ep17.一騎討ちの行方! サファイアグレープを勝ち取れ!

「ああぁぁぁぁ―――――――っ!?」

 その日の朝は、そんな悲鳴から始まった。

 奇声に顔をしかめながら、テントの中から顔を出した丘村日色おかむらひいろは、声の主である紅い髪の少女へと、不愉快ふゆかいさを隠そうともせずに視線を向ける。

 まだ早朝。

 起きるには少し早い時間帯だというのに、彼女のせいで目が覚めてしまったので、何かしら文句を言ってやろうと思って近づくと――。

「う……うぅ……」

 明らかに何かを抱えながら落ち込んでいるリリィン・リ・レイシス・レッドローズの姿があった。

 さらに床にはおびただしい血が流れていたので、さすがに日色もギョッとして、まだ幾分か残っていた眠気も吹っ飛んでしまう。

「なっ!? お、おい赤ロリ! 一体何があ……った……!」

 そこで彼女が抱えている何かに気づき、そういうことかと解答を得る。

 彼女が抱えていたのは割れたびん

 そこに入っていたのは恐らく赤ワインだろう。それが大地に注がれて真っ赤に色づいていたのだ。

「――おやおや、お二方とも、今日はお早いですなぁ」

 そこへ現れたのは、リリィンに仕えている執事――シウバ・プルーティス。彼はキリッとした燕尾服えんびふくを着込み、今日も爽やかに笑みを振りいている。

「それにしてもお嬢様、一体どうされたので……ああ、そういうことでございますか。叫び声がしたので何事かと思ったのですが、どうやらわたくしの勘違いだったようです」

「何を勘違いしてたんだ?」

 日色が尋ねると、ニタリと気色悪い笑みを浮かべたシウバが、

「いやはや、わたくしはてっきりお嬢様の可愛らしい寝起きの魅力に耐えられなかったヒイロ様が、夜這よばいならぬ朝ば……い……っ!?」

 日色もさすがに引いた。

 何故ならシウバの額に瓶の破片が刺さっていたのだから。

 当然彼に向けて投げたのはリリィンである。

「お、お嬢様……さ、さすがに痛いですぞぉ……ノフォ~」

 そのまま後ろ向きに倒れて額から噴水のように血を流すシウバ。

「ふぇぇぇぇぇぇっ!? ど、どどどどどうされたんですかぁ、シウバ様ぁぁぁっ!」

 ドジメイドこと、シャモエ・アーニールも起きてきた。

(早朝だというのにやかましい連中だな、まったく)

 ただこういう朝が珍しくないのだからビックリである。

 リリィンたちと旅をすることになってから、ずっとこんな強烈なイベントばかり起こっているので。

「はぁ、とにかく赤ロリ、赤ワインがめなくなったくらいで朝から大声を張り上げるな」

「の、呑めなくなったくらいでだと! 貴様はこの赤ワインがどれほどの価値があるか知っているのかっ!」

「いや、知らんが。酒にはあまり興味ないしな」

「これはな! ワタシがシウバに丹精込めて最高級のブドウで作らせたワインなんだぞ!」

「……お前が作ったわけじゃないんだな」

「あ? 当然だろうが。何故このワタシがそんな七面倒しちめんどうなことをしなくてはならんのだ」

 さすがは傍若無人ぼうじやくぶじん、自分勝手が服を着て歩いているかのような存在――リリィンである。

「あ~……目が覚めたから、この静かな朝とともに味わおうと思っていたのにぃ……」

「何で割れたんだ?」

「……が……ったんだ」

「はあ?」

 顔をうつむかせているからか、聞き取り辛い。

「だから…………ったんだ」

「何を言っているのか聞こえにくい」

「だから! 手が滑ったんだって言ったのだっ!」

 うわぁ、くだらない理由だ……と思わず口にしそうになった。

「……今、くだらない理由とか思っただろ?」

「…………さあな」

「その間は何だ!」

「そんなことより、なくなってしまったものは仕方ないだろうが。また作らせればいいだろ?」

「そう簡単に言うな馬鹿者め」

「どういうことだ?」

「先程言ったであろう。これは最高級のブドウで作ったワインだと」

「ああ、言ったな」

「そのブドウを手に入れなければ、作れるわけがないだろうが」

 どうやら備蓄はないようだ。

「ノフォフォフォフォ! 確かそのワインは《サファイアグレープ》を使っておりましたね!」

 いつの間にか生き返っている執事。額の傷も何故か塞がっているという不思議さ。

(相変わらずコイツの無敵っぷりには不可解さが極まってるな)

 彼は精霊という種族なのだが、それにしても毒は効かないわ、刺されても死なないわで、存在自体が規格外の人物である。

「その《サファイアグレープ》は、紺碧こんぺきに彩られた美しいブドウでして、“畑の宝石”とも呼ばれる果物なのでございます。糖度も高く、それでいて酸味も程よいので、一度食せば止められないほどの絶品なのです」

 ついのどを鳴らしてしまう日色。

「そ、それほど美味いのか?」

「ええ、それはもう! 一度は召し上がるべきものでございましょう!」

 日色の旅の至上目的として、二つある。

 一つは珍しい本を入手して読破すること。

 一つは美味い食べ物を食すこと。

 日色にとって異世界であるここ――【イデア】に召喚されてから、ずっとそれだけを目的に旅をし続けていた。

 日本にいた時から、本と食べ物を生きがいとしてきた日色は、この世界に来てからも、やはり自分の欲望を満たすために行動している。

「それは一度食べてみたいな……」

 日色の言葉を耳にしたリリィンが、「ほほう」と怪しく目を光らせた。

「なるほど。それならちょうどいい。採りに行こうではないか」

「はあ? 近くにあるのか?」

「近く、ではないが。別に行けない距離でもないぞ」

 説明を求めるように、日色はシウバの顔を見る。

「そうでございますねぇ。《サファイアグレープ》が栽培されているのは、ある魔人の集落なのでございます」

「ブドウ畑を作ってるってことか?」

「左様でございます。その集落は、ここからなら徒歩で三日といったところでございましょうか」

「三日か。よし、行くぞ」

「そ、即決ですな」

「何を言う。それほど美味いものなら、食べないのは大損だろ。行かないという選択肢は存在しないぞ」

 ということで、日色たちは《サファイアグレープ》を求めて歩を進めることにした。

 ――――三日後。

 山を一つ越えた先にあったのは、広大な湖だった。

「ここが目的地の【オーグラス】か?」

 やっと到着した心躍る気持ちを宿しながら日色はリリィンに尋ねる。

「そうだ。別名“サファイアの湖”とも呼ばれるがな」

 確かに宝石のサファイアのように美しいあおが広がっている。

 湖の上には面白いことに大小様々な小島が浮いており、そこにそれぞれ家が建てられてあり、互いの小島に行き来できるように小さな橋がかけられていた。

 当然家には何者かが住んでいるのだが……。

「ここに住まわれておられる『オーキッド族』の方々が、《サファイアグレープ》を栽培してらっしゃるのでございます」

 シウバの説明が入り、「そうか」と一言だけ日色が返した。

 島には畑だけがある島も存在して、そこで『オーキッド族』らしき魔人が仕事を行っているようだ。

 見れば、魔人のほとんどが黄色い布を頭や腕に巻いている。翼は生えていないようなので、リリィンと違って飛べない種族なのだろう。

「彼らはとても穏やかな種族特性を持っておりまして、友好的な方々でございます」

「へぇ。今まで会った魔人とはえらい違いだな」

 チラリとリリィンに視線を落とす日色。

「……何が言いたい?」

「いいや、別に」

「フン、魔人の気質からいえば、奴らの方が変わっているのだぞ」

 リリィンの言う通り、魔人は他種族を受け入れにくい種族であり、今までもいきなり攻撃を仕掛けられたり、警戒されたりと散々な目に遭ってきた。

 だから穏やかな種族と聞いて、それが珍しいと言われることに、魔人の将来をついつい憂いてしまう。

「……む? あそこ、モンスターが倒れてるが?」

 日色が指を差したのは湖の外。そこに数体のモンスターが、絶命しているのか倒れている。体中に斬り傷があることから、刃物で傷つけられ倒された可能性が高い。

「ジイサン、あれはどういうことだ?」

「さあ……、ここを襲って返り討ちにされたのでは……いや、『オーキッド族』は戦わない種族として有名でございますし……しかしならあれは一体……?」

 何やら一人でブツブツ言い出し始めた。しかし、モンスターのことよりワインを早く手に入れたいリリィンが、

「とにかくシウバ、まずは先に貴様が交渉に行って来い」

かしこまりました、お嬢様」

 そう言われ、シウバが湖に設置されている橋を渡って島に足を踏み入れていく。その様子を見守っている日色たち。

 するとシウバの進む先に二人の魔人が現れ、行く手を遮るようにして立つ。

(……ん? 腰に剣?)

 日色からも遠目に確認できたが、その二人の腰には剣が携えられている。視線が自然と、先程のモンスターたちへと向く。

(まさかアイツらが……?)

 そう考えていると、シウバが説明をし終わったのか、いきなり不愉快気な表情を浮かべた魔人が、ドンッとシウバの肩を押した。シウバもギョッとし

ながらも、何かしらの言葉を受けながら、渋々といった感じで戻ってくる。

 何やらイレギュラーな事態が起きているような感じだ。

「どうかしたのか、シウバ?」

「はい、お嬢様。実は、貴様らに売る《サファイアグレープ》などはないと言われて門前払いを受けました」

「……おい、穏やかな種族じゃなかったのか?」

 いきなり肩を小突き門前払いとは穏やかではない。しかも剣まで携えて物々しい雰囲気だ。

「いえ、ヒイロ様。今の彼らは『オーキッド族』ではございません」

「そうなのか?」

「確かに『オーキッド族』を示す黄色い布を巻いていなかったな」

 リリィンの言葉通り、確かに先程の二人は巻いていなかった。

「肩から角が生えていたな。恐らく奴らは『ヴェレド族』――だな」

「何だそいつらは?」

「魔人の中でも高圧的で尊大な種族だ」

「ああ、お前と同類というわけか」

「何か言ったか?」

「いいや、何も」

 射殺さんばかりのにらみが日色へと突き刺さる……が、日色はどこ吹く風のごとく、視線をシウバに向けると、

「何故そいつらがオレらを追い出す権利がある? 『オーキッド族』がするなら分かるが」

 余所者よそものであろう『ヴェレド族』がシウバを追い返すのは普通に考えて理にかなっていない。

「あのぉ……」

 そこへいつの間にやってきたのか、一人の魔人が声をかけてきた。

 日色が「……アンタは?」と尋ねると、恐縮したような様子で、

「僕はその……『オーキッド族』のタレンと申します」

 弱々しい雰囲気の青年だ。頭に黄色い布を巻いているということは、彼の自己紹介通り『オーキッド族』なのだろう。

「あの……申し訳ありません」

「何故アンタが謝るんだ?」

「えと……あの方たちに何かされたのでしょう?」

「あの方たちっていうと、さっきの『ヴェレド族』って奴らか?」

「そう、です……」

「アンタたちに用があって来たんだが、奴らに追い返されたんだ」

「そうだったんですかぁ……はぁ」

 悲壮感ひそうかん漂う溜め息を吐き出すタレン。見ているだけで陰鬱いんうつになりそうである。

「タレン殿、何故あの方たちの行為をとがめたりする者がいらっしゃらないのですかな?」

「あなたは?」

「これは失礼致しました。わたくしはシウバ・プルーティスと申します。こちらから、わたくしの主人であるリリィン・リ・レイシス・レッドローズ様、シャモエ・アーニール殿、ヒイロ・オカムラ様、ミカヅキ殿でございます」

「よ、よろしくお願いしますですぅ!」

「クイィ~!」

 シャモエとミカヅキだけが紹介に答えた。

 ちなみにミカヅキは日色がこの広い魔界を渡り歩くために使用しているライドピークというモンスターであり、とても日色に懐いている可愛らしいダチョウのような生物だ。

「こちらこそよろしくお願いします。えっとどうしてあの人たちの行為を咎めないか、でしたっけ?」

「左様でございます」

「それはですね。おさの意向にございます」

「長の?」

「はい。元来我々は争いを好まない種族です」

「存じ上げております」

「かつて『ヴェレド族』によって、『オーキッド族』は、人間たちから救ってもらった恩義があるのです」

「かつて、と申しますと?」

「もう六百年以上も前の話になります。戦争が激化し、ここら周辺でも多くの戦いが行われていました。そして魔界に攻め込んできた人間たちがこの湖にもやって来て、我々の仲間を殺し始めたのです。その時、『ヴェレド族』の若者によって救われた過去があるのです。無論『オーキッド族』は彼に感謝しました。それからしばらくは友好関係が続いたのですが、『ヴェレド族』の長が変わっていくにつれて、関係も徐々に変化してきました」

「変化、というと良い関係ではなくなったということでございますか?」

「……ある日、『ヴェレド族』の者が、こう言いました。『助けてやった見返りとして、栽培する《サファイアグレープ》の収穫量の半分を寄こせ』と」

「何と……!」

「それだけではなく、要求量は度々増えていきまして、今では八割がたを彼らに提供することになっているんです」

「ちょっと待て。それじゃ何か? もしかして奴らはそんな大昔の恩を笠に着て要求してきているというのか?」

 不愉快げにまゆをひそめたリリィンの言葉に、タレンは沈黙を返す。業を煮やしたように続けてリリィンが、

「何故抵抗しない?」

「先程も言いましたが、長の意向です。いえ、一族の総意とも言えます。我々は争いを好まない。もし断れば、余計な争いを生んでしまうので……」

「争い嫌いとは聞いていたがここまでとはな……」

 溜め息混じりに言うリリィン。

「『ヴェレド族』は戦闘に特化した種族でもあるので、争いになったら負けるのは目に見えていますし」

 確かに見た目からして温和そうな『オーキッド族』と、体格も大きく強者の雰囲気を醸し出している『ヴェレド族』とでは結果は火を見るよりも明らか。

 数もそれほど多くない『オーキッド族』は、戦って絶滅することを恐れているのかもしれない。

「それに、我々は確かに彼らに救われている面もあるのです」

 リリィンが「どういうことだ?」と問い返す……が、すぐにハッとなって、先程注目していたモンスターに視線を向ける。

「……まさかあのモンスターを倒したのは『ヴェレド族』か?」

「はい。できるだけモンスターの生息しない地域に集落を作ってはいるのですが、それでも《サファイアグレープ》の香りに引き寄せられるモンスターは後を絶ちません」

「そこで『ヴェレド族』がモンスターから貴様たちを守ることを条件に、《サファイアグレープ》を要求してきているというわけか」

「はい。特に最近、モンスターたちが増えて活性化しているらしく、今の『ヴェレド族』の長がその労力に見合った見返りを……」

 しかしそのお蔭で、『オーキッド族』はモンスターに怯えることなく過ごせているらしい。

「それにしても八割というのは多くないか?」

 リリィンの言う通りだろう。

「まあ、《サファイアグレープ》は高く売れますし、食べても美味しいですから多くを要求するのは理解できます。それにモンスターだけでなく――」

「そんなことは別にどうでもいい。オレらは《サファイアグレープ》を買いに来たんだ。少しでもいいから売ってくれ」

 敢えて空気を読まない日色の発言。

「……貴様、普段通り過ぎだろう」

「ヒイロ様はブレませんなぁ」

「ちょ、ちょっとそれはないですぅ」

「クイィ……」

 皆が皆、日色を非難気味に見つめてくる。

「すみませんが、《サファイアグレープ》を売るには『ヴェレド族』の許可が必要になっているんです。恥ずかしながら……」

「おい、アンタたちに誇りはないのか? そもそも《サファイアグレープ》を作ってるのはアンタたちなんだから、奴らが口を挟む権利なんてないだろうが」

「そうは言われましても、それも長の意向なので」

「なら長に会わせてくれ。直接交渉する」

「……それも『ヴェレド族』の許可が……」

 日色の額に青筋がくっきりと浮かび上がる。

「もういい。自分で行く」

「あ、ちょっと!」

 日色はタレンの制止を振り切って、先程シウバが通った道を突き進む。

 そしてシウバの時と同じように、二人の『ヴェレド族』が行く手を遮る。

「待て。ここから先は我々の許可が――」

「必要になるわけないだろうが」

 彼らの言葉を無視して、日色はそのまま脇を通り過ぎようとする……が、

「待てと言っている!」

 一人が日色の肩をつかんで放さない。

「……放せ」

「だから無理だと言っている。無理矢理通るなら力ずくで排除するぞ、ガキめが」

「……ならやってみろ」

「はあ?」

「やってみろって言ってる!」

「っ!? 後悔するなよガキがっ!」

 肩を掴んでいた者が、拳を振り上げ顔面目掛けて殴りかかってきた。しかし日色は咄嗟とつさに身体を後方へとずらして回避すると、逆にカウンターで顔面にパンチを繰り出す。

「ぶふぅっ!?」

 そのまま島の外まで吹っ飛び湖の中へ。

「遅いんだよ、マヌケ」

「き、貴様ぁっ!?」

 もう一人が剣を抜く瞬間、彼に向かって空中に書いた文字を放つ。

「――んなっ!? う、動け……ん……っ!?」

 彼の身体に付着した文字は――『制止』。

 日色はジャンプして、ハイキックを顔面に食らわせて湖まで吹き飛ばした。相手は気絶したのか、仰向けのままプカプカ浮いている。

「ふん、邪魔をするからだ」

 日色の魔法――《文字魔法ワード・マジツク》。

 魔力で書いた文字の意味を現象化させることができる力は、あらゆる理を曲げることができる万能の魔法ユニークチートである。

 この世界に勇者召喚に巻き込まれた形で召喚された日色が、こうして危険な世界を旅できるのは、ひとえにこの魔法の力があるからに他ならない。

「――力ずくは嫌いではないが、強引だなヒイロ」

 二人を排除した後、近づいてきたリリィンにそう言われたが、日色が憮然ぶぜんとした態度のまま答える。

「仕方ないだろう。邪魔した奴が悪い」

「ノフォフォフォフォ! さすがはヒイロ様! れするほどの我が道を行く感じでございますなぁ!」

「あ、あのあの、あの方たち大丈夫なのでしょうかぁ?」

 シウバはともかく、シャモエは優しいので吹き飛ばされた相手の方を心配している。

 ただ一緒についてきたタレンについては、日色の強さを見て呆気あつけに取られているのかポカンとしていた。今の状況を見ていた他の『オーキッド族』の者たちも言葉を失って日色を見つめている。

「……そんな……彼らはレベルも60を超えているというのに……!」

「そうなのか? それにしては弱かったぞ」

 タレンの言うことを信じていないわけではないが、あれで戦線離脱する程度なので、正直相手ではなかった。

(まあ、向こうも全力ではなかったと思うがな)

 ほとんど油断をついたようなものだが、それでも勝ちは勝ちである。

「おい、長の家に案内してほしいんだが」

 日色の頼みにタレンは「は、はい!」と言って先導し始めた。


「――――なるほど。一族の者が報告しにきたが、まさか本当に彼らを打ち倒したとは。しかもあなた様のような若者が」

 長の家に入ると、すでに日色たちのことが伝わっていたようで、少し話をすると物珍しそうに日色を眺めてきた。

 鬱陶うつとうしい連中を排除したのだから、もっと喜んでいいと思うのだが、長の表情は優れない。その理由を問いただしてみた。

「彼らはあくまでも使いの者に過ぎんですじゃ。特に彼らの長であるシューミットという者がもし出てくれば……」

「ほう、そいつは強いのか?」

 楽しいことを見つけたといった感じでリリィンの瞳が光る。

「かつて、我々を救ってくれた英雄――『ヴェレド族』のと呼ばれておる若き長ですじゃ」

 その話はタレンから聞いた。

「今頃、意識を回復した彼らが自分たちの集落へ帰って、シューミット殿に伝えているかもしれませぬじゃ」

「ちょうどいいではないか。もう一度、しっかり話し合いでもしたらどうだ? 《サファイアグレープ》から手を引けと」

 リリィンの提案だが、長は首を左右に振る。

「ほほう、聞く耳持たんということか。戦闘に特化した魔人らしいがな」

「楽しそうだな、赤ロリ」

「フフン。旅というのはこういう事件があるから面白い」

「よく言う。今まで引きこもり人生を送ってきたくせに」

「黙れヒイロ! 誰が引きこもりだ!」

「お前だお前」

「何をぉっ!」

 日色とリリィンは一歩も引かずに睨み合っていると、

「あ、争いは止めてくだされ、お二人とも」

 長が仲裁に入ってくる。

 仕方なく二人は互いに顔を背け中断した。苦笑を浮かべたシウバが、

「それよりグレゴル殿、お久しぶりでございます」

「そうですな。シウバ殿。どれぐらいぶりですじゃ?」

「まだわしが行商人をやっていた頃ですから、百年以上も前の話ですな」

 シウバは長――グレゴルと顔見知りのようだ。

「おい、知り合いだったのか?」

 と、日色が問うと、シウバは「はい」とうなずき、

「お嬢様のお言いつけで、わたくし一人魔界を探索していた時期がございまして」

 そういえば、と日色は思い出す。

(初めてジイサンに会った時も、赤ロリの無茶な要求で魔界を彷徨さまよってたんだっけか?)

 彼はリリィンがこれを食べたい、あれを獲ってこいというと、文句も言わずに要求をこなすのだが、その最中に日色と出会っている。

「その時に、【魔国・ハーオス】へ向かうグレゴル殿と出会ったのでございます。そして彼から《サファイアグレープ》を買いました」

 なるほど。それがシウバと《サファイアグレープ》の出会いということらしい。

「実はグレゴル殿、《サファイアグレープ》を少し分けて頂こうと思いましてやって参りました次第で。もちろん無料ただとは申しません」

「……ふむぅ」

「彼ら、『ヴェレド族』の目が怖いですかな?」

「……恥ずかしながら」

「おい、何故そこまで争うことを拒否する?」

 何故そこまで波風を立てるようなことをしたくないのか気になったので、日色は腕を組みながら尋ねてみた。

「……争いからは何も生まれんですじゃ。かつて、この集落に人間たちが攻めてきた時も、我々の先祖たちは決してこちらから手を出さず、話し合いで事を収めようとしたのですじゃ」

「しかし戦争をしてたんだろ? 仲間も多く殺されたって聞いたぞ。それでも我慢強く耐えたってわけか?」

「人というものはいつかは必ず分かり合える。我々『オーキッド族』の者は、皆がそう考えておるのですじゃ」

「だから自分たちが我慢し続ければ、いずれ平和が訪れると? 殺された者や、その家族は納得なんてしないだろ、普通は」

「それでも。我々は人というものを信じることにしておるのですじゃ」

「ヒイロ、いくら言ってもムダだぞ。『オーキッド族』という種族はこういう種族特性なのだ。ワタシたちには考えられんことだがな」

 確かにもし日色が逆の立場なら、仲間を滅ぼされて我慢などできない。怒りのままに復讐ふくしゆうの鬼と化しても不思議ではないだろう。

「それに人間たちの中にも良い者はおります。この集落が数え切れないモンスターに襲われた時がありまして、その時に人間たちが救ってくれたという話も残っておりますじゃ」

「その話はお聞きしたことがございます。確か先代の勇者の方々だと」

「その通りですじゃ、シウバ殿。彼らは無償で先祖たちを救ってくださった。だからこそ人間も、獣人も、魔人も関係ない。我らは人を信じるのですじゃ」

 こんな魔人もいるのか、と日色は感心を通り越してあきれてしまった。

(完全な平和主義ってわけか。だがそのために何をされても我慢するってのはオレにはできないだろうな。けど、だからこそ『ヴェレド族』とも下手な衝突をせずにバランスを保っていられるのかもしれないがな)

 やはりこの世界にはいろいろな人種がいるのだと改めて思い知らされた。

 その時、長の家の扉が勢いよく開けられ、

「グレゴル様! 大変です!」

「何事じゃ、騒々しい!」

 タレンが姿を現した。

「か、彼らが集団で……やってきましたぁっ!」

「――――ほう、テメエらが俺たちの縄張りに土足で踏み込んできた不逞ふていやからってわけかい」

 外へ出てみると、ゾロゾロと『ヴェレド族』の猛者もさを引き連れた若者が日色たちの前に姿を見せた。見た目は日色とそう変わらない少年に見える。

 見た目からしても吊り上がった鋭い瞳に、引き締まった筋肉質の身体。何もしていないのに、ただそこにいるだけで強者のオーラをかもし出している。

 明らかに彼だけが別格の存在だと一目見て分かった。

「縄張り? 不逞の輩? ずいぶん傲慢ごうまんな奴らなんだな、『ヴェレド族』ってのは」

「……何だと?」

 日色のことを不愉快気に睨みつけてくる。

「ここはお前らの縄張りじゃなく、『オーキッド族』の住処すみかだろうが。それを昔に祖先が恩を売ったからといって、いつまでもそれを引き延ばして支配しようとするとは、器が非常に小さいんじゃないのか?」

「……テメエ、名乗りやがれ」

「人に名を聞くなら、まずはそっちが先に名乗れ」

「へぇ、威勢がいいじゃねえか。俺は『ヴェレド族』の長――シューミットだ」

 コイツがグレゴルの言っていた若き長か、と思い観察する日色。

 ウニのように爆発したような紺色の髪形をしている。真っ赤な瞳で睨まれると、気圧けおされるような圧迫感を覚えてしまう。

「さあ、名乗ったぞ。テメエは?」

「ヒイロ・オカムラだ」

「『インプ族』か……どうやらウチのもんが可愛がってもらったみてえだけどよぉ、その借りを返しにきたぜ」

「別に返さなくていいぞ、そんなつまらないもの」

「ハハ……思った以上にイラつく奴だなテメエ」

 シューミットの怒りのボルテージが上がるにつれて、周りにいる『オーキッド族』たちは焦燥感を露わにし始めている。

 そんな中、グレゴルが一歩前に出て、

「両者とも、どうか争いなど止めて頂けませんか。争いなど傷つくだけで、何も生まれるものはないですじゃ」

「黙れオーキッドの長よ。ここまでバカにされて引っ込めるほど、我々ヴェレドはプライドが低くない」

「し、しかしですじゃ……」

「その辺にしておけ、オーキッドの長」

 そこへリリィンが口を挟む。

「互いにぶつからなければ納得、あるいは解決できないものも世の中にはある」

「そ、そのようなもの……」

「何故なら、かつて貴様ら一族を助けた者たちもまた、戦いによってそれを成した事実があるだろうが」

 そう言われ、グレゴルやタレンたち『オーキッド族』は反論できずにいた。

「一つ聞く。オレらは《サファイアグレープ》を買いにきただけだ。それを邪魔するんだな?」

「ククク、そんなに欲しいのか? ならば俺と一騎討ちをして勝ったら許可してやってもいいぜ」

 何故そんな面倒なことを、とも思ったが、日色も何となくこの高慢ちきな若者には苛立ちを覚えていたので、それもまたありかと思い始めていた。

「どうする、ヒイロ? 面白そうだからワタシがしてやろうか?」

「しゃしゃり出てくるな、赤ロリ。アイツが用があるのはオレのようだしな」

「決まったか? なら湖の外に出るぞ。ついてこい」

 日色たちは彼の先導のもと、橋を渡り湖の上から出て行く。

 互いに準備ができ次第、声をかけて勝負を始めるということになった。

 少し遠目にシューミットを見つめながら、日色は『のぞく』の文字で相手の《ステータス》を確認した。

(…………なるほど、レベルが83ね)

 さすがに長と名乗るだけはある。まだ二十代という若さらしいが、大したものだ。

(それに魔法の種類も豊富だな。相手するのはかなり厄介になりそうだ)

 それだけ戦い方の幅が広がるので、相手取るのも困難になってくる。

 日色が軽く身体を動かして温めていると、

「ヒイロ様、彼らは非常にプライドが高い種族でございます。よもや一騎討ちをたばかるわけはないと思いますが、もし彼らが卑怯ひきような手に出たら、わたくしも参戦します故」

 シウバがそう言うので、「ああ」とだけ答えておいた。

「ヒ、ヒイロ様! が、頑張ってくださいですぅ! どうかお怪我だけには気をつけて!」

「クイクイィッ!」

 シャモエとミカヅキによる激励。こちらも「分かっている」とだけ答えた。

「フン、貴様のことだから心配はしていないが、くれぐれも油断はしないことだな」

「当然だ。必ず勝つ。そして《サファイアグレープ》は頂く!」

「……貴様の執念には驚かされる。まあ、頑張ることだな」

 リリィンの言葉ももらい、日色はシューミットに近づいて行き、彼もまた準備万端のようで距離を詰めてきた。

 一定の距離を保ったまま睨み合う。

「覚悟できてるだろうな、余所者?」

「何の覚悟だ、傲慢者?」

 互いに火花を散らす。

 シューミットが懐からコインのようなものを取り出し、

「これが落ちた瞬間から決闘スタートでどうだ?」

「いいだろう」

「よし。行くぜ」

 パチンと指でコインを上空へと弾いた。

 コインは回転しながらゆったりとした弧を描き、落下してくる。

 そしてコインが地面に触れた瞬間、二人が同時に動いた。

 走る銀の閃光せんこう

 それは日色の愛刀――《刺刀しとう・ツラヌキ》による斬撃である。しかし手応えは空を斬っただけ。

 すでにそこにはターゲットであるシューミットの姿はなく、彼は頭上へと跳び上がっていた。

「へっ、なかなかのスピードだがなぁ!」

 上から日色の脳天を打とうとかかと落としが落下してくる。

 日色は舌打ちをしつつ、身体をずらして回避……だが、シューミットはかわされることを想定していたかのように、けた日色に向かってすでに右手をピストルのような形をさせて指を向けていた。

「クク、ボムショットッ!」

 指から放たれた小さな紅いかたまり

 すぐに刀の腹で防御するが、塊が刀身に触れた瞬間――

「うわぁっ!?」

 突然刀身が爆発……いや、塊が爆発を起こして日色は後方へと吹き飛ばされてしまった。

「ほらほら、まだまだ行くぜっ!」

 同じような塊を、吹き飛ばされて尻餅をついている日色に何度も放ってくる。このままではすべての攻撃が直撃してしまう。

 だが日色は笑みを浮かべる。

「守れ、《文字魔法ワード・マジツク》ッ!」

 日色を覆うようにして半球状の青白い壁が出現し、飛んできた塊を次々と弾き飛ばしていく。

「何っ!?」

 目を丸くするシューミットに対し、日色はゆっくりと腰を上げる。

「テメエ、それは何だ?」

「さあな。自分で考えたらどうだ?」

「…………」

 無論日色は魔法を使用したのである。《設置文字》の『防』を発動させただけ。

 この《設置文字》というのは、予めどこかに文字を書いておき、いつでも任意に発動させることができる汎用力の高い能力なのだ。

 文字は幾つか自分の身体に刻み込んである。『防』もその一つだ。

「ちっ……奇妙な力を使いやがってぇ。インプがそんな魔法を使えるとは聞いてないぞ。まさかユニーク魔法か?」

「だから答える義務などない!」

 魔力を右手の人差し指に集束させ、空中に文字を形成していく。

『加速』

 文字を即座に発動させ、自身の移動速度を文字通り加速させる。

「くっ、さっきよりも速いだとっ!?」

 日色は相手を翻弄するためにフェイントを織り交ぜつつ左右に跳びながら肉薄する。

「――めるなっ! フィールド・オブ・ダークッ!」

 瞬間、シューミットの周囲から天空へ向けて黒い光が出現し壁のように彼を守った。

 さらに上空へ昇った光が噴水のように折れ曲がり、外へ放物線を描きながら降り注いでくる。

(何だ、この黒い光は!?)

 本当に噴水のように水飛沫ひまつのごとく小さな黒い滴が地面を濡らし黒く染めていく。

 すると黒くなった地面から、真っ黒に染まった人型の泥人形のようなものが姿を現す。

「さあ行け、我がしもべたちよ!」

 一瞬にして十体以上もの人形が出現し襲い掛かってきた。

 一体一体はシューミットより弱いが、それでも数が多い。すべての攻撃を避け続けることは体力も削られるし不利過ぎる。

 しかも本体であるシューミットに攻撃を加えようとしても、黒い光の壁が彼を守っているのだ。

「面倒な! ならこれで――っ!」

 日色は人形の攻撃をかわしたり、左手に持った刀で斬ったりしながら、右手で文字を書いていく。文字は――『反転』。

 恐らく彼が使っているのは魔人しか使えないとされている闇属性の魔法。ならばこの文字を使い――――光属性に反転させる。

「な、何だ! まぶしいっ!?」

 文字を黒い光の壁にぶつけて発動させた直度、黒い光はまばゆい聖なる光に変化する。

「うっぐ! く、苦しいっ! ええいっ、解除だっ!」

 シューミットの周囲を覆っていた光は消失し、彼は膝をついている。徹底的なダメージを与えたわけではないが、彼の様子を見るに、やはり魔人にとって光属性は天敵のようだ。

「はあはあはあ……。テ、テメエ……何故光魔法まで使える! テメエだってインプ族――魔人だろうがっ!」

「だから自分で考えろと言ってる!」

 隙をついてシューミットの懐へと迫る。刀を握る手に力を込めて、突きを放つ……が、

「まだだ! グレイブサンドッ!」

 シューミットが地面に手をついて、今度は土属性の魔法を放ってきた。日色の左右の地面に亀裂が走り、まるでサンドイッチにするかのように両脇からせり上がり迫ってくる。

「そのまま潰れちまえっ!」

 しかし日色は彼が土属性の魔法を使えることは知っていた。だから慌てない。

 再び《設置文字》である『転移』の文字を使用して、一瞬でシューミットの背後へと姿を現す。

(もらったっ!)

 刀を突き刺し、見事に相手の右肩を貫く。殺すつもりはないので、このまま地面に釘づけにして勝負ありを狙う。

 しかし次の瞬間、彼の身体が紅く輝き徐々に膨れ始めた。

 本能的にマズイと感じ、日色は後方へと跳ぶ。刹那、シューミットの身体が風船のように膨れ上がり爆発を引き起こした。

「うぐわぁぁぁぁぁっ!?」

 すさまじい爆風により、日色はさらに後方へと吹き飛ばされて、その先にあった岩に背中から衝突してしまった。

 背中に激痛を感じて顔をゆがめながら、一体何が起こったのか前方を確認すると、爆発が起こった地面がボコッと盛り上がり、そこからシューミットが出てくる。

(……あの一瞬で身代わりを置いて地下に逃げてたってわけか)

 不敵に笑うシューミットは、勝利を確信したように口を開く。

「どうだ? 俺の奥の手。スケープゴート・パンクは?」

 その名前は《ステータス》を確認していたから知っているが、こういう使い方ができるとは思わなかった。

「……まさか身代わりを爆発させることも……できるとはな」

 かなりのダメージを受けたことは事実。息を吐きながら立ち上がると、再度刀を構えた。

「へぇ、まだやれんのかよぉ」

「こんな傷、今までにも腐るほど受けてきた」

 少し言い過ぎな気もするが、別段初めてではないことも確か。

「けっ、ならそれ以上の痛みをくれてやらぁ!」

 シューミットが自身の両肩に生えている角を両手で握る。さらにそれをゆっくりと引き抜いていくのだから驚きだ。

(おいおい、アレは取れるのかよ!?)

 シューミットが角を抜いて、まるで双剣士のように両手に角を持ち構えている。

「ククク、今度は俺の真骨頂――《怒涛覇どとうは》を見せてやる」

「どとう……は?」

 刹那、シューミットの醸し出すオーラがさらに強まり大地にも亀裂が走った。同時に彼の姿がき消え、気づけば懐に入られていたことに日色はギョッとなる。

「――《怒涛覇・突撃》っ!」

 身体を回転させながらライフルのように突っ込んでくる。

「はぁぁぁぁっ!」

 突っ込んでくるシューミットをカウンターで仕留めるために刀を振り下ろす――が、あっさりと勢いのついた角による斬撃で刀は弾かれてしまう。

「うぐわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 目にも止まらない角の連撃を受けて、瞬く間に日色の身体に傷が増えていく。そして日色の顔側面にハイキックが命中し、意識が一瞬飛んでしまう。

(っ!? コイツ……身体能力は獣人並みか……っ!?)

 周りではシャモエとミカヅキによる応援が響いているが、リリィンは不機嫌そうに、シウバは静かに事の成り行きを見守ったままである。

 蹴りを受けて倒れる際に、たまたまリリィンのそんな顔を見てしまった日色。

 彼女はきっとこう言いたいのだろう。その程度の相手に負けたら承知しないぞ、と。

「《怒涛覇・二穿せん》っ!」

 今度は二本の角を日色に向けて突き刺そうとしてくる。先端が徐々に日色へと迫ってきた。このままだと串刺しにされる。

 日色は地面をゴロゴロと身体を動かしてその場から脱出すると、すぐに起き上がり距離を取って体勢を整えた。しかしシューミットも感嘆するほどの反射神経で、即座に日色を追撃しようと向かってくる。

「――――――第一弾、発動」

 小さく呟く日色。

 瞬間的に、シューミットの前方の地面から文字が浮き上がる。その文字は――『光』。

 地面から眩い光が放たれると、シューミットは動きを止めて、

「くっ!? な、何だこの光はぁっ!?」

 両腕で顔を隠しながら目を閉じている。

「――――第二弾、発動!」

 すると『光』の文字が浮き出ている傍で、今度は『穴』という文字が浮き出た。文字から放電現象が起きた直後、文字を中心に半径三メートルほどの

穴が出現し、その中にシューミットが、光とともに落下していく。

 これは事前に日色が地面に設置しておいた文字であり、彼を仕留めるための策。

 そして光で動きを失っている間に、新たに書いておいた『光玉』。

 発動させると、日色が上空へ掲げた右手の上に大きな光が結集した玉が浮かぶ。

 日色は穴を見下ろしながら、

「……散々傷つけてくれたお返しだ」

「ま、待て……っ!」

 不敵に笑う日色に対し、シューミットの顔が青ざめていく。

「誰に喧嘩を売ったか、後悔しやがれぇぇぇっ!」

 穴一杯に大きな光の玉がシューミットに向かって落下していく。

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 光の玉が穴の中で凄まじい輝きを放ち、天をくかのような光の筋が空へと昇った。

 恐らく日色パーティ以外は、誰も予想だにしなかっただろう。

 穴の中でプスプスと身体から煙を発生させノビてしまっているシューミットと、そんな彼を見下ろしたまま小さくガッツポーズをしている日色。

 この勝負―――日色の勝利だった。


「ワハハハハハハハハハハ、テメエ強えじゃねえかっ! 大したもんだっ!」

 目を覚ましたシューミットが、いきなり嬉しそうに笑いながらそんなことを言い始める。

 彼曰く、真剣勝負で負けたことは初めてだが、一族のおきてで、真剣勝負において負けた場合は、かの者を認めたたえ、和を結ぶべしというものがあるらしい。

「とはいっても、急に態度が変わり過ぎだろ……」

 先程まで殺意まで感じた勝負だったというのに……。日色は彼の変わり身の早さに呆れてしまう。

「そう言うなって。俺はつええ奴は大好きなんだ! しかもこの俺を倒すほどだ! なあ、俺の一族にならねえか?」

「はあ? なるわけがないだろ。俺は世界を旅している途中だ」

「そっかぁ、そりゃ残念だ。テメエの血が一族に入りゃ、さらに『ヴェレド族』は強くなると思ったんだけどなぁ」

 実は『ヴェレド族』というのは、そうやって強い魔人をスカウトして、一族と交配させて種を強くしていく性質を持っているらしい。

「しょ、しょれってヒイロ様との間に子供を授かるってことですよね! ふぇぇぇぇぇっ!? 大変ですよぉ、お嬢様ぁ! ヒイロ様、取られちゃいますですぅ!」

「ええい! うろたえるなシャモエ! ヒイロはワタシの僕だ。誰にやるつもりもないわ!」

 勝手なことを口走るリリィン。

(誰が赤ロリのものだ。オレはオレだけのものに決まっているだろうが)

 溜め息をきながら、視線をシューミットではなく、他の『ヴェレド族』に向ける。彼らは自分たちの長が負けたというのに、それほど騒いではいない。 

 やはりシューミットの言う通り、強き者が正義だとでも思っているようだ。

(魔人って奴らは、ハッキリ言って極端なんだよな。平和主義だったり、強者主義だったり……)

 それが魔人の特性なのかもしれない。まあ、分かりやすいといえば分かりやすいのでいいが。

「おい、一騎討ちにオレが勝ったんだから、《サファイアグレープ》は有無を言わさずもらっていくぞ?」

「当然だ。敗者は勝者の望みに従う。それが俺たち『ヴェレド族』だ。けどいいのか? テメエが望めば、俺を長から引きり下ろして、一族追放ってのも希望すればできるんだぜ?」

「はあ? そんなことをしてオレにメリットがあるのか? オレは《サファイアグレープ》が手に入ればそれでいい」

「ハーッハッハッハッ! 単純で分かりやすいな!」

「バカにしてるのか?」

「いいや、面白えなって思っただけだ。それに戦って伝わってきた。テメエらが悪人じゃねえってことはな」

「……? どういうことだ?」

 そもそも悪人というカテゴリーに入れるとしたら、『ヴェレド族』が入るような気がする。

「中にはいるんだよ。《サファイアグレープ》目的で近づくはぐれ魔人がよぉ」

 はぐれ魔人とは、一族から離れ集落に住まないで放浪している者のこと。

「凶暴な奴もいてよ、コイツらから力ずくで《サファイアグレープ》を奪おうとする奴もいるんだよ」

 親指で『オーキッド族』たちを指差すシューミット。

「……! お前ら、だからこの集落に常に仲間を滞在させて警戒させているのか?」

「まあな。何せ誰とも知れぬ奴らに、あの美味うめえ《サファイアグレープ》をくれてやるつもりはねえしな。それにありゃ、売るとこに売ると結構もうかるのよ! 物々交換ってのも、他の集落で十分に通用すっからなぁ」

 まるで自分たちが作っているかのように言うが、栽培に関しては『ヴェレド族』は一切関与してはいない。

(しかしなるほど。あの貧相な『オーキッド族』が言いかけてた、モンスターだけじゃないってのは、凶暴な魔人の襲撃からも守ってるってことだったのか)

 図らずも、タレンが言いかけてたのを止めたのは日色だったが。

 モンスターと魔人、その両方から守る見返りとして、《サファイアグレープ》の八割を要求しているということだ。それにしても多すぎるような気がするが、『オーキッド族』が納得いっているのなら日色が関与する問題ではない。

「まあ、こっちは手に入ればそれでいい。……長、売ってくれるよな?」

「はいですじゃ。シューミット殿が認めた方なら、これ以上争いなど起きぬでしょうから」

『オーキッド族』の長――グレゴルが、傍にいた者たちに《サファイアグレープ》を持ってくるように言うが、

「今すぐお持ちしますので、よろしかったら私の家へどうぞ」

 グレゴルが続けてそう言ったので、お言葉に甘える形で彼の家へ向かった。

 何故かシューミットもついてきたが。日色のことを気に入ったようで、矢継ぎ早にいろいろなことを質問してくる。

 どこから来たのか、使っていた魔法は一体何なのか、どうやってその強さを身につけたかなどなど、正直に言って鬱陶しい。

 グレゴルの家へ到着し、席へ座ってからしばらくすると、タレンたちが箱に詰めた《サファイアグレープ》を持ってきてくれた。

「――おお! これが《サファイアグレープ》か!?」

 見た目は確かにブドウの形をしている。

 しかし一粒一粒が大きく、その名の通り宝石のサファイアのような色合いをしていて輝いている。

 とてもではないが、一般人が手を出せるとは思えないほど高級感を漂わせていた。

「もしよろしかったら、こちらもお試しになってはいかがですか?」

 グレゴルが持ってきたのはガラス瓶である。

「そ、それはっ!?」

 ガラス瓶を見て真っ先に息を呑んだのはリリィンだ。

「《サファイアグレープ》で作ったワインですよ」

「それも売ってくれ、長よ!」

「は、はぁ。このようなものでよければ」

「幾つストックがある!?」

「むぅ……手元には四つほどですな」

「全部買う! シウバ!」

「畏まりました」

 シウバがグレゴルと交渉に入り始めた。

「何なのだ、そのようなものがあれば勝負などしないで良かったものを」

「ふざけるな、オレが欲しかったのはワインじゃなくて、《サファイアグレープ》そのものだ。それに勘違いするなよ。お前のために戦ったわけじゃない」

 リリィンの勝手な物言いに思わず反論した日色に対し、いつも言い返すリリィンだが、ワインが手に入ったことで上機嫌なのか、反論せずに終始ニヤついている。

 タレンが持ってきてくれた《サファイアグレープ》を一粒食べてみる……が、

「あ、それは皮ごと美味しく食べられますよ」

 そう教えてくれたタレンに従って皮をかずにヒョイッと口内に入れた。

「んぐんぐ…………んん~!」

 歯で噛み潰した瞬間、中から果汁があふれ出てくるとともに、程よい酸味と強烈なブドウの甘さが口いっぱいに広がった。

 今まで食べたブドウと比べても明らかに糖度も品質も違う。いちごのような甘さもあり、一度食べたら止まらない酸味が食欲を刺激してくる。

(しかもまるごとこの果汁だ。まるでジュースでも呑んでるかのように溢れ出てくるぞ)

 するとグレゴルの奥さんが、部屋の奥にあるキッチンからトレイを持ってきてくれた。その上にはカップに入ったサファイア色の液体や、皿に載った平べったい物体がある。

 タレンがそれらをテーブルに置きながら説明し始めた。

「カップに入っているのは、《サファイアグレープ》の果汁百パーセントのジュースです。そして、お皿に載っているのは《サファイアチップス》と呼ばれる、皮を油で揚げたお菓子の一つですね」

 まずジュースを一口呑んでみる。

 これまたジュースにすると味が変わる。薄くなると思ったが、より深みが増し濃厚な味わいになっていた。

「んぐ……ぷはぁ。うん、これはサッパリしてて呑みやすいな。次はこの《サファイアチップス》か」

 まさか皮だけを食べることになるとは……。そう思ったがとりあえず、タレンがオススメだというので一口食べてみた。

 カリッと音がし、口の中でスナック菓子を食べるような音が響く。

「おお~! これは美味いな!」

「ん~本当に美味しいですぅ~! ほのかに塩味も効いていて、そこに甘味もあってまるで、サツマイモをはちみつ漬けにして揚げたかのようですぅ」

 シャモエも頬をとろけさせて嬉々としているが、確かに彼女の見解通りの味がする。

「美味えだろ美味えだろ~、いっぱい食えよ!」

「……いや、お前は何もしてないし、これを作ったわけでもないのに何で喜ぶ?」

「そうかてえこと言うなって、真剣勝負した仲じゃねえか、ヒイロ!」

 ハッキリした。『ヴェレド族』の長は単純で調子の良い奴だ。

 変に引き摺られるより大分とマシだが、犬のような人懐っこさを見せてくるので若干戸惑ってしまう。

「どうですかな、《サファイアグレープ》は?」

 シウバとの交渉が終わったようで、グレゴルが日色に聞いてきた。

「ああ、これは一食の価値あり、だ」

「それは良かったですじゃ」

「……それにしても、少し疑問に感じてたことを聞いてもいいか?」

「どのようなことでも」

「さっきから見てれば、アンタたちはあまり『ヴェレド族』を強く拒否してないように思える。外にいる他の『オーキッド族』もな。それも昔からの恩義があるからってことか? それとも拒絶して争いになることがやはり怖いか?」

「……どちらも少なからず思っていることですじゃ。確かに彼らは暴力的で、今回のようにすぐに争いに発展するほど気が短い種族ですじゃ」

「……だろうな」

「しかしですじゃ。彼らのお蔭で、この集落が守られているということもまた事実なのですじゃ」

「つまりアンタたちは、《サファイアグレープ》を提供する代わりに、集落を……一族を争いから守ってもらってるってわけか。となると、アンタたちの輪の中に突然入って来たオレたちは、争いを呼ぶ邪魔者でしかなかったわけだ」

「むぅ……我々はそのように感じてはおりませんが」

 と、グレゴルは言ってくれているが、日色は先程の自分が『ヴェレド族』を悪人のカテゴリーに入れたことを思い出し撤回する。

(客観的に見ると、上手いバランスで整ってる仲に割って入って来たオレらの方が、コイツらにとって悪だったのかもしれないな)

 リリィンも珍しく何も発言しないということは、もしかしたら日色と同じことを考えて黙っているのかもしれない。

 自分たちの欲求を通すために、『オーキッド族』が望まない戦闘という選択をしたことで、間違いなく彼らからは良い印象を持たれていないだろう。いきなり来て売ってくれと強要に近いことを言ってしまったのは強引過ぎたかもしれない。反省すべき一つの点だ。

 ただその戦闘で、日色とシューミットのように分かり合うこともまたあるというのは面白いし、これもまた奇怪ではあるが魔人の持つ特性の一つなのだ。

(人と人がどうつながるかなんてのは、分からないものだな)

 しかしそれが“生きる”ということに繋がっていく。

 するとグレゴルが咳払いを一つしてから日色に向けて言う。

「今回、望まぬ騒動が起こりましたが、勘違いだけはしないでくだされ。『ヴェレド族』と我ら『オーキッド族』は、互いに認め合っておるということを」

「なるほどな。持ちつ持たれつってわけか」

 それも一つの共生――と、呼べるのかもしれない。

 日色にとっては窮屈そうではあるが、それもまた“人”の生き方なのだろう。

「あ~あ、本当に行っちまうんだなぁ」

《サファイアグレープ》料理を堪能した後、日色たちは集落を出ることになった。リリィンもお目当てのもの《ワイン》が手に入って顔をほころばせている。しばらくは上機嫌が続くことだろう。

 しかしシューミットは、また日色と戦いたいから残ってほしい、一族に入ってほしいと何度も嘆願してくる。その度に断るのだが、かなりしつこい。

 諦めたんじゃないのか、と思うが、余程日色のことを気に入ったようだ。

「ノフォフォフォフォ! これは愛! 愛でございますね! 男同士の愛……これもまた粋、ですなぁ」

「そんなものが粋であってたまるか、この変態執事め」

「ノフォフォフォフォ! これは手厳しい! 手厳しいですぞ、ヒイロ様! ノフォフォフォフォ!」

 本当にこのシウバだけはどうにかならないだろうか……。

「なあヒイロ、ぜってえまた来いよ! ぜってえだぞ!」

「はいはい。いつかな、いつか」

「ぜってえだからなっ!」

 何でこんなに懐かれたのだろうか……と、思わず首を傾げてしまう。

 しかも何故か他の『ヴェレド族』も、「お待ちしております、ヒイロの兄貴!」と口々に言うので開いた口が塞がらない。

 日色たちは、『オーキッド族』と『ヴェレド族』の見送りを受け、そのまま集落を後にした。

「―――クフフフフフ、さあ、今日の夜は呑み明かすぞぉ~」

 ワインを抱きしめながら、まるで自分の子供を抱いているかのようにうっとりとしているリリィンに対し、

「お嬢様が嬉しそうで何よりですぅ。ねえ、ミカヅキちゃん!」

「クイクイ~!」

「むむむ、今すぐあのワインボトルに成り変わりたいですなぁ」

 シャモエとミカヅキはいいとして、シウバは本当に変態路線からブレない。感心するほどである。

(それにしても、魔人にもやはりいろいろな種族がいて、考え方も様々なんだな。しかもまったく正反対な特性を持ってる者同士が、上手く共生してるとは驚きだ)

 なかなかに貴重な体験ができたと思う。

 少々鬱陶しい懐かれ方もされてしまったが。

 それでも人と人の繋がりに関して多くを学んだ気がする。

(さて、次はどこに行くかな)

 日色は空を見上げる。

 澄み切った青空。白い雲。それらを見て思う。

 空は日本でも異世界でも変わらないな――と。

 そして、まだ見ぬ冒険を求めて、日色たちは歩を進めていく。

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