ep13.時を超える、勇者の遺産! 1

「―――勇者の遺産? 何だそれは?」

 まゆをひそめ、そう問い返した丘村日色おかむらひいろに対し、目の前にいる少女がキラキラした瞳でコクコクと何度もうなずきを見せる。

「知らないんですかぁ! ならお教え致しましょう! この世の中には、勇者様が遺された大いなる力を秘めたものがあちこちに散らばっているらしいのですぅ!」

「あのな、そんな眉唾まゆつばみたいな話はどうでもいい。オレはここに美味い食材があるって聞いたからお前についてきたんだぞ」

 それは数時間ほど前のこと―――。

 日色がのんびりと、獣人が住む大陸である獣人界で旅をしている時に、突然の悲鳴が聞こえたので、確認がてら行くことになった。

 一緒に旅をしているライドピークという、外見がダチョウを巨大化させたようなモンスターとともに向かってみると……。

 そこでモンスターに囲まれてヒィヒィ言っている少女に出会った。見ればモンスターの中には食べることができる存在もいたので、ちょうど昼食の頃だったことから、モンスターを日色が退治したのだ。

「はぅあ~、あの時のヒイロさんってば、王子様みたいでカッコ良かったですぅ~」

 両ほほに手を当てながらクネクネとする仕草は気持ち悪いとしか言いようがない。

 そう、今目の前にいる少女こそ、日色が結果的に助けることになった子なのである。歳は十五らしく、日に焼けた健康的な肌に、クリッとしていて大きなあい色の瞳を持つ。

 茶色の髪は無造作にポニーで結っており、とても長く足元まで伸びている。切ればいいのにと思うが、身長もかなり低い方なので、長さ的にはそれほど長く伸びているというわけではないのかもしれない。

 彼女は獣人の『栗鼠人りすびと族』という種族らしく、小動物のリスのように、尻尾がとにかく大きくて可愛らしい。モフモフしてそうなので、つい触りたくなってしまう。

「この新米冒険者――ヨルル・ニーケストラ! 一生あなた様についていく所存であります!」

「いらん」

「ガーンッ!? ど、どどどどうしてですかぁ! 新米だからですか! 可愛くないからですか! ぺちゃぱいだからですかぁっ!」

「全部だ」

 一秒の迷いもなく言ってやると、口から白い魂のようなものを出してひざをついた。そのまま失神でもしてくれればうるさくなくて助かるのだが。

「わ、わわわわたしはこう見えても大器晩成型なんですぅぅっ! む、むむむ胸だってそのうちバインバインになるはずですからぁぁぁっ!」

 このように復活が早いので面倒くさい。

 別に彼女を助けるつもりでモンスターを倒したわけではない。ただそこに食材があったから狩っただけなのだが、ヨルルは日色の手際に感動したようなのだ。

 それからモンスターを丸焼きにして空腹を満たしている間も、何か話をしたそうに顔を向けてくるので、仕方なく話を聞くことになった。

 そこでこの近くに美味い食材が存在するというので、こうして彼女の案内に従ってある場所へやって来たのだが……。

(どう見てもただ草原が広がってるだけだしなぁ)

 見渡す限りモンスターすらいない大地が見えるだけ。風が虚しく日色の髪をでる。

 ここに来て、何もないじゃないかとヨルルに問うと、彼女は自慢げに無い胸を張り、「ここには勇者の遺産があるのです!」と言った。

「とにかく説明しろ。その勇者の遺産とやらと美味い食材がつながっているのか?」

「実はですね! 情報では、その勇者の遺産を管理しているモンスターがいるらしく、そのモンスターがとても美味だとかそうでないとか!」

「不確実な情報をよくもまあ、そんなに自慢げに語れるものだな」

「えっへん!」

 別にめてないのだが……。

 思わず溜め息がこぼれるが、とりあえず彼女からさらに詳しい情報を入手する必要があるようだ。

「そもそもその勇者の遺産とやらは一体どういうものなんだ?」

 勇者という存在が過去に存在していたことは知っている。そして今、この世界――【イデア】に存在することも、だ。

 何故なら日色こそ、その勇者に巻き込まれて、異世界であるこの【イデア】に召喚された人物なのだから。

 この世界に住む種族――『人間族』、『獣人じゅうじん族』、『魔人まじん族』、『精霊族』。

 その内の三種族である人間、獣人、魔人が、いつ戦争に発展してもおかしくない緊張状態にあり、すでに日色がこの世界に滞在している間に一度衝突が起きている。

 そして今もなお、何かきっかけがあれば爆発するような関係を遥か昔から、その三種族は続けているのだ。

 そして人間を救うために、王族が勇者四人を召喚した結果、それに巻き込まれるようにして、日色は日本からこの【イデア】にやって来たのである。

 ただ日色は勝手に誘拐まがいの召喚をし、そのために自分の娘まで犠牲にするような国王に不信感を抱いて、国から離れて一人旅をすることを決意し

た。

 その最中、多くの旅仲間と出会い、別れがあったが、今はこうしてライドピークのミカヅキ(日色命名)とともに旅をしているのである。

「勇者の遺産というのはですねぇ、過去に存在した四人の勇者様がたが、各地に遺されたもので、一説には誰も解読できない本があるとか……」

「何だと?」

「どどどどどうしたんですか? そ、そんなに真剣な眼差しで見つめられると照れちゃいますですぅ」

「ええい! クネクネするな! そんなことより質問に答えろ。勇者が遺したのは本なのか?」

 何故日色に火がいたのかというと、日色にとって生きがいとも呼べる趣味が二つある。それは美味いものを食すことと、珍しい書物を読むこと。

 幸いこの世界は、地球になかった本や食材が山ほどある。まあ、当然ではあるが。だからこそ、日色はこの世界を楽しもうと決めたのだ。冒険者になり、世界にちらばる未知を確かめようと。

「えっとですね、そういう説もあるということです」

「ここのどこかにその遺産があるということか……ん? そもそも何でお前はそんなことを知ってるんだ?」

「実はですね、これ見てください」

 そう言って彼女が腰に携帯しているバッグからメモ帳のようなものを取り出す。ボロボロで古びていて年季を感じさせる代物だ。

 日色はそれを受け取り開いてみて驚愕きようがくした。

 何故ならそこに書かれてある文字が――――――日本語だったのだ。

(……日本語だと? ……確かに日本語だ。これはまさか……)

 日色は視線をメモ帳からヨルルへと移す。

「おい、まさかこのメモ帳は、勇者の遺産ってやつか?」

「おお! さすがはヒイロさんですぅ! そうなんですよぉ~! 何でもうちの家にあった蔵を掃除していた時に偶然それが見つかったんですぅ」

「偶然?」

「はい! 初めて見る言語だったので、うちのお爺ちゃんに話を聞いたところ、何でもご先祖様が昔、勇者様と少しの間だけ旅をしたことがあったらしく、別れる時に……」

「もらったのか?」

「盗んだそうです」

「盗人かよっ! 何してんだ、お前の先祖は!?」

 予想外の答えにドン引きである。

「いやぁ~照れますぅ~」

 だから褒めてはいない。

「何でもですね、勇者様がたとお別れするのが辛く、何か思い出になるものがないかと思い、ついやっちゃったらしいんです」

「まあ、メモ帳くらいならとか思ったんだろうが……」

 日色はそう言いながらパラパラと中身を確認し始める。そのまま視線を落としながら口を動かす。

「……ん? 途中で無造作にページが破られているが?」

「ああ、そうなんですよねぇ。ひどいことしますよね。誰がやったんでしょうか」

「突っ込むのはそこか? 気にならないのか?」

「へ? だって何か書いてあったとしても私読めませんし」

 確かにそうだろうが……。

「なら解読はできてないってことか?」

「それがですね、少し勇者言語とやらを、ご先祖様は教えてもらっていたようでして……あ、ちょっと貸してもらってもいいです?」

 日色は「ああ」と言い、彼女にメモ帳を返した。彼女はあるページまでめくると、再び日色に手渡してきた。

「そのページなんですけど、ご先祖様が解読するには、『移り変わりの草原・封印・剣・本』と書かれてあります」

 確かに日本語の箇条書きで、そのような意味が書かれてある。正しくは。

・転移する草原

・封じられしモノ

・白い剣と黒い本

 である。

「その【移り変わりの草原】ってのが、ここなのか?」

「そういう名称があるのは確かです。ここでは不意に冒険者やモンスターが消えたりするらしいんです」

「消える?」

「はい。まるで神隠しにでもあったかのように」

「なるほどな。つまり一瞬で別の場所に移動するから“移り変わり”というわけか」

 だがそんなことよりも、日色にとって気になるのは“黒い本”という名目である。

(封じられしモノってのは分からんが、“黒い本”ってのは気になるな。こっちの世界のものなのか、それとも勇者が持参していたものなのか……)

 一度興味が湧いたら確かめずにいられない性格の日色は、すでにこの謎を追うことを決めてしまっていた。

「いいだろう。この謎、オレが確かめさせてもらう」

「おお! 本当ですか! やったぁ! 念願の勇者の遺産をこの目で見ることができるぅ!」

「そんなに嬉しいものなのか?」

「だって勇者ですよ! 冒険者として憧れますぅ! 今代の勇者様がたにもお会いしてみたいですが、過去に活躍された勇者様がたは、実績がありますからねぇ! その遺産なら一度見てみたいと思うのは当然ですぅ!」

 そういうものなのだろうか。これだからミーハーな奴とは相容あいいれないんだ

と日色は嘆息たんそくした。

「……あ、ところでさっき言ってた遺産を守るモンスターが美味いとかはどこ情報だ?」

 するとギクリと動きを止めたヨルル。額から流す汗の量が半端はんぱではない。

「……おい、まさかお前」

「テヘ! うそついちゃいました!」

 可愛いと思っているのか、舌をペロッと出して茶目っ気を出している。

 …………殺意が湧いた。

「うぅ~痛いですぅ~」

 涙目をしながら頭を押さえているヨルル。日色が彼女の頭に両拳をあてがいグリグリ攻撃を与えたのだ。

「自業自得だ。面白くない嘘をつきやがって」

「だ、だってぇ、そうでも言わなきゃ、ヒイロさんってばついてきてくれないと思ったのでぇ……」

 どうやら日色が美味そうにモンスター肉を食べている姿を見て、食材の話をすればここまで引っ張ってこられると思ったらしい。

「ったく。これで例の本の話がなければ速攻お前とは別れているところだ」

「ごめんなさいですぅ~」

「まあいい。今はそんなことよりも、この“転移する草原”の謎を先に解明しなきゃな」

 メモ帳を片手に日色は周囲をうろつき回る。謎を解明するといっても、実際のところは大体の目星はつけられていた。

 それはメモ帳に書かれてある日本語を読めば分かる。

転移する草原 → 目印・マジックサークル

と書かれており、マジックサークルについても記述が施されている。

(マジックサークルってのは、どうやら転移魔法陣ってことらしいが、この草原の大岩の下に隠されているみたいだな)

 とりあえずキョロキョロと辺りを見回せば、幾つか岩らしきものが発見できた。

「あのぉ、ヒイロさん? そんな挙動不審きよどうふしんにしてどうしたんです? 何か変態さんみたいですぅ」

「うるさいからお前は黙ってろ」

「ひ、酷いですぅ!」

「勇者の遺産を見つけたいんだろ? だったらオレの後ろについてくればいい」

「な、何かそれ口説き文句っぽくてドキドキしますね!」

「……おいてくぞ」

「あ~ん! ごめんなさいですぅ!」

 いちいち相手にしていたら時間の無駄なので、さっそく岩がある場所へと向かう。メモ帳には“幅が五メートルほどある大岩”と記されてあるので、それに当てまる岩を探す。

「……っ! あの岩か!」

「あ、ちょっと待ってくださいですぅ!」

 日色が走り、その後にヨルルがついてくる。

 だが岩の手前で日色は少し立ち止まり、険しい顔つきを浮かべた。

「ど、どうしたんです?」

「……いいや、お前は感じないのか?」

「はい? 何をです?」

「この岩から魔力を感じるだろ?」

「へ? ん~……そうですかぁ?」

 ヨルルは本当に気づいていないようで、岩を凝視ぎようしするがコクンと首を傾げたままだ。

(いや、確かに岩から微弱な魔力を感じる。……そうか、獣人は魔力感知能力が低い種族だから分からないのかもしれないな)

 日色でも意識してみなければ分からないほどなのだ。

 そっと岩に触れてみる。……やはり魔力を感じる。岩をコーティングしているようだ。

 日色は腰に携帯している愛刀――《刺刀しとう・ツラヌキ》を抜き、岩を斬り裂こうと振り下ろした……が、はがねと相対したような音を響かせ傷一つつかなかった。

「おお~! 綺麗きれいな刀ですね~!」

 ヨルルは驚く観点かんてんがズレているが無視だ。

(硬い……な。魔力が硬度を上げてるのか?)

 恐らく見解は合っているだろう。

「ふむ。おい新米」

「あ、はい!」

「岩を全力で押してみろ」

「ええ~! こんな大きな岩動かせないですぅ~! それに何でこんな岩を押す必要が……?」

「つべこべ言わずさっさとやれ。さもないとオレは手伝わないぞ」

「ああ~! やりますやりますぅ! 今すぐこのヨルルの怪力っぷりをお見せしますんで見ててくださいですぅ!」

 袖をまくったヨルルは、「ふんぬぅ!」と、およそ少女が出してはいけないと思われる声を出しながら必死に岩を押し始める。

 顔を真っ赤にしつつ鼻息も荒くなってきた。それでも岩はウンともスンとも言わない。

(……一ミリも動かないか。力ずくじゃ厳しいな)

 刀でもダメ。力でもダメ。

「ふぬおぉぉぉぉぉっ!」

 日色はどうしたものかと腕を組む。

「ぬぐぐぐぐぐぐぅっ!」

 この下に礼の“マジックサークル”があるのはほぼ間違いないだろう。

「おりゃあぁぁぁぁぁぁっ!」

 岩を覆っている魔力そのものを何とかする方法を見つけなければならない。

「ぬぐにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「おい、いい加減黙れ、うるさいぞ」

「なはぁっ!?」

 ヨルルがショックを受けたように、少女が見せてはならないと思われる形相をして固まっている。

(……刀でも力でもダメなら、やはり魔法しかないか)

 だがその前に確かめておかなければならないことがある。

 日色は何故か膝を抱えてねているヨルルに視線を移動させた。

「おい、どうした?」

「ふんだふんだ、いいも~ん。ど~せ私は新米だし、全力で頑張ったって、誰も褒めてくれないんだ。いいんだいいんだ、私は結局可哀相な子羊ちゃんなのですぅ」

 ……本当に面倒くさい。

「……はぁ、お前が頑張ったのは見ていた。助かったから、オレの話を聞いてくれ」

「……ほんと、です?」

「ああ」

「……それじゃ、お前はやればできる子だって言ってもらってもいいです?」

「はあ? 何でオレが……」

 言いかけると、ヨルルがウルウルと眼を潤ませ涙を見せてくる。

「……はぁ、はいはい。お前はやればできる子だ。だからさっさと立ち直ってくれ」

「あは! そこまで言うならしょ~がないですね! 何です何です?」

 この変わり身振りが素直に怖いと思われた。

「……おほん! 一つ聞きたいんだが、お前は種族差別主義か?」

「へ? 何です、急に?」

「いいから答えろ」

「う~ん……それって人間とか魔人をどう思うかってことです?」

「そうだな」

「そうですね。人間は手先が器用で、いろんな魔具開発とか成功してて凄いと思いますです。魔人はですね、会ったこともないのでよく分からないです!」

「……別にそういうことを聞きたいんじゃなくてだな」

「はい? それじゃ何です?」

「簡単に言うと、他の種族と仲良くできるかって聞いてる」

「はぁ……仲良く。別に大丈夫だと思います」

「ほう、そうなのか」

「確かに今の情勢は戦争とか争いとかいさかいとか命のやり取りとかやってますけど」

「それ、大体同じ意味だからな」

 やはりヨルルはどうもおバカらしい。

「けど、勇者様がただって人間だったんです。人間の中にも良い人はいますし、それは魔人だって同じだと思いますです」

「なるほどな。お前はそういう奴だってことか」

「はへ? そういう奴?」

「何でもない。なら安心だな」

 日色は岩に右手の人差し指をつけた。人差し指の先に青白い魔力がポワッと灯る。そのまま指を動かすと、青い軌跡が文字を形成していく。

『失効』

 文字から放電現象が起こると、大岩から感じられていた魔力がなくなった。

 この文字で、岩にかけられている効果を打ち消したのだ。つまり魔力で強化されているという効果が失われ、普通の大岩へと戻った。

「えっと……今のは何を……?」

 ポカンとしているヨルルを放置して、日色は続けて『弾』という文字を書いて発動。これまた一瞬の放電現象のあと、岩が独りでに日色の前方へと弾き跳んだ。

 日色は岩で隠されていた地面に視線を落とす。そこには固い地面に綺麗に溝が掘られてあり、なるほど、“マジックサークル”とも呼べる魔法陣が刻まれていた。

「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってください、ヒイロさんっ!?」

「あ? 何だ?」

「あ? 何だ? じゃないですぅっ! い、いいい今のは何です? 《化装術けそうじゆつ》じゃないですよねぇっ!?」

「ああ、魔法だ」

「ま、ままま魔法っ!?」

 彼女が驚くのは無理もない。

 何故なら獣人は魔法を使えない。その代わりに《化装術》と呼ばれる、魔法相当の技術を駆使した力を持っている。

「ま、魔法ってどうして使えるのです!? だってヒイロさんは獣人じゃないですかぁ!?」

 確かに見た目では日色は獣人だろう。獣耳も尻尾もあるのだから。

 しかし日色はれっきとした人間である。地球人なのだから当然だ。見た目が獣人なのは、先程の魔法の効果を使い、獣人に化けているからである。

文字魔法ワード・マジツク》―――それが日色の代名詞とも呼ぶべき唯一無二の魔法。

 指先に魔力を宿して文字を書き、その文字が持つ意味を現象化げんしようかさせるというユニークでチートな魔法。魔力は多大に消費するが、威力は絶大なものであり、日色はこの万能の能力を効果的に行使して、今まで異世界を歩いてきた。

 獣人に化けているのは『化』の文字効果を使用しているから。

 ここ獣人界で冒険するには、人間の姿だといろいろと都合が悪い。だから

こそだ。

「こう見えて、オレは人間だからな」

「に、ににに人間っ!? ヒ、ヒイロさんが!?」

「この耳も尻尾も偽物だ。驚いたか?」

「驚き過ぎて腰抜けそうでしたよっ!」

「抜けなかったんだからいいだろ」

「そういう問題じゃないですぅ!」

「いちいちうるさい奴だ。別にオレが人間でも気にしないんだろ?」

「……あ、さっきの質問はそのために?」

 その通り。もし彼女が種族差別主義派だったのであれば、いろいろ隠し通す必要もあるし面倒この上ないことだったが、どうやらその心配はないようなので、自分の正体を教えたのである。

(何というか、オッサンみたいな奴だったからな)

 オッサンというのは、かつて一緒に冒険していたアノールド・オーシャンという男である。彼は獣人であり、義理の娘であるミュア・カストレイアを溺愛しているロリコン(日色の見解)だ。

 そんなアノールドと雰囲気が似ているヨルル。お人好しそうでバカなところがそっくりだ。だからもし、彼女が差別をしない人物なら教えても構わないだろうと判断した。

「とにかくそういうことだ。詳しいことは教えんが、オレが人間でも我慢しろ。できないならここで別れるが……?」

「いいえ! さっきも言いましたけど、私は別に偏見へんけんはありませんです! 細かいことは気にしません! それにヒイロさんは多分良い人なので、大丈夫です!」

「別に良い人ではないがな」

「いいえ! そこは否定します!」

 そんな胸張って言われても……。

「……まあいい、それじゃこのまま一緒に行動するということでいいんだ

な?」

「はい! ともに勇者の遺産を見つけましょう!」

 滞りなく事を進められることにホッとして、日色は魔法陣を調べ始めた。



 日色がヨルルと出会った頃、人間たちが住む大陸――人間界の唯一の国である【人間国・ヴィクトリアス】では、日色と一緒に召喚された勇者四人が、《玉座の間》にて王と謁見していた。

「突然呼び立ててすまなかったな」

 国王であるルドルフ・ヴァン・ストラウス・アルクレイアムが、目の前でひざまずく勇者たちに「楽にしてよい」と言うと、四人は立ち上がり、代表して唯一の男である青山大志あおやまたいしが口を開いた。

「どうしたんですか? 何か頼みたいことがあるらしいって聞きましたけど」

「うむ。実はな、ここから北に位置する【プールス】に向かってほしいのだ」

「そこに何かあるんですか?」

 尋ね返したのは、スレンダーが魅力の健康少女である鈴宮千佳すずみやちかである。

「どうやら最近その村が何者かに襲われたようでな」

「襲われたって、モンスターか何かなんかな?」

 小首を傾げて言うのは、好奇心の強そうな眼差しをしている赤森あかもりしのぶだ。

「襲われた村の人たちは無事なんでしょうか?」

 大和撫子然やまとなでしこぜんとしている皆本朱里みなもとしゆりが呟くように言う。

「話によれば、襲ったぞくはかなりの手練てだれということらしい。その調査をし、もしモンスターなら討伐し、人であるならば捕縛してもらいたいのだ」

 王からの頼みに、大志たちは互いに顔を見合わせ頷き合い、再び顔を王へと戻す。

「分かりました。人間界のために戦うのが勇者の仕事です! 任せてください!」

「おお! やってくれるか! 馬車はすでに用意してあるのでな、すぐに向かってもらいたい」

 大志たちは一斉に「はい」と答えると、その場から退出した。

「あら、タイシ様。それに皆様もどうされたのですか?」

《玉座の間》から出て、通路を歩いていると、目の前に桃色のドレスを着用した少女が現れた。

「やあ、リリス!」

 大志は顔をほころばせると、隣にいた千佳はムッとした表情をして、他の二人はやれやれといった感じである。

 リリスは、国王ルドルフの娘であり第一王女なのだ。彼女こそ、大志たちをこの世界に召喚した張本人。そのため、少しでも大志たちの力になれないかと思い、甲斐甲斐かいがいしく世話を焼いたりしているのだ。

 大志が彼女に王からの依頼を説明した。

「……そうですか、これから【プールス】へお出かけに」

「そうなんだよ。調査にどれくらいかかるか分からないけど、すぐに帰ってくるよ」

「……本当にすぐに帰ってきてくださいますか?」

「う、うん! もちろんだって!」

「で、ではその……約束の指切りをしてくださいませんか?」

「え……あ……うん」

 大志と同様、リリスも顔を真っ赤に染め上げ互いに小指を絡ませた。

「えへへ。ありがとうございます、タイシ様」

「リリスのためならこれくらいわけないって! あ、お土産とか期待しててくれよ!」

「そのようなことより、どうかお気をつけて」

「大丈夫だって! 俺たちは勇者なんだしな!」

「それでも、心配は心配ですから」

「リリス……」

「タイシ様……」

 互いに真っ直ぐ目を合わせ、無意識なのか、徐々に顔が近づいていくような気がしないでもない。だが……。

「おっほんっ! さっさと行くわよ、大志っ!」

「あ、こら千佳! 襟首えりくびを引っ張るなって! く、苦しいからぁ~っ!」

「うっさい!」

「何で怒ってんだよぉ~!」

「黙れ、バカ大志っ!」

 大志は千佳に引きられながら去っていく。それを唖然あぜんと見ていたリリスの肩にポンと手を置いたしのぶは、

「相変わらずやけど、安心しいや。絶対無事に帰って来るし」

「あ、はい。しのぶさんたちもお気をつけて」

 しのぶは手を振り、朱里はペコリと頭を下げて、リリスに見送られた。

 馬車で数時間かけて【プールス】という村へと到着した大志たち。馬車は村の入口で止めておく。

「ここが【プールス】かぁ。何て言うか、あまり何もない村だよな」

「ちょっと大志、そんなことを村の中じゃ言わないでよね」

「わ、分かってるよ、千佳。というかまだ怒ってんの?」

「うっさいわね。さっさと事情を聞きに行くわよ。ほら、しのぶも朱里も急ぎなさい」

「あ、待ってください千佳さん!」

 一人で村の中へ入っていく千佳を朱里が慌てて追う。

「あ~あ、大志っちぃ~、早く千佳っちの機嫌とってぇや」

「そんなこと言っても、何で怒ってんのかサッパリでさ」

「……ホンマにアレやな、大志っちは」

「へ?」

「ラブコメの主人公ってことや」

「はあ? どういう意味だよ」

「分からんかったらそれでもええよ。ほら行くで」

「……何なんだよ」

 ブツブツ愚痴ぐちを言いながらも、大志は最後尾について皆を追った。

 村長が住む民家の中に入り、話を聞くことにした。

「わざわざお越しくださいまして、本当に感謝します。勇者様がた」

「いえいえ。さっそくですが、何があったのか、詳しく聞かせてもらえませんか?」

 大志が言うと、村長は大きく頷いてから語り始める。

「三日前のことです。深夜、皆が寝静まった頃に、村の大蔵おおぐらから奇妙な音が聞こえました」

「大蔵?」

「村の西側にある建物のことです。そこには食材の備蓄や、村の創設時からの書物などが多数保管されているのです」

「なるほど。その大蔵から、夜に奇妙な音が?」

「はい。そこで私と、娘婿むすめむことで様子を見に行ったのですが、どうやら誰かが倉の鍵を無理矢理こじ開けて中に入っている様子だったのです」

「つまり盗人ってことですか?」

「お腹が減ってたんじゃないの?」

 大志の言葉に千佳が続けると、村長が首を振る。

「いいえ、食糧に手をつけている様子はありませんでした。中に入ると同時に、私たちの存在に気づいたのか、音が止みました。誰かいるのかと娘婿が言った瞬間、奥の書物棚の方から黒い物体が突進して来て娘婿を突き飛ばしたのです」

 そこで村長は咄嗟とつさに悲鳴を上げると、近くの民家から明かりが灯り、眠っていたであろう村人たちが姿を現したという。

 そして娘婿を突き飛ばした黒い物体を観察すると、身体を黒いローブで

覆った存在で、

「顔はよく見えませんでしたが、相手は私にこう尋ねてきました。『勇者の遺産はどこに隠している?』と」

「勇者の遺産……?」

 大志が眉をひそめると、千佳が「それってアタシたちのことよね?」と言う。

「いえ、恐らくは過去に活躍した勇者では?」

 朱里の言葉に千佳は「あ、そっか」と賛同する。

「けどしやべったちゅうことは、人ってことなんやね」

「恐らくは。少し低い声音だったので、男ではないかと」

「ふぅん。そんで? 他に何か言うてへんかった?」

 しのぶの問いに村長が、

「私がないと答えると、彼は『ここにも手掛かりがなかったか』と舌打ちをしました。その隙に蔵から外に出た彼を、突き飛ばされた娘婿が捕まえ拘束こうそくしようとしたのです。ですが……」

 男の力は物凄く、娘婿の身体を引きがすと民家の壁まで投げつけたという。だがそれがきっかけで、起きてきた村の男たちが一斉に男を捕らえようとしたらしい。

「男は強力な魔法を使い、あっさりと村人たちを追い払って姿を消しました」

「ん~それだけなんかぁ」

「あ、ですが去り際に一言だけ聞きました。『ここの近くにあるはずなのにな』って」

「その勇者の遺産が? なぁ、大志っち、聞いたことある?」

「いや、千佳と朱里は?」

「ないわよ」

「私も」

 四人は国からそのような話は一切聞いていない。

「村長は何か知らないんですか?」

 大志の問いに対し、村長は低くうなった後に、静かに語り始める。

「実はですね、遥か昔のことです。この村の創設に関わったのが、過去に活躍された勇者だという話が残されているのです」

「そうなんですか!」

「はい。無論文献ぶんけんに残されていた話であり、真実かどうか確かめる術がないかもしれませんが」

「なるほど。勇者の関わった村。だからその男は、村に遺産があると思ってやって来たというのかな?」

「でも大志、その男は何でそのこと知ってんの? 村長でさえ確証はないっていうのに」

「ん~誰かに聞いたのか、村の文献みたいに、どこかにそういう情報が載ってる書物とかを読んだ、とか?」

「そやね。大志っちの言う通り、その可能性が高いやろね」

 しのぶがそう言い、続けて村長に聞く。

「なあ村長。ここの近くに勇者が大々的に関わった場所とかってあるん?」

「そうですねぇ。村から少し離れたところに洞窟があるんですが、古い文献では、その洞窟で勇者たちはよくレベル上げを行っていたという情報が載っていました」

「その洞窟の名前は何て言うん?」

「そこは出現するモンスターも強力なので、誰も近づこうとはしないということで【おそれ洞窟】と呼ばれています」

「何か物騒な名前だよなぁ。過去の勇者も何でそんなとこでわざわざレベル上げしてたんだか」

「ちょっと大志、話ちゃんと聞いてた? 強いモンスターがいるんだから、レベル上げにはもってこいってことでしょ」

「あ、それもそっか」

 千佳の言葉に納得げに頷く大志。

「それでは一度そこへ様子を見に行きますか? もしかしたら、その謎の男

の人もいるかもしれませんし」

「そやな。朱里っちの言う通りや。ウチらは調査を命じられてるし、このまま帰るわけにはいかんやろ」

「よっしゃ、んじゃ準備をして向かうか」

「久しぶりの大型のクエストになる予感がするわ!」

 やる気十分という感じで拳を作る千佳。

「ですが勇者様がた、もし男と出会った時は気をつけてください。かなりの強者だと思いますので」

「分かりました」

「あと、もう一つ。男のことなんですが、黒いローブの隙間すきまから半月形のブローチのようなものが見えました」

「ブローチ?」

「ちょうど親指ほどの大きさではありましたが、綺麗な装飾が月光に照らされており、かなり高級なものだったのかもしれません」

「なるほど。手掛かりになるかもしれませんね。ありがとうございます!」

 村長からの情報をありがたく思い四人の勇者たちは感謝を述べて、【恐れ洞窟】へと向かうことになった。



 大志たちが【プールス】に到着した頃、日色は《マジックサークル》の仕組みを『解説』の文字を使って調べていた。

(……なるほどな。この溝に魔力を流せば発動する仕組みのようだな。しかしその転移先が気になる……)

 過去の勇者が遺したであろう《マジックサークル》の分析は成功したが……。

(何で転移先が――――人間界なんだ?)

 しかし考えても分からない。

(このサークル自体が遺産という考え方もできるが、ここから飛ばされる先に隠されているということも考えられる。いや、その考えの方が確率は高い……か)

 メモ帳にはまだ解明しなければならない二つの項目があるのだ。

(“封じられしモノ”と“白い剣と黒い本”か……)

 それが何を示すのかはまだ分からない。

「……行ってみれば分かるか」

「はい? 何か言いました?」

「何でもない。今からこの魔法陣を発動させる。行き先は恐らく人間界だ。覚悟はできてるか?」

「に、人間界ですか!? う、う~ん……ちょっと怖いんですけどぉ」

 まあ、この情況で獣人が人間界に行くのに抵抗があるのは仕方ないだろう。

「ならここで待ってるか?」

「い、いえいえ! 頼んだのは私ですもん! 私だって一緒に行きます! ええ、行きますとも!」

 この目で勇者の遺産を見なければ絶対に後悔しますと声を張り上げてくる。

「なら少し離れてろ」

「あ、はい!」

 日色は魔法陣に触れながら魔力を流していく。溝が青白い光を放ち始め、魔法陣全体が輝いた。

 これであとは魔法陣を発動させるだけ。

「おい、よだれ鳥。お前はここで待ってろ、いいな?」

「クイィ~」

 ライドピークであるミカヅキ(あだ名・よだれ鳥)が、不満そうな声を漏らすが、しつこく待機を促すと、渋々了承してくれた。

「よし、ホントに覚悟はいいな?」

「は、はい! あ、あの手を握ってもらえませんか?」

「はあ? 何故だ?」

「こ、怖いというか何というか」

「お前な、一応冒険者だろ?」

「で、でも怖いものは怖いんですぅ」

「……なら服をつかんでろ」

「うぅ……そうしますぅ。本当は手を握りたかったのにぃ」

「何か言ったか?」

「何でもないですぅ!」

「なら行くぞ」

 日色は魔法陣の中心に向かい歩き始める。息をむ音が後ろから聞こえる。ヨルルはかなり緊張しているみたいだ。

 二人を包む青白い光が、さらに強く輝き目の前がホワイトアウトしていく。

 ピシュンッという音とともに、その場から日色たちの姿は消失した。

「…………!」

 先程いた場所とは違うことに気づく日色。

《マジックサークル》と同じような溝が掘られている大地の上に立っていた。

「ここは……どこかの洞窟の中……か?」

 周囲を確認してみるが、どうやらそのようだ。上は虫食いのようにところどころ穴が開いており、そこから陽射しが入り込んできている。

「あ、あのぉ、ここはどこなんでしょうか、ヒイロさん? 本当に人間界なんですか?」

「恐らく――――離れろっ!」

「きゃっ!?」

 日色は敵意を感じて咄嗟にヨルルの身体を押して突き飛ばし、自らも大地を蹴り出し左側へと跳ぶ。

 すると先程いた場所を火の玉のようなものが通過した。

 すぐに体勢を整えた日色は、刀を抜いて戦闘態勢を整える。

「……何者だ、お前?」

 日色は恐らく攻撃した張本人であろう、視線の先にいる黒いローブで身を包んだ存在をにらみつける。ヨルルは「あわわわわ!?」と言いながら慌てて日色の後ろへ来て隠れた。

「―――貴様らこそ一体何者だ? いきなり現れるとはどういう了見だ?」

 言葉を喋れるとは、人で間違いないのだろうが、かなりの敵愾心てきがいしんを感じる。

「答える義務はないな」

「ならこちらも義務はな……っ!」

 何故か言葉を詰まらせた黒ローブ。フードで顔は見えないが、その視線は日色ではなく、ヨルルに向かっているような気がした。

 ヨルルは「ん?」という感じで首を傾げているが。

「とにかく、攻撃をしてきたということは敵っていうことか?」

 日色の問いに黒ローブは答えないが、意識が再び日色へと戻ったのを感じる。

 そうして日色と黒ローブが互いに睨み合っていると、ゴゴゴゴゴと日色の背後の壁が崩れ始めた。

「な、何だ!?」

 見れば、崩れた壁の先には通路のようなものがあった。

「!? そうか……その先に勇者の遺産が」

 聞き捨てならない言葉が黒ローブから聞こえた――が、何を思ったのか腰に携帯している剣を抜いて突っ込んできた。

 日色は刀で受け止めると、火花が周囲に散る。

「ぐっ! この黒ローブめっ!」

 刀を振り、相手を後退させるが、すぐに先程と同じような火球を放ってきた。日色は舌打ちをすると、

「そこから離れろ!」

「は、はいィィッ!?」

 ヨルルと一緒に魔法陣がある左側へ跳ぶ。火球は地面を焦がし、周囲に火の粉をき散らす。

「―――テン・ブレイズ!」

 黒ローブの周囲に生まれた十個の火球が、一斉に日色たちへ注ぎ込まれる。

「面倒なことをっ!」 

 日色は『防』の文字を書いて発動。青白い半球状の壁が日色たちを覆い、飛んでくる火球を弾いていく。しかし弾かれた瞬間に小規模爆発を引き起こし、周囲を爆煙ばくえんが覆う。

(ん? 威力がほとんど込められていない? ……何故だ?)

 威力だけなら、一番最初の火球の方が強かった。今の十個の火球は、まるでスカスカ。爆発といってもまともに受けてもダメージはほとんどないだろう。

(爆音と煙の量は凄いが……)

 しばらくして煙が晴れると、

「……奴がいない?」

「ふぇ? あ、本当ですね」

 いつの間にか黒ローブはいなくなっていた。だが耳を澄ますと、どこからか足音が聞こえる。

 それは先程現れた壁の通路から聞こえてくる。

「……おい、新米」

「な、何です?」

「……どうした? 何か気になることでもあるのか?」

 何か考え込んでいる様子だったので気になった。

「えと……あの……何と言いますか、今の人から以前嗅いだことのあるようなニオイがして……」

「何? どういうことだ?」

「う~ん、サッパリ分かりません。こんなとこに知り合いがいるとも思えませんし……」

 そういえばと、先程黒ローブがヨルルを見て言葉に詰まっていた様子を思

い出す。

(……何か関係が? ……コイツが嘘をついてる様子もなさそうだし……)

 考えても答えが出ないので、とりあえずは聞きたかったことをヨルルに尋ねることにした。

「勇者の遺産ってのは有名なのか?」

「う~ん、どうでしょうか? 私はたまたま勇者様と関わりがあるご先祖様がいたから知ってるだけですし」

「…………だがアイツは遺産を口にしていた」

「あ、そういえばそうですね」

 つまり少なくとも、あの黒ローブの目的も勇者の遺産ということ。どこで知ったのかは分からないが。

「どうでもいいが、本だけは渡すものか! さっさと追うぞ、新米!」

「え、あ、はいですぅ!」

 絶対に本だけは逃してはならない。そのために日色はここまでやって来たのだから。他のものは譲っても、それだけは譲れないのだ。

 急いで壁の通路に足を踏み入れると、地下に通じているようで階段があった。

「地下か……」

「な、何か出てきそうですぅ~」

「どうでもいいが服を掴むな、動きにくい」

「だ、だってぇ、いきなりまた攻撃とかされたらどうするんですかぁ!」

「お前も冒険者なら、そういうことにも慣れろ。クエストとかで、一気にモンスターに襲われるなんてザラだぞ」

「そ、それはそうかもしれませんけどぉ!」

「とにかくさっさと向かうぞ」

「あぅ、待ってくださいよぉ!」



 一方その頃、【プールス】の村長から聞いた【恐れ洞窟】に辿たどり着いた勇者一行。

 周囲を警戒しつつ中へと入り調査を開始し始めていた。

「ねえ、大志!」

「ど、どうした千佳?」

「あれ見てよ!」

 千佳が指を差した方向に、大志だけでなく他の二人の視線も向く。

「……! モンスター? 動かないけど……し、死んでるのか?」

 大志の視界に飛び込んできたのは、大型のモンスターの死骸だった。

「あっちにもあるで!」

「こちらもです!」

 しのぶと朱里も同じような死骸を見つけて顔をしかめている。無理もない。モンスターのどれもが身体を切り刻まれ血塗ちまみれの状態で絶命しているのだから。

 強い血のニオイと獣の独特なニオイが鼻をつく。

「一体誰がこんなことを……? 千佳は分かるか?」

「分かるわけないじゃない。けど、もしかしたら例の黒ローブって奴の仕業じゃないの?」

「ここに勇者の遺産を探し求めてやって来てるってわけか?」

「多分ね。それにしても、よく見ると、あそこで死んでるモンスターって、Bランクのドリルモグラでしょ? それを単独で倒したっていうなら、村長の言ってた通り、只者ただものじゃないんじゃないの」

「せやね。冒険者でもBランクを単独で狩れる人はあんまおらへんし、ウチらも油断したらやられるくらいの強さやし」

 しのぶの言う通り、普通の冒険者よりも強いはずの勇者である大志たちも、

油断すれば敗北するほどの相手。だからこそ、単独で倒したとなれば、黒ローブの実力は凄まじいものがあると仮定できる。

「とにかく警戒して進んでいこう。モンスターが出たら、力を合わせて攻略していきゃいいさ!」

 大志の言葉に三人の少女たちが頷く。

 そして道なりに進んでいき、幾つかのモンスターと相対したが、何とか四人のチームワークを駆使して倒した。 

 すると前方に広い空間が広がっている場所を確認し、到達してみると……。

「何か……焦げ臭いな」

 大志の鼻が、何かを燃やしたようなニオイを察知した。

「見て大志、焦げ跡がある! これは多分、火属性の魔法を使用したわね」

「千佳もそう思うか。つまりここで戦闘があったってことだろうけど……」

「大志っち! ちょっとこっち来てんか!」

「どうした、しのぶ?」

 少し離れた場所にいたしのぶに近づくと、彼女は膝を折って地面を手で触れていた。見れば地面には溝が掘られていて、図形なようなものが描かれているように見える。

「……魔法陣? けど半壊してるよな」

「うん。ここも火属性の魔法でやられたみたいね。焦げてるし」

 千佳の言う通り、魔法陣の左側が焦げ付いており、溝も途中で途切れてしまっている。

「一体何なんやろ、これ? 朱里っち、何か分かる?」

「いえ、見当もつきません」

「せやんなぁ」

「何でこんなところに魔法陣があるんだろ。これも過去の勇者と何か関わっているのかな?」

 大志の疑問が声に出された時、千佳が何かを聞いたのか「しっ!」と人差し指を口元に立てた。

「ど、どないしたんや、千佳っち?」

「いいから静かにして!」

 千佳に言われた通りに皆が押し黙る。するとどこかから何かが破壊されるような音が響き渡ってきた。

「…………あそこからね」

 千佳の視線の先にあるのは、壁に開いた穴。その先の通路から聞こえてくる。

「……行ってみるか」

「そやね。その前にしっかり回復薬で回復してからやで、大志っち」

「分かってるよ、しのぶ。もしかしたらボス戦があるかもしれないからな」

「昔、オンラインゲームでこういうダンジョンを攻略してた時のことを思い出すわね」

 千佳は楽しげに頬を緩めている。

「けど、これはリアルなんだ。油断しないで行こう!」

「分かってるわよ、大志!」

 勇者たちは万全の準備を整えてから、通路を進むことにした。



「ひえぇぇぇぇぇぇ~っ! こんなとこにAランクのモンスターがいるなんて聞いてないですぅ~っ!」

「うるさいっ! わめくなら、どこかに隠れてろっ!」

 地下通路を進んでいた日色たちだが、突如として現れたAランクのモンスター。その名は―――ヒートアント。口から炎を吐き出す巨大なありである。

(確かコイツは、獲物を火で炙あぶって食べるらしいが)

 知識はギルドに常備されてあるモンスター図鑑である。

(まあ、今のオレならAランクくらいどうってことはないが)

 日色は刀でヒートアントに斬撃を与えようとするが、かなりすばしっこく

回避されてしまう。しかも避けた先で、器用に足で転がっている石を蹴って飛ばして来たり、砂を撒き散らしてくるので鬱陶うつとうしい。

「ヒ、ヒヒヒヒイロさぁぁぁんっ! 後ろからまた出てきましたですぅぅぅ

っ!」

 背後で隠れているヨルルからの叫び。目の前にいるヒートアントの後ろからさらに二匹のヒートアントが出現した。

 その三匹が日色を取り囲んでしまう。あわあわとなってヨルルはただ見ているだけ。

 三匹がほぼ同時に突進して来て、鋭いみつきで攻撃してくる。日色は前方から迫って来たヒートアントの噛みつきをかわすと、そのまま刀を振り抜き相手の身体に裂傷を負わせる。

 だが背後からさらにヒートアントが、口から溶解液を飛ばしてきたので、すぐさま大きくジャンプして回避した。ただ残りの三匹目が待ってましたと言わんばかりに、相手もまた大きく跳び上がり噛みつこうとしてくる。

 日色は刀身に『伸』を書いて発動。地面に向けて突き刺さった刃は、まだ伸び続け、日色を上空へと押し上げ、ヒートアントの攻撃から回避させた。

「す、凄いです……!」

 一連の動きを見ていたヨルルの眼は、日色に釘付けになっている。

 日色は棒高跳びの要領で、そのまま手を放し大きく跳んで地面に着地した。そのまますぐに人差し指を動かして文字を形成する。その文字を足元へと放ち、その場を離れた。

(さあ、追ってこい!)

 ヒートアントたちは、真っ直ぐ日色をターゲットにして追いかけてくる。ちょうど、放った文字の上に相手が来たところで、

「凍れっ、《文字魔法ワード・マジツク》っ!」

 文字から放電現象が起こった直後、『凍結』の文字効果が発揮され、ヒートアントたちを巻き込み周囲を一気に凍結させた。

「ほ、ほえぇぇぇ~……!」

 その光景を見ていたヨルルは、Aランクモンスターを呆気あつけなく倒した日色の手腕に唖然あぜんとしている様子である。

 日色は何事もなかったという感じで、刀に『元』の文字を書いて元の長さに戻して回収した後、いまだ呆けているヨルルに近づく。

「さっさと奥に進んで……ん? 何か落としてるぞ、新米」

「ふぇ? ……あ」

 ヨルルの足元には銀細工でできているものが落ちている。

 それは、半月形をしており、微細びさいな細工が施されてあり、小さな宝石も嵌められているようで高価な代物だと日色は思った。

 ヨルルは慌てて拾い上げると「ふぅ~」と安堵あんどの溜め息を漏らす。

「そんなに大事なものなのか?」

「え、あ、はい。これは、《ムーンタリスマン》って言いまして、お姉ちゃんからもらった大切なものなんです」

 とても大事そうに優しげに触るヨルル。その表情も懐かしさであふれている。

「形見か何かか?」

「ぶぅ~! 酷いですぅ! お姉ちゃんは生きてますぅ!」

「そ、そうなのか」

 それは失言だった。

「お姉ちゃんも冒険者として、私より早く三年ほど前に旅に出たんです。そして旅に出る前に、一つの《ムーンタリスマン》を真っ二つに切って、右半分を私にくれたんです。これでどこにいても、いつかこれが自分たちを引き寄せてくれるって言って」

「そんな力があるのか?」

「さあ?」

「さあ……?」

「それは願掛けみたいなものですから。ですが、これを身に付けてると、幸運が訪れるとは言いますが」

「なるほどな。お前の冒険は、その姉に会うのも目的の一つということか」

「そういうことなのですぅ!」

 ヨルルは《ムーンタリスマン》を腰に携帯しているバッグに入れた。

「姉のことはともかく、今は本だ。本をあの得体の知れない黒ローブに渡すわけにはいかん!」

「本じゃなくて勇者の遺産ですよぉ! もしかしたら金銀財宝ですよぉ!」

 ハッキリ言って、日色は金銀財宝なんかどうでもいいのだ。そんなことよりも、“黒い本”とやらが黒ローブに奪われることがないかということだけが心配なのである。

「もう大丈夫ならさっさと奴を追うぞ!」

「はい! お供しますですぅ!」

 黒ローブを追って日色たちは歩を進める。

 しかし日色たちは気づかない。

 ヨルルと同じ《ムーンタリスマン》を持った存在と、すでに出会っているという事実に――――。

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