再び日色たちは旅に戻ることになった。

「知ってるかもしれないが、【魔国・ハーオス】へ行くのなら、この先を真っ直ぐ行けばいい。気を付けてな」

「ありがとうございます、ザフ殿。ザフ殿もお元気で」

 シウバの言葉にザフが頷きを返す。そして彼の視線が日色へと向く。

「もし先生に会うことがあったら、その刀を見せてあげてほしい。あの人もまた元気な《ザンゲキ》を見れば喜んでくれると思う」

「アンタはこの刀を造ってくれた。その約束、守るとしよう」

「あと、伝言を」

「何だ?」

「先生がいたから今の自分がいる。ありがとう……と」

「……分かった」

 彼の言葉を心に刻み、見送られながらその場を後にする。

 日色は歩きながら空を見上げた。

 今日も快晴だ。しかしまた数分後に移り変わったりするのだろう。

 凶暴なモンスターとも次々と遭遇するに違いない。

 しかし何の不安も感じない。今まで以上に。

 それはきっと、腰に携えている一振りの刀のお陰だろう。

(これからよろしくな、相棒)

 力強い味方を得て、日色は恐れず一歩一歩、魔界の大地を突き進んでいく。

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