金色の文字使い―ユニークチートと導かれし仲間たち―

ep8. アノールドとミュアの邂逅・前編 ~ホタルウィッシュの光~

「はあぁぁぁぁっ! うぉらぁぁぁぁぁっ!」

 大剣が風を切りながら横薙ぎに走る。その銀線ぎんせんが目の前に立つダーティフ

ロッグという巨大蛙がえるのモンスターの身体を真っ二つにする。

 自分の見事な一撃に思わず笑みがこぼれるアノールド・オーシャン。短く逆

立てた青髪が特徴とくちようの冒険者兼料理人―――三十歳の男性である。

「うっしゃあっ!」

 しかしそこで油断してしまう。倒したと思った矢先、相手は長い舌を伸ば

してきた。舌の先には細長い毒針どくばりがあるのを忘れてしまっていたのだ。

「しま―――っ!?」

 身体をひねるものの、け切れずに右肩を毒針が貫いた。痛みはさほどない。

「くおぉらぁっ!」

 大剣を振り回し、真っ二つにした身体をさらにたてに一刀両断する。すぐさ

ま舌を力任せに引っ張って抜き出す。

 だがその瞬間、すさまじい激痛と燃えるような発熱が身体を襲う。

「ぐっ……が……っ!?」

 確か近くに川があったはず。そこまで行けば毒を洗い流せるかもしれない。

ふらつく足取りで、剣を支えにして歩き出す。

 これまできたえてきた筋骨隆々きんこつりゆうりゆう自慢じまんの肉体も、毒一発で成すすべもなくなる

ことに歯噛はがみする。

 息が乱れる。目がかすむ。全身が震えていた。歩く度に走る身体の痛みに意

識が遠のきそうになる。このまま寝て楽になりたい。

「ダメ……だ……。倒れ……たら……終わ……る」

 直感。ここでもし倒れれば、周りには誰も助けてくれる者はいない。

 つまりは――――死。

 目の前に見えた水のきらめき。救いの場はもうすぐそこ。砂利じやりの上に足を置

くが、バランスを崩して転倒してしまう。

「くっ……そ……!」

 手を伸ばすが、まぶたが非常に重い。強烈な睡魔すいまも襲ってくる。

(こんなとこで……終わりなの……かよぉ)

 まだまだやりたいことがあったというのに……。世界を回りいろんな食材

と出会い料理人としての腕をみがく。気の合う仲間を探してともに酒をみ交

わす。

 そんなことをまだ何十年も続けたかった。だがもう、身体が動かない。

(悪いなぁ……姉ちゃん……師匠……)

 思い返す親しい人たち。意識が闇の中に沈んでいく―――……。

 ふと誰か人の気配を感じたが、すでにもう反応は返せなくなっていた。

 ――――ピタリ。

 額にひんやりとした冷たいものが載る。気持ち良い。熱された身体が冷や

されていく。

(あれ……? 俺、死んだんじゃないのか?)

 閉じていた目をゆっくりと開けてみる。

「……あ」

「……え」

 何故だろう。今目の前に小さな女の子がいる。十歳にも満たない幼い子供。

両手に収まるほどの小さな顔の中に、大きくクリッとした空色の瞳と小粒の

鼻と口が置かれてある。

 光にキラキラと反射する銀髪の中からは、ピョコッと獣耳けものみみが見えていた。

信じられないほどの愛らしさである。そんな彼女がジッとアノールドを見下

ろしているのだ。

「…………天使?」

 つい目の前にいる幼女のあまりの可愛さに天使が迎えに来たのだと錯覚さつかく

た。

「て、てんし?」

「ああ……やっぱ死んだかぁ。頼むから、できりゃ天国に行けたらいいなぁ。

いや、天使がいるんだから俺は天国へ来たのか……?」

「だ、だいじょうぶですか? お、お父さんよんできますから」

「お父さん? あはは、そっかぁ、天使にも家族がいるんだなぁ。俺も美人

の嫁さんもらって、あ~んな天使みてえに可愛い子が欲しかったなぁ」

 完全に自分は死んだのだと思っていたが、ふと木のニオイが漂っているこ

とに気づく。天国にも木があるのかと思い、目だけを動かして周囲を確認し

てみた。

 自分の額に冷たい布が置いてある。そこから感じる冷気に、徐々にだが意

識がハッキリとし、思考能力が復活してきた。

(ここは……小屋? 天国じゃねえ?)

 見れば上半身を裸にして、右肩に包帯が巻かれてある。小さな一室にある

木で作られたベッドに寝かされていた。耳を澄ませば、部屋に向かって足音

が聞こえてくる。

「おっ、起きたようだな」

 部屋に入って来たのは一人の男性。先程見た幼女も一緒だ。彼の後ろに回

り、チラチラとアノールドをうかがっている。

「えと……アンタは?」

「俺はこの小屋に住んでるギン・カストレイアだ。この子は娘のミュア。ア

ンタが川べりで倒れているところをこの子が発見してくれたんだ。もう少し

遅かったらあの世行きだったな」

 どうやら自分は助かったようだと、アノールドはホッと息を吐く。

「あんがとな。えっと……ミュア、だっけ?」

「は、はい」

 照れる姿がまた可愛い。思わず抱きしめたい衝動しようどうにかられる。

「へへへ、可愛いだろ?」

「ああ、べらぼうにな!」

「あぅ……」

 二人に絶賛ぜつさんされて、恥ずかしそうに部屋から出ていく。そんな姿もいとおし

さを感じる。

「身体の方は大丈夫か? とりあえず毒抜きはしておいたが、まだ身体がしび

れてると思うけどな」

「……ああ、確かにまだ起き上がれねえ」

「ここらへんに住むモンスターの中には、お前さんが受けた毒のように強烈

なものを持ってる奴がいるからな。気を付けるこった」

 ニッと笑うギン。ミュアと同じ銀髪を有し、作務衣さむえみたいな衣装を着込んでいる。顔立ちはさすがミュアの親なのか、簡単にいえば超イケメンだ。思わず舌打ちをしてしまうほどに。

 キリッとした切れ長の瞳はミュアと同じ色を宿しており、身長も高く優し

げな表情は女性を魅了する力を備えているだろう。羨ましい限りである。

「ホントにありがとな。俺はアノールド・オーシャンってんだ。冒険者を

やってる」

「何かのクエストでここに来たのか?」

「まあな」

「こんな山奥に……物好きなクエストを選んだものだ」

 この世界の名は――【イデア】。冒険者とは、ギルドを通して様々な依頼

――クエストを受けて、その達成した報酬ほうしゆうで暮らす職業のこと。

 中には先程の巨大モンスターを狩るような仕事もあり、命の危険度も高い。

しかし実入りがいいのもまた事実。自分の実力と依頼の困難さを天秤てんびんにかけ

て、ちょうどいいものを選ぶのが優れた冒険者なのだ。

 しかし今回、少し背伸びして、まだ自分のレベルでは難しいクエストを選

択してしまった。その結果が今のこの状態ということ。

「どんなクエストを?」

「ああ、この近くにある洞窟どうくつ内に潜むモンスター退治だな」

「おいおい、アンタが受けた毒で分かったが、ダーティフロッグごときにや

られてるようじゃ、洞窟のモンスター討伐とうばつはしんどいぞ?」

「う……だ、だよな。俺もそうかなぁって思ったよ……。あ~あ、リタイア

するのも無料ただじゃねえのにバカなことしちまったぜぇ」

 ギルドの依頼は、一度引き受けたものをキャンセルする時にはキャンセル

料金を取られるのだ。これがまた結構痛い金額である。

「ハハ、これにりたら、きっちり考えて受けるんだな」

「そうするよ……。ところでギンたちは何でこんなとこに住んでんだ?」

「ん? おいおい、お前さんも獣人じゆうじんなら理解できてるだろ?」

「……よく俺が獣人だって分かったな?」

「獣耳はないが、立派な尻尾があったからな。そもそも人間なら、あのまま

放置しているぞ。助けても面倒事をしょい込むだけだしな」

 悲しげに揺れる彼の瞳。その奥には静かな怒りも垣間かいま見ることができた。

 この世界では大きく分けて四つの種族が存在する。人間、獣人、魔人まじん、精

霊の四つ。

 最初の三つの種族――人間、獣人、魔人は、互いに憎しみ合う関係にある。

それは過去からのつながりによるものであるが、特に獣人は人間を嫌っている。

 人間は昔、公に獣人を家畜奴隷かちくどれいとして扱っていた。かくいうアノールドも

その経験があり、その時に獣耳を当時の飼い主に千切られた。苦い思い出だ。

 今は規制もかかり、獣人を奴隷化する者は少なくなったが、完全に消失し

たわけではない。今もなお、獣人排斥はいせきうたう過激派集団もいて、ここ人間が

多く住む大陸――人間界にいる獣人たちは肩身の狭い思いをして生きている

のだ。

 中には獣人と手を取り合ってくれる者もいる。冒険者同士などは、その例

が結構多い。強ければパーティを組んで一緒にクエストをこなす。

 しかしそれでも、世間で獣人は、人間に見下される機会は多々あるのだ。

 本来なら、獣人の大陸である獣人界に移り住めばいいのだが、アノールド

は世界を見て回りたいという思いからこうして、人間界を歩いている。

 アノールドの場合、尻尾さえ見せなければ人間と見た目は変わらないので、

他の獣人よりは安心できているというわけだ。

「何で獣人界に行かねえんだ?」

「……あの子の―――ミュアの母親の墓がここにあるんだ」

「そうなのか?」

「俺とミュアの母親であるニニアは、ここで出会った。アイツは身体が弱く

てさ、一年ほど前に死んじまった」

「そう……か」

「できりゃ、ここから離れたくはない。家族の思い出がいっぱいあるから

な」

「気持ちは分かるけどよ、やっぱり危険じゃねえか?」

「分かってる。けどあの子はまだ九歳だ。獣人界へ行くには長い旅になる。

危険な旅だ。離れるにしても、もう少しあの子が成長してからの方がいい」

 そう言いながら窓の外で元気よくボール遊びをしているミュアを見つめる

ギン。

「確かに……そうだな。子供にとっちゃ辛い旅になる。今の世界情勢の中で、

身を隠しながら旅をするには、あの子はまだ幼過ぎるってことか」

「そういうことだ」

「あ、けど俺に見つかって良かったのか?」

「おいおい、獣人仲間だろ? 獣人にとって何よりも大切なのはきずなだ。人間

や魔人どもは、簡単に仲間を裏切るが、獣人は絶対そんなことしない。それ

は過去が証明している。まあ、俺が知ってる範囲だけだけどな」

 そう、獣人同士の結束は固い。それが他人でもだ。獣人であるだけで、信

頼度はすでにマックスに近い。

「まあ、しばらくゆっくりしてくといいさ。ミュアも遊び相手ができて嬉し

いだろうしな」

「おいおい、俺に子供の面倒を見ろってのか?」

「恩返しだと思って遊んでやってくれ」

「……ま、しょうがねえか。でも今日は勘弁してくれよ?」

「ハハハ、そんな無茶は言わないさ」

 アノールドは、ここから約三年間だが一緒に暮らすことになる。少し一人

旅に飽きていたということもあるが、同じ獣人同士ということもあり、居心

地が良かったというのが一番の理由だろう。

 これが、アノールドが初めて、ミュアとギンの二人と出会った一ページで

ある。


 ―――二年後。

「ギンッ、そっちに行ったぞっ!」

 アノールドのとどろきがギンの耳をつく。

「分かってる! 《かみなりきば》っ!」

 バチチチィッとギンの持っている鉄鉱石てつこうせきで作られたブーメランから電流が

ほとばしる。ギンがそのまま目の前にウヨウヨと湧いているダーティフロッグの

群れに向かってブーメランを放つ。

 雷をまとったブーメランは、まるで大きな牙が回転するかのように飛行し、

ダーティフロッグの身体を寸断し麻痺まひさせていく。こうすれば、二年前、ア

ノールドが受けた追撃からも逃れられる。

「ナイスだギンッ! 俺も負けちゃいらんねえっ! くらえっ、《かぜ

牙》っ!」

 大剣に風を纏い斬撃を飛ばし、ギンの攻撃に当たらなかったダーティフ

ロッグを吹き飛ばしながら斬り刻む。

「よ~し、もう敵はいねえみてえだな。ミュアも出てきていいぞ!」

「う、うん。お父さんもおじさんも……無事?」

 木のかげからこっそりと出てきたミュアの頭をそっとでるギン。

「けどギンがクエストを手伝ってくれて助かるぜ」

「アノールド……お前な、前も言っただろ? 分不相応ぶんふそうおうなクエストは受ける

なって」

「俺一人じゃ、さすがにこの大群には辛えものがあったけどよ、ギンが手

伝ってくれると思ったから受けたんだぜ! フッフッフ、これで報酬もウハ

ハハハ~」

「あんな大人にだけはなったらダメだぞ、ミュア」

「えっと……はは」

 金に目がくらむ大人のみにくさをミュアに教え込むギン。反面教師であるアノー

ルドがそばにいるので、ギン的に教育としては助かっているのかもしれない。

 この二年間、ほぼ一緒に暮らし、こうやってたまにアノールドが受けたク

エストを一緒にこなしたりしている。その報酬で買った食材などを小屋へと

運んで、三人でパーティなどを行うのだ。

 ミュアも十一歳となり、少しだけ背丈せたけも伸びたが、それだけでなくさらに

可愛らしさも増している。料理にも興味があるのか、よくアノールドを手

伝ってくれたりするのだ。

 だがさすがに戦闘をさせるわけにはいかないとして、小屋に一人置いてお

くのも心配なので、こうして一緒にクエストに来ている。もちろん安全な場

所に避難はさせているが。

「俺の《化装術けそうじゆつ》も大分磨きがかかってきやがったな!」

《化装術》―――獣人だけに許された技術で、人間や魔人が扱う魔法に対抗

するために編み出された。魔法が使えない獣人にとって、身体能力だけでモ

ンスターや、人間、魔人と戦うには心許こころもとない。

 そこで獣人の研究者が作り上げた《名もなき腕輪》を身に着けることで、

自分の中に眠る精霊の力を呼び起こし、力として顕現けんげんさせることが可能に

なった。

 属性も魔法と同義に存在しており、アノールドは――“風”。そしてギン

は――“雷”。

「けどギンの《化装術》の方が力強いんだよなぁ。修業とかしてねえんだ

ろ?」

「ああ、これといったことはな」

「なのにその強さ……軽くジェラシー……」

「ハハハ、まあ俺はちょっと特殊な事情があってな……」

 その時の彼の顔は、明らかに気まずそうな雰囲気を漂わせていた。言いた

いが言えない。言えば何かが変わることを恐れているような……そんな感じ。

「……ま、ギンが強いってことは昔から知ってる。まあ二年前からだけど」

「アノールド……?」

「何を言いにくそうにしてるのか知らねえけど、俺はもうお前を親友だと思っ

ているし、ミュアも合わせれば家族だって思ってる」

「アノールド……」

「おじさん……」

 ミュアはどこかキラキラとした光を双眸そうぼうから放っている。家族が増えると

いうことが嬉しいのかもしれない。

「アノールド、悪いな。俺は臆病な野郎なんだ。本当は話したいが……どう

しても尻込みしちまう」

「別にいいんじゃねえの? 俺だって無理に聞き出そうなんて思っていねえ

し。それに時が来たら…………教えてくれるって信じてるしな」

「……ああ、必ず伝えるよ」

「へへへ!」

 このような温かい繋がりがアノールドは好きだった。人間界を旅してきて、

楽しいこともあったが、やはり辛い思い出の方が多い。その中で、ギンや

ミュアとの出会いは、アノールドの心にいやしを与えていた。

 その時、ガサガサッと茂みが動く。咄嗟とつさにアノールドとギンは警戒態勢を

整える。

「ミュア、俺の後ろにいろ。そこから離れるなよ?」

「う、うん。分かったよ、お父さん」

 瞬間、茂みからアノールドへ向けて何かが飛んできた。反射的に大剣の腹

でガードするも、かなりの威力があり後方へと吹き飛ばされてしまう。

「アノールドッ!? ちっ、何だ一体っ!」

 ギンが鋭い眼差しを茂みにぶつけると、茂みから地をうオオトカゲのよ

うな生き物が現れた。

「気ィつけろギンッ! そいつはキャノンリザード! 土のかたまりを放ってきや

がるぞっ!」

 大剣の腹には、土で固められたものがへばりついている。キャノンリザー

ドは、以前にもクエストで倒したことはあるが、不意を突かれたせいで腰を

強打してしまった。

「ここらへんにいないモンスターのはずだ。何故……?」

「そんなことより来るぞギンッ!」

 アノールドの忠告と同時に、キャノンリザードの腹がボコッと膨れ上がり、

次の瞬間に口から土の塊をアノールドへ向けて放ってきた。

「お、俺なのぉぉぉぉっ!?」

 つい突っ込みながら身をひるがえす。この流れは、近くにいるギン狙いだと思っ

ていたのに。ピキィッと腰の筋に痛みが走る。

「アノールド、俺が奴を倒すから、ミュアのこと頼めるか!」

「お、おうよ! 助かるぜ! おいミュア、こっちこいっ!」

「う、うん!」

 ミュアが動き出すと、キャノンリザードのギロリとした赤い眼がミュアを

捉える。今度はミュアをターゲットにしたようだ。

「ミュアを狙ってるのか? させるかっ! 《雷の牙》っ!」

 ブーメランをキャノンリザードに向けて放り投げるが、思った以上の速度

で地を這い回避する。返ってきたブーメランを手に取ると、ギンは相手を観

察するようににらみつける。

「尻尾だ! 奴の尻尾を見ろっ!」

 アノールドはギンの背後から彼に言葉を届ける。キャノンリザードの尻尾

に注目すると、地面に埋もれており、徐々に土が削られていっている様子が

見て取れた。

「なるほど。尻尾から土を補給して、身体を砲身台にしてるというわけか。

器用な奴だ」

 キャノンリザードも、ブーメランを投げられたことで明らかに殺気立ち、

ギンを睨んでいる。次いでボコッと腹が膨れる。

めるなよ、トカゲ野郎!」

 バチチチチとブーメランを帯電たいでん状態にしたギンは、相手から放たれた塊に

向けて腕を振り下ろした。するとブーメランが塊を斬り裂き左右に分かれて

黒焦げになる。

「ほぇ~、さすがはギン。度胸あるなぁ」

 一歩間違えれば懐に当たり大ダメージ必至ひつしだったはず。生半可な覚悟では

今の対処はできない。それに素早さと攻撃力が高くないとできない芸当でも

ある。

 キャノンリザードも警戒しているようでジリジリと後ろへ下がっていく。

このまま逃亡するつもりなのかもしれない。

「逃がさん!」

 ギンがブーメランを地面に突き刺すと、地面を伝って雷がキャノンリザー

ドへと伸びる。避けそこなって命中し、感電状態に陥るキャノンリザード。

「アノールド、少し離れてろっ!」

「お、おう!」

 アノールドはミュアを連れてその場から避難する。

 何をするつもりかは知らないが、彼が離れろと言ったのだから、このまま

ここにいれば巻き込まれる恐れがあると判断した。

「くらえっ! 《雷轟崩落らいごうほうらく》っ!」

 凄まじいエネルギーをブーメランに込めて放つ。だがブーメランは、キャ

ノンリザード目掛けてではなく、相手の真上に向かい、ピタリと止まる。雷

を纏ったブーメランから、眩い光とともに落雷が降り注ぐ。

 身体が麻痺して動けないキャノンリザードは呆気あつけなく捕らえられ――――。

 まさにそれは雷の柱とも呼ぶべき現象。真っ直ぐ伸びた雷のエネルギー体

が、キャノンリザードの身体を包み込み、大地まで貫いていく。

 一瞬だった。戻って来たブーメランを、ギンは受け取ると、目の前に開い

た穴を見つめながら口を開く。

「ミュアを狙おうとした報いだ。この世に形すらも残すものか」

 言葉通り、そこにあるのは穴だけ。恐らくは雷によって消滅させられたの

だろう。

「な、何つう威力……!」

 アノールドは絶対ミュア関係でギンを怒らせないでおこうと改めて認識す

る日になった。

(うん、アイツを怒らせるのは止めよう……特にミュア関係では……)

 心の辞書にきっちりと刻みつけておいた。


 ギンを怒らせないようにと心に誓ってから一年弱が経った。

 別段変わりなくいつもと同じ日常を過ごしているアノールドたち。何だか

んだいって、ミュアたちと過ごして三年弱も経っているが、あっという間

だった気がする。

 まだたった三年とも言えるが、それでもまるでずっと昔から家族だったか

のような繋がりが、ミュアたちと自分にあるような感覚。だから離れられず

にいる。

「これからもこうやって続くといいよなぁ……」

 アノールドは黄昏たそがれながら夕焼け空を眺めていた。うん、綺麗な空だ。

「おいこら、アノールドッ! 現実逃避はいいから、この状況を何とかする

ぞバカッ!」

 ギンの声が耳をつく。いや、現実逃避したい気持ちも分かってほしい。

(だって――――――――――――――周り、虫だらけじゃん)

 そう、半年経っても相変わらずアノールドが受けたクエストをギンが手

伝ってくれているのだが、今、周囲を数多くの虫に囲まれている状況なのだ。

「俺ってば昔っからこういう気持ち悪い系って苦手なんだよっ!」

「あのなっ! だったらマッドワームの討伐なんて引き受けるなよ!」

「俺だって一匹くらいだったら大丈夫だって思ったんだ! けどまさかこん

なにいるとは思わなかったんだよぉ!」

 虫、虫、虫、虫、虫、虫。

 まさに虫尽くし。しかもウネウネとした緑色の毛虫で、体長がアノールド

の二分の一ほどの大きさなので物凄く気色が悪い。自然と身震いしてしまう。

「とりあえず殲滅せんめつするぞっ! 今日は三人で 予定なんだ! こん

なとこで時間食ってるわけにはいかないぞ!」

「わーってるよ、ギン! うおぉぉぉっ! 《風の牙》ぁぁぁっ!」

 何とか気持ち悪さで身体を震わせながらも、ギンと力を合わせて討伐する

ことに成功した。緑色の液体が相手を攻撃する度に飛び散るもんだから怖気おぞけ

が走る。何で虫ってこんなに気持ち悪いのだろうか……。

「ふぅ~、ミュアは無事か、ギン」

「ああ、岩場に隠れさせてるからな、心配は―――」

「きゃあぁぁぁぁぁっ!」

 ミュアの悲鳴にアノールドたちはギョッとなり、急いで彼女が隠れている

岩場に向かう。離れてはいない。走ると十秒ほどで到着するところ。

「ミュアッ!」

 ギンが岩場に向かって叫ぶ。するとそこには白いローブを着用した男が一

人、ミュアの腕をつかんでどこかへ連れ去ろうとしているところだった。

「あの白ローブに紋様もんようは――――《けものおり》っ!?」

 アノールドは表情を強張こわばらせる。何故こんな山奥にわざわざ奴らがいるの

か不思議で仕方がない。

(おいおい、マジかよっ!?)

《獣の檻》―――獣人排斥派たちで組織されている集団。元冒険者たちが多

強者揃つわものぞろい。人間界に住んでいる獣人たちを捕縛し、管理、抹殺まつさつなどの方法

で対処を行う非道な者たち。

 特徴は白いローブと、その背に刻まれた獣人のシルエットにバツ印を刻み

つけた紋様。

 アノールドも彼らには過去に何度も苦々しい思いをさせられている。

「おいギン、奴らは……」

「ああ、分かってる」

 瞬間―――彼の目つきが、今までにないほどに鋭くなり、アノールドさえ

も震わせる殺気を放つ。

 そのまま疾風しつぷうごとく白ローブの男に詰め寄ると、帯電させたブーメランを

手にし、一気に男の首をね飛ばした。まさに電光石火。相手の男も何もで

きずにそのままひざを折って絶命した。

「なっ……!?」

 何の躊躇ちゆうちよもなく一人の命を奪ったギンの行動に呆気にとられるが、よくよ

く考えてみれば、彼の行為は自分たちを守るためには正しいことだ。

 もしミュアを助けても、彼を逃せば確実に仲間を連れて報復ほうふくに来るだろう。

そしてとらわれ、下手をすれば殺される。自分だけならまだいいだろうが、

ミュアも獣耳を見られているのだ。

 彼女を守るためにも心を鬼にしてギンは相手の命を奪ったということ。

「お父さぁぁぁぁんっ!」

 余程怖かったのだろう。ギンに飛びつき泣きじゃくるミュア。ギンは彼女

を優しく受け止めて頭をでる。

「もう大丈夫だ。怖かったな」

「で、でもね、お父さんがきっと、来てくれると思ってた、からっ」

 しゃっくり混じりにしやべるミュアに、穏やかな笑みを見せるギン。アノール

ドも彼らに近づきホッと息を吐く。

「……アノールド、その者を埋めてやってほしい」

「え? ほ、放っとけよ、こんな奴」

 ミュアをさらおうとした奴だ。丁重ていちようほうむってやる必要なんてない。

「いや、いくら悪党でも死ねばただの人だ。それに、近くには仲間はいない

ようだが、もし様子を見に来るような者がいれば、死体を見て何かあったと

調査される可能性が高い」

「モンスターの仕業ってことでいいんじゃないか?」

「モンスターがわざわざ首をって、そのまま放置などしないだろう。それ

にこれ以上、死体を傷つけるようなこともしたくない」

 このギンという男は優しい男だ。実直じつちよくで一度決めたことを曲げない頑固者がんこもの

だがアノールドは彼のことを尊敬している。

「……分かったよ」

 彼の言う通り、白ローブの死体を、土を掘ってその中に埋めた。掘り起こ

されてモンスターにでも食われちまえばいいんだと思わないでもないが、で

きればギンの思いにのつとり、そのまま土にかえればとも感じる。

 確かに生前どれほどの悪さをしていようが、死ねばそれまでであり、肉の

塊になってしまったものを憎んでも仕方ないと言える。

(まあ、ギンみてえに、簡単に割り切れる奴はそうはいねえと思うけどな)

 三人は、少し離れた自分たちの小屋へと帰った。もう日は沈みかけ、空に

はちらほらと星がまたたき始めている。

 アノールドは歩きながら苦笑を浮かべ口を開く。

「寝ちゃったな、ミュアの奴」

「ああ、きっと緊張が解けて気が抜けたんだろうな。ゆっくり寝てくれれば

いいさ」

 ギンの背中で泣き疲れたのか気持ち良さそうに眠るミュア。天使の寝顔と

はよくいったもの。今まさにそれがここにはある。

「どうする? アレを見に行こうって言ってたけど、今日は止めとくか?」

「…………そうだな。今日は家に帰って、明日見に行こう」

 アノールドたちは小屋に到着すると、そのまま静かに夜を過ごすことにし

た。

 翌日、夕方までアノールドたちは小屋周辺でのんびりと過ごし、日が落ち

始めると、三人でへと向かい始めた。

 昨日ギンが見に行こうと言った言葉を実現しているのだ。

「ねえお父さん、おじさん、これからどこに行くの?」

 ミュアには何も聞かせていない。トコトコと小さい歩幅ながらも、アノー

ルドを追って声をかけてくる。

「へへ~ん、それは行ってからのお楽しみだ」

「ええ~、教えてよおじさん」

「ダメダメ。それに聞かない方が、見た時の驚きは半端はんぱねえぞ~」

「う~ん、そうなの? ねえお父さん」

「ああ、俺も最近知ったんだが、アノールドが教えてくれてな」

「へぇ」

「一人で山を散策してた時にちょいとな。小屋からは結構離れてるけど、そ

れを見りゃ疲れも吹っ飛ぶぜきっとよ!」

「うわ~楽しみだね!」

 昨日の恐怖を微塵みじんも感じさせない満面の笑みを浮かべる。

(良かった良かった。やっぱりミュアには笑顔が一番だしな)

 アノールドも彼女の笑顔を見ると安堵する。

(まあ、何であんなトコに《獣の檻》がいたのかは謎だけど、小屋からも離

れてるし、死体も片づけたし大丈夫だろう)

 一人だったから、もしかしたらただの観光で来ていて、たまたま獣人の

ミュアを見つけたから捕らえて売り飛ばして金をかせごうとしたのかもしれな

い。

(俺みたいな思いは、ミュアには絶対させちゃいけねえ)

 過去のことを思い出させる。そっと頭の上に手で置き、かつて存在した獣

の耳の名残なごりを確かめるように撫でた。

(あんな辛えことは、俺だけでいいんだ)

 ミュアだけでなく、ギンにも奴隷の思いなど分かってほしくはない。この

まま静かに暮らさせてやりたい。誰にも邪魔はさせたくはない。

(もしコイツらを傷つける野郎がいるなら、俺は全力でつぶしてやる。それが

たとえ《獣の檻》でもな)

 強い覚悟を胸に秘め、アノールドはミュアやギンとともに、森の中を突っ

切っていく。

 しばらく歩き、辺りがすでに真っ暗になっている。

「そろそろだな」

 アノールドのつぶやき。歩く方向の先から水の流れる音が聞こえてくる。

「あれ? 何か光が見えるよ?」

 ミュアが何かに気づく。

「ああ、そうだ。アレがお前に見せたかったもんだよ、ミュア」

 アノールドはニカッと笑みを浮かべる。

 森を抜けた先にあったのは、一本の清流。その中に小さな光が複数確認で

きる。

「うわ~! 何で川の中が光ってるの? それに動いてるよ!」

 彼女の言う通り、川の中で光の粒が不規則に動いている。

「まだまだこんなもんじゃねえよ」

「ど、どういうこと、おじさん?」

「まあ、見てろ」

 アノールドは天をあおぐ。そこには大きな月が顔を覗かせていて、眩い金色こんじき

の光を大地に注いでいる。そのせいで川が光を反射してキラキラと輝いてい

た。

「あの月が雲に隠れた時に、この川は―――――奇跡を見せてくれる」

 するとフッと雲に隠れた月。周囲が真っ暗闇に包まれる―――が、

「うわぁぁぁ……っ!?」

 ミュアがポカンと口を開ける。今彼女の視界に映っている光景、それは

―――。

「キ……キレイ……!」

 先程と比べものにならないほどの輝きが川から放たれている。

 無数にも思える幾つもの小さな光の集合体が、四方八方に動き回り、ア

ノールドを照らしていた。一色の光だけではなく、青や赤、だいだいや黄など様々

な光沢が目に映る。

 しかも時折その光が空を飛び、また川へと帰る。光に光が反射して、オー

ロラのような光景を作り出す。まさに幻想的風景。

「こ、これは何なのお父さんっ! おじさんっ!」

「これはな、ホタルウィッシュの光だ」

 ギンが答える。

「ホタルウィッシュの……光?」

「ああ、俺もこんな場所があるなんて知らなかった。四日ほど前に、夕方頃、

アノールドにお前を任せて俺がどこかに行ってたのは知ってるだろ?」

「え……うん」

「アノールドに、この場所を聞いて、俺も一度ここが安全かどうか確かめに

きたんだ。そんでこの光景を見た。ビックリしたよ」

「そうだったんだ」

「それで、お前にもこの美しい光景を見せてやりたくてな。どうだ、最高だ

ろう?」

「うんっ! ありがと、お父さん! おじさんも!」

「カッカッカ! もっとめてくれてもいいんだぜ!」

「調子に乗り過ぎだバカ」

「あれぇ? そ~んなことを言っていいのかな?」

「な、何がだよ?」

「なあミュア、三日前の朝食、コイツが不味まずいィィッて言って、吐いてたの

覚えてるか?」

「あ、うん。そんなことあったね。あの時のお父さん、すごく気持ち悪そう

にしてたもん」

「お前のパパはな、このホタルウィッシュを持ち帰って、朝一人で味見をし

てたんだよ」

「えっ、お父さんが!」

「おいアノールド!」

 彼の制止が入るが――――もちろん無視!

「あまりの不味さ涙目の情けない姿。一人だけで味わおうとするからばちが当

たるんだよな、ミュア?」

「もう、そうだったんだね! ダメだよお父さん、独り占めはよくないよ! 

メッ!」

「ち、違うんだって! 初めて見る魚をミュアに食べさせる前に毒見しただ

けなんだって! 何ともなかったら二人にも分けたって!」

「ホント~かぁ?」

「何だよその目は! 俺はお前みたいにいやしくはないぞ!」

「はいはい。そ~いうことにしておいてやらぁ」

「うぐぐ……」

 いつもは主導権を握られるが、こうしてたまに勝つことができるので充実

感が半端無い。

「あ、でもわたしもちょっと食べてみたいな」

「おいおい、チャレンジャーだなミュアは」

「何事も経験ってお父さんにいつも言われてるもん」

「フッフッフ。ならここで食事と行こうか!」

 アノールドは肩にぶら下げていた大きな袋を地面に置いて、中から次々と

調理器具を出していく。

「最初からここで料理するために持ってきたのか?」

「おうよ! こういう場所で食べる料理は最高だぜ! ミュアも手伝ってく

れるか!」

「うん!」

「んじゃ、たきぎ集めよろしく独り占めして自爆したイケメンくん」

「くっ! 覚えてろよアノールド!」

 そう言いながらもギンは、言われた通りに薪集めに向かって行った。

「ミュア、これに肉と野菜、刺してくれるか?」

 ミュアに複数のくしと、一口大に切った肉や野菜を渡した。

「任せて! おいしくなるようにさすね!」

「お、おう」

 彼女には美味くなる刺し方が分かるのだろうかと、つい突っ込みを入れた

くなるが、楽しそうに串に刺していく姿を見て、ほんわかしながら具材を石

の上で切り分け一つに纏めていく。

「お、ようやく帰ってきたか」

「これだけあれば問題ないかな、コックさん?」

 ギンの両脇にビッシリと抱えられた薪。

 アノールドは、彼に火をつけるように頼むと、周りに石を並べて台のよう

に形を整えた後、その上に鍋を置き、その中に水と切った具材、加えてミュ

アが作ってくれた串も同時に入れていく。

 しばらくするとグツグツと煮えていき、山のさちと肉が煮えた良い香りが

漂ってくる。

「ん~おいしそうなニオイだね、お父さん」

「そうだな。アノールドの料理だけは脱帽だつぼうもんだ」

「あのな、料理だけってことはねえだろ? 料理だけってことは」

「ははは、悪い悪い。つい本音が」

「お前、さっきのことまだ根に持ってんな?」

「さぁて、何のことかな?」

「……お預けにするぞ?」

「おいおい、それはないだろ? 勘弁かんべんしてくれよ」

 ギンは美味いものに目が無い。今までは彼が自分で料理を作っていたが、

アノールドのように一工夫手間をかけたような料理はできなかった。

 彼にとっても、アノールドの作る絶品料理は目からうろこのようで、もう抜け

出せないくらいファンになっているらしい。

「ミュアも手伝ってくれたんだし、先にミュアに味見してもらおうかな」

「ほんと! おじさん!」

「ああ、ほれ、御所望ごしよもうのホタルウィッシュだ」

 串に刺したホタルウィッシュを、焚き火で焼いたものを彼女に手渡す。

「お、おいミュア……本当に食べるつもりか? 言いたくはないが……止め

ておいた方がいいぞ?」

「ううん! 何事も経験だよ、お父さん」

「ハハハハハ! こりゃ一本取られたな、ギン!」

「……はぁ、アノールド、とりあえず水を用意しといてやってくれ」

「もう用意してるって」

 竹筒たけづつを彼に見せる。その中には飲み水がたっぷり。

「それじゃ、いただきまーす!」

 あむっとミュアがホタルウィッシュにかじりつく。モグモグと口を動かして

いる彼女を、ギンと一緒に見守っている――――と、急に彼女が口を押さえ

て涙目になる。

「%&$#W$?*@――――っ!?」

「アハハハハハ! ほらミュア、水だ」

 声にならない声を出し、ミュアは竹筒を受け取ると一気に飲み干していく。

「だ、大丈夫か……ミュア?」

 ギンが心配そうに尋ねると、ミュアは何度も咳込せきこみながらも笑みを浮かべ

て、

「はは……おいしくないね……これ」

「だから言ったろ? 本当にチャレンジャーだよ、お前は」

「おっしゃ! 口直しに鍋でも突っつこうぜ!」

 アノールドは、二人に食器を手渡す。それぞれが、鍋の中に入っている具

材を取り寄せていく。

「アノールド・オーシャン特製! 《リンツ鍋》だっ! 入っている具材は、

すべてこの【リンツの山】で採れたものばかり。肉も野菜も全部だ!」

「ほう、別名 《山の味鍋》とも呼べるかもな」

「その通り! ほらほら、食ってみ」

 アノールドは二人を促すと、彼女たちは料理を口にしていく。

「「んん~っ!」」

 二人して感動に打ち震えているかのように表情をとろけさせる。

「美味い! 肉も硬くなく柔らかい。それに出汁だしが絶妙だ」

「あったりめえよ! 山は食材の宝庫。しかも良い出汁を出すものが山ほど

ある。山だけにな!」

「アノールドのダジャレはともかく、本当に良い出汁だ。それに野菜はシャ

キシャキとして歯応えもいいし、これは《パリポリさい》だな?」

「おうよ、似ても焼いても心地好い歯応えを残す野菜――《パリポリ菜》

だ」

「ん~ん! おじさん、このキノコおいしいよ!」

「そうだろうそうだろう。そいつが一番良い出汁を出すからな。その名も

《ダシノコ》! 焼いても美味えが、そうやって煮た方が歯応えもあって最

高なんだよ」

 アノールドも《ダシノコ》を口に運ぶ。うん、我ながら最高の出来だ。

「おお~! この肉ってアレだろ? 《リンツラビットの肉》だろ?」

「そうだよ、普段食ってる肉も、それなりに調理してやればまた一味違って

美味えだろ?」

 普段はそのまま焼いて食べるという手法がほとんどだったが、今回は肉を

一晩レモン汁の中に浸けて、串に刺す前に熱に溶けやすい《ニンニク粒》と

いう小粒のニンニクを肉の中に埋め込んでおいた。

 そうすることで煮ている間に、熱でニンニクが解けて肉全体に染み渡る。

こうして一工夫するだけで料理は一段階も二段階も美味くなるのだ。

「おいしい~」

 ミュアも満足しているようで次々とおかわりしている。料理人のアノール

ドにとって、こうやって作った料理を食べて美味いと言ってくれることが一

番嬉しい。

「たぶんね、いつもとは違う調味料も入ってるからこんなにおいしいんだ

ね」

「ん? いつもと違う調味料? そんなもの入れたのか、アノールド?」

「いんや、そんな変わったもんは入れてねえはずだけど……」

「ううん、入ってるよ。だって……」

 ミュアが周りを見回す。無数の光の粒が、闇を照らし幻想的に輝いている。

ホタルウィッシュが跳ねる度に、尻の部分で発光している光も宙に浮く。

「なるほどな。確かにミュアの言った通りだ」

「ギンの言う通りだな。こういう環境も、調味料の一つってことだ。さすが

はミュア、分かってるじゃねえか」

「えへへ~」

「うんうん、自慢の娘だ」

 食べ終わった後は、川で食器を洗い帰る準備をする。後片付け中にミュア

がはしゃぎ疲れたのか、寝てしまっていた。表情は実に満足気だ。ギンが彼

女の顔を眺めながら口を開く。

「そういや、もうすぐミュアの誕生日だな」

「もうそんな時期か。これで十二歳だっけか?」

「ああ、あっという間だったな」

「確か十二歳になったら、ここから離れて獣人界へ向かうって言ってたよ

な」

 コクリと彼が頷きを返す。

 ここは人間界であり、いつ人間に見つかって襲われるかもしれないという

危険が常に付き纏う。初めて会った時も、彼には獣人界へ行くべきだと忠告

したが、ミュアがまだ小さいので長旅は辛いという理由で断念していた。

 せめて三年くらい経って、ある程度彼女にも体力がついてから旅に出ると、

ギンはアノールドに言っていたのだ。

「本当はあの小屋にはニニアとの思い出もあるから離れたくはないんだけど

な。一応簡素だけど、墓も作ったし」

 ミュアの母親であるニニアの墓は、小屋からすぐ近くの小高い丘に作られ

てある。彼の言う通り彼女の遺体いたいを埋めて、その上に石碑を立てただけの簡

素なもの。

 アノールドも何度か彼らと一緒に墓参りに行ったこともある。できれば一

度会ってみたかったが。

 ギンは「驚くほど美人」だったと言っていたので、少しムカつきも覚えた

が、こんなに可愛いミュアの母親なのだからそれも納得だ。

「一応この子にも旅の話はした」

「……そっか」

「この子も母親のことがあるから、離れたくはないと言うと思ったが、寂し

そうな顔をしながらも二つ返事で了承してくれたよ」

「賢い子だからなミュアは」

 こんな世界情勢の中で、人里離れている山奥に住んでいるとはいえ、ここ

が危険であることは薄々感づいているのだろう。

 彼女は賢いから、自分の想いを貫くよりは父親であるギンの言うことを聞

こうと――それが正しいことだと言い聞かせているに違いない。

「……お前はどうするんだ、アノールド?」

「俺か? 俺は…………また一人旅に戻るよ」

「できれば一緒に獣人界に行ってくれると嬉しいんだがな」

「悪いな。俺もまだ行きたい所や、やりたいクエストもあるしな」

「無理強いはできないか」

「悪い……」

「謝らないでくれ。俺はこの三年弱、お前が傍にいてくれて本当に良かった

と思ってる」

「ギン……」

「ミュアもお前が来てからずいぶん明るくなった。ニニアが死んでまだそん

なに経ってなかったからな。その穴をお前は少しだけ埋めてくれていた気が

する。この子も、お前に懐いている」

「はは、だったら嬉しいけどな」

 本当にそうだったら嬉しい。この三年弱、アノールドにとっても祈りのよ

うに幸せな時間だった気がするから―――。

「……なあアノールド。お前だけに教えておくことがある」

「何だ、急に改まって」

「俺とミュアの――――種族に関してだ」

「っ!?」

「前に言ったろ。俺の強さには特殊な事情があると」

 確かに言っていた。二年ほど前だったか……。その時は、まだ言えないと

言っていたが。

「聞いても、いいのか?」

「ああ、お前には知っていてもらいたい」

 その言葉が嬉しかった。自分が親友として認められたのだとアノールドは

思い、目頭めがしらが熱くなる。是非、彼が――いや、彼らが背負っているものを聞

きたいと思った。

「……聞かせてくれ、ギン」

「ああ。俺たちは―――――」

 彼の言葉を受け、まばたきを忘れるほどの衝撃を受けたのを覚えている。最初

は何かの冗談だと思った。しかし彼の真剣な眼差しに嘘はないと悟る。

 その証拠に、彼がを見せてくれた。再びの衝撃に、今度は言葉を

失って彼を見入っていた。

 それは隠すべき事情だった。決して公言してはいけないほどの。特にこの

人間界では。

 何故、このような大事なことを自分に話したのか彼に尋ねると、子供のよ

うな無邪気な笑みを浮かべて彼はこう言った。

「だって、俺たちは家族だろ」

 その言葉でアノールドは決めた。彼らの秘密は絶対に守り抜こうと。人間

には絶対に知らせないように生きて行こうと。



 ――――【リンツの山】のふもと

 そこに一つの洞窟が存在する。ある者たちが駐屯所ちゆうとんじよに活用している場所。

「何? 偵察ていさつ員が戻ってこない?」

「はっ!」

 洞窟の中には、武器などが立てかけられてある空間があり、そこには木で

作られたテーブルがあり、椅子いすに腰を下ろしている人物の前でひざまずいている者が報告をしていた。

 椅子に座っている男は、顔を覆い隠す理由でもあるのか不気味な鉄仮面てつかめんを装着している。ガタイも良く、荘厳そうごんよろいも身に着けている。その上には白いローブを羽織はおっていた。

「やはり山の上には何かがいるようだな。わし手駒てごまが帰ってこない理由もそ

れか……?」

「どうされますか?」

「儂の駒が戻って来ないから、その確認のために偵察員に向かわせたが

…………モンスターにでも襲われたわけではないだろう?」

捜索そうさくをしてみたのですが、いまだに行方不明なので、もしかしたらモンス

ターに身体を食べられた可能性も」

「バカを言うな。ここにいるモンスターの中で、人を丸呑みできるほどの大

型はいない。いや、言い方を変えると、骨まで食べ尽くすような存在は皆無かいむ

だ。それなのに骨すら見当たらないとは……異能を持つユニークモンスター

の報告も無い。つまり――――何者かがいるということだ」

「は、はぁ」

「偵察に向かわせた場所の近くを掘り起こしてみろ」

「掘り起こす……ですか?」

「そうだ。儂の考え通りなら、死体が見つかるだろう」

「し、死体が埋められているというのですか!?」

「そうだ。儂も手駒を動かして周囲を調査する。何者かがいるのであれば見

つかるはずだ。何をしておる、さっさと行け」

「は、はっ!」

 鉄仮面の男に強烈な威圧感を覚えたのか、跪いている男は慌てて返事をす

るとその場から去っていった。

 鉄仮面の男もゆっくりと立ち上がると、その場からさらに洞窟の奥へと歩

いていく。

 最奥さいおうの場所には、巨大な空間が広がっており、そこには幾つもの鎖に繋が

れた巨大な生物が拘束されていた。他にも壁を掘って檻にしているようで、

数多くの檻が存在している。

 その中の一つの檻に近づくと、男の気配を悟ったのか、中に入っていた

ダーティフロッグというモンスターが殺気とともに、長い舌を放ってきた。

 男はいとも簡単に、舌を掴みとると、そのまま引っ張る。そして檻の隙間すきま

から手を伸ばし相手の頭に触れると、青白い魔力をダーティフロッグに流し

ていく。

 男を殺そうと目をいていたダーティフロッグだったが、急に瞳の光を失

うつろになる。

 舌を握っていた手を放すと、男は檻を開けていく。

「……出ろ」

 命令通りにダーティフロッグが檻から出てくる。

「もう二、三体ほど操作しておくか。山は広い。調べるには手数がいるな」

 男は隣の檻にいるモンスターを見つめる。そこにはキャノンリザードの姿

があった。

「儂の駒を潰した存在、必ず見つけてやる。それが人でも獣人でも―――容

赦はせん。《獣の檻》に逆らい、儂の逆鱗げきりんに触れるとどうなるか、確実に教

えてやろう」

 鉄仮面の奥から不気味に光る瞳。その瞳を、中央に拘束されている巨大生

物へと向ける。

「何者であろうと、コイツに敵うものなどいまい。クククククク」

 男の冷笑が洞窟内に低く響き渡る。

 それはさながら不幸を知らせる鐘の音に聞こえた。



「ねえお父さん、今度はおじさん、どんなクエストを受けてくるのかな?」

 ミュアは小屋の掃除をするために、手に持ったほうきを動かしながら父である

ギンに尋ねる。

「さあな。どうせまた一人じゃできないクエストだろ」

 ホタルウィッシュが棲む川での楽しい一時ひとときを過ごしてから数日後、アノー

ルドがクエストを受けるために【リンツの山】から離れていった。

 小屋にはミュアとギンだけ。こういう状況は別に珍しくはない。アノール

ドが近くの街までクエストを受注しに行って、山に関係ある依頼を受けて

帰ってくる。

 そして一人、もしくはギンと一緒に仕事をこなすというルーティン・ワー

クはもう慣れたもので、この会話もミュアにとっては日常だった。

「あはは、でも最近お父さんワクワクしてるの、わたし知ってるよ」

「…………気のせいだろ」

 そんなことないと思う。アノールドが来てから、ミュアも元気をもらって

いるが、父であるギンも、頼れる人ができて嬉しそうだからだ。

(お母さんが死んでから、お父さんはいっしょうけんめいにわたしを育てて

くれてる。慣れない料理だって頑張ってくれてた。だけどやっぱりさびしそ

うだった)

 だからアノールドの存在は二人にとって、とてもありがたいものだったの

だ。アノールドと一緒に行うクエストも、いつもギンが楽しみにしているの

も知っている。

「お父さん、おじさんが帰ってくる前に、お風呂の用意しておくね!」

「おう、火をおこす時は気をつけろよ」

「うん!」

 ミュアは外へと出て、ギンが木を削って作った風呂に近づく。風呂桶おけは小

屋の外にあるので、湯を沸かすためには、薪をくべて火をける必要がある

のだ。

 しかしミュアは小屋の裏側に置かれている薪を手に取るのに夢中で気づか

なかった。

 背後から不穏な影が近づいていたのを――――。



 ギンは小屋の中にある小部屋にて、を作るのに夢中だった。これは

ミュアに気づかれてはいけない。慣れない手つきながらも、四苦八苦しくはつくしながら何度もやり直しを繰り返し作成している。

「ハハ、明日はミュアの誕生日だからな。喜んでくれるといいな」

 今作っているものは、初めて手作りするプレゼントなのだ。不器用ながら

も、アノールドにも作り方を聞いて何とか完成することができそうだ。

「……よし、あとはこの糸を切って――――完成だ!」

 作ったものをジッと見つめて、ウンウンと我ながら上出来ではないかと笑

みを浮かべる。これを渡す明日が楽しみで仕方がない。早く喜ぶ娘の顔を見

てみたいものである。

「ふぅ……ん? そういやまだミュアは火点けしてるのか?」

 それにしては戻ってくるのが遅い。ギンもプレゼント作りに夢中になって

いたので、結構な時間が経ったはずだ。

「……ちょっと様子見てくるか」

 もしかしたら火点けに手間取っているかもしれないのだ。手伝ってやろう

と思った。

「おいミュア、ちゃんと火は点けられたか?」

 風呂桶がある場所に近づくが、彼女の姿が見当たらない。

「……ん? ミュア? どこだ?」

 周囲を見渡すが…………どうも様子が変だ。一人では声が届かない場所へ

行くなと厳命げんめいしている。彼女はそれを今までに破ったことなどない。

 小屋の裏側も見てみる。するとそこに見覚えのある靴が片方だけ落ちてい

た。

「…………え?」

 ギンはくつを震える手で拾い上げる。信じたくない考えが脳裏のうりぎった。

 ――――――――――――――ミュア?

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