ep15.時を超える、勇者の遺産! 3

 ―――――三年前。

 それはまだヨルル・ニーケストラが冒険者になる前の話である。彼女には、三歳年上の姉が一人いた。

 名前は――サリリ・ニーケストラ。

 ヨルルが物心ついた時から、ずっと尊敬している人物だ。サリリは勉強家であり努力家でもあった。彼女の夢は世界を巡る冒険者になること。

 幸い彼女にはモンスターと戦えるような才能があり、まだ幼い時分じぶんでも、町の大人たちとも対等に戦えるほどの実力が備わっていた。しかも頭の回転が速く、容姿にも恵まれており、町にいる間はいつも男たちの目を惹ひ きつけていたりしていたのだ。

 そんなサリリがヨルルには自慢じまんだった。いつか自分も、サリリのように強い女性になりたいと思うようになったのである。

「ねえ、お姉ちゃん、聞いたよ! もうすぐ冒険に出るんだって!」

「そうよ、ヨルル。やっと準備ができたもの。モンスターを狩ってレベルも上げたし、旅の計画も立てたわ。あとは旅立つ日を迎えるだけ」

「本当にお姉ちゃんはすごいなぁ~。私だって鍛錬たんれんしてるのに、お姉ちゃんみたいに、まだ大人の人たちに勝てないもん」

「ふふ、あなたはまだ小さいもの」

「ぶぅ~! たった三歳しか違わないもん!」

「その三歳が大きいのよ」

 それでもサリリにだけは子ども扱いしてほしくなかった。認めてもらいたかったのだ。

 完璧に思える自分の姉。町一番の美人で、力も強く憧れの存在。同じ血を引いているのが冗談のように思える程の完成された対象に劣等感も抱かなくなる。

 するとフワリと、ヨルルの頭の上に手が置かれた。その手の持ち主であるサリリを見上げる。茶色の髪は、風に運ばれてサラサラと波打っていた。思わず触りたくなる。

 ヨルルを見つめる白銀色の瞳は、見る者をとりこにするかのような魅力を備えており、ふっくらとした唇は、触れると気持ち良さそうな柔らかさを思わせる。

「いい、ヨルル。あなたは私の妹よ。だから絶対強くなれる。あなただって、冒険者を目指してるんでしょう?」

「うん!」

「いい返事ね。だったら大丈夫。だからあと三年。必死で鍛錬してみなさい。そうすればあなたはもっともっと強くなれるから」

「だ、大丈夫かな……?」

「大丈夫よ。あなたも聞いたことがあると思うけれど、私たちのご先祖様は、かつて勇者と一緒に肩を並べて戦ったことがあるほどの実力の持ち主だったのよ。そんな人の血が、私たちにも流れているのだから、きっと強くなれるはずよ」

「き、聞いたことがあるけど……。強く……かぁ」

「蔵には、その勇者に関わる資料もあるわ。興味があるなら一度目を通してみるといいわ」

「う、うん!」

 確かにそのような話は聞いていた。しかし祖父の許可なく蔵に立ち入ることはできない。今度祖父にお願いしてみようと思ったヨルルだった。

「私は一足先に旅に出るけれど、いつか一緒にパーティを組んで冒険しま

しょうね」

「うん! 私頑張る! 絶対お姉ちゃんと一緒に旅するぅ!」

「ふふ、元気な返事、とてもよろしい」

 本当に綺麗な笑顔を浮かべる姉だなと、ヨルルは感心した。

「なら、どこにいても必ずいつか会えるように、コレをあなたに渡すわ」

 そう言って懐からサリリが取り出したのは、半月状のブローチのようなもの。

「これはね、《ムーンタリスマン》といって、遥か昔に勇者からご先祖様がもらったものらしいの」

「へぇ~、でも変な形だね」

 半月というのが、とてもバランスが悪く思える。

「当然よ。もともと円形状だったものを私が真っ二つにしたんだもの」

「へぇ、真っ二つにしたんだぁ…………って、ええぇぇぇぇぇっ!?」

「……何をそんなに驚いているの?」

「お、おおお驚くよっ! ていうか、そんな大事なものを割っちゃっていいのっ!?」

「……別にいいでしょう」

「根拠は!」

「私がそうしたかったから……かな?」

 ああ、ダメだ。姉の唯一といっていいほどの欠点。それは思い立ったら即行動をし過ぎてしまうことだ。それに幼い頃から振り回されてきたヨルルは慣れているが、彼女の豪胆ごうたんな行動についていけず離れていった者も結構いる。

 サリリは気にしていない様子だが、「これが私の生き様なのよ!」とポリシーを掲げているようで、一向にこの性格は良くならないのだ。

「あ~あ……せっかく貴重なものなのに……」

「まさに勇者の遺産ってとこかしらね。真っ二つだけど」

「真っ二つにしたのはお姉ちゃんでしょ!」

「まあまあ、気にしないの。それでね」

「スルーするのそこ!?」

 本当に後先を考えない姉である。

「とにかく、これをあなたに渡すわ。あとの半分は、ほら」

 もう一つ……ヨルルに渡した《ムーンタリスマン》の片割れを見せるサリリ。

「これはね、何でも持っていると幸運になれるって効果があるらしいのよ」

「そ、そうなんだぁ……」

 キラキラと輝くそれを見て、銀細工なのだが、装飾も手が込んでいて、とても高級感にあふれるなぁと思ってしまう。

「もしかしたら、これが再び私たちを引き合わせてくれるかもしれないわ」

「そんな効果もあるの!」

「うん、多分ね」

「た、多分なの……?」

「そう考えた方がロマンがあるじゃない! 旅はロマンよ! 夢はロマンよ! あなたもロマンを求めなさい!」

「う、う~ん……謙虚に現実的に生きる方がいいってお父さんは言ってるけど」

口喧くちやかましいお父さんはこの際、放置しておきなさい」

「ええっ!?」

 我らがパパは、ないがしろにされている。

「ロマンを追い求めることこそが冒険者よ! だからヨルル、いつかまた、この世界のどこかで会いましょう!」

「お姉ちゃん……」

「あなたに幸多き旅路たびじ があることを祈って……」

 サリリがヨルルの額に口づけをする。何か温かいものが流れてくるような……そんな感じ。ヨルルもそっと目を閉じて、その温かさに身を委ねた。



「……し……い……」

「う……」

「い……っ、……ろっ、……まいっ!」 

「うぅ……」

「いい加減起きろっ! 新米っ!」

「はぅわぁっ!?」

 寝ていたヨルルの額を小突いて起こしたのは、ひょんなことから一緒に冒険をすることになった丘村日色おかむらひいろである。

「ったく、いつまでのほほんとしてやがる。今の状況を分かってるのか?」

「ふぇ……? あ、ヒイロさん? おはようございましゅぅ~。朝ごはんはあったかいスープ系がいいなぁ」

「まだ寝ぼけてやがるな」

「ふぇあっ!? い、痛いですぅ! 何するんですかぁ!」

「何するんですかじゃない! とっとと起きて状況を見極めろ!」

 ヨルルが額をさすりながら涙目でキョロキョロとしている。

「……ん? ここどこです? しかも薄暗い……! ヒイロさんと二人っきり……っ!?」

 ハッとなったヨルルを見て、「やっと思い出したか」と口に出した日色だったが……。

「ダ、ダダダダメですよ、ヒイロさんっ!」

「……は?」

「そ、そんないきなりこんな暗がりに連れ込んで……! い、いいえ、私だって別に嫌ってわけじゃないんですけどぉ。ヒイロさんは命の恩人だし、無愛想だけどツンデレ部分が豊富だし、何だかんだいって頼りになるし、良い物件だと思うので」

 いきなりナニを言い出したのだろうか、コイツは……。

「で、でもですね、こういうのはやはりベッドの上の方が、ムードがあっていいと思うんですね。ほ、ほら、乙女の初めてって絶対忘れられない経験になるじゃないですか。ですからふぎゅっ!? い、痛いですぅ!」

「黙れ! いい加減、くだらない妄想をするな!」

「も、妄想なんかじゃ……って、そういえば私たちってモンスターと戦ってませんでしたっけ?」

「はぁ、ようやく話を進められそうだな。現状は理解できてるか?」

「えっとぉ……勇者の遺産を探していて、ヒイロさんが転移系の魔法陣を見つけて発動させた後、どことも知れず洞窟の中に飛ばされて、いきなり黒いローブの人に攻撃されて、その人を追って洞窟内を探索してたら、黒ローブさんを見つけたんですよね。後をついていくと、不気味なひつぎを発見して、そこに刺さってた剣を黒ローブさんが抜いた瞬間、ミイラ男が現れて…………ああっ!? 私たちそのミイラ男に食べられたんじゃないですかっ!?」

「ご丁寧ていねいな回想だな。だが、まさしくその通りだ。しかし……」

 周りを確認。薄暗い場所だが、食べられたにしては胃液などもなさそうだし、どことなくひんやりともしている。モンスターの腹の中だとは到底思えない。

(ったく、まさかこんなことになるとはな)

 日色が一人で獣人たちが住む獣人じゆうじん界を旅していると、モンスターに襲われているヨルルを発見した。結果的に助けることになったが、そのせいでなつかれてしまった。

 彼女が持っていたメモ帳には、勇者の遺産の手掛かりが書いてあり、そこに書かれていた文字を見て驚愕きようがくした。日本語だったからだ。

 日色はこの世界――【イデア】の住人ではない。数カ月ほど前に、勇者召喚に巻き込まれて異世界へとやってきた一般人だった。

 この世界に住む『魔人まじん族』の脅威に怯えていた『人間族』を救うために召喚されたらしいが、日色は勇者とは別行動をして、一人で旅をすることにしたのである。

 ここにいる茶髪ポニーの少女――ヨルル。まだ冒険者になり立ての彼女だが、好奇心は人一倍旺盛おうせいであり、勇者の遺産をどうしても一目見たいと言う。

 だが自分の得になることしかしない現実主義の日色は、それを却下……したのだが、日本語で書かれたこともそうだが、メモ帳に記載されてある“黒い本”という言葉に眼を奪われた。

 日色にとって生きがいである、美味い食べ物を食べることと珍しい書物を読むこと。それらを堪能たんのうするために世界を旅しているのだから、“黒い本”という単語に興味が湧いても仕方ない。

 それから彼女の言ったように行動していると、棺からSSランクのモンスターであるエンシェントマミーが姿を現し、日色たちに襲い掛かってきたのだ。

 レベル的に明らかに格上過ぎる相手だったので、日色は撤退を選択したのだが、ヨルルが黒ローブの男――アルエイド・キュオスを助けてほしいと言ってきた。

 彼とは面識がなかったヨルルだが、どういうわけか、彼の所持品に、ヨルルが携帯している《ムーンタリスマン》の片割れがあったのだ。

 何故姉が持っているはずのソレを彼が持っているのか、それを確かめたいのだろう。結局、彼女には獣人界の食材や本についての情報を得ることを対価に、少しだけ手を貸すことに。

 しかし今、エンシェントマミーに食べられ、腹の中にいるという現実。

(どうやらここは一種の亜空間になってるみたいだな……)

 先程ヨルルが眠っている間に、少し歩いてみたが、突き当たりも存在しなかった。日色たちを呑み込む時に、エンシェントマミーの身体が巨大化していたが、それにしても中が自由過ぎるので、ここは亜空間になっていると推察される。

「うぅ……暗いのは少し苦手ですぅ。ヒイロさん、あまり離れないでくださいですぅ」

 鬱陶うつとうしいから腕をつかむのは止めてほしいが、確かに暗いままだと動き辛い。

 日色は右手の人差し指に意識を集中させる。するとポワッと青白い光が灯った。そのまま指を動かしていくと、空中に文字が刻まれていく。

灯火ともしび

 文字から放電現象が放たれた直後、文字が光り輝き周囲を照らし始める。

文字魔法ワード・マジツク》―――指先に魔力を宿して文字を書き、その文字が持つ意味を現象化げんしようかさせる魔法。

 魔力は多大に消費するが、威力は絶大なものがあり、これがあるから旅をし続けられるといっても過言ではないユニークチートな力である。

「す、凄いですねヒイロさん! まさか勇者や『精霊族』しか使えない光魔法まで使えるとは、さすがは私の未来の旦那だんなさ――」

「む? アレは何だ?」

「ぶぅ~! 最後まで聞いてくださいですぅ!」

 彼女の妄想癖は放置して、日色は眼前に広がる光景に眼を細めていた。

 そこにあったのは、黒いローブ。

「これは……」

 アルエイドのもの、日色はそう解釈した。彼も一緒に呑み込まれたので、ここにいても不思議ではない。

 するとその時、ヨルルが持つ《ムーンタリスマン》からまばゆい輝きが放たれる。

「にゃっ!? にゃんですコレェッ!」

「オレが知るか。ちょっと貸してみろ」

「あ、はいです!」

 彼女から渡してもらい観察していると、そこから光が走り真っ直ぐどこかへ延びていく。

「……向こうに何かあるってことか」

 とりあえず確認がてら向かうことにする。一応周囲を警戒しながら光を辿たどっていると、そこには光に照らされたアルエイドが倒れていた。

《ムーンタリスマン》から放たれている光は、彼の胸部周辺に集中している。見れば、彼が持つ《ムーンタリスマン》もまた光っていた。

「や、やっぱりこれはお姉ちゃんのだったんだぁ」

「お前が言ったことがホントになったな」

「はい?」

「言ってただろ。これを持つ者同士は互いを引き寄せ合うと」

「あ、でもそれって願掛けだったんですけどぉ」

「そういう力もあったということだ。まあ、これを持つ者に幸運を与えるという効果が引き寄せた現象なのかもしれないがな」

「あ、なるほど! ヒイロさんは頭が良いですぅ!」

「そんなことより、コイツをどうするか、だが」

 その時、不意に殺気を感じて日色はヨルルを手で押して突き飛ばした。彼女は「きゃっ!?」と声を上げて尻餅しりもちをつく。

「な、何をするんですかっ、ヒイロさんっ!」

 だが彼女が驚嘆する光景が視界に飛び込んできた。それはアルエイドによって、日色が組み敷かれている状態だったからだ。

「ぐっ……!」

「ちょっ、な、何するんですかぁ! ヒイロさんを放してくださいですぅっ!」

 だがギロリとアルエイドににらまれて萎縮いしゆくしてしまうヨルル。

「……ここは……? いや、そうか、エンシェントマミーの体内か」

 アルエイドが日色を動けなくさせつつ、顔を動かして周囲を確認している。

「いいっ……加減、そこからどけっ!」

 日色は床に『針』の文字を書いて発動させると、床からアルエイドに向かって針が襲い掛かる。彼は咄嗟とつさにスウェーをしてかわすと、そのまま後転して日色から距離を取った。

 すぐさま起き上がり愛刀である《刺刀しとう・ツラヌキ》を抜く日色。ヨルルも素早く日色の背後へと移動する。

「いきなりご挨拶あいさつだな、黒ローブ。とりあえず、聞きたいことがある」

 だが日色よりも先に口を開いたのはヨルルだった。

「ど、どうしてあなたがお姉ちゃんの《ムーンタリスマン》を持ってるんですかぁ!」

「……! お姉ちゃんの……だって?」

 初めて驚愕の表情を浮かべるアルエイドを見ることができた。ヨルルはビシッと指を彼に向け、いや、彼の胸元で光っている《ムーンタリスマン》に向けた。

「そうですぅ! それはサリリお姉ちゃんのものですっ! 返してくださいっ!」

「……サリリを知ってる? それじゃやはり君は…………ヨルル?」

「ふぇ? ど、どうして私の名前を……? それにお姉ちゃんの名前も……」

 どうやら何か込み入った事情がありそうだなと日色は感じた。

「……そうか。初めて会った時、サリリに似ていたから驚いたが……そうか、君がヨルルなのか」

 穏やかな口調。彼から殺気や敵意といったオーラが消えていく。

(なるほどな。初めてコイツと会った時、新米を見て言葉に詰まっていたのは、そういうことだったか)

 あの時、少し引っ掛かりを覚えていた疑問がようやく解決した。

「……話を聞かせてくれます……か?」

「…………そうだな」

 ヨルルの声にうなずいた彼は、戦闘態勢を解いた。



 一方その頃、日色と同じように、【おそれ洞窟】と呼ばれるここへ来ていた勇者四人組は、日色が通過した道をなぞりエンシェントマミーがいるジャングルへと足を踏み入れていた。

 彼らがここに来た理由は、【人間国・ヴィクトリアス】の国王に依頼されたからだ。何でも【プールス】という村で、黒ローブの男が盗みを働き、村民たちを傷つけたというので、調査を頼まれたのだ。

 そこで村へ来て話を聞いてみたところ、黒ローブが【恐れ洞窟】にいるかもしれないと判断し、探索に来ていた。

「今度はジャングル? 一体この洞窟はどんな構造になってんだよぉ」

「グチグチ言ってないで、さっさと黒ローブを捜すわよ、大志」

 鈴宮千佳すずみやちかが、若干呆あきれた物言いで腰に手を当てて青山大志あおやまたいしに対して言った。そんな彼女の言葉に継ぎ足したのは、ネコ目が特徴の赤森あかもりしのぶだ。

「せやな。けど慎重にいった方がええと思うで。何や嫌な雰囲気やしなココ」

「そ、そうですね。こういう異常な環境には、必ずボスがいたりしていましたからね。私たちがやっていたMMORPGでは」

 額から流れた汗をハンカチで拭き取りながら言うのは皆本朱里みなもとしゆりである。

「しのぶや朱里の言う通りだな。いきなりボス戦ってこともある。警戒して先に進もう」

 大志が先導して道を切り開いていく。

「……っ!? ちょっと待ってくれ!」

「どうしたのよ、大志?」

「千佳、地面を見てみろ!」

「へ……ちょっ、何よこれっ!?」

 突然地面がボコッと盛り上がったと思ったら、何かがそこからい出してきた。

 外見は黒一色に染まった人型の存在。目や口とおぼわしきものが不気味に赤く輝いている。

「も、もしかして【プールス】で悪事を働いたってのはコイツのことか?」

「確かに黒ローブをまとっているように見えなくもないわね」

 千佳の言葉に、他の者も賛同する。

「どうやら人じゃなく、モンスターだったみたいだし、捕縛じゃなく討伐へ

と移行するぞ!」

 国王からは人であれば捕縛、モンスターであれば討伐を頼まれていた。大志の決定に皆は従い戦闘態勢を整える。

 すると先に攻撃を繰り出したのは黒い物体の方だった。両腕を刃物状に変化させ、四人に向かって突っ込んでくる。

「は、速いっ!」

 大志も剣で対抗し、相手の刃を受け止める――が、

「ぐあっ!?」

 相手の力の方がかなり強く、大志は踏ん張りが効かずに吹き飛ばされてしまう。

「大志っ!? このぉっ!」

 今度は千佳が腰に携帯している剣を抜いて黒い物体に向かって一閃いつせんする。しかし相手は素早く、エビりのようにスウェーをして避けると、剣が通過した瞬間にのけ反った反動で戻ってきて千佳に頭突きをしようとした。

「させへんでっ! パラライズッ!」

 しのぶの雷魔法。相手の身体が放電を受けて硬直する。

「ありがとっ、しのぶ! はあぁぁっ!」

 身動きができない相手に千佳が剣を再度振るう。ブシュッと真っ二つにした。寸断された身体は、気持ち悪い動きをしながら液体に変化して大地にかえっていく。

「ふぅ。大志。大丈夫?」

「あ、ああ。思ったよりも力が強くてビックリ―――」

 突然大志の表情が険しくなったので、千佳が「どうしたの?」と尋ねると同時に、

「千佳っ!」

「えっ!?」

 ドカッと大志に弾き飛ばされる千佳。彼女が先程までいた場所に黒い凶刃きようじんが走り、大志が代わりに左腕を斬られてしまう。

「た、大志っ!?」

 地面に尻餅をついた千佳のほおに、大志の血がピッと飛びつく。

「な、何やコイツら!? わらわら出てきよったでっ!?」

 しのぶが驚愕するのも無理はない。一匹だと思っていた黒い物体が、倒したと思った矢先に、地面から何体も出現してきたのだから。

 大志を傷つけたのはその中の一体である。

「ぐ……っ!? ライトアローッ!」

 大志の前に出した右腕から光の矢が放たれ、自身を攻撃した黒い物体に直撃して消滅させることができた。

「大志!? 大丈夫なの!」

「あ、ああ……千佳こそ無事か?」

「うん。その……ごめんね、アタシが油断してたせいで」

「いいや、俺だって油断して吹き飛ばされたんだ。お互い様だよ。そんなことより、千佳に怪我がなくて良かった」

「大志……」

 頬を赤く染め上げながら、感動したように千佳は大志を見つめている。

「ちょ、ちょっとお二人さぁん! イチャイチャすんのは後にしィッ!」

「こちらに手を貸してくださいっ!」

「おっと、そうだった! 千佳、コイツらを倒すぞ!」

「うん! 大志!」



「……え? お、お姉ちゃんが…………呪いを受けた?」

 アルエイドの説明から、ヨルルの姉であるサリリとの繋がりを聞いた日色たちだったが、その過程でヨルルは彼の言葉を聞き愕然としていた。

 驚くことに彼は、サリリが呪いに苦しめられているというのだ。

「そうだ。三日ほど前だったか、Sランクのユニークモンスターであるカースリーチっていう巨大なひると戦ったんだ。何とか倒すことはできたが、その際にサリリはカースリーチの血を浴びてしまった」

「浴びた?」

 日色がまゆをひそめて言うと、アルエイドが「そうだ」と首肯しゆこうする。

「カースリーチの血には、どうやら呪い効果があるらしくてな」

 別に驚きはない。何故なら日色もまた、ユニークモンスターという存在の規格外っぷりを知っているから。以前に戦ったことがあるが、その能力は多様性に富んでいて、日色も死にかけてしまったことがある。

 アルエイドの話を聞いて青ざめているヨルルの代わりに日色が尋ねた。

「具体的にはどのようなものなんだ?」

「どんどん身体が衰弱していく呪いだ。回復薬もまったく受け付けない」

「そ、そんな……お姉ちゃん……っ」

「今はある場所で休んでもらっているが、このままだともってあと一日ほどかもしれない」

 絶望に染まるヨルルの顔。

「なるほどな。アンタは、コイツの姉の冒険者仲間で、出会ってから二人でずっと旅をしてきた。そしてコイツの姉が呪いを受けたので、何とか解除する方法を探しているということだな?」

「そうだ。最初は八方塞がりだったが、サリリがある話をしてくれた」

「それが勇者の遺産の話だった?」

「ああ。サリリはコレを見せてくれた」

 そう言って彼が懐から取り出して見せてくれたのは、一枚の紙。それはヨルルが持っていたメモ帳の紙と同じ造形をしていた。

(メモ帳には無造作に破った跡があったが、もしかして……!)

 アルエイドから渡された紙を確認する。

・封じられしモノ   → エンシェントマミー(SSランク)

・エンシェントマミー → 角を持つミイラ男(角はユニコーンの角と同等)

「……《ユニコーンの角》?」

「知らないか? 《ユニコーンの角》というのは、万病にも効くと言われている奇跡の妙薬みようやくだ」

「ほう。それは初めて聞いたな。しかしなるほどな、つまりアンタはコイツの姉から、《ユニコーンの角》の存在を知り、そいつならば呪いだって打ち消せると考えたわけか」

「そういうことだ」

 それで合点がいく。何故彼が角を狙っているのかを理解できた。

「…………そ、それじゃお姉ちゃんはまだ無事なんですよね?」

「ああ、まだ少しはもつはずだ」

「そ、そうですか……お姉ちゃん……」

「……君の話はサリリからよく聞かされていた。ワンパクだが、とても可愛らしい妹がいると」

「お、お姉ちゃんが……?」

「ああ。そして絶対にいつか良い冒険者になって、会いに来てくれるとな」

 涙を流すヨルル。姉にそこまで認められている自分が嬉しいのだろう。

「お姉ちゃんに会いたいよぉ……」

「……アイツは、誰にも会いたくないだろうな」

「ど、どうしてですか!」

「呪いを受けて衰弱しているせいで、元気だった頃とは打って変わったような容貌ようぼうになっている。女性としては誰にも見せたくないほどにな……」

「…………けど、アルエイドさんは……信頼されてるんですね。今の自分を見せられるほどに」

「……まあ、長い付き合いだしな」

 どこか恥ずかしげに頬を緩めるアルエイド。その顔を見て、ヨルルはウン

と首を縦に振る。

「よし、決めた! 私は決めましたですぅ!」

「ど、どうしたんだ? な、なあ?」

「さあな。大方どこかで頭でも打っておかしくなったんじゃないか。まあ、元々変な奴ではあったが」

「ぶぅ~! ヒイロさん、ひどいですぅ! 乙女に言うことじゃないですからぁ!」

「うるさい。とにかく何を決めたかさっさと言え」

 恐らく日色が考えている通りのことだろうが……。

「お姉ちゃんに会いに行きます!」

 ……やはりな、と日色は軽く鼻から息を吐き出す。

「でもそのためには、その呪いを解くための《エンシェントマミーの角》を手に入れる必要があります!」

 彼女の言葉を聞いて、アルエイドが厳しい顔つきになる。

「君の言うことはもっともだ。しかしな、こうして実際に戦ってみて分かった。エンシェントマミーには敵わない。それとも君は倒せる秘訣ひけつでもあるのか?」

「う……そ、それは……ヒイロさんっ!」

「はぁ、お前な、いい加減勢いだけで物を言うのは止めたらどうだ?」

「だ、だってぇ! お姉ちゃんが今も苦しんでるんですぅ! 助けてあげたいと思うのは妹として当然なのですぅ!」

「まあ、そうだろうが……方法はオレ任せなのか? それにここからどうやって出るんだ?」

「あぅ……しょ、しょれは……」

 うちのめされたような表情をして肩を落とすヨルル。

「ここはエンシェントマミーの体内。情報ではエンシェントマミーの体内に呑み込まれたら脱出不可能とさえ言われている」

「そ、そうなんですかぁっ!?」

 アルエイドの説明に愕然としたヨルルは、すがるような瞳で日色を見つめてくる。

「体内に呑み込まれれば、そのうち精神と肉体を同時に破壊されていき、奴の栄養分になる」

 確かにこの闇の中に長時間いれば精神がどうにかなるだろう。

「その証拠に、自分の服を見てみるといい」

「ふぇ? ……あっ、服が溶けてるですぅ!」

 確かにヨルルの言う通り、虫食い被害にあったかのように、ところどころ溶けたように穴が開いている。

「ちょ、ちょっと待ってくださいです! このままここにいると、その…………は、は、裸になっちゃいますか?」

 彼女の問いにアルエイドが「そ、そうだな」と答えると、

「嫌ですぅ! ヒイロさんのエッチィィィィッ!」

 何故か矛先が日色に向かってきた。

「は、初めて見せるのがこんなモンスターの体内だなんて嫌ですぅ!」

「初めても何も、これからも見る気は一切ないがな」

「ガーンッ! そ……そんなに私って魅力ない……ですか……」

 ヨルルが落ち込んで静かになったところで、日色は考察を始める。

(脱出不可能……ね。まあ、オレには関係ないがな。この中でも魔法が使えることは証明されてる。故にいつでも脱出しようと思えばすぐにできるはず)

 だからこの状況は案外好都合でもある。

(エンシェントマミーも、オレらを呑み込んで安心し切ってるはずだ。オレを呑み込んだことを後悔させてやる)

 日色は『調査』の文字を床に書く。発動すると同時に『灯火』の文字効果が切れる。

「ふぇあっ!? く、暗くなったですぅ!」

「静かにしろ。今、集中しているんだから」

「あ、はいなのですぅ……」

 シュンと耳を垂れるヨルル。アルエイドもそんな彼女を苦笑交じりに見ている。

(『調査』の文字効果で、この中がどういうところなのか分かった。確かに体内ではあるが、別に亜空間じゃない。体内に呑み込まれた瞬間、呑み込んだものを縮小させることができる能力を持っていたんだ)

 つまりだだっ広く感じ、体内に亜空間を構築しているのだと解釈していたが、どうやら日色たちの身体が小さくなってしまったことで、膨れ上がったエンシェントマミーの身体の中を、出口のない空間だと認識してしまっていたのだ。

(ただ広いだけ。つまり、どこかに必ず突き当たりはあり、脱出口は存在する。魔法を使えば一瞬で脱出することも可能だが、この状況を上手く使えば、体内からコイツにダメージを与えることができるはずだ)

 日色は手に入れた情報をヨルルたちにも教えた。無論返ってきた答えは……。

「何でそんなこと知ってるんです?」

 当然の疑問だ。

「そんなことどうでもいい。角が欲しければ、オレに従うんだな。アンタもだ」

「…………本当に角を手に入れることができるか?」

「さあな。ただどっちにしろ生きるためには動く必要があるだろ」

「…………そうだな。君たちには失礼なこともしたし、一人はサリリの妹だ。その妹が君のことを信じるというのなら、ついていこう」

「わ、私は最初からヒイロさんのことは信じています! もう信頼度マックスですぅ!」

「なら行くぞ。ついてこい」

 角があったのはエンシェントマミーの額。つまり頭へと向かうルートを調べる。『探索』の文字を使用して進むべき道を捉えた。

「ま、魔力の矢印……ヒイロさんは一体何者なんですかぁ……?」

 青白い魔力でできた『探索』の文字が矢印に変わったのを見て、ヨルルはポカンと口を開けたままだ。もちろん日色は質問には答えない。

 しばらく暗い道を歩いていると、何か壁にしては柔らかいものにぶつかった。

「これは……胃壁ってところか? この上を辿たどっていけばいいんだな」

 天を仰ぎつつ、腰に携帯しているバッグから、MP回復薬の《蜜飴みつあめ》を何個か服用して魔力を全快させておく。

 そして今度は『飛翔』の文字を書いて発動。フワリと日色の身体が浮く。

「少し重いだろうが何とかなるだろう。お前ら、手を繋げ」

 ヨルルの手を左手で握ると、ヨルルは照れ臭そうな態度をするが、「さっさとしろ」と日色が言うと、「はいですぅ!」と言いながら、ヨルルはアルエイドの手も取った。

「わおっ!? う、浮いてるですぅ!?」

「こ、これは……っ!?」

 ヨルルとアルエイドが驚くのも無理はない。日色の力で空に浮かんでいるのだから。

「質問は面倒だから一切無しだ。姉を助けたかったら黙ってついてこいよ」

 先手を打っておく。ヨルルは聞きたそうにジッと見つめてきているが、日色は完全に無視である。

 胃の中と比べて徐々に明るくなってきて、周囲も確認できるようになった。そこはまるで食道を通っているかのように、気持ちの悪い赤々とした道が広がっている。

 すると突然食道の壁から液体が噴き出し日色たちに襲い掛かってきた。日色は舌打ちをしながら回避行動をとるが、いかんせん二人も余計な重りをつけているので速度があまり出ない。その時、頭上から大量の液体が降り注いできた。

「―――フレイムウォールッ!」

 下方から声が聞こえたと思ったら、日色たちを火の壁が覆い始める。これを形成させたのはアルエイドだった。

「何だか分からないが、防御は任せてくれ!」

「わ、私も応援だけはしっかりしますぅ! 頑張れー! 二人ともぉー! おおー!」

 ヨルルはともかくアルエイドは頼もしい。彼に守りを任せて突き進んでいくと、上空に小さな穴のようなものを発見。

 穴の中を進んでいくと、前方には足場が存在し、そこに降り立つ。

「ア、アレはっ!?」

 突然アルエイドが天を指差した。そこには外で見たエンシェントマミーの額に生えていた角のような物体があり、外へと突き出ていた。角の根元は、大木が根付いているようになっていて、床にピッタリと付着している。

(脳みそとかないんだな。ていうかスカスカじゃないか。骨もなさそうだし、あるのは肉だけ? それとあの角。どうやって生きていて思考してるんだろうか……?)

 モンスターの生態にいちいち突っ込みを入れても仕方ないのだろうが、ついついそんなことを考えてしまう。

「どうやら無事に頭まで辿り着けたということだな。あとは何とかしてあの角を―――」

 その時、床といっていいか分からないが、下からボコッと何かが現れる。それは複数のエンシェントマミーだった。ただ角は生えていない。だからただのミイラ男に見える。

「ちょ、ちょっともしかして気づかれて排除しちゃいましょうって感じですかぁ!?」

 ヨルルの言う通りだろう。身体の中で動き回っていたのだから、何かしら妨害してくると思っていた。それが先程襲われた液体や、今のこの状況なのだろう。

 すぐさま『覗』の文字で相手の《ステータス》を確認。

(レベルは明らかに低い。Aランクってところか)

 それでも十分強いのだが。

「危ないですぅっ!」

 ドンッと日色は背中を押され前のめりになる。何をするんだというつもりでヨルルをにらもうとするが、

「あっぐ!?」

「新米っ!?」

 左側から襲ってきたミイラ男が、包帯を刃状にしてヨルルの腕を斬りつけていた。日色はヨルルのお蔭で大事はなかったが、その代わりに彼女が傷ついてしまった。

「ちィッ! はあぁぁっ!」

 すぐさま刀を抜いて素早く一閃し、ミイラ男の身体を斬って後退させる。

「うぅ……!」

「しっかりしろ、新米!」

「だ、大丈夫……です」

「余計なことを……っ」

「へ、へへへ……だって、今は私がヒイロさんの……パートナー……ですからぁ」

 痛いはずなのに笑顔を作る彼女。

「…………はぁ。借りはあとで必ず返すぞ」

 そう言いながら日色は、彼女をアルエイドに預ける。

「ど、どうするつもりだ?」

「……コイツらを殲滅せんめつする」

 日色はふぅっと息を吐き出すと、キッと周囲にいるミイラ男に殺気を振りく。彼らも日色を倒すべき敵だと認識したのか、皆が日色を取り囲み始める。

 好都合だ……。そう思い、日色は文字を書いて足元に放つ。

 ミイラ男たちが一斉に突っ込んでくる。日色は彼らの攻撃を紙一重でかわしていく。

「……やるな……あの子」

 感心めいた声を出すのは、日色の動きに驚いているアルエイドだ。

 日色は次々と近づいてくる彼らの攻撃を、素早く身をひるがえしながら回避していく。

 左、右、前、左、後ろ、前。波のように襲いかかってくる敵に対し、ただ避けるだけ。

 そして……。

「―――頃合いだ」

 両足に全力を込めて跳び上がる。同時にアルエイドに向かって「跳べっ!」と叫ぶ。アルエイドもほとんど反射的に日色と同様に跳び上がる。

 日色は上空から敵を見下ろしながら、

「《文字魔法ワード・マジツク》――――発動っ!」

 刹那、文字から放電現象とともに、バチバチバチバチィィッと、凄まじい電撃が放たれる。電撃はミイラ男の身体に走り、全員が身体を硬直させ始める。

 発動させたのは『電流』。文字に近い方が効果が強い。だからミイラ男たちが、日色に集まってくるように誘導していたのだ。

 それから魔法を発動させ、電流をこの場だけでなくエンシェントマミーの身体へと流したのだ。全身に届いたかは分からないが、少なくとも頭の中身はしびれて、しばらくは動かせないだろう。

(この間に、あの角だっ!)

 すでに書いていた文字を角へと放つ。それは―――『切断』。

 発動した直後、パキンッと割れるような音とともに、ちょうど外へ突き出る前の部分から切断した。

「グルアァァァァァァァァアアアアアアアアッッッ!」

 けたたましいほどの叫び声が響き渡る。それは獣の咆哮ほうこうというよりも、断末魔だんまつまの叫びに近いものだった。

 日色は下に着地して、すぐさまアルエイドたちのところへ向かい、彼らに触れる。そのまますぐさま『脱出』の文字を書いて発動した―――。

 文字効果により、転移するようにエンシェントマミーの体内から脱出してきた日色たち。周りは呑み込まれる前と同じで、木々に囲まれているジャングルだった。

「おい、落ちている角を拾えっ!」

 エンシェントマミーの足元に落ちている角を見て、アルエイドに向かって叫ぶと、彼もハッとなって、すぐに抱えていたヨルルを下ろして急いで駆け出す。

「こ、これがあれば……っ」

「おいっ、すぐにそこから離れろっ!?」

 まるで我を忘れたようにエンシェントマミーが、近くにいたアルエイドに向かって腕を振り下ろす。咄嗟とつさに身体をずらしたお蔭で直撃は免れたが、地面にクレーターを作るほどの威力のせいで、その余波を受けて吹き飛んでしまうアルエイド。

「ぐわぁぁぁぁぁっ!?」

 だが飛ばされながらも、角だけは大事に抱えている。

(……何て威力だ! コイツを倒すことなんて不可能だろ!?)

 少なくとも今の力では……。

(……いや、待てよ。確かメモ帳には――)

 すぐにメモ帳に書かれていたことを思い出す。そこには過去の勇者の手記が刻まれてあった。

『とにかく、光魔法を使えない者がアイツと戦おうとしてはいけない』

 そう書いてあった。

(光魔法ならアイツに効果があるってことか!?)

 日色は額から汗を垂れ流しながらも、指先に魔力を集束させる。しかしその魔力を感じ取ってか、エンシェントマミーが突っ込んでくる。

「速いっ!?」

 ミイラ男よりも格段に移動速度が違う。しかも……。

「ぐわぁっ!?」

 少しかすっただけで吹き飛ばされてしまう。さらに追撃をくらい、電光石火な動きで間を詰められて身体をつかまれると、そのまま大木目掛けて投げ飛ばされてしまう。

「がはぁっ!?」

 一瞬呼吸が止まる。背中には激痛が走った。頭も打ったのか、意識が飛びかける。視界には、真っ直ぐトドメを刺そうと突っ込んでくるエンシェントマミーの姿が映った。しかも身体から伸び出た、幾本もの鋭い刃状と化した包帯が迫って来ていた。

 このままでは文字を書く前にやられてしまう。歯を食いしばったその時、

「――テン・ブレイズッ!」

 突然飛んできた火球の群れが、伸び出ていた包帯に直撃して燃やし尽くす。また、

「――《土の牙》ぁぁっ!」

 針のように突き上げられた地面が、走るエンシェントマミーの身体を突き刺した。

 何が……? と思い、左に視線をやると、そこにはナイフを地面に突き立てたヨルルが、グーサインを日色へと送り、アルエイドもまたコクンと頷きを見せていた。

「…………はは、また借りができたか。生意気な新米だ。だが――――よくやったっ!」

 日色は『光波』という文字を書き、エンシェントマミーの身体に向かって放つ。ピタッと相手に付着した瞬間、日色は不敵に笑みを浮かべた。

「光に呑み込まれろ、《文字魔法ワード・マジツク》っ!」

 もともと“光波こうは ”というのは、光の本体と考えられている電磁波のこと。または光の波動。イメージとしては強烈な光が波紋のように広がっていく様子をイメージした。

 光に弱い生物にとってはたまらない攻撃のはず。

 発動した瞬間、まばゆい輝きが文字から放たれて、エンシェントマミーが光に包まれていく。徐々に身体が削られていっているのを確認できた。

(よし! 今のうちだ――――っ!?)

 日色はすぐにヨルルのもとへ駆けつけ、その後にアルエイドへと近づく。

「アンタにも借りができたしな」

「え?」

 すぐに『転移』の文字を書いて発動する時、視界の端で人間らしき影を見つけた気がするが、すぐに視界は移り変わる。

 この洞窟へ初めてやってきた魔法陣がある場所へと戻ってきたのだ。



 突然けたたましい何者かの叫び声を聞いた勇者四人組は、急いで声がする方へと駆けつけた。

【プールス】を襲った者と同一犯だと思われる、全身が真っ黒のモンスターたちを討伐するのに時間がかかったが、ようやくすべてを討伐し終わった後だったのだ。

 森を突っ走り、少し開けた場所に辿り着いた瞬間、顔をしかめてしまうほどの眩い光が眼に飛び込んできた。

「な、何だよっ! この光はっ!?」

「た、大志っ!」

 大志の腕を掴み、目を閉じている千佳。しのぶも朱里も光から逃れるために顔を背けているが、大志だけは視界の端にチラリと赤い何かが揺れたのを確認した。

「え……赤い……服? ……人?」

 光のせいでハッキリとは分からなかったが、それは赤い服を着た人のように思えたのだ。向こうも大志たちの方を向いていたような気もしたが、そこからさらに光が強くなり、もうまぶたを上げておくことはできなかった。

 光の世界に包まれた時間は結構長く、一分ほどは続いただろうか。光が収まりゆっくり目を開けてみるが、そこには開けた場所があるだけで、何も存在していない。

「い、一体何やったん?」

「さ、さあ……?」

 しのぶの問いには、朱里も首を傾げるしかないのだろう。

「……大志、どうしたの? 黙り込んで」

「え? あ、いや、何か人がいたような気がして……。それに戦闘の跡だってあるし」

 見れば地面には焦げた跡などもついているし、明らかに戦闘があったであろう痕跡こんせきを残していた。

「人? ……いないじゃない」

「だよなぁ。…………ところで、千佳」

「何よ?」

「その……いつまで腕を掴んでるのかなぁって」

「へ……あ、あ、あ……っ! な、何勝手に触ってんのよぉぉぉっ!」

「ぐはぁっ!?」

 いきなり鳩尾みぞおちを肘で打ち抜かれ悶絶もんぜつしてしまう大志。

「り、理不尽なんだけどぉ……!」

「ア、アタシは悪くないからねっ! 大志のバカッ!」

「まあまあ、でもこれで任務は完了ってことなんやし、とっとと国に帰って報告や」

「そうですね。汗もたくさんかいたので、早くお風呂に入りたいです」

 しのぶの言葉に朱里はハンカチで汗を拭きながら苦笑を浮かべている。

 そして大志たちは、【恐れ洞窟】からまずは【プールス】へと戻り、村長に黒ローブと思しき存在を討伐したことを告げた。村人たちは大手を振って「さすがは勇者様たちだ!」と言って喜んでくれた。

 そのまま真っ直ぐ国へと帰り、《玉座の間》にて、国王ルドルフに任務完了の報を知らせる。

「よくやってくれた。さすがは我らが勇者だ。今後とも活躍を期待するぞ」

 四人は元気よく返事をしてから退出した。

「ん~だけど、村長が見た半月形のブローチってのは何だったんだろうな?」

「村長の見間違いじゃないの?」

 村長に手掛かりとして聞いていたブローチの情報だが、大志は、それが見つからなかったことに疑問を抱いている。

「千佳っちの言う通りかもしれんね。まあ、解決したんやし、ええやないの」

「それより、皆さんでお風呂に行きましょう」

「え? 俺も?」

「んなわけないでしょうがっ!」

「あぐっ!? だ、だから殴んなってのっ! この暴力女っ!」

「何ですってぇぇっ!」

 千佳に追いかけられる大志。それを見ているしのぶと朱里は呆れて肩を落としている。

「まったく、平和やね~」

「そ、そうですね」

 こうして勇者の一つの冒険は終わりを迎えた。



「……っ!? お、お姉ちゃん……っ!」

 目の前にあるベッドで眠っている女性。身体が干物のように枯れている。

顔からも生気が感じられず、ヨルルが美人だと言っていた面影すら今は確認できない。

 あれからすぐにアルエイドの案内のもと、サリリが養生している場所まで向かったのだ。

(これは確かに呪いみたいだな)

 何日も眠っていないかのように目元は隈が浮き出ており、頬骨もくっきりと見える。余計な肉をすべて削ぎ落しているかのような、有り得ない姿だ。

「アルエイドさんっ! お願いっ! 早くお姉ちゃんをっ!」

「分かっている!」

 手に入れた角を削り、粉末状にし、湯に溶かしたものをカップに入れてサリリの口元へと持っていく。

 しかし口の中に入れてもすぐに吐き出してしまう。

「くっ、これでは治すことができない……っ」

「そ、そんな! お姉ちゃん、ちゃんと飲んでっ、お願いっ!」

「……くっ、悪く思うなよ、サリリ!」

 するとアルエイドが液体を口に含み、口移しで飲ませ始めた。

「あ、あややややややっ!?」

 間近で見たヨルルの顔は真っ赤だが、アルエイドは真剣である。口を離して、しばらく観察するが、何も変わったことは起こらない。

「ど、どういうことだ? 《ユニコーンの角》と同じ煎じ方だし、服用の仕方も同じはずだ!」

「ど、どういうことですか、アルエイドさん?」

「……分からない。でも、効いていないのは確かだ」

「う、嘘ですよね……? ねえ、お姉ちゃんっ! 起きてよぉっ!」

 そんな中、日色は冷静だった。テーブルの上に置いてある角に対し、『鑑定』の文字を使い、正体を見極める。すると《ステータス》のように画面が目の前に現れた。

――エンシェントマミーの角――

【エンシェントマミーの力を制御する役目を担っているコントローラーでもあるもの。価値は非常に高く、売れば一財産を築けるほどではあるが、他にも稀有けうな効果を持つ代物でもある。万病に効くユニコーンの角と同等の効果を持つのだが、その使用方法はユニコーンの角とは異なり、角そのものに魔力を宿し、粒子化させて対象に振りかける必要がある】

 なるほどな、と日色は一人納得していた。効果自体も少し疑っていたが、それは真実だったようだ。ただ使用方法が間違っている。

 日色は角を手に取ると、ゆっくりとサリリへと近づく。

「え……ヒイロ……さん? 何を?」

「いいから黙ってろ」

 それだけを言うと、日色は角に魔力を流していく。流した魔力に呼応して、角が輝き始める。そのままの状態で、寝ているサリリの身体の上で角を振る。すると角から細かい粒子状の光の粒が降り注ぎ始め、黒ずんで弱り切っていた彼女の肌が、元の色を取り戻していく。

 同時に驚愕の色で表情を染め上げるヨルルとアルエイド。そして―――。

「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」

 角がすべて消失したところで、サリリは目を開けて復活した。せ細っていた身体も、嘘のように力強い身体へと変貌を遂げている。

「えと……ヨルル? 何で? えっと……はい?」

 ヨルルに抱きつかれている意味が分からないようで、サリリはキョトンとしている。

 アルエイドが彼女に事情を説明することになった。

「……そうだったの。私のためにあなたたちが……。ありがとう、アルエイド、ヨルル……そして、ヒイロさん、で良かったかしら」

「ああ」

「ヒイロさんがいたからね、お姉ちゃんは無事だったんだよ! それにアルエイドさんが、必死に角を探してくれたから! それでね!」

「はいはい、分かったわよ。少し落ち着きなさいな」

「ぶぅ~! だってぇ~!」

「本当に変わってないわね。でも……」

 そっとヨルルの頭の上に手を落としたサリリは、ゆっくりとでる。

「立派な冒険者になったのね、ヨルル。私は嬉しいわ」

「お姉ちゃん……お姉ちゃんっ!」

 また抱きつくヨルル。嬉しそうに彼女を受け止めるサリリ。アルエイドもまた、微笑ましそうに彼女たちを眺めていた。



「ええぇぇぇぇっ!? ヒイロさんは一緒に行かないんですかぁっ!?」

 サリリを復活させ、数日は町の宿に泊まっていた日色たち。サリリから「一緒に冒険しましょう」と言われてヨルルは二つ返事でOKした。しかし日色は首を左右に振った。

「お前らは人間界を旅するんだろ? オレは獣人界に戻る。その後は―――魔界だ」

「は、はいィィィッ!? ま、ま、魔界って、あの魔界ですかぁっ! 魔人たちがいるあそこぉぉっ!?」

「何か問題でもあるか?」

「問題ありまくりですよぉ! そんな危険なところに行かないで、一緒にいましょうよぉ! ヒイロさぁぁぁんっ!」

「断る。オレにはオレのやりたいことがあるからな」

「う……」

「こらヨルル。無理にせがむものではないわよ」

「だ、だってお姉ちゃん……」

「人はそれぞれ人生という冒険を生きるの。彼の道を妨げることはしていけ

ないわ。私としても、恩人なのだから一緒にいてほしいという思いはあるけれど、決めるのは彼よ」

 どうやらサリリは大人な考えを持っているようだ。

「で、でもでもぉ! 私まだヒイロさんにお礼してないし!」

「そのことなら、今度会った時にでも情報を教えろ。人間界を旅して、美味い食べ物や珍しい書物を見つけてオレに教えろ。それで今回のことはチャラだ」

「そ、そんなことだけで本当にいいんですか? というか私とヒイロさんのきずなはそんなもんなのですかぁ!」

「暑苦しい奴だな。それにお前がそこまで思っているほど絆が深いなら、たとえどこにいても、また会えるだろうが。お前が持ってるその―――《ムーンタリスマン》の力みたいにな」

「ヒイロさん………………………………分かりましたよぉ」

 釈然しやくぜんとしないようだが、無理矢理納得したようだ。苦笑を浮かべながらも、サリリが口を開く。

「ごめんなさいね、ヒイロくん。でも今回は本当にありがとう」

「別にいい。アンタも、今度はユニークモンスターに気をつけるんだな」

「ええ」

 日色はそのまま視線をアルエイドへと移す。

「それにアンタも、恋人ならしっかり守るんだな」

「こ、ここここっ!?」

 何故かアルエイドが顔を真っ赤にして鶏のような声を出している。

「それじゃ、オレは行く」

 まだうつむいたまま不貞腐ふてくされているヨルルを見て、溜め息を漏らす日色。彼女に向かって人差し指を伸ばし、額を軽くトンと突く。

「ふぇ……?」

「じゃあな」

「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」

「あ?」

「おほん……。あなたに幸多き旅路があることを祈って……」

 それはかつて、サリリがヨルルに言った言葉であった。日色は微かに笑みを浮かべ、『転移』の文字を発動させ獣人界へと戻った。

「……行っちゃったなぁ」

「ふふ、またきっと会えるわよ。でもその時はしっかり捕まえないとダメよ。ああいう人は何だかんだいって、女を守ってくれるから」

「う、うん! よ、よーし! もっと強くなってちゃんとしたヒイロさんのパートナーになってやるぅぅぅっ!」

「ふふ、その意気よ、ヨルル。…………それと、いつまであなたは固まっているつもりなの、アルエイド?」

「えっ、あっ、い、いやその……だな……むぐっ!?」

 アルエイドの両目に驚愕が広がる。何故なら、サリリが彼に口づけをしたのだから。

「……ん。本当にありがとう、アルエイド。今後とも、よろしくお願いします」

 誰もの目を惹きつけるような魅力的な笑顔。アルエイドも優しい笑みを浮かべて、

「ああ、こちらこそ」

 サリリと静かに手を握り合った。

 乾いた風が三人の頬を撫でる。もうすぐ季節は秋。

 三人は次なる冒険に向けて、新たな一歩を踏み出していった。



 獣人界へ戻ってきた日色。ミカヅキも大人しく待っていたようで、戻ってきた瞬間に「クイクイクイクイィィ~ッ!」と鳴きながら顔を満遍なくめられ、涎塗よだれまみれにされてしまった。とりあえず干し肉を与えて落ち着かせてお

く。

 布で顔を拭きながら、今回の戦利品である石化した“黒い本”を取り出し、さっそく『復元』の文字を使って読めるように戻す。

 この本に刺さっていた“白い剣”も勇者の遺産なのだろうが、日色は剣には興味がない。剣は灰化して消えたので、そもそも入手自体できなかったが。

「さてさて、どんな内容なんだろうな」

 ワクワクして表紙をめくってみる。そこには―――

「な、何だこれっ!?」

 日色が驚くのも無理はなかった。何故ならすべてのページが白紙だったのだから。

「ど、どどどどどどういうことだっ!?」

 すぐに『鑑定』の文字で詳細を調べると、どうやらこの本は《封殺書シール・ブツク》といって、本に対象物の内容を細かく記すことで、対象物を封印することができるというもの。

 しかもその際には《封殺剣シール・ソード》という、灰化する前の剣が必要であり……。

「つ、つ、つまり意味のない本……だということかぁ……っ」

 ガクッと膝をついた日色。

 どんな危険なことでも、これが読めるから頑張ったというのに、このオチはあんまりだった。

「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 悲痛な日色の叫びを、秋風が静かにどこかへと連れ去っていった。

 それから数日間、落ち込んだ日色が宿に引きこもってしまったのは、また別の話。

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