金色の文字使い―ユニークチートの魔界見聞録―

ep16.勝ち取れるか! オウゴンノヨロイの恩恵!

「――――おい、さっきから同じ所をグルグル回ってないか?」

 不快感を隠しもせずにまゆをひそめながら、前を歩く者たちに向かって丘村日色おかむらひいろは言った。

「フン、今頃気づいたのか、鈍い奴め」

「何だと……赤ロリの分際で」

「分際とは何だ分際とは! 鈍いから鈍いと言っただけであろうが!」

「気づいていたならさっさと言ったらどうだ? どうせまたオレがいつ気づくか試そうとして黙っていたんだろうが、確実に時間のムダなんだよ!」

「なぁにぃ~っ」

 日色と顔を突き合わせて言い合っているのは、最近旅仲間になったリリィン・リ・レイシス・レッドローズという燃えるような赤髪が特徴の『魔人まじん族』である。ちなみに赤ロリというのは、日色が命名した彼女の呼び名だ。

「ふぇぇぇぇっ!? お、お二人とも落ち着いてくださいですぅ!」

 見た目が幼女のリリィンと違って、女性らしい立派な身体つきをしているドジメイドこと――シャモエ・アーニールがおろおろしている。

「ノフォフォフォフォ! 怒られているお嬢様も素敵ですなぁ! ノフォフォフォフォ!」

 変な笑い方と燕尾えんび服が特徴の、通称――変態執事ロリコン。彼の名はシウバ・プルーティスだ。

「とにかく、こんなジメジメして鬱陶うつとうしい場所はさっさとおさらばだ。おい、出口がどこか知ってるのか?」

「フン! 知りたければ土下座して、ワタシの足でもめろ。そうすれば教えてやらんこともないぞ?」

 本人は色気がある笑いを心がけているのだろうか、挑発的な笑みを浮かべているが、日色にとっては益々ますます怒りのボルテージが上がるだけだ。

「お前にはもう聞かん。ジイサン、何か知ってるか?」

 シウバも物知りなので、別にリリィンに頼らなくても大丈夫だろうと判断する。リリィンは不愉快そうに舌打ちをしているが無視だ無視。

「そうでございますなぁ。ここは【アルベー湿地帯】といいまして、通称【飲み込みの大地】と呼ばれております。一度足を踏み入れてしまうと、正しい道順を歩まなければ、出口へと辿たどり着けない場所でございます」

「ふぅん。それで? さっきから同じような場所を進んでるってことは、迷ったってことか?」

 地面はぬかるんでいる上、周囲は完全にマングローブ林に囲まれ視界に制限がかかっており、どこも似たような風景で変わり映えしないので迷ったと思った。

「いえいえ、一応正しい道順を進んでいるはずでございますよ。ただこの湿地帯は、どこも同じような光景が続くので、そう錯覚してしまうのです」

「なるほどな。いや、正しい道を歩いてるなら別に問題はない」

「フン! シウバの馬鹿者め。余計なことを言いおって」

 やはり日色をからかおうとしていたらしく、そのわなから脱却できたことに少しばかりの安堵あんど感を得る日色。

(……ホントにコイツは油断のならない奴だからな)

 先を歩くリリィンの背中を見つめながら嘆息する。

 今、日色が旅をしている場所は『魔人族』たちが住む魔界まかい。勇者召喚に巻き込まれて、日本からここ【イデア】に召喚されてからというもの、勇者とは別行動をしてずっと旅をし続けてきた。

 人間たちが住む人間界から始まり、獣人じゆうじんが住む獣人界を通過し、そして今は魔界にいる。結構冒険してきたし、その際に出会った旅仲間もいたのだが、今回の旅仲間は、何ともいちいち油断のならない者たちなのである。

(一人は見た目が幼女なのに、レベルが百越えで数百年生きてるロリババアだし、一人はそんな赤ロリに異常なまでの愛を注ぎ込む変態と、もう一人は何もないところですぐ転倒するわ、すぐにテンパるわのドジメイド。……ツッコミ役が足らんぞ、まったく)

 いろんな意味で気が抜けない。退屈とはかけ離れている部分は評価できるが、いかんせん先程のように、リリィンは日色を試したり、日色の力を探ろうとしてくるので鬱陶しいことこの上ない。

 だが彼女たちと旅をするメリットもまたある。それは魔界の情報だ。ほぼ何も知らない日色にとっては、彼女たちが持っている情報は貴重。

 そもそも無知が故に、他でもないリリィンから手痛い洗礼を受けたりもした。そのせいで、日色の正体を疑われたりもした。

 今、日色の外見は、人間から魔人の『インプ族』という姿になっている。それは日色が有している魔法――《文字魔法ワード・マジツク》の恩恵によるものだが、リリィンに『インプ族』なら知っていることを試されて、見事に反論できなかったのだ。

 だからこそ、リリィンたちが旅に一緒についてくると言った時、断りはしなかった。

(まあ最悪、オレの手に余るようなら『転移』の文字でどこにでも逃げられるしな)

 それがあるからこその決定だとも言える。

「……ん、……雨?」

 先程まで快晴に近い晴れ具合だったというのに、少し空を確認しなかっただけで、もうどんよりと薄暗い雲が天を覆っていた。

 そして瞬く間に豪雨となって大地を濡らしていく。仕方なく、巨木の根元に集まり雨宿りをすることに。

「ったく、山の天気よりも急に変わり過ぎだぞ」

「ノフォフォフォフォ! 魔界の環境は常識では測れませんからな! 数分前は晴れていたのに、今は大雪が積もっているということも珍しくはないのですぞ」

 魔界はモンスターの質が高く量も多い。それに環境なども、他の二大陸と比べても遥かに厳しい。先程シウバが言ったのは、決して誇張などではないのだ。

 ――数分後。そう、たった数分後だ。

「……おいおい、今度は砂漠かと思うくらい陽射しが厄介なんだが……」

 どんよりくもっていたはずの空は嘘のように晴れ渡り、燦々さんさんと輝く太陽が日色たちを照らしている。

「いい加減慣れろ、ヒイロ。これが――魔界だ」

 そう言うリリィンたちは魔界出身だからいいだろうが、この環境変化はさすがにツッコミを入れたくなる。それに――――

「お気を付けを! 敵とおぼしき者たちに囲まれております! 数は――5!」

 シウバが周囲を確認しながら日色たちに注意を促す。

 周りから人型の生物が姿を現した。ただし“人”――ではなく、確実にモンスターだ。

「ほほう、Sランクモンスターのハガネノヨロイだ」

 名前になぞらえているのか、その全身に薄汚れたはがねよろいを着込んでいる。両手にはさびれている剣を持ち、明らかな殺意を日色たちに向けているので、話し合いでここを突破することはできないだろう。

「戦闘開始ですぞ、ヒイロ様!」

「ジイサン、アンタは後ろの二体を――」

「ちょっと待て、貴様ら」 

 その時、リリィンが不敵な笑みを浮かべながら一歩前に出る。

「おい、一体……」

「ククク、気づかないのか?」

「あ?」

 彼女が何を言っているのか分からない。ただシウバは考え込む素振りを見せ、すぐにハッとなって一本の木の上に視線を向ける。

「――出てくるがよい。そこに隠れているのだろう?」

 シウバと同じところに視線を向けるリリィン。日色もまた同じように顔を向けると、そこからスッと何者かが姿を見せた。

(……人?)

 それは今、日色たちを囲っているハガネノヨロイと違って、人そのものの姿を有している。尖った耳、褐色かつしよくの肌。それに背中には黒い翼まである。それは魔人の特徴だった。

「フン、『ノフェル族』か」

 リリィンの言葉に、眉をピクリと動かした魔人らしき人物が、

「……何だ、人違いか」

 パチンと指を鳴らすと、周りを囲んでいたモンスターたちが、ドシドシと重そうな足取りを残しつつその場から離れていった。

 木の上から跳び下りてきた人物に、日色は警戒度を高めながら観察していく。

 あずき色の短髪に、アッシュグレイの瞳を持つ男性。歳は二十代前半ほどの外見。服装はどこぞの民族衣装のように、下は穿いているが、上半身はほぼ半裸である。

 シャモエは、そんな男の姿を見て「ふぇぇぇぇ~っ!?」とモミジのように顔を真っ赤にしているが、日色はそんなツッコミ満載の格好はともかくとして、聞きたいことがあったので尋ねることに。

「お前が、今のモンスターを操っていたのか?」

「は? 操っている? 違うな、あの者たちはここを一緒に守っている“守護魔しゆごま”たちだ」

「しゅ、しゅごま?」

「モンスターっていうのは、元々魔物まものと呼ばれていたのだ。今も海のモンスターを“海魔かいま”って呼ぶように、察するところ、ここら一帯を守護する魔物ってとこだろう」

 リリィンの説明が入るが、魔物と呼ばれていることは初めて聞いた。

(いや、そういや、この前の【ラオーブ砂漠】で相手したモンスターは“砂漠の魔物”って呼ばれていたな)

 砂漠に住む民族である『アスラ族』という者たちと一緒に、その魔物を打ち倒すことに成功したのだ。

「魔人の中には、モンスター……つまりは魔物とともに暮らす種族も珍しくはないのだ。それくらい魔人なら知っておくべきだぞ?」

 彼女はすでに日色が魔人でないことには気づいているはず。

 以前彼女が所持していた本に書かれている文字を“日本語”と呟いたことで、異世界人である勇者の存在とつなぎ合わせて、日色が勇者かどうか尋ねてきたことから、下手をすれば異世界人だということを見抜かれているかもしれない。

(まあ、別にバレても問題はないけどな。質問責めはウザいだろうが)

 それとは別に、やはりリリィンの言う通りに知識は重要だ。魔界に存在する本や資料なども読破したり、人に聞いたりして情報を集める必要がある。

「まあいい、さっき人違いかと聞こえたが、どういうことだ?」

「……見たところ、旅をしているみたいだが、この魔界では珍しいことだな」

「おい、質問に答えてほしいんだがな」

 何せ襲われかけたのだから。説明を受ける権利くらいあるはず。

余所者よそものならさっさとここから出て行った方がいい。さもないと、巻き込まれるぞ?」

「何? 一体……」

 その時、遠くの方で大木が倒れ込んで地面を震わせるような音と振動が響く。

「っ!? アッチだったか――っ!?」

「あ、おい待てっ!」

 しかし男は日色の声を無視してどこかへと去って行く。

「……一体何だったんだ?」

「フン、どうでもいいだろう。まあ、退屈しのぎにはなるかもしれぬがな」

 コイツは……と日色はリリィンに対してあきれてしまう。

(よくもまあ、退屈嫌いのくせして、あんな辺鄙へんぴな場所にずっと住んでたもんだな)

 彼女たちが住んでいた屋敷は、おいそれと辿り着けないような湖の真ん中に建てられていた。ひょんなことからシウバに案内されて行くことになって、それから一緒に旅をすることになったのだが、よくもまあ長年あんな場所に居続けられるものだと心底呆れた。

「どうしますかな? 彼を追いますか?」

「放っておけばいいだろ? 厄介事は勘弁かんべんだ」

「しかし、彼が向かって行ったのは、出口の方でございますよ?」

「…………」

 何だかまた何かに巻き込まれそうでガックリと肩が落ちる思いだ。だが出口があるならば向かうしかない。こんな場所で野宿も嫌なので。

「……仕方ない、行くか」

 男を追う形で、歩を進めることになった。

 眼前に広がっているのは思わず説明を要求したくなるような光景。

 大勢の者たちが、一定の距離を開けた場所に立ってにらみ合っていた。

 日色たちを襲いかけたハガネノヨロイを前にして、魔人であろう者たちが後ろに控えている。ただ左側に陣取っている者たちの前に陣取るハガネノヨロイの数が、右側に立つハガネノヨロイより少ない。

(しかしそんなことよりも……)

 もう見るからにめんどくさそうな状況だ。

「ほほう、一方は先程の『ノフェル族』だな。対して反対は――『アゲロス族』か」

「知ってるのか?」

「まあな。ここら一帯を根城にしている魔人どもだ。数は見ての通り少ないが、長寿種族らしいという話は聞いている」

 先程会った男である『ノフェル族』の格好にも驚いたが、『アゲロス族』もまた奇抜な姿をしている。

 こちらはえんじ色の髪と、水色の瞳を持つ。また全身にペイントで装飾しているらしく、奇妙な紋様が描かれていて、見るだけで威嚇いかくされているようだ。

「一体コイツら、何をやってるんだ?」

「さあな。互いに敵意満々といったところだ。そのまま殺し合ったりしてな」

「ふぇぇぇぇっ!? そ、それは大変ですぅ!」

 リリィンの怖い発言に、シャモエが青ざめながらミカヅキの後ろに隠れ出す。ちなみにミカヅキとは、日色が獣人界から一緒に旅をしているライドピークというモンスター。

 見かけは大きなダチョウのようだが、その上に乗って楽に大陸を進むことができているので、日色が重宝している存在だ。

 そんなミカヅキも、彼らの並々ならぬ気迫に気圧けおされているのか、「クイクイィ……」とおびえた声を出している。

 すると先程会った男が一歩前に出て、ビシッと『アゲロス族』を指差す。

「今日こそを手に入れるのは俺たちだ!」

 対して、その反対側に立っている『アゲロス族』から、一人の男が出てきて、同じように指をつきつける。

「ふざけたことを言うんじゃねえ! 勝負に勝って、アレをもらうのは俺らに決まってんじゃねえか!」

 どうやら二組は、“アレ”というものを手に入れるために競っているらしい。

 このままリリィンが言うように、戦争になったらどうすればいいのだろうか。巻き込まれることを危惧していると……。

「よし! なら代表者を出せ! こちらはこの俺――スレヴィンだ!」

 どうやら日色たちと最初に会った『ノフェル族』は、名前をスレヴィンというらしい。

「望むところだ! ならこっちは俺だ!」

 そう言うのは、スレヴィンと同じように指を突きつけた『アゲロス族』の男。

「やはり貴様か、ブラッシュ!」

「おうよ! 小さき頃からの因縁、ここで晴らしてくれるわ!」

 バチバチと互いに視線で火花を散らしていると、不意にブラッシュが、日色たちの存在に気づく。

「あ? おい、アイツらは何だ?」

「む? ああ、ただの旅人のようだ。気にするな」

「ほう……」

 ジックリと日色たちを観察するように見回すブラッシュ。ミカヅキとシャモエなどは、その視線に恐怖を感じているようで、先程から震えまくりだ。

「……面白い。ちょうどいいじゃねえか! ならコイツらに、少し手伝ってもらうってのはどうだ?」

「はあ? 余所者だぞ?」

「だからいいんじゃねえか。公平な勝負方法も期待できっからなぁ!」

「……ほう。今回はそっちが勝負方法を決められるというのに、殊勝しゆしようなことだな」

「フン! 前回はお前らにケチをつけられたしな。けど第三者に勝負方法を委ねて俺たちが勝てば、もう何も言えねえはずだ!」

「…………少し待っていろ」

 何やら不穏ふおんな空気を感じないでもないが、スレヴィンが日色の方へ近づいてくる。

「少しいいか、旅の者たちよ」

「よくない。俺らには関係ないから、好きなだけ争っててくれ」

「なっ!?」

「さっさと行くぞ、お前ら」

 日色は面倒事に首を突っ込むのは嫌だと思い、一早くここを立ち去ろうとするが……。

「まあ待て、ヒイロ」

 さらに面倒な奴が制止の声をかけてくる。見れば、愉快気ゆかいげに笑みを浮かべたリリィンの姿があった。

「面白そうではないか」

「あのな……」

「別に急ぐ旅でもないのだろう? 貴様はそう言っていたぞ」

「む……」

「ならば、こういう経験もまた一興。楽しまないと損だぞ」

「さすがはお嬢様! 何事もポジティブ精神お見事でございます!」

「クハハハハハ! 当然だ! ワタシなのだからな! クハハハハハ!」

「よっ! 図々しさで敵う者無し! 傍若無人ぼうじやくぶじんの王――リリィン様!」

「クハハハハハ! もっとめるが良い!」

 いや、まったくもって褒めている要素はないが……。

 二人のやり取りに、スレヴィンも呆けてしまっている。

 とりあえず、話を聞くことになりそうだ。

「―――――なるほどな、毎年この時期にアンタたちは、あるモノを賭けて勝負をしているってことか。そしてその勝負に勝った者が、一年間、そのあるモノの所有者に選ばれると」

 スレヴィンから説明を聞いた日色の言葉に、その場に集まっている魔人たちが一様にうなずく。

「それで? そのあるモノってのは何なんだ?」

「それはな―――――――“オウゴンノヨロイ”だ」

「……は? 何だって? 黄金?」

「オウゴンノヨロイだ。先程お前たちを囲んだモンスターたちを知っているだろう?」

「ああ、ハガネノヨロイだろ? 確か“守護魔”って呼ばれてるらしいな」

「そうだ。そのハガネノヨロイの突然変異型――それがオウゴンノヨロイだ」

「……つまりモンスターなのか?」

「そうだ。あそこを見てみてくれ」

 スレヴィンがある場所を指差す。その先には大樹が一本立っており、豊かに茂った木の葉が無数に風で揺れている。

「……ただの樹だろ?」

「もっとよく見てくれ」

「だから何を…………あ」

 密集する木の葉の奥。そこに陽射しを跳ね返してキラキラと輝く物体があることに気づいた。

 枝の上で鳥の巣のようなものを作って、その上にドカッと座って動かない。かなりの巨体で、ハガネノヨロイの数倍以上もの体格をしている。

 その名の通り、全身を黄金で塗りたくったような鮮やかな色をしており、気づけばそこにいるだけで存在感が半端なく強い。

「見えたか? アレがオウゴンノヨロイ。富をもたらしてくれるとされる“守護魔”だ」

 彼が言うには、オウゴンノヨロイというモンスターは、遥か昔から生き続けている生物であり、その姿を見るだけで幸福になれるとされてきたという。

 彼らは、そんなオウゴンノヨロイが住処すみかにしているあの大樹の所有権を、毎年この時期になるとどちらが手に入れるか勝負で決めているとのこと。

(つまりオウゴンノヨロイそのものを賭けてるというよりは、その住処を奪い合ってるってことか)

 オウゴンノヨロイが傍にいるだけで、何故か作物が豊かに育ったり、病気一つしなかったり、子宝に恵まれたりと良いことづくめらしい。

「むむむ、ならばともにその恩恵にあずかれば良いのではございませんか?」

 シウバの提案はもっとも。しかし……。

「フン! こんなガリガリで軟弱な『ノフェル族』と一緒に生活なんてできっかよ!」

「それはこちらのセリフだ。お前たちのような薄気味悪いペイント集団となど、考えられん」

 確かに『ノフェル族』は細身で、どちらかというと頼りなさそうに見える。反対の『アゲロス族』は、体格こそ普通だが、ペイントが薄気味悪いという意見も理解できた。

「つまり、貴様らは何らかの勝負を毎年行っているというわけだな。一体どのような勝負をしているのだ?」

 リリィンの問いに答えるのはスレヴィンだ。

「いつもは勝った方が勝負方法を決めてたが」

「おい、それだとかたよりができないか?」

 今度は日色が問う。

「ああ、逆に負けた方が決めてもやはりどちらかに有利な方法になってしまう。だから、今回は、お前たちに勝負方法を決めてもらおうと思ったのだ」

「ほほう、それはそれは……」

 リリィンの紅蓮ぐれんの瞳が怪しく輝く。口角もニヤリと上がっていて、

(明らかに楽しんでるな、これは……)

 そうとしか思えない、呆れてしまうほど分かり易い笑みだった。

「良いだろう。確かにその方がどちらが勝っても遺恨いこんは残るまい! 正々堂々と勝負ができる方法をワタシたちが提供してやればよいのだな?」

「そうだ。頼めるか?」

「ふむ。別に構わんぞ。貴様らもそれでいいな?」

「よくない」

「ノフォフォフォフォ! お嬢様のお心のままにですぞ!」

「わ、私もお嬢様をご支持しますですぅ!」

「クイクイクイィッ!」

「よし! 全員一致だな!」

 …………どうやら日色の意見が見事にスルーされたようだ。

(ホントに勝手な奴だ。きっとあれだな。アイツは世界が自分中心に回ってるって勘違いしてるお子様に間違いない)

 しかしここで何を言ったところで乗り気の彼女をしずめることはできないと思う。面白いと思ったことを納得するまで追求する性格は、短い付き合いの中で、日色も痛いほど理解させられているのだから。

「あ、そういえばジャッジもワタシがすればいいのか?」

「いや、勝負はオウゴンノヨロイが見ている前でやるんだ。そこで勝敗がついたと判断したオウゴンノヨロイから、勝利者に一体のハガネノヨロイをもらえるっつう寸法だ」

 リリィンの質問には『アゲロス族』の男――ブラッシュが答えた。

(なるほどな。最初に見た時、互いを守るようにして立っていたハガネノヨロイの数が違っていたのは、勝負を繰り返し、その数に差がついていたからか)

 日色の考えを見透かしたように、ニッと笑みを浮かべたブラッシュが続ける。

「もう分かったか? 勝てばハガネノヨロイが味方につく。コイツらはここらの“守護魔”であるだけじゃなく、いろいろ便利なんだわ」

「便利?」

「おうよ。畑仕事、家事、建築などなど、何でもこなしてくれっからな。だからもっともっと増やして、俺らの生活領域を拡大してやるんだ!」

「そうはさせん! 前回はやられたが、勝負が公平ならば確実に我らが勝つ! ハガネノヨロイはこちらのものだ!」

 つまり、彼らは単なる勢力争いをしているだけらしい。ハガネノヨロイが増えれば増える程、生活が豊かになっていく。だからこそ勝負に勝って、オウゴンノヨロイの住処の所有権を手に入れて、その恩恵(ハガネノヨロイ)に与ろうとしているのだ。

(正直なところ、勝手にやってろって気分だが……はぁ)

 リリィンの顔を見るとニヤニヤと、すでに勝負方法を考えているような表情なので、もう引き返せないところまできているようで溜め息しか出てこない。

(まあ、魔人同士の対決も暇潰しにはなるかな)

 明日に勝負方法を伝えるということで、その場は解散となった。

 日色は、どちらかの種族に世話になるつもりだったのだが、それでは公平ではなくなるということで、またも野宿という形になってしまったのだ。

 シウバがダークゲートという闇魔法を使い、屋敷ですらも収納できる便利な闇の中からテントを出してくれて、そこで一日を過ごすことになった。

 そして――夜。

 テントに思わぬ来訪者がやって来た。

「あ、あの……少しお話よろしいでしょうか?」

 訪問してきたのは一人ではなく、男女二人。しかも互いに種族が違い、男は『ノフェル族』、女は『アゲロス族』である。

 実際誰かがやって来て、明日の勝負を少しでも有利に進めるためにリリィンを懐柔かいじゆうしようとしてくるかもしれないと予想はしていたが、さすがに両種族が同時に来るとは思ってもいなかった。

 しかも……。

「どうか、二つの種族が仲直りできるような勝負を考えてほしいんです!」

 いきなりの提案。当然リリィンは疑わしそうな目つきになり、理由を尋ねた。すると彼らはいきなり、

「実は僕たち、付き合ってるんです!」

 と言われ、

「――え? お二人は恋人同士なのですかな?」

 シウバが驚きの眼で問い質すと、二人は恥ずかしげに頷いた。

 男の名前はリック、女の名前はノースというらしい。

「僕たちが生まれた頃から、ノフェルとアゲロスは仲が悪く、いつも何かにつけて衝突していたんです。でも、子供だった僕たちにはそんな争いなんて関係なかった。小さい頃から、僕とここにいるノースはとても仲が良くて、その……好き合っていました」

 つまり幼馴染おさななじみ同士、気が合って付き合うことになったらしい。

「他の者は何も言わないのか?」

 リリィンの言葉に、リックは渋い顔をする。

「もちろん、良い顔はしてくれていません。別れろと何度言われたことか」

「だろうな。長年争っている者同士なのだ。歩み寄りは簡単ではない」

「はい。ですから今回の勝負が、その歩み寄りのきっかけになればいいなと」

「なるほど。そこで貴様らが好機と捉え提案しにきたというわけか」

「恥ずかしながら、僕たちではもうどうしようもなく……。できたらみんな仲良くなって、僕たちのこともみんなで祝福してほしいんです」

「祝福? おい、もしかして結婚でもするつもりなのか?」

「け、けけけけ結婚っ!? す、素晴らしいですぅ!」

 リリィンは不審げに眉をひそめているが、シャモエは両手を合わせてまさに祝福しているかのようにパチパチと音を鳴らしている。

「結婚……したいと思っています。ですが今のままの状況が続けば……」

 リックの懸念は当然。この状態で結婚など絶対認められないだろう。一緒になりたければ駆け落ち同然になるが、それを彼らは望んでいない。

「……お嬢様、どうされますか?」

 シウバに対してリリィンはどう返答するものか……。しばらくあごに手をやって考え込んでいたリリィンは、愉快気に笑みを浮かべる。その笑みを見て、うすら寒いものを日色は感じたが、それが間違いではなかったことを翌日になって知ることになった。


 ―――翌日早朝。

 再び昨日と同じ、互いに睨み合っていた場所へとやってきた『ノフェル族』と『アゲロス族』。その境にはリリィンが腕組みをして立っている。

「さて、これから勝負方法を伝える! 勝負は―――――“鬼ごっこ”だ!」

 こうなるのは当然か。皆がポカンとなってリリィンの顔を凝視している。

「貴様らが納得できるようにワタシが考えてやったのだ! ありがたく思えよ! クハハハハハ!」

「ちょ、ちょっと待て! “鬼ごっこ”だと?」

「そうだ、リリィン殿、説明を願いたい」

 ブラッシュとスレヴィンが尋ねてくる。

「ふむ。ルールは簡単だ。ワタシが用意した場所で、貴様らにはある者を捕まえてもらう」

「用意した場所……?」

 スレヴィンが首を傾げると、リリィンがニヤリと口角を上げ、少しだけその場から離れて皆から距離を取る。そして目を閉じ、十分に皆の意識を引きつけたところでカッと見開く。

「皆の者! このワタシの目を見るがいいっ!」

 言葉に従って、日色たちを含めた全員が彼女の瞳に魅入られた直後、景色がゆがみ始める。

 それまで高原のような場所にいたはずなのに、気づけば周りは色彩豊かなファンシーな世界へと成り変わっていた。

「こ、ここは……っ!?」

 日色は呆気にとられながらも周囲を確認していく。 

 大小様々なぬいぐるみやクッション、巨大な積み木や本など、まるで巨人が使用するおもちゃ箱をひっくり返して、その中にたたずんでいるような感覚である。

 日色だけでなく、他の者たちも同様に言葉を失ってキョトンとしていた。それもそうだろう。一気にどこかへと転移させられたのだから。

(……いや、これは転移じゃないな。あの赤ロリめ……)

 周りを見れば、日色パーティは、日色だけ。あとは『ノフェル族』と『アゲロス族』の連中がいる。

 その時、紫色をした天に、映し出されたのはリリィンの顔。

「ククク、どうだ皆の衆、驚いているかな?」

「おいこら、赤ロリ! どういうつもりだ!」

 真っ先に問い質すのは日色。

「なぁに、ワタシが創り出した空間で、勝負をしてもらうというだけだ」

 やはり彼女のユニーク魔法である《幻夢魔法フアンタジア・マジツク》で創り上げた世界だったかと納得する日色。彼女の魔法は相手に幻を見せることができるのだ。

 恐らくこれは日色たちが見ている幻。しかし妙にリアルで、五感すべてがハッキリとしている。

 先程彼女の目を見た時に、幻術にかかってしまったということだろう。

「心配せずとも、そこでは魔法も自由に使えるように設定してある。ああ、安心しろ。もしそこで死んでも現実の死ではないからな。思う存分戦える」

「はあ? “鬼ごっこ”じゃないのか?」

 スレヴィンが当然の疑問を口にする。

「もちろん“鬼ごっこ”だ。そこにいるワタシの下僕げぼく――ヒイロを貴様らは捕まえればいいだけだしな」

「ちょっと待て、赤ロリ! 何となくそういうことだろうと思っていたが、勝手なことばかり言うな! というか誰が下僕だ!」

 やはり巻き込まれた日色だった。

「クハハハハハ! よいではないか! 無論貴様にも益はある勝負だぞ、ヒイロよ」

「ん? どういうことだ?」

「もし他の者に捕まらなければ……つまりヒイロが逃げ切れば、この勝負は引き分け。よって、ヒイロの願いを双方が聞き届けなければならない」

 ざわつき始める周囲。

「ちょっと待てや! 引き分けってどういうこった!」

 ブラッシュが空に向かって叫ぶ。リリィンが狡猾こうかつそうに微笑ほほえむ。

「簡単さ。今年はオウゴンノヨロイの恩恵をどちらも得られないかもしれないということだ」

「ふ、ふっざけんな! 何の権限があってそんなことしやがんだよ!」

 当然ブラッシュの怒りがぶつけられる。

「ククク、勝負方法を託したのは貴様らだ。つまり今、ワタシはルールを作った神そのもの。貴様らはただワタシの望むままに戦えばそれでいい」

 本当に勝手な奴である。呆れてものが言えない。楽しそうなのが益々苛立いらだつ。

「もし嫌だと言うのならそれでも構わん。そこから一生出られないだけだしな」

 何と無理矢理感あふれる自己満足ルールであろうか……。むしろここまでくれば清々すがすがしい。

 当然周りから口々にリリィンへ文句が放たれるが、彼女は涼しげに見下ろしているだけ。

「何を怒っている。ようは勝てばいいだけだ。先にヒイロを捕まえたどちらかが、オウゴンノヨロイの恩恵を受けることができる。しかし全員がノックアウトしたら、ヒイロの勝ち。その時はヒイロの望みが叶うだけだ」

「……おい、その望みってのは何だ?」

「何だヒイロ。何も無いのか? 教えておくが、そやつらが育てている作物で作る料理は美味いらしいぞ? 勝てば自由にすることができるかもな」

「よし! 勝てばいいんだな!」

 急にやる気がみなぎってきた。絶対負けない。

(勝ってコイツらから美味い食材を頂く!)

 完全にリリィンにもてあそばれている感は否めないが、美味い食材が掛かっているとなれば話は別だ。全力で勝ちに行く。

「そこでのルールは簡単だ。気絶、もしくは戦闘不能になればリタイアだ。ただしヒイロに関していえば、三秒以上拘束されたらアウトだ。さっきも言ったが死んでも現実の死ではないからな。自由にり合え。それじゃ、スタートだ」

 いきなりのスタート開始。まだ準備もしていないのに、本当に自分勝手な奴である。

「と、とにかく彼を捕まえて勝利を我らの手に!」

「ええい! ノフェルの連中に後れを取るなっ!」

 スレヴィンとブラッシュがそれぞれ仲間たちに発破をかける。

「ふん、こちとら美味い食材がかかってるんでね、捕まるわけにはいかないんだ」

 すぐさま『加速』の文字を使用して、電光石火ばりに逃げ回る日色。

「くっ! 速いぞ! それにこの大量の魔力!? 只者ではないぞ! こちらも魔法で応戦しろ!」

 スレヴィンたちも魔法を日色に向けて放ってくるが、それを軽やかにかわし、日色はその場から距離を取っていく。

(制限時間が無いってことは、オレが結局全員仕留めないといけないってことか。……めんどくさ)

 しかし勝つためには仕方ない。文字を書いて地面にいろいろ放っていく。

「今だ! 貫け、《文字魔法ワード・マジツク》っ!」

 文字の上に彼らが来たところで発動させると、下から無数の針が生まれて彼らを串刺しにしていく。リリィンの言った通り、死にはしないのか、貫かれても血などは出ていない。

 しかし明らかに戦闘不能だと思われた者たちは、その場から身体ごと消失した。

(悪いが、オレのためにさっさと潰れてくれ)

 日色は次々と魔法を駆使し、向かってくる敵をほふっていく。



 今、リリィンの目の前には、虚ろな瞳をした者たちが立ち並んでいる。その中には、最大の興味対象である日色の存在も。

「よろしいのですか、お嬢様? このようなことをすると、またヒイロ様の反感をお買いになるかと」

「そう心配するなシウバ。奴にも有益な勝負だ。しっかりそのむねを伝えたし、奴もやる気だ」

 リリィンが魔法にかけなかったのは―――自分を除き五つの存在。

 シウバ、シャモエ、ミカヅキの二人と一匹。そして……。

「あ、あの……本当にみんな、意識が無いのですか?」

 不安そうに尋ねてくるのは、昨日の夜中にテントにやってきたリックだ。その傍には、彼の恋人であるノースの姿もある。二人は正気のまま。

「ワタシの魔法で全員が夢を見ている。夢といっても、現実とほぼ区別の無い別世界だがな。まあ、何人かはすでに戻ってきているようだが」

 立っている者以外にも、目を閉じ意識を失って地に倒れている。その者たちは、夢の世界で、日色に倒されて現実に戻って来ているのだ。

「だ、大丈夫なんですか?」

「当然だ。夢の世界はこのワタシが支配している。ここならたとえ殺し合いをしても、現実で傷つくことも死ぬこともない。しかし、互いに全力で暴れることはできる」

「お嬢様の魔法で全員の夢をつなげているので、皆さん、一つの夢の中に精神を潜り込ませているといった感じでございますね」

 シウバの補足に、リックがなるほどと首を縦に振る。

「一応オウゴンノヨロイにもリンクさせてやっているから、勝敗にも問題はあるまい」

 結局勝敗を最終的に判断するのはリリィンではなく、オウゴンノヨロイなのだ。

「……で、でもあの少年一人で、本当に大丈夫でしょうか? もし負けてしまえば、結局どっちかにオウゴンノヨロイの恩恵が行ってしまいます」

「フン、男なら堂々と構えていろ。そんな顔してると、貴様の後ろに立つ恋人までも不安になるぞ」

「あ……はい」

「なぁに、ヒイロ一人で参加させたのもいろいろ理由がある。まず奴一人に負けたとあっては、さすがに大勢で挑んでいる魔人どもからも反論は出まい」

 多勢に無勢で臨んでいるのに、負けてしまえばプライドが邪魔をして何も言えないはずだ。

「それにこうすれば、奴が戦う姿を存分に見学できるからな」

 日色がどうやって戦うのか、たっぷりと観戦させてもらうつもりだ。

「それと貴様たちの望みは、ノフェルとアゲロスが少しでもいいから互いに手を取り合ってほしいということだろう?」

「そ、そうです」

「なら黙って結果を待て。ああ見えてヒイロという男は得体は知れないが、こういうことに関しては信頼が置ける」

「ノフォフォフォフォ! お嬢様が唯一懸想けそうをなさっている殿方でございますからね!」

「ええっ!? そ、そうなんですか!?」

「そうなのでございますよ、リック殿! お嬢様の小さなお胸の中には、ヒイロ様に対しての想いで溢れて――」

「勝手なことを言う奴は死ねィッ!」

「はぶんぐすっ!?」

 つま先で顎を蹴り上げられ放物線を描きながら空を飛んでいくシウバ。

「ふぇぇぇぇっ!? シウバ様ぁぁぁっ!?」

 シャモエとミカヅキが、彼を追っていく。リリィンの行いに恐怖を感じたのか、リックとノースはブルブルと身体を震わせている。

「ったく。……とにかく、最後まで待ってろ。じきに終わる。恐らく、貴様たちの願い通りにな」

 リリィンの思惑。日色ならば……という考えのもと、ニヤリと笑みを浮かべた。



「「はあはあはあ……っ」」

 ノフェルとアゲロスを代表する、スレヴィンとブラッシュは、日色を目前にして盛大に肩を上下させ息を乱していた。

「どうした? もう終わりか?」

 日色は目を鋭くさせたまま彼らを睨みつける。

「っくしょう……、何なんだよ、お前……!」

「我々が……束になっても勝てぬとは……!」

 ブラッシュとスレヴィンはすでに疲弊しており、全身からも大量の汗をき出させている。すでに彼らの仲間は、日色が魔法や刀で打ち倒し姿を消していて、戦闘不能になれば元の世界に戻れるだろうことは予想していた。

 残っているのはここにいる二人だけ。日色はそんな二人を涼しげに見ている。

 ハッキリ言って、彼らはそれぞれバラバラに動き意思統一もなされていなかったので、自滅などもあって倒すのは簡単だった。

「くそっ! いい加減捕まりやがれ! ―――ストームバインドッ!」

 ブラッシュが日色に向けてかざした右手から、竜巻状の風が出現し、日色の身体を包み込むようにして覆う。

「よ、よし! このまま三秒……なっ!?」

 その場から日色は『転移』の文字を使用して脱出。ブラッシュの背後へと移動し、背中に蹴りを食らわせた。

「がはっ!?」

「このっ! ライトニングソードッ!」

 日色の隙を突くように、背後から雷魔法で作った剣を持って突き刺そうとしてくるスレヴィン。

「――――残念だったな」

 今度は転移した瞬間にすぐに書き始めていた『防』の文字を即時発動させて、自分の周囲を青白い魔力の壁で覆い防御態勢を作った。すると彼のライトニングソードはバチィンッと弾かれてしまう。

「っ!? 何て強力な防御結界なんだ!?」

 彼らの実力はそれほど高くない。魔法さえ気をつければ、今の日色なら後れを取ることもなかった。

「――もう終わらせる」

 刀を握りしめる手に力を込めた瞬間、背後から殺気を感じ横に跳び退く。ブラッシュがつかみかかろうとしてきていたようだ。

「はあはあはあ……何てガキだ……! インプってそんなに強くなかったはずなのに……」

 日色は魔法で、自身の姿を魔人の『インプ族』に変えている。

 するとまたも空に浮かんだリリィンの顔から言葉が発せられる。

「クハハハハ! お前ら、連携も何もあったものじゃないな」

「「「は?」」」

 思わず日色たちは天を仰ぐ。

「あれだけの数がいたにもかかわらず、バラバラに行動するから逆にそれを利用されて各個撃破されるんだ」

「「……っ!?」」

 今度はスレヴィンとブラッシュだけが表情を強張こわばらせる。

「たった一人を捕まえるだけなのに愚か過ぎる。力を合わせればまだマシだったかもしれないのにな」

 日色は余計なことを、と思ったが、

(……! なるほどな、初めからでこの勝負を)

 リリィンの企みに気づいた。

「他者とも、仲間とも連携できぬ貴様らに、未来などあるとは思えんな」

「「何っ!?」」

「そのうち、オウゴンノヨロイも貴様らを見捨てて違う土地に向かう可能性が高い。貴様らとともに過ごしているハガネノヨロイも哀れだな。たかが手を組むだけのこともできない種族に使われているのだからな」

 彼女の言い分に、スレヴィンたちの身体が小刻みに震え出す。それは明らかに怒りを醸し出していた。

「言いたいことを言いやがってぇっ! だったら見せてやる! 『アゲロス族』は決して融通ゆうずうのきかねえ種族なんかじゃねえことをな!」

「こちらもそうだ! 『ノフェル族』代表として、必ず結果を出してやろう!」

 二人のやる気に満ちた宣言。日色に向けて同時に視線を向けると、

「スレヴィン、挟み撃ちする! あの野郎をとっ捕まえるぞ!」

「言われなくてもだ! 足を引っ張るんじゃないぞ!」

 二人して日色の前方と後方を挟み込むようにして移動し、同時に魔法を放ってきた。日色は大きく跳び上がりそれを回避。

「「もらったぁぁぁっ!」」

 空中では身動きを取れないと思っての行為だろう。日色に向けて同時に跳び上がり捕まえようとしてくる。

「――――狙いは良かったが、それは相手がオレじゃない時だな」

 日色は『交代』の文字を書き発動させる。すると一瞬にして、日色とスレヴィンの位置が入れ替わった。

「なっ!?」

 ブラッシュはそこにいたはずの日色に向かって突っ込み、スレヴィンはぶつかってきたブラッシュに対応し切れずに衝突する。

「……これで終わりだ」

 空中でもつれ合っている二人に向かって、刀身に『伸』を書いて発動させ、刀を真っ直ぐ二人に向かって伸長させる。伸びた刀身は、重なっている二人の胸を貫く。

「「がぁ……ぐっ!?」」

 そのまま二人は意識を混濁させながら地上に落下し姿を消した。

(どうやら終わったようだな)

 周囲を探るが、気配はない。スッと顔を上げて空を見る。

「ククク、やはり貴様は面白いな。あれだけの数の魔人を退けるとは」

「うるさい赤ロリめ。どうせ何もかもお前の計画どおりだろ?」

「さあな。とにかく貴様の勝利だ」

 その言葉を聞いた直後、目の前が真っ白になり気づけば――――元の世界へと帰還していた。


「はぐ、んぐんぐ……うん、これも美味いっ! お、こっちの肉も最高だ!」

 今、日色は設置されたテーブルの上に並んでいる料理の数々に舌鼓を打っていた。

「そのお肉は《蛇肉へびにくのロースト》です」

 説明してくれるのは、リックの恋人であるノースだ。彼女が中心となって料理を作ってくれた。

「これが蛇の肉だとはな。こんなに柔らかくてクセのない肉だとは驚きだ、どちらかというと鶏肉に近い……か。それに肉にかかってるタレもピリ辛でまた良い」

「そのタレは『アゲロス族』独自の手法で作り出した《天使の雫》というタレです」

 大層な名前だが、確かに天使が落としたかのような神々しい光を放っているようにも見える。黄金のタレとはこのことだ。

「あとは両種族が育てているこちらの《アゲロスレタス》に、《ノフェルナス》を包んで焼いた《ノフェロス焼き》をご堪能たんのうください」

 これが、日色が勝負に勝った報酬。それぞれが育てている作物を使った料理を食べさせること。

「んおっ!? 焼いているはずなのに、このレタスのシャキシャキ感は何だ? それにこのナスの瑞々みずみずしさ。焼くことで香ばしくなって、旨味が溢れ出てくる!」

 一口かじると、ナスの中から旨味成分であるナス汁が大量に外へと流れ出てくる。こんな《焼きナス》を今まで食べたことがない。

 柔らかいナスの食感と、歯応えの良いレタスとのコントラストが見事としかいいようがないほどのクオリティ。

(さすがは赤ロリが美味いと言うだけのことはあるな。野菜でこれだけ満足感を得られるとは思わなかったぞ!)

 そこへカップを持ったリリィンが近づいてくる。その中には恐らく酒であろう赤い液体が注ぎ込まれているのが分かった。

「どうだ? ワタシの言った通り、美味いだろう?」

「そうだな。お前の言う通り動いてしまったのはしやくだが、これなら許してやる」

「ククク、相変わらず偉そうな奴だ」

「ところで、結局『ノフェル族』と『アゲロス族』の勝負はどうなるんだ。今年はホントに引き分けにするのか?」

「フン、あれを見ろ」

 リリィンが指を差すのはオウゴンノヨロイがいる大樹の根元。そこにはノフェルとアゲロスの者たちが集まっていた。

 すると驚くことに、両種族の前方にそれぞれハガネノヨロイが数体生まれたのだ。

「どうやら、オウゴンノヨロイとやらは勝敗にはあまり興味が無かったようだな」

「ん? どういうことだ?」

「つまりはだ。勝負そのものを観戦するのが好きなだけであって、どちらが

勝とうが負けようがどうでもいいということだ」

「しかし今までは勝った方にハガネノヨロイを授けてたんじゃないのか?」

「ああ。それも恐らくは勝者には褒美を与えるという形をとれば、より勝負が盛り上がり面白いと思ったからだろう」

「何て単純な……。それじゃアイツらはオウゴンノヨロイの暇潰しに踊らされてただけじゃないか」

「そうともいうがな。しかし今回で奴らも気づいただろう。勝敗に関係なく、オウゴンノヨロイを楽しませることができれば一族を潤わせてくれるということに」

「……お前、まさか最初からオウゴンノヨロイの考えに気づいていたのか?」

「……さあな」

 狡猾こうかつげに笑みを浮かべるリリィンを見て、絶対に気づいていたなと心底彼女が恐ろしくなった。すべてはオウゴンノヨロイすらも利用した、彼女の暇潰しであった事実に脱帽だ。

「まあ、これからは勝負を競うのではなく、互いに手を組みオウゴンノヨロイを楽しませることに尽力するだろう。これで一件落着だ」

「あ、あの、ありがとうございました!」

 ノースが日色とリリィンに対して頭を下げる。そこへ彼女の恋人であるリックも駆けつけてきて、同じように礼を言う。

「これできっと、我々が下手に争うこともなくなると思います。本当にありがとうございました!」

「安心するのはまだ早いぞ」

「え……それはどういうことですか、リリィンさん?」

 リックが尋ねると、リリィンがグビッと酒を煽りながら口を動かす。

「確かに今回のことで、オウゴンノヨロイの扱いにも気づき、力を合わせるという意味も理解できたろう。実際に勝負の中で互いの代表者が手を組むといったこともしたようだしな」

「あ、はい。でもそれは良いこと……ですよね?」

「まあそうだな。一時的にせよ、手を組むことができる種族同士だということが分かったのは大きい。だが過去からの因縁をすぐに断ち切ることは難しいものだ。互いが本当に分かり合えるような関係になるのはまだ時間がかかるだろう。ほら、見てみろ」

 そう言いながらリリィンが再び大樹の根元を指差す。そこには、また例の如くスレヴィンとブラッシュが何か言い争いをしている。

 耳を澄ましてみれば、大樹の所有権に関して、共同で管理したいが、その管理番をどちらが立てるかで言い争っているようだ。共同で管理するのだから、どちらでもいいような気もするが、やはり少しでも相手の上の立場に立ちたいのかもしれない。

「ああ、スレヴィンさん……」

「ブラッシュさんも……」

 リックとノースが呆れたように嘆息たんそくしている。

「まったく、互いが育ててる食材同士を合わせればこんなに美味いものが作れるというのに。作ってる側がいがみ合ってるのはもったいないぞ」

 日色のその言葉はリックとノースの心を貫いたようで、ハッとなって日色を見つめている。そして日色もまた見つめられていることに気づき、「あ? 何だ?」と尋ねるが、先に口を開いたのは、楽しげに笑みを浮かべたリリィンだった。

「フフン、無意識に真をつくコメントをするとはな。褒めてやるぞ、ヒイロ」

「……? 何を言ってるんだ、お前は?」

 リリィンが何故上機嫌に目を細めているのか理由が分からない。

 日色の質問にも答えずに、リリィンがリックとノースに視線を向けた。

「どれだけ過去の因縁があっても、人は互いに歩み寄れる機を持つことはできる。……貴様たちのようにな」

 そう言われ、リックとノースが互いの顔を見て微笑みあって手を握った。繋がれた手を一瞥いちべつしたリリィンが続ける。

「今回、手を結ぶきっかけにはなったが、まだまだこれからということだ。

貴様らの仲も、まだ完全には仲直りしていないはずだ。しかし貴様たち次第で、どのような形にも変わっていくことを知っておくがいい」

「は、はい!」

「が、頑張ります!」

 リックとノースが打てば響くような返答をし、リリィンが満足気に笑みを浮かべる。

(コイツ……意外にお人好しなのか?)

 自分の興味本位だけで動くリリィンだと思っていたが、案外それだけではないのかもしれないと思うようになった。

(ま、暇潰しっていう名目が大きいのには変わりないと思うがな)

 あくまでもリリィンは、駒の様に人を動かして盤面を支配していたのは変わりはない。それが上手くいったからこそ、彼女は機嫌が良いのだろう。

「ノフォフォフォフォ! さあ、ヒイロ様! こちらのお料理も完成しましたぞ!」

「わ、私も作りましたので召し上がってくださいです!」

 シウバとシャモエが、両手に皿を持って近づいてくる。しかしシャモエに魔の手が迫る。

「クイクイクイクイィィィ~ッ!」

「ふぇぇぇぇっ! ミカヅキちゃん、それはヒイロ様の分ですぅ~!」

 ミカヅキに持っていた料理を食べられて涙目になってしまうシャモエ。

「おいこら、よだれ鳥……誰の料理を食べてやがる?」

「クイィッ!?」

「あ、こら逃げるな! その料理を返せっ!」

 逃げるミカヅキを追う日色。

 それを見ながらリリィンはまったりとした様子で酒をのどへと流し一言――。

「さぁて、この後はどこに向かうとするかな」

 彼女の瞳はこれからの旅への期待感でいっぱいだった。

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